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#018|365日ピアノ漬けの優等生がTV業界を経て編集者になった話
2026-09-23 35:41

#018|365日ピアノ漬けの優等生がTV業界を経て編集者になった話

今回は、マガジントップへ辿り着くまでの道のりを深掘る第4弾。これまで語られてきた「ダメ大学生」トリオとは対照的に、学生時代を真面目に過ごしてきた編集者Mが自身のルーツを語ります。


幼少期は「指を突き指したら危険だから」と部活やスポーツも禁止され、365日サボることなくピアノ漬けの日々を送っていたというスパルタな環境。大学では真面目に単位を修得し、関西ローカルの女子大生クイズ番組に出演して見事優勝!しかし、賞金25万円は東京への就職活動の交通費として一気に消えていったという、切ないエピソードも。


上京後は、テレビ番組制作会社でADとして働き始めるも、段取り仕事中心な現場から「自分ひとりで取材・執筆して形にできる仕事がしたい」と出版業界への興味を抱くようになり、マガジントップへ。


「真面目な優等生」がなぜテレビ業界を経て出版の世界へ飛び込んだのか。編集者へ至る道のりを振り返るトークをお楽しみください!


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サマリー

編集者の水嶋が、4歳から受けたスパルタなピアノ教育と、中学2年でピアノを拒んだ反抗期を振り返る。高校時代の暗黒期を経て、指定校推薦で田舎の大学の経済学部に進み、真面目に勉強して3年時にはほぼ単位を取り終えた。就職氷河期に約100社へ応募する一方、関西ローカルのクイズ番組「クイズ55Z」に友人の代わりに出演し、チーム戦と○×クイズで25万円を獲得したが、その賞金は東京への就職活動の交通費で消えた。幼い頃から好きだったテレビを手がかりに大阪の番組制作会社へ入り、寝る時間もない現場で上司から暴力やBB弾による攻撃を受け、約1年で退社した。上京後もテレビのADを続けたが、大規模な制作現場では段取りが中心で、自分一人で取材・執筆して形にできる出版の仕事に惹かれていった。街の演劇で脚本を書いた経験や、グルメ、ハイキング、旅などの情報番組を作りたい気持ちも、編集者を目指す動機になった。マガジントップでは、勤務時間や給料は厳しくても、人間関係や裁量の面では強制されるブラックさではなかったと語られる。後半は、水嶋が入社した時期や、入社直後の不安の中で見た水嶋の居眠りが、後輩に勇気を与えたという思い出話で締めくくられる。

水嶋の幼少期とピアノ漬けの日々
ここまでマガジントップにどうやってたどり着いたのかっていうところで 富江と大塚くんと野口くんの話を過去3回渡って話してきたんですけど
まあ揃いも揃ってダメな大学生っていう感じですごく いい感じだなと思いました
なんかねこういうものだよねだいたいね 大学生ってそういうもんだったなと思って
で 今あの働いている職場って
あの新卒採用してて新卒が毎年入ってくるんだけど まあこれがねぇみんな優秀なよ
優秀で優秀で 大学生の時からそんな真面目にそんなことをちゃんと考えてんのっていう感じで
もうなんか 自分の大学生の時とは全然違うというか
世の中にはそういう大学生もいるのねって思ったりしてます 叶わないなそんな人たちに
いやほんとね もう
おじさんがすでにもう22、3歳の若者に負けてる感じがあるんだよね 負けてます
負けてます いや何で勝負しようか
ちょっと語りで勝負でもしてもらいましょうかね じゃあ
なんかね我々我々というか富江大塚信一はダメな大学生だったけど ちゃんと真面目に勉強してた人がもう一人いるようなので
今回はその話をしていきたいと思います どうも皆さんお疲れ様です 富江です
大塚です 信一です
水嶋です 今日も帰れない気がする
この番組は2000年代から編集者として活動してきた4人が過去の編集の仕事や出来事を振り返りつつ
最近気になっていることなどを毎週水曜日朝7時から語っていく番組です はいということでマガジントップまでどうやってたどり着いたのかっていう話をしてきて
いますけど真面目にちゃんと勉強していた 水嶋さんのお話を今回は聞いていきたいと思います
なんかそう言われると いやちょっと待ってよと
私は大学別に何も身についてないなっていう気がしてきたのでちょっと 訂正したいところではあるんですけどちょっと皆さんも子供の頃の話をしていたので私も
ちょっと触れていきたいと思います
私はもう子供の頃は4歳の時からピアノのスパルタ教育を受けてまして
特に本が好きだったってわけじゃないんですけれどもその頃流行っていた小学校の時だったら
ズッコケシリーズとかってあります?
