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おはようございまーす。あなた色の人生を。藤田薫です。
本日は、2026年の3月31日。
今日は、金ナンバーが112。
黄色い人、赤い蛇、音が蜂のひということで、
えー、ずっとね、本当にあのー、エネルギーの、
とてもこう、強い10日間っていうのが、
えー、実はもうずっとその真っ只中にいるんですけども、
えー、その中でもですね、ずっとこう続いている中で、私は、
これ自分で決めたわけじゃないんですけど、
本当にね、あのー、ずーっと移動してます。
はい、えー、熊本に来週、来週じゃない、今週はもう、
今週末、金曜日から熊本なので、
えー、2泊3日でね、いやー、もう本当に、
あっちこっち行ってますけども、
でも私はそこまで苦にならないタイプなので、運転とかね、
だからいいですけど、あんまりこう運転が好きじゃないとか、
遠出が好きじゃないとか、やっぱり家が落ち着くんですよね、
まあそれはありますけど、私もやっぱり家がいいよなって思ったりはするけど、
まあでも、あのー、ちょっと枕が変わると寝れないです、
っていう方とかもいらっしゃるじゃないですか。
まあそういう人たちからしてみると、本当にこの移動の多い生活っていうのは、
めちゃくちゃストレスやろうなとは思うんですけど、
私は幸いこう、どっちかっていうとその変化っていうか、
なんか、いつもと同じが逆に嫌になるタイプなので、
なんかまあ、ありがたいなと。
子供のね、サッカーをきっかけにとか、
えー、まあ自分もこう、今日は仕事で行ってますけど、
まあそんな感じでね、各方面からちょっとお声掛けていただいて、
こうやって行くっていうのは、すごくね、本当に私にとっては
ありがたいことだなあと思いながら、はい、移動しております。
そんな感じで、今日はね、何を話そうかなあと思っていたんですけれども、
まあ年度末ですね、
まあだから今日、ちょっと一つ講座をしに行ってるんですけど、
お板の方にですね。
なんだけど、やっぱりその年度末だからちょっと忙しくてっていう、
その休みが取れないっていう方がやっぱり多くて、
でもそれでもね、6人ぐらい集まっていただけるんですけれども、
ありがたいなと。
まあそんな感じで、ちょっと6人でやりますけど、年度末ですね。
私もあんまりそういうこう、何て言うんでしょう、
年度末だからとか、
なんかそういう月末だからとかね、
そういうのはそこまで影響のない仕事をしているので、
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結構抜けがち。
あ、そうだったっけ?みたいな感じで。
だからそうやってね、生きてるので、
ちょっとずれてる人みたいになってますけど、
まあそんな感じでね、
そこまで気にしなかったけど、今日は年度末ですよ。
で、最近ちょっとね、また神崎恵さん、
これ多分前も話したけど美容科の神崎恵さんって方の
ポッドキャストとか聞いてるんですけども、
その中でのお便りで、
神崎さん自身も3人の男の子のお母さんでもあって、
上の2人は大きいみたいですけど、
一番下のお子さんはまだ小学生で、
やっぱりいろいろ活動であったりとか、
そういったものもしないといけなかったり、
まだ子どもを通しての付き合いのお母さんとか、
そういうのもね、周りに結構いらっしゃるということで、
話を聞いてました。
そしたらポッドキャストの中で、すごくお便りの中で、
私これめっちゃ多いなと思って聞いてるんですけど、
やっぱそのまま友ができないっていうことで悩んでます。
そういう方がすごく、
神崎さんのポッドキャストにそういうメッセージを寄せられるんですよ。
で、私ね、
その気持ちもそのお便り聞いてて、
分かるなーっていうのは思います。
というのも、私基本的にはそういう、
別にいいんですけど、
でもさすがにね、
初めて孤独だなって思った瞬間があって、
それは何だったかっていうと、
うちの旦那さんの遺跡って言ってね、
チームが変わるときに、
遺跡が初めて遺跡をするってなったときに、
当時佐賀県に住んでたんですけども、
神戸に行くってなったんですよ。
私九州出身で、
神戸って言うと本州じゃないですか。
だから九州人にとってみると、
本州に渡るっていうのは結構でかいんですよ。
これ私だけがそう思ってるだけかも分からないですけど、
やべえ、本州だみたいな、
関門海峡渡った瞬間から、
私が足をつけているこの大地は本州なんだみたいなね。
