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いまから記憶を汚染します【超旅ラジオ #274】
2026-08-20 20:38

いまから記憶を汚染します【超旅ラジオ #274】

「記憶汚染展」に行ってきた岡田。記憶とは不確かで、思い出すたびに上書きされ、編集されていくものなのかもしれない。そんな記憶の不確かさを語ります。この回はリピート再生推奨です。

記憶汚染展(~9/6) https://kiokuosen.com/

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【超旅ラジオ】

旅の話と、日常から旅を生み出す話をします。毎週木曜の12時更新です。感想等、Twitterのハッシュタグにぜひお送りください #超旅ラジオ公式X(Twitter) ⁠⁠https://twitter.com/tabi_radio⁠⁠

語り手: Satoru、岡田悠

録音&ジングル制作: 石川大樹

題字&イラスト: べつやくれい


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2人への質問、最近読んだ本、今日食べたもの。あなたの思いつきを、何でも送ってみてください。


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番組で使えそうなジングルや効果音を募集します。生演奏でも、電子音でも、ボイパでも、大歓迎です。


投稿コーナー③「世界のさよなら、あなたのさよなら」

『さよなら』を意味すれば、どんな言語でもOK。テキスト形式でも、音声形式でも、なんでもOK。


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旅行とは、ときにトラブルを伴うもの。あなたの危険回避の知恵を教えてください。(例:予備の現金をお菓子の小箱に隠す)


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旅行とは、自分で好きに愉しむもの。あなたの愉しみかたを教えてください。(例:旅行先のゴミを集めてノートに貼る)


投稿コーナー⑥「世界の罵倒語」

世界には、文化の数だけ罵倒語がある。あなたが知っている罵りの言葉をください。(例:南スーダン「ヤギ半頭の価値もない」)


投稿コーナー⑦「世界の音」

あなたが録った音をください。なんでもOK。岡田さんと私が、ただそれを鑑賞します。(例:イランの便器の音、バヌアツの料理の音)


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虚無を感じさせる動物の鳴き声をください。作為はNG。哀しみは自然に発生するものです。(例:たそがれの民家に沁みるヤギの声)


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サマリー

今回の「超旅ラジオ」では、岡田さんが訪れた「記憶汚染展」をきっかけに、記憶の不確かさや曖昧さについて深く掘り下げています。展示では、パンダの写真のどちらが本物か投票させられたり、マンデラエフェクトや生成AIのハルシネーションをテーマにした作品が紹介され、来場者の記憶や認識を揺さぶります。岡田さんは、旅行記やエッセイを書く行為、さらにはラジオで話すこと自体が記憶を編集し、上書きしていくプロセスであると語ります。自身の記憶も、何度も語るうちに本当にそうなったかのように感じてしまうことがあると述べ、記憶の創造物としての側面を指摘します。 一方、Satoruさんはシアトルでのカフェ文化や、留学時代のカリフォルニアの天候に関する記憶が、自身の語りや経験によってどのように形成され、あるいは歪められてきたかを振り返ります。また、ブルガリアでの旅行経験において、他者から聞いた危険な話が自身の記憶に影響を与え、実際には何もなかったにも関わらず、その地域に対して怖い印象を持ってしまった体験を語ります。これらの話を通して、私たちは無意識のうちにステレオタイプや他者の情報によって記憶を汚染され、現実とは異なる認識を持ってしまうことがあると結論づけています。 番組の後半では、記憶の曖昧さをテーマにした実験的な試みとして、岡田さんが架空の地名を会話に織り交ぜ、Satoruさんがそれに自然に反応するという企画が行われます。この実験は、記憶がどのように形成され、共有され、あるいは誤って伝えられていくのかを探求するものであり、記憶の不確かさというテーマをさらに深める試みとなっています。最終的に、記憶は常に書き換えられ、不確かであるという認識に至り、虚無に向かって語り続けることの真実性についても考察しています。

