【再】#761. Wulfstan の生きたヴァイキング時代のイングランド --
2026-08-20 25:28

【再】#761. Wulfstan の生きたヴァイキング時代のイングランド --

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に #対談
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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間におもとに、英語の歴史の面白さを伝え、 裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は7月1日土曜日です。いよいよ7月になりました。 皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
梅雨の鬱陶しい日々が続いていますね。 そんな中、本日は対談の第2弾です。
ウルフスタンの生きたヴァイキング時代のイングランド 小川俊さんとの対談第2弾。どうぞよろしくお願いいたします。
本題に入る前にプレミアムリスナー限定配信チャンネル英語史の話、ヘルアのお知らせです。
先月6月2日にオープンしました新チャンネル。 新チャンネルと申しましても、この英語の語源が身につくラジオheldioの日々の放送会に上乗せする形での新しい放送会シリーズというふうに理解していただければと思うんですけれども、
毎週火曜日と金曜日のそれぞれ午後6時、夕方6時にプレミアムリスナー限定配信チャンネル英語史の話をお届けしています。
6月に初めて1ヶ月が終わりました。 計9回の放送をお届けしたんですけれども、最後が昨日ですね6月30日金曜日ということでした。
こちら月は変わりまして、月ごとにですね、有料配信というような形になっておりますので、バックナンバーとしてですね、6月分というのはいつでも参加することができます。
そして7月分の初回はですね火曜日ということで、7月4日に配信することになると思います。月額800円という有料放送になっています。
参加の方法は2つありまして、Voicyアプリ経由とウェブブラウザ経由、2つあるんですけれども、圧倒的に後者、ウェブブラウザ経由が手数料の観点からお得となっておりますので、そちらをお勧めします。
小さいコミュニティでですね、今のところ30人弱ということなんですが、その小さな中でコメント等は盛り上がっております。
この英語資能への参加を通じて、ぜひですね、英語子活動ヘルカツにご支援いただければと思っております。
03:01
ぜひご検討のほどよろしくお願いいたします。このチャプターに新チャンネルのですね、解説の趣旨などを記したブログ記事へのリンクを貼っておきますので、そちら読んでいただければと思います。
ということで、プレミアムリスナー限定配信チャンネル英語資能はヘルアのお知らせでした。
おはようございまーす。おはようございます。
先日に引き続き、今日は対談会ということでですね、小川俊さんにお越しいただいています。今日もよろしくお願いします。
前回、ウルフスタンとは何も誰というような話で、だいぶね、リスナーの皆さんも誰かはわかってきたと。
1000年前に生きていたイングランドの聖職者。かなり偉い聖職者で、どうも物もいっぱい書いてたらしい、説教とかいうことですよね。
元々ロンドンにいたんだけども、ヨークというイングランド北東部ですよ。
当時バイキングの影響が色濃いその地域に出かけていって、そこで大司教という非常に大きな仕事をしていたっていう。
その中で、色々と説教書も含めて書いていたっていうことだったんですけど。
前回の話で、この方の何者かっていうのはなんとなくわかってきたんですけど、
そもそもちょっと大きな歴史的な状況として、バイキング時代っていうところも、さらっとね、この間お話しして終わってしまったんですけども。
だいぶちょっと遡る必要がありますかね。8世紀くらい。
200年くらいウルフスタンの時代よりは。
そのあたりの大きな歴史的枠組みと言いますか、事情について今日お話ししたいんですけども、
バイキング時代と言われる時代、特にイングランドの立場から見ると、どんな時代だったんでしょうかね。
そうですね。このバイキングという人たちは、まさにバイキング時代と言われる一番最初の時代。
もちろんヨーロッパの各地に散り散りに移動し始めたんですけれども、
その中の一つの一派としてイングランドにやってきたっていうのが、だいたい8世紀の後半くらいで。
いわゆる北欧の海賊ですよね。
そうですね。
それが、まあいろいろ言ったけれども、イングランドにやってきた連中が、8世紀くらいに攻めてきた。
8世紀後半くらいに来たんですけど、この時は基本的な目的というか、来ていた規模とかそういうものってのはあんまり大きくなくて、
基本的には海からもちろんやってくるので、お宝とかを目当てにやってきていて、例えば修道院とかに保存されている宝物とか。
金目のものね。
そうですね。そういうものを奪って、で、奪ったらまた自分たちの国に帰るっていう、そういう形態というか形がメインだったり。
06:00
攻撃の仕方ですね。よくヒットアンダーウェイとか言うもんね。
そうですね。まさにそういう感じで。
定着するとか目的じゃなく、とにかく金目のものを奪って、本国に帰るみたいな。
そうですね。そういう時代だったので、まだその国自体に大きな、本当に言葉とか文化とかそういう意味で影響を及ぼすような時代ではまだなかった。
そうですよね。じゃあイングランドにとっても、ちょっとやられちゃったなくらいで、本格的に国が危険に晒されるとか、まだそんな感じではなかった。
まだだったんですけども、ただそれが9世紀になるとですね、最初にバイキンがイングランドに来てから100年前後くらいですかね。
それくらいになると、いよいよこうだんだん攻撃がもうちょっと強くなってきて。
じゃあちょっと本格的にこの国狙ったろかみたいな。
そう、まさにそのノリになってきたわけですね。
そうすると、今までは本当ヒットアンダーウェイで、宝を奪ってまた帰るっていう、そういう形態だったのが、
一回奪ったんだけども、冬をイングランドで越してしまって、軍勢で。
やっぱり足元見たところ、ちょっと弱いな、行けるかなっていう。
行けるぞと、なってその土地に陣営を張って、また暖かくなったらまた攻めていこうっていう、そういう時代になった。
じゃあ中場ちょっとイングランドの一部に住み着くっていうか、そういう狙いで攻め込んでくるようになったと。
それが大体やっぱり9世紀くらいになると、そういう攻撃のパターンが増えたんですけれども、そうするとイングランド、当時のアングロ作戦人たちも、いよいよ我々の国がやられぞと。
そうですよね。
そういう風になるわけですよね。
そこでイングランドっていうのは、当時、英語を話している人たちの中でもいくつか国々が分かれてたんですけれども、
なかなかバイキングに立ち打ちできなくて、どんどんどんどん破れていっちゃったわけですね、その攻撃の中で。
その中で、よく歴史の話とかでも出てきますけど、アルフレッド大王っていう人物ですよね。
彼がなんとかバイキングに勝利をして、で、なんとかアングロ作戦人たちは自分たちの領域といいますか、国を守ったっていう、そういう背景がこの9世紀くらいの時代になった。
9世紀半ば後半ですかね。
そうですね。
だけど守ったって言っても、確か結局はある程度北東部ですか、開け渡しちゃったっていうこともあるんでしょうね。
そうですね。それが非常に後々ウルフスタンの時代を語る上でも大事な側面になるんですけれども、
特にもともと入ってきたのがイングランドの北東部からなので、アングロ作戦人たち、アルフレッドたちが勝った時に、
勝ったは勝ったんだけれども、もうすでにかなりバイキングの人たちがイングランドに来ていたので、
わかったと。イングランドの君たちがたくさんいる北東部の方は、あなたたちの法律のもと生活していいですよっていうふうに、
なかば居住を許したわけですね、アルフレッドたちは。
なるほど。
それをデン・ローというふうに、デン人というふうに別名バイキングのことを、
デンマークのデンですね。
言うんですけども、そのデン人たちの方が適用される場所ということでいうわけなんですけども。
09:03
違法権的にも、取られたようなもんですよね。
そうですね。
ちょっと待って、アルフレッド大王は守ったってことで偉くて大王とかついてるんですよね、確かね。
守ってなくないですか?
守ってない。
半分、半分守ったから、半分守れば大位くれるんですか?みたいな。
でもそれだけインパクトが強かったということで、
逆にアルフレッド大王がバイキングに勝っていなければ、
分からないですけど、足られればですけれども、
今イギリスはひょっとするとデンマーク語が話されてる国になってたかもしれないっていうぐらい、
そういう意味でね。
それぐらい大きな影響力があったっていうことです。
なるほど。
じゃあ半分ぐらいはちょっと明け渡しちゃったっていうのは事実は事実なんですね。
そうですね、そうですね。
で、その時の明け渡してしまった北東部ですか、そのデイン・ローは、
もともとはもちろんアングルサクトンがいたのが、
だいぶその、デンマーク人というか、
北欧人にバイキングが攻められ、
で、しかも北欧から結局定住してくる?やってきて、
移民して定住する人が増えたんですよね。
そうですね。
その時の、これ英語誌の話なんで、
言語事情ってどんな感じだったんですかね?
そうですね、そこが非常に面白いポイントなんですけども、
バイキングたちが当時話していた言葉っていうのは、
英語でオールドノースっていうふうに言いますけども、
コーノルド語って訳してますね。
日本語でコーノルド語とかって訳してますけれども、
一方でアングルサクトン人たちはコエーゴ、コエーゴを話していたので、
そこがぶつかる状態が特に北東部、イングランドの北東部では日常的に起こってた。
ちなみに、ちょっと基本なんですが、コエーゴとコーノルド語って、
言語的にはどういう関係なんですか?近いんですか?遠いんですか?
なんて言いますか、例えば、近いですね。
近いんですか?
近いですね。例えば、ドイツ語も英語と近いっていうのは知っている方いらっしゃると思うんですけども、
ドイツ語と英語が兄弟ぐらいの感じで言えば、
コーノルド語とコエーゴっていうのは、ちょっといとことか、
もうちょっと遠い感じ?
遠いけども近いぐらいの。
じゃあ広くは、とりあえずゲルマン系の仲間の中で、
ちょっと遠めだけど、全然違くはないっていうような感じですか?
そうですね。
じゃあ、そういう、いわばちょっと遠めの方言の二言語が、
イングランド北東部のデインローで、いわば出会ったというか、ミックスしたみたいな。
日常的に触れている状況になったっていう。
そうですよね。
で、例えば、アングロサクションで英語話者のお母さんと、
バイキング出身のコーノルド語、母語話者のお父さんが結婚してみたいなことって、
それはあったというふうになりますね。
子供は両方、もともと近いし、この二つ。
そうですね。これはもちろん、文献からはなかなかわからないことですけども。
推測ですけどね。
推測ですけども、おそらくはそういう婚結した家庭っていうのももちろんたくさんあったっていうふうに言われているので、
そこで育った子供とか、小英語、コーノルド語を綺麗に使ってたりする人もいたんじゃないかなと個人的には思う。
12:07
で、そういう形になったのが、9世紀から9世紀以降っていう感じですか。
そして、その後どうなるんですかね。
その後、10世紀後半くらいになるとですね、
さらに、もうすでにその時代にはバイキングの血を引いている人たちがすでにイングランド人化していると言いますか、イングランドにもいる状態になっているので、
もう数世代経ってね。
そうですね。そうするとバイキングたちも当然そんなに今までみたいに、いきなり知らないところにボーンと行くっていうよりは、
かなりイングランドに来ているわけなので、
攻撃も非常に大規模になって、
手銃もかなり広く行われるようになって、
そうするとですね、その規模が大きくなって、さらにその程度も大きくなると、
王国すらも揺るがすくらいの影響力を及ぼすようになってしまう。
ついに、徐々に中に入り込みながら勢力を伸ばしていったという感じですね。
これで大体10世紀くらいの状況だということですね。
さて、前のチャプターまでで10世紀に入ったくらいまでの状況というのをお話ししましたけど、
その後、900年代ですよね。どうなるんでしょうか。
特に900年代後半とかになると、前のチャプターでもお話ししたように、
かなりこの攻撃の規模も大きくなって、
それによってアングロサクソン人たちが被る被害というか、
そういうのもかなり大きくなっていったんですね。
それに対してアングロサクソン人たちはどういうふうに対策をしようとしたかということなんですけども、
もちろん最初は武力で一生懸命戦争をして、なんとか食い止めようとしたんですけれども、
あまりにも攻撃が非常に厳しいと。
なんか負けてますよね。モールドをのたたけて。
そうですね。まさに死で残ってますけれども、
そういうのがあったので、当時の王様と言いますか、イングランド人たちは何をしたかというと、
お金で解決をしようとしたわけです。
買収ね。要するにお金払うから攻撃ちょっとやめてくれる。
そうですね。どうなるんですかねということなんですけど、
やっぱり最初は分かったというふうに言って、これだけ金もらえるんだったら、
これで攻撃やめて本国に帰るわとなってたんですけども、
やっぱりこれは人間欲がどんどん出るもので、
また来た時にやっぱりこの金額でって言われたら、
いやいやそれじゃダメだと。もうちょっと増やしてくれっていう。
金渡したら終わりだよね。
もう再現ないです。結局そうなってしまって、
挙句の果てにはもう自分たちで払える、もうこれは無理だっていうお金までもう膨れ上がってしまったので、
お金ですら解決ができなくなっちゃった状況になったというのが10世紀後半ぐらい。
これ愚策ですよね。考えてみれば。
15:01
なかなか難しいですよね。
結果どうなったんですか。
結果ですね、当時の王様、エゼルレッドという王様だったんですけども、
彼はもういてもたってもいられなくなったというか、あまりにも状況が非常に厳しくなったので、
当時イングランドの今かなり近いフランス、今フランスですけど、
ノルマンディですね。その後ノルマンポンクエストでやってくる人たちがいた場所ですけど、
そこに亡命。
逃げたんかい。
そうなんですよ。
そうすると王様はいないので、それを占めたものとして、
当時攻撃をして、当然イングランドでかなり勢力があった、
当時バイキングの中でもデンマークから来ていた人たちが、
結局イングランドで自分の国を作ってしまったという状況が。
いわば国を乗っ取ったでいいんですよね。
ほぼ乗っ取ったという状況ですね。
いわば北欧王朝と言いますか、アングロサツの王朝が事実上途絶えて、
デンマーク政権に乗っ取られたということですよね。
そうですね。
なかなか英語の歴史とかを見ると、ノルマンコンクエストとか非常に有名なイベントなので、
その後フランス語がかなり英語に入ってきたとか、
そういうのはすごくよくあると思うんですけれども、
実は結構歴史で見ると、短い期間なんですけれども、
イングランドというのはデンマークの領土と言いますか、
デンマーク人に支配されていたこともあったんだということを結構知られていないんじゃないかなと思います。
1016年ですかね。
そうですね。1016年に始まる王朝ですね。
1066年のノルマン政権、ちょうど50年前ぐらいですかね。
そうですね。かなり時代的には近いですね。
逆に言うと政権は短かったということにはなりますけどね。
だからちょっと目立たないかもしれない。ノルマン政権は大きすぎるんで。
そういう時代があったんですね。
そんな状況の中に、ちょうど1016年になり、
荒れてるバイキングに乗っ取られたなという時に生きてたのがウルフスタン。
まさにそのウルフスタン。
今日初めてですね。
そうですね。
この話だったんです。
ウルフスタンは何年生まれてわかってるんですか?
生まれはわかってないです。
生まれはわかってない。
ロンドンの式をなったその年が?
一番最初の記録で996年ですね。
そのぐらいからわかってるんですね。
推定何歳とか、若かったとか中年とか、あんまりわかってないですか?
あんまりわかってないですね。
ただ、亡くなったのが1023年と言われていて、そこがかなり確かな年代なので。
逆算寿命とか考えて。
900年代後半の60年代とか70年代とか、それぐらいじゃないかと思います。
まさにバイキング王朝が打ち立てられようとするというか、エーゼル・レッドが亡命するみたいな。
18:04
そんな時代の、いわば喫水のイングランド人で、地位としては非常に聖職者として高かったという。
この人の人生を考えると、すごい激動ですよね。
本当にまさに激動の時代に生きた人ですね。
もともとロンドンにいたっていうのもあれなんですけど、
ヨークっていう、デンマークのコンオルドとかバイキングの影響が最も強いところの大司教になるというような立場っていうのもまた異例ですよね。
そうですね。
本人としてはおそらく、自分はもちろん小英語話者ですし、アングロサクソン人の中での地位の高い人物という意識はもちろんあったと思うんですけども。
国としては危なかった?
国としてはかなり揺らいでいた時代で、非常に面白い時代で。
そういうのを考える時に面白い事実というのが、ウルフスタンがヨークに行った後、2002年以降の時代になるんですけど。
その後、さっき先生がおっしゃったように、2016年にそのデンマークの王朝が誕生するんですけども、
その後、25年くらいですかね、デンマーク王朝の王様として君臨していた王様が、クヌートとかカヌートという風に言われる人物がいて、
彼が事実上イングランドを支配していたわけなんですけども、
この時にウルフスタンというのは、このデンマーク人のカヌートの側近という役割も担ってたんですね。
まあ、重要人物。もともとが重要人物。大使教とかで。そこへ取り入ってというか、信頼されていた。
信頼されていたみたいですね。
イングランド人なのに。
なのに、やはり当時デンマーク人だったクヌートも、やっぱりイングランドを支配するには、
当時のイングランド人たちの宗教であったり文化であったりを尊重しようという考えだったよね。
やっぱりそこは積極的にイングランド人の中で優秀な人物を近くに置きたいという気持ちがあったと思うんですけども。
なるほどね。そうすると、なかなかウルフスタンの振る舞い方というのも、本人としても、
自分の国がやられている。やられちゃっている相手のカヌートの側近になっているという、なかなかアンビバレントな。
何とも相反する感じが。
あるでしょうね。
そこが非常に面白くて。
だからちょっと彼の説教とかを見てみると、バイキングの王朝が生まれる前の説教では、結構バイキングのせいで我らの国がダメになっちゃったんだみたいな。
やっぱりちょっと批判的に言ってた。
言ってるんですけども、カヌートが王様になった後、もちろん自分の直々の上司といいますか、側近なわけなので。
になった後はですね、そこの部分をちょっと消してみたりとか、そういうこともあったりするんですよね。
結構な立ち振る舞いが見事。
政治的にかなり苦労した部分もあったんじゃないかと思うので。
21:04
それで前回も話しましたけど、レトリシャンって言ったじゃないですか。
そうですね。
これ関係しますよね。つまり言葉で乗り切ったとか。
そうですね。
うまく、どっちにもイングランド人側にもあるいはカヌートのデンマーク側にもちょっといい顔してというか、うまくやらないと逆に危ない立場ですよね。
いや、まさにそういう立場だったので、そこで彼の言葉遣いの上手さっていうのがむしろいい効果として出てきたんじゃないかなっていうのがありますね。
そこのレトリックを知りたいって感じですね。
そうですね。
その時代にあって彼がどう言葉を使っていたんだっていうのがまさにその関心の一番のミラーボードだと思います。
そうするとそのウルフスタンのレトリックを学んで、小川君はどう立ち振る舞いたいのかみたいな話にね。
どこでいけるのかどうかっていうのはまた別問題ですけどね。
いや、だけど具体的にどういうレトリックなのかとかいうことをこれはぜひ聞きたいですね。
そうですね。非常に面白い言葉伝わりしております。
これはちょっとついでまたね、お話し聞かないといけないですね。
背景非常によくわかりました。
今日ね、8世紀から11世紀かなり長い間でしたけども、ようやくウルフスタン出てきたかみたいな。
そうですね。非常に長い。
という感じですね。
ではまたそのレトリック、ウルフスタンの教えてください。
ありがとうございました。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
小川さんに今日も残っていただいています。
今日はありがとうございました。
今日も非常に面白いね、ウルフスタンの生きた時代の背景。
だいぶ長いスパンでの歴史背景を見たんですが、
一つ言い忘れたことがある。
そうですね。さっきちょっと時代の背景のところで言い忘れてしまったんですけど、
さっき最後にあるカヌートの側近としてウルフスタンが使えていたので、
言葉遣いにも気を使わなければいけなかったという話をしたんですけど、
そもそもその前にエゼルレッドという王様がさっきいたという話を。
亡命したやつね、結局。
もちろん彼はアングロス・サクソン系の王様だったので、
彼の側近でもウルフスタンはあったですね、もともと。
じゃあ、政権変わったのに官房長官として残ったみたいな。
そうですね、まさに。
政権が変わっちゃったのに官房長官はそのままだったみたいな。
なるほどね。
一つはやっぱり明らかに有能で有力でっていうことを。
それがまさに大きい。
だけど一般的に考えるとこれ怖くて、
ちょっと間違えたら一発で消されるとかいう。
まさに。しかも今の時代はもちろん人権とかそういう意識もないので、
当時は盗みとかしただけで殺されるような、そういう時代だったわけなので、
24:02
まさに本当にちょっと一歩間違えれば裏切り者とか言われて殺されたかもしれないように。
そうですよね。
絶対になりたくない系の。
そこと、やっぱりそれを言葉巧みにというか生き延びる術として、
ある意味、弁論、レトリックみたいなのを使った人と関係はするんですかね。
たぶんすると思いますね。
ここは私の研究がまだ及んでない点ではあるんですけど、
実際に彼がキャリアの始めと後でとかで使っている言葉を本当に細かく見て調べて研究していくと、
非常に細かいところでそういう政治的な配慮というか、
そういうものは必ずあるんじゃないかと思っていますね。
すごいね。ある意味、本人にとって生き残りの手段であったレトリックとも言えるかもしれないですよね。
そこでなんとか生き延びたという、そういうことかもしれないですね。
こわっ。
確かに。神さえの時代。
神さえだよね。
この辺のね、実際どういうレトリックをbeforeでは使っていたのがafterではね、どう変わったとか、
そういう戦略、策略というか、あったとしたら何なんだろうかとか、この辺ね、ぜひ次回お聞かせいただければと思います。
でも本当に面白い話でした。ありがとうございました。
ありがとうございました。
25:28

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