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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
去る6月10日、NHK出版新書、英語史で説く英文法の謎、なぜ3単元のSをつけるのかが発売されました。
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英語の語源が身につく味を減る量、英語史をお茶の間におもっとに英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は2026年10月9日金曜日、みなさんいかがお過ごしでしょうか。本日も思い出しながらのダブリンタビヘルシリーズです。
正しい発音が尖られた18世紀、1780年刊行のシェリダンの辞書と題してお届けいたします。どうぞよろしくお願いいたします。
ダブリンの日々は過ぎ去ったわけなんですけれども、思い出しながらこれからダブリン、アイルランド、そしてイギリス等の旅ヘルシリーズを続けていこうかと思っております。
いろいろと写真などは撮りだめしておきまして、ネタも結構あるんですよね。これまでまだ喋っていなかったというだけで、本当は現場からお伝えするのが一番臨場感があるというところなんですけれども、やはり少し時間を置くとまたしみじみと湧いてくるということも感じております。
旅ヘル行きたいと思いますが、本日もダブリンからの話題をお届けしたいと思います。
劇作家のリチャード・ブリンズリン・シェリダンという人物がいるんですよね。
このシェリダンの生まれた家がダブリンの街中にありまして、そこに行ってみました。
建物に銘板が掲げられているという程度でですね、特に何の変哲もない建物ということではあったんですけれども、
今日話題にするのはこの劇作家のリチャード・ブリンズリン・シェリダンその人ではなく、実はその父親、お父さんの方なんですね。
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お父さんのトマス・シェリダンという人なんですが、もちろんこのリチャード・ブリンズリン・シェリダンが生まれた家ということで家族で過ごしていましたので、
このお父さんの今日の主人公なんですが、このお父さんも当然同じ家に住んでいたということで、英語史に関連するのはこのお父さんの方がより直接的なんですね。
なので私はその観点から、この息子の生まれた家というのをですね、その角度から見てきたということなんですけれどもね。
このお父さんの方のトマス・シェリダンなんですが、1719年生まれ、1788年に異謀している人物です。
このお父さんのトマス・シェリダン、もともとは俳優なんです。つまり劇関連の一族ということなんですよね。
そして、技曲も書いていたんですね。
ダブリンのトリンティティ・カリッジの学生時代に、The Brave Irishman orCaptain of Blunderという技曲を書いております。
1743年には、スモーク・アリー・ティアターという劇場がありましてね。
これもあの街中に今でも残っているところでですね、見てきたんですけれども、この劇場にてリチャード・サンセ役を演じて評判を取ったんですよ。
このように、技曲も書き、そして俳優業もしていたということでですね。
翌年にはロンドンのコヴェント・ガーデンにも進出して、ハムレットの役を演じているということなんですよね。
そして、1747年には、このダブリンのスモーク・アリー・ティアターに戻ってきまして、経営者になっているということなんですよね。
俳優として舞台に立ち、劇場を経営するという、そういう一族と言いますかね、人物だったわけですね。
このお父さんのトマス・シェリダンなんですが、もう一つ別の顔がありました。
関連するんですけれどもね、それはですね、正しい発音や話し方の指導者としての一面があったんですよ。
俳優業ですから、滑舌であるとか舞台での発音、これにはですね、やはり一一倍気を使っていたと言いますか、関心が強かったということは納得いきますけれどもね。
この正しい発音、話し方の指導者としての顔というのが英語史上重要になってくるんですよね。
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調べてみると、この方面でもいろいろと著作を残しておりましてね。
1756年にはブリティッシュ・エデュケーションというものを書いてますね。
教育者としての一面というのが伺えるわけですが。
それからですね、これが1762年に出ていますね。
理想的な発音であるとか、優弁術について論じているということなんですね。
