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#185 彩の国100マイルの思い出 2023年、シンバが3度棄権を決めた日
2026-05-15 54:59

#185 彩の国100マイルの思い出 2023年、シンバが3度棄権を決めた日

まいどシンバです。
今回の放送は、関西で仕事を終えた野良トレランナーが、埼玉へ向かう車中で、ひとり過去の地獄を掘り返す回です。
向かう先は、彩の国。
100マイルと100キロの猛者たちが、埼玉の里山をぐるぐる回される、あの大会です。
※クソ音声ですみません笑!

彩の国100は、最高標高だけを見たらまあ、大したことないんです。
ただ彩の国の真の怖さは、その里山を登って、下って、また登って、また下って…
大盛わんこそば延々おかわり強制コースなのです…!

今回は、そんな彩の国に初めて挑んだ2023年の一人語り回。
Northを予定より1時間早く通過して、あれ、いけんちゃう?と勘違いした男が、ちゃんとしばかれた話です。
胃が終わり、脚が終わり、頭も(もともと終わってるけどさらに)終わり、山中の切り株に座り込む。
矢吹丈のように真っ白に燃え尽きて、ヘッドライトを消したら、そこには暗闇と絶望だけ。
暴飲暴食にも耐えてきた自慢の胃は、何も語らず、ただ静かに佇む。
「もうやめよ」心に誓った瞬間です。
ただし、ここからが彩の国100マイル。
やめるために進む。
進むために胃を揉む。
胃を揉んだら、少し立てるようになる。
豆乳スープを飲んだら、少し走れるように。
飴ちゃんを舐めたら、脳みそが少し動く。
ホットコーラを飲み、温フラスクをオンストマックし、もう何の競技か分からん状態で、前へ進みました。
人は追い込まれると知恵が出るのか。それともただ変なことを始めるだけなのか。
その両方な1日でしたね。
そして何より、このレースで私を救ってくれたのは、根性だけではありませんでした。
竹寺手前でフラフラの私に声をかけてくれて、パック走をしてくれた野口さん(今年MF100、8位でしたね!)
わざわざ止まってくれて飴ちゃん「金のミルク」をくれた澤田さん(今年の彩の国では100kダントツ優勝でした)
エイドで根拠不明ながら「何も食べなくてもあと50キロ行けるよ」「大丈夫!」と励ましをくれた藤井さん。
「続けたら苦しいのは今だけだけど、やめたらずっと苦しいよ」と金言をくれた内山さん(この年はその後優勝!)。
2度目の竹寺で胃を再生してくださったボラの方々。

3回やめると決めて、3回撤回しました。
苦しいのは、続けているあいだだけ。でも、やめた苦しさは、そのあとも残る。
そんな言葉に背中を押されて、気づけばゴール。
32時間49分42秒。
目標には届いたけど、身体は、完全に終わりました。
ゴール後は低体温とハンガーノックで震えまくり、OS-1が一番うまい飲み物に感じる始末。
でも、この日の完走がなかったら、今の私はいなかったと思います。
強かったから、諦めが悪かったから、いや、
いろんな人に助けられて、何度も立たせてもらったから、辿り着いた100マイルでした。

彩の国は、日本一過酷な100マイルかもしれません。
でも同時に、日本一温かさが染みる100マイルかもしれません。
胃は壊れ、脚は壊れ、メンタルは三度折れ、それでも山の中には光がありました。
ヘッドライトの光に混じって、人の励ましとか、エイドの湯気とか、飴ちゃんの甘さとか。
トレランって難しいけど、ほんまにおもろいと身に染みた経験でした。

2023年、彩の国100マイル。
やめるために進んだ男が、なぜかゴールしてしまった話。
よかったら、ゆるっと聞いてください。

#彩の国100マイル
#彩の国100
#トレラン
#トレイルランニング
#金のミルク
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00:05
毎度、シンバです。この放送は、シャモに憧れる 野良トレランナーのシンバが、トレランのおもろさについて喋ってくる番組です。
放送を聞いて、トレランおもろいやんけと 思っていただけるように、今、張り切っていますよ。
今はですね、奈良を終えて、木津川のあたりにいまして 仕事を終えまして、今一路ある場所へ向かってます。
明日ね、5月16日からは 埼玉県は大瀬町の方で開催されます。
彩の国ですね。100マイル&100キロかな。 逆かも、100キロ&100マイルかな。
というトレニックワールドさんの イベントがあるんですよね。
それに向けて、6時間、7時間ぐらいかけていくんで、 今が夜の7時半ぐらいなので、
大体2時ぐらいまでのんびり行くので、 6時間もあればちょっと暇なんで、また収録しましょうということで、
安全運転に最大限配慮をしながら 収録させていただいてございます。
いやー、前ね、富士のサポート行った時も こんな感じで道中ね、その時はやっぱり富士の振り返りというか、
昔の記憶をたどりながら 喋っとったというか、あったんですけれども。
今回も同じような感じで、 彩の国ですよね。
昔の経緯といいますか、出場した回がね、 2023年初めて彩の国に行きまして、そこから2024年も
駅伝か、駅伝出て、 2025年はポッドキャストでも撮りましたけれども、
