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ずっと見ていなくても気づける先生の目
2026-08-31 07:18

ずっと見ていなくても気づける先生の目

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埼玉県の公立小学校教諭、春日智稀さんの連載第1回を取り上げます。子どもは助けてくださいと言う前に、小さなサインを出している。あいさつで目を合わせない、ノートの字が急に乱れる、給食を残す量が増える。ただし、それらは誰にとっても同じ意味を持つわけではありません。記事の核心は、観察力とはずっと観察することではなく、その子のいつもを知っていて変化に気づけるまなざしのことだ、という一文です。全員を同じ基準で見ていると、かえって気づけなくなります。

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サマリー

この記事では、埼玉県の公立小学校教諭である春日智稀さんの連載第1回を取り上げ、子供の小さな変化に気づく教師の観察力について解説しています。子供は助けを求める前にサインを出しており、挨拶をしない、ノートの字が乱れるなどの例が挙げられます。しかし、重要なのは、子供を常に監視することではなく、その子の「いつも」を知り、変化に気づける眼差しを持つことだと強調されています。一律の基準ではなく、個々の子どもの普段の様子を把握することが、変化を見抜く鍵となります。

番組紹介と記事の導入
教育カフェテラスの時間です。進行役の水野太一です。
アシスタントの高橋紗友香です。この番組では、国内外の教育の話題を、現場の目線で一つずつ取り上げています。
今日は、子供の様子を見る話だと伺っています。
はい。みんなの教育技術の8月27日の記事です。
埼玉県の公立小学校の先生、加須賀智樹さんの連載が始まりました。
第1回のテーマが、「小さな違和感に気づく教師の目」というものです。
違和感という言い方が気になります。異変とか、喧嘩ではないのですね。
そこがこの記事の入り口です。子供は、「助けてください。」とはなかなか言いません。
確かに、自習でも困っていますと言いに来る子はいませんでした。
言葉になる前に、小さなサインの方が先に出ています。記事にはその例がいくつも並んでいます。
どんなものでしょうか。
子供が示す小さなサインの例
いつも元気に挨拶していた子が、こちらを見ないまま教室へ入ってくる。
休み時間に友達の輪の中心にいた子が、教室の端で一人で過ごしている。
普段は丁寧に書いていたノートの字が、急に乱れてくる。
どれも言われてみればわかりますが、その場では見落としそうです。
他にも、給食を残す量が増える。忘れ物が増える。
授業中にぼんやりしている。保健室に行く回数が増える。
提出物が遅れる。この辺りが挙げられています。
サインの意味合いの難しさ:個々の子どもの「いつも」の重要性
正直に申し上げると、忘れ物が増えるは気の緩みとして受け取ってしまいそうです。
多くの人がそう見ます。
そして、それが必ずしも間違いではないところが、この話の難しさです。
どういうことでしょうか。
忘れ物が多い子が、いつもより一つ多く忘れても、それはいつもの範囲です。
一方で、忘れ物をしたことがない子が、二日続けて忘れたら、それは大きな変化です。
同じ出来事なのに、意味は違うということですか。
そこがこの記事の一番大事なところです。
サインの一覧を覚えても、それだけでは気づけません。
その子にとって何が普段なのかを知っていないと、比べようがないわけですね。
記事では、その子のいつも、という言い方をしています。
いつもの表情、声の大きさ、友達との距離感、休み時間の過ごし方、ノートの字、給食の食べ方、提出物の出し方、授業中の姿勢。
ずいぶん細かいところまで見ているのですね。
1クラス30人だとすると、全部覚えるのは大変です。
観察力の定義:見張ることではなく、変化に気づける眼差し
ここで、この記事の中で私が一番驚いた一文が出てきます。
観察力とは、子供をずっと観察することではない、と書かれています。
え、観察力なのに観察しないのですか。
日常の中でその子らしさを知り、変化に気づける眼差しを持っていること。
それが観察力だ、という定義です。
見張っていることではない、ということでしょうか。
そういうことになります。
ずっと見ていようとすると、大抵続きません。
それに、見られている側も落ち着きません。
確かに、監視されていると感じたら、その子はますます隠しそうです。
日々のやりとりの積み重ねと教師の疲労
日々のやりとりの積み重ねで、この子は普段こうだ、という感覚が育っていれば、変わったときに勝手に引っかかります。
そう聞くと、少し気が楽になります。
特別な技術ではなく、毎日話しているかどうかの話に近いです。
もう一点、記事には現実的な注意も添えられています。
すべてを深刻に受け止めすぎると、教師自身が疲れてしまう、というものです。
それは正直な書き方です。
全部を見逃さないでください、で終わっていない、ということですね。
気づいた違和感が、全部で重大な問題に繋がるわけではありません。
その日たまたま眠かった、ということも当然あります。
では、気づいた後はどうすればいいのでしょうか。
気づいた後の対応:一度で判断せず、継続して観察する
この記事は第一回なので、気づく段階までは扱っています。
ただ、私の経験から言えば、気づいた時点で、
あくる日にもう一度見る、それだけで十分に違います。
一度で判断しない、ということですか。
二日続いたら、それはもう偶然ではありません。
一回で決めつけず、しかし忘れない、この見極めが難しいところです。
私は実習の時、全員を平等に見なければいけないと思っていました。
ただ、一人一人基準が違うという発想が全くありませんでした。
平等に見ると、同じ基準で見る、は別のことです。
全員に同じももさしを当てると、もともと目立つ子だけが引っかかります。
静かにしている子は、ずっと通り過ぎてしまいます。
そこが、この記事がついている点です。
一律の基準は公平に見えて、実は見落としを作ります。
「いつも」を知るための具体的な方法:朝の挨拶と情報継承の注意点
その子のいつもを知るのに、何か手ばかりはありますか?
毎日一人ずつ面談するわけにもいきません。
面談はいりません。私がよく勧めているのは、朝の挨拶の一瞬です。
教室に入ってくるところを、全員分、目で追うだけです。
それなら、時間は取りません。
この時間は、その子が今日どう始めたかが、一番素直に出ます。
日によって違うのがわかるようになると、いつもの形が見えてきます。
前の学年の先生から引き継ぐ情報は、役に立つのでしょうか?
役に立ちますが、注意もいります。
引き継ぎは、去年その子がどうだったかの記録です。
今年その子がどうかは、自分で見るしかありません。
去年のいつもと、今年のいつもは、違うかもしれないということですね。
学年が上がると、友達関係も体も変わります。
去年の情報を当てはめすぎると、今の変化を見落とすことがあります。
先生の教育相談のご経験では、実際にそういうことがありましたか?
あります。後から振り返ると、変化そのものは何度も目の前に出ていました。
ただ、その子の普段を知らなかったので、変化として見えていなかったということです。
見えなかったのではなく、変化だとわからなかったということですね。
情報は届いていたのに、比べる相手がなかったという言い方が近いです。
変化に気づくために:サインではなく「普段」を覚える
今日のお話、途中まではサインの見つけ方の回だと思って聞いていました。
でも本当はその手前の話でした。
何を知っていれば変化に気付けるのか、という話です。
私は来年から担任を持つ可能性がありますが、
まず覚えるのはサインの一覧ではなく、目の前の子の普段の方です。
その子のいつもを知っている人にだけ、その子の変化は見えます。
特別な観察の時間を作らなくても、毎日の中で少しずつ集まっていきます。
今日はそこを持ち帰っていただけたらと思います。
番組の締め
教育カフェテラス、今日はここまでです。
最後までお聞きくださってありがとうございました。
次回も先生の毎日に少しだけ役立つ話をお届けできたら嬉しいです。
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