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2021-10-07 17:01

#410 天然ロジカルシンカーの既視感問題

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なんでもかんでもロジカルシンキングすればいいってもんじゃない。そんなことは百も承知で、それでも自動的に考えてしまう。そんな障害を持った人間のお話。

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・10/20(水) 輪(Clubhouse)

・10/30(土) 第11回 仮面読書会

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・エッセイを書いています。【脳内議事録】 

・シソフレ(思想フレンド)募集中!【秘密結社S.A.B】 

・うえみずゆうきのTwitterはこちら【@y_uemizu

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皆さんこんばんは、上水優輝でございます。サイコパスのラジオ、ぜひ最後までお付き合いください。
今日は、天然ロジカルシンカーの既視感問題というお話をしたいと思っています。
本題に入る前に告知をさせてください。 事故を最低期するという目的で活動している秘密結社を運営しているんですが、
その秘密結社のイベントが10月2日に終わります。 10月20日水曜日夜10時から
クラブハウスにてリンという部屋を開催しています。 その場でテーマは決まるんですけども、
普通のクラブハウスのルームなんですけども、比較的率直に意見交換できる部屋かなと思いますので、
物申したいという方はぜひ来ていただきたいですし、このポッドキャストを聞いてくださっている方で、なかなか直接コミュニケーションを取る機会がないですから、
せっかくお話しできる機会でもありますので、よかったら遊びに来てください。 10月30日土曜日は仮面読書会ということで、仮面をつけてズームで読書会をするというのを
開催します。これもですね、読書してもアウトプットするみたいな機会がなかなかなかったりとかね、
あとは僕もそうですけども、知らない人のところでいきなり読書会に参加するという勇気がいるなぁと思うんですけども、
仮面つけてね、匿名で参加できるので、まあなんていうのかな、人見知りの方でもね、ある意味安心してというか、
まあ、仮面つけるハードルはあるけども、その知らない人と話すハードルというのはグッと下がるので、なかなか面白いんじゃないかなというふうに思います。
概要欄の方に貼っておきますので、よかったらぜひ遊びに来てください。 というわけで本題に入りたいと思うんですけども、天然ロジカル進化の基地勘問題ということで、
なぜこのテーマで話そうと思ったかというと、先日ある中学生男子と対話をしていたんですけども、
その男子がですね、退屈で仕方がないと言い張るわけですね。 退屈ならなんかいろいろやったらいいじゃないっていう話になるわけですけども、
いろんなものを提案してみるけれども、それもやったんですけど、これもやったんですけどという感じで、
秋っぽいということですね。秋っぽくてどれも続かないからすごい退屈をしてるんだということでした。
もう少し深くヒアリングしていくと、それすげーわかるわみたいな状態に僕はなってしまってですね。
僕の場合はですね、この後半で話していきますけども、なんか工夫をしてですね、退屈をしのいでいるんですが、
その退屈になっている原因みたいなのがすごいわかるわと思ったんですね。 なぜその中学生男子が退屈になっているかっていうと、
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なんかあることをやろうとする。例えば作曲をしようと思ったら、 こういう曲を作れたらいいなみたいな、ゴールではないけどもちょっと理想のイメージがあって、
そのためにはこういうことだったり、そのためにはこういうことだったり、そのためにはこういうことだったりとか、こういう道具があってとかっていう、ロジカルにですね、それができている状態までのステップが鮮明に思い描くことができると。
