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2026-03-03 25:33

【11-3】16歳-19歳まで単身留学、日本と全然違う学校教育。デンマークの高校授業の話。【mymy_陶芸_Guest:三浦麻衣(陶芸家)】

生き急ぐヤング陶芸家の転がる毎日の話。うんちを素材とした陶器の開発がきっかけで、間もなくフランスの老舗メゾン研究員としてお城に住む予定とか。
“芸大ラジオmymy”は京都芸術大学の開学50th(2027)を記念して始まった、芸術・デザインをひもとくラジオです。

関連URL
三浦麻衣
https://www.instagram.com/_miuramai/
女子美術大学附属高等学校・中学校
http://www.joshibi.ac.jp/fuzoku/
デンマーク
https://japan.um.dk/ja (デンマーク外務省 デンマーク大使館)
documenta
https://documenta.de/en

サマリー

今回のエピソードでは、陶芸家の三浦麻衣さんをゲストに迎え、彼女のデンマークでの留学経験について掘り下げます。16歳でデンマークに単身留学した三浦さんは、当初言葉の壁や文化の違いに苦労しながらも、現地の学校生活や人々と交流する中で大きく成長しました。日本の学校とは異なるデンマークの教育システムや、陶芸における時期と陶器の違いについても語られ、彼女のユニークな経験が語られました。

00:06
こんにちは、芸大ラジオmymyです。アシスタントの谷口菜の葉と、デザイナーの坂井耀介先生です。
坂井です。よろしくお願いします。
お願いします。
はい。
前回に引き続き、陶芸家の三浦さんをゲストにお招きしてお届けします。
前回は三浦さんの大学時代についてお話ししました。
三浦さんがその坂井さんによると、普通の人ならキャパオーバーになってしまいそうなプロジェクト量をこなしていたっていう手柄な学生だって、
坂井さんがおっしゃってたんですけど。
はい。そう思います。
はい。
優秀とかって意味じゃないよね。
まれだぞってことですね。
これまで三浦さんの今のお仕事や学生時代について伺ってきたんですが、第三話ではもう少し踏み込んで、パーソナルな部分について伺っていきたいと思います。
はい。よろしくお願いします。
三浦麻衣さんの幼少期と美術への目覚め
大学より以前のお話を聞きたいと思うんですけど、三浦さんはこの子供の頃からアートが好きだったんですか?
なんかずっと絵を描いたりとかなんかするのは好きで、あと物を作ったりとかは好きでしたね。
好きというよりか多分勉強の方が嫌いすぎて、そっちがなんかすごい楽しかったって感じですね。
アートが身近な環境で育ったんですか?
でも確かに絵本とかはめっちゃありましたね。あとなんか画塾みたいなアトリエみたいなところに行ったりとかもしてました。
そこからなぜこの芸術の方へ進まれたんですか?
東京に住んでたんですけど、美大付属の中高一巻校があって、そこだったらたくさん絵描けるし、物も作れるし、いろんな素材に触れる学校っていうのを聞いて、そこに行きたいと思って、そこを受験して。
そこも中高一巻なので、高校まで6年間すごいたくさん美術の授業があって、あんまり授業中にじっと座ってるのが苦痛でしょうがなくて。
小学生の時とかノートに国旗ばっか書いてたんですよ。算数の授業とかに。国旗全部覚えてて、その時国旗ばっか書いてたから、絵描けるなら絵描きたいなと思って。
その学校、数学とかも折り紙使って数学やるとか、ちょっと手を動かすようなことがあったので、そこは楽しかったなって感じです。
女子美術大学付属の学校では、具体的にどういうことを主軸に学ばれていった?
中学生の間はあんまり専門を決めるというよりかは、全部やるみたいな感じで、それこそ油絵も水彩もやるし、デッサンもやるし、土にも触ったりとか、木工とか金属とか、それこそジュエリーを作ったりとかありましたね。
何でもやってましたね、当時。しかも何でもできる先生がいっぱいいるので、設備もあるし、なのでもう動き回って、クソガキだったと思います。ずっと学校にいるみたいな感じでしたね。
デンマークへの単身留学を決意
入学して半年で休学されて。
中学は3年間通ったんですけど、高校は途中で休学しました。
デンマークに一人で行かれたんですよね。何歳?
