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おはようございます。そらめぐの「明日はきっと晴れ。」 コーヒーとチョコレート、そして歌が大好きなそらめぐこと、ライフデザインコーチの砂川めぐみがお送りします。
今日の言葉は、「心に太陽を、唇に歌を。」です。
ことばの地図シリーズでは、ご縁のある人たちから寄せてもらったそれぞれの大切な言葉を、人生の地図に残る言葉としてご紹介しながら、その言葉から私が思い浮かべた景色や感じたことをお話ししています。
あなたの言葉に景色を添えて。
それでは、今日の言葉の地図を開いてみたいと思います。
今日の言葉は、「心に太陽を、唇に歌を。」
この言葉を届けてくださった方とは、コーヒーとチョコレート、そして歌が好きという共通点があります。
私が自分の好きなものとして、コーヒーとチョコレートと歌をあげたとき、同じととても喜んでくださったことがありました。
これから一緒にゆっくり語り合ったり、歌ったりすることも楽しみにしている方です。
その方は、子供の頃から歌が大好きだったそうです。
中学生の頃には、コーダス部に所属していたそうです。
卒業するとき、先生が書いてくださったメッセージには、「歌を忘れたカナリアにはならないでね。」という言葉だったそうです。
けれど、ずっと歌とともに歩いてきたわけではありません。
挫折を経験し、歌から離れていた時期もありました。
先生から贈られた言葉のように、歌を忘れかけたこともあった。
そして、心に太陽どころか、どん底の真っ暗な場所にいたこともあったと率直に書いてくださいました。
それでも、さまざまな時間をめぐり、今はまた、もっと歌を歌いたい。
みんなで楽しく歌いながら元気になれることをしたい、そう思っておられるそうです。
実は以前、スタンドFMでもお話をされていたそうです。
スマートフォンを変えたときにうまく移行できなかったことから、今は少し離れているそうですが、
また話したり歌ったりすることを楽しんでみたいと話してくださいました。
黒澤明監督の映画「生きる」の中で歌われる
「命短し恋せよ乙女」という歌も心に響くのだそうです。
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そして今は、息が切れるその日まで、自分らしく生き切りたい。
あるがママを表現している自分を目指して、この言葉を大切にしたい言葉の一つとして心に置いていると教えてくださいました。
このメッセージを読んで私は、
心に太陽を唇に歌おうという言葉はいつも明るくいなければならないという意味ではないのだなぁと感じました。
心に太陽が見えない日もある。
歌う気持ちになれない日もある。
前を向けない日も、言葉が出てこない日も、ただ時間が過ぎていくのを待つしかないような日もあります。
だからこそこの言葉は、今すぐ明るくなりなさいと自分を追い立てる言葉ではないのでしょう。
むしろ、たとえ今は光が見えなくても、心のどこかにはまた太陽が昇る場所がある。
たとえ今は歌えなくても、自分の中から歌が消えてしまったわけではない。
そんなふうに、自分の中に残っている光や声を信じるための言葉なのかもしれません。
私は、この方が歌から離れていた時間があったからこそ、再び歌いたいと思えた気持ちには、とても深いものがあるように感じました。
ずっとそばにあったものは、その大切さに気づきにくいことがあります。
一度離れたからこそ、やっぱり私はこれが好きだったのだとわかる。
忘れかけたからこそ、もう一度取り戻したいと思う。
歌は、ただ音程やリズムに乗せて声を出すことではありません。
その人の中にあるものを、外の世界へ送り出すことでもあります。
嬉しさ、寂しさ、悔しさ、自由でいたい気持ち。
誰にも縛られず、自分らしく生きたいという願い。
言葉だけでは表しきれない思いを、息に乗せて届けること。
だから、歌うことは、その人があるがままを表現することと、どこかでつながっているのだと思います。
唇に歌おうという言葉には、苦しい時も自分の声を失わないでいたいという願いがあるようにも感じました。
大きな声で歌えなくてもいい。誰かに聞かせる歌でなくてもいい。
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鼻歌でも、小さな声でも、心の中で響いている歌でもいい。
自分の中に、まだ音がある。まだ心が動いている。まだ行きたい方向がある。
歌はそんなことを、自分自身に思い出させてくれるのかもしれません。
そして、心に太陽をという言葉にも、私は静かな強さを感じました。
太陽は、こちらが願わなくても昇ります。
雲がかかって見えない日も、雨が降っている日も、その向こうにはあります。
心の中の太陽も、同じなのかもしれません。
いつも明るく輝いているわけではない。自分でも見失う日がある。
けれど、失くしてしまったのではなく、雲の向こうに隠れているだけ。
誰かの言葉や、一緒に歌う時間や、好きだったものを思い出すことによって、少しずつ光が戻ってくることがあります。
この方が、「みんなで楽しく歌いながら、元気になれることをしたい。」と書いてくださったことも、とても印象に残りました。
自分が歌いたいだけではなく、誰かと一緒に歌いたい。
自分だけが元気になるのではなく、みんなで元気になりたい。
そこには、歌を通して、人と人の心がつながっていく景色があります。
一人では出せない響きが、誰かの声と重なることで生まれる。
弱々しかった声も、いくつもの声と重なることで、少しずつ力を取り戻していく。
歌には、そんな風に一人の心を開き、誰かとの間に橋を架ける力があるのだと私は思います。
私も小学生の時に合唱団に入っていたことがあるので、一人ではできないみんなとの響きのパワーを感じたことを、今思い出しています。
そして私は、この方とのやりとりの中にある、自由で飾らず、自分のことを笑いながら話せる明るさにも惹かれています。