アミター、順一選手、アミちゃんのペーサーということで、 そういうことをやって、結構ね、彩の国は縁があるんですよね。
そういうことを、ちょっと振り返っていこうかなと、 ということで、
まずは1個目は本人、私、シンバがですね、 2023年に初めて彩の国100マイルを
挑戦して、どうなったかという話をしたいと思います。
今ね、フェイスブックを一通りね、ざっと目通したんですけど、
いやー、2000文字ぐらいあるらしいですね。 ちゃんと、もっとあるかな、すごい9000文字か、9000文字だって。
03:04
すげー長いね、なんかもう1本なんか小論文読んだぐらいのレベルのものがあって。
それだけやっぱり強い思いというか、嬉しかったんでしょうね。
でも1文目はこんな見出しで始まってますよ。 書き出しで始まってますよ。
人生で初めて危険を決めた。 115キロ地点でとうとう胃がぶっ壊れた。何も受け付けず力が入らない。
かの暴飲暴食にも耐える胃が、今は静かに佇んでいる。
ネノゴンゲンからの下りで痛めた。 右足ふくらはぎも限界だ。
山の中山中で霧株に倒れ込み、ヘッドライトを消す。 暗闇の中で絶望し危険を決めた。
戻ってやめるか、進んでやめるか。 やめるためにただ進んだ。
と思わず事前をしてためたくなる国内最難関レース100マイル、 西の国100マイルのチャレンジしてきましたよというような始まり方でしたね。面白いですね。
ということで今回は、西の国の3選挙を少し振り返っていこうかなと思っています。
久しぶりの一人の回ということで、 時間があれば私の西の国記を聞いてください。
西の国のね、皆さんがポッドキャストを聞いている方は、みんなトレランのことをよくご存知だから、
今更言うことはないかもしれないんですけど、 遠く武蔵市になろうかな、埼玉県のね、
埼玉県の中だと、かなり西側かな、
大越町とか、時川町とか、半野市、 あそこら辺がね、結構ね、里山が広がってまして、
三角三丘陵地帯をですね、台にしていまして、 標高で900メーターぐらいがマックスの低山なので、
結構ハイキングにはよく行って、 年間通して、雪もあまりつかないので楽しめるんですけど、
西の国100マイルのコースは、それをね、 ひたすらに登って下って、通って下ってっていうようなコースで、
だいたい163キロとか4キロ、 ベル遺跡も1万1000ぐらいあるかな、
1万から1万1000ぐらいっていうことで、 普通100マイルの中でもかなりハードなレイアウトですよね。
で、それは3ループ、だいたい3分割されてて、 1周54キロ、55キロぐらいの3500ぐらいかな、
06:06
人によってはね、3800ぐらいあります、 みたいなことも出ましたからね。
北側から回りまして、ノース、 南側、サウス1、同じような川道で、
ちょっとだけ一部コースだけ違う、 サウス2というか、3ループをするという感じです。
このね、ギザギザトレイルがね、 走ろうと思うと結構きつくで、
登りというよりもね、登りもかなりきついですけど、 下りですよね、下りがやっぱり足を削っていくっていう感じ。
で、その削った足を、後ろの方にね、 ゆっくりゆっくり走って残しておくってしてるとですね、
なんと、2ループで22時間半ぐらいの 制限時間があって、
その3ループも35時間以内にゴールする必要があるという、 ちょっときついコースなんですよね。
行けるところは、もう、なんていうかな、 サボらずに走らないと間に合わない。
でも、攻めすぎたら逆に潰れちゃうということで、 かなり攻略性があるコースですよね。
でですね、こんなレイアウトだからか、 やっぱりだいたいこう、完走率がすごく低くて。
20パーから、高くても37パーとかそれぐらいかな。 僕が完走したときは37パーぐらい。
その前の、その次の都市も35ぐらいあったかな。 ちょっとずつ対策打たれて、レベルが上がってきてるんですけど。
かなり足に自信がある方じゃないと、 完走できないっていう。
100マイル、普通に完走するだけでもきついのに、 西の国の100マイルは、さらに輪をかけてきついというような感じなんですよね。
という、まあ難しいんで。 この前、私、西の比叡山マイルとして走ってきたけど。
東のマイルといえばこのサイドに言われていたぐらい、 きつかったという感じですね。
ちなみに第一回は、完走率誰もいなかったのでゼロパーということで。
まあそんなきついレースなんでね。 やっぱりこう、挑戦者が絶えずいらっしゃって。
そういうのがね、お人気の理由で。 最近はね、ほんまにクリック合戦もすごい大会でございます。
でもね、それだけ聞いたら、 完走できないでしょって思うけど。
結構ね、大会の運営がアトリリックワールドさん自体は、 すごく完走させたいっぽい感じがするんですよね。
09:04
特にボランティアの方はね。 みどろさんはわかんないけど、大田さんね。
まずね、エイドの数は充実してて、大体10キロぐらい。 長くても14、15キロかな。
かなりね、中身も充実してて、飲み物もね。 水とか麦茶とかスポーツドリンクだけじゃなくて、
炭酸飲料とかね。乳酸菌飲料とかね。 あと、甘酒とかね。そういうのがあります。
あと、あったかいスープとかがやっぱり。 味噌汁とかが。とん汁とかね。そういうのがやっぱりいいかなと。