ここが青森まで続いてるんだみたいな、
そういうロマンですけど、
ロマンを感じるわけですよ。
当時私は長男が年少3だったですね。
年少3のとき。
年少3になるちょうどそのタイミングで引っ越しをして、
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次男なんかまだ1歳だったから、
よちよち歩き出したぞぐらいの感じのときに、
そんな幼い2人を連れて、
まだ一番下の娘が生まれてなかったから、
まだ個別分の状態にもなってないような、
まだそのときは2人でしたけど、
長男の入園式に出席したときに、
初めて孤独というものを感じました。
周りもみんな仲良さそうだし、
誰々先生で良かったねとか、
そういう会話が聞こえてきたりするんですよ。
でも私なんか丸々先生が良かったねっていうか、
誰先生がおるのかもわからないし、
この園は何人先生がいるんだとか、
そんなことも何もわからないまま、
とにかく入れてくれるところっていう感じで探したので、
本当に大変だったっていうかね。
もちろん誰も知らない、そんなところなので、
本当に孤独でしたね。
そのときはね、
ママ友が欲しいとは思わなかったんだけども、
私って一人なんだなみたいなことはすごく感じてたから、
神崎さんのポッドキャストに寄せられるお便り、
ママ友ができないっていう悩みを持っているお母さんの気持ちも、
なんとなくわかるなと思います。
これはいろんな背景があると思っていて、
例えばその方は第一子で、
初めての保育園で、
周りがもうすでに連絡先を知っているんだなとか、
この間一緒にどこかに出かけていたんだなみたいなのが
わかる会話が聞こえてくるんだそうです。
その方にもね。
それを感じたときに、
孤独を感じますよね、人って。
その方のお便りで書いてあったのが、
やっぱりママ友が欲しいなって思っているんだけど、
送り迎えだけの時間でしか園に行かないから、
顔見知りになることも少なくて、
そういうお便りがあったっていうことを
読み上げられていたんですね。
神崎さんもそれに対して真摯に答えておられたんですけども、
私も今言ったみたいに、
孤独っていうものはすごく感じてきたし、
気持ちもわかるし、
あるよね、そういうのみたいな感じなんですけど、
今通り過ぎて見て思うことは、
そんないらねえよ、ママ友。
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っていうのはぶっちゃけ思ってます。
子供のことを話すことってあんまり興味がなくて、
これ言うとすんごい冷たいお母さんやな、
みたいな感じするかもしれないんですけど、
私はあんまり興味ないんですよ、申し訳ないですけど。
でもその人のことは知りたいとは思います。
そのお母さんのことを知りたい。
例えば子供のことで最初話をしてたとしても、
やっぱりそう思ってしまう要因っていうのは、
なんだかそのお母さんにあるんですよ、
その人にあるんですよね。
子供っていうのはそこまで重要に思ってないっていうかね、
単純に問題視してるのは自分だっていうことだと思うので、
だからなぜそのお母さんがそういうふうに考えるようになってしまったのかなとか、
でもこういうふうに考えてみると、
ちょっと楽かもしれませんよとか、
あとそもそも今だったら、
うち長男中1、もうすぐ中2ですけど、
次男がもうすぐ小6、
一番下の娘が小学校3年生になるんですけど、
そういうところの背景を見ていくと、
そんなに悩むことじゃなかったなっていうことでもあったりするんですよね。
いや中2男子ってそれが当たり前っていうか、
むしろ脳の構造として、
大人から見ると問題行動に見えたり、
大人から見ると、
大丈夫こいつみたいな、この子大丈夫なのみたいな、
特に母親なので、男の子だったらですよ、
分かんないなって思うこともあると思うんで、
母親から見た男の子っていうのは、
ちょっと理解ができないなって思ったりとか、
そういうことっていうのもあるんですけど、
でもそれをうちの子っていうふうに見るんじゃなくて、
もっとそこは大枠を見ていくっていうかね、
中1、13歳から14歳、15歳、
それぐらいの思春期って言われる、
男の子っていうね、あれでもないのかもしれない、
男、男性になりつつある、
彼らの成長過程を知っていくと、
むしろそれがあるほうがいいとかね、
そういうふうなことが分かると、
一気に不安って減ると思うんですよね。
あ、そうなんだみたいな。
