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#169 存在そのものが、治療になる
2026-08-07 16:11

#169 存在そのものが、治療になる

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サマリー

このエピソードでは、治療家である藤田勇氏が、自身の治療法が「治す」ことから「治さない」治療へと進化してきた経緯を語ります。当初は刺す鍼で患者を治そうと奮闘していましたが、そのアプローチが患者の緊張を招き、逆効果になることに気づきました。そこから、痛みのない「刺さない鍼」や、心のケアに焦点を当てた「言葉の鍼」へと発展させ、最終的には治療家が「治そう」と執着を手放し、患者が本来持つ治癒力を引き出す「存在そのものが治療になる」という境地にたどり着いたことを解説しています。このアプローチは、特に心身症の患者に効果的であり、治療家自身の安心感が患者にも伝わることで、より深い癒しにつながると述べています。

治療の原点と技術への探求心
あなたは、治療とは何かをすることだと思っていませんか? 私は今、技術を追求したその先に、ただそばにいるだけで、患者さんが緩んでいく、そんな治療の形があると思っています。
今日は、治療家の存在そのものが治療になるというお話です。
こんばんは、藤田勇です。ゆる道ラジオ:耳から整える言葉の鍼の時間になりました。 この番組では、ゆるく、楽しく、自分らしく、遊ぶように生きるためのヒントとなるようなお話をお伝えしています。
今日は、私の治療について深掘っていきたいなと思っています。
私がやっている治療は三本柱として、刺さない針、言葉の針、そして治療家の在り方としての治さない治療というこの3つです。
これ、最初からずっと揃っていたわけではないわけです。
最初は、もう治したい自信で、治さない治療なんて、何それみたいな感じですよ。
刺す針で、ボン、ブスブス刺して、治したいという思いでやっていたわけですね、最初。
でも、正確な壺をしっかりと取れば、で、針をブスっと刺して、気を通すことができれば、治せる。
それが治せない、どうしようと。
よし、中国まで行って、もっと技術を高めて治せるようになろうと。
そんな、かつての私でした。
でね、中国行ってね、日本の針よりもかなり太いですね。
今の中国は、前よりも細くなってきていると思うんですけれども、
それでもね、やっぱり中国の針ってなると、日本よりも太い針で、しかも刺激が強い。
突起といって、その針を響かせるっていう技術をね、重視しているので、
日本人がね、その中国式の針を受けるとね、ほぼ痛いと感じる、そんな治療なわけです。
それを私は中国で学んで、これだと、これじゃなくちゃ効かんだろうと、
治したいんだ私はと、いうところで、それを日本に持ってきて、やったわけですね。
もう案の定、患者さん、2回目来ないわけですね。
もうしかもね、痛いから緊張するわけです。固まるわけですよ。
もう効果を出せないわけですね。
それは私の中国式の針の技術もつたなかったっていう部分もあるんですね。
中国の針、やったって効果を出している先生はいますから、そういう意味でうまく使いこなせてなかった。
さらに、これがね、私がもう凝り固まった頭の中で、
治してやろうと、治すにはこの針だと、いう風にやって、
患者さんに緊張とか、そういう安心、今のね、真逆の安心安全でない環境を提供していたんだなという風に思います。
患者の反応と治療方針の転換
でもね、もう患者さん来なくなっちゃうわけですよ。
もうそれじゃ困るわけですね。日も立ちも行かなくなっちゃうので。
さてどうしたものか。でも私は気を通すような針をしたいと。
いうところからですね、日本の名人と言われる先生たちですね。
もう細い針で、刺激もあんまりないぐらいで、それで気を通すとかね。
もっと言うと触らないでとかね、もう触れるだけで、針使わずに指先だけでとかね、そういう先生たちがいるわけです。
これは違うなと、私がこうなんか凝り固まって囚われているものっていうのは、
なんか自分の求めるものに近づくルートじゃないなという風に思ったわけですね。
そんなまあいろんな先生から学んできたことでね、その刺さない針っていうのが生まれたわけです。
刺さない針をやるようになってですね、やっぱりこちらも患者さんに痛みを与えないっていうこと、
患者さんも恐怖を感じないっていうところでの安心・安全っていうのが自然にこう形作っていったし、
