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おはようございます、ユコです。今日は、思考と解釈の違いについて話そうかなと思っています。
朝、ちょっとね、ライブの時にだいぶ声調子いいなと思ってたんだけど、調子に乗って喋ったせいかまた調子悪くなっちゃいました。
お聞き苦しいかと思いますが、1月10日になる予定ですので、まぁ少し我慢してお付き合いいただけると嬉しいです。
えっとね、これね、わかってるつもりでほとんどの人が混同してるんじゃないかなっていうのをちょっとね、昨日感じたので、
ちょっと1本撮ってみようかなと思います。でね、この思考と解釈の混同、これが実は、
自己否定だったり、反応だったり、判断の迷いとか、人間関係のしんどさ、これね、ほぼ全部の根っこになってるんじゃないかなっていう仮説も立ってます。
多分そうだよこれ。まぁ先に結論から言います。思考と解釈は全く別物。
思考とは、何が起きているかこれを整理することだし、解釈は、それはどういう意味かということをラベリングすること。
多くの人は、解釈をした瞬間に、私は今考えている。私は今すごく考えたんですけど、とか思ってると思います。
でもね、実際は考える前に意味付けが終わってるんですよ。
例えばね、職場で上司に言われた言葉、これ前も言ったよねとか言われた時、この時の事実って、上司が確認したとか、上司に前も言ったよねと言ったとか、上司がここまでなんだが、
でも多くの人の頭の中ではね、一瞬でこうなるの。指摘された。責められた。軽く扱われた。嫌味っぽく言われた。信用されてない。私できてない。これね、全部解釈。
でも、本人はこういうの、主張する時に、前もこういうことがあって、その時もこうで、誰さんの時もこうしたこともあったし、そうじゃない事例の時も、いつもあの人は普段こうで、そうで、そういうこと。
ちゃんと考えた結果、そう感じてるんです。違います。それはね、考えたんじゃないんです。
過去の前提で意味をラベリングしてるだけなの。意味を貼っ付けてるだけなの。
家の中でも同じことが起きる。例えばね、パートナーに言われる一言。
ねえ、また忘れてる。事実は、パートナーが確認したとか、パートナーがまた忘れてるのと言ったとか、それだけ。事実はね。
でも、頭の中では、呆れられてるとか、自分だって忘れてるくせにとか、大事に思われてないとか、リスペクトされてない気がする。
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私はダメな妻だとかね。ここまで一瞬なの。これも思考じゃないのね。解釈の自動再生なんですね。
じゃあ、なぜ人は考える前に、思考の前に解釈してしまうのか。理由はシンプルなんです。解釈は、自分を守るために学習した反応だからです。反応ですね。
否定されないように、傷つかないように、置いていかれないように、過去のどこかでそうやって自分を守って生き延びてきたの。
だから悪いことじゃないの。全然。ただ問題になるのは、その解釈を思考だと思い込んじゃったりすること。ここがズレの起点になります。
思考に戻るって結局じゃどういうことっていうと、ポジティブに考えることでもないし、前向きに捉えるということでもないの。
ただ一つ。事実と解釈を分け直そう。私は今何が起きたと思っているのか。その意味付け本当に必要かな。
この一拍が入るだけで、反応は減ります。判断も早くなるし、何より人間関係がなぎります。なぎるって静かになるのね。穏やかになる。
最後に、今日の配信を聞いてくれた方に一つだけ問いをおいておこうかなと思います。
今のそれ。あなたの頭の中にあるそれ。事実ですか?それとも解釈ですか?事実は何?
この問いを自分で持てるようになると、人生のハンドルはまた自分の手に戻ってきます。
今日も判断の守護を自分に戻す一日。それでは午後も頑張っていってらっしゃい。