私結構それあって、
そういうふうに思ったりしたんですけど、
それを知ると、あ、そうなんだ、
それを問題って捉えてる私のほうが問題じゃん、
みたいなことに気づけると、
思春期特有の悩みだったり、
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思春期に限らず、
その時々の子育ての悩みっていうのは、
片付くんじゃないかなって思ってる節があるんですよね、
私は。
子どものことを問題視して、
子どもに問題があるっていうふうになるから、
みんな不安になるんだろうなっていうふうにね、
ちょっと思うんですけども、
かなりちょっとすいません、話題はそれちゃったけれども、
あんまりママ友っていう、
子どものことを話す友達っていうのは、
私あんまりいらないんですよ。
答えないしね、そしてみたいな。
状況状況ってあるじゃん、みたいなね。
例えばそこのご家庭が、お父さんとお母さんが
常時家にいる家庭なのか、
それともお母さんすごく働いていて、
基本的に家にいなくて、お父さん単身不妊で
とかだったら、またそれも状況違うし、
離婚してシングルで育ててますっていう人も
いたりもするし、単身不妊だよ、
言ったか、単身不妊だったりね。
なんか本当に、とかおばあちゃんとおじいちゃんと
同居してますとかね、いろんなパターンってあるじゃないですか。
だから一概にこうだよねって言えないんですよ。
だからそこに対して、
どうだあだっていうふうに答えを求めて、
考えを巡らすっていうのは、
本当に不毛な時間だなって思っているので、
あまりママともっていらないし、
その人がなぜじゃあママとも欲しいと思っているのかっていう、
そこが私は重要だよなっていうのがすごく思ってて、
単純にお話しするのが好きなのかとか、
協力して、例えばそういう保育園行事とかをやりたいんだけど、
そういう繋がりがないとなかなか難しいこともあるじゃないですか。
だからそういうために、
ママともって言われるその繋がりが欲しいのか、
それともそういう保育園とか幼稚園の行事とかで、
一人になっている自分が嫌なのか。
これだったらどうでしょうねっていうね、
本当に一人ってダメなことですかっていう、
なんかそういうすごい根本的なところから、
見直していく必要があると思うんですよね。
いやいや、孤独っていいぞって私は思うから、
そんな気にしなくていいんじゃねみたいなことは思ってますし、
というかむしろかっこいいですけどね、そういう人。
だってそもそも保育園行事、幼稚園行事って何しに来てるのってね、
子供を見に来てるんですよ。
そんなね、ママともとああだこうだって話すような時間じゃないわけですよっていうね。
なのでやっぱりそれ時間の使い方がずれてるんですよね、きっとね。
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幼稚園行事だから、私一人誰とも関わってないって思われたくないなみたいなね、
そんなふうに思ってたら、そもそも何しにそこに来てるのっていう、
それ自体がずれてくるじゃないですか。
だから本当にそれって自分にとって大切なことですかっていうのは、
やっぱなんかね、見直していくと楽になるんじゃないかなって思います。
すごいなんか私が今言ってることで、
同性論でなんかめちゃくちゃ刺さっているっていうかね、
それはそうですけどっていうふうに思われるようなことかもしれないんですけど、
本当に本質的に言うとそうだと思うんですよ。
そもそも何しに来てるのっていう話なのでね。
だから自分と子供の時間だったり、
幼稚園とか保育園での様子を見ることによって、
この子って家ではこういうふうにやってるけどすごく頑張ってるんだなとかね、
幼稚園ではすごい頑張ってるんだな、保育園ではすごい頑張ってるんだなって。
それとか、家では自分のものだっていろんなものを独り占めにしたりするけど、
幼稚園保育園行ったらお友達のことを考えてちゃんと行動してるんだなとかいうことがわかったら、
めっちゃその子のことを許してあげられるじゃないですか。
普段だったらこいつって思ってふざけんなじゃないけど、
そういうふうなことを思ってしまうようなところであっても、
すごく許してあげられる一つになると思うから、
だから私はそういう時間を大切にしてほしいなっていうのを過ぎてみた今だからこそ思うことですね。
だって私嫌でしたもん。
保育園とか保育園参観とか幼稚園の参観とか行って、
ママたちのおしゃべりでうるせえみたいなのすごい嫌だったから、