「記憶汚染展」体験と記憶の不確かさ
Satoruさん。 何ですか、岡田さん。
今年もですね、夏が来たということで、展示に行ってきまして。
一昨年は、行方不明展という、行方不明に関する展示、ホラー系の展示を見たという話をしましたし、
去年は、恐怖進展という、怖いものを、何が怖いのかみたいなのが展示されてる展示があったんですけど、
今年は、記憶汚染展という。
なんかどんどん怖くなってるな。好きなんですね、そういうのが。
いや、招待いただくんで。
あー、どうかどうかどうか。
なんか闇っていう、株式会社闇さんってとこがずっとやってて、
今年は、おもころのダビンチョーソレダンさんが、脚本を書いてるという。
去年はなしさんで、今年は、おもころの人は関連してるんで。
なるほど、なるほど。
最近、本当、展示ってめっちゃ流行ってるらしくて。
いろんな展示のお誘いというか、半分営業というか、DMがけ、見に行きませんかみたいな。
本当、いろんなのが来て。
リアルな体験をみんな求めてるってことですかね。
そうなんですよ。
なんとか、YouTuberのなんたかさんがこの時間在浪してますとか書いてあるんですけど、
全然知らないというか、コミュニティの違うような。
書いてあるんですけど、やっぱり知り合いの方がやってるっていうので、
このこれ系のやつだけは行こうかなと思って。
なるほどね。
ちょっと京子宣伝にこの間ね、行ってきました。
渋谷で行ってきまして。
テーマが記憶なんですよ。
で、記憶がいかに不確かかっていうのを、展示として表現するみたいなコンセプトを出してて。
面白い。
最初入り口のほうだと、まずパンダの写真が2枚飾られてて、
どちらが本当のパンダですかみたいな。
ドキドキしますね。
尻尾が黒いか白いかみたいな。
2つの写真があって、それを黒丸のシールが、
1人50個ぐらいシールが配られて、それをペタペタ投票していけるんですね。
どっちが本物のパンダかみたいな。
で、それはやっぱりそういうパンダもそうだし、
いろんなのがオーストラリア大陸の形とかなんかいろいろあるんですけど、
それがきっこうしてるというか、みんなどっちが本物かわかんなくて、
その投票にも影響されて、こっちじゃないかって押しちゃった。
ちょっと体験型の、いわゆるマンデラエフェクトって言われるらしいんですけど、
そのマンデラが生きてたのに、実は90年代に死んでたっていうのを、
世界中の人が信じてた時期があるみたいな。
同じ記憶の間違いっていうのをみんな共有してるような現象がマンデラエフェクトって。
デマとかじゃなくて、みんなの勘違いが集積していく感じの。
集積していく感じみたいなのがまず入り口としてあって、そっから今度なんか、
ハルシネーション、生成AIのハルシネーションみたいなのがテーマにされてて、
ハルシネーションによって作られた仏像みたいな、
どっかで見たことあるけど、よく見たら手が6本だったりだとか、
みたいなのを実際に彫刻として作ってみましたとか、
AIをテーマにしたショーだったりとか、
記憶の勘違いみたいなのをどんどん展開していくんですけど、
だんだんそれがあれ?みたいになっていくんですよ。
あんまり言うとちょっとネタバレになっちゃうんで、あれなんですけど、
これはある民家で発見された布ですみたいなのが書いてあって、
大きい魚を表現していて、
この魚がやたら巨大ですと、巨大な目を持って筒状になっていて、
みたいな解説がバーってこれまでの回って、
そこに普通にでっかい鯉のぼりが展示されてるんですね。
でもその要は、ずっとそれまで、
これは本物っぽいけど記憶違いじゃないかみたいなやつが展示されてた中に、
そういうのがフッと紛れ込んでくるから、
あれ?みたいな。これって本当にあるよね?みたいな。
だんだん境が曖昧になっていく。
怖いな。
その記憶が曖昧になっていくのを楽しみながら、