で、あと補給食も、うどんですよね。 しかも肉入り、肉うどんとか。
そういうおにぎりとかね。日本食系もあるし。 中にはね、なんかおしゃれなサンドイッチとかですかね。
フルーツサンドとか、なんかそんなのがあるんですよ。 なんていうんでしたっけあれ。
ホットドッグみたいになってるパンのやつあるじゃないですか。 あの中にね、こういう肉が入ってたりとか。
あとはね、フルーツポンチとかですね。 普通のスイーツもあるし。
普通のスイーツもあるし、団子とか。 あと梅干しとか、そういうのもありますよね。
多分ね、国内のレース、いろいろ出てますけど。
トリニクワールドさんのエイドは比較的というか、 かなりトップクラスに手厚いと思います。
ランナーが欲しいみたいなのをよくわかってるなという感じですね。
マーキングも結構丁寧で、ロストほとんどしないです。
むんちゃうかなと。 逆にできたらすごいというか。
ごめんなさい、そうしたことある人ごめん。 そんな感じがしますね。
めちゃ分かりやすかった気がしますね。
そんな日本一過酷な100マイル。 ドラは日本一優しい100マイルと言ってもいいんじゃないかなと。
初めて行ったとき、私は純層と言って。
今と違って、今は逆層なんですよね。 2025年、2026年と連続で逆層なんですけど。
2023年のときは純層でしたね。
僕はノースを9時間で行って、エイド20分。 それからノースを11時間10分で行って、エイド20分。
サウスを12時間10分で行って、 合計33時間行くのはどうかなということでやりました。
結果はですね。
12:02
ノースでボコボコに潰れて、 すごいひどい目に遭うんですけど、それはもう少し後で。
3月まで僕はいつも労働に入るので、 4月、5月、3月の中旬ぐらいから本格的労働シーズン。
丸々2ヶ月ぐらいしかないという感じでした。
当時はね、今の量を見たら少ないなと思うんですけど、 当時は結構そんなにボリューム詰める体じゃなかった。
週、月300キロ行ったら多いかなみたいな。 累積も1万行ったらねみたいな感じだったんで。
大体ですね、それぐらいかなの練習をして、 でも週平均で80キロの3800キロ登ってるらしいですよ。
あの時はリュータ連にいたので、リュータ君がね、 西山さん、距離はたまに嘘をつくけど、獲得標高は嘘つきませんよということで。
それを合言葉にね、じゃあもう登って降りて 登って降りてをしたっていうのが思い出ですよね。
あとは1回に10時間以上の練習っていうのをやろうってことで、 それが結構効いたかなと思いますね。
例えば、ハイキング行って、その後山の自分のトレーラーもやってとかね。
ということでしたね。
あと思想ですか。思想もNorthとSouth1、South2、 それぞれ大体2回ずつかな。
South2は2回やった。で、South1は1回だけって感じ。 だから5回やったかなっていうような感じでした。
で、あと1週間前はピーキングをするっていうことで、 結構早寝早起きして、カフェイン抜きアルコール抜きをやりましたっていうことだけど。
ここに示されてたのが、全然西野君に対してモチベーションが上がらなかった。
なんか食べ過ぎちゃったりとか。
その時単身不倫をしてて仕事もいまいちで、 ストレスがすごかった思い出がありますよね。
やっぱり一人でね、ちょっとしんどいですよね。
今は家族の二重があって、お食事も作っていただいて。
それも全部なくて、自分でやらなかったし、 仕事も自分になかなか合うものでもなかったしっていうことで、
15:05
海見に行ったりとかしてましたね。
やばかったですね、精神上ね。
ということで進みました。
で、あとはですね、ギアか。
ギアは結構今と変わらんかな。
オレロとか。
オレロは多分、テングとかレッグカバーとかして。
シューズはずっと使ってたニューバランスのヒエロセーブンですよね。
8500円くらいの安いやつだったんですけど。
めちゃくちゃいいシューズでしたよね。
普通の格好で行ってましたね。
シャツはどうやったかな。ちょっと覚えてないね。
前日は10時くらいに寝て、朝早く起きて。
千葉から会場にだいたい5時半、3時間半くらいかな。
3時間半くらいかけて行って。
3時間半で行けたんや。2分の1か。早いね。
奈良からやったら7時間ですからね。
当時ね、ポッドキャストも何もやってなかった。
ようね、早いって言ってましたよ。
今でこそすごい適当だったけど、
昔はかなり丁寧に事前準備をしてました。
足の裏がちょうど、何かでベロンって剥がれてた。
半週間前くらいから2週間前に出た上田スカイの下りで
足の裏全部めくれたんですよ。
そこが危ないってことで、そこに直接皮膚の代わりに
テーピングをして、足の裏にね。
とか、そこをプロジェクトJ1とか保護したりとか。
必計品チェックしたりとか、ヘッドライトどうやら見たりとかして。
お給食どうやねんみたいな感じのことをやりましたね。
最初ね、スジ出たときとかも結構ね、持ってました。
昔は20キロぐらいのところもある程度かなね。
けど、他人の国はいらないよって言われて、
かなり減らした気がしますね。
それでも余ったかなっていう感じでした。
という準備を経まして、いよいよ朝7時にスタートでしたね。
