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ラジオドラマ 女性大工の建てた家 前編
小気味い音が響く住宅街。ここが私の新しい住処になる。
すみません。
あ、はい。
あ、あの、この家を建ててもらってる小中と申します。
はじめまして、由美倉です。ご見学ですか?
そうなんです。骨組みだけでも迫力がありますね。
そうでしょう。ここから徐々に出来上がっていきますから。
楽しみです。あ、それで本の差し入れに甘いものをお持ちしたので、よかったら、同僚の方に渡してくれませんか?
あ、えー、私が同僚です。
え、あ、すみません。わ、そうなんだ。
ありがたくいただきます。
あ、はい、すみません。
いいえ、慣れてますから。
いや、あの、ほんとにすみません。
女でもしっかり家は建てるので、ご安心して見ていってください。
あ、はい、ありがとうございます。
じゃあ、すみません。現場に戻ります。
はい、頑張ってください。
彼女に失礼をして以来、私はしばらく見学に来れずにいた。
久しぶりに聞く工事の音が、私の不安を煽っていく。
こんにちは。
どうも。
また差し入れです。
すみません、わざわざ。
これ、お口に合えば水洋館なんですけど。
え?
え、なんですか?
いえ。
お好きですか?
いや、そんな、あれですね。あったら食べるくらいですね。
え、でも、さっきすごい…
いやいや、すみません。大好きです。
よかったー!
近くの商店街を下身がてら歩いてた時に、和菓子屋さんを見つけたんです。
お店の方がすごくいい人で。
へー。
あのー、今食べてもいいですか?
あ、全然。ほんと、お好きなんですね。
すいません、作業中に。目がなくて。
はい、どうぞ。
どうも。
だめだ、死ぬ。
完成させるまで死なないでください。
それは、はい、もちろん。
あの、この前はすみませんでした。
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え?
別々の色眼鏡で見てしまって。
ああ、いや。
え、それでいらしたんですか?
あ。
初めて会いました、そんな人。
え?
好意的じゃなかった人は、大抵決まり悪くなってこなくなるか、逆にひどいこと言ってくるかで。
好意的じゃないなんて、ちょっと驚いちゃっただけなんです、ほんと。
由美倉さんみたいに、女性の方に立ててもらえて嬉しいです。
こちらこそ、精神誠意やらせてもらいます。
はい。
由美倉さんは?
骨組みの上に、金槌を振り下ろしている彼女が見えた。
私と話している時とはまるで違い、その真剣な表情には、たくましさがにじんでいた。
なぜか、息を止めている自分に気づく。
あ。
ああ、どうもすみません、作業してて。
いや、こちらこそすみません、止めちゃって。
作業もされるんですね。
ええ、大工ですから。
あ、そうですよね。
一人体調不良で休んじゃったんです。
大丈夫かな?
まあ、丈夫なやつなんで、明日には復帰しますよ。
でも、結構家っぽくなってきましたね。
そうでしょう。少しくないだけでだいぶ変わっちゃいますからね。
なんか子供みたい。
似てるかも。
で、子供はまだなんですけど。
部屋はいくつかありますもんね。
一応、その予定ではあるんですけど、なかなか。
子供か。私はえんどいな。
決めてるんですか?
ええ、子供はいいんです。自分の家がダメだったので。
そっか。私と夫だってダメダメですよ。
そういえば、夫さんどんな方なんですか?
ええ、気まじめ?
気まじめ。
人生で一度も寝坊したことがないんです。
うわ、それはすごい。
好きがないっていうか、なんかこの家が骨組みの頃とか思い出すと、
人ってちょっとはダメなとこがあってもいいのかなって思ったりして。
ああ、私も結構骨組みの姿好きですよ。
完成した家より?
完成して喜んでくれる人を見るのが一番ですけど。
なんか出来損ないの頃の方が美しいんです。
じゃあ、今はどんどん遠のいていってるんだ。
皮肉ですね。
ずっとこのままならいいのに。
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じゃあ、完成させません。
え?
冗談ですよ。
今すごいまぬけな顔してた。
え?って。
やめてくださいよ。
え?
寝ちゃった。
そこコンクリート乾いてないんで気をつけて。
あ、はい。
にしてもこんな頻繁に。
よく飽きないですね。
あ、ごめんなさい。ご迷惑でした?
ああ、そういうんじゃなくて。
純粋に。
なんか時間有り余ってるみたいで恥ずかしい。
いやいや。見てて楽しいですか?
ああ、大工さんたちの動きとか楽しいです。
みんなもいつも差し入れいただいて喜んでますよ。
小中さんは神だって。
神?
毎朝祈ってあがめてますよ。
毎朝祈ってあがめてます。
いやだ。あがめるなんてやめてくださいよ。
それくらいありがたいってことですよ。
それに建ててる家にこんな関心持ってくださるのも
こっちとして嬉しいですから。
なら良かった。
ついに来週で完成ですね。
実感湧かないなあ。
住んでいくうちに自分の家になっていくんだと思います。きっと。
私、弓倉さんで良かったです。
こちらこそです。
あの、完成した後の何とか検査でしたっけ?
私たちが中を確認する。
ああ、はい。
諸々の検査が終わった後に
施術のお二人に最終確認をしていただきます。
弓倉さんもいらっしゃいますよね?
あ、それなんですけど。
え?
私は次の現場があるので伺えないんです。
最後まで手は抜かずに完成させますから。
あ、すいません。
呼ばれてるみたいなんで私はここで。
あ、はい。
本当、弓倉さんの家が建てられて良かったです。
じゃあ。
じゃあ、私の中で何かが
それが何かを口にすることはできない何かが
静かに空中分解した。