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おはようございます。そらめぐの明日はきっと晴れ。 コーヒーとチョコレート、そして歌が大好きなそらめぐこと、ライフデザインコーチの砂川めぐみがお送りします。
今日の言葉は、無知の知、です。 言葉の地図シリーズでは、ご縁のある人たちから寄せてもらったそれぞれの大切な言葉を、人生の地図に残る言葉としてご紹介しながら、
その言葉から私が思い浮かべた景色や感じたことをお話ししています。 あなたの言葉に景色を添えて。
それでは、今日の言葉の地図を開いてみたいと思います。 今日の言葉は、無知の知。
今回、この言葉を届けてくださった方が、この言葉に出会ったのは、今から5年ほど前、お金について学び始めた頃に読んだ一冊の本だったそうです。
漫画仕立てのその本の中で、主人公が、自分は教育費について何も知らなかった、ということに気づく場面がありました。
その主人公に対して示されたのが、無知の知。 自分が知らなかったということに気づく、そこが始まり。
そこがスタートラインなのだ、という言葉でした。 その時、この方自身も、まさに今の自分だ、と感じたそうです。
それから学びを重ね、今ではご自身が人に伝える立場にもなられています。 そして、お客様と接する中でも、「あ、自分は知らなかったんだ。」とハッとする体験が、何かを始める上で、とても大切なのだと感じているそうです。
この言葉について、「大切にしている言葉というより、重要視している感覚に近いかもしれません。」とも書いてくださいました。
私はこの、「感覚」という表現が、とても印象に残りました。
座右の銘のように、いつも心の中で唱えている言葉ではなくてもいい。
自分が誰かと関わる時や、何かを学ぶ時に、ここが大切なんだ、と感じているもの。
それも、その人の人生を支えている大切な言葉の一つなのだと思います。
無知の知。少し難しそうに聞こえる言葉ですが、私は今回、「知らないことに気づくことが始まりになる。」という言葉として受け取りました。
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しかし、私たちは、知らないということをあまり良いことだとは思いません。
知らないと恥ずかしい。わからないというのが怖い。こんなことも知らないのかと思われたくない。
年齢や経験を重ねれば重ねるほど、それくらい知っていなければ、と思うことも増えてきます。
だから、知らないことそのものよりも、知らない自分を見せることの方が怖くなることがあります。
でも考えてみれば、新しく何かを知るためには、まず、「私はこれを知らなかった。」と気づく必要があります。
知らないことに気づかなければ、調べようとも思いません。人に聞こうとも思いません。学ぼうとも思わない。
つまり、わからないと気づいた瞬間は、遅れている瞬間ではなく、学びが始まる瞬間なのかもしれません。
この方がお金の学びを始めた頃、教育費について自分は何も知らなかったと気づいたこと。
それは一見すると、自分の知識の足りなさに気づいた瞬間です。
けれど同時に、そこから新しい世界へ進む扉が開いた瞬間でもあったのでしょう。
そして今、その方自身が人に何かを伝える立場になっている。そのことにも私はとても興味を惹かれました。
教える立場になると、つい答えを伝えることが役割のように思います。
これを知ってください。こうした方がいいですよ。これはこうですよ。
もちろんそれも必要です。でも本当に人が動き始めるのは、誰かから正しい答えを渡された時だけではないのかもしれません。
あれ?私これを知らなかったんだ。今まで考えたこともなかった。
そんな小さな驚きが自分の中に生まれた時、人は初めてじゃあ知りたいと思うことがあります。
教えてもらった答えよりも、自分自身がハッとした瞬間の方がその後の行動につながることがあります。
これは私が対話する時にもとても近いものを感じます。
誰かに答えを渡すのではなく、話している本人が、
あ、私本当はこう思っていたんだ、とか、そこを考えたことがなかったと気づく瞬間があります。
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その瞬間、何かが少し動き始めます。
人は知った時だけではなく、知らなかったことを知った時にも前へ進み始める。