なので、あとはもうそのステップを踏むだけっていう状態なんですよね。
何が言いたいかというと、何かの理想、何かのゴールを設定して、それが達成されるまでのステップを逆算できてしまった時点で、なんとなくもう
頭の中ではもうそれが出来上がっているし、それを達成するまでの道のりも頭の中では歩んでいると。
だから実際に手を動かしてやる時には既視感なんですよね。すでに見たものをやっている状態になっちゃうから、つまんないんですよね。
例えば作曲ですけど、作曲なんていきなり完璧にできるわけじゃないじゃないですか。やろうと思う、そのためにこうしてこうしてこういうステップがあるっていうことはわかる。
自分の中では組み立てているけれども、ファーストステップがすでに大変だと。やってみるとなると労力がすごくかかる。
すでに頭の中では完成しているのに、やろうと思うと大変だ。でも何をすればいいかわかっている。何をすればいいかわかっているから、その大変なこともわかっている。
だるいな、みたいな状態になっちゃうと。 このステップがよくわからなくて理想がしっかりとある状態みたいになれば、
理想に向かってガムシャラに頑張りますみたいな、多少慣れるかもしれない。一個一個の経験、行動が未知のものだから、まだ楽しみってあると思うんだけど、
ステップが設計されてしまった時点で、もうその通りにやると。細かい枝端の部分はもちろん迂回曲折すると思うんですけども、大きなステップとしてはもうそのステップでやっていくよねって決まっちゃってるから、
すごい退屈というか、させられている感じになるというかね、もうすでに見たことをもう一回やるしかも大変ってなったら
マジでめんどくさいんですよね。 作曲を例にしましたけども、僕仕事でよくそれがあります。
プロジェクトとかでゴールがあって、そこから逆算して、コードコードだと併用させて、おおむねその通りやればその通りになるわけだから、その通りやればいいよねって話で。
あとはいろんなイレギュラーがある。やってみたら違ったってこととか、想定していたリソースが使えなくなったとか、そういうイレギュラーがいろいろ起こってくる。
イレギュラーが起これば、別にゴールとその計画とそのイレギュラーが起こっている現状のその3つを整合性を取って計画を修正すればいいだけ。
またいわゆる新しいロジックがそこで生まれて、またそれを後追いするという感じで、結局頭の中でも達成までの
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絵をロジカルに思い浮かべたものを、追体験しているに過ぎないっていうことで、基本退屈なんですよね。
お客様から依頼された何か案件があって、それに答える。要件定義が終わって、それが納品されるまでのスケジュールを組んだ時点で、僕の中でも頭の中で
こうしたらこうなって、こうしたらこうなってというのは、一応想定されているわけですよね。
だからよほど難しい案件、その想像もつかないような案件、できるかどうかもわからない案件以外は、想像がついてしまう。
想像がついてしまうものをただ追体験している。退屈だなと思うんですよね。
だからその中学生がやっている退屈な気持ちはすごくわかるし、一方で僕はその仕事で役に立つということは、できることをやるという部分も大々にしてあって、全くできないことはやらないですね。
僕は水泳のインストラクターはやらないですね。金槌だから、あなたを泳がせるためのインストラクターとして、今日から頑張りますということはできないから、できることでやっぱり貢献しようとする。
できることで貢献しようとすると、ある程度ゴールが設定されて、結局立てればだいたいその通りになるんですね。
だいたいその通りになるということは、もう頭の中で出来上がったことをただただ追体験している気持ち感なんですよね。退屈なんですよ。
この感じを初めて中学生の方が言っているのを聞いて、そう言っている人って初めて会ったなと思って。
これってロジカルシンキングあるあるなんじゃないかなって思っているんですよね。
今散々話した通り、ゴールがあって、目的があって、あとは限られたリソースがあって、その中でどうそれを達成するかというだけでしかないから、
そこでもう計画を立ててしまうと、もうその通りやるだけだから。
やるだけだからって、やるということを軽視しているわけではなくて、
