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2025-07-24 13:28

なんで日記と感情整理が結びつくのか

日記がいいって聞いた。
特に「三行ポジティブ日記」──これならできそうだと思って始めた。

はじめは「やったこと」を書くだけだった。
でも、書いていくうちに思ったんです。

「あれ? 俺、こんなにネガティブに捉えてたんだ」
「不安な気分と行動って、別物かも」って。

・感情を吐き出す場として
・自分を俯瞰する手段として
・未来と今をつなぐ希望として

日記は僕にとって、もうひとりのカウンセラーのような存在でした。

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こんにちは、今昔俺物語です。 この番組では、全般性不安障害、うつ病、心肌症を経験し、
回復した僕が、当時の本当に治るのか、 治った人はその後どう生きているのかという疑問に、
今の視点からですね、答えるような形で話していきます。 今日は日記と感情整理について
語っていこうと思います。
最初はですね、日記なんて書いたこともなかったんで、 あの面倒くさいっていう感情と、日記を書いて意味があるのかなっていうのが、
あの素朴な疑問でした。 でもあの日記がいいっていうので、
一回やってみようと、 大学ノートを買ってきて、
やりました。
特に、皆さんご存知だと思うんですけど、 そのポジティブ日記、産業ポジティブ日記、
かばさわし音先生の、 産業ポジティブ日記がいいということを聞いて、
これだったらなんかいけるかもなーっていうことで、 運動とか外出ですよね、そういうのをやり始めて、これもやってみようと。
完璧主義の面が、 神経質者の完璧主義的なところもあったと思うんですけども、
日記やってみようと。 初めはちょっとよくわからなくて、
まあ風呂に入れたとか、外出して散歩できたとか、 子供と遊んだとか、
そのような出来たことを書いてたんですよ。
でも途中から、産業ポジティブ日記っていうので、 例えば不安だったけど筋トレを夢中、
腕立てしている時は、その不安なことは考えれずに、 腕を、体を持ち上げることだけに、
無我夢中というか集中して、そのことは考えなかったとか、 散歩した時に、
なんかあの悲しくなってきたんですけど、 通りすがりの花を見て綺麗だなぁとか、
花の綺麗さを感じたみたいなことを、
自分のポジティブな面ですよね。 文字通りそういうのを変換しながら書いてたんです。
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結構しばらく書いてたんですよね。 書いていくうちに、日々のできなかったこととか、
できたことを、ポジティブな面を見て、改めて、 一日振り返り、まあ寝る前に書いてたんですけど、
寝る前に書くと、 なんかめちゃめちゃネガティブに考えてるなぁ、
とか考えてたなぁっていうのを、日記を見ながらやっぱり、 文字、
精神疾患になって、よく言う、映画の主人公で不安とか、 ネガティブとか、悲しいとか、イライラっていうのに、
ぼっと押しちゃって、もうそのことで頭がいっぱいで、 よく映画の主人公みたいに言うんですけど、
脚本家というか、作家みたいな視点で書くことで、 その思考を整理することで、
ネガティブに考えすぎてるんじゃないっていうのを、 改めて俯瞰で自分で思えたんですよ。
なんか、一つの出来事があったときに、 自分は良いと思ってネガティブに考えてたんですよ。
皆さんどうですか? ポジティブに考えた方が良いっていうのは分かるんですけど、
自分なりにこっちの方が良い、結果的に良いと思って、 ネガティブに考えてません。
そうしたら、対策が取れるとか、それが癖になって日々の積み重ねで、 ネガティブに物事を考えてしまうような癖がついていったんだなって。
あえてネガティブに考えてるんじゃないかなっていう、 癖みたいなものが書くことで気づいたんですよ。
あの、俯瞰してみるようになってきたっていうか、 書くと、考えてる時はもうそれに没頭してるんで、
不安だなーとか、辛いなーとか、 予期不安だなーとか、今日なんか起きるかもしれん。
なんか症状が、心体症状がすごいとか、 寝れなかったなーとかって言って、
もうその、嫌なことに没頭してるんですけど、 それを脚本家というか作家、夜寝る前に書くと、書いていくと、
書くことを照らし合わせて、 今朝とか辛いっていう風に考えてたのに、
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前と比べてると、やれてるじゃんって。 でも朝はそんなことはそんな思わないんですよ。
だけど、改めて振り返って、過去の自分が書いた日記と比べると、