一本実は軸印度を通ったストーリーみたいなのがあって、
すごい面白くて。
最後まで回るともう一周したくなるような仕掛けとかが結構あって、
それってそういうことだったの?みたいな。
全部で何分くらいの体験くらいなんですか?人によるかもしれないくらいでも。
じっくり言ったら2時間くらいいるかも。僕90分くらいだったんですけど、
ちゃんと全部読んだら。
ちゃんとかなり作り込んでるんですね。楽しめるようにというか奥深く。
そうなんですよ。
たぶん気づいてないやつとかもたぶんいっぱいあって、
展示っぽくないけど実はこう置いてあったりとか、
仕掛けがいっぱいあるんで、すごい面白かったんですよね。
なんで要はこう、記憶ってすごく不確かで、
思い出すたびに新しく作り直される創造物だと。
なんである意味、
自分の覚えてるものとかが本当かどうかっていうのはわからない。
よねっていうそこの不安さとか、
不気味さみたいなのをテーマにしてるんですけど、
記憶の編集と自己暗示
なんか、何でしょうね。それ本当その通りだと思って、
特に旅行記とかエッセイとか日記とかもそうかもしれないですけど、
なんかこう編集みたいなのが入るじゃないですか。
旅行記、例えば海外行って、旅行企画と編集みたいなのが自分の中で入って、
嘘はついてないんだけど、ある部分をすごいスケールアップして書くとか。
そうね。文章を書くってことは、すべからく書かれていないことと何を書くかを選ぶという行為ですからね。
そうすると、それで記憶が上書きされるというか、
なんかもう、そう書かなかったことは忘れ出されて、
書いたことがすごいでっかく記憶の中に残るみたいな、
自分の記憶の編集作業でもあるなみたいな、すごい思うし、
あとなんかこうやって喋ることもその一つというか、
なんか結構ラジオで適当なことも言ったりするじゃないですか。
ちゃんと覚えてないけど、とりあえずこうだったんじゃないかみたいな感じで、
適当に言ったことが何回か積み重なると、本当にそうだったって思い始めるというか。
本当にそうだったってすでに思ってるから、例が今出せないんですけど。
そういう感覚はすごいある。
自分で語ってるうちに、それが自分は自分を信じさせるようなことになってしまうというか、
その積み重ねというか。
一方そうやって、そういう記憶の話について、今回はまあ普通に雑談したいというだけなんですけど、
なんか不気味でちょっと怖いけど、救いでもあるというか、
全データを自分の中で見た通りの景色を4Kで保存してたら、
もう気が狂ってしまうというか、嫌なことがあった時にそれを永遠にこう忘れられないみたいな。
みたいなところで、まあなんか必要だなとも思いつつも、
でもやっぱなんか子供の時の思い出とか、昔の思い出とかって本当にあったのかどうか、
ちょっと怪しくなってくるみたいな部分もあったりして、
その辺がすごいね、あの面白かったんですけど、
旅行体験と記憶の歪み
特に旅行とか行くとすごい何でしょうね、出来事は海外行くといろんなことが起きるんで、
なんかこれ本当にあったんだっけみたいなことってなんかありません。
本当にあったんだっけみたいなこと。
ずるずる出すの不利ですけど。
いやいやいや、もう一回もう一回。
なんか例えば、なんか僕シアトルにいた時に、よく行ってたカフェみたいなのがいくつかあったんですよ。
で、そのカフェ、なんかもっぱらカフェに行きまくってて、
まあシアトルはカフェの街なんで、カフェに行きまくってて、
で、カフェをはしごしてこう勉強とかして、
そこで友達と会ってっていう、15年前ぐらいの、なんかなんとなくそんな感じがするんですけど、
なんか本当そうだったっけみたいな。
なんかそれって、それを、要はシアトルはカフェの街ですみたいな話を僕何回もしてるんですよ。
シアトルはずっと曇ってて、で、一の半分ぐらい曇ってるから、
曇ってて雨だから、天気が悪いからカフェ文化が栄えたと。
