1. 笑倍繁盛チャンネル
  2. #1402 大丈夫…ではない
2025-11-03 11:49

#1402 大丈夫…ではない

#1402 大丈夫…ではない

「大丈夫です」

特に自己犠牲していたり、他人に一線を引く人達が良く使いがちな言葉です。

しかし…ご本人から軽く発せられるこの言葉には、深い意図や複雑な心理が隠れていることが多いのです。

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願い致します。
大丈夫です。この言葉ね、特に自己犠牲していたり、他人に一線を引く人たちがよく使いがちな言葉なんですよね。
しかしですね、このご本人から軽く発せられる、このね、大丈夫ですという言葉には、深い意図やですね、複雑な真理が隠れていることも多いんですね。
大丈夫はね、このね、5つの視点からというところでお話を始めたいかなと思います。
このね、大丈夫という言葉は視点によってね、異なる意味を持つんですよ。まず1番目はね、自己評価の視点ですね。
自分が自分の状態をどう捉えているのかというところがこの視点なんですけども、体調が悪くても大丈夫、ね。
こういうふうに感じたり言ったりするのは、自己認識に基づく評価なのよね。
でもね、この視点はとっても主観的なんですね。で、実際の状態と乖離している、離れている場合があるんですよ。
例えば、ヒローマックスでもまだいけるとね、自分を鼓舞する人はですね、自己評価の大丈夫を信じすぎるあまりね、実は限界を超えてたりもするわけですよ。
これね、本当に多いよというところですね。で、2番目、他者視点ですね。周囲からどう見られているのかという視点なんですね。
例えば、職場で体調不良を隠してですね、大丈夫です、大丈夫ですと言ってもですね、相手から見えるのはね、顔面蒼白で今にも倒れそうなあなたなんですみたいな感じですね。
だから、自分はどう判断してしようがどう思おうとも、同僚とか上司はすぐ帰れって言ってね、心配するわけですよ。当たり前よ、これは。
だから、この他者視点はですね、自己評価の盲点を映し出す鏡なんですね。
だから、ここでもし意固地になった場合、このズレがですね、関係性の亀裂を生むことだってありますよと、大丈夫なって言っている言葉が逆に亀裂になるよということなんですね。
で、3番目は流れという視点ですね。これは自分の将来ですよ、未来ですよ、目標ですよ。将来の自分への道筋から見た評価としての視点なわけですね。
例えば、年末までに英語で海外旅行を楽しむとしてね、こういうふうに目標を立てたとしましょうか。
でもその人が連日飲み歩いて勉強を怠ってたら、この流れの視点からは全然大丈夫じゃないか。
この視点はですね、現在の行動が長期的な目的に合致しているかということから見るわけですね。
大丈夫と言いながら、目標とか将来の自分像みたいな、そういったものから逸脱している場合、それている場合、ずれている場合は自己欺瞞であったりとか、怠惰とか繋がりの欠落に繋がっちゃうので、そういうものをちゃんと気づくね、きっかけ、修正するきっかけになりますよということですね。
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で、4番目はですね、環境的な視点ですね。だからこの現在を見て判断します。自分が置かれた環境や状況が本当に大丈夫かどうかを左右するからね。なぜなら社会とかね、職場の状況、文化、物理的な環境というのが自分に影響を大きく与えるでしょう。
例えば過労水症するさ、ブラックの職場でね、自分に対して大丈夫、大丈夫って言ってね、なんとか適応させようとする人がいるんだよね。これは大変不健全じゃないですか。大丈夫じゃないんですよ。
またね、施術家の集まりとかではですね、俺は腰が悪いとか俺は手首かとかね、自分の体がですね、壊れているのを勲章としてですね、競い合うというこういうおかしな側面もね、あるみたいなんですよね。もうこんなの本末転倒ですから、逆に見てもらいたくないですからみたいな感じですね。
ほんとね、この環境自体が自らの自身を圧迫、疲弊させちゃっている場合はですね、個人の努力とかね、自分への言い聞かせ、大丈夫って自分への言い聞かせですからね、これでは限界があるんですよね。ある人はですね、残業続きの職場で大丈夫と言い続けた結果ですね、結局バーアウトして退職しちゃったわけですよ。
環境的な視点から見たら、その大丈夫っていう言葉はですね、自らに無理を強いる環境に適応するために言い続けた悲しい防衛本能だったりとか妥協だったりとかするわけですね。
あと、災害時とか経済的困窮のような外部要因ですね、この同調圧力とか社会的な圧、常識とかね、そういうふうに言われるルールとかね、こういう観念ね、こういうものがグッグッグッと押し寄せてきて大丈夫と言わせる場合もあります。
これはもう外部的な要因ということだね。5番目は内政的な視点ですね。自分の内面を変えりみるということですね。これは自分の内面、本心や本音に深く向き合った時の評価よね。
だから、いくら大丈夫って口にしてもですね、心の奥底では不安や恐怖、孤独がですね、渦巻いている場合だってあるかもしれないもんね。だからこの内政的視点はね、本当に大切で、なぜ大丈夫と言ったのかというのを問う視点なんですよ。
例えば親しい人にね、悩みを打ち明けられなくて大丈夫って答えたりするのはですね、弱さを見せたくないプライドとか過去のトラウマとか人に対する警戒心が影響しているかもしれないよね。ある女性はですね、家族に大丈夫大丈夫って言い続けてですね、内心ではですね、承認欲求とか愛されたいという願望をね、抑え込んでたりもしました。