18:01
ということでした。
でもね、2020年ぐらいからトレランやり始めて、
もう3年ぐらいかな。
やってたので、結構友達とかが出てて。
井野さんとかね、応援してくれたりとかしたんですよ。
あとは数々、ペヤングとかと話したりとかして。
そういうのをやると結構面白かったなと思ってましたね。
はい。
ということで、
僕はですね、結構緊張感がなくて、
正常心で生きたなっていう感じです。
逆にだから緊張しなさすぎて、
ガーミンのスマホのスマートウォッチのスタートを
残し忘れたらいいみたいな感じのことを書いてるんで、
そうでしょうね。
かなり緩くスタートした。
当時は大体、
30度は超えなかったのかな。
大体日中も25度までかな。
土曜日が17度から22度で、
日曜日も17度から25度ってことなんですよ。
乾燥するにはすごく良かったんですが、
今年、明日なんて28度まで上がって、
日曜日は31度まで上がるらしいですよ。
本当に頑張りましょうね、選手の皆さん。
というわけで、100マイルはね、
ヤシマシンさんとか小原さんが出てて、
あとは西方さんとかね。
僕の友達というか、
相棒と言ってもいいかな、荒川さん。
それから沢田さん、沢田育子さんとか、
内山さんとかそういう有力選手がいっぱいいて、
彼女、彼らと一緒に走るのがすごい楽しかったんですよね。
あとはですね、本当にいろんな友達が走ってまして、
友達とか知り合いとか先輩ですよね。
中野さんと夫婦、あとはプロポリー、
プレイヘアーのイケメン、秀木さん。
それから下平、劉兵さんね。
劉兵さんとか、鎌倉さんですよね。
あと、うすいのてっちゃんとか、野部さんとか。
あとは、静岡で一緒になったレーンさんとか横井さん。
21:02
そういうね、本当にたくさんの知り合いが出場されてて、
それはそれで楽しみでしたね。
ノース、ノースの結果いきましょうか。
当時は55キロの3300キロということです。
だいたい走れるというか、
スピード大きすぎちゃうっていう感じのコースですよね。
当日は結構ね、のんびりスタートしたっていうのもあって、
投手としたつもりは全くないんだけど、
ちょっと飛ばしてたんかな、いつの間にか結構ね、
前のほうにいて、
ノースの後半で、多分当時は駅伝かな、駅伝に出てた堀さんがいて、
堀さん、スイスイをタカオレンの方に抜かれるんですが、
その時もね、ちょっと一緒について行ったりとかして、
アリシャマ君ってお前らはね、絶対何かあるから、
ここは抑えたほうがいいよってアドバイスをもらったよね。
その時は大丈夫かなと思ったんですけど、
もうすぐありましたね。
いやー、あの時にもっと早めに、もっと抑えてもよかったのにね。
補給自体は1時間に1ゼルっていう一般的な考え方。
たまにBCAでよっていう感じ。
で、僕の場合はその2時間に1回、今回新しくカフェインの錠剤をやってたんですよね。
毎回なんか気持ち悪くなってしまって、
もう酸素調補ぐらい飲んでもやめましたね。
で、ここで9時間で入りたいというところが、7時間48分ということで8時間切っちゃったですね。
全体の22番ということで、ああやっちゃいましたね。
いやー、1時間の貯金で嬉しいとか言いながら、
そうそうそう、言いながらもやばいなって。
で、この時はめぐみさんがコートしてくれあって、
ありましたね。ありがとうございました。
で、サウス1ね。
僕の時計で54キロ…違うな、オフィシャルか、3300ぐらい。
ここもトントンといってたんですよね。
かつだき観音とか、キノカのほうね。
なんかちょっと胃がきついなみたいなのが始まりましたね。
まあちょっと食べれんことないかなっていうのもあったんですけど、
なんか気持ち悪いと思いながらキノカでチーズパンを無理矢理入れたんですよ。
そうなら、まあだいたいね、転覚ぐらいで夜になってきて、ヘッドライトつけて、
まあ、よっしゃよっしゃ、夜やって思ってたのに、なんかだんだん気持ちが悪くなってきて。
24:04
特にジェルとかが入らなくなってしまって、足もきつくなって。
転覚…天井山か、天王山ね。天王山の登りだから竹寺のちょっと手前ぐらいで、
飯も食えへんから、ハンガーノックになっちゃいましてですね。
早いでしょ、まだ半分ですよ。
で、途中で野口さんっていう方が声かけてくれたんだけどね。
野口さんはもう30時間切りをできたすごい方で。
最初野口さんにちょっとエスコートしてもらって、
なんとかね、方々の手で竹寺寺エイドについて、竹寺寺でぶっ倒れた。
で、その時に竜太くんが入ってて、この時竜太くん100キロで優勝したんですよ。
でもなんか、その時に西山さん全くまともな配合できませんよってめっちゃ言われた思いがありますね。
というわけで、かなりきつい状態だった竹寺でして、まだ半分、ほんまに半分ぐらい。
80キロで1回ですね、寝たわけですよ。
で、そうすることでちょっとね、復活をしまして。
甘酒とか豚汁とかを入れまして。
で、ちょっといけそうかなと思って、リスタート頑張ったんですよ。
そしたら、根の根源まではトントンといけたのに、その下りでですね、右足のふくらはぎがね、
たぶん膝の裏とかそこら辺かな。
ふくらはぎのちょうど上のぐらいを痛めてしまいましてですね。
高山不動の下りとか結構長いじゃないですか、そこねきついし。