わー明るい読んだ読んだ読んだ
え何だっけ八部博士眼鏡だっけ
八部博士
ルーヤンみたいなちょっと太った子じゃなかったっけ
そうそうそう一人太った子とちっちゃい子と
なんかもう一人いたなっていう
いやそんなんとかあと江戸川乱歩シリーズとかさ
愛人二十一面相とかわかるかな
わかりますわかるわかる
なんか当時流行ってたやつ
ああいうシリーズをこう一個見始めると全部見たいみたいな
なんかもう普通のみんなと同じような感じで本は読んでました
でなんかまあ夏休みの宿題とかで読書感想文を書いたりして
なんか小学校の時に一回なんか学内の中だけどなんかちょっと選ばれて
ちょっと嬉しかったなぁぐらいの記憶はあります
すごいねなんか
ほつかくもそうだし
そういうので表彰じゃないけど選ばれるとかってなんかすごいね
なんか嬉しいから覚えてるだけなんだけどね
俺そんな選ばれたこと一回もないからね
そういうのもなかったんじゃないのそもそもそういうのが
いやあったけど
あったけど選ばれてない
わかった子供らしくなかったんじゃない
いや
ちょっと理屈っぽくなったと思う
そもそも書きたいと思ってないから
そっかそっか
無理矢理書いてたってのもあるから面白くなかったのかもしれないよね
そこをちゃんと書けてるのはすごいなと思う
そういうかねちょっとね大人が喜びそうなすごいいいことをした人がいて
私もそういう人になりたいです的な
もうなんかありがちのそのパターンですよ
へー
でもそれは
正当派な感じ
読者が何をどういうことを書いたら喜ぶかをちゃんと把握して書いてたってことでしょ
違う違う本当に純粋な子供だったのよ
そんな理屈っぽくなかったわけ
そんで
反抗期から大学デビューへ
なんてそのピアノさえやってればいいみたいなところの教育を受けてきたから
当然勉強はそんなに全然できなかったんだけど
もうピアノも365日ずっともうサボらせてももらえず
すごいぞすごいぞそれ
そうなの
休める日があったとしたら家族旅行の1日だけ
厳しい
でもうすごかったのなんかもうピアニストの先生のところに
なんか週一で遠くまで行ったりとかもしてて
とにかくピアノさえやってればいいっていう
もうなんかスポーツも指指したら危ないからやらなくていい
部活もやらなくていいみたいな
そんな感じで
まあでもちょっとそれにちょっと
思春期にちょっと爆発してしまって
もう一切もう親が何と言おうとピアノを触らない
っていうような反抗の仕方をし
それいくつの時?