自分の人生を少しおかしく、面白がるように話すこと。決められた枠に収まろうとせず、勝手で自由な自分もそのまま認めていること。
あるがままを表現している自分を目指す、というこの方の言葉は、整った自分や立派な自分だけを見せることではないのでしょう。
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明るい自分も、真っ暗な場所にいた自分も、歌えた自分も、歌を忘れかけた自分も、少しオッチョコチョイな自分も、自由で束縛が苦手な自分も、そのすべてを隠さず、これも私なのだと自分の声で表現していくこと。
それがこの方の生き方なのだと思いました。
私がこの言葉から思い浮かべた景色は、長い雨が上がった後の朝です。
まだ空には薄い雲が残っています。けれど、雲の切れ間から柔らかな光が差し込んでいます。
濡れた木の葉や道の上に残る水たまりが、その光を受けて輝いています。
一人の人がゆっくりと窓を開けます。
冷たい空気の中に鳥の声が聞こえます。
その人はしばらく黙って空を見ています。
そして、まだ少しかすれた声で小さく歌い始めます。
最初は自分にしか聞こえないような声です。
けれど、一つの音を出すたびに閉じていた胸の奥に少しずつ空気が入っていきます。
歌声に気づいた誰かが隣で同じ歌を口ずさみます。
そしてもう一人、気がつくといくつもの声が重なっています。
上手に歌おうとしている人はいません。
少し音が外れても、途中で笑ってしまっても誰も気にしません。
一人一人がそれぞれの声で歌っています。
太陽が急にすべてを照らしたわけではありません。
悲しかったことがなくなったわけでもありません。
それでも、歌う人たちの顔には少しずつ光が戻っています。
私はこの言葉からそんな景色を思い浮かべました。
人は心に太陽があるから歌えるのではなく、
歌うことで心と中の太陽を思い出すこともあるのかもしれません。
元気だから笑うのではなく、
誰かと声を合わせているうちに少しずつ元気を取り戻すこともある。
だから、歌は結果ではなく光へ戻っていくための道にもなるのでしょう。
そして、自分の声で歌うことはあるがままの自分をこの世界に差し出すことでもあります。
完璧でなくてもいい、きれいに整っていなくてもいい。
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今の自分に出せる声で今の自分の歌を歌う。
それは自分の人生を自分のものとして生きることなのだと思います。
この方が息が切れるその日まで自分らしく生き切りたいと書かれていたことにも、私は胸を打たれました。
生き切るという言葉には、ただ長く生きることとは違う強い意思があります。
自分の好きなものをもう一度大切にする。
歌いたいという気持ちをなかったことにしない。
自分の声を自分の人生から消さない。
それは残りの人生を誰かに決めてもらうのではなく、自分の命で生きていくということなのだと思います。
命短し恋せよ乙女という歌がこの方の心に響くのも限りある時間を知った上で、
それでも心を動かし自分らしく生きたいという思いに重なるからなのかもしれません。
人生には歌えない時期もあります。
自分の声がどこへ行ったのかわからなくなることもあります。
けれど忘れたように思えても、歌は心の奥でずっと待っていてくれるのかもしれません。
もう一度自分が自分に戻ってくる日を、今回の言葉が指し示している方向を私なりに表現するなら、
心に光が見えない時も自分の中にある歌や好きだったものを手放さず、
明るさも暗さも不器用さも自由さも含めたあるがままの自分の声でもう一度人生を表現していくことです。
太陽はいつも見えているとは限りません。歌もいつも歌えるとは限りません。
それでも光を信じること、自分の声を信じること、
そして一人で難しい時には誰かと声を重ねてみること、
そこから心は少しずつ生きる力を取り戻していくのかもしれません。
それでは最後にあなたに問いを。
あなたが子供の頃から好きだったことは何ですか?
一度離れたけれど、本当はもう一度取り戻したいと思っているものはありませんか?
そして誰かに良く見せるためではなく、あるがままの自分を表現するとしたら、
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今どんな声や言葉を外の世界へ届けたいですか?
今日ご紹介した言葉は、「心に太陽を、唇に歌を」でした。
心に太陽が見えない日があっても、歌えない日があっても、それでいいんだと私は思います。
大切なのは、歌えない自分を責めることではなく、
自分の中にまだ残っている小さな音を忘れないこと。
ふと口ずさみたくなる歌、胸が動く言葉、一緒に声を合わせたい人、
でも、そんなものに出会った時、心の雲が少しずつ動き、
その向こうにあった光がまた見えてくるのかもしれません。
心に太陽を、唇に歌を。
明るい日も暗い日も、その時の自分にしか出せない声があります。
息が切れるその日まで、あるがままの自分を、自分らしい声で人生に表現していけたらいいですね。
あなたの言葉に、私が景色を添えていきます。
聞いているあなたには、違った景色が見えたり、違った音が聞こえてくるかもしれません。
この放送を聞いて感じたことや、ふと浮かんだ気づき、
あなたの中に見えた景色や音や音楽があれば、コメントやレターでそっと届けてくださると嬉しいです。
コーヒーでも飲みながら、ゆっくり聞いていただけますように。
それでは、今日はこの辺で。
明日はきっと晴れ。ソラメグでした。また次回お会いしましょう。
空はどこまでも自由。晴れの日も曇りの日も雨の日もあります。
でも心のどこかで、明日はきっと晴れ。そう思えたなら、また一歩を踏み出せる気がします。
この番組では、日常の中にある小さな幸せや、心が少し軽くなる言葉、人生を豊かにする気づきの種をお届けしています。