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【ABOUT ME 第3話】
この放送は、ママモデルの音声配信コンサルタントで、スタイフの人気配信者、あっこさんが主催する、期間限定コミュニティ、バンソー会でのチャレンジ配信です。
3月22日までの1ヶ月間、毎晩、私が知っている私、これをお話ししている放送です。
皆さん、こんばんは、フユコです。
今日もめちゃくちゃ眠いです。
もう10時だね。
普段は、認知科学と脳科学に基づく体験をもとにした、一時情報、これをね、私のフィルターを通して発信していますと。
もう遅いので、シュッとまとめて話せたらなと思うんだけどね。
今日はね、実は最近、リーダーとしての在り方、これをゴール設定したいので、お話し聞かせて欲しいっていう、ワンオーワンの依頼が20代かな。
30になったのかな。
おそらく20代中半、中盤から後半だと思うんだけどね。
24、5、6、7くらいかなと思ってるんだけど。
そんな女性から連絡がありがたいことにいただきまして、思い出していただけて、女性リーダー像といえばフユコと思い出していただけたようで、これはとても光栄で嬉しいことですね。
喜んで2つ返事で、今日日程調整して、来週ワンオーワンを予定しています。
そんな話をしながらちょっと、リーダー像かと思ってリーダーかと思って、一番最初に私、職場で社会に出てからだよ、リーダーとなったのっていつだったかなっていうのを思い返してて。
22の時に職場で新人証というのをいただいたことがありまして、その際に社内報っていうやつかな、それに載せるっていうので広報から簡単なインタビューみたいなのを受けたことがあったんですよね。
で、その中で今後の目標は何ですか的な、今後のおそらくね、着替えというかどんな社員になりたいですかみたいな、多分定量的なことを聞かれたんだと思うんだけれども、その時の私はね、目標があったので迷わず自己実現ですって答えたんですよね。
で、後日その社内報出来上がったやつを見たらね、その私のインタビューのタイトルが夢は自己実現って書いてあったんですよ。私目標に対して自己実現ですって答えたのに、記事のタイトルがそう、夢は自己実現ですになってて、それを見た瞬間ね、正直に夢じゃねえよって思ったっていうね。
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で、どこに引っかかったのかなって、まあそうなんだけど目標と夢じゃちょっと違うニュアンスだからね、マジですからみたいな感じだったんで、当時さ看護学校でマズロンの五段階要求説っていうのを学んでいてね、私それを自分の人生に重ねて考えてたんだよね。今自分はどの段階にいるんだろうかっていうの。
で、その時の私は多分22の時だよね、承認とか貴族の欲とかその段階にいたと思うんだよね。
ここにいていいっていう承認とか貴族欲ね、あとは役に立っているとか認められているとか、それを確かめるために私は数字を出していたと思う。認められたくて。
なので売り上げっていうかね、わかりやすい結果、これを出すことで自分の居場所みたいなのを感じてたんだと思うんだよね。
褒められたいわけじゃなかったんだけど、なんだろうね、新宿店にふゆ子ありみたいな名前を売りたいじゃないけど、なんだろうね、どうだったかな、シンプルに記録はめっちゃ目指してたね。
記録出すためにやれることを全部やるみたいな感じだったんだよね。でもそれって承認だったんだよね。
その当時の直属の上司に認められたい、褒められたい、役に立ちたい、店を一番にしたい、全国一位に持ってきたいみたいな、そんな気持ちだったなと思って。
利己的ではなかった。自分のお給料とか成績とかじゃなかった。
でもね、だんだん数字を出すためだけの営業っていうのが、なんか面白くなくなってきたっていうか苦しくなってきちゃったんだよね。
誰かに認められたいみたいな、そういうことに目的で動くというか働くということに対して、なんか虚しさみたいなのを感じるようになったんだよね。
この記録を重ねていくじゃない。記録出して次の時期でまたその記録を破りって言って、常にね、1位とかなんとか賞とか取っても、そういうことに対してなんか面白くないなみたいな。
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飽きた。なんか自分が空っぽだなって思った時があって、なんもねえなっていう。
で、その頃だね。ちょうどその時に、22の時に、23かな?23だね。3になった時にスタンスを変えようって決めたんだよね。自分の。
自分が評価されるためじゃなくて、そのお客さんの成長に本気で向き合う仕事をしようと決めたんだよね。
数とか数字とかよりは質だなと思って。唯一無二の仕事がしたいと思ったんだよね。プロとして。
胸張ってお客さんの前に立って、お客さんを自分で選べて、かつ選ばれる。
そのためにめちゃくちゃ勉強したし、トライアンドエラー繰り返したし、知識と技術を右手と左手に持って。
必死だったよね。12時は過ぎたよね。いつもね。研修に研修に研修で。
若かったしね。体力はあったよっていう。あとは一人だったしね。家族がなかったので。
仕事だけやってりゃいいじゃないけど、仕事だけできたっていう状態かな。
だけどやっぱり22なんで未熟だし、転具になったこともあったし、調子に乗っておられたこともあるしね。鼻ぽっきりと。
なんだけど、その度にクレームを届けてくれたお客さんとか、指導してくれた嫌われ役だよね。
言いづらいこと言ってくれた先輩とか、それこそ上司とかね。
私の暴走を黙って見守ってくれた。思うことあったと思うけどね。同僚とか。
後輩もそうだね。当たり前だけど全部に感謝するよね。過ぎると。恥ずかしいけど。
自分だけで撮ったような顔してたよね。当時は。
そんな中ね、そういう仕事をする中でも周りのメンバーとかを見ていて、気づいたことがあって、
嫌なことがあったりとかさ、失敗とかしたときにさ、向き合わずに前向きに行こうよとか、どんまいとか、気にしない気にしないって励ますじゃんね。