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この方は内政的なこの視点で振り返りをしてですね、自分が口にしてたね、大丈夫っていうのは自らを守るね、鎧だったりとか本音を閉ざす壁だったとか、そういうことにも気づきましたので、その大丈夫っていう言葉を吐いたときにですね、本当に大丈夫ってなんで言った?みたいな、こういうところから自分と自己対話をしていくとですね、本当に大丈夫かどうかっていうのが、
っていうことも見えてくるということですね。このようにですね、大丈夫の裏側ですよ。我々が何気なく口にする大丈夫という一言、そこの裏側にはいろんな意図が潜んでたりするわけですよね。心配されたくないよとか、自分の領域守りたいよとか、面倒な関わり避けたいよだとか、こういったものはですね、相手への思いやりや優しさの場合もあるし、あるいは自己防衛本能からね、生じてたりもするわけです。
例えばさ、友達に悩み聞かれた時に大丈夫って答えるのは、相手に負担をかけたくないっていう優しさからが信頼じゃない?でもその裏側にはさ、心配されると弱さを見せることになるとか、関わられると面倒だとか、こういう信念が隠れてたりもするかもしれないじゃない?
だからこうした大丈夫はですね、相手との距離を保つ心の防衛規制としても機能しちゃうわけですよ。だから自分はなぜ大丈夫と口にしてしまうのかということを深掘りするとですね、このようにですね、いろんな気づきが生まれるわけですね。
心配されることを避けるのはなぜかとか、心配されると失うものは何かとか、相手の心配を受け入れることで得られるものは何かとか、例えばね、職場で無理をして大丈夫と言い続けた人は体調を崩した後でね、もっと早く助けを求めればさ、チームのみんなと信頼関係が深まったかもしれないなって、後悔してた人もいたのよ。
だから大丈夫は思いやりから出る優しい側面がある一方で、相手と一線を引いて助けを阻んだりとか孤立を招くリスクもあるということなんです。だからね、結局ね、大丈夫は大丈夫はない可能性があるということが高いということなんですね。
特に辛い時の大丈夫はマジで危険なんですよ。この時の大丈夫は強さの象徴じゃないの。孤独を選択する行為だからね。涙をこらえて弱さを見せないで誰にも頼らなくて、これ一見気丈に見えますけども、心の奥底では助けてほしい、気づいてほしいという行為がね、もしかしたら押し込められていくかもしれないじゃない。
これね、心理学的に見れば感情の抑圧っていうのはこれも本当にダメなことなのよ。マジでやっちゃいけないことなんですけども、これストレスホルモンの増加を招いてですね、前頭前夜の機能を低下させますから、感情直感の感度をどんどんどんどん鈍らせていくし、やっぱ慢性的なこのストレスっていうのは心身を疲弊させて自己認識をゆがめるんで、結局この抑えれば抑えるほど、感情の抑圧すればするほど自分が何者かが本当に分かんなくなっていくということです。
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だからこの状況で大丈夫大丈夫ってことを繰り返すとですね、自分の本当の状態をマジで見失います。で、体や心のSOSも見逃すとエコエキケーション性もあるということなんですね。
大丈夫って何なんだって話なんですけども、体とか体力とか気力とか心とか感情とか、こういうものが全部揃った大丈夫な瞬間であれば大丈夫って言えるでしょうね。これが正しい言葉の使い方だよね。
でもですね、これまでお話ししたように言葉の裏の意図に気づかないで大丈夫を使い続けていると、本心や自分の状態が分からなくなるの、全く大丈夫はなくなるのね。
特に自己犠牲的な人は大丈夫っていう言葉を盾に本音を隠して自分をどんどん追い詰めるリスクがあるんですよ。
だから場合によっては大丈夫って言わなくてですね、言っちゃダメなの。それよりも先ほど言ったように涙流したり誰かに頼ったりする方がですね、心のバランスを取り戻す近道なのですよ。
このね、大丈夫だって言っている自分が実はですね、ちゃんとここを見てほしいです。大丈夫って言った瞬間に見てほしいの。実は全く大丈夫じゃない。これをちゃんと見つけてあげるということが大切だということですね。
以上ですね、先ほど言ったように大丈夫はですね、自己評価、他者視点、流れからの視点、環境から見る視点、内政的な視点という5つの角度から異なる顔を持っているわけですね。
だから思いやりとか心の防衛規制として発せられるこの大丈夫という言葉ですけども、これは時に本音を隠したりとか孤独や心身の疲弊を招いてしまう危険性、可能性もあるわけですね。
だから自分が大丈夫と言った時、どの視点から見てそう言っているのか、なぜその言葉を選んだのか、体とか体力とか気力とか心とか感情がちゃんと揃っているかとか、こういうものを問い直してみる、問い正してみるとですね、本当の意味で自分が発した大丈夫が理解できるかなというふうに思います。
ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。さあ今日自分が発してしまった大丈夫をですね、ちょっと見直してみませんかということでまた明日お会いしましょう。それでは。
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