16歳の時。
16歳で。
なんて世話しない。
世話しない、本当に。
いけないです。そんな大胆なことはできないはずなんですけど。
親もな。
いかさないよね、あんまり。
16歳から何歳までデンマークの。
19かな。
3年間。
3年弱って感じですね。
なぜこの大胆な決断ができるんですかね。
今考えたらよくわかんないんですけど、当時剣道部に入ってて、すごい嫌だったんです。流れで入っちゃって、剣道部に。
先端恐怖症ってことに気づいて、めっちゃ怖くて、やめる方が怖くて、中高一環だから、中一の時の高3の先輩とかめっちゃ怖いんですよ。やめますって言えなくて。
一応中学は乗り切ったんですけど、高校3年間絶対続けたくないと思って、編み出した方法が、留学に行くと送り出してもらえるってことに気づいて。
しかも駅で見た留学団体のポスターに心を動かされて、どんな10代を過ごしたらなりたい大人になれますかって書いてあって、剣道部のままじゃ無理と思って、なりたい大人になれないと思って。
でも親に言うのもちょっと怖かったので、秘密裏に試験を受けて、高校生向けに奨学金を出してるところとかあるんですけど、団体が。そこにも応募して、通ってから親に言いましたね。
どんな反応でしたか?
驚きもない。え?みたいな方針状態って感じでしたね。
そこから説得っていう感じだったんですか?
いや、もうだって受かっちゃったのでしょうがないみたいな感じでしたね。外掘り埋めてから言いましたね、親に。
え、じゃああんた行くの?みたいな。
そうです。
行くって言って、行ったって感じの。
そう、なんか留学費用が、団体はボランティアなので、そんなに高い方じゃないんですけど、それでも結構する。
で、しかも北欧なんて物価高いから、ホストファミリーがいたんですけど、自分の何か買うとかはお金がかかるので、その分だけ行くまでの、4月から8月に行ったんですけど、その間にドーナツ屋さんでめっちゃバイトして行きますって言って、分かりましたって感じでしたね、親。
デンマークでの学校生活と文化体験
なぜデンマークだったんですか?
なんか他、英語が第一言語じゃないところがいいなと思って、あとヨーロッパに興味があったのと、あとなんかデザインとか有名で、やっぱ美術系の学校だったので、そういうのも興味があったし、
あと寒い国なので、なんか家の中のもののデザインがすごく進んでるから、なんか結構暮らしとか生活とかにも興味があったので、なんか行ってみたいなと思って、デンマークにしました。
そのデンマークで過ごして、何を感じたっていうか、その峠の伝統だったり、デザインの文化。
ナノアジア、デンマーク行ったことないでしょ?
ないです。
どこにあるか今頭で分かったよね。
国境はなんか赤っぽい。
あ、そうそうそうそう。
どこか。
場所は?
ノルウェーらへん。
ノルウェーらへんですけど、結構なお、分からんもんやよね。
いやー本当に。
頭でこの辺かな、コペンハーゲン。
コペンハーゲンじゃなくて、私はめっちゃ田舎の方にいたんですけど、ドイツの上ですね、デンマーク。
そこに行って、何を勉強したのかとか、どんな体験をしたのかっていうようなことですかね。
でもなんか最初の1年ぐらいは、1年というか3ヶ月とか、なんかデンマーク語が分からなすぎて、なんかもう帰りたいみたいな。
剣道部やっときゃよかったみたいな、ずっと思ってたんですけど、なんか3ヶ月ぐらい経ってから、なんとなく言葉が聞き取れるようになってきて、
で、なんか半年ぐらい経ったら、結構喋れるようにもなってて、なんか特に勉強してるわけじゃないけど、なんか喋れるようになってからがめっちゃ楽しくて、
なんかホストファミリーもいたので、なんか現地の生活をなんかさせてもらえたし、なんか学校も学校で、美術系の学校に入ったので、
なんか全然この感覚が違うなとは思いましたね、結構。
なんかそのデンマークで、坂井先生的にはどういう国ですかね、なんかその伝統とか歴史とかを大切にしていて。
バイキングの国じゃん。
バイキングの国。
一応北欧、バイキングってショクじゃない、海賊たち。
北欧が一応、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーが北欧の4カ国なので、ヨーロッパの北の方で、前々がいうようにデザインが発達、発展しているし、
なんか幸福度ランキングみたいなものに基本的には上位に来るような国で豊かな文化があると思います。
そんな国かな。
なんか学校とかも全然違いました、日本と。
なんか基本グループワークだし、なんかテストとかも結構変わってて、なんか何の授業だったかちょっと忘れちゃったんですけど、
一人でテストを受けるんですけど、この筆記のテストじゃなくて、朝くじ引きに行って、くじ引き引いたらお題みたいなの書かれてて、
そっから3日後とかに教室に行って、先生ともう一人先生みたいなのがいて、その人たちの前でそのお題についてめっちゃ説明するみたいな。
で、それでちゃんと喋れてるかどうかとか、なんか間違いがないかとかでこの点数というか成績がつけられるみたいなテストだったんですけど、
喋れないから、なんかダンボールとか作ってって、バイキングの略奪品とかのテーマで、なんか喋れないじゃないですか。
言葉とかわかんないし、だからもう全部ダンボールで作ってって、こんなのがありますとか紹介して、無事ギリギリ合格とかなんですけど、
なんかそんなようなちょっと時間がかかるというか、なんか覚えたらいいっていう感じじゃなかったので、めっちゃ新鮮でした、それは。
デンマークの教育システムと自由な校風
授業とかはどんな感じだったんですか?