だからシアトルからスタバとかタリーズとかシアトルズコーヒーとかがめちゃめちゃ出てきたんだよみたいな、
シアトル紹介のたびに何十回と言ってるから、
そんな実は自分行ってなかったのに、めっちゃついでにだから僕もあのカフェ行ってみたいな話を多分してて、
めっちゃ行った気になってて多分。
でも多分言うほどそこまでは行ってない気もするけど、
いつの間にかめっちゃカフェ行ってたみたいな記憶になってんじゃないかって思うことがあって、
そういうことが実はいっぱいあったりしないかなみたいな。
たしかにそれって10年前とか20年前とかになると、
境っていうかだんだん年を重ねたからかもしれないけども、
自分の記憶の曖昧さと対峙していくことってあるな。
確かに私そういえばシアトルの記憶はちょっと新しくて、
なぜかというと岡田さんの企画で200回くらいにやった企画で、
岡田さんの万の思い入れもないところなんだけど、
なんか岡田さんのご縁があったんだなって歩いてみて、
確かにあそこはコーヒーがあってみたいなのもあったりするかもしれないけども、
でもあそこ確かにちょうど行った時が曇ってたから、
ずっと曇ってるのはそうなんだなっていうのがなんか思ったりしましたね。
カルフォルニアのバークレーで留学した時とかはずっと晴れてたから、
結構雨も降ったはずなんだけども、
ずっと晴れだった記憶が逆に上書きされてるというか、
それしか記憶に残ってないけど、
300日くらい晴れたことは60日くらい雨だったから、
確率的に言うと別に雨の日もあった記憶があるはずなんだけど、
私の記憶の中には全部晴れの記憶しかなくてですね。
留学生の時も私が行ったスクールは結構8割ぐらいがアメリカ人で、
他者の記憶とステレオタイプの影響
だからそんなにヨーロッパの人とか南米の人とかそんなにいなかったけども、
一人の人は結構複雑な遍歴の持ち主で、
ルーマニア、トランシルバニアかな、
の一角の昔のタルマリアっていう共和国みたいなのがあって、
そこでいらした人はドラキュラ伝説か何かのルーマニアの伝説があって、
それの一派の松江のところのタルマニアっていうところがあって、
そこから来たんですとか言ったりする。
その人もそのすごい悲しい歴史が、
私もちょっと詳しく忘れちゃいましたけど、
ずっと悲しい歴史があったような感じの執事から来るから、
その方のお母さん、僕会ったことない人、
ずっと悲しいことしかなかったように思えてるけど、
残された写真は結構みんなパーティーしてて笑顔で、
なんかあれみたいな。
で、お母さんから聞く話は悲しい悲しい話なんだけど、
その方の、多分でもそれも写真のバイアス。
バイアスの話かもしれない。
写真ってニコニコしてる時に基本残すじゃないですか。
大きな時が。
でも日々はグルーミーな感じの、
私も中東って何回か言ったことあるから、
一緒くたにしちゃいけないけど、
基本確かにそこもあるしの、
そんなにピカピカじゃない感じの、
それは良さなんですけれども、
私にとってはね、後から分かってみると。
だけどそれをカリフォルニアでそういう話を聞くと、
なおさらあるなあっていうのがありましたね。
だからこの土地はこういうところだろうとか、
ものすごいステレオタイプさにどうしても引きずられちゃうし、
自分の記憶も汚染されるって言ったら強い表現だけど、
どうもそういうのはあるかもしれないですね。
たしかにね。
記憶の上書きとポジティブな物語
どうとかそう、なんか、
たしかに分かる。
なんかブルガリア?
ブルガリアとかをちょっと通ったときに、
そこ行く前にそこを通ってきた旅人の人みたいなのに出会って、
なんか危ない目に遭ったみたいな話を聞いたんですよ。
で、すごい悪いやつに危ない目に遭ったみたいな。
ブルガリアはたしかワイルドとかが一番多いところ。
で、それを聞いて、
で、僕自身はたぶんブルガリアとか、
