過去の経験と今回の成長
こんにちは、Koharuです。今日も聞きに来てくださって、ありがとうございます。 今日は日曜日なので、最近あった気づきをゆるっとシェアしたいと思います。
この番組は、教育リサーチャーでコーチである私が、偏差値や学歴では測れない、一生ものの学びについて、皆さんと考え、シェアしていく番組です。
以前、私が第3回ぐらいでお話ししたんですけども、習い事のお迎えで、遅いよ、と子供に対して圧をかけてしまったお話をしました。
聞いてない方がいらっしゃいましたら、またリンクを貼っておきますので、ぜひそちらも合わせて聞いていただけると嬉しいです。
あの時、私はトゲトゲお母さんだったんですけども、あれから実はまた同じシチュエーションがやってきました。
実は、先日金曜日の話なんですけども、小学校2年生の息子が、毎週火曜日と金曜日に苦悶にいているんですよね。
火曜日は2年生になってからは、一度学校から自宅に一人で帰ってきて、サッカーの支度をして苦悶にまず行き、苦悶が終わったらサッカーに行く。
金曜日は学童が終わってからそのまま苦悶に行き、苦悶に私がお迎えに行くっていうことをやっています。
で、その金曜日にね、いつも以上に苦悶が長引いてしまって、だいたい長くてもいつも、そうですね、1時間から1時間半ぐらいで終わるので、もうそろそろ終わるかなと思って、私もね、お迎えに行ったんですよね。
そうしたら、待てど暮らせど、なかなか出てこない。
なかなか出てこないんですよね。30分、40分ぐらい待ちました。
で、前回は確かね、1月、2月とかで、結構寒い中外で待っていたのもあるんですよね。
で、私も早く帰って夕飯のしたかもしなきゃいけないとか、あれもこれもみたいな感じで、すっごいイライラしちゃってたんですけども、
今回はびっくりするぐらいイライラしなかったんです。
で、子供が出てきた瞬間に、なんて声をかけたかっていうと、前回はおそいよの一言だったんですけども、めっちゃトゲトゲですよね。
えっと、今回はですね、自然と出てきた言葉が、おなかすいたね、早く帰ろうっていう一言だったんです。
で、前回と同じシチュエーションなのに、まったく逆の言葉、われながらちょっと成長を感じました。
待てた理由の考察
で、なんで今回は待てたんだろうっていうことで、前回は一人反省会だったんですけども、今回は一人考察会を開きました。
で、待てた理由としては、2つあるのかなと思ってまして、
まず1つ目は、待ってる時間を自分の時間にしてしまったということ。
例えば、ちょっと溜まっていたメールの返信ですとか、SNSのコメントの返信、あるいは投稿の準備とか。
気づいたら、ちょっと後回しにしていたものが全部終わってて、むしろちょうどよかったって思えたんですよね。
で、息子が出てきて帰り道に手をつないで歩いてたんですけども、
難しかったの、でもお母さんその待ってる間にいろんなことできちゃったよ、ちょうどよかったよって伝えたら、
それがすっごく嬉しそうというか、ほっとした顔でいました。
たぶんね、これは前回私がちょっとイライラしながら怒っていたので、また怒られるんじゃないかなってきっと思っていたと思うんですよね。
なので、待たせてしまったことへの罪悪感が少し和らいだのかもしれないですよね。
もう一つの気づきは、相手の時間軸で待てたということです。
前回はとにかく早く終わらないかなって、ずっとずっと自分の時計で待っていた気がしました。
だけども今回は、今頃頑張ってるんだろうな、算数の問題、国語の問題難しいのかなと、息子の時計でなんとなく待てたような気がしています。
同じ末なのに、こうも違うものなんだなと改めて感じる出来事でした。
究極のコミュニケーションと待つことの意味
私は数年前からコーチングを学んでいるんですけども、コーチングでよく言われることがありまして、究極のコミュニケーションは〇〇だ。
皆さんは何だと思いますか?