授業は、でもなんか普通の教科もありました、ちゃんと。英語とかもあったし、あとなんか政治の授業がありましたね。
なんか選挙の前とかにいきなりこの政党の説明とか、いろいろしてちゃんと選挙に行こうっていう授業なんですけど。
そう、もあったし、あとまあなんか彫刻とか、それこそ陶芸の授業とかもあったし、いろんな授業があった気がします。
なんか、政策環境とかはどういう感じだったんですか?
でも、大学に近いと思います。どちらかというと、環境的には。
日本と、日本の教育と比べてどうでしたか?
どうなんだろう。なんか日本でも結構特殊な学校に行ってたから。
確かに。
なんか比較対象がちょっと曲がってるかって感じですけど、めっちゃ自由でしたね。
先生のこと、名前呼び捨てだったんですよ、普通に。なんか親しみを込めて。
とか、なんかこのノートとかも手で書かなくてよくて、なんかもう本当に大学みたいなパソコンでみんなのGoogleドライブがあって、優等生が書き込んどいてくれるみたいな。
で、それを私はコピペして日本語に訳してたんですけど。
なんか別に、そこの効率が大事。割と効率重視するような人たちが多かったですね。
なんかノートに手書きじゃなくてもう写真撮ってそれをGoogleドライブアップしておくとか。
黒板を?
そうそうそうです。なんかそれとかやったら怒られそうじゃないですか。
日本でやったら怒られそう。怒られるな絶対。
そうですね。先生の授業はどうですか?あ、番書とかないか。
俺の授業を社名したら怒られへん、怒られへん。
ああ、良かった良かった。
とれとれみたいな。
電幕スタイル。
電幕スタイルではないと。大学はね。
まあそうですね。
高校とかはそれやったら怒られそうだなって。
そうですよね。まあでもそんなの別にしゃべったところで、テストが暗記のテストじゃないから意味がないんですよ。
そこのノートを書くのに時間を割くことは。
だからめっちゃ楽しかったですね。好きなことに好きなように時間が使えるみたいなのが良かったです。
デンマークでの恋愛と人間関係
恋もして。
恋もして。
インターナショナルな恋ですね。菜の葉ちゃん気になるんじゃないですか?
気になります。
でもそのなんか6ヶ月後とかに、しゃべれるようになったって言ったじゃないですか。
はい。
そのタイミングで付き合って、そこからもデンマーク語めっちゃ上達してたんですよね。
ちゃんとね。
それまでは何?しゃべれるようになる前はどうやって愛を伝え合うの?