そのタルマリアとかルーマニアとか、
あの辺別になんか何の悪い思いもしてないんだけど、
なんかすごい怖かったみたいな印象を。
そう、良くない。
本当は何もなかったわけ。
その人から聞いた話を、
その先入観を持ってたぶん旅したから、
そっちを持ち帰っちゃってるみたいな。
自分の体験ではなくて。
どうやったらそれを上書きできるんですかね。
なんか高尚な話になってくるけど。
ね、それ寂しいじゃないですか。
そうしたらね。
バッドな、天候の悪いところはずっとグルーミーな感じになっちゃうし。
まあシオトルみたいに、
だからコーヒーがずっとあるぞみたいな感じぐらいだったらまだいいかもしれないけど。
それが良くない良くない歴史として、
なんかね、時々なんか破滅的なことが歴史で起こるなりするから。
なんかね、そうね。
逆もでもあって、
なんか地域名とか出さないですか。
なんかここは意外とすごい良かったみたいな。
すごい言ってるうちに、
良くなかった体験なくなっていくみたいな。
いいね、確かに確かに。
なんかその一般的には、
結構そこの国大丈夫みたいな、
そこの地域大丈夫みたいな言われるようなところに行ったけど、
いやあそこってそれは偏見でめちゃめちゃ良い場所だったんだよって話をしすぎて、
一切ちょっと嫌な目にあったこととかを、
良かったことになっていくみたいな。
自分の中の物語の中で消されていくみたいな。
名前出すとバルカン半島あたりは、
ポジティブな記憶にどんどん埋め尽くされていますね。
実際ちょっとヒリヒリすることもあったけど、
ボスニアヘルゼゴビナのスルプスカキョワ国とか、
あのあたりとかね。
寂しかったけど、
良いとこ見つけようとしてるから、
良かったみたいな感じになって、
分かんない、今言ったらどうなのか。
ジャッジしたくないような。
そうね、そうね。
それは確かにメタ認知という言葉を使っていいのか分かんないけど、
私の記憶はちょっとそういうふうに、
少し変更の薄曇りがかかってくるなということを認識しながら、
言うのはいいかもしれないですね。
展示の仕掛けと後引き
その展示面白そうですね。
そうなんですよ。
結構ね。
だから本当はいないけど、
実はこれいたかもみたいな、
キャラクターの教育番組の映像が流れてたりとか、
怖いな。
ファミコンゲームで、
これ友達の家にあったんじゃないかぐらい、
絶妙なゲームが遊べるようになってたりだとか。
本当にそのゲームが。
ゲームが遊べるんですよ、展示されてて。
そのために作られたゲームなんですね、実はね。
作られたゲームで。
とか、新聞記事とかバーッと貼ったりとかあるけど、
そこの用語が実は存在しないけど、
普通に見たことあるような記事の気がするとか、
なんかいっぱい貼った。
でもそれが実は一つのストーリーになってるみたいな感じの展示で。
怖いな、私の好みかもしれないけど、
つい政治的に私はなんかいろんな悲しい出来事とかを思い起こしてしまうから、
ドキドキしますね。
多分それはノンポリというか、あくまでそういうアーティスティックな展示なわけですよね。
でも怖いね。
人類ってそういうことを何度もやってきてるもんね。
でもそういうのに抗うためにもそういうことがあるんだよってことを、
ちゃんと認知することが大事だし。
面白いですね。
でもそれ、会場から出た後もなんか揺さぶりがかかってくるというか、
そうなんですよ。
なんか後引きそうっすね。
そう、後引くんすよ。
なんかちょっと嫌な感じ。
あれ、これ本当か?みたいな。
そうそうそうそう。
でもいいね。
そういうのも含めて体験型のあれなんだね。
そうですね。
記憶の実験と虚無
展示が増えてるんでしょうね。
面白いですね。
そうですね。
でもそれは大人気なんですか?大盛況。
大盛況みたいっすね。
でも90分も2時間も後引くやつで、もう日出になっちゃうじゃないですか。
一応ね、なんかね。