もうごめんねって感じなんですけど、
そっちがうるさくて、子どもたちめちゃくちゃ頑張ってるのに、
それ見てないよねっていうような空気感すごくあったし、
何にそんなにしゃべることがあるのっていう、
そっちのほうがすごくボリュームが大きくて嫌だったなって思うから、
だから仲がいいのはいいけど、それとはまた違うでしょっていう、
そっちのほうが気になったので、
別にママ友がいないんですって悩む必要って多分なくて、
じゃあ何でママ友がいてほしいと思ってるのかなとか、
孤独になるのが嫌だとか、
見られ方、あの人友達いないんだって見られ方が嫌だっただけだったら、
そんな大したあれじゃないですよっていうね、
それをね、別に私に寄せられたお便りではないですけど、
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ここで答えちゃってますけど、
私はそういうふうにちょっと感じていますよっていうね、そういう話です。
私ね、本当にね、すごくその幼稚園の時に、
息子の幼稚園時代にですね、とっても印象に残っているお母さんがいて、
その方はもうね、本当にママ友っていう人とつるむ気が一切ありませんっていう感じの方だったんですよ。
もうすごくなんだろうな、
本当に今言ったように、産官に来て何を大事にしてるかって言ったら、
子供との時間をすごく大事にしているお母さんだったんです。
で、もうね、なんだろうな、他のお母さんたちが、
その当時はね、ちょっと私も含めですけど、
他の人たちとのその交流、
その他のお母さん同士の交流を大事にしてるっていうかね、
そういう時間の使い方をしてたのに、
そのお母さんだけは本当に子供のことをまっすぐに見て、
子供の成長をすごく喜んで、子供との時間、
保育園産官とか幼稚園産官って結構親子のなんかあるじゃないですか、親子政策とかね、
そういうのすごくやったりするけど、
そういう時間を本当に大事にしてるんだなこの人って思った人がいたんですよ。
でもね、私元美容師だったので、
もう気づいちゃってたんですけど、
ウィッグをかぶってたんです。
髪の質が違うなって、
本当に頭皮からちゃんと生えてる髪の毛じゃないなっていうのは、
分かってたんですね。
ウィッグかぶってるなって。
帽子かぶっておられて、
ちょっと髪の毛が帽子の裾から出てる状態で、
本当におしゃれに見えるんですよ。
普通におしゃれなんですよ。
おしゃれだなっていうふうに見てた方もいらっしゃったと思うんですけど、
私は元美容師で髪の毛見慣れてるから、
違うってすぐ分かっちゃったんですよ。
この方はウィッグかぶってるって。
その時に、もしかしたらご病気で、
そういう事情があるのかもしれないなって思いながら、
実は接してましたっていうか、
接してたっていうかね、
少し距離を置いて、
距離を置いてっていうとちょっと避けてるみたいな感じするけど、
でもその方が本当に眼中になかったんで、
私たちのことなんか、他のママ友のことなんか、
もう眼中になかったから。
だからすごくそういう意味で、
時間の価値、時間の尊さ、
時間の重みっていうのを知ってるんだろうなっていうのを、
なんかこう気づいていたので、
そういう思いがあるのかもしれないなって思って、
見てたんですね。
それが年少さんの時に同じクラスになったお母さんだったんです。
そのまま年中さんに上がって、
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そしたらまたたまたまその女の子っていうか、
そのところのお子さんとうち同じクラスになったんですね、また。
同じクラスになったんですけど、
5月ゴールデンウィーク開けてすぐ、
幼稚園からお手紙が入ってたんです。
私最初それ気づかなくて、
別のお母さんから連絡が来たんですよ。
見たって。
何よって思って、
お手紙見たって言うんですよ。
いや見てないですって言って、
ちょっとなんか見てって、
多分カバンに入ってると思うからって言って、
言われて見たのが、
そのお母さんが亡くなったっていう、
お知らせだったんですね。
で、えって思って、
でもね、
やっぱそうだったんだなって、
思ったんですけど、
おそらくね、
病気の治療で、
治療をやっぱりしていくと、
がんとかだとね、
抗がん剤の影響で髪の毛って抜けちゃうって言うじゃないですか。
髪の毛っていうか、髪の毛だけじゃなくて、
体中の毛が抜けてしまうっていう風に言いますけども、
