思い返してみてください。あの、あなたが14歳だった頃のことですね。 なんか急にブラックコーヒーを苦い顔して飲み始めたりとか。
あーありますよね。そういうの背伸びした気になる時期というか。 えー、ですよね。あとは自分にはまだ覚醒してないこう特別な力が隠されてるんだって本気で信じ込んだったり。
はいはい。 私たちって大人になるにつれてそういうの中二病っていう言葉で笑い飛ばして、
黒歴史として心の奥底に封印したじゃないですか。 そうですね。絶対に人には言えない恥ずかしい過去として。でも、もしその恥ずかしい思春期の一家制の熱みたいなものが単なる若気ぬいたりじゃなかったとしたら、どうでしょう?
今日私たちが複数の資料から深掘りしていくのは、1999年のある深夜ラジオのちょっとしたジョークから始まって、それが現代のSNS社会の根幹を揺るがして、
韓国での社会問題とか、さらには近年増えている若者の凶悪犯罪の背後にある生存戦略にまで変貌を遂げた、中二病の全く新しい姿なんです。
さて、これを紐解いていきましょうか。 ここで非常に興味深いのはですね、かつては単なる笑いの対象だったものが、いかにして現代人がこの厳しい現実を生き抜くための防衛システムとして機能しているのか、というところなんですよ。
防衛システムですか?
ええ、そしてそれがなぜ時に暴走してしまうのか。これは単に若者の文化を分析するだけじゃなくて、私たち大人の心理構造にも深く突き刺さるテーマになっています。
いや、本当、正直言って資料を読み進めながら、これってもしかして今の私のことじゃないかって、何度もドキッとさせられたんですよ。
わかります。単なる痛い若者の話だと思って油断していると、完全に足元を救われますよね。
この中二病という言葉自体はずいぶん昔からあるように感じるんですけど、実は明確な誕生日があるんですよね。心理学者が提唱した学術用語とかじゃなくて、深夜のラジオ番組から生まれたっていう。
その通りです。すべては1999年ですね。あのTBSラジオのイジュインヒカルのアップス、深夜のバカミスキーという番組から始まりました。
はい。
パーソナリティが番組内で、自分は未だに中二病に罹患していると発言したのがすべての起点とされています。
当時の資料を見ると、なんか今私たちが想像するような邪眼が継ぐみたいなファンタジー系のものとは全然違うんですよね。
ええ、全く違いますね。
母親のことを急におかんって呼び始めるとか、本当はよくわかってないのにマイナーな洋楽のCDをジャケ買いして聞き始めるとか、そういうやつですよね。
そうなんです。当時の定義は非常に日常的でちょっと背伸びをした大人びた振る舞いに対する自虐ネタだったんですよ。
なるほど、自虐ネタ。
身体はどんどん大人になっていくのに、精神がそれに追いついていない。
そのアンバランスな時期特有の不器用さっていうのを、40方みたいな誰にでも起こる不可否な生理現象に見立てて、笑いに消化したわけです。
ああ、40方ですか。誰でも訪れるハシカみたいなものだから、まあしょうがないよねっていう、ある種の免罪婦だったんですね。
そうですね。しかし心理学的には、これは単なる逃避ではなくて、絶えない現実から自我を保護するための防衛規制として極めて重要な役割を果たしているんです。
防衛規制ですか。
この防衛のメカニズムを美しく描いているのが京都アニメーションの作品で、中二病でも恋がしたいですね。
あの作品ですね。ヒロインのロッカが邪王神眼の使い手として右目に眼帯をして振る舞っているっていう。
そうです。
私も最初はただのコメディだと思ってたんですけど、途中で彼女の本当の動機が明かされるんですよね。
彼女が中二病を発症した根本的な理由は、突然亡くなった父親にもう一度会いたいっていう悲痛な願いでした。
これをより大きな視点、全体像と結びつけてみるとですね、彼女は大好きな父親の突然の死っていう理不尽で巨大な喪失を受け入れられなかった。
そのグリーフ、悲嘆を処理するために不可視境界線という現実とあの世が交わる架空の概念を自ら作っていたんです。
切ないですね。
彼女にとっての中二病は複合な現実や強烈な孤独によって心が完全に壊れてしまうのを防ぐための仮想的なシェルターだったんですよ。
そう考えると中二病ってすごくピュアで切実な生存本能なんですね。
あなたも現実がつらすぎる時、頭の中で別の世界に逃げ込んだ経験はありませんか?