やれてることもあるなっていうのが、自分が書いてるんで、 その時はそう思ったってことじゃないですか。
それを今書いてる時に見ると、できてるかもとか、
バカみたいにマイナスに考えてたんだなーみたいなことが、 振り返るとあるんですよね。
比較できるようになってくるっていうか。
そういうのを書いて、日々書いていくんですよ。 上手くいくっていうか、日々気持ちとか、やれたこととか、
ポジティブに考えれたことを、自分で書いていくんですよね。
ルールはないんで、自分の思うように書いていけばいい。 特に印象が残るようなことを書けばいいのかなって自分は思って、
やり続けてたんです。
治ったらやりたいこととかも、その日記に書いといて、 書く時に、例えば裏拍子に書いて、
ちょっとそこを見ると、 治して家族旅行、アドベンチャーワールド行きたいなーとか、
そういうのを書くと、ちょっとしたモチベーションになって、 あの子供たち喜ぶかなーとか、
ボウッキ堂ってその洞窟の温泉がある、 ホテル浦島っていうところがあるんですけど、
あの洞窟の温泉入ってみたいなーとか、 そういうので空想に吹けて、いいなーみたいな、
そういうのをモチベーションにして、 出来事を過去で振り返ったり、日記を見ることで、
やりたいことを日々見るようなことが、 日記を書くことで出来てたんですよね。
で、その書いていくと、 さっきもちょっと言ったんですけど、朝はすごいその不安とか身体症状が辛いとかっていうのを、
思うんですよ、頭の中で。 だけど、書くことでどれぐらい辛いとか、
言語化して自分の辛さとか、出来たことが見えるんですよね、悩みとか。 そうすると、やっぱりその頭の中でやってると、
ぐるぐるやっちゃいがちで、その根拠っていうか、 辛いっていうことの感情が先行して、どんぐらい辛いとか、
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そういうのを整理する術がないっていうか、 主人公になっちゃってるんで、そこを書いて外に吐き出すことで、
整理されるというか、そういう効果を感じてたんです。 感じてきました、やっていくうちに。
で、書くと、
今日、今も治った今でも自分続けてるんですけど、 その時はなんかこう、
今日の一日振り返って、印象に残っていることを今でも書いてるんですよ。
それを、僕らって結構、気持ちは常に快晴でいたいっていうのが今でもあると思うんですけど、
曇りをそのままにして、後で、なんでこういうことが曇りなのかなっていうのを書くことで、
気持ちが合ってるかどうかは別として、こういうことなんじゃないかなっていうのを書いていくと、
曇りでも結構折れるような、過ごせるような、
よくネガティブケイパビリティとか言って、不安な状態をキープする力みたいなことを言うんですけど、
後でこう振り返って、何がモヤモヤしてたんだろうとかっていうのを、持てるようになってきたんですよ。
まあそれが、こうだったかもなっていう、整理するのも若干の楽しみっていうか、自分の気持ちとの答え合わせっていうか、
そういうのを直った今でも、やることで気づく。気づけると対策できるんですよ。
書くと、やっぱりそれが目で見てわかるんで、どういう対策を取ったらいいのかっていうのが、
目で見てわかると。
で、書くと、なんか自分のカウンセリングしてるみたいなところもあって、
ネガティブに考えすぎてるなって。
自分で書いた言葉なんで、人から言われてるわけじゃないんで、体験を通して腹に落ちるというか、
そんな風に考えてたのか、これ良くないなって素直に入ってくるんですよね。
そういうことを続けていくと、やっぱり主人公、感情に飲まれるっていうか、感情に没頭してるっていうところが、
徐々に、観客席に座ってるとか、作家の自分とか、脚本家の自分とかが出てきて、
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他方面から見れることで、一辺倒にならない、いろんな考え方ができると。
そういうような態度が備わってきたのかなと、日記を続けることで感じています。
今日はですね、実は5月20日からラジオを始めたんですけども、
何とか10回続けることができました。
これもひとえにですね、皆さんがいいねとか、参考になるとかっていうコメントをいただくことで、
自分の本当にモチベーション、過去の俺みたいな不安な人たちが少しでも安心できるような気持ちになればという思いで続けてこれたのかなと思います。
次回はですね、読書について話していけたらなと思っております。
それではまた。 XやスタイフYouTubeでお会いしましょう。
ありがとうございました。
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