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おはようございます、🍄言葉のファンタジスタまゆみです、ボンジョウルノー、コモスタイ?
さあ今日はね、えっと、無事ね展覧会もまだ7日まで続きますけれども、3日間はちょっとずつ、あの2日目3日目と顔を出したりすることができて、
今日ね、あのポンテベッキオの近くのアパルトマンに泊まっているんですけど、ここがすごいキッチンもあって素敵な空間で、日本の方が経営されてるんですけれども、
あのすごいね愛情込めで作った空間だっていうのが伝わってきて、本当にいい旅になりました。
あの料理もね、キッチンがあるから自分のペースでできるっていうのもすごく良かったし、本当にあのポンテベッキオのすぐ近くなので、朝も少し散歩をさっきして感謝を伝えてきました。
本当にね、街並みも美しくて、それぞれね、その地域によってあの感じは違うと思うんですけれども、
とてもね、あの気持ちよく過ごすことができました。
で、レイナさんっていうね、私の友人がサポートもしてくれて、そしてそのアパートの純子さんという方がいろんなところをアテンドしてくれたりして、
さらにはね、展覧会はね、あのバルセロナでも展覧会があった時に、あのSNSでつながってたユーミンさんという素敵な女性がいるんですけれども、
彼女がすごい世界中の人とSNSでつながっていて、フィレンゼの在住の日本の方とかを紹介してくださって、
またその紹介してくださった方からご友人がね、私の絵を見に来てくださったりして、さらにはその中にはフィレンゼの工房を持っているアーティストの方ね、日本の方でいらしたりと、
こうなんていうの、もうなんて、私はさSNSでそのユーミンさんからの紹介でしかないのに、こうしてね、なんか足を運んでくださってね、そしてね、会話をして一気にこう意気投合できるっていうことのありがたさとか、
あの私の作品はね、まだまだ何かできるんじゃないかとか、すごくフラストレーションというかが溜まった夜もあったんですね。
日曜日の朝ね、あのドームの教会が日曜のミサちょうどやっていて、私が行った時がその時間だったので、礼拝を受けたんですね、ミサを。
そしたらこう前後で人と握手したり触れ合う時間があったんですけど、なんかその瞬間になんか涙がブワーって出てきて、
私は一生懸命ね、ああじゃない、こうじゃないってやってたわけですけど、外、ゴミの収集の音が聞こえますね。
でもここのね、今はゴミの収集の音ですけど、すごく街中の中心にあるアパルトマンなので、夜はね、音楽が聞こえてきたり、しかもいい音楽なわけですよ、ガチャガチャしてなくてね、素敵な音楽が流れてきたりっていうね、
本当にいい、もうなんか、むしろなんて素敵な喧騒なんだっていう感じで、時間を過ごしたり、ワイン飲みながらチビチビ料理してみたり。
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もうね、いろんな感情を味わいましたけれど、まあ私のやれることはもうやったし、そう、だからその日曜のミサをね、受けた時にパーってなんか緊張してた?準備してきたこととかなんかわかんないけど、パーって、
なんかその瞬間になんか、変な話、ああ私愛されたかったんだと思って、愛されたくて一生懸命やってたんだね、でももうすでに愛されてるのにね、みたいな、なんかそういう気持ちになって涙が止まらなくて、
あのそれがいい意味ですごく自分のこう体の中の緊張をスーッと、なんか溶かしてってくれたんですね。
なんか本当にイタリアはね、いちいちいろんなとこで泣いてしまう街なんですけど、
本当に魂の旅という感じで、まあいろんな感情も味わうし、かつ毎春毎春どんどんあの経験値が上がっていくので、忘れてしまったりとか、忘れてくっていうかシーンがどんどん変わってくるんですよ。
なのでアウトプットをしっかりしていかないと、なんか目まぐるしく味わう前に過ぎてってしまうみたいなところがあって、なるべくそのアウトプットも瞬間瞬間に出せるようにっていうふうに心がけていて、今もね、あとねえっと5分後にね、このアパートを出てタクシーに乗って、あのサンタマリアノッペラ駅に行って、そこからナポリに移動するんですね。