でもかなりつらいところで、目標11時間10分に対して、11時間8分と34位、そこで12番ぐらい落としてしまう。
一応は1時間の貯金は支出できたんだけど、
ここまでカレーとか食べたかったけど、食べる勇気もなく、
めぐみさんに心配されながら出発したかな。
で、タウス2ですよ。
タウス1でもぶっ倒れたんだけど、一旦復活したんですね。
ただ、足を怪我しながらもずっと逃げて、このタウス2がマジできつかったですね。
1回目は始まってすぐにですね、もう胃がダメになって。
27:00
かつだぎ感の2分までのところで、もう1分も動けないぐらいきつくなっちゃって。
この具合になったら入院するんじゃよかったぐらい。
危険しようと、やめようと、心に強く決めて。
霧株座って、またかこんなところで終わるとはって言っても絶望してたんですよね。
そこでね、ちょっとね、ふとね、2022年に搬送したCNS語学のマエルのひと幕を出したわけですよ。
あれはね、トカクシエイドに向かうまでの後半、まあ115キロぐらい地点で、
体全体がね、もう疲労物質が満員して10万してしまって、それで動けないと。
そんで100キロの選手とかも来てて、数え切れへんほどの、人生で一番抜かれたんちゃうかっていうぐらい抜かれたんですよね。
で、もうネガティブ思考で自暴自棄になってたときに、ふとね、冷静になった瞬間があったんですよ。
いや、お前さ、自分のことね、お前さ、体悪い、体悪いって言ってるだけで、
それを打開するために何かやったかと。あんま試してないじゃん。
ということで、そのときはダメ元で、リンパが溜まりやすいとこあるじゃないですか。
首元とかね。そういうところをね、むちゃくちゃゴリゴリマッサージしたんですよね。
そうなら、ちょっと回復して動けるようになったんです。
そういう失敗があって、やっぱり何もやらずに終わるのは嫌やっていう心境に、
ちょっと遅れてなったんですよね。絶望を一回した後に、冷静というほどじゃないんだけど、
ふとね、いやいや、待てよと。ほんまにダメになったんかということを思い返しまして、
一回危険する前にダメ元で、ダメ元やから。無駄目だったらダメでいいと。やってみようということで、
もう一回ね、自問自答繰り返して。今回は胃がダメなんで、胃をね、
二度落ちに手を突っ込んで指をグーッと中まで入れて、胃を直接ですね、セルフマッサージした。
痛いんですよ、めっちゃ。直接ね、掴むんで。
で、あと手のひらの痛いところを押し込んで、ゴシゴシゴシゴシみたいな。
もうそんな感じのことで、無理やりを元気づけるというか、物理的に動かすみたいなことをやっていったのがですね、
30:03
なんとちょっとだけマシになった気がして、もうちょっと続けてみようってやってると、なんと立てたんですよね。
で、とりあえずかつらぎ観音のエイドでやめるっていうとしても、先進んでやめようということでいったら、
ちょっとずつ歩けるから走れるようになってきて、これ自力で回復できたんやってなって、
ちょっと前向きになった。
だからかつらぎのエイドでも同じように何でも試してやってみようということで、
ちょっとDNFをやめる前に投入スープ飲んでみたんですよ。
そうなるとね、気が温まって、不調が良くなって、なんかいけるみたいな感じになった。
で、結局危険やめて、危険を撤回して、4回投入スープ飲んで、きのかに向けてリスタート。
ただ、次のきのかへの道のりを作って、やっぱりダメだったって言って検証と思った。
何て言うのも、どうしてもエネルギーが足りひんから、漫画ノックになっちゃった。
意識がおぼろになって、ふらふらになって、ほんまに動けへんみたいな感じになってきた。
だから、嫌やけど食べたら気持ち悪くなるの分かってたけど、粉飴ジェルってあるじゃないですか。
あれを握れてみたら、わー、ダメでしたね。
一気に気持ち悪くなって、さっきの気持ち悪さよりもさらに気持ち悪くなって。
ほんで、もちろんエネルギーも取れてないから、もう一歩も動かねへんみたいな。
もう、これ次こそは検証と思って。
そのときはちょうど林道だったんですけど、林道のしゃべるところに倒れてですね。
寝てたら、「あ、北野さん!」みたいな感じで声をかけられたんですね。
それが、当時女子トップだった沢田玲京さん。
沢田さん、わざわざトップやったのに立ち止まってもらって、
大丈夫かなーって、「大丈夫ですかー?」って言って、「もういいです。大丈夫です。」って言って。
ちょっと言いやられたんですわ。すいませんって。
しゃべってから、急にちょっとずつ異論が少し増しになってた。
いけるかなーと思ってきて。
沢田さん、さっき言ったんですけど、また一回戻ってきてもらって。
私が無事でやられたときもめっちゃもらったんですよ。
これなら良いが悪くても、ちょっとずつエネルギーになるから、
33:03
これあげます。これに呼吸がありますからいいですよ。みたいな感じで。
めっちゃにこもらって。金のミルクですよね、確かね。
そんな話をしていると、どんどん良くなってきて、何と立ち上がることもできたんです。
大丈夫ですよ。すいませんって帰っていると、やっぱり人としゃべるとか、
そもそも病は気からっていうのが分かりますよね。
ちょっと休憩もあったから、今休憩終わったところなんで、一緒に行っていいですかって言って。
