2025-04-01 31:55

#37-2 推論の耐えられない曖昧さ… アブダクションについて考える

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アブダクションについて考える(その1)です。Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive…?


【今回の内容】

読みづらい文体の謎/アブダクションは帰納じゃない!/ベーダモンの思い出/誘拐する?/演繹と帰納/観察から仮説を導き出すアブダクション/方向性の違い?/時間軸の違い?/神はアブダクション/仮説提示まで守備範囲?/Claudeによる図解/理解タイプに合った学習/Kindleのコピペ法/書籍の従量課金モデル/具体と抽象の往復/類推(アナロジー)との違い/神と観察の間を埋める科学/因果推論との違いは?/演繹とは?/アブダクション⇒演繹⇒帰納の仮説検証サイクル


◆アブダクション 仮説と発見の論理

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【パーソナリティ】

とよだ:日本のIT企業で働くビジネス哲学芸人。

ショーン:シリコンバレーのテック企業で働くデータの魔術師。


【番組へのお便りはコチラへどうぞ!】

https://forms.gle/zGGArQTnfGuKY6Pj9


※このラジオは、個人の見解に基づくものであり、所属組織を代表するものではございません。


#白米FM #哲学 #アブダクション #帰納 #演繹

サマリー

今回のエピソードでは、米盛裕二の著書「アブダクション・仮説と発見の論理」を通じて、アブダクションの概念とその歴史的背景を考察しています。アブダクションが従来の演繹や帰納との違いを明確にし、哲学や論理学における深い意味合いを探求する内容です。このエピソードでは、アブダクションの概念とその推論形式についての考察が行われています。特に、アブダクションが仮説を立てる過程にどう関与し、他の推論方法との関係性を探ります。また、アブダクションについての考察が展開され、因果推論との関連性が論じられています。仮説の立案から証明に至るまでの過程がサイクルとして示され、新たな知見の創出について探求します。

