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#178 あなたはもう幸せの中にいるんだよ。それに気づけている?
2026-08-16 11:13

#178 あなたはもう幸せの中にいるんだよ。それに気づけている?

今回のテーマ:あなたはもう幸せの中にいるんだよ。それに気づいていますか?

この放送では、何でもない家族との一日と、荘子の「水の中の魚」の話をきっかけに、幸せは遠くに探しに行くものではなく、すでに自分の日常の中にあるのかもしれない、ということについてお話ししました。

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もっとこうなったら幸せなのにと、あなたは幸せをどこか先に探していたりしないでしょうか。
でも実は幸せは手に入れるものではなく、もう自分を包んでいるものだと気づくことなのかもしれません。
今日は何でもない家族との一日と、草子の水の中の魚の話から、既にある幸せに気づくというお話です。
こんばんは、藤田勇です。
イルドーラジオ、耳から整える言葉の配慮の時間になりました。
この番組では、ゆるく、楽しく、自分らしく、遊ぶように生きるためのヒントとなるようなお話をお伝えしています。
人っていうのはですね、何か特別なことに幸せというものを探してしまうという傾向があるんじゃないかというふうに私は思うわけですね。
どこか特別な旅行をする、海外旅行をする、海外じゃなくても国内でも、今縁安ですからね、国内旅行でもいいですね。
何か成功する、何か成し遂げるとかね、何か大きなイベントがある家族でね、何か大きなことをするみたいな。
みんな集まってね、何か特別なことをするとかね、また何かを達成するとかね。
そういうことがあったら幸せっていうふうに、どうしても考えがちだと思うんですね。
でも幸せっていうのは本当にそういった特別なところにあるのかっていうところを今日はね、ちょっと取り上げてお話ししたいなっていうふうに思うんですけども。
家族がいるとかね、一緒に車、家族で一緒に車、今日行ってきたんですけどもね。
子供が成長してきているとか、のんびりと日曜日を過ごしているとか。
今、家族ってお話ししましたけど、一人身であればね、一人で買い物、近くのコンビニ行って好きなお菓子を買えるとかね、そういうのでもいいですよ。
普段だと当たり前すぎて気づかないことですね。
そこに幸せというものがあるんじゃないかっていうことをちょっと皆さんにお話ししたいなっていうところなんですけども。
創始ですね、私は仙人になりたいというところから仙人の哲学、老創思想というものに昔からハマっているわけですけども、
その中でも特に創始ですね、大好きな創始の中に魚の話が出てくるんですね。
陸に打ち上げられた魚が口をパクパクしながら苦しそうにしているのを創始が見るわけです。
創始はですね、それを見て、水の中にいるときはその水を意識しないわけですよ。
その水が存在することの幸せというものを。
でも今、陸に打ち上げられて、今気づいているのかお前はみたいな。
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これってタオですね、道が大きな流れの中に私たちの周りに存在していて、
それにタオの中にいるときは気づかないっていうような、そんな話をするためにそんなエピソードっていうのは言われてるんですけども、
ちょっとそこはタオっていう話はちょっと脇に置いておいて、幸せっていうものも同じように考えられるんじゃないかなっていうふうに思うわけです。
私たちも当たり前にあるものほどその存在を忘れてしまう。
家族がいる、普通に健康である、普通の日常がある、安心できる場所がある。
そういったものすべてが幸せっていうものが水みたいな存在。
水もね、私たちが飲む水もそうですけど、魚の周りにいる水もそうです。
全部そういうものをなくなったときに気づくっていうところがありますよね。
あるとき、そこにいるときは存在に気づけないっていうところですね。
今日ですね、なんでこんな話してるかっていうと、朝から1時間ちょっと家族全員でドライブをしてきたわけです。
春名湖っていうのが近くにある、近くじゃないですね、1時間経って到達するとこなんで、ドライブに行ったわけですね。
で、湖で30分もいなかったですね。
あと帰ってきたっていうところなんですけど、どうして行ったかっていうと、10年以上前にそこで上野湖と写真を撮ってたんですね。
その写真と同じシチュエーションでまた撮ろうかみたいなたわいない話を持ち上がって、じゃあ行こうかみたいな感じでみんなで行ったわけですね。
で、なんでもない時間。
まあとはいえ、なんかね、いい争いしながら喧嘩しながら、子供はスマホ見ながらね、母親に怒られたりとか、そんないろんなことありましたけれども、まあまあそういうふうに休日を過ごしたわけですね。
で、そんな時間が妙にこうね、まあよくよく考えると幸せ、魚が水の中にいるのと同じような感覚っていうのをちょっと思い出したわけです。