いいですよ。私も一人だとサボっちゃうから、みたいな感じで爽やかにOKしてもらって。
先を走る田畑さんに使ってもらうという感じでした。
そしたらリズムが出てきて、ちょっとの間だけど復活することができたんですね。
ということで、何とか2回目の引きを出して、本当にあの時は田畑さんに助けられました。ありがとうございました。
田畑さんにも一回ポッドキャスト来てほしいな。
ちょっとどっかのタイミングでやってもらいたいなと。
でも、言わねえ直らなかったんで、しばらくパックをさせてもらったんですけど、やっぱりついていけなくなって。
で、田畑さんがいなくなって、湯当てでもう一回倒れたんです。
もう本当に気分悪くて力が出なくて、ああもうダメだ。今回はダメだ。
もうやっぱりキノカでやめようということで。
いやーもう人生3度目。3度目の正直ってことで。
下りたくて良かったんですよね。だから湯当てからはね。
で、かなりね、もう徘徊ゾンビになりながらキノカにたどり着いたわけ。
そんで、ふなしのスチューとかでね、胃は温めて。胃のムカつきは良くなったけど、
もうやっぱりね、そこからきついの知ってるんで。ね、田畑さん。
ね、行きたくないでしょ。
いやーもう気力が分かんなかった。
そんなら、本当にきつい。
のぼっどとかね、八幡坂の梨田とか、ほんまに山岳地帯で一番きついとこなんですよ。
で、今は例えば行けても、しばらく行ったらまた同じく肝が濃くなって、
もうこのままやったら山を越えられへんやろうと思っとったんですよね。
そんならね、高松でもぐるぐるクラブのね、
重鎮というか、スタートメンバーでやる藤井さん、あやくさんって方がいて、
36:03
藤井さんがタッフやってますよね。ボラーやってた。
で、「いけるよ、大丈夫?」って言ってくれたんですけどね。
藤井さんの胃が。
そう言ったら、「大丈夫!」って、もうすごいキラキラした目で言うわけです。
いやいや、そうね、言われてもね、もう何も食べられ…
いや、大丈夫!ここまで来たらね、もうあと50キロでしょ?
何も食べなくてもゴールできるわよ。
大丈夫、大丈夫!みたいな感じで。
えっ、なんか何言ってんはんの、この人は?みたいな。
いや、食べなくてゴールできるわけないじゃん。
これね、言ってると。
いやもうね、僕ね、胃だけじゃなくてもダメかな。耳も悪くなったかなと思ったら。
いやそうじゃん。
私ね、食べなくてもね、35キロぐらい行ったことあるから大丈夫よ。
うん。
いや、これステージでいいかなと思ってたら。
そしたらね、その時女子2位で優勝された内山さんが帰ってきて。
で、内山さんがね、なんかこう、富士山と喋って。
で、富士山も内山さんにね、内山さん言ってましたよね。
いや、本当に苦しいのはね、やっぱり続けるよ、やめちゃうことでって言ってましたよね。
内山さんは、そうそう、続けばね、苦しいのは、まあ続けたら苦しいよと。
続けても苦しいのはその時だけで、やめちゃうとずっと苦しいよ。
まだ時間に余裕あるからもったいない。もう歩いてても完遂いけるよ。
えー、みたいな。もう食べなくてもゴールできる。苦しいのは今だけや。
歩いててもゴールできる。
いやー、富士山の言うこととね、内山さんの説得力みたいなのが相まって。
2度あるもとは3度ってことで、3度目の危険撤回ということで行きましたね。
大丈夫と言ってくれてるんだから、その人を信じようというような形で。
えー、本当に何も食べられなかったんですけど、もう行こうというのでスタートしましたね。
なんか不思議な感じ、魔法をかけられた感じでしたね。
ほんまに多分何も食べなくても生きる体にその時にプッと振り返られたみたいな。
ここからはね、すごかった。やっぱりその演じるっていうのはすごいなと思った。
で、一番難しいところ、転核さん。
確かにもうエネルギーがないからフラフラしながら行ったけど、
なんか、いやいや、そういえば沢田さんから飴ちゃんもらったなと思って。
で、それを無視に舐めてたら、なんとね、ちょっとね、隠したんですよ。
何が復活したかって足とかじゃなくて、考える力、思考力が復活したんですよね。
39:03
だから多分一番最初にね、武道とかそういう担当があって、で、それが一気に脳にいったんでしょうね。
だからその時になんていうか、思考力が戻ったんで。
じゃあちょっとパワーワークでね、ゆっくり登っていこうみたいな戦略じゃないけど、
登り方をちょっと省エリにするとか、そういうところがまず分かるようになって。
その次に、やっぱその死亡燃焼っていうか、エネルギー自体もなんかちょっと戻った気がして。
飴ちゃんのエネルギーというよりは、多分飴ちゃんの糖で着火剤みたいな、死亡燃焼ができたんじゃないかなと。
で、そのちょっとの糖分で多く進めるっていうことが分かったんですよね、その時ね。
でもそれでもやっぱりこのね、一番きつい俯瞰なので、登りも下りも急勾配でね。
右足のフクラギが本当に痛くて、それをカバって下るんで、全体的に死んでた。
あの時はね、なんかね、2ステップで、だからもう右足をちょっと出しても左手タタンタタンタタンっていう、
左上ばっかり光って降りるみたいな感じですけど、でもね、何よりもこの俯瞰はやめなくても大丈夫。