米盛裕二のアブダクション
2007はどうした?
あー2007聞こえた?
うん。
この 米盛裕二さんのアブダクション・仮説と発見の論理という本を今回読んできましたが。
うんうん。はいはいはい。
これなんか読みづらいなーと思って。
え?
結構難しい。
僕もそれ言ったらとよだくんえ?読めるけどみたいな感じで言ってたじゃん。
いや最初はね、最初は結構スラスラ読めたんだけど後半の方がちょっと頭入ってこないなーと思って。
これだからもともと2007年に出た本なんですよね。だから。
え?そうなの?もっと昔じゃない?なんかびっくりした気がするんだけど。
え?マジで?
88年とかじゃない?
マジで?あ、そんなに昔じゃない。
そうそうすげー古い本だなーって思った気がする。
おっとおっとそういうこと?
あれ?違うっけ?なんか違う?
いや俺もね、あ、1981年?あ、違うな。これパースの記号学だ。
んー?え?どこだっけ?この新装改定版が2007じゃない?
いやいやいやこれ最近だよ。今俺たちが読んだのは最近。
2024年の、電子版が出たのが2024年の、でしょ?
そういうこと?あーじゃあ改定したのが2007年で、それが10何年くらい経って電子書籍になったってことか。
そう。で、元の。
大元は80年代?
なんかどっかで見た気する。それを。
いや俺もね、80年代みたいなのをどっかで見て、え?そんな古いの?と思って、今調べたら2007年って書いてあったから、
意外とって思ったんだけど、でももしかしたら、いや大元は80年代かもしれないこれ。
うん。なんかね人工知能学会で発表した内容を元にって書いてあって、
人工知能学会でその話したのがなんかその80年とかなんか90年とかそういうレベルだったような気がする。
アブダクションの背景
だからすげーなーと思った。
うん。そんな昔の時点でなんかこんな話をしてたのかみたいな。
やっぱちょっとその文章の書き方とかもちょっと古いというか、昔の多分インテリ向けみたいな感じがするのでちょっと読みづらかった。
そう。なんか僕がそれをなんかほのめかした時にさ、僕は大丈夫だけどみたいな。
ChatGPTに聞いてみたらいいよみたいな。
あーそうそうそうそう。
そうそうChatGPTに聞けば全部こう主旨を教えてくれるからそれでいいじゃんみたいな。
その間僕は2週間そうかって思いながら来て、蓋を開けてみたらとよだくんも実は同じことを思ってたと。
そうそうそう。
なるほどね。いやそうだよね。
いやなかなか内容がかなりなんていうのかな濃い圧縮されてるというか、
まあでも一方でなんか同じことをずっと繰り返し言ってるような気もするんだよね。
そうそうそうそう。結局言ってるのはこれアブダクションっていうのは帰納じゃねえんだよっていう。
帰納と演繹っていう大きく2つに分かれてるけど、そうじゃなくてアブダクションっていう3つのもう独立したのがあるんだよっていうのをひたすらひたすら同じことをなんかいろんな角度から繰り返し主張してるっていうだけだなと思ったので。
まあ言いたいこと主張はもう単純明快だよね。
アブダクションちゅうのがあるんだよってみんな分かってくれよっていうことね。
ちなみにこれじゃあこれ今今日のメインの話だと思うんだけど、
でさっきもう言ったかこれどうやってこの本でやったかは?
そうそうこれがさっき一個前の回で言ったほんのれんラジオさんで問いがどうのこうのみたいなテーマの回が確かあってそこで出てきたような気がしていてですね。
でなんか面白そうだなと思って読んでみようということでございました。
なるほどね。
でアブダクション。アブダクションってなんかちょっと聞き慣れない言葉よね。
そうね僕はこの時まで聞いてなかったんじゃないかな。なんか仮説と一緒だみたいなこと言ってたけど。
そうねなんか言葉自体はあんまり聞いてないというか使ってない少なくとも。
歴史的にレトロダクションとも言うらしいけどそれも聞いてないなと思って。
僕がねこのアブダクションっていう言葉に初めて遭遇したのがあれですよ小学生の頃。
え?そんな早くにあった?
でして。これですねあの昔ねデジモンになんかね宇宙人みたいなデジモンがいたんだよ。
それ初期のやつ?一番最初のやつ?
一番最初かなかなり最初の頃になんか最終進化形態で宇宙人みたいなやつがいてそいつの必殺技がねアブダクション光線だったんだよね。
でそんなアブダクションって言葉がなんかすごい頭の中に残っててでどういう意味なんだろうなってなんかね当時調べた記憶があって。
すげーわ。
でその時ね誘拐するっていう意味だったんだよね確かアブダクションって。
でアブダクション誘拐するだからその時あのオカルト系の番組とかテレビ番組とかで多分その宇宙人がUFOできて人をさらっていってなんか人体実験するみたいな。