みんな英語しゃべるんですよ基本的に。
で、私は英語もしゃべれなかったから、とりあえずデンマークに行って英語を勉強するところから始めて。
よくそんなんで行くよね。
頭おかしいよ絶対。英語もできなくて、デンマーク語はもちろんできないのに行って馴染んで帰ってこれたっていうのは奇跡かもしれない。
確かにそうですね。
そのしゃべれへんやつとか無視やん多分。
そう。しかもなんかめっちゃ田舎だったんで、ずっと幼稚園の頃から知ってるみたいな子が多いからそんな中にいきなりポンって入り込むのは嫌でしたね。
しかもマンモスコーだったんですよ。1000人ぐらいいて本当にカフェテリアとか昼休み、原宿みたいな感じ。
今のギヨンとかそんな感じですけど、みたいにごった返してるから誰についていけばいいのかわかんないし誰も教えてくれないしみたいな。
それぐらいのほうがでもいいな。巻き出れるし。
本当ですか。
友達いないこともバレないやん。
私はそれがめっちゃ寂しくて、帰りたいみたいな。めっちゃ泣いてましたね最初。
家帰って。
家まで持たない。学校のガチャンって出た瞬間、自転車動きながらめっちゃ泣いてて。
自分で決めたしな。
でもそんなダサいことしたくないじゃないですか。
戻るわけにはいかないみたいな。
剣道部よりかはマシとか勝手に。
面白い。デンマークで自転車動きの剣道部よりマシって言ってる人。
しかもなんか日本語でしゃべっても誰にもわからないからめっちゃブツブツ言ってましたね。自転車動きながら。
変なやつやんって言ったらそれもう。
怖いですよね。
でもそっから6ヶ月経ったら恋もして。
そうそうそう。
いいですね。
楽しかったですね。
ドイツでのトラブルと旅の思い出
僕はまいまいさんともう一人他の学生と一緒にデンマーク行ったことあるんですよ。
行きましたね一緒に。
ドクメンタっていう芸術祭かなの走りみたいなやつが5年に1回ドイツのカッセルっていう街で開かれてるんですけどそれに行くときにまいまいも一緒に行って。
コペンハーゲンとかまいまいがいた方がちょっと楽しいやん知ってるから。
その後が最悪でしたよね。
はい。
坂井先生ともう一人の学生は飛行機でドイツまで行ったんです。
コペンハーゲンか。
でも私はホストファミリーが田舎に住んでたのでそこに行ってから。
挨拶をしてから。
ドイツに集合だったんですよ。
でそのホストファミリーの家からドイツまでが電車で行った方が近くって飛行機コペンハーゲンに戻って飛行機に乗るよりも。
で電車に乗ったんですけど、なんかドイツの電車ってめっちゃ遅れるんですよ。
でなんか一本目に乗った電車が1時間くらい遅れて。
乗り換える予定だと電車に乗れんかったんやろ。
そう乗れなかったんです。
でも最終駅までの目的地までのチケットを買ってるからどうにかしてこの電車を乗り継いだらいけるんじゃないかと思って。
新しくチケットを買わずにWi-Fiとかもなかったんで勘で乗りまくってたんですよ。
したらなんかドイツの電車ってお金払わなくても改札とかないから乗れちゃうけどその代わりチケット買ってないのがバレたら回ってきた人に見つかって罰金が取られるっていうシステムだったんですけど。
なんかめっちゃちっちゃい駅でその人回ってきて最悪と思って寝たふりしたんですけど。
起こされてチケットみたいなのを見せたらこれじゃないみたいな罰金みたいなのを見せられて最悪と思って。
でもなんかこの経緯を説明したんですよ。
だからこうこうこうで乗れなかったんだって言って。
私もなんかもう勢いで行かないと負けると思ったからめっちゃこうバーって言ったらなんか降りろみたいなの言われて警察呼ばれて。
警察まで呼ばれたらもう罰金払うしかないからなんか300ユーロとかかな確か。
結構高いね。
そう今でいくらですか。
5万円とか。
5、6万しますね。
そのくらい払ってしかも坂井先生も先にホテルについててなんかめっちゃ夜だったんですよねそれがもう罰金払ったのが。
たどり着けずになんかホテルで一泊ホテル取って一泊してそう。
で次の日の朝この電車でまたチケット取らされて向かったんですけど。
その時の坂井先生一番優しくて私が出会った中で本当になんかまずそのカッセルっていう駅に行けばよかったんですけど。
でカッセルから歩いてホテルに行ける。
歩いてかなんかトラムに乗って行けるみたいな感じで。
私Wi-Fiがないからなんとなく勘で行けるだろうって失敗したのに本当に学ばないんですけど。
したら坂井先生がLINEでこのトラムの写真送ってくれてここからナンバーに乗ってこういうふうに進めばホテルに着きますみたいな。
わざわざ送ってくれていやめっちゃいい人じゃんと思って。
いい人だよ普段から。
普段からでもそんな優しくないじゃないですか。
手取り足取りな絶対しないよそんなこと。
でも本当にかわいそうに見えたんだなと思いました。
その時は。
だからそういう不運なこともいっぱいありつつ迷惑なやつ。
本当に迷惑な旅でしたねあれ。
でもそういうことの方が覚えてたりするんで。
そうですよね。
その時は本当に嫌ですけどね。
後々今振り返ってみるとみたいないい思い出ですね。
そうですね。
コロナ禍での帰国と現在の活動
それがいつ行った?