落ち込めば落ち込むほどね、へこんでる人に対して。
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なんだけど、そういうこと言ってる人ほど、同じ失敗繰り返すよねっていうのを見ててね、正直思ってた。
時間もったいなくねって。なんで同じこと何回も繰り返してんだろうって思ってたんだよね。
もちろん仕事はやっぱり楽しいことばっかじゃないし、辛いことの方が多いし、しんどい場面の方が多いけれど、
でも目を逸らさずにね、何が起きたのかとか、課題はどこなんだとか、じゃあ次に何を変えるのかとか、そこをクリアにさせるよね。
で、そのプロセスを通して経験を建設的なものに変えていくっていう、そういうポジティブさの繰り返しかなって私は思っていて、
そういう関わり方をしてきたんだよね。後輩とか部下とかにはね、厳しかったと思います。自分にも。上にも。
で、24の時に社長から言われた言葉があって、ふとした時だったんだけど、私が一人でいた時にちょこんって横に来て、
お前はどんな職業に就いても天下とれるねって言ってくれたんですよね。
その言葉をもらった時に何かがね、ストンって落ちたの。私の中に。ストンって本当に。
なんか、ずっとガタついてた蓋がね、カポってはまったみたいな感じ。
そんな感覚があって、これ何だろうって今でもよく分かってないんだけど、
肩書きとか数字とかね、私の実績成果じゃなくて、仕事に対する、人に対するだね、思考の仕方、見方、資座、それこそ。
そのものを見てもらえたんだなっていうのが伝わったというか、そんな感覚。
おそらく今振り返ると、あの時が、24のあの時が私の垂直の成長が起きた瞬間だったろうなっていう気がした。
なんか、やっぱ言葉って大事だなっていうのはすごく思ってて。いつ、誰が、どこで、どのタイミングで言ってあげるかっていうね。
それすごい大事だなっていうのは思っていて、それは伝えてあげようかなと思ってるんだよね、来週。
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ポジティブシンキングの定義みたいな話をしようかなと思うんだけど、
過去を振り返らないで、フィードバックしないで、後ろ向かないで、じゃあどうしようとか、じゃあどうするとか、フィードフォワードの考えっていうのが、
割と浸透してるのかなと思うんだけど、私あんまりそれ好きじゃなくて。
あんまり好きじゃなくて、建設的じゃないなと思うんですよね。あんまりね。
時代なのかもしれないですけど、認知科学的にも、フィードバックすると、
扁桃体が反応してね、前途前夜がフリーズして、IQ下がるとか、萎縮するとか、そういう話もあるんだよね。
そう、って思うんだけど、シンプルに。全然下がんないけど、と思いながらも、多くの人はそうであるでしょう。
私はでもどちらかというと建設的な前向きさを必要としていて、自分ではね、自分ではそうする。人にはそうしないけど、自分ではそう思っている。
自分の選択をなかったことにしたくないか。失敗だったとしても、人のせいにしたくないし、環境とか誰かのせいにしたくないし、引き取りたいって感じ。
引き取って自分の正解にしていきたいと思っているので、その行為そのものが私にとっては前向きかなって思っている。
そうだね。これまでもそうだったし、これからもきっとそう。だけど、ちょっとだけ、自分はそうであるっていう人には求めなくなりましたね。
それがちょっと私にとっては嬉しいことかな。5年ぐらいかかったけど、かかりすぎで。
いやでも、めっちゃ修行したよね。1,2,3、1,2,3,4、4年か。いや5年だな。5年かかった。
でも、なりたい自分の像があって、なりたいリーダー像があって、それを直近勤めてた、最後に勤めてた会社のコンサルさんに相談したんだよね。
そしたら、本気で向き合ってマジで勉強して10年かかるって言われてたの。それを変えるには。
私の核ね、私の核の部分をそこを変えるんだったら、本気で学んで10年かかるって言われていて。
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その直後にその会社を辞め、別の世界に飛び込んだんだけど、そこではね、すごくセルフアウェアネスの力が高いから、強いから向き合えるってことね。
自分と向き合えるから、早いと思うよって言われた。そんな10年なんてかかんないよ、大丈夫だよって。人より早いと思うよって言われた。
やったと思って、私はもう3ヶ月とか半年とかでもう変わりたいって思ってたんだけど、それでも3年って言われたの、そこで。
3年かと思って、だけど10年って言われてたのが3年まで短くなって、かつその人には私が見えてたみたいだったんで、3年やろうって決めて、3年本気で向き合って本気で走った3年だったなって。
で、結果、その3年でわかったことは、多軸の自分軸であったっていう結論に至ったんだよね。
いろんなことしたんだけど、現状の外側のゴール出まくって、コンフォートゾーンなんてぶち破りまくったんだけど、わかったことは多軸の自分軸だったっていうことがわかった。
それから自分の経験を言語化したくて、脳科学とか腸内細菌素、マイクロバイオンって呼んだけどとか、あとは認知科学相談を学びに、インプットしに行った。
そして座学だけじゃなくて、実践的な学びっていうのを手に入れて、そこでおそらく300超えの人と関わった。
なぜなら人と関わることでしか自分のビリーフ、信念っていうのが反応しないから、コンフォートゾーンにいては成長できないと思ったんで、そうですね。
そしてやっと手にしたっていう感じかな。一つの会ができたなっていう。これだなっていうのが出来上がったっていうメソッドを今やってるって感じかな。
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今日何の話したくてこの話してたんだっけ。リーダーとしてのあり方か。そうか。これは続くだな。何が言いたかったのかちょっとわかんなかったけど。
まあ、アバウドミー。おやすみなさい。