太陽光発電が増えていくことで、電力市場は新しい価格のパターンが現れます。
昼間に限界費用ゼロの太陽光発電が大量に市場に入ることで、市場価格は顕著に下がることになります。
特に、需要を超えて太陽光の電力が売られるような状況になる正午前後は、市場価格はゼロに近づきます。
一方で、夕方以降は太陽光の電力が市場から抜けていくので、柔軟性を持つ他の電源が需要を埋めていくことになり、価格は顕著に上がることになります。
この動きを1日の時間軸上で見ると、昼間に価格が暴落し、夕方から夜にかけて価格は急凍するというパターンが定着するようになります。
言い換えると、1日の中で電力の市場価格のボラテリティが顕著になるということで、これはインドに限らず、世界中のあらゆる国や地域で太陽光の電力が増えると現れる現象です。
ボラテリティが大きい電力市場では、蓄電池が電力システムの信頼性向上に大きな役割を果たします。
実際の電力受給を考えると、昼間に余るほどの太陽光の電力を蓄電池が充電して吸収し、夕方以降に放電することで需給のギャップを埋めることができます。
これはきわめてわかりやすい蓄電池の機能です。
さらに、蓄電池は制御と応答速度が圧倒的に速いため、アンシラリーサービスと呼ばれる送配電システムの調整機能にも活用できます。
例えば、周波数や電圧の調整、ブラックスタートと呼ばれる大規模停電後の復旧など、従来は火力や水力発電が担っていた役割も蓄電池が担えるようになります。
こうした蓄電池の役割を蓄電池の事業主体及び投資家の側から見ると、ボラテリティは絶好の収益機会であると見出すことができます。
電力価格が安い昼間の時間帯に充電し、電力価格が高い夕方以降の時間帯に放電して差額を得る、価格アービトラージが可能になります。
これが蓄電池の経済性を規定するもっとも中心的な要因です。
レポートではインドでの蓄電池によるアービトラージの経済性を検討しています。
まずアービトラージを狙う市場は、翌日の充放電量を前日に入札して躍上するデイアヘッド市場です。
日本語では前日市場と言います。
この市場で充電コストとバッテリーの均等化貯蔵コストと損失コスト、この3つを合わせたコストに対して売電収入が上回る場合、収益が生まれます。
充電コストは文字通り市場で調達する電力のコストです。
均等化貯蔵コストはLCOS, Levelized Cost of Storage と言いますが、バッテリーの寿命全体で1単位の電力を貯蔵供給するための平均コストです。
これには資本、融資コスト、運用保守コスト、劣化による影響などが含まれますが、充電のための電力購入コストはここには含まれません。
次に損失コストは往復効率と放電深度の2つで見ることができます。
往復効率は英語ではRTE、Round Trip Efficiencyと言いますが、充放電の間に生じる損失で、これはパーセンテージで表されます。
放電震度は英語ではDOD、Depth of Dischargeと言いますが、蓄電池の満充電状態に対して放電された容量の割合を指します。
これもパーセンテージで表され、放電深度が高いほど蓄電池の劣化に影響が出る可能性があります。
新しい用語が出てきてややこしくなってきましたが、もう一度確認すると、売電収入が充電コスト + 損失コスト + LCOSを上回る場合、蓄電池のアービトラージは経済的に成立します。
この定識に基づいて著者たちがインドでの経済性を分析したところ、2024年のデイアヘッド市場価格を用いた2時間蓄電池の例では、
日中にkWhあたり2.6インドルピー、日本円で約4.7円で充電し、ラウンドトリップ効率85%の損失を考慮すると、実際の充電コストはkWhあたり3.06インドルピー、日本円で約5.5円でした。
リアルタイムの周波数逸脱に迅速に対応できないといった課題が浮上し、コストや性能にもどついた競争ができるように、
系統運用者であるグリッドインディアは、2023年に新しい2つのアンシラリーサービス制度を導入しました。
これらは現在進行中で進化しているものの、1つの市場では、蓄電池が系統の余剰電力を吸収するように指示されると、
充電に対して電力代が不要なだけではなく、指示通りに高精度に充電できれば、
kWhあたり最大0.5インドルピー、日本円で約0.9円のボーナスが得られます。
将来的には、もう1つの市場でも蓄電池は余剰電力の吸収によって、再生可能発電の出力抑制よりも低コストで系統調整に貢献できる可能性があります。
レポートでは、アービトラージによる収入と、アンシラリーサービスによる収入を合わせて、現在の蓄電池事業の経済性をまとめています。
結論としては、2025年に事業用の系統蓄電池をインドで導入する場合、最大24%のIRR、内部収益率が達成可能であると見込まれています。
収入の約80〜85%は、デイアヘッド市場でのアービトラージ、残りはアンシラリーサービスによるものです。
楽観的な見積もりでは、メガワットアワーあたり年間330万インドルピー、日本円で約555万円の収入が得られ、IRRは約24%に達します。
保守的な想定でもIRRは21%を維持し、メガワットアワーあたり年間320万インドルピー、日本円で約539万円の収入となり、
2024年の蓄電池システムの年間コストであるメガワットアワーあたり170万インドルピー、日本円で約286万円のほぼ2倍となります。
これらの経済性分析から、インドでの蓄電池ビジネスが極めて経済的に魅力ある分野であることがわかります。
ただし、気をつけておきたいのは、こうした経済性が成立したのは2024年からであって、それ以前はコストが収入を上回っていたという点です。
詳細はレポート本文を参照してもらいたいのですが、重要なポイントとしては、蓄電池の経済性は市場の設計と状況によって変化するということで、
今後も継続してこのような経済性が成立するかどうかは慎重に見極める必要があります。
いずれにしろ、本文でも指摘していますが、蓄電池のメリットを最大限生かすには、Marketcraft、市場設計力と翻訳しておきますが、これが非常に重要になってきます。
ここまで、インドにおける太陽光発電の増加と、系統蓄電池の役割の関係、さらにその具体的な経済性を見てきました。
まとめると、太陽光発電が増えていくことで、必然的に蓄電池が役割を果たす機会も増え、なおかつ蓄電池が市場のあり方を補正しながら、
同時にそれが新たな収益機会になることで、蓄電池の成長が後押しされる構造になっているということがわかりました。