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みなさんこんにちは。 今昔俺物語です。
今日はですね、精神疾患を患って、 これって廃用萎縮に似てるなっていう風に感じた話をします。
廃用萎縮って意味ってご存知ですか? 筋肉を使わないことで弱っていくっていう状態のことです。
例えば、 怪我をして、骨折なんかして、
器物を外した後、思ったより力が入らない、 うまく動かせない、そんな経験がある人もいると思います。
筋肉って、よく病気でも寝たきりだと歩けなくなるって言うじゃないですか。
スポーツなんかやってた人でも、しばらく動いてないと動けなくなったりしますよね。
やっぱり使わないと年月とともに衰えていくっていう、 そんな実感が皆さんあるんじゃないかなって思います。
これって、自分が回復してきた精神疾患の経過を見ても似てるなぁと思ったんですよね。
不安障害、自分は全般性不安障害と鬱病心器症を患ったんですけども、
不安や鬱が強くなると、人とあんまり関わりたくなくなったり、
外に出たくなくなったり、 動きたくないとか動けないとか、行動しない時間が増えていきますよね、行きがちというか。
やっぱりそうなると、気づかないうちに少しずつ、 脳の機能みたいなものも弱っていくんじゃないかなって。
よくXとか見てても、あの頃はあんなに動けたのにとか、
過去を思ってやっぱり後悔というか悔いが残ったり、 どうしてあんなって責めたりするようなことがあると思うんですけども、
よくよく落ち着いて考えたら、 動けなくなると、
動かないので、年月とともに動けなくなっていくというのは当たり前。
自分が悪いわけでもなくて、自然の法則というか、そういうことのように思います。
ですので、動けなくなったのはすごく悲しいことだと思うんですけども、
まず責めなくていい。 悔しい思いがあるんだなぁって、悲しいんだなっていうふうに受け止めて、
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動いていったら少しずつ動けるようになりますよね。 それをまず決める。
まず決断していく。
人と話したりするとか、新しいことをやってみる。 興味があったらちょっと何かやってみようっていう、
そういう感覚がやっぱり使わないから衰えている。 これが筋肉とかそういったものと同じ構造だなと思ったんですよ。
それが肺を意識と言う。 自分が改めて振り返っても、
精神疾患の時って、こう思ってたんですよ。 治ったら動こう。調子良くなったら動こう。
元気良くなったら始めようかな。少しでも良くなったら動こうかなって。
でも振り返ると、やっぱそこは回復の順番が逆だったなっていうふうに感じてます。
その時はそんな風には思ってないんですよ。 今振り返るとそうだったなって。
治ってから動くんじゃなくて、 動きながら回復してきた。回復していくんだなって。
これって骨折とかのリハビリとか、体調が衰えちゃったとか、体力が落ちた時の
感じと本当に似てるなって。 リハビリって痛かったり、ちょっと動かすのが悪くなったり怖いし、
勇気もいりますよね。そんな時って。
正直、痛みもちょっと伴ったり。 でもその痛みって、
心の神経感覚とかそういうこともあるかもしれないんですけど、
壊れてるっていう風じゃなくて、使ってる証拠。 よく筋トレしてる人が筋肉痛になると嬉しいみたいな
使ってる証拠っていうか、筋肉がちゃんと使えてるっていう、 そういうものなんじゃないかなって。
で、僕自身、回復の中で気づいたことがあって、
調子が一番悪い時期を少し抜けて、
旧世紀になった時って、そんな状態ではないと思うんで、少しずつ 回復の途中で
行動を増やしてきたんですよ。 その時は不安で、これやってても治るのかなぁって効果も感じないんですけど、
本当に少しずつ、 まず散歩行った方がいいなぁって、朝起きた方がいいんだなって。
靴もなかったんで、 スニーカーだとちょっとなぁと思って、
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ランニングシューズをちょっとポチって 散歩に出る。
その時に初めて、当時は他オネオネだったんですけど、 他のクリフトンというシューズを買って、
散歩に出だしたんですよ。 朝日を浴びながら、ちょっと泣きながら、涙浮かべながら、
大丈夫かなって不安になりながら、体を少しずつ動かす。
精神療法もあるっていうことも、
お医者さん教えてくれなかったんで、自分で知れて、 モリタ療法がいいっていうふうに自分は思って、
引き付けられるようにモリタ療法をほんの少しずつ読む。 頭に入ってこない時もあるんですけど、
1ページ読む。 オーディブルとか、Kindleの読み上げ機能を活用して聞く。
そういう一つ一つ小さな行動なんですけれども、
良くなりたいっていうのはあるんですけど、 動いたらいいとか、
治すために動くっていう風じゃなくて、 運動とか、周りの景色とか、身体感覚とか、
読んで、そうだったのかっていうふうに読書して知れる。
という風なやってることが、もちろん治すためではあるんですけども、 それに集中するっていうんですかね。
意識を、注意を向ける。
今日はこれだったらできそうっていう、 あの赤ちゃんのハイハイだったらちょっといけそうかな。
寝返りだったら打てそうかな。 捕まり立ちいけそうかな、みたいな感じですよね。
そんぐらい軽くできそうなことを、少しずつ、 これあってんのかな、治るのかな、疑心暗鬼を持ちながらも、本当にやっていったんです。
ですので、その不安とか怖さが完全になくなってから始めたわけじゃないし、 その時もその不安を解消したくて、
打つとか、そういうのをネットでも検索しちゃったりすることもあったんですけども、
もうこれだったら絶対治るっていうわけでもなくて、 まあいいっていうのは医学でも証明されてるんですけど、
自分がどうなのか、やっぱりやってみるともうわからない。
そして、
しんどさがちょっと下がったタイミングとか、 散歩してみたり、体を動かしてみたり、
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本を動かしてみたと、興味があってやってみたというのを、 繰り返し繰り返し折れながらも続けてきた。
これがやっぱり今、振り返っても、心のリハビリだったなぁって、 肺を意識だったなぁっていうのをつぶやいたんです。
ネットとか他の情報とかで、魔法を探しがちなんですけど、 明日起きたら、
健康になっている、 痛いところがなくなっている、気になるところがなくなっているというような情報を探したいんですけど、
なかなかそういったのは僕も探しまくったんで、 僕は調べれなかったんですけど、ないと思うんですよ。
ですので、やっぱり小さな行動ですよね。 よく言う行動の積み重ねが、
本当に、いつの間にか右肩上がりに、 回復してきたなぁっていう、
谷があったり、湖にはまったり、雨が降ったりというのもあると思うんですけども、
上がってきたなっていう感想です。 だから僕が今いつも思っているのは、
動けなくて、自分を攻めずに、 少しずつ動いていくと。
攻めない。 やれたら、ナイスすごいじゃんって褒めて、
やっていく。 だから治ってから動くっていうことじゃなくて、動きながら、不安ながら、
不安でも動けるような状態をリハビリで、
整えていくっていうか、不安があってもできるような状態を目指してやっていくと。
筋肉も同じで、心も使っていけば、脳も使っていけば、元に戻ってくるというふうに、
本当それは確信してます。 どうにもよると思うので、
それはやってみないと、何でもやってみないとわからないですよね。
だから勇気を持って、やってみましょうということです。
今日は精神疾患と肺腰移植リハビリの話でした。
また放送を聞いていただいて、よかったと思う方は、いいねを押していただいて、リクエストなんかも頂けたらと思います。
それではまたお会いしましょう。