-
-
スピーカー 2
っていう時に、その残った違和感っていうものを自分の中でどう消化するかっていう話だと思う。それが、違和感をある種無視する。先送りは結構別にいいと思うんだけど、
もうなかったものとして目をつぶろうとするのか、自分の中できちんと心の中に留めおいて進むとするのかっていう、結局のところ立ち止まるっていうのは一生立ち止まれないから、思ったより立ち止まるってそんな立ち止まれないじゃないですか。
結局のところなんやかんや歩きながら、考えながらになっていくので、その中で残っていく違和感っていうのをやっぱりそこを無視しない。先送りするのも意識的なというか、先送りにしようって思うのか、結果的に先送りになっちゃうのかっていうのが結構違うと思うので、そこが結構リアルな感じがする。
スピーカー 1
確かに。先送りしてるという自覚がないまま先送りするのと、先送りになるのと、自分は一旦違和感があるけど今やるべきことはこれだっていうふうに進めていくのとでは全く違いません。
確かにな。結構なんか違和感、関係性についての違和感もそうなんですけど、関係性についての違和感って結構自分の課題だと思っていて、自分と言うというよりは本人の課題。
例えば、いつもこういう関係性になってしまうとか、いつもこういう姿勢になってしまうって、本人の愛着の問題だったりとか、本人の課題があるじゃないですか。
スピーカー 2
私のって言わなくてはいけない。
スピーカー 1
私の話はしたじゃないですか。収録前にしたから。
スピーカー 2
今の話の音をして考えたいのはヤギニスさん自身なのかなっていう。
スピーカー 1
そうですね。それもあります。私、もうちょっと一般化したいっていうのもあるんですけど、両方あります。
でも大体そうだと思うんですよね。例えば、常に彼氏の文句を言ってる友達とか、彼氏がこうでとか言ってる子も、彼氏が悪い人を変えればなんとかなるっていうよりかは、一旦自分について見つめ直す機関も必要じゃないですか。
スピーカー 2
まあまあまあ、そうね。
スピーカー 1
機関というか、機会が必要かなと思ってて。
視点かな。
まあそうね。
でもそれをないままにずっと進んでいった時に、なんか、なんかね、わからないんですけど、世の中の夫婦とかって憎み合ってますかって思う時があって。
大体憎み合ってるんですかって思う時があるんですけど。
なんか相手が悪い、こっちが悪い、あっちが悪いみたいな二項対立でずっと関係が続いていくみたいなのもあるじゃないですか。
でも、うちの親とかも割とそうなんですけど、40代50代とかになって関係性が変わってくるみたいなこともあると思ってて。
だからこう、ある意味こう違和感を持ったまま進めていって先送りした先で見えることもあると思うので、なんか別にそれが悪いとかはないと思うんですけど。
ただその、なんだろうな、なんか自分の問題かもしれないっていう視点がないままなんか進んでいくのって怖いなって思う時があるんですよ。
スピーカー 2
なんかそれで言うと、これ収録前にヤギリンさんの友達の女の子、その人の彼氏っていう関係性のところでどういうことが起きてるかみたいな話を聞いて、それが結構前提になってると思うんだけど。
そこの話でいくと、確かにそういう女の子側がちょっとこう、人のせいにする、相手のせいにするみたいなこととか、そういうことがあって、
たぶん帰り見られた方がいいっていう自信を反省した方がいいみたいなっていうのは、たぶんあってる一方で、その人自身にいわゆるそのケアが結構強めに必要な状況にまずあるのではないかっていうことも言えそうな気がする。
スピーカー 1
それはそう思います。それと一緒です。私はその子に対して、反省した方がいいとか帰り見た方がいいっていうよりかは、自分自身を自分の力で見つめ直すというよりかは、自分自身の傷つきみたいなところを一緒に見るという必要が結構あると思ってて。
そうなんですよね。だから、そういう機会がいるっていう感じですよね。
スピーカー 2
機会、環境、だから結局のところ人なんだろうけどね。
スピーカー 1
確かに。
スピーカー 2
だからさ、結論近いところにどういうと、やっぱりそのカウンセリングみたいな形のものに頼ってみるみたいなとか、そういうのがヤギンさんの友達の人に関しては、頼ってみるのがいいのかもしれないなっていうのは総合的に聞いてるんだよね。
今の話のベースになっているのは、前ちょっと会った時にも話したと思うんですけど、
あの日の心理学っていう、東派で書いてたの本があって、あれがめちゃくちゃいい本だったんだけど、
あれに要はケアとセラピーっていうのがあって、一旦そのケアっていうので、もう要は基本的にその人のニーズを全て満たしてあげる。
スピーカー 1
その人が一人で健康的な食事を取れないのであれば、例えば作ってあげるとか、
スピーカー 2
だからそういうもうちょっと甘いんじゃないかぐらいに満たしてあげるっていうのがケアで、
で、それが先にまずありますと。それで十分満たされたタイミングでセラピーっていうものを入れていったり、
そのセラピーっていうのが要は自立を促していくような。
要はケアでしっかりニーズが満たされた人がふと支援者の人に、信頼してる人に、
ちょっと今までのなんだろう、わかんないけど、自分自身のことちょっと振り返ってみたらとか、
そういう言葉を受けた時にようやくそこで素直に自分と向き合うことができるって、
そういう順番になったみたいな話をセラピーって言葉を使って行っていて、
スピーカー 1
そこにつながっていくのかなっていうことを思いましたね。
確かに確かに。
そうですね、確かにな。でも私的には、そういう機会はみんなに必要なんじゃないかみたいな考え方だったんです。
それを持って立ち止まるって呼んでたんですよ。
スピーカー 2
ケアのことを立ち止まると近い感じ?