それが中学2年の時
でもう親は諦め
でまあ高校は普通の公立高校に入っていき
ただもうなんかあまりに高校が合わなくてつまなくて
すごい暗黒期になり
でもう次の希望は大学しかない
大学デビューしてやると思って
でそこから勉強を頑張り始め
で指定校推薦でその時は論文と英語と面接だけで入った
だからその時も論文が結構うまくいった
うまく書けたなってその時は思ってて
でまあ入ったのが大学の経済学部になります
経済学部なんだ
経済学部
そういう印象がない全然
そうもうなんでもよかったの
大学デビューしたかったからなんでもよかった
大学行ければどこでもやるみたいな
ただ大学デビューしようと思ったのに
なんかものすごい田舎の大学になって
それこそトイレもボットンがまだ残ってるようなぐらい田舎で
全くもってデビューしようにもうキラキラとは無縁の
自分の実家よりも何ランクもいなかったというようなところで
ツッカケとジャージでみんな授業出てるみたいな
すごいな
想像とずいぶん違ってたもので
そうそうキラキラデビューもできず
そしてこうした一戦で
ちょっと自分の学力よりも高いところに入ってしまったっていうところがあって
これはちょっと本当に真面目に勉強しないと
本当にまずいなっていうところで
結構真面目に授業に出て真面目にテスト勉強をして
大学3年の時にはもうほぼ全ての単位を取り終わっているような状態
すげえ真面目な大学生じゃん
志賀の大学だったんだけど神戸の実家にもう4回戦の時には戻った
ほぼ大学には行ってなかったと4回戦の時は
俺大学4年生まで英語の授業取ってたけどね
教養をまだやってた
そう全然取れてなかったから
すごいなそれは
就職氷河期とクイズ賞金25万円
ただその実家に帰ってしまったことで
就職に関する情報が全く入ってこなくなり
なんかもうその頃第二次ベビームーブで
多分ね300人に1人ぐらいしか受からないぐらいだったのよ
就職の氷河期でしたよねかなりね
その無理げえな就職活動を真正面からやってしまって
その当時なんか上々企業の会社の図鑑みたいなのがあって
その中に応募のハガキがくっついてたんだよね
だからいろんな会社が写真になってて
そこのハガキを送ることで応募みたいになってて
それをもう多分100が送ったと思うんだけど
まず返事が返ってこない
し行ったらもうものすごい数の人が受けに来てて
まあもちろん受からないっていうことで
もう受けても受けてもダメで
交通費が東京まで進出したから
交通費がすごい加算でしまって
でその当時大学の時にクイズ番組に出て
優勝してゲットした25万円があったのに
それが一気に就職活動の交通費でなくなってしまった
そもそもそれが何なの?
そっちが気になった
クイズ番組優勝したんだ
そもそも出ようと思ったの?
違うのそれは大学の友達が応募したら
関西ローカルのクイズ番組で
番組名がクイズ55Zって言って
ジェンジローと西川のりおが司会をして
女子大生25人が早押しとかで
クイズに答えるみたいなやつだったんだけど
で友達が応募して
友達は行けなくなりました
オーディションに行けなくなりましたってなったから
隣に行ったんだ
隣に行くかと思って
行ったらなんか出ることになり
でその時に私はね
世の中のすごいね厳しい一面を知ることになるんだけれども
その時なんか恋のからさぎとかをやってたと思うんだけど
その時に小林真央とかその綺麗どころが一番前の列に座る
でなんかじゃない人たちがもう後ろの方の席になる
で当然私が出た時も
一列目は女子大のキラキラスたちがいて
で私は橋の後ろ
そうなんだ
でたまたまねクイズ番組の参考書をパラッとめくって
1ページ目だけ見たら
その1ページ目に出てた問題が
船の速度の単位は何でしょうっていうクイズだったんだけど
それがほんとに1問目に出てきて
参考書で見た問題が1問目に出てきて
パーンって押して
ノットって答えて
でそっからあれよあれよという間に優勝してしまって
で番組からすると
あのお前じゃないっていう
番組からするとその前にいるこの綺麗どころを
フューチャーしたいのに
まず後ろの端っこにいるお前が目立つと
そんな視線をひしひしと感じながらも
優勝賞金25万円はまあちゃんといただけた
素晴らしいですねそれはね
これ一人で出たってことだよね
グループじゃなくて一人で出て
一人の知識自分の知識だけで優勝したってことでしょ
ところがねそうではなくて
私が答えたのは1、2問しかなくて
そのクイズのシステムが
ジェンジローのりおvs女子大生で
それでその女子大生チームが勝った
チームで勝った
チームが勝ったってことか