頭の中で一回完成しているから、やるということがとても億劫になってしまうと。
この気持ちって伝わるのかなっていうね。
一応ツイッターでそれをつぶやいたら、父の戯言というポッドキャストをされている翔真さんがわかりますということでコメントをくださいました。
事例として出していただいたのが、その学生時代、教科書の問題を読んで解き方が見えてしまったら、
鉛筆を動かすのが面倒くさくて次の問題に行ってしまったみたいな話とか、そういうのとかまさにさっき話したようなことですよね。
頭の中でゴール、問題解決まで、頭の中で終わっちゃってるから、それを鉛筆でなぞるだけっていうのは、
ただ鉛筆を動かしているだけだから退屈で仕方ない。頭の中で解決してるから、そんな鉛筆を動かすのも無駄じゃねって思ってしまう。
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もちろん点数を取るために、進級するために、何か評価されるために手を動かすことは重要なんだけども、
頭の中では溶けてしまっているから、ただの作業なんですよね、その手を動かしているのは。
なんかしんどいっていう感覚みたいな。これは伝わる方いるんですかね、どうなんでしょうね。
僕はですね、ちょっとサイコパスであるというところで、特にですね、印象で物事を捉えるっていうよりも、
湧き起こった印象をどうしても天然でロジックで処理をしがちなんですよね。
もちろん人間ですから、五感で入力したものが印象として上がってくるとかいうのはあるんだけども、それをどうしても論理に落としがちであると。
日本能力協会マネジメントセンターの記事でですね、ロジカルシンキングを構成する要素ということで書いてあるのがちょっとわかりやすかったんですけども、
物事に筋道を通っているとか、バイアスにとらわれず白紙の状態で物事を捉える、いわゆる良い悪いとかプラスマイナスとかじゃなくて、
白紙でその状態を捉えようとするとか、あとは合理的思考を持つですね、目的とかゴールの設定に対して何が重要で何が重要でないのかっていう選定をするとか、
物事を適切に分解できる、いろんな要素に分解できるということですね。漏れなくたぶりなくということです。
あとは因果関係ですね。原因が何でとかそういうことをちゃんと正しく、正しくっていうのはわかんないですけども、因果関係を把握する能力があるとか、
あとは言葉の定義とか、あとは定量化できるものはなるべく定量化するとかっていう感じで、結構それを意識せずに無意識レベルでやってしまうっていうのが、
この6ですね。天然ロジカルシンカーということで、天然でオートで自動的にロジカルシンキングを働かせてしまうと。
一見それだけ聞くとロジカルシンキングができて何かお得ですよね、みたいな思う方もいるかもしれないですけども、これは障害なので、
ロジカルシンキングを自動的に始めてしまうと障害なので、これはね、その息づらさみたいなものもちょっとここでお伝えしたいなと思うのは、
いい部分でいくと確かに課題解決とかっていうのはすごくいいんですよね。ある目の前のことで嫌なことがある、マイナスのことがある、
うまくいかないことがある。なぜだろうかと考えて、それをちゃんと要素でね、理解して、具体的な解決策を導き出して、
実際にそれを解決していくということで、負をね、自分のマイナスの状態を取り除くっていう意味ではすごく動機があるから、
ステップを踏むのもそんなにきつくないんですよね。その頭の中でステップを踏み終わっても、負の状態っていうのは取り除かれていないから、
負を取り除くためにステップをかき上がっていくってことにはすごく得意であると。だからマイナスをゼロにするのは得意なんですよ。
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課題解決は得意であると。で、一方でプラスのことですよね。楽しいこととか、嬉しいこととか、なんだろう、そういう
それこそ印象みたいなものですね。気持ちとか印象みたいなものさえ放っておくとですね、ロジカルシンキングしてしまうと。
で、そういう楽しいことをなぜ今楽しいんだろうかとか、気持ちいいことをなぜ今気持ちいいんだろうかみたいなことを、なんていうのかな、
分析してしまうと、ロジックで考えてしまうと、なんかつまんないものになってしまうんですよね。