みたいな感じで、ギリギリに。それでも生のなんかこう、バイブレーションを感じてもらえたらいいのかなと。人生ね、長いようで短いし、行ってみたいっていうところには是非行ってみてほしいし、正直ね、嬉しい気持ちだけじゃなくて、いろんな気持ち味わうんですよ。でも日常の中で味わう微細なものよりも、旅の時にどう自分が振る舞うかとか、そこで人間性が現れたりとか、
自分の頭の小ささに悲しくなってみたりとかね、なんか私には猛霊が来ないけどみたいなね。近くで愛が生まれてたからさ、とかさ。でもそういう人間はいろんな感情を味わうためにこの地球に生まれてきてるから、たくさんいっぱい味わって、これをね芸の肥やしにしていきたいなっていうふうに思っています。
なので皆さんも恐れずにやりたいことをやりましょう。やりきってやりきることはないから、やっぱりずっと旅だし、かつ自分が力を抜いてできることをやりきったら、また次が見えてくるし、力も抜けるし、それでいいんじゃないかなーみたいな気持ちになりましたね。
だから一旦そのミサでバーって涙が出てきて、愛されたいって思ってたんだってすごい、その自分の気持ちに自分が気づいたことで涙が出てきたんですよね。私、愛されたいってすごく思って、やってたんだみたいな。でもさ、それが悪いことじゃなくて、自分の気持ちに気づいてあげれたっていう気持ちだったり、
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祈りのね、いつもいつも祈られているその教会の中という空気の中でね、あの、なんかこう、米のなんかチップみたいな、ちょっとちゃんと知らないんですけど、なんかお祈りしてやつを口に含んだりさ、するんだけど、
なんか、ああ、祈りっていいなって。日本は祈りの時間ってないじゃないですか。イスラム教だったら5回お祈りの時間があるし、教会とかだったらね、1時間ごととかに金がなるんですよ。その瞬間ごとに自分をリセットできるような、そういう瞬間が1日の中で小さくあるんですよね。
日本の中だとなかなかそういう金がなるもないし、お祈り時間が決まっているわけじゃないけど、やっぱりこっちの人は、まあ、キリスト教ね、ということで、やっぱり祈りの時間とか、なんかそういう場所がしっかりと息づいている感じがした。
そして本当にね、センスっていう意味でも、長い歴史の上で全てのものがあるから、もう立ち打ちできない奥深さ、それがしかもナチュラル。
昨日料理教室に行ったんですけど、すごい素敵なお宅で、エルデコかフィガロンの世界に私入りましたかっていうぐらい、もううっとりするような空間だったんですね。
とにかくね、吸収量が多すぎて、だけど全部これが私は身になっていると信じて、一個一個紡ぎ出して、例えば何か私のこの感情、味わっているこの感情がギフトだから楽しんでいきたいなというふうに思っています。
ということで、話をまとめると、何かを体験するってことは、喜びもつらい思いも、もやもやしたこととか、自分の小ささとか、いろんなことを味わうことを含めてだから、でもそれを含めてギフトだということと、
それと、あともう一つが言いたいのが、ちょっと限界値を超えるっていうのがいいと思いますね。旅って、何かあそこに行きたい、どうするとかさ、何か自分が思った以上じゃないことが起きたりするときって限界値を超えなきゃいけないんですよ、どうしても。
限界値を超えるっていうのは、なかなか自分一人ではできないから、旅とか何か大きなものに自分がそこに乗っていくっていうのはすごくいいんじゃないかなと思いました。ということでね、フィレンツェ宇宙キノコプロジェクトのメンバーまだ募集してますので、ぜひね、私といっぱいもっとコミュニケーションを取りたいとか、応援しますという方は、ぜひ宇宙キノコマンダラのパーツオーナーになってもらえたら嬉しいなと思います。
今回ね、イタリアの方に農家さんのジーナさんという方とね、フィオーナさんという料理教室の方にも一部のパーツをプレゼントさせていただきました。ということで、あと3分で出なきゃいけないので、皆さん素敵な一日を。
アディオス、またね。