なるほどね
チームで勝ってその後に
女子大生の中で○×クイズが始まる
○×クイズだから確率だけなのよ
2分の1だよね
そうで最後50万円が賞金で
最後2人が勝ち残って25、25ずつもらった
おーなるほどねそういう意味であるか
そうなのだからそんなね全然ね
知識があるとかではないわけ
でも25万円ってすごいな
すごいでしょ
学生の頃の25万円
マガジントップの給料より高いじゃん
本当だよね
鉄球より
なんだっけそれで
そうそうで
その25万円が就職活動で
あっという間になくなっちゃった
消えていっちゃった
でもう何をしたいか
どこに応募していいのかも分かんなくて
手当たり次第に送ってた
そりゃまあ分かんないよなって感じで
私の好きなものってなんだったっけと思ったら
私子供の時からテレビ見るの好きだったなっていう
すごいそれぐらいの軽い気持ちで
テレビ業界ちょっと受けてみようかなと思って
制作プロダクションをそこから絞って受け続けたら
ちょっとずつ先行が上がれるようになってきて
やっと一社内定をもらってそこに行くことになりました
それが大阪のテレビ番組制作のプロダクション
大阪のテレビ制作会社での過酷な経験
でもうちょっとここまででも私も
社会から必要とされてないってことで
もうなんか本当に辛くて
だけどこの入った後からまた地獄の日々が始まるわけですよ
きついだろうね
きつかった
とにかく寝る時間がないって夜通し編集とかもあるけど
なんかやっぱ上司が本当に激しくて
そっち回避
ちょっと天才肌の人とかもいたのかもしれないけど
ちょっと暴力を振るわれるようになり
その暴力を振るわれる中にBB弾で撃たれるっていうのがあって
ひどいなそれ
すごいね
なんか酔っ払った上司がBB弾を撃ってきて
その上司は窓の外の通行人にもBB弾を撃って
警察が来たっていうかと思ったんだけど
それヤバい人ですね
多分今も活躍してる人だとは思う
あーそうだね
ちょっと最終的には殴られて
ちょっともう限界だってなって
もう1年ちょっとで退社をしました
でもなんかその時やってたグルメロケとかは
すごいこれやりたいなって思えるようなものだったりしたので
でもその時に情報系とかグルメ系とか
旅系とかそういうのを何か作りたいなっていう気持ちはあった
テレビから出版・編集へ向かった理由
その後上京してまたテレビの仕事はするんだけれども
そこで行き着いたのが
番組制作ってすごい規模が大きくて
照明さんとかカメラとか音声とか
編集マンとかタレントとミクさんとかもそうなんだけど
この規模でアシスタントディレクターをやってると
段取りの仕事であって何かを作ってるっていうよりは
段取りをする仕事だなって思って
ちょっとその時ディレクターになりたいとかいう気持ちもわかなかった
それでこう思ったのが出版だったら
自分一人で取材いけるし書けるし
この形になるまでのプロセスがすごいコンパクトだし
自分でやった感もすごいあるかなっていうところで
編集に興味を持ち始めて
その時に私もビーングで
マガジンコップの9時に繋がっていく感じですね
ここで出版に行くっていうのがすごいですよね
最初の100社いろいろ送ったじゃないですか
その中で出版関連とかあったんですか?
うーん
そこは一切なかった?
なかったんだ
世の中にどんな解釈があるのかもわからなかったから
企業が載ってる図鑑のハガキをカタパスから送るみたいな
有名どころに送ってたみたいな感じ
何がやりたいかもわからないし
なんかいろいろ端折ってるような感じはするんだけど
なんで上京したのとか聞きたいね
大阪とか関西でもテレビの仕事とか
出版とか編集の仕事もあるだろうとは思うけど
でもまず数が全然違うかな
会社の数が全然違う
経営の数が違うっていうのはある
やっぱり俺とか大塚君とか野口君って関東圏の人間なので
他の地域をよく知らないっていうのはあるよね
暴力振るった
これはちょっと誤解招きそうだけど
関西のノリというか
ビビナンとか面白いだろこれっていうところもあったと思うんだけど
大阪の風土があんまり合わなかったっていうのもあるかもしれない
姉が上京してたっていうところも
お姉さんのやってる仕事とかに影響を受けたりはしないんだ
何をやってるかは知らないけど
姉の影響は子供の頃はすごい受けてて
全部姉の真似をしてきてやってたんだけど
就職に関しては姉が大学院に行ったから私の方が先で
それでもうノウハウがなかったっていうのもあるんだよね
上京したときお姉さんは仕事はしてなかったの?
はしてた
そういうお姉さんがやってる仕事を試せそうだなとかいうのも別にない?