でもそういう話とかが世の中に流布していた時代の名残だと思うんだけど。
だから人を誘拐する光線をこのデジモンこいつは使うんだと思って覚えた記憶があるんだよね。
このベーダモンってやつね脳みそにタコが生えてるんだ。
そうそうそうそうこれこれこれ。
これかなり初期のやつだよね多分ね。
これでも初期かななんか改定版みたいなやつじゃないのかな初期かな本当に。
デジモン2とかかな。
2かな。
1ではない気がするなこれ。
1ではないね。
そこで僕は初めてアブダクションという言葉を覚えたんですけど誘拐と今回ここで言うアブダクションっていうのが全然繋がらなくて。
どう誘拐。
なんかこれ違うのと間違えてないかな。
なんかね。
アブダクション。
なおアブダクションの語は誘拐の意味に使われるので英語圏ではレトロダクションという言い換えが行われることが多いって書いてあった。
本に書いてあった。
アブダクションのウィキペディアに。
あ、そういうこと。
誘拐ってあの溶かすって意味じゃなくて人をさらうって意味のね。
そうそう人をさらうって意味の誘拐ね。
なんかそういう映画あったよねアブダクションってなかったっけ。
誘拐系の意味で。
そういう映画があった気がした。
このアブダクションという謎の言葉に対する僕のイメージはやっぱりこのベーダモン。
なるほどね。
ベーダモンがまず頭に浮かぶっていう感じでした。
つまり何だっけアブダクションって何なのかっていうと
まずアブダクションを説明するには演繹と帰納が何なのかっていうことを説明しないと多分いけなくて
演繹っていうのはある法則というか
アブダクションの理解
公理から導き出せることを推論するやつですよね。
帰納っていうのは実際の観察結果からいろんな観察結果を収集してこれは
例えば白鳥。
白鳥は全部白いんだっていうことを観察するんだったら全ての白鳥は白いみたいな結論を導き出すやつですよね。
アブダクションはその2つともどれとも違っており帰納に似てるんだけど観察した
実際観察はできないんだけど多分こうだろうなみたいな超越的な仮説を導き出すことがアブダクションであるって言ってて
これわかるかな説明。結構やっぱ難しいなと思ったこれ。
ちゃんと理解するのが。
抽象的だよね。
しおくんが説明するとどうなる。
僕でも結局これ読んでアブダクション本当に理解したかなってちょっと疑問なまま来て
それをとよだくんに聞こうと思ってたんだよね。
そうなんかねわかるんだよなんとなくわかるんだけどそれを説明しろって言われて結構難しいなと思ったねこれアブダクションって。
つまり帰納も演繹も多分答えを導き出す推論形式なんだよね答えというか
今のこの前提から前提から導き出される結論はこうだっていうのが多分帰納も演繹も共通してるんだけど
アブダクションは今こういう結果が出てるっていうことは原因はこれなのではないかみたいなその逆向きっていうのかな矢印の方向性が。
なのでレトロダクションっていう逆行する推論形式って言われてるんだと思うんだよねだから方向性が逆っていう理解をした。
時間軸が逆っていうことでいいのかな。
いやそういうわけでもないのか。
そういうわけでもない。
いやこれ難しいんだよねアブダクションって説明が難しい。
かなりさ抽象的な話じゃんで科学の話してるのか数学の話してるのかその原因と結果を推論してるのか何を推論してるかによってもなんかちょっとニュアンスが違うのかなと思ってて
なんか哲学的な推論なのかその論理学の推論なのか今生活で日々僕らが触れ合ってる話なんか例もこの本に載ってたと思うんだけどさ
なんかいろいろ自分で試行錯誤してうまくいったっていう結果があってその結果が原因が何なのかっていうのを推論するみたいな
なんか家を建てた時の実例なかったっけなんかちょっと忘れちゃったな。庭か。庭をなんか自分はうまく作れたと。
でその理由が何だったかみたいなのを一つの例としてこの本で出してたりとかするんだけどそういう身近な例でやるのか
なんかそれによってもなんかいろいろ違うのかなと思ったりしてなんかそこら辺あんまりうまく整理できてないんだよね自分の中では。
なんか数学の話で演繹と帰納は割とスッキリできるかなと思って。
なんか一般法則があって個別の例がその法則に従ってるよねっていうのが演繹で逆に帰納は具体的な計算これも成り立つこれも成り立つこれも成り立つだから
一般的にはこういうのが成り立つんじゃないの。そうやって導き出したのって今まで見た具体的な例全部満たすよねみたいな法則の見つけ方。
でアブダクションは帰納に近いけど
その個々の例とか具体例を一個か少しちょっと見てでそこから
