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2024-11-18 09:58

寺田寅彦 作 宇宙の二大星流 / 読み手:井上陽介(2024年)

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青空文庫から「寺田寅彦 作 : 宇宙の二大星流」を朗読してみました。

今月の2024/11/30に開催する「木を植えた男」の朗読会の雰囲気をすこし味わってもらえればと想い、朗読をしてみました。

漢字の読み方が難しく、拙い朗読ではありますが、ご容赦ください。

サマリー

このエピソードでは、寺田寅彦が宇宙に存在する2つの星流とその運動について考察しています。特に、太陽系の動きやそれに関連する新たな発見が述べられています。

宇宙の星流について
宇宙の二大星流 寺田寅彦
我が国のような湿気の多い土地では、空が本当によく晴れ切って、天の瓦の砂も拾えそうな夜は年中でわずかしかない。
まず12月から正月にかけて2ヶ月ぐらいなものであろう。
天文学者はこの木を利用して観測にふけり、詩人・宗教家はこの管に星月夜の美観を謳い、増加の偉大を称えることができる。
それで、時節柄天体の運動に関する最新の大発見をちょっとここで読者にご紹介しておきたい。
小学校や中学校で教える天文学では、大小無数の恒星もその一なる太陽も動かぬものとなっている。
我らが住む地球はその姉妹なる所有星とコマのように回りながら、太陽の周囲を普段周遊しているのであると解釈する。
なるほど、これでだいたいは正しい。
春夏秋冬、昼夜の別はもちろんのこと、複雑な諸星の行動もいかんなく理解することができる。
しかし、太陽も満天の恒星も全く動かぬというのは、実は嘘ではない。
までも、人を見て法を解く正常の方便である。
動かぬどころか大いに動いている。
いや、どんなに速い鉄砲玉でも追いつかれぬぐらいの速度で空間を飛んでいる。
こんなに動いているものを動かぬなどと教えるのは、不知ら千万だと。
御とがめになる方があれば、それには次のような弁解をしなければならぬ。
まず、大きな気線に乗って遠洋へ出たとする。
四方見渡す限り陸地の影も見えぬ。
ただ、水平線上にいくすじかの横雲が静かに横たわっていると想像する。
この時、船中の食堂で宅を囲んで皿の肉をついている人には、船が進んでいようがいまいが、何の通用も感じぬ。
船が動けば、皿の肉も、それを食っている自分自身も、やはり一緒に動いていくからだ。
その時、「おい、君の食ってるビフステーキは1時間30回りで走ってるぜ。」と教えるのは、少々馬鹿げているではないか。
小学校や中学校で太陽系を解くのは、ちょうど船中で船内のことのみを教えているようなものである。
それからまた、船が一直線に進んでいる時、遥かな水平線上の雲などを見ていれば、
雲も動かず、船も動かず、いつまでも、同じところで波を切っているような気がする。
これは、雲が遠いからである。
それと同じように、すべての恒星は非常に遠いので、
太陽系がこれに対して移動していることが、短い年月の間には認められぬのである。
しかし、事実はどこまでも事実であるから、皿のビフステーキはやはり飛んでいる。
食っている人は、これを追っかけながら平気でいる。
ビフテキばかりか、船も飛んでいる。
海も陸地も、地球と一緒に凄まじい速度で太陽の周りを飛んでいる。
太陽はまた、地球その他の優勢を率いて、天の一方、リーラ星座に向かって突進している。
このことを初めて気づいたのは、英国のハーシェルという星学者であった。
一見動かぬと思える恒星をよくよく調べてみると、実は少しずつ動いている。
少しずつというのは、遠い地球から見ていうことで、実は驚くべき速度で動いている。
ガドの星も皆、リーラ星塾から外へ向かって、3階室ずつあるように見える。
太陽と星の運動の発見
これを必強するに、太陽系がこの星座に向かって進んでいるため、
ちょうど船が港に近づく時、眼前の景色が目指す、
フトを中心にして展開すると同じだと解き、
次来誰も意義を挟むものはなかった。
ハーシェルの調べた結果によれば、太陽は半時間に1万マイルくらいの速度で飛んでいる。
1日経てば48万マイルだけ目的地に近寄ってはいるが、
その行き先はあまりに遠い悟空の果てで、
100年や200年の単日月では、一向近寄ったようにも見えるのである。
ハーシェルの発見も今は昔となった。
近頃、ホランダ・グロ人間のカプタイン博士等は、
従来多年の観測の結果を総合して精細な研究を遂げた末に、天体に散布される。
初行性はモノ図から2波の流れに分かれていることを発見した。
すなわち天体各部の星の運動が目指す方向を反対に延長してみると、
ほぼ定まった2つの星座に集中する。
一群の星は前述のリーラ星座より発して四方に展開しつつあるがお得。
他の一群は北天カメロパルダリス星座の辺より発生いずるようである。
つまり大小の群星には2つの等波があってそれぞれの根拠地より出て、
出て、互いに入り乱れつつも目指すところに、
ハセユクガごとき有様である。
しからば我ら初行性の組頭とも言うべき太陽はどちらの等波に属しているのだろうかという疑問が起こる。
悲しいことに我ら太陽の、バイシンビビタル人間の目には堂々たる太陽の帆布がどちらに向いているかということがはっきりわからぬが、
ただ周囲に動いている初星の中でリーラ派のは早く動くように見え、
カメロ、バルダリス派のは割合に我らと歩調の差が少なく見えるから、
まず我らは後の派に属するものと考えねばならぬ。
ハーシェルはリーラ座より発するごとき、
初星の運動のみを見てこれは太陽がこの星座の方へ動いているためだと解釈したが、
カプタイン一派の考えでは天体には2つの大きな星の流れがあって、2つの方向に交差しているというのである。
この説が一般に採用されるかどうかということは、なお多述を待たねばならぬが、
とにかく天体の運動に関して巧妙、
あずかうる一大発見と言わねばなるまい。
こういう説を聞いて聖夜の空を仰いでみる、
そしてあの小さな美しい星が我が地球の何百万枚も大きな火の玉で、
それが何万となき群になって、
無限の宇宙の果てから果てに計りし、
計り難い使命を帯びて急いでいくのだと考えると、一種妙な心持ちになるのである。
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