姉はねアパレル系の仕事を多分やってたと思うんだけど
同じ仕事したいなっていう感じではなかったかな
姉の方も相当ブラックだったっていうのもあるけど
僕が出版入ってテレビの方に行こうかなっていう風には
発想としてならないんですよね
テレビと出版の仕事の違い
全然違う業界だからノウハウ全然違うし
そこからテレビから出版に飛んだっていうのが
結構ここどうしてそうなれるんだろうっていうのがちょっと不思議なんですよね
実は私たちの頃のマガジントップの人も2人いるのよ
テレビから出版できてる人が
1人はマイカーさんなんですけど
それぞれの動機はわからないけど
でも結果的には絶対出版の方だったなと思って
テレビはやっぱり
より高いコミュニケーション力が求められるっていうのは絶対言えると思う
それわかりますね
照明さんとか仮面さんとかちょっと気難しい人が多いから
そこを盛り立てつつもってなると
コミュニケーション能力がすごい必要だなとは思った
映画の本とか作ってたときとかちょっと話が変わっちゃうけど
確かに出版の世界とだいぶ違いますよね
映像の世界はね
淡々とできるっていうか結構1人の裁量が大きいっていうか
結構その違いをすごく感じた記憶がありますね
割と自分のペースでできるっていうのもあるしね
同じクリエイティブな何かを物を作るっていうところで
テレビとか出版でそこが
そっから出版に来るっていう流れがあったんですかね
やっぱね、そうだね
そうね
テレビから出版に行く間に実はなんかその
街の演劇みたいなものに参加して
そこでちょっと脚本を書いたっていうのがあって
それもちょっと書く仕事
なんか編集イコール書く仕事ってイメージが結構自分強くて
本全体を作れても書く人だっていうちょっとイメージが強かったから
書く仕事がしたいから出版みたいな
そういう発想だった頃
なんか富屋さんの話だとさ
本というプロダクトを作ることに興味があったみたいなこと言ってたじゃん
なんだっけ、あの本の紐のやつ
あ、スピンね
ああいうところにこうなんか
ああいう形としての本にはなんかあんまり目が行ってなかったかもしれない
じゃあ何に惹かれたんだ
そのさ、その制作の話は分かるんだけど
本が好きとかっていうのもないといかないじゃない?多分仕事として
文章を書くということに興味を持ったんじゃないの
あ、そう、それが一つと
あとテレビやってたときに
そのグルメとかハイキングとか
そういった番組はすごいやりたかったから
そういう情報系をやりたかったっていうのもある
そこは結構まさにマガジントップがやってるところですもんね
旅とかも含めてね
そこはね、みんな結構共通してるよね
多分動機としては
そうか、作ってた番組とかもね
あるかもしれないですね、そこの繋がりとかもね
前さ、あいの回で話したバイクの免許取ったのってのは大阪の方のやつ?
あ、そうそう、それがテレビの編集プロダクションの方ね
なるほど
そう、免許取ったけどお前じゃねえよっていう
お前じゃねえよっていうのがこの上司?
そう、BB団の上司ね
あ、そうだ
なるほどな
マガジントップの働き方と人間関係
でもその話を聞くとなんかもうマガジントップのブラックドなんて
可愛いもんだなって思っちゃったんですけど
そこはどうなんですか?
ねえ、だから私ブラックでもいけるんだなってちょっと思ったんだけど
なんか、でも今やっぱりさなんか割とさルーティーンみたいなところのさ会社でやってるから
結局なんかブラックは向いてなかったんだなって思う
そうか、今のあれを比較すると
そうそうそうそう
なるほど
うーん
でもマガジントップのブラックってなんか勤務時間と給料ぐらいだったりもしない?
うーん
なんか今になって思うとそんなブラックじゃなかったと俺思ってるんだけど
確かに上司がきついわけでもない
なかったよね
人の関係はすごいね、よかったもんね
俺ら野口君と俺よく泊まってたけど別に泊まれこの野郎って言われたことは一度もなくて
ない
まあね
割と自分たちの裁量に任されてた
セルフでブラックやってたってことね
そう
自分で好きで、好きでかどうかはまた違うけど
まあ人から何か強制されてっていうよりはまあ自分でしょうがないのはやるしかないよなっていうのでやってたっていう感じだよね
そうそうそうそう
確かに無理事するような人いなかったもんね
だからその辺のブラックはマガジントップって全然なかったなって今になっては
うーん
思うね
確かに
出版業界の方がもうね絶対的にこう穏やかな人たちだった気はする
なるほどね
入社直後の思い出と居眠り
水嶋さんが入ったのって
マガジントップに入ったのって
俺と富江君が来る
どれくらい前の話なの?