またね、子供もね、3歳ぐらいの時からもう、今年は15なんでね、受験生ですけども、そんだけ大きくなってもまあ一応付き合ってやるよということで、
あの写真もね、付き合ってくれて、同じシチュエーションで、あ、ここだここだみたいな感じで、前の昔の写真とね、照らし合わせて撮影なんかしましたよ。
でね、こんなちょっとした出来事ですけれども、そこにね、水の中にいる魚のように気づけなかったら幸せじゃね、じゃなくてね、本当にもうただ家族サービスしてね、ああ疲れたみたいな。
どうでしょう?その捉え方、受け止め方、これは反対もそうですね。
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病もそうです。これいつもね、あの真の本知の時にお話を患者さんにもしてますけれども、病というものをただ単に嫌なものだと思うのではなく、
それまでの生き方、自分の体をいじめてきた、ここがまずいよと教えてくれているありがたい存在だというふうに捉えるという、
そのね、同じ出来事でもどうやって捉えるかによって全く違うわけですね。
辛い状況でも極楽に生きることもできるし、そんな日常、普段の日常、たわみもない日常だけども、
そこにね、なんかね、幸せを感じずに、ああもう何もしなかった、何もできなかったみたいにね、思ってたら、
それは地獄に生きるっていうことにもなってしまうわけですね。
幸せっていうものは手に入れようとするものではないんじゃないかっていうふうに思うわけですね。
その中にいる、今日もね、あなた、聞いているリスナーの方、聞いているということは、なんかね、すごい大変なトラブルとかも起こってないはずです。
その中でね、幸せを感じて気づくことができているでしょうか。
そうじゃなくてね、こうやってね、スタッフで話してても、なんかあまりいいねが増えないとかね、
なんかコメントもいただけないで、なんかね、だんだんやる気なくなっちゃうなみたいな思ってるのか、
こうやって話ができるエピソードがあるっていうふうにやってね、少しでもいいねもらえるとか、
よし、また明日もっと話をしようかなみたいなふうに思えるか、気づく、手に入れるか、気づけるか、これで全く変わってくるわけですね。
あなたは今も幸せであると、それに気づければ幸せだし、気づけなかったら不幸せであるというふうになるんじゃないでしょうか。
これと同じでね、今現在あなたが生きているこの浸透でいう中今ですね、今に気づく、今、これが未来の幸せになるために、
もう今は不幸せで歯を縛って頑張ろうみたいな、ではなくて今、この今の状況をいかに幸せと感じ取れるか、
その上でやりたいことを目指して努力していくっていうのはアリだと思うんですけども、
今が不足している、だから未来に向けて頑張ろうと、それも一つの動力源には頑張るモチベーションにはなるのかもしれないですけども、
そこに至るまでの間がずっと幸せを感じることができなかったら、これは不幸せですよね。
多分その時は達成したとしても、そこで満足できない、またさらに先を目指してっていうところをずっと繰り返していってしまうわけです。
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これは鬼滅の刃の開学ですね、上限の6、善逸の兄弟子、彼は本当にもう満足できないわけです。
どんなことがあっても、善逸が開学に対して幸せを受け取る入れ物の穴が開いているからずっと漏れ出ちゃうんだというような、
そんなようなこと、ちょっと不正確かもしれないですけどね、言っていることは。
でもそういうことを善逸は開学に感じ取っていたわけですね。
いかに幸せになるかではなくて、いかに幸せを感じ取れるかっていうことが幸せにつながる道だと思うし、
それが豊かな生き方になっていくんだと思います。
なので、あなたは今日どんな幸せな1日でしたか。
でね、当たり前に存在しているもの。
これね、当たり前と反対語っていうのは感謝っていう風に言われてます。
何か全て当たり前。
例えば私だとスタッフが毎日出勤している。
それは当たり前と思うのか。
今日も何事もなく来てくれたんだ感謝って思えるのか。
朝起きたら息をしている。
当たり前なのか。
今日もまたそういうふうに1日を始められる感謝なのか。
家族がずっと問題なくいてくれる。
当たり前と思うのか。
感謝って思うのか。
っていうところで人生の豊かさというのは全く変わってくるわけです。
同じ生き方、同じ人生を生きていても
どれだけ豊かにできるかっていうところは
あなた次第になってくるわけです。
遠くに探しに行くものではありません。
幸せというのはあなたがすでに中にいる
それを気づけるかどうかになるわけですね。
なので魚が水の中にいるように
私たちは幸せの中にいながら
それを忘れているのかもしれないということを
ちょっと今日は考えてみていただけたらいいかなというふうに思います。
今日は以上になります。ありがとうございました。
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