本当はガラガラじゃなかった?
9月。
確かに。
記憶が。
そう、そういう話で確かに。
今僕が言ったことももう間違いかもしれない。
何も信頼できない。
一応なんか平日のね、夕方ぐらいはちょっと空いてる時間帯みたいな。
聞いてたんで。
まあでも人いっぱいいましたけど、その動けないほど静めって感じではなかった。
動けない。動けなかったら全然お楽しめないからね。
面白いですね。
人すごいね。
若い人すごく多かったですね。去年もそうでしたけど。
若い人。
それやっぱおもころだから?じゃなくてあれか、ホラー分部というかあれか。
展示分部じゃないの?
モニュメンタリーというか。
ああそうですね、モキメンタリーみたいな。
ああごめんなさい、モキメンタリーか。
そういう現実揺さぶり系のドキドキするようなのがやっぱりすごい。
そうですね。
コンテンツとして求められてるんですよね。
面白い。
わかりやすいお化け屋敷みたいなんではなくて、ちょっとそういう続々するような。
多分、あんま回帰が短くて多分9月の最初ぐらいまでらしいんですけど。
そんな大人気なのに?あっという間に。
いやこれも記憶違いかもしれないですけど。
そして2020年代半ばにそういうのが流行ったという記憶はどうやって語り継がれるんでしょうね。
メタのメタのメタになったら怖いけど。
そういう記憶を今回残しておこうということですね。
そうですね。
不安になるね。
不安になる。
僕たちは本当に生きてるのかね。
ドキドキしますね。
生きてるかわかんない、本当に。
これを誰かが聞いてる、聞いてないのかもしれない。
聞いてると思い込んでるかもしれない。
悪夢とか仏教みたいなのがある。
そういう地獄で。
虚無に向かって語り続けていくのもまた一つの真実かもしれないですね。
何も信じてはいけない。
わかりました。
受け取りました。
ありがとうございました。
よくわかんないけど。
さとるさん。
記憶の実験開始
なんですか、岡田さん。
今日は記憶についての話をしたいんですけど。
まずその前に、これから話す中に架空のものを何か入れてほしくて。
私が?
そうです。
例えば、昔、架空の国リッスンブールって話しました。
やりましたね。
あんな感じで、国でもいいし、町でもいいですし、何でもいいんですけど、
ちょっと旅行の思い出みたいな感じで話をする展開があるんで、
そこで、さも当然あるかのように地名なり何なりを出してほしいんですよ。
どこかで私に振られるってことね、話題を。
会話の中で、おそらく過去の旅行の思い出みたいなことを語ると思うんで、
その中で自然に出してほしいというか、例えばリッスンブールではそうだったよみたいな。
アメリカの思い出をリッスンブールで言い換えててもいいですし、
それに対して、僕は何も反応しない、当然のように聞くんで、
2回ぐらいは地名なり何なりを、今決めてもらってもいいです。
今決めますか、じゃあ。
難しいな。
今、なんか適当な地名なり何でもいいですけど、
じゃあ、僕、なんか決めましょうか。
適当に今考えますでしょ。
じゃあ、今めっちゃ適当に…という地域があると思って、
そこは話を流すというか話してみましょうと。
今この話してる部分は、ラジオの最後に持ってくるんで。
なるほど。
なんかすごいね、なんかね。
ラジオの最後に持ってくる。
そういうちょっと実験的なことをやってみたいと思います。
私、合図として…みたいですね、とかそういうことを言っていきまきゃね。
そうしましょうか。
メインの話は岡田さんがしていくってことね。
そうですね。
おおげおおげ。
僕はそれが否定せずというか、確かに確かに。
なるほど、なるほど。
おおげおおげ。
さらっと、そんなに広げなくても大丈夫。
というわけで、もう一回やり直します。
20:38

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