それを信じて、それが良かったなと。ほんまに魔法のような力だったなと。
まあでもその竹寺につくっていうか、やっと辿り着いた時には、本当に体だけじゃなくて、精神もほんまに限界を迎えてまして。
竹寺でね、アミちゃんの勝利の女神と言われてる千田さんがいたので、そこでご医者させていただいて。
あとその前の年かな、2022年にサイラーになった、何ていう名前の方かちょっと覚えてないですけど、女性の方とめちゃくちゃ、
多分ね、お医者様かな、メガネの男性がいて、本当にもう胃がダメで全然食べれないですって言ったら、
ホットコーラ、あったかいコーラで糖分と胃を温めるような感じで。
とん汁の汁だけとか、あとサイフですね。そういうのを入れて、なるべく胃を飲んで温めるってことで。
それでもまだ胃が切って、どうしろって言ったら、ソフトブラスクにお湯を入れて、
セックスの斜めになってるとこあるじゃないですか。あそこにスポッて入れて、胃を直接温めるという。
42:12
ザックの前の止め具に挟めるじゃないですか。直接お湯を温める方法ということで、
あたたかいブラスクということで、オンストマック、オンフラスク、それを胃にオンするということで、
オンストマックということで、オンフラスク、オンストマックっていって、
遊んでて、酔わせたりを直接やったっていうことが、結構ね、後々効いた気がします。
周りから見たら、何やってんだあいつってなるんですけど、胃はすごくそれで温めて心地よかった。
大丈夫、それで温めていけるよ、みたいな。竹寺でも大丈夫の魔法をもらって、
すごいポジティブに竹寺に行った気がします。
ここまで来たら、上りはラストボスは高山不動村ですね。高山不動行きます。
ここも、なんていうか、周りがきついんですけど、きつい中から復活した人が何人かいたんですよ。僕みたいに。
そういう人と一緒に行ってたら、仲間意識が芽生えて、行きましょう、平らになりましょう、みたいな。
すごい前向きになったのを覚えてますね。
だいたいそのときに初めて時間を見たわけですよ。
そしたら、目標が33時間きりだったんで、残り25キロで27時間やったんで、6時間か。行けんじゃうかということで、
タイムを見ることなんて全く思ってなかったんです。
感想どころか、やめるやめるばって考えてたんですけど、いい人とちょっとよくなってきたりとかすると、そのタイムに欲が出たわけじゃないですけど。
逆にエネルギーが使えない分、右足が痛いから飛ばせない。
そのときの歩き方とか、走り方みたいなのもすごい工夫できました。
登りはひたすら超えてて、塩分タブロッドぐらいしか食べないから塩分タブロッドだって。
ピンチになったら2歩目のアメちゃんを食べて、下りは右足をかばって2ステップで行って、
水分は基本左右、麦茶も一応入ったんでそれを使い分けて。
めっちゃ暑いね、10日ぐらいのときだったんですけど、自分も目標に向けてすごい暑くなってたんで、
気温も自分もどっちも暑くなってすごいいい感じだった気がしますね。
45:01
高山不動エイドについて、うどんのお汁が食べれて、それも塩分とかよくあって、
半発臭では写真を撮った覚えがありますね。それぐらいちょっと余裕度が出てきました。
でもそこから5キロ一気に下るんで、そこで右足がダメになってしまいまして、
2ステップも踏めないぐらいになっちゃったんですけど、もうビッコ引いてるでもね。
少々、まあ保証したってもう目標タイムになんとかたどり着くぞっていう気持ちが湧いて、
下り終わってから結構長いって分かってるけど、逆算してね、
さつらぎ観音までダントン行けるかな、行けそう、いやいや行く、もう行けそうじゃなくて行くんだみたいな。
そんなことを考えながら、結構ね、レースをやったって感じですかね。
今まではそうじゃなかったけど、自分の中でちゃんと体力に100マイルに引き合った瞬間で、
一番楽しかったかもしれないですね。
というわけで、さつらぎ観音エイドには一応逆算通りの時間で到着しまして、
そしたらね、リュウトレンのピザが飲みに来てくれはったんですよね。
仲間の顔見たらね、やっぱりすごい一気に関心が出ますね。
いやぁ、西尾さん、僕はあそこまでブレッツアムに復活しましたね、みたいな。
いやぁ、ついに最悪ですね、みたいな感じでね。
すごい前向きな言葉をかけてもらって、気持ちもすごく前向きになりました。
あと40分目って言われたんですけど、いやいや、それは。
それでも応援に力をたれて、さつらぎ観音を。
神社の一段式でゆっくりゆっくり登りながら、じゃあ行ってきますって感じで両手を上げて。
その時にね、行きましょう、平らになりましょう、みたいな感じで言ってくれて。
いやぁ、ありがたいですね。
ただ、やっぱり登りはしてたんですけど、右足がすごく悪くなってまして、
残り5.1キロしかないんですけど、そのほとんどが下りなんですけど。
何言ってなかったんですね。
どんどん後半を上げていたランサーに惹かれまくってたんですけど、
いやぁ、もうついに行くことは全くできなかったですね。
でも最後は明日で終わろうと言ってたら、トレイル終わってロードになったところで、
野口さんが応援に来てくださってて、写真を撮っていただいて、
ありがとうございますって言ったら、行きましょう、みたいな感じで一緒に行ってくれたんですよね。