うーん、誰にでもありますよね。
それは弱いからではなくて、現実という奈落に耐えるために虚構という名の政権を必死に振りかざす純粋な抵抗の形だったんです。
特別な病気じゃなくて、誰しもが直面し得る心の守り方なんだと気づかされます。
本当にそうですね。ただ、ここまでは日本国内の心理描写の話だったんですが、資料を読み進めると、この中二病の防衛規制が国境を越えて、さらに形を変えて暴走しているケースが出てくるんです。
あー、韓国の事例ですね、中二病。
はい。韓国に輸出された後、全く異なる社会的文脈と結びついて、深刻な社会問題として定着しているという資料です。
日本発症の概念が、向こうでは深刻な病理みたいになっているってことですか?
ええ。日本との最大の違いは、その発生要因となる環境の過酷さなんです。
韓国における極端な学歴位置上主義とか過激な受験競争、そして核家族化による逃げ場の無さが背景にあります。
なるほど。
朝から晩まで塾に詰め込まれて、親からは過剰な期待を押し付けられるわけです。
中学生っていう多感な時期が、完全にそのものすごいプレッシャーと重なってしまうわけですね。
でもそれがなぜ社会問題にまでなるんでしょうか?
日本のように虚構の世界に引きこもって自分を守るんじゃないんですか?
日本の内向きな防衛と違って、韓国の中二病は外側への攻撃性として発露しやすい構造にあるんですよ。
外側への攻撃。
はい。逃げ場のないストレスにさらされた子供たちが、反社会的で暴力的な振る舞いをしたり、親に対する極端な反抗心を見せるんです。
韓国には、北朝鮮が南下できないのは中二が怖いからだ、というブラックジョークがあるんですが、
これは単なる笑い話じゃなくて、いつ爆発するか分からない制御不能な事件爆弾として、彼らが恐れられている実態を表しているんです。
ちょっと待ってください。虚構の世界に逃げ込むっていうメカニズムから、どうやって外への暴力に繋がるんですか?
偽物の魔法を使うことと、実際に暴れることの間には、かなり大きな飛躍があるように感じるんですが。
いや、非常に鋭い視点です。そこがまさに確信でして、これは重要な問いを投げかけていますね。
実はこの現象、日本でも対岸の火事ではないんです。
と言いますと?
あ、もちろんここで私たちは一切の政治的意図を持たず、あくまで資料にある社会状況と心理分析の事実のみを中立にお伝えする立場なんですが。
もちろんです。事実ベースで行きましょう。
近年、日本でも増加している10台による無人店舗での窃盗とか、回転寿司店での迷惑動画、政治家への襲撃、
あるいはSNSでの犯罪動画の拡散といった事件の背景に、同じ心理メカニズムが働いていると専門家は指摘しているんです。
えっと、犯罪行為と12秒的な虚構世界への没入が繋がっているんですか?
メカニズムとしては、強くて危険な自分という虚構のキャラクターを演じることで、過酷な現実からの先制防衛を行っている状態なんですよ。
先制防衛?自分がやられる前にやるって事ですか?
ええ。競争社会やSNSの情報型によって自己肯定感を奪われた若者が、自分が傷つけられる前に、
俺はやばい奴だから近づくな、という反社会的な記号をまとって虚勢を張るんです。
つまり、眼帯をつける代わりに、犯罪や暴力という過激な行為をキャラ設定のアクセサリーとして使ってしまっているんですよ。
うわあ、それは恐ろしいですね。つまり彼らは本質的な犯罪者になりたいわけじゃなくて、
ネット空間ですごい奴だとか特別だって承認されるための手っ取り払いストーリーとして、犯罪をイベント感覚で消費しているってことですか?
残念ながらその側面が強いですね。ネット上の過激な情報を宇野身にして、自分も世界を揺るがすような体操なことができるっていう、仮想的有能感に没入してしまうんです。
仮想的有能感ですか?
はい。自己を守るための設定遊びが、承認欲求やSNSの構造と悪魔合体した結果、現実の他者を傷つける暴力へと直結してしまうんですね。
いやあ、1999年の深夜ラジオのちょっとした自虐ネタが、まさか現代の若者犯罪の真相真理にまでつながっていくとは本当に想像もしていませんでした。
そうですよね。
正解のない現代社会で、アイデンティティをどう獲得して、どう守るのかっていう問題は、もう決して10代だけの問題じゃないですね。