自明じゃない何か仮説を思いついてそれが本当であるかを確かめるっていう動きをするのかなって思ってるんだけど
結構ね微妙な違いなんだよなと思った帰納法との違いは。
アブダクションの概念
で時間軸をここに入れてくるとあごめん最後に時間軸を入れてくると演繹法と帰納法ってあんまり時間軸関係ない気がしていて
アブダクションだけ時間軸がある感じがするんだよね試行錯誤とか原因と結果みたいなだからちょっと考えにくい同じ土俵で考えにくいのかなーっていう気はしてる。
なんかこれあのこの前の教師あり学習と教師なし学習となんか強化学習のなんか関係性にちょっと似てるなと思った一瞬。
1個目、2個目が対象なのに3個目だけ違う角度が入ってくるみたいな感じ?
そうでですねこれアブダクションは例を1個思いついたんですけどあの僕が提唱しているこの神はアブダクションだなと思ったんですね。
これはですねあの私という私が観察している範囲で私はとても恵まれてるなという認識がありますと。
でなんで恵まれてるのであろうかっていう問いを投げかけた時にこれはきっと神がそういうふうに仕組んで神の恩寵のもとにこの恵まれた状況が現実しているのであろうな。
でこの私が観測している結果の原因は神の恩寵であろうっていうアブダクションを僕はしてですねその仮説を導き出しているんだと思いましたねこれは。
これアブダクションってどこからどこまでを含むんだっけ。仮説を立ててその後示すとこまでを含んでるのかなと思って。
違う違う仮説を示すとこまでなんだよねえっとねこれってきっとこの原因なのではないかって仮説を示すとこまでがアブダクションでその仮説を示した後にそれを論証したり証明していくのが帰納と演繹。
そこはそういう関係なの。
そうそうそういう関係それはね間違いないと思う本に書いてあった。
仮説を出すとこ。
やっぱりその3つは並列じゃないんだね。
同じ土俵にない感じがする。
並列ではないと思うな。
仮説を出すところまでがアブダクションでありその出した仮説をどう証明するか例えば帰納法を使えば実験とかをしてその仮説がどれだけ確からしいかっていうのをいろんな角度から実験することによってこの条件でも成立するこの条件でも成立するっていうのを集めていって
じゃあこのこれとこれとこの条件で成立するんだったら他の条件でも同じように成立するであろうみたいな結論を実証するわけよ。
この3つをまとめるとこれ何を並べてるの?
何を?
推論形式。
推論形式?
人間の推論ってこれとこういうのがあるよねっていう推論形式を大きく3つに分けると演繹と帰納とアブダクションだって言っている。
一般法則から特殊な法則を導き出す。特殊から一般。結果から原因。なるほどね。
今しおくんがあれですよねClaudeで使いしてくれたやつ見てたね。
そうとよだくんがこの白鳥の話出してからこれ見てるのかなと思って。
違う見てた?
見てる見てる今見てるよ。
何をやったかっていうとClaudeにとよだくんが貼ってくれたこのアブダクションの本の概要みたいなやつを投げて
アブダクションと帰納法と演繹って何違うのと図示してくださいって言って図示してもらったやつがあるのね。
SVGフォーマットでやってもらうとスライドとかで編集できるようないい感じの図が出てきて。
これ一発でさ俺が出したこの要約を図示してくれって言って一発でこれが出てきたの?
一発で出てきた。
すごいね。これちょっともう一回ちゃんと説明するとこのアブダクションっていう本がかなり古い本であると。
でかなり古い本なのでもうChatGPTとかClaudeとかそういう生成AIの中にもうあるんだよねこれが読み込ませられてる。
そうなんだそういうこと。
で僕はそのこれ今回Claudeを使ったんだけどClaudeにこの 米盛裕二さんのアブダクションっていう本の要旨を教えて分かりやすく解説してっていう風に言ったら
もうこうこうこうですよこうですよって全部教えてくれてそれをしおくんに伝えたんだよね。
そうかそうか。
分かりづらいって言ってたからこれが主旨だよって伝えて。
そしたらしおくんはその僕が伝えた主旨をまたClaudeに読み込ませてこれを図示しろと。
で分かりやすい図にしてくれてこういう関係性だよっていう風に分かるようにしてくれたってことね。
そうそうそうそう。
なるほどね。
いやこれはやっぱ勉強するときのやっぱりやり方が変わるよな。
その人のやっぱ得意な形で学べる。
僕とかとよだくんはどっちかというとビジュアルシンカーだからこうやって可視するだけで一つのブロッカーが溶けたりとかなんかフリクションが減って
これだったら理解できそうって少なくとも思って前に進めると。