ぐらいかなぁ
なんかね
そんな大して長くいなかったんだよね
半年とかかもしれないね
私が入社して
1年から数ヶ月ぐらいですよね
僕が多分入った時にすでにいなかったぐらいだから
1年ちょい前ぐらい、2年ぐらいいらっしゃったんですか?
2年弱かな
だからそうするとちょっと1年ちょっと前ぐらいとかなのかなちょっと定かでないですけど
うーん
そうか
俺と大塚君が10月に入社してるので
もしかしたら同じ年の初めぐらいとかに
あーそうかもそんな気がする
なんかあれだよねその現役の時にも会ったけど
その辞めてフリーランスでまたデイリーするようになってからも会ってるから
うん
ちょっとそこはねなんかちょっと記憶がごちゃごちゃになってる
うん
野口君はもうフリーでデイリーするようになってからの初めましてなんだけど
そうですよね
うん
そうだね
なんかちょっとなんか話ずれるかもしれないけど
マガジントップにいた時って俺水島さんとそんな喋ってなかったんじゃないかなって思ってて
そうなんだよね
だよねあんま絡んでないよね仕事でね
そう
だからその第一次マガジントップ期と
あとフリーランスの前の時はそんなに喋ってないけど
フリーでデイリーするようになって喋るようになったんじゃないかなと思って
そうじゃないとねその後の付き合いにはつながらないんだもんね
なるほど
そうだね
なんか俺とにかくマガジントップいた時はもう
なんかね富江大塚野口の3人でなんかよく
なんか喋ってたことしか覚えてなくて
うん
水島さんは全然喋ってない全然とは言わないけどそんな喋ってなかったなっていう
でも俺一番最初の机は水島さんの向かいだったよね
隣隣
隣だったよね
そうだから大塚くんの方が
その現役の時は話してた方が多かったかもしれない
そうなんだそう
でさ俺と富江くんが会ってさ
その会社入って3日間ってさなんかむちゃむちゃ緊張してるじゃない
うん
もうなんか不安しかないじゃない社会人社会人3日ってさ
うん
でしょ
でさ入ったらさその女性編集長がさ会社の備品紹介してくれてさ
ロッカーのここに寝袋が入ってますとかわけのわかんないこと言っててさ
不安だらけなわけ
その後さあの経理の斉藤さんがさ名刺の渡し方のレクチャーとかさ
うん
してくれてさ2人でさ聞いたんだよ覚えてる?
ちょっとそこまで詳しくは覚えてないな
そんなレクチャーは受けた記憶がないな
俺結構トイレが近いんだけどもそんな3日間なんかトイレ行くのもはばかられるような感じでさ
トイレ行くの控えててさ
そこまで
でさあのマガジントップってさ結構あそこにニシビが差し込んだの覚えてない?
結構ニシビが入るのよ
でさ
あのロフティの方ね
そうそうそうそう
16時くらいになると結構ニシビが入ってくるの
うん
でもうこの不安しかないさこの状況の中ニシビが差し込んできてパッと俺顔上げたらさ
うん
水嶋先輩がさ追い眠りされていて
やめてー
こっちこっちになってこっちこっちに座って仕事してるのにパッと顔を上げたら
ニシビがさしてこうぼしかったでしょ
そうそうなんか後行がさすかのようになんか水嶋先輩がなんか揺れていらっしゃって
寝不足だったのよもう
いや眠たくなるよそれは今から考えたらあれだけ働いてるんだから
うん
そりゃあね
いい眠りくらいするんだけどその社会人社会人になってすぐの不安しかない
確かに
俺にとってあの追い眠りはあの勇気を与えてくれたよ
そっかー転職3日目じゃない新職とかねそうだよね
社会人3日目だからちょっと良くなかったね教育上ね
あれはねすごかったよ俺記憶に残ってる
不名誉な記憶だわ
いやいや勇気を与えてくれた
ありがとうそれは
今まで編集を続けていられるのは
追い眠りがあったから
追い眠りがあったからです
今日は帰れない気がするではご感想などのお便りを受け付けております
概要欄に記載のフォームから感想などをお寄せください
ということでまた冬曜日にお会いしましょう
お疲れ様でした
お疲れ様でした
35:41

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