私のキャラクターとしてもね、実はその治そうと思ってね、怖い先生で、
オラーみたいな感じで治療するのはなんかあってなかったですね、私にとっても。
なので、その刺さない針っていうのをやるようになって、非常に私を中では楽に治療することができるようになってきましたし、
さらに私の得意な分野としての心身症にこの刺さない針っていうのがもうバッチリマッチしたっていうところから効果が出て、
で、患者さんが増えたっていうところがあるわけですね。
刺さない針で優しい針っていうだけじゃなくて安心・安全を作る、そういうアイテムになったわけですね。
言葉の鍼への深化と心身症への適応
そんなことをやっていって、体を緩めるという刺さない針でやっていきましたけれども、
心身症となると心の部分もいろいろと問題を抱えているわけですね。
それは気づいていたわけですし、私も私なりにそれに対して患者さんがどういうふうに対処、心の部分を変えていくかっていうのを
アドバイスをしたりっていうのはしてたわけですけども、不完全な状態だったわけですね。
今までも森田療法とか心理療法を学んだりもしてたので、あとエリクソンサイミンとかですね。
多少なりとも言葉の針っていうふうになってたんですけども、そこが刺さない針になることによってよりその上とですね、
必要度が高くなったんですね、言葉の針の要素が。
そんなところからね、さらに心理療法とかマインドフルネスとか、
日常行動療法とか、必要性を感じて学ぶようになって、さらにその言葉の針に磨きがかかったっていう経緯があります。
そういうふうに言葉の針を使って患者さんをやっていく中で、私自身も気づいていくことが非常に多くあって、
単に説得っていうんじゃダメなわけですね。
患者さんが中から納得していくにはどうすればいいんだろうというところを模索して今の形になってきたと。
ここに来て初めてね、体というのは刺さない針で緩めて、心には言葉の針で、
整えていくっていう形がきれいにできたのが何年か前からですね。
そういう形ができたので心身症の方が非常に多く来られるような状況になったわけです。
そういう状況が増えることによって、より精度が上がっていくわけですね。
この刺さない針と言葉の針が心身症にどうして合うのかっていうところですね。
心身症っていうのはもう心にも体にも力が入っているわけです。
まずね、痛い刺激、刺さりで。
そして早く治しましょうという治療家がもし圧力を持っていたら、患者さんも緊張を生むわけです。
治りにくいに決まっているわけですね。
そこを刺さない針で体を緩めて、言葉の針で心のとらわれを整えて緩める。
この両面からできるということが非常に心身症に効果がある私の治療になったんだなというところです。
「治さない治療」という境地
さらにここにですね、そういうテクニック的な部分ですね。
良い形になったとしても治療する側がどうしても治そう治そうとする。
それが患者さんが治ろう治ろうとする。
とらわれを強めていったっていう。
ここに気づけたというのがさらにこの治療が心身症に効果が出るようになった経緯になりますね。
治さなければと。
治したいという風に治療家が思っていると。
患者さんへの問いかけもそうですし、患者さんがいろんな症状を訴えた時にどういう対応をするかというのも治そうという患者さんと付き合っちゃうわけですね。
そうすると患者さんの治りたいというとらわれをもっと強化してしまうというところなんですね。
これはスタッフにも伝えてはいるんですけれども、まだまだうまくいかない部分があります。
ここはちょっと難しいのかなと。
私も本当ここ近年ですね、この治さないということが本当に皮膚に落ちたのは。
そうすることで私自身が楽に治療できるし、症状の変化というのも全然以前と比べて効果が出やすいというのが今の段階ですね。
この治さない治療というのは治療を放棄するというのと違うわけですね。
治そうと頑張るわけではないです。
執着を手放す。治療家が執着を手放す。
そうすることによって患者さんも執着を手放す、その助けになるわけですね。
患者さんにはその治る力はもう本来持っているんだと。
こちらが何とかして頑張って変えていこうというのではなくて、患者さんが持っているものをいかに引き出すかというところですね。
これはエリクソン・サイミンのエリクソンも非常にそういうものを持っていた。
ユーティリティー、利用する患者さんのその強さ、持っているものを利用するというような考え方がありました。
まさにその考えですね。