文字ばっかり出てきて漢字ばっかりでわーってなって嫌だっていう状態を少なくできる。
例えばね。
耳が得意な人はこれをじゃあ読み上げてって言って読んでもらうと。
そうすると今までは読むの大変だなと思ってた人も耳を使って勉強できるとか。
それぞれの個々の得意なところを生かして勉強できるようになるからありがたいよね。
そうね。今回のこの本ね、俺めっちゃその生成AIにテキストを渡して要約させたいなっていう欲求がすごい湧いてきて。
読みづらいから。
どうにかしてKindleのテキストをコピペして貼り付けられないかなっていうのをいろいろ試行錯誤したんだけど。
なんかね一番やりやすいのはKindleをなんだっけハイライト?
ハイライトしてそれをメモというか残しておいて、それを後でWebのハイライトだけ示せる画面みたいなのを開けばそれでコピペできるようになるので。
そこから生成AIに貼り付けて要約とかさせるといいなってことが分かりました。
これでもなんか線引いたりコピペできるMAXが決まってんじゃなかったっけ?なんか著作権の関係とかで。
10%かな。
アナロジーと推論
全体の10%までしかハイライトできない。
もしそれ以上やるんだったら分割するとかしてコピペする必要があるね。
一回のハイライトが10%までいいの?
いや多分全部だと思う。ハイライトできるトータルが10%までだと思う。
一回消してってことか。
一回消してもう一回ハイライトしてコピペしてみたいなのをやらないといけない。
だから早く電子書籍も生成AIをセットにして売ってほしいなと。
生成AIで編集できるような形にしてほしいなと思ってます。
でもAmazonとかそういうことするメリットが多分あんまりないから、あんまりやらないんじゃないかなっていう気がする。
今まで書籍売ってお金を著者の人に還元していたのが、
LLM通して知識を供給した場合にちゃんとお金が還元される仕組みができればありえると思うんだけどね。
ストリーミングサービスみたいな感じで、この本から今引っ張ってきましたみたいな。
今10%くらい知識使ったからチャリンチャリンと0.1ドルあげますねみたいな。
そういうストリーミング方式みたいのはあるんじゃないかなと思うけど。
いや、それなるじゃん。絶対なるでしょそれ。
データを使用した、参照したことにお金が入るようにしないと、
普通こういうのを書いた人はそんなLLMに渡したくないでしょ。
もう売れなくなるから。
でもこれ絶対なるねそれ。書籍の重量課金モデル。
参照したごとにとか、そのノードが使われるごとにこの人に分散していく。
そのトレースがすごい難しいと思うんだけどね。
いろんな知識混ぜたりとかして、誰のものだって言えなくなっちゃうから。
そうだね。
いやー、これをアブダクションっていうのかもしかして。違うかな。
わかんない。今仮説を立てた、そうなるんじゃないかっていうのがアブダクションってこと?
これどうなんだろう。今現状こういう状況だから将来こうなるよねみたいな今推論をしたんだけど。
これは違うか。これは帰納か。
帰納かな。僕はSpotifyとかを見て、一般的な法則として個別に部分的に課金できるモデルがあるんじゃないか。
それを、でもその後演繹をしてるのかな。もう一回この生成モデル、生成AIに適応すると、そういうのがあり得るんじゃないかみたいなことをやったのかな。
そうだね。これあれじゃない。具体と抽象の往復じゃない。
Spotifyとかっていうビジネスモデルを特殊から一般にそういうモデルあるよねっていうふうに一旦抽象化して、その抽象化したものを書籍っていうフィールドに下ろしてきて適応したわけだよね、今。
これを一旦帰納して次に演繹をすることによって、新しい知見を生み出したと。
俺思ったのがアナロジーっていうのがあるじゃない。これは演繹とか帰納とかアブダクションと同じレイヤーのものなのか、違うレイヤーのものなのか。今のってアナロジーにも似てるなと思って。
アナロジーですね。
Spotifyの構造を書籍に持ってったわけじゃん。これアナロジーじゃんと思って。アナロジーとこれらの関係性ってどうなんだろうなとかもうちょっと思ったね。
アナロジーっていうのが一つの仮説としては、アナロジーっていうのは実はこの演繹と帰納の組み合わせでできていたって。
そうかそうか。そうなるとじゃあアブダクションは何なんだ。
アブダクションは観察結果からは突拍子もない、なんか自明な関係性じゃないのを仮説として立ててるんじゃないかなって思ったんだけど。
はい。
ひとっ飛びしてる。なんか次のステップではないものを予測してる感じがするんだけど。
Spotifyの構造を見て、そこからこのSpotifyがこういう構造になってるのはきっと神の導きによりこういう構造になってるんだみたいな仮説を生み出した。
