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#135 モノを買うことの意味
2026-10-15 10:10

#135 モノを買うことの意味

大量の断捨離とメルカリ出品を通して考えたことを話しました🗣️
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最近多くの男舎利とメルカリ出品を通して、モノを所持することの意味について考えさせられることが増えたように思います。
メルカリ市のイベントの時に、1日で100件出品した話をしたんですが、じゃあ100件も何を出品してるの?と思うでしょうけど、
意外と服じゃないです。服もちょっとあるけれど、一番多いのはキャラクターグッズですね。
もう、はまってた時は、ほんととことん買いました。うん、なんかこう、せっかくそこに行ったからとか、あとはそのイベント、
節目、グッズの発売日だからって言って、大量に買い込んだものもありますし、
でも、なんか今となっては、なんであんなに一生懸命買ってたんだろう?と思ったりはします。
なんかね、そうやって、そのグッズ、モノを買い込んで、そのキャラクターを愛している、その界隈の一員である、
っていうことの、なんだろう、証明みたいな、で、なんかそれが自分のステータスであって、アイデンティティっていう感覚があったんじゃないかなって思います。
なんかその、キャラクターグッズ、モノを夢中になって、選んでる時間、で、買う時間、お会計するとき、
で、家に帰ってきて開封するとき、開封するときがピークかな、選んでるときと開封するときがピークかな、
なんかそのときの気持ちとか、高揚感が欲しい、で、正直そのモノそのものを使って楽しむっていう場面、
そこには私の場合はあんまりフォーカスされてないような気がします。
なんかぬいぐるみとかマスコットとかって、飾っておくだけだし、
持ってってどっかで写真撮ったりとかあるかもしれないけど、
あと置いておくことによって、見たときの気持ちとか、あと部屋の印象が変わってきたりっていうのがあるけど、
なんか振り返ってみると、多分私の場合はそんなに、その後所持していくことっていうのにあまり多分魅力を感じてない気がします、正直。
やっぱ思いとかの側面が強いのかな。
リズニーのぬいぐるみバッジ、ぬいばね、あれもすごく一生懸命集めてたけど、
多分あのぬいば一体に対して、こういうイベントだったとか、こういう写真を撮った、こういうインパークだった、こういう時間を過ごした、
みたいな証拠っていうか、思いを有形、形のあるものに残したかったんじゃないかなって思います。
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他のキャラクターにしてもそう、不死身なりに行きましたとか、スカイツリーのイベントに行きましたとか、
そう、思い出とかその時の心地いい感情っていうのを、目に見える形で残したいっていうのもあったんだろうな。
それはまたアイデンティティとちょっと違う、似てるけど、派生していくものなのかな、そんな気がしています。
今もそのキャラクターを愛する気持ちは変わらないけど、愛し方が変わったのかなって思ってて、
物を処置することそのものに、今キャラクターグッズについてあまり魅力を感じなくなって、
結局同じことの繰り返しだしね、マスコットとかぬいぐるみは場所を取るし、
そうやってしっかり活躍する場面、生活に沿って馴染む場面っていうのは実はそんなになくて、
そういうキャラクターグッズやファンシーグッズって、グッズ化できるジャンルにかなり限界があって、
トートバッグとかポーチとか、巾着とか、キーホルダーとか、文房具とか、
そうするとさ、キャラクター云々じゃなくて、そのもの、バッグ、ポーチ、文房具とか、
そういうもの自体で勝負してるアイテムの方が結構魅力的だったりして、
キャラクターのポーチとかじゃなくて、普通にポーチそのものとして機能性とか可愛さを追求してるものの方が使いやすかったりとかさ、
なんか言ってること伝わるかな?
文房具もキャラクターだからとかじゃなくて、文房具そのものの機能性とか使い心地の良さとかを追求したいみたいなさ、
そうなってくると私の生活の中に意外とキャラクターを取り入れる場面ってなくなっていくよなって思ったりして、
そういうことも経て、多分私の周りからキャラクターグッズが減ってる。
キーホルダーとか缶バッグとかね、アクスタとかね、本当に保存しておく場所も置いておくところも飾っておくところも物理的限界があるし、
キャラクターにわちゃって囲まれてるよりも、もうちょっと余白を感じながら、
そのキャラクターを感じるじゃなくて、この空間で今自分の感じることは自由みたいな。
もちろんでもね、全部手放したわけじゃなくて、やっぱり思い出深いものは結構残してあります、まだ。
リビングにも自分の部屋にも、数は減ったけど残ってはいます。
でも減らして少数性にした方が、よりそうやって残ってるものを愛おしく感じることができるし、
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多くのものを持たなくても、そこに確かに愛はあるような気がすごくしてますね。
そういう爆買いしちゃったことも含めて、すごく思い出として楽しいんだけれど、
物を買うことだけじゃなくて、もっといろんなことを感じながら思い出として刻んでいきたいなっていうのをすごく感じてます。
今自分が物を買うことの代わりに、一生懸命熱を入れてるのがコーデ撮影かな。
どっかに行って何かを買ったっていうことが、自分の生きてきた証明のように感じてたんだけれど、
今はその代わりに、どっか行って一生懸命撮影すること、インスタにコーデ投稿をあげることがその代わりになってるかなっていう感じはします。
何らかの刺激っていうのかな、形に残すみたいのは欲しいみたいで、
物を所有するってね、お金もかかるし、所有するものに対してのスペースが必要になってくるんだけれども、
写真に残すくらいだったら、データとかの話になるし、
それでもこういうとこ行ってこういう格好してたなって、自分の中での満足感がある形で残せるので、
お金とかスペース的なものよりはいい感じに自分の中でなったかなって思ってます。
だからその中で服が増えるってことが課題ではあるかな。
服はまだ着ていって誰かに見られてっていう機能性は、さっき挙げたものたちよりはあるのかもしれないけれど、
結局その日ごとに着れるもの、季節とか日の回数、土日だけとかなってくると限られてくるから、
服も考え物だなって思う。
しかも結局服もそれこそアイデンティティの証明であって、
自分はどういう人間ですとか、こういうものが好きですとか、こういう自分でいたいですっていうアイデンティティの証明になるから、
前よりはバカバカ買わなくなったけど、
どうしても自分らしさのある色、形、素材のものを見つけるとすごく欲しくなっちゃうので、
結局のところ多分私は思い出っていうのも、服はそんなに思い出の勢いでは買わないように気をつけてるので、
やっぱり人は物の所有を通してアイデンティティの証明をしたいのかなっていう結論かな。
さっき言ったような、私はこういうことが好きでとか、こういう価値を感じててとか、
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あるいはそういう服やグッズからメッセージ、抽象的な何かを受け取っていて、
それが今自分に必要だって感じるからそのものを迎えするんでしょうね。
もちろん機能性とかビジュアルの良さっていうのもあるけど、
そこから何かしらのメッセージを引き続き受け取りたいって気持ちがあるから買うのかな、そんな気がします。
私もまだまだ勢いで買ってしまうこととかたくさんあるので、
そういう物の出会いと別れから自分の状態とか本当に求めてることとか考えながら、
もっと余白のある生活を手にしていきたいなって今そんな気持ちでいます。
そんなところで今日はここ最近の断捨離を通して、物を買うことの意味といったところで話をしてみました。
では今日もご視聴ありがとうございました。
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