なので、刺さない針もそうですし、言葉の針もそうですし、以前やってた刺す針もそうですし、
治療家の在り方と究極の治療
そういった技術云々ではないんですね。
その在り方の方が大事なわけです。
ファーストインプレッションでね、どんな表情の先生かで迎えるか、どんな声か、
どんな体勢で患者さんの言葉を聞けるのかとかね、
患者さんが息一流しているところに対して良くなった症状が悪くなった、良くなったに対して治療家自身がどういうスタンスでそれに対することができるか。
治療家自身が安心して治療できる。
治るのかな、治せるかなじゃなくて、もう治さない。
治すつもりはないんだよというところでも安心して、
そのスタンスでも患者さんが絶対に納得できるというのを私は思っているから、
だからこそ安心して治療できるし、その安心が患者さんにも伝わるわけですね。
私の中でですね、究極の段階というのは最終段階というのは何かをするということではないですね。
特別に何もしたくても存在あるだけでいいというふうに私は思っています。
患者さんが悩みを抱えてやってくるじゃないですか。
これも理想の形ですね。私はもう横に座ってその話を聞いているわけです。
そうするとね、患者さんが、あれ、さっきと比べて何か楽になってきました。
ありがとうございましたって言って帰ってくる。
これが私の最終形態の理想形です。
何もしないというのは、何も患者さんの体の中に起きていないというわけではないわけですね。
表面上はただ話を聞いているだけですけれども、そこにいろんなあり方、
治療家として聞く側のあり方、患者さんの観察、そして鋭い、
一番重要なところへの言葉の針をポッと入れる、
とか目の取り方、安全、安心安全の関係、
そういったものすべてを通して患者さんを変えていく、変容させていくというのは、
私は可能だと思っているし、それを目指していますし、
そっちの方向に今進めているという自信があります。
理想の治療家像と進化の軌跡
もちろん技術そのものを否定するつもりはありません。
刺さりもケースバイケースで必要です。
心理療法を学んだからこそ、対話も学んだからこそ、
言葉を使わないまま持てるようになったわけです。
なので言葉も使うわけですね。
ただそういった技術が前面に出るわけではなく、
その奥にあるあり方、いかに患者さんが良い方向に導けるような、
そんな存在でいられるかというところが非常に大きな部分だと思います。
治療家としてのあり方、考え方は、まず治療家が治すではない。
患者さんの中に既に治る力がある、存在しているということを深速を理解する。
治療家はその力が働きやすい場を作る、
状態を作る、邪魔をしない、焦らせない、依存をさせない、
必要なときに少しだけ手を差し伸べる。
これが理想ですね。
私としてはたくさんの技を使う治療家ではないですね。
本当シンプルです、私の治療なんてね。
ちょっとしか技術、テクニックといったら少ないです。
ただその人のそばにいるだけで、心と体が少しゆるむ存在でいるあり方ですね。
この人の前では頑張らなくてもいいと、そんなふうに感じてもらえるようなあり方。
言葉を使っても使わなくても非言語でも安心を届けられる治療家。
こういった状態であるからこそ、最終的には横にいるだけで、
良くなりましたと言ってもらえるような治療家に行けるんじゃないかと。
方向性は間違っていないと私は思っているので、
最初は刺す針から刺さない針。
そして体だけでなく心も含めた言葉の針。
そして技術中心から治さない治療。
すべてが患者さんの治る力を邪魔しない。
安心して、安心させて、緩めて、そして整える。
ということで一貫しているものです。
この先にその理想の状態があるかと思っています。
ちょっとあなたにお聞きしたい。
あなたは誰かを何とか変えようと力んでいることはないでしょうか。
自分自身を早く変えようとそう思っていることはないでしょうか。
何かを加えるよりも、
まず力を抜いてただ側にいることで変わるものだと私は思っています。
刺す針を追い求めて刺さない針にたどり着いて、
体を治そうとして言葉の針にたどり着いて、
そして今治さない治そうとしない在り方にたどり着き、
何もしない存在するだけでその人が治っていけるような
そんな状況を作れるような治療家を
今後も目指していきたいなというふうに思っています。
今日は以上になります。ありがとうございました。
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