4年か3年くらい前の時ですね。
3年前とか大学入ってからですね。
デンマークで16歳から19歳まで過ごして。
帰国のタイミングっていうのがコロナか。
そうコロナでオンライン授業になって。
しかもビザの問題とかもあったので。
なんかそこで手続きするよりかはもう日本帰った方が早いなと思って。
で、大学探ししてたらこの大学を見つけてっていう感じですね。
帰国を決める時って寂しかったですかね。
寂しかったは寂しかったですね。
ホストファミリーもいたし彼氏もいたから帰りたくなかったですけど。
でもまた戻ってこれるかみたいな戻りたかったという感じだったので。
なんかそれよりかはわりと京都での新生活にワクワクしてた感じですね。
で、京都に来られて現在峠を選ばれてるっていうことなんですけど。
なんか最終的に峠を選んだっていうよりはなんかもう今は峠だっていう感じ。
そうですね。何が起こるかあんまりわからないし。
話した通りわりと行き当たりばったりというか感じなので。
もしかしたらなんか違うものに行くかもしれないし。
なんか今そういうことあんま考えてなくて。
できることをお仕事をいただいてるうちはやりたいなと思ってます。
デンマーク時代にその峠について触れた時ってありましたか。
デンマークでの陶芸体験と時期・陶器の違い
そう、それこそ学校で峠の授業があったので。
そこでなんか昔日本人の人が来てて巻き釜を作って帰ってったみたいな施設があって。
で、そこをなんか学校でその巻き釜で焼いたりとか。
でもやっぱなんか日本って焼き物の国なんだなって。
なんかそこで結構思ったりしましたね。
なんかデンマークはやっぱ時期とかが有名なので。
どちらかというと絵付けとかなんか結構デザイン的なものが有名なんですけど。
なんか日本でって別にそうそうでもないというか。
時期もあるけどやっぱ陶器もあるし。
なんかこんなに焼き物の産地がある国って結構珍しかったんだって思いましたね。
その時期と陶器の違いが多分普通の人はわからない気がするんで。
今しゃべっといたらどうですか。
デンマークだったらロイヤルコペンハーゲンが有名なんですけど。
時期は陶石っていう白い石があってそれを砕いて時期土っていう粘土になって。
で、それが焼くと焼き締まるんですけど。
陶器とはよりもうちょっと高い温度で焼き締まるのですごいなんか弾くと指とかでキーンって音がします。
白いのが基本的には白い。
そう真っ白で。
それ石からできてるんや。
陶石っていう。
それ砕いただけで粘土になるん?
砕いて今はいろいろ入れてますけど。
もともとは。
日本だったら陶石で作ったりもするしなんか粘土と粘土を混ぜて時期土みたいな感じでやってるところもあるんですけど。
なんかだいぶ扱いが違いますね。
時期とかはなんかロイヤルコペンハーゲンだったらその型に型で成形してるのでいこみっていう技術なんですけど。
石膏型にこのデーショーって言って時期の土を泥にしたものを流し込んで。
で時間が経ったら石膏が吸ってくれるから吸った分だけ残して後は捨てて捨ててというかまた戻してそれでこのプレートとかができるんですけど。
そこに絵付けをしてとかそういうものが割とメイン主流というかデンマークでは時期の生産が豊富みたいな感じでした。
で陶芸の方は土ですね。
土です。
結構違うよね。
全然違いますね。
デンマーク山もないのであんまり粘土も取れないですね。
エンディング
ありがとうございます。さてたくさんお伺いしたのですがそろそろエンディングのお時間となりました。
今回ゆうらさんの大学以前の話を聞いてなんか10代後半の話がデンマークの思い出になるっていうのが出会ったことなくて私はなかなか聞けないめちゃくちゃ面白いお話で面白かったです。
番組が面白かったという方はスポティファイやアップルポッドキャストなどお聞きのアプリでのフォロー高評価をお願いします。また概要欄のお便りフォームから感想や質問もお待ちしております。
番組内で紹介された方には坂井先生特製ステッカーを差し上げます。それではまた次回ゆうらさんどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
25:33

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