そんなことを今回の言葉から感じました。
そして、無知の知は知識だけの話ではないようにも思います。
例えば、自分のことを分かっているつもりだったけども、本当は分かっていなかった。
相手のことを理解しているつもりだったけれど、実は自分の思い込みだった。
これが正しいと思っていたけれど、違う見方もあった。
できないと思っていたけれど、やったことがないだけだった。
人生の中には、知っているつもりになっていることがたくさんあります。
そこに、もしかしたら、私はまだ知らないのかもしれない、という小さな余白を置くこと。
それだけで、見える世界が少し広がります。
私はもう知っていると思えば、そこで止まります。
でも、まだ知らないことがあるかもしれない。
と思えれば、次の扉が開きます。
知らないことは恥ずかしいことではない。
むしろ、まだ出会っていない世界があるということ。
そんな風にも思えてきます。
私がこの言葉から思い浮かべた景色は、
まだ白い部分がたくさん残っている一枚の地図です。
すでに歩いてきた道には線が引かれています。
知っている街、通ったことのある道、
出会った人、経験したこと、そこにはたくさんの印がついています。
でも、その先には、まだ何も描かれていない白い場所があります。
以前なら、その白い場所を見ると、
何も知らない、ここからは先はわからない、と不安になったかもしれません。
けれど、よく見ると、その白いところには、
まだ行ったことのない道がある、
まだ知らない景色がある、
まだ出会っていない人がいる。
地図が空白なのは、何もないからではなく、
まだ自分が知らないから。
そう気づいた瞬間、その白い場所は怖い場所ではなく、
これから描いていける場所に変わります。
その人は地図を見ながら、
私はここをまだ知らないんだ、と気づきます。
そして、小さく一歩を踏み出します。
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私は、この言葉から、そんな景色を思い浮かべました。
今回の言葉が指し示している方向を、私なりに表現するなら、
知らないことを恥ずかしがるのではなく、
私はまだ知らない、と気づいた場所を、
新しい学びや選択のスタートラインにしていくことです。
私たちは、一生すべてを知ることはできません。
学べば学ぶほど、知らないことに気づくこともあります。
そして、もしかしたら、
知らないことがある、と分かる人ほど、
学び続けることができるのかもしれません。
知らなかった、とはっとしたその瞬間は、
自分の不足を突きつけられた瞬間ではなく、
新しい世界への入り口を見つけた瞬間。
そう考えると、知らないということにも、
少し希望が見えてくる気がします。
それでは、最後にあなたに問いを。
最近、あ、私これを知らなかったんだ、と気づいたことはありますか?
知っているつもりになっているけれど、
もう一度、まっさらな気持ちで見てみたいことはありますか?
そして、今、わからないからこそ、
これから知ってみたい、学んでみたいと思うことは何でしょうか?
今日ご紹介した言葉は、「無知の知」でした。
知らないことに気づくことは、ゴールから遠いということではなくて、
そこから始められるということです。
わからないと気づけた自分を責めるのではなく、
じゃあ、ここから知っていこう、と思えたらいいですね。
まだ知らない景色があることは、
これから出会える景色がたくさんあるということでもありますからね。
あなたの言葉に、私が景色を添えていきます。
聞いているあなたには、違った景色が見えたり、
違った音が聞こえてくるかもしれません。
この放送を聞いて感じたことや、
ふと浮かんだ気づき、
あなたの中に見えた景色や音や音楽があれば、
コメントやレターで届けてくださると嬉しいです。
コーヒーでも飲みながら、ゆっくり聞いていただけますように。
それでは、今日はこのへんで。
明日はきっと晴れ。空恵でした。
また次回お会いしましょう。
空はどこまでも自由。
晴れの日も曇りの日も雨の日もあります。
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でも心のどこかで、明日はきっと晴れ、
そう思えたなら、また一歩を踏み出せる気がします。
この番組では、日常の中にある小さな幸せや、
心が少し軽くなる言葉、
人生を豊かにする気づきの種をお届けしています。