1. Dear LekTik!
  2. Dear LekTik!
2024-05-24 07:57

Dear LekTik!

Dear LekTik!

オンデマンドボイス交論を展開するDialektikな番組。 

敬愛の心で dear


耳を ear


通して聴いて dia-


集めて話して leg-


選んで読んで lect


弁じて交うして論をなす -tic  

 

LISTENというプラットフォームの特性を活かしてVoiceディスカッションを繰り広げようという番組。 オンデマンドの特性を活かした問答と対話のゆくえは果たして?

 

From Rhetoric to Dialectic

Be respectful, critical, and tolerant.

 

弁証法:Wikipedia

#声交論 #オンデマンドボイス交論 #OndemandVoiceDiscussion #OVD

Summary

「ディアレクティク」というオンデマンドボイス討論用の番組「Dear LekTik!」が始まっています。ブログやSNSでの文字のディスカッションに続いて、声のディスカッションの新たなジャンルとして展開されています。

ディアレクティクの始まり
Dear LekTik!という番組を立ち上げました。
これは実は、2月5日に《ひと声》で、「オンデマンドボイス討論」というつぶやきをしたんですね。
ブログとか、その他のSNSでは、Facebookもそうですけども、TwitterXもそうですが、文字の討論、文字のディスカッションができたんですが、
LISTENというプラットフォームを使うことで、声のディスカッション、オンデマンドボイス討論ができるんじゃないかという、そういうひと声をつぶやいたんですね、2月に。
しかもこれは実は、声日記とはまた違うジャンルとして、LISTENというプラットフォームが持っている可能性として展開し得るんじゃないかという予感がするわけですね。
そのひと声でもこんな風に言ってます。「声日記と並んで展開するんじゃないですかね。オンデマンドボイス討論が進むという、声の討論。
これまでは文字だけでやってたのが、ボイスでできるということで、とても面白いです。」
ということで、オンデマンドボイス討論やりませんかっていう話をして、それから3ヶ月以上、4ヶ月近くが経ちました。
実は、番組だけ作ってたんですね。番組名がディアレクティーク。
これはオンデマンドボイス討論用のディアレクティークな番組。
なんであえて独立して番組を作るかというと、他の例えば、声日記的なものとか、他のいわゆる自分で配信する番組っていうのは、どうしてもトーク番組なんですよね。
トーク、スピーチの番組になるわけです。あるいはモノローグになっちゃうわけですね。
ダイアローグにならないわけです。
それをなんとか展開したいなというときに、声日記でコメントし合うというやり方をされてる方もいると思うんですが、
やっぱりオンデマンドボイス討論になると、声のコメントでは展開できずに、やっぱり番組とエピソードが必要なような気がしてて、
ディアレクティクの目的
それで作って、もう4ヶ月ほど寝かしてた番組ですが、ようやく動かせるかなという気がしてきました。
ディアレクティーク。これはわかる人にはわかると思うんですが、ダイアレクティーク。
日本語にするとわけわからなくなるんですが、弁証法。弁ずる、証明する、の法っていうね、これ本当にわからない言葉。
なんでこんな言葉に訳してしまったんだろうと思うんですが、結局、対話によって物事の現実が見えてくる、真実が見えてくるっていうね。
一人で理屈を立てるんじゃなくて、対話の中でいろんなものは明かされていく、証明されていくという、そういう考え方なんですね。
古く古代ギリシャにおいては問答、問答ですね。問答無用の問答。問いかけて答えると。
アリストテレスとかプラトンなんかをイメージしていただければいいんですが、問答法というのが、これがもうまさにこのダイアレクティーク。ダイアレクティークの大本になるわけですね。
このプラトンなんかはダイアレクティークに対してレトリーク、レトリケーって言うんですけど、レートリケーとディアレクティケーって言うんですが。
いわゆる一人で弁論、弁論部とかあるじゃないですか、高校とかにね。弁論部で弁論で一人が主張を語るのがレトリーク、修辞学と訳されてますけどね。
いろんな言葉を尽くして、いかに説得的に語るかっていうのがレトリークの世界。レトリックですね、英語で言うとね。レトリークの世界。
それに対比する形でプラトンは、ディアレクティーケー、ダイアレクティークっていう言葉を使ったんですね。
これが弁証術。そこから弁証法っていう言葉に、その後の人たちが呼ぶようになって、日本語に訳されたんですが。
これは要するに、二人以上の人で対話しながらいろんな物事を見定めていく、明らかにしていくっていう、そういう社会的な方法なんですよね。
単なるレトリカルな弁論ではなく、トークではなく、いろんな人との対話の中で物事を見極めていこうっていう。これはすごく大事な考え方だと思っているんですね。
それで、From Rhetoric to Dialectic Be respectful, critical, and tolerant.っていうのも少し英語で入れさせていただいたんですが、
単純にダイアレクティークじゃちょっと面白くないので、弁証法って訳されちゃうんで、ここはやっぱりポッドキャストで、耳で聴くということで、
ディアレクティークという名前ですね。Dearっていうのは、親愛なるとか敬愛なるっていう英語です。Dear Momとかね。
なんとかって言うでしょ。Dear Friendとかね。そういうDearですね。それが、Dがちょうど耳に見えるんですけども、私にはね。
それを取ると、earになる。耳ですね。耳を傾ける。ディアレクティークっていうのは、これ分解すると、語源にね。
dia-
っていうのは何々を通してとか何々を聞いてっていう意味になるんですね。leg-
っていうのは話すっていう言葉、あるいは集める、収集するっていう意味なんですね。
lect
っていうのは読むっていう、しかも選ぶっていうね、言い方もあるんですね。
そして -tic っていうのは、弁じて、交うして、論をなす。この「弁じて交うして論をなす」っていうことなんですが、
交うしてっていう、ここは本当は討論の討を使おうと思ったんですが、討論の討っていうのは実は戦って打ちのめすって意味になっちゃうんですよね。
討論、戦わせるって意味になっちゃう。つまり、闘争の闘と同じ意味になっちゃうんですね。
追討するっていう、戦国時代に武士を追っかけて最後まで首を取るまで追っかけることを追討するとか、
あるいは討伐するとかね、いろんな言い方ありますけど、討っていうのはやっぱり戦うって意味になっちゃうんで、それはちょっと違うなと。
むしろ、だけど戦うんだけどフレンドリーに戦うっていうのも変ですけども、それで何かいい言葉ないかなと思ったら、
交う、交うですね。交通の交ですね。行き交うっていう。交う。弁じて交うして論をなす。
これでいいんじゃないかなということで、どうでもいい話ですけれども、オンデマンドボイス討論用のディアレクティックな番組。
LISTENというプラットフォームの特性を活かしてボイスディスカッションを繰り広げようという意図に基づく番組。
オンデマンドの特性を活かした問答と対話の行方は果たして? ということで、どういうふうに展開するのかわかりにくいかもしれないですが、
もう論より実践ですね。やってみたいと思います。
どういうふうにやるかは見てのお楽しみ。失敗するかもしれませんが、とにかくやってみないことには始まらないということで、
ディアレクティック。番組開始します。ではまた。
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