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ラジオドラマ 女性大工の建てた家 後編
弓倉さんという女性の頭領が建ててくれた一軒家。
工事以外の期間も含めると約1年。
本当にようやく完成した。
安土の気持ちを抱えて、私は出来上がった家の検査に向かっている。
けれど、なぜか素直に喜べない自分がいる。
それは、工事の見学に行くたびに、彼女と過ごした時間と無関係ではなかった。
すいません、遅くなりました。
小中さん。
えっ、あれ、なんで。
やっぱり自分の手で家の中案内したいと思って、現場抜けてきちゃいました。
ご迷惑でした?
いやいや、あの、走ってきたから頭回らなくて。
あれ、夫さんは?
あ、仕事が急遽抜けられなくなったみたいで。
やっぱ気真面目なんですね。
ここまで来ると呆れますよ。
行きましょうか。
玄関は家の顔ですからね。
あ、この辺りに花とか飾ったら。
私もそう思ってました。
ね、いいですね。
こっちリビングですよね。
小中さん、ちゃんとドアの開け閉めとかも確認してくださいよ。検査なんですから。
あ、すいません、テンション上がっちゃって。
ここが浴室です。
浴槽大きいですね。
入ってみます?
あ、これ憧れてたかも。空の浴槽に体育座りするの。
夫さんいたらもっと雰囲気出ましたね。
夫がいたら恥ずかしくてできないですよ。
この辺りにベッドを置いてもらえば、気持ちいい朝日で起きれると思いますよ。
最高です。ほんと、今の賃貸が日当たり悪かったから。
日当たりは大事ですよ。やっぱりこれからずっと寝起きする場所ですからね。
どうしました?
なんかズドンってきたかも。
え?
いや、そうですよね。私、夫とこれから先ずーっとこの部屋で寝て起きてを繰り返すんですよね。
素敵なことじゃないですか。
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ちょっと不安かも。
大丈夫ですよ、きっと。
はい。
そうだ、ちょっと庭で休みませんか?もうほとんど終わりましたし。
はい。
あれですか、マリッジブルーみたいな感じですか?
そうなんですかね。実感っていうか、もう逃げられないみたいな。
逃げられない?
ここで生きていくんだって思うと。もちろんこんな素敵な家を建ててもらえて嬉しいのに、のに。すいません。
いえ。
なんか私のけんさんみたい。
補修とか、私でよければ。
なんですか、大工っぽくない。
だって、お客様には笑ってほしいから。
私、笑えますよ。ほら。
熱いですね。
本当に納得できてないなら。
できてないですよ。
え?
納得なんて。
何が引っかかってるんですか?
最近、家で作ってるんです。
はい?
水溶管。
でも、何回作ってもうまくいかないんです。おいしくならないんです。
おかしいな、おかしいなって、小さいキッチンで考えてるとね、泣けてくるんです。
人生を変えてしまうような勇気はないくせに、叶わない妄想ばかり浮かべて。
そういう自分にうんざりするんです。
それは、叶わないんですか?
由美倉さんのこと好きになっちゃった。
え?
今日来るなんて思わなかったから。
本当は胸にしまっておくつもりでした。
なんでとか、そういうのはわかんないんです。自分でも。
けど、好きだってことはわかるんです。
なのに、なんで来ちゃったんですか?
私も、なんで来たのかわかんないんです。
でもなんか、来なきゃって、朝。
別の現場で骨組みだけの家を見て、思ったんです。
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水溶管の液量がそっちに行ったのかも。
かもしれないですね。
ひとつだけお願いしてもいいですか?
なんですか?
なんですか?
少しでいいから、肩に持たれてもいいですか?
肩?
あ、嫌なら本当、全然。
いいですよ。
はい。
ありがとうございます。
じゃあ。
これからも作ってください。
え?
水溶管、美味しく作れるようになったら、私食べたいです。
迷惑じゃないですか?
今さらじゃないですか。
結構グサッと来たんですけど。
グサッと行きました。
ひどい。
すみません。
そろそろ離れますね。
もう、いいんですか?
はい。これ以上は、ひっついちゃいそうなので。
そう。
建ててよかったって、思ってもらえるような家にしますから。
この家を、よろしくお願いします。
はい。