受験シーズンと支援者の葛藤
こんにちは、coharuです。今日も聞きに来てくださって、ありがとうございます。
受験シーズンも、いよいよ大詰めということで、この時期、やっぱり2月、3月は、私の頭の中も渋滞になりがちなので、少し発信を増やしていきたいなと思っております。
受験ネタにご興味ある方は、ぜひぜひお付き合いいただけたら嬉しいと思います。
頭の中が渋滞ということで、お伝えしたんですけども、
この時期ですね、私の自分の中に反省会おじさん?反省会おじさんというか、もう一人反省会がね、本当に多くなるんですよ。
特に不合格の報告をもらったりすると、あの時、ああやって声かけとけばよかったんじゃないかなとか、もうちょっとこういうことやれたんじゃないかなって、夜な夜な一人で反省ループに入ってしまうんですよね。
でも、最近気がついたんですよね。
気がついたというか、あの後輩がね、生徒の進路が決まらなくて、というか思うようにいかなくて、私のところに相談に来たんですけども、その時に自分が、
あ、これって私のっていうか、支援する側の思い上がりだったりするんじゃないかなって思いました。
今日は、そんな私のちょっと恥ずかしい本音と、ある生徒が教えてくれた後悲よりも大事なものについて、少し緩やかにお話をしたいと思います。
今の仕事や子育てで、自分のせいで結果が出なかったのかもって、一人で勝手に背負い込んで苦しくなっている私のような方が、もしいらっしゃいましたら、聞き終わる頃には、
あ、そっか、私が背負わなくてもいいんだなって、肩の力がフッと抜けるといいなと思っております。
今日は、私の支援者としての勘違いというところでお話をしていきたいと思うんですけども、
「おかげさま」の罠と真の支援
以前というか、割と最近まで、合格っていう結果を出させてあげることが私の正義だと思っていたんですよね。
それはやっぱり会社からも求められてはいることですし、塾っていうところにお金を出していただく以上、やっぱり結果を出すっていうのが私がやるべきことなんだよなっていうのは当たり前のように思っていました。
思っていましたし、今もそこは大事な目標でありゴールでありっていうところは変わらないです。
でもですね、ちょっと違和感が出てきたんですよね。
特に、小春さんのおかげで受かりましたって言いに来てくれたりとか、先日もお家の方と本当にありがとうございましたってご挨拶に来てくれたんですけども、
それってものすごく嬉しいんですよね。
やっぱり涙が出るぐらいそうやって言ってもらえることっていうのは嬉しいんです。
だけども、おかげさまでとか、小春さんがいなかったらっていうところ、嬉しい反面そこにはちょっとだけ甘い罠があるなって気づきました。
私が合格のためのレールを全部引いて、私が全部コントロールして勝たせてしまう、合格を勝ち取ってしまうっていうのは本当の支援じゃないかもしれないって今は感じています。
それだとその子がいつまでも私の鎖に繋がれたままになっちゃう。
生徒の中には、この大学とこの大学どっちが受かりやすいですか?とか、どっちに行ったほうがいいですか?っていう質問、よくよくあるんですよね。
だけども、その正解ってやっぱり私が決めるべきではないと思うんです。
もちろんデータ上、こっちのほうが受かりやすいかな?とか、こっちの大学の学部のほうがあなたの得意科目に合っているから、こっちのほうが有利に出願できるんじゃないかな?
そういった情報提供はもちろんしますけども、やっぱりそこを最終的に決めるのっていうのは私じゃないんですよね。
そうなので、やっぱりおかげさまでとか、小春さんがいてくれたからと言わせたいのは、私のエゴだったんじゃないかなって、最近はちょっと自分にツッコミを入れてます。
生徒が教えてくれた「自分で決める」ことの価値
そんな私にガツンと衝撃をくれた生徒がいます。
衝撃っていうか、この関わり方で、あ、よかったんだなって思わせてくれた生徒がいます。
実はこの生徒、二郎を経験した男の子でして、私の晩餐は2年目になるんですね。
その彼は中学受験の時から、お父様の敷いたレールの上をずっと静かに歩いてきた子だったんです。
去年の受験も、お父様がこの学部を受けた方がいい、この大学も受けた方がいいっていう風にアドバイスをされて、
彼はそれをね、本当は嫌だったのかもしれないですけども、反発しても仕方がないからって言って、そこを受けたんです。
彼は成績に関しては実はすっごく良くて、偏差値もかなり上位ですし、死亡個の判定っていうのもA判定常連なんですよね。
だけども、本番にとにかく弱い。
これはもう彼自身も、僕は本番に弱いからっていうことをずっとずっと言い続けていて、
私はそこのメンタルブロックみたいなものが外れない限りは、なかなか合格するのは難しいよ。
やっぱりあなたがちゃんと自分のこととして自分に向き合って進路を考えていかない限りは、なかなか合格にはたどり着けないんじゃないの。
そんなことをこの2年通して、かなり口すっぱく言ってきました。
だから今年もうかりやすいところを受けたいですとか、そんな言葉も出たんですけども、
いやいや、あなたの受験だからね、ちゃんと考えたほうがいいよっていうことはお伝えさせていただきました。
今年の受験、彼はどうなったかっていうと、実は今年も第一志望には届かなかったんですよね。
だけども、その報告というか、他の大学で合格が出た彼の声がすごく軽やかだったんです。
そんな彼がなんて言ったかっていうと、今年は全部自分で決めたので、全然後悔してないんですって、
すっごく軽やかに言ったんですよね。
もうね、これ私すっごく嬉しくって、すいませんすっごくしか言ってないんですけども、
合格の数以上に彼が自分の人生のハンドルを自分でギュッと握り直した瞬間だったなって思いました。
これを聞いたときに私は合格させる、合格という結果にももちろんこだわってきましたけども、
この瞬間のために伴奏してきたんだな。
世間の評価がどうであれ、私の中では彼に特大の二重丸をあげたいなっていう気持ちでいっぱいでした。
子育て・育成における自立支援の重要性
これって部下の育成だったり子育てでも同じだと思うんですよね。
私たちがこうやるべきなのは、完璧な結果をプレゼントすることではないと私は思っています。
どうしても特に子育てとかになると正解を教えたくなる。
その正解っていうのは子供が失敗しないようにとか苦労しないようにとかそういう気持ちが強くって、
それは時に強い愛情の裏返しだとは思うんですよね。
だけども相手が自分の力で選んだとか、自分の力で前に進めたって胸を張って言えること、
これがやっぱり最終的なゴールであって、教育、自立の目指すところなんじゃないかなと感じています。
だから今、力になれなかったって落ち込んでしまっていたり、そういう風に感じていた場合、
それはあなたのせいじゃないし、あなたも十分に頑張ったと思います。
結果っていうのはコントロールはできないけれども、あなたが隣にいたっていう事実はその子の力にちゃんとなっていると思います。
私も今年の反省会はそろそろ終了して、次年度に向けてまた気持ちを新たにしたいなと思っております。
自分を労わることの大切さ
とはいえ2月3月はどうしても考えることだったり、ストレスが多くなったりして、夜な夜なチョコレートを食べ過ぎてしまっています。
皆さんも自分をいたわってあげて、3月はどうしても忙しい時期だと思いますけれども、
心にも余裕だったり、余白っていうのを意識的に持ってお過ごしいただけるといいんじゃないかなと思いました。
本日も最後まで聞いてくださりありがとうございました。
小春でした。またお会いできるのを楽しみにしております。