実はね、これ究極のコミュニケーションは何も話さないことと言われているんですよね。
沈黙とか、間とか、相手が考えている時間って、実はその人が一番育っている時間なんですよね。
そこでどうですか?で急かすのは、相手の思考の邪魔をしていることになる。
これ私、生徒との面談の中でもすっごく意識するようになったんですけども、
その間とか沈黙って何も考えていないわけじゃなくて、考えている途中だから言葉が出てこない。
そういうことがあるのに、実は聞く側になってしまうと、それって忘れてしまうことってあると思うんですよね。
例えば植物でも、芽が出るまでって、表から見ると全然わからないですよね。
中で何が起きているのか、本当に想像するしかないじゃないですか。
だからこう、かえって水をあげすぎてしまったりとか、火を当てたりしすぎてしまうと、だめになってしまう。
そう、つまりこう、待つって信じることなんですよね。
あなたは大丈夫って言葉じゃなくて、態度で伝えること。
これが待つことなんだよなと、私は考えています。
待つのが苦手な理由と育ち
とはいえ、とはいえなんですけども、私実は待つのがめちゃくちゃ苦手なんですよ。
言ってることと全然違うやんって感じなんですけど、待つのがめちゃくちゃ苦手なんですよね。
せっかちだし、時間に対して、かなりきっちりしているというか、きっちりしていたいという意識がすごく強いんです。
これね、いろいろ考えてたんですけども、育ちの話になるのかなって最近は思ってます。
私の母、すごく温厚で、私ももちろん尊敬しているし、子供に対しての接し方っていうのが抜群に上手い人だなって思ってるんですけども、
時間に対しては、なかなかルーズな人だなって思っています。
で、父はですね、その真逆で、時間に対してだったり、計画性っていうところに対してすごく長けている人なので、
きちっと物事を逆算して、この時間までに何をする、この時間までに終えるためにはいつ何をするみたいなのが、
すごく体系立ててきっちりやっていくことができる人なんですよね。
なので、その二人の間に何が起こるかっていうと、普段はすごく仲がいい二人なんですけども、
子供の頃から父が母に、また遅いっていうのを、時々ね、ボソッてつぶやいているのとか、
私に対して、またお母さんは遅いよね、みたいなことを、ちょっと愚痴っている場面を何度も見てきているんですよね。
で、二人が悪いわけじゃないんですけども、そこで反り込まれたことって、結構大きいなと感じています。
それで、私はね、人を待たせることは悪だとか、時間を守ることは絶対だっていう意識が、
幼少期からあるように感じています。
だから、自分が人を待たせることも嫌だし、子供が誰かを待たせそうになるときも、必要以上に敏感になってしまうんですよね。
だけども、これって自分の、私の価値観の話であって、子供には全く関係ないんですよね。
そう、これ結局、私も父がやってきたことを、息子に対してやっているなっていうのを感じています。
で、それも頭ではわかっているんだけども、ついついやってしまう。
今回それに気づけたのも、一つの収穫だったなと思っています。
待つことの本質と大切な人への思い
で、待てない自分がいたから、待てた自分にも気づけた。
で、待つって、単なる時間の話じゃなくって、相手をどう見ているかの話だと思うんですよね。
信じて、見守って、育つのを待つ。
これって、子供に対しても、パートナーに対しても、大切な人全員に言えることなんじゃないかなと思っています。
はい、ということで、今回は待つということに対して、ちょっとお話をしてみました。
トラストコーチングのお知らせ
子供だったり、パートナー、大切な人とのコミュニケーションを、もっと深めてみたいなって思った方に、少しだけ最後お知らせをさせてください。
私が学んでいる、トラストコーチングスクールっていうところで、私は所属しているんですけども、
実際にはテキストを使いながら、実際にコーチングを体感しながら学ぶことができるようになっています。
コーチングって聞いたことあるけど、よくわからないっていう方でも、今私がお話したような日常のコミュニケーションがちょっと変わる、
新たな視点が手に入る、そんなきっかけになると思うので、もしちょっと気になるなっていう方がいましたら、
プロフィールのリンクから覗いてみていただけると、とっても嬉しいです。
今日も最後まで聞いてくださって、どうもありがとうございました。
皆さん、良い日曜日をお過ごしください。またお会いしましょう。小春でした。