これはアブダクション。
あとはでも原因を予測しないといけないのかなと思ったんだけど、何でもいいんだっけ仮説だったら。
原因、原因、原因だね。今のSpotifyがなぜこういう構造になってるのかを、その原因を神に結びつけちゃうとそこはあまりにも遠すぎるので、ちょっと信憑性が低いというか。
因果推論との関連性
でもそんなもんじゃないの?ケプラーの発見とかも当時はそんなレベルで信憑性がないものを思いついたんじゃない?
そう?でもそうしたら全部神になっちゃうんだよな。
全部神の仕業になっちゃうので、その間のミッシングピースをどうにかして埋めるのが科学的思考なのではないか。
あと思ったのがね、この前あの因果推論っていうのも話したじゃない?
したね。
因果推論とこれら演繹と帰納とアブダクションの関係性はどうなんだろうっていうのもね、思ったのよね。
いや因果推論のところはアブダクションと一緒じゃないかなと思ったけど。
アブダクションと一緒。
原因、因果一緒っていうか一緒じゃないな、関連性が深いんじゃないかなと思って、因果関係を扱っているのはアブダクションで、
で因果推論も同じように何が原因だったかを特定する手法とか考え方を扱っているんじゃないかなと。
そういう意味で言うと、
でもちょっと違うか。どうぞ。
演液と帰納はその表裏一体でこれセットだと思うんだけど、
アブダクションと因果推論はそれこそ表裏一体のセットなんじゃないか。
因果推論をどこまで含めるかだけど。
因果推論ってこういう原因があったらこういう結果になるよねっていう推論方法じゃない?
こういう結果が?こういう原因があったら?
こういう因果があって原因があるから次にこういう結果になるよねっていうのを証明するというか、
その確からしさをどれだけ確かかっていうのを考える方法論。
でアブダクションはその逆で、こういう結果があるってことはこういう原因が導けるよねっていう、
表裏一体というか逆向きの矢印なのではないかと思ったか。
逆向きなのかな?なんか同じことやってるような気もしたんだけど。
だって因果推論って因果を推論してるでしょ?原因は何だったかって。
あ、そっちか。
だからアブダクションも原因用の仮説を立てるだから同じ方向かなと思ったけど。
あ、そっか。因果推論も結果が、まず結果を観察しその結果がどういう原因によってなったのかっていうのを明らかにする。
そうそうそうそう。
じゃあ一緒か。
一緒なんじゃないかなと。
仮説からのサイクル
あ、そうか。じゃあ、そっか。アブダクションと因果推論が同じく結果から原因を類推する思考であり、
そこでこれが原因だねっていうことがある程度仮説ができたら、その仮説をそれがどれだけ確からしいかを演繹と帰納を使って証明するみたいな。
そういう関係性か。
演繹と帰納を使ってってのはさっきも言ってたっけ。
何だっけ。仮説が正しいかどうかを証明するとか実験して確かめるのは演繹と帰納なんだっけ。
帰納は間違いなくそうだと思うんだよね。その科学の実験とかって帰納だよね。演繹。演繹の扱いがちょっとよくわからんな。演繹ってなんだろう。
演繹じゃない。あ、でもどうなんだ。
いやでも演繹は、たとえばニュートンの物理学で、物っていうのはこういう風に運動しますねっていうのが一つの公理だと仮定して、それを適用するとこうなるっていうのを論証するわけだから、やっぱり演繹も使うんじゃないか。
そうだよね。なんかそれどっかの章で書いてた気がするんだよね。
このなんとか的演繹となんとか的演繹のいくつか演繹を分類して、仮説を演繹の最初の出発点として個別のものを導き出すこともできるじゃん。
アブダクションを使って仮説を立てるでしょ。それが一般的な法則としてまた推論を始められるじゃん。
なんかどっかの章で書いてあった気がするな。
これじゃない、このしおくんが図示してくれたやつの、アブダクションから演繹になり、演繹から帰納になり、帰納からまたアブダクションになる、このサイクルだよね。
そうだね、サイクルね。
アブダクションでまず仮説を生み出し、その仮説が正しければ一般的にこういう法則というか、導けるよねっていうのを演繹で導き出し、その演繹が正しいかどうかを帰納を使って実験をして確かめるみたいな、このサイクルでしょ。
そっかそっか、そうね。そうだ、最初のやつね。
このサイクルをぐるぐる回すことによって新しい知見みたいなのが生み出せるってことなのかな。
そうね。
これ我々はこれやってんのかね、このサイクルは。この白米FMで。
次回へ続く。
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