ゴールまであと2キロで、ほんまに低走したら良くないというのをやってくれたということで、
48:05
嬉しかったんですけど、なんせね、ロードでもね。
キロ級、キロ級ですね。
キロ級、一応走ってるけどそれが限界みたいな感じですね。
そんなわけで、3度目のあいちゃん、宮里あいちゃんとパンパン通り過ぎて、
最後の登りですよ。
ここまで来たら行こうってことで、止まらずにノンストップで走りましたね。
ゴール地点にはですね、ひとあたりに平らになった30時間切りした野口さんね。
転送してくれた野口さんじゃなくて、竹棚のドアハンの方で一緒にやってもらった野口さん。
あとは岩井龍太くん選手ね。
龍太くんとか。
後は高谷さんとかセイコさんとかね。
藤井さんですよね。
千田さんとかアミちゃんとか。
いろんな仲間が支えてくれまして。
目標12時間10分に対して13時間5分とかかっちゃいましたけれども、
なんとか平らになることができましたよという感じでした。
本当にね、歯引き問いでギリギリになったという感じでしたね。
もう絶対にやめるって3回思って。
3回でもう決壊ですね。
今となってはね、本当に良かったですね。
一つ一つの出来事、最初は自分でなんとかした。
2回目は藤井さんと内山さんに手につけられて。
3回目は沢田さんに助けられて。
本当にありがたかったです。
竹寺でもね、本当はきつかったけど、
リカバリにさせてもらった方々に本当に感謝ですね。
祝ったんですね。
ゴールの後に、一旦座っちゃったら全く動けなくなって。
足洗うと思って、水かけたらどうやろうっていうぐらい、
ブルブルブルブルブルブル震えだしたんですよ。
なりにいくって言われたけど、とりあえずもう全く無理で。
ザフの人が大丈夫ですかって言って、人を呼んでもらって。
抱きかかえてアイテム室に連れて行ってもらって。
やった時は本当にご迷惑をおかけしましたね。
後で聞くと、ザフによる静体温とハンガーノックで
全く体温を調整する機能がなかったということで、
OS1を飲ませてもらったんですけど、ちょっと減りましたね。
めっちゃ美味しかった。ちょっと危なかったんでしょうね。
51:00
そういうことをやってたんで、同じく一緒に走ってゴールしてた人
いっぱいおったんですけど、誰一人もいることができなかったっていう、
そういう際の時でしたね。
ということで、綺麗に出てた人。
わざわざ自分がしんどい時でも来てくれてね、
声かけてくれたりとかして、本当に楽しかったなと思うんですね。
ということで、一応33時間目標に対しては、
32時間49分42秒ということで、一応10位も45位に達成です。
この都市はですね、37.3%の感想で車がいたので、
なんだよと、もうちょっとあれだろ、いいのになって思う。
まあいいんだけどね。110人ぐらい感想したってことですか。
気候が良かったっていうのは良かったですね。
あとは僕だけじゃないと思ってたのか、この方とかね、
同じ選手たちが助け合ったみたいなところが良かったのかな、
というようなタイの国。
やはりね、国内の中でもちょっとね、感想者が増えてきたとしても、
タイ南韓クラスであることは間違いないかなと思いました。
いやー、今思い返すと本当にね、
この時のタイの国の100マイルを感想できて良かったなと思いますよね。
ここでDNFを選んでいたら、多分今の自分はなかったと思いますね。
っていうぐらい大きな景気になった100マイルでした。
根性だけじゃなくて、頭もフル回転させてね、
足りない頭というか、武道等が足りない頭でよく考えてやったなっていうと、
あのタイミングですよね。潰れそうになったタイミング、
潰れたタイミングと言ってもいいかも。
本当に勝利の女神を2人に、3人にお会いできたっていうのも、
本当に嬉しかったですよね。
それがやっぱり今のね、人生の糧になっているし、
これらの糧になってここまで来れたなというふうには思いますよね。
ということでございました。
はい、どうでしょう?
1人で1時間ぐらい喋りましたね。
まあでも個人的にも伝えたかな。
野菜の国100マイル、本当にね、もう1回出たいなと思う。
今出たらもっとね、全然違う楽しみ方ができるぐらいの経験と
能力というか、育つに至って自信があるから、
1回何というかやってみたいな、ちゃんとやってみたいな
という気持ちは結構あるんですけど、
あのね、若かったというか何も知らなかった中で
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よう頑張ったなと思いますよね。
はい、自分で自分を少しだけ褒めたい。
そんなレースがセニーズさんで初めて出た野菜の国100マイルでございました。
これを聞いている方は野菜の国走り始めちゃってると思うけど、
何かしらの参考になると思う。
思い出として聞いていただけたら嬉しいなと思いますので、
野菜の国100マイル、これからチャレンジしたい人もですね、
来年はちゅんそに戻るらしいのでチャレンジしやすいかなと思いますよ。
頑張っていきましょう。
それではまずごめん、自分の野菜の国100マイル振り返りでした。
しんばでした。
じゃあね、バイバイ。
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