スピーカー 1
そうです、そうです。
私の中では、
スピーカー 2
それは確かに自分の勘違いがあったかもしれない。
スピーカー 1
私の中では大学とか大学院とかが割とそういう環境だったなって思ってるから、
前も収録で話したかなと思うんですけど、割と余裕のある環境だから、
人に話聞いてもらったり、自分について考えたりっていうのが結構あったけど、
大学も余裕ないまま資格とか取って卒業してすぐ働いてってなると、
そういう機会って得られないから、そのまま進んでいって、
その違和感があるままとか、いいかとか、年齢が来たからライフイベントを進めるみたいな感じで進めていって、
子供に対して自分の歪みをぶつけるみたいなのがすごい気になってたんですけど、
でもそれに対して、違和感があるまま進めていくのはいいんじゃないかっていう視点を何個か聞いて、
なんかそれはなんだろうな、その違和感は何だろうな、
いつか自分のタイミングで回収されるっていう救いでもあるなと思ったんですよ。
自分的にも全て現状に対して肯定できるわけではないけど、
でもそのまま進むしかないこともあるじゃないですか。
だからそれを来たるべきタイミングで回収されるというか、
それが自分のタイミングだなと思うので、
それはそれで救いでもあるなとはすごい思ったんですよ。
なんですけど、そのまま先送りにして、逆に若い時に回収しとく方が良くないというか、
すごい年いってからすごいしんどい作業をしようと思う時があるんですよ。
スピーカー 2
なるほどね。
だからどういうものを具体的にイメージしてるのかがあんまりまだわかってないんだけど、
でも若いうちに回収しておきたいものもあれば、
スピーカー 1
やっぱりある程度年を重ねた方が回収しやすいものが多分あるんですよね。
確かに確かに。40になってわかることとかね。
スピーカー 2
そうそうそうそう。
だからそれこそ、自分が親からいろいろ例えば嫌なことされましたとかっていうのを子供の時に感じてたっていう時に、
親と同じ年齢、同じ立場になって初めてわかることがあったりとか。
スピーカー 1
確かに確かに。
スピーカー 2
そういうことを多分いろいろ包括して言ってるんだと思うんですよね。
スピーカー 1
ある種の時間が解決するみたいなものかもしれませんけど。
確かに確かに。確かにな。
なんかどっちかっていう視点でもないですね。
どっちもか。
スピーカー 2
逆にそのことが一種の呪いみたいにならないようにしたいよねみたいな話があるかもしれないし。
スピーカー 1
いやーすぐ呪いにしてしまうからな。
すぐこうしないといけない。
この方がいいはずだって思ったらそれ以外の選択肢が見えなくなっちゃう。
スピーカー 2
結局現実のところって特にそういうライフイベントとか決断に関わるものって
自分もあんまりそんな経験者ではないんだけど
おそらくやっぱりそのやっぱりなんかジョー100で決まっていくものじゃないんだよね多分ね。
そういうなんとなくで決まっていくものだし
やっぱそのなんとなくで決まるっていうことはそのもやもやしたものが絶対あるわけだし
それを違和感と言い換えられるんだとすれば
やっぱりその違和感が全くない選択とか決断みたいなのって
やっぱあんまりもしかするとないのかもっていうのが自分の今の感覚であって。
スピーカー 1
確かに。確かにな。
なんか玄徳さんがその収録前に言ってたのがすごいいいなって思ったのが
スピーカー 2
決めるってことは違和感を引き受けるってことなんじゃないかって
スピーカー 1
なんかそれはねすごい
なんか違和感があるまま巻き込まれたっていうような被害者的立場じゃなくて
その違和感を自分の意思
自分の意思って言うとなんかちょっと行き過ぎだけど
その自分は違和感を持ってるけど引き受けるんだっていうような
なんか働きかけっていう意味なのかなって思ったんですけど