特に、ここではですね、英知の脱落に関する問題。
典型的には、現代の英語ではロンドンの国国の発音の癖というふうに言われることが多いんですが、
実際には世界中の英語編集でこのHの脱落、波行シーンの脱落ですね、知られています。
Hドロッピングというふうに音声学あるいは英語史では知られているわけなんですけれどもね。
これがディフェクトである、つまり欠陥である、これ良くないというふうに非難した最初期の論者としてもですね、
このトマス・シリダンは知られているんです。
現代でも社会言語学的な意義のあるこのHドロッピングという現象ですね、話題になることが多いんですが、
これを非難し始めた最初期の人物という点でもですね、これ英語史上なかなかですね価値のあると言いますか、
面白い位置づけの人物であるということがわかると思うんですよね。
やっぱりあの舞台の上で明瞭な発音を追求してきた俳優ですね、演劇業にどっぷりと使っていたからこその視点ということなんだろうと思うんですよね。
そこから規範主義的な発音論と言いますかね、正しい発音をすべきだというような考え方でこのような一連の著作を出していったということなんだと思うんですね。
そしてこうした関心が集大成されたのが1780年に出版されたトマス・シリダンによる辞書なんですね。
A General Dictionary of the English Languageという辞書です。
この辞書はですね、表題のところに説明書きですね。
当時の辞書とか著作というのは、どこからがどこまでタイトルなんだかわからないくらい長いものが多いんですよね。
副題みたいな感じで文のようになっているんですが、その表題の一部にですね、
One main object of which is to establish a plainand permanent standard of pronunciationというふうに明記されているんですね。
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つまり発音の標準規範を打ち立てることを正面から掲げた辞書ということなんですね。
一般の辞書ではあるんですが、とりわけ発音に関して非常に詳しいということなんですね。
収録語数はおよそ38,000語ということで、ジェネラルがついてますので一般辞書なんですが、
今振り返ってこの辞書を見るとですね、発音辞書、発音に特化していると言いますか、
特化したかったんだろうなということも疑わせるようなですね、辞書になっているわけですよ。
発音辞書と言ってしまっても、もうあながち間違いではないですね。
この発音辞書なるものを作るという構想自体はですね、
このトマス・シェリダンの構想自体は早くから政界の有力者の目にも止まっていたようなんですね。
ジョン・スティワート、ロード・ビュートという人物ですが、
これは1762年から3年にかけてイギリスの首相を務めた人なんですけれどもね、
この政界の大物もですね、シェリダンの構想に感銘を受けて、年額200ポンドの年金を与えているということなんです。
このように政治的な後ろ盾を得て身を結んだのが、この1780年の辞書だったというわけなんですね。
こちらは英語辞書紙などで、このトマス・シェリダンの名前とともに、
このタイトルの本ですね、発音時点が出たということは私了解していたんですが、
今回ですね、調べてみるまでは、その前にもいくつか著作があるということと、
そしてダブリンのこの街中にですね、住んでいたのかということを、
これは初めて知ったということでですね、調べてみようという気になったわけですね。
ただですね、シェリダンのこの辞書、1780年の辞書なんですが、
後発のライバルにあっさりと追い抜かれてしまう運命にあったんですね。
11年後の1791年、ジョン・ウォーカーという人物がですね、
まさに発音辞書の定番と後に表される辞書をですね、出したんです。
つまりこれによってシェリダンは影が薄くなってしまって、
せいぜい11年ほどのですね、名声という言い方をしていいのかわかりませんけれども、
そんな感じでジョン・ウォーカーに抜かれてしまうんですね。
このジョン・ウォーカーが作った辞書はですね、
A Critical Pronouncing Dictionaryという、まさにですね、
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これはもう表題からして発音辞書と言い切っている感じですね。
Pronouncing Dictionaryということですね。
こちらが正しい発音を示してくれる辞書の定番として一気に広まったんですね。
なのでこのジョン・ウォーカーがですね、エロキューション・ウォーカーですね。