おそらくそのお母さんもそうだったんでしょうね。
ゴールデンウィーク中におそらく亡くなられていて、
で、私は年少と年中と同じクラスだったので、
その人たちだけに連絡が来てて、
そのお手紙が連絡帳に挟まってあってですね、
それで事実を知ったんですけども、
それでもうすぐ、
お葬式に参列させていただきました。
私ね、しゃべったことなかったんですよ。
っていうのも、だってそのお母さんずっと、
お子さんとの時間を大事にしている人だったから、
しゃべったことなかったんです。
でもいつも見てました。
すごいなって、すごいなっていうか、
時間の尊さを知ってるんだろうなって。
やっぱりそのご病気になったことで、
やっぱりそのね、命と向き合うことっていうのが、
おそらくそのお母さんにはずっとあったんだろうなと思って。
なので、そのお母さんの、
凛とした姿っていうのを、
私はずっと見てたので、
なんだろう、すごいなとか、
素晴らしいなとかで片付けないとダメだなっていうか。
だから私も、
今現在私その当時もですけど、
別にその病気をしてるわけでもなかったけれども、
なんか自分のそのなんかね、
私もやっぱ孤独を感じてたからその時、
一人だなーって、孤独だなーとかって思ってたんで、
ちょっとこうなんか、
まあまとも欲しいなじゃないけど、
誰か喋る人欲しいなぐらいは思ってたから、
やっぱりそのなんか、
周りが仲良さそうに喋ってたりとか、
する姿を見て、
ちょっとこうなんか焦りを感じてた自分も実はいたんですよね。
なんだけど、
そのお母さんに出会った時に、
そして私ウィッグだって気づいた時に、
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そうじゃないっていうかね、
大事にしなきゃいけないのって、
子供との時間だよね、
っていうことをその方から教えてもらって、
だからまあ私その保育参加だったり、
そういうところに参加した時の、
心持ちというものは、
そのお母さんのおかげで、
ちょっとこうなんか、
軌道修正することができたんですよね。
でもこうね、
ゴールデンウィーク開けて亡くなられたということで、
その当時年少さんから同じクラスだった、
お母さんたちとみんなで、
参列させていただいて、
もうね私本当に、
喋ったことないんですよ。
喋ったことない。
ただその方の凛とした姿だけは見てた。
だからもう涙が止まらなくて、
もうだって喋ったこともないのにですよ。
でもね、
生き様ってそういうことじゃないんだなって、
本当に思った。
思ったなっていう出来事でした。
だから、
ちょっとそのね、
今、
何だろうな、
次、
色々皆さん4月を迎えるにあたって、
状況が変わっていったりとかしますよね。
そうじゃない方もいらっしゃると思いますけども、
色んな状況変わっていったりとか、
色々とこう、
本当に常に変化していくこの人生の中で、
何か皆さんも、
こうじゃないといけないんじゃないかなとか、
それこそそのママ友がいない私はダメなんじゃないかとかね、
例えば職場が変わって、
誰も私と喋る人いないんですけどみたいな、
そういうことって、
何か感じることってあるかもしれないですし、
本当に出会いと別れの季節で、
4月以降っていうのは、
出会いの季節になっていくわけですけれども、
でもだからこそ孤独って感じると思うんですよ。
何か今までと違った状況に飛び込んでいくことにより、
孤独を感じるってことは、
本当によくよくあることだと思うんですが、
それでもですね、
見失わないで欲しいなって思います。
自分は何をしにそこに行ってるのかっていうところ。
私はすごくそのお母さんから教えてもらったんですよ。
もう本当に、
凛としてたから。
だから、
何を私は悩んでるんだろうじゃないけど、
九州から、
神戸に引っ越したことで、
孤独っていうのを感じてた。
けれども、
私が大事にしないといけないのって、
やっぱり目の前の子どもたちだったり、
あとは自分自身の時間だったりとか、
そういったところを大事にしないといけないよね、
っていうところをすごく見せていただきましたので。
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ちょっとまた思い出したんで、
今日はこの話をしましたけどもね。
その方は結局亡くなってしまったんだけれども、
でも、やっぱりね、
子どもたちと確かに過ごした時間は短かったと思いますが、
だけど、
すごくきっと質の高いものっていうか、
