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【シリーズ|人生の主語】比較が止まらない理由
2026-08-19 10:16

【シリーズ|人生の主語】比較が止まらない理由

人と比べちゃダメ。

自分は自分。

分かっているのに、なぜ比較は止まらないのでしょう。

今回お伝えするのは、

「比較をやめよう」ではありません。

比較そのものと、

比較した結果から「自分の価値」を決めることは別です。

誰かを見てザワついた時こそ、

「私は、この人の何に反応した?」

そこには、自分を知るヒントが隠れていることがあります。

明日は、

第3話|自分らしさが分からない理由

です。

#人生の主語 #他軸 #比較 #自分軸 #自己理解 #自己否定 #主体性 #人生の決定権 #フユコラジオ
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00:07
こんにちは、フユコです。 今日は、濃い一日でした。
少し空いてしまいましたが、【シリーズ|人生の主語】を取り戻す。 第2章では、多軸についてお話ししています。
前回は、多軸の自分軸という、私の実体験からのお話をしました。
自分で決めた。自分で選んだ。 自分で行動している。だから自分軸。
とは限らない。 見るところは、誰が決めただけではなく、何を基準に決めた?
っていうお話でした。 今日は、その基準がとても分かりやすく現れる場面を扱います。
タイトルはズバリ、比較が止まらない理由です。
皆さんは、人と比べることってありますか?
SNSを開いたら、同じぐらいの時期に始めた人が、自分よりずっと先に行っている。
同年代の人が、仕事で活躍している。
友達の子供が、勉強もスポーツもできる。
同じ仕事をしている人が、自分より評価されている。
すると、なんとなく胸がザワザワする。
焦る。落ち込む。
私何やってるんだろう?そう思う。
そして、そんな自分に気づいて、今度は、
人と比べちゃダメ。自分は自分。
そう言い聞かせる。でもまた比べる。
ありますよね。
今日は、最初に言っちゃいます。
比較は止めなくていいです。
と言ったより、人間が比較すること自体を完全になくすのは難しいですね。
なぜなら、私たちの脳は、違いを見つけることで物事を認識しています。
大きい、小さい。
早い、遅い。
安全、危険。
多い、少ない。
そして、自分は集団の中でどのあたりにいるのか。
こうした比較は、社会の中で生きるためにも使われています。
だから、誰かを見て、あの人すごいなぁ。
私よりできているなぁ。そう思う。
ここまでは、ただの比較です。
問題はその次なんですね。
03:02
あの人は私より売れている。ここまでは比較。
そこから、だから私はダメだ。になってしまう。
あの人の方がフォロワーが多い。ここまでは比較。そこから、
だから私の発信には価値がない。になってしまう。
友達の子供はもうあれができている。ここまでは比較。
そこから、私はちゃんと育てられていない。になっちゃう。
見えますか?途中で話が変わってるんですね。
今日の結論です。
私たちを苦しめているのは比較そのものではありません。
比較をした結果を使って、自分の価値まで評価してしまうことです。
例えば、100メートルを走って隣の人が13秒、自分が15秒だった。
ここから分かることは、今回の100メートルでは相手の方が2秒早かった。
それだけです。
ところが私たちはここから、自分は運動神経が悪い。私は劣っている。
あの人の方がすごいと、存在そのものにまで評価を広げてしまうことがあります。
SNSが最もわかりやすい例で、同じテーマで発信している人。
相手の投稿、いいね500、自分5。
数字として分かるのは、その投稿についたいいねの数が495違ったということです。
それだけです。
でも頭の中では、500対5がいつの間にか、
あの人の価値は500、私の価値は5みたいになってしまう。
もちろん、そんな数字はどこにも書いてありません。
自分の中でそう変換しているんですね。
ここに前回お話しした、多軸の自分軸、これが隠れています。
自分の価値を測る物差しを外側に置いている。
評価、数字、収入、肩書き、フォロワーする、売り上げ、子供の成績、パートナーからの愛情、誰かからのすごいね。
すると、外側の数字や反応が上がれば、自分の価値も上がる。
それが下がれば、自分の価値も下がる。
これでは、自分の価値を決める権利をずっと外側に渡したままになります。
だから、比較をやめようとするより、私はこっちを見てほしいです。
06:05
私は今、何を測っているんだろう?
例えば、誰かの売り上げを見てざわついた。
だったら、私ももっと売り上げが欲しいのかな?でもいいし、誰かがめっちゃ楽しそうに仕事をしていて羨ましかった。
だったら、私ももっと夢中になって働きたいのかな?でもいい。
誰かの自由な暮らしを見てもやもやした。
だったら、私、本当はもっと時間を自由に使いたいのかな?でもいい。
比較って、自分を傷つける材料だけではないですね。
自分が何を望んでいるのかを知る材料にもできます。
あの人に負けている。
で終われば評価です。
でも、私はあの人の何に反応しているんだろう?
ここまで戻ってくると自己理解になります。
ここはものすごく大きな違いです。
なので、誰かを見てざわついた時、嫉妬した時、焦った時、落ち込んだ時、すぐに
比べちゃダメと蓋をしないでください。
せっかく自分の内側が反応しているんですね。
少し立ち止まって見てみる。
私は何に反応した?数字かな?評価かな?自由さかな?才能にかな?
容姿かな?お金?人気?それともその人が楽しそうに生きていること?
そこがわかると、比較の相手を見る必要がなくなってきます。
見る場所が相手から自分に戻ってくるからです。
これが人生の守護を戻すということです。
はい、今日の問いです。
最近誰かを見て、ちょっとざわっとした瞬間を一つ思い出してみてください。
そして今日は、比べちゃダメではなく、このように聞いてみてください。
私はあの人の何に反応したんだろう?
そしてもう一つ、そこには私のどんな望みが隠れているんだろう?です。
答えを出さなくても構いません。
今夜はこの問いを持って過ごしてみてください。
はい、今日は第2章第2話、比較が止まらない理由についてお話ししました。
比較することが問題なのではありません。
比較した結果から自分の価値まで決めてしまう、そこに苦しさが生まれます。
09:01
はい、そして明日は第2章第3話、自分らしさがわからない理由です。
自分らしく生きたい、もっと自分らしく働きたい、本当の自分を知りたい、そう思っているのに
なぜ自分のことにわからなくなるでしょうか?
もしかすると自分らしさがないのではありません。
外側の物差しを見続けて自分を見る時間がなくなっていただけなのかもしれません。
明日はそこを一緒に読み解いていきます。
最後に今日の一言おいております。
比較したことに気づいたら、相手を見るのをやめなくていい。
その比較を使って自分を見てみる。
あの人より私はダメではなく、私は何に反応した。
比較を自己否定の材料ではなく、自己理解の材料に変えてみてください。
はい、今日もあなたの人生のハンドルはあなたの手の中にあります。
良い一日をお過ごしください。それでは。
10:16

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