有弁術といえば、発音といえばウォーカーなどという異名を取るまでになってですね、
収録語数で言うとちょっと少ないくらいなんですよ。
先ほどのトマス・シェリダンのものが38,000、
そして今回のウォーカーのものが36,605というふうに、
ちょっと少ないくらいなんですけれども、
発音記述の緻密さという点でですね、
あのシェリダンをも大きく上回っていたということですね。
いわばですね、1780年のシェリダンの辞書は、
後の容認発音、Received Pronunciationですね、
RPの基盤を築くことになるウォーカーの辞書の、
つゆ払いって言いますかね、
そういう位置づけに甘んじるということに、歴史的にはですね、
振り返ってみるとなったということなんですね。
ちなみにこのウォーカーについては、
こちらの方が英語史上もやはり有名だと思いますので、
よりよく知られておりましてね、
実際にこのヘルディオでも157回でですね、取り上げております。
英語の発音の基盤を定めたジョン・ウォーカーということでですね、
このウォーカーについてヘルディオでお話ししてからですね、
何年も後にようやくそのつゆ払いの立場であったシェリダン。
しかもまあ私たまたまですね、
ダブリンにその息子の生まれた家があるということを
聞きつけたので関心がちょこっとよみがえって調べてみたということでですね、
ウォーカーさんにはなかなか名声ともにですね、
勝てなかったということなわけですが、
今回ですね、こういう形でトマス・シェリダンをご紹介することができましたね。
もう一つですね、一点触れたいことがありまして、
実はですね、このトマス・シェリダン自身のお父さんですね、
もう同じ名前なのでややこしいトマス・シェリダンなんですが、
このお父さんの方ですね、あるいはその俳優として売れたリチャードから見るとおじいさんということになりますが、
このおじいさんの方のトマス・シェリダンは何とですね、
彼のジョナサン・スイフトの無二の親友だったという流れで、
この文人の系譜としていろいろつながっているということがわかりますよね。
スイフトも言葉遣いに非常にうるさかった、そういう当時の文人です。
もともと当時18世紀はですね、やはり規範主義の風というか嵐が吹き荒れていましたし、
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作家であるとかまさにこの劇作家、そして俳優ですね、演劇関連に携わっている人ですから、
余計にですね、人を一倍言葉に対する敏感さっていうのはあったんでしょうね。
時代の規範主義の流れもあって、このような著作だったり、あるいは言葉遣いに、
人々の言葉遣いに物申すという風潮はあったという点では、
もう全体あの時代の流れをですね、組んでいるということでもありますし、
お互い個人同士のこのような付き合いもあったということでですね、
強化されたのかなと想像をしたりしますね。
規範主義はもちろんですね、発音だけに留まりません。
当時18世紀はですね、語彙の観点ではサミュエル・ジョンソンという大者がいましたね。
語彙とかつづり字に、いわばですね、語彙研版みたいな役割を果たしたのがサミュエル・ジョンソンでした。
そして文法についてはロバート・ラウスという英語史上よく知られた人物、文法家がいましたよね。
みんな18世紀の人物です。
半ばから後半にかけてということでですね、時代の雰囲気を感じ取ることができるのではないかと思いますね。
ジョン・ウォーカーに加えて、この俳優出身のトマス・シェリダン、
英語史ではこの名前もぜひ覚えておきたいですね。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
正しい発音がとうとばれた18世紀、1780年間後のシェリダンの辞書として、
英語史上も影としてはちょっと薄い感じはするんですけれども、
この重要な辞書、そして重要な人物、あるいは一族として記憶に留めておいて良いキャラかなと思います。
絶賛発売中の新刊書なぜ三単元目撃マップ企画のお知らせです。
全国のリアル書店で本書を見つけましたら、
町と書店の名前を添えてなぜ三単元が置いてありましたよとお知らせください。
私がGoogleマップにピンを立てていきます。
日本地図をなぜ三単元で埋めていき、英語史をお茶の間に広めていきたいというのが企画の趣旨です。
まだ独立された方はAmazonレビューなど各種のプラットフォームで本書のご感想をお寄せいただけますと幸いです。
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それでは今日も皆さんにとって良い一日になりますように、
英語史研究者のほったりうちがお届けしました。
また明日!