もちろん気持ちいいことをロジックで理解して再現性のあるものをすれば気持ちいいわけですけれども、
じゃあ、その気持ちよさってのは、なんかよくわかんないから気持ちいいっていうのもあるわけじゃないですか。
なんかよくわかんないから楽しいっていう部分もあるわけじゃないですか。なんかよくわかっていて楽しいわけではない。楽しいを分析した途端楽しくなくなってしまうってことは
往々にしてあるんですね。だからプラスのもの、自分にとってプラスの感情、プラスの印象みたいなものはボヤーッとしたままにしておいた方が楽しめるし気持ちいいし
喜ばしいと。そんなものをロジックで分析してしまったらゼロに戻ってしまう。まさにさっき日本能力協会マネジメントセンターが書いていた
バイアスにとらわれず白紙の状態で戻ることを捉えてしまうので、なんかこれって気持ちいいなーとか、これって楽しいなーってめっちゃバイアスかかってるじゃないですか。
バイアスがかからない状態で戻る。ゼロに戻っちゃうので、幸福を感じにくいというか幸福な状態から我に帰りやすいっていう問題はあるんですよね。
だから天然ロジカル進化であるということは確かにマイナスを除くのはとても得意である。悩み事なんか僕ほとんどないですからね。悩みを悩みのままにしない。
悩みをちゃんと課題に消化して、その課題をしっかり分析してどうすれば解決できるだろうか。もしくはこの課題というのは自分一人では解決できないから急ぎではないなとか、これはそもそも解決できないから待つしかないものなんだとかって分類して自分で解決できる、一人で解決できるものとか優先順位が高いものから解決していくので、マイナスなことっていうのはほとんど人生の中で今の生活の中で思い当たらないんですけども、
プラスのことっていうのがなかなか難しいんですよ。ちょっと湧き起こる印象とか冗談みたいなものをそのままするためにロジカルシンキングをさせないために思考を止める、意識的に思考を止めるってことをやらないと楽しめないっていう障害ですよね。障害があります。
だから考えないようにするっていうのは一つで、もう一つはロジカルシンキングで処理しきれないことをやるっていうのがありますね。
例えば最近やってる粘土版制作とかっていうのは、もうロジカルシンキングの仕様がないですね。もちろん粘土版制作の過程をロジカルに考えるとかいうことはできるんだけども、
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でって感じじゃないですか。粘土版をロジカルに考えるってもう意味が分からない。もう粘土版と自然でもうロジカルではないんですよね。今どきなんで粘土版ってなっちゃうから、
よほどの新しい目的設定とかゴール設定をして、だからロジック的にこの粘土版が正しいんだみたいな、ある種むちゃくちゃなものを引っ張り出してきて、
そのむちゃくちゃな引っ張り出したものを自分でロジックをひねり上げるみたいなゲームになっているところがあって、そういう感じですね。さっき言ったみたいに楽しいな、気持ちいいなってことに対して思考を止める。
もしくは思考が及ばないレベルのよくわからないものを取り扱うぐらいしないと楽しめないっていうね。
まさにその中学生男子みたいに退屈だってことになってしまうんですよね。これはね、天然ロジカル進化の
あるあるなんじゃないかなって僕は思ってるんだけども、どうですかね。ロジカルシンキングを天然でというか、デフォルトでやってしまうよっていう方、
この話ってあるあるだなって感じたのか、いやそれお前だけだろって感じたのか、ぜひね、感想というかご意見聞かせていただけると嬉しいなというふうに思います。
天然ロジカル進化の起始感問題ですね。何かゴールとかね、目的とかゴールがあって、計画を立ててた瞬間ね、もう
遠いなってしまうからアクションっていうのが起始感であると。だから退屈でモチベーション上がりにくいという課題、何なら障害があるというお話でした。
ご意見ご感想ぜひね、あのまあハッシュタグサイクパスのラジオとかつけてね、つぶやいていただけると僕も探してですね、皆さんの意見を参考にさせていただきたいなと思ってますので、ぜひぜひコメントいただけると嬉しいです。
本日は以上です。またお会いしましょう。さよなら。
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