めちゃくちゃ詰まった時間だったんじゃないかなって思います。
短いからだめだとか、そういうことじゃなくてね。
そして早くにお母さんを亡くしてしまった子どもたち、
そこも3人兄弟だったんですけどね。
うちの長男と同じ学年だった子っていうのは、
一番下のお子さんだったみたいで、
一番下のお子さんからしたら、
年中さんの時にお母さんが亡くなっているので、
もう記憶っていうものって、
ほとんど残ってはいかないんじゃないかなって思うんですよ。
だけど、
それはそうなんだけど、
じゃあだからかわいそうなのかとか、
そういうふうに言われたらそうじゃないし、
やっぱり、
質なんですよね、きっと過ごした時間の。
どれだけ詰まっているかっていうことだと思うし、
多分それはそのお母さんがすごく理解してたと思うので、
だからね、保育さんとかすごい大事にしてたんだろうなっていうのをね、
本当に感じました。
だから葬式の時にですね、
やっぱりウィッグ被っておられたから、
病気ずっとされてたんですねっていうこと、
私は幼稚園のママたちに言ったんですよ、
ウィッグ被られてたもんねって言ったら、
みんな気づいてなかったんですよね。
え、そうだったのって言ってたから、
自分が美容師だったから、
髪の毛のことは人よりは分かっているつもりなので、
だからそっかって思ったんですけど、
でもそれに気づけたのは美容師やってたおかげで、
でもだからこそ、
お母さんがどんなふうに子どもたちと接しているのかっていうのも、
だから気づけたんだなって思ったら、
本当に良かったなじゃないけど、
大事なことを教えてもらえたから、
本当に良かったなっていうふうに今思ってますけどね。
そんな感じで、
いろいろと状況っていうのは今後も変わっていきますし、
私も今あんまりないですけどね、
孤独を感じるっていうのはあんまりないけども、
初めての場所とか行って、
超アウェーやなとか思うことはあるけど、
でも別にいいんですよ。
だって目的は、
例えば私よくね、
30:00
勉強しに行ったりします。
こういうセミナーあるんだ、
ちょっと行ってみようかなみたいな感じで、
行ってみて、
したら初回とかね、
マジでアウェーなんですよ。
誰も知らないみたいな状況でやったりします。
だけど私の目的っていうのは、
誰も知り合いがいないことで不安を感じることじゃなくて、
勉強しに来たっていうのが私の目的なので、
そこで繋がり合えたらいいですよね。
ちょっと連絡先とか交換して、
今後何か広がっていくようなことがあれば嬉しいなとは思うけど、
でもそれってね、もう副産物なので、
それを目的に行くと、
ああって誰も知らなかった、
誰にも話しかけられなかった、
みたいなことでストレスになったりすると思うんですけど、
いやいや、そもそも私勉強しに来たんだよねっていうところを忘れずにやっていくと、
そんなにね、揺さぶられることっていうのはないんですよね。
孤独だからって言って。
で、孤独を嫌って、
飛び込んでいかなかったら自分の世界も広がっていかないし、
だからいいんですよ。別に人間なんか全員孤独なんですから。
ただなんかそこで顔見知りがいるとか、
知ってる友達がいるとか、
そういうので気が大きくなった気持ちはしますけど、
でも言うて、最後は孤独だぞみたいなところなので、
そんなに重要じゃないかな、
本当にっていうのは思ってます。
そんなこんなですよ。
今ちょっと山道を運転していて、
枯れた木っていうか、
木だったのが、すごい今新芽が生えてきてて、
緑のね、
うっすら緑の木の枝の先で、
緑の色が見えている木がすごく増えているので、
なんか見てて、春だなーって思いながら、
矢場県って言ってね、大分県の、
すごく秘境なんですよ、ここ。
そこのね、綺麗な景色を見ながら、
このラジオをね、お話をさせていただきました。
ただなんかさっきまですごい晴れてたのに、
なんかまた雨が降ってきてとかいう感じで、
ちょっと不安定な天気ですけど今日は。
皆さんも、そんな感じで、
良い一日をお過ごしください。
締めが雑。
いつも思うんですよ、自分でも。
締めが雑やなーって思うんですけど。
はい、いいんです。
これが私ですということでね。
いつも皆さん聞いていただいてありがとうございます。
春休み中の方もいらっしゃると思いますが、
いい感じに息抜きをしながらですね、
過ごしていただきたいなと思います。
はい、では私も今日、
大分で講座楽しんでやってきますので、
皆さんも良い一日をお過ごしください。
それでは失礼いたします。