永遠のテーマ「肝っ玉母ちゃん」とガラスメンタルの私
おはようございます。このチャンネルは、子どもが巣立った後のぽっかり感を抜けて、第2の人生を味わい尽くしながら、日々の気づきや心の動きを言葉にしていく、私Emmyの声の記録です。
改めましておはようございます。今日はね、肝ったま母ちゃんにほど遠い私が、私なりの肝の据え方を考えた話っていうのをしてみようと思います。
もう壮大なテーマですけど、私は永遠のテーマとして、肝ったま母ちゃんになるっていうのがね、あるんです。もう多分、永遠のテーマって言ってる時点でもう達成できないなっていう雰囲気満載なんですけど、もう本当にメンタルがガラスなんですよ。
本当に肝が座ってない。で、それのもう大反対、真反対な人格として、私の母はもうすごい鋼のメンタルっていうんですかね。肝が座ってるんです。
なんであの母に育てられた私がこんな弱いメンタルなんだろうって、もうずっと思ってるんですけど、そんな話をしていきます。
家族構成と母親の存在感
私、家族は今、父と母で、私と弟っていう家族構成でおります。体格的に父は184センチ、母が多分150センチ前半ぐらい、153ぐらいなのかな。
私が168センチ、弟は176、178ぐらい。ちょっと後半って感じかな。詳しくわからないんだけど、もう確実に母が一番小さい人です。
もうなんかこじんまりしてて、でっかい家族の中でなんか一番小さい人っていう感じでね、いるんだけど、その存在感っていうのかな。なんか魂の大きさみたいな、肝の太さみたいなのでいくと、母が一番大きい人です。
結構いろんなことがあっても動じない。で、めちゃくちゃ常任は熱い人なんですよね。なので、すごく頼られたりした時に本領を発揮するみたいな、そういう感じの素質っていうかね、資質のある人です。
母親の大腸がん手術と覚悟の言葉
そんな母が10年以上前になりますけど、大腸がんのステージ3を煩った時がありまして、手術をしてみないとどこまで進んでいるかがわからないっていう、結構厳しい状態で手術室に向かうという日があったんですよ。
でも、父もめちゃくちゃオロオロしてたし、私もすごく心配だったし、たぶん弟も心配ではあったと思うんですが、母と弟はだいぶ似ているところがあったので、外から見た分には陽気な感じを演じていましたね、弟は。
そんな感じで手術の日を迎えました。手術に入る時も私と父は結構しんみりな感じでいるんです。母さん手術に行っちゃうみたいな、そんなしんみりしてたんだけど、母が私の方に歩いてきて、今この話してる時にも胸がグッときちゃうんですけど、私はもう思い残すことは何もないと。
で、孫にも会えたし、娘は立派な家族がある。で、弟の方にもちゃんと家族がある。もしここで何かあっても全然何の後悔もないって言って、それで手を振ってね、行ってくるねって入って行ったんですよ。
でもそれを見た父の方がボロボロ泣いてるっていう。私ももうその時のことを思い出すと、本当に言葉が出なくなっちゃうんですけど。そんな感じで、そこに集約されてると思います。母の着物、座り方。
家族の性格の違いと血液型
で、見送って行ってらっしゃいって、弟が一人本当に笑いながら、母ちゃん行ってらっしゃいみたいな感じで言ってて、もうどういう差なの?みたいな、この陽キャンな人たちみたいな感じで私は思ってたんですけど、そういう具合に私は多分ね、父に似てしまってるんでしょうね。
おろおろしちゃうし、メンタル弱々だし、心配と不安で苛まれるし、みたいなね、そんな感じでおります。もう一つね、これをすごく端的に表していると思うのは、父はもう喫水のA型気質で、父系の家族全員A型なんですよね。
で、母は喫水のB型気質で、母の親戚全員B型なんですよ。で、私はって言うとABなんです。弟もABなんです。何だったら、母も半分、父も半分でよかったろうに、どういうわけか私はなんかAが強い、弟はBが強い、みたいな、そういう構図になっています。
母親の強さの本質と自己受容
それはさておき、母のね、そういう着物をすわった様子を見て思うのは、単なる怖いもの知らずっていうことではないよなっていうことです。
もう自分の人生を全部引き受けた結果なのかなっていうのをすごく思いました。
母は母としての人生を生き切ったっていう感じ、あの時点で。だから私はやり残したことはないって言って、手術室に入っていったんだなって。
もう本当になんかあるべき姿なんじゃないかなって。だからこそ私も母のようにね、着物がすわった、すごいドンと構えたお母さんになりたいっていうのを日頃すごく思うんですけど、
まあ絶対的に無理がありますね。そういうメンタル私持ち合わせていないので、もうだったらどうするかっていうと、私は私のままで生きていくしかないなって。
これは別に開き直るとかそういうことではなくて、もう私は私でやるしかないので、それを受け入れて、私なりにオロオロするし、私なりにグラグラするし、私なりにがっくりするし、
もうそれを全部受け入れて、で、どうするかっていうと、もうそのまま生きるしかない。オロオロしながら、ブレながら、揺らぎながら生きていく。
で、その中で、でもなんだろう、手放さずに選び取っていくっていうことが私なりの着物すわり方になるのかなって、そういうふうに今思っています。
息子との関わりと自分なりの肝の据え方
例えば息子が大学辞めたいって言ってきた時とかも、最初はね、あの、なだめたり、もうちょっと頑張ってみたらってみたりして、自分の不安を隠しながらそういう働きかけをしてきたこともあったけど、
ああもうこれはそういうフェーズじゃないんだなって、もう覚悟が決まった時、なんかすごく私の中でグッと固まったものができたっていう感じがして、あの時のね、自分を思い出すといいのかなってすごい今思います。
まあとはいえね、あのやっぱりグラグラしたりブレたり、弱々な母っていうのは格好悪すぎるので、
一応このテーマはいつまでも目の前にぶら下げておこうと思います。
肝っ玉母ちゃんになりたいっていうね、まあなれなくてもいいんです。
もうこれは永遠のテーマとして持っておきます、という私なりの着物据え方っていうことを考えて、ここに宣言したという話をしてみました。
エピソードの締めくくりとリスナーへの呼びかけ
まあちょっと途中ね、胸が詰まってなんかもう泣いちゃいそうになりましたけど、お聞き苦しかったらすいません。
よろしかったら皆さんのご感想やコメント、レターなどで教えてください。
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最後までお聞きくださってありがとうございました。
また次回お耳にかかりましょう。
素敵な一日をお過ごしください。
エミでした。