スコットランドの言語事情の複雑さと歴史的背景
おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間におもっとに英語の歴史の面白さを伝え、
裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。 本日は2026年4月13日月曜日、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
4月も半ばに入りまして、皆さんの新生活、新年度の生活も少し落ち着いてきた頃でしょうか。 あるいはまだ落ち着いていないという方もいらっしゃるかと思います。
私の方は、昨日の配信会でもお話ししました通り、4月になってからイギリスの方に渡ってまいりました。
もっかいスコットランドにいるんですね。しばらくこのスコットランドに滞在する予定なんですけれども、スコットランドにおける英語の歴史、あるいはもっと広く言いますとスコットランドの言語事情の歴史、皆さんどのくらいご存知でしょうか。
実はですね、非常にこみ入った歴史があって、なかなか複雑なんですよね。 今後、
今ですね、スコットランドにいるということで、スコットランド英語周りの話が多くなってくるのではないかと思いますので、それに先立ちまして、
スコットランド英語の歴史と言いますか、スコットランドにおける英語の歴史とか、スコットランドにおける言語事情の歴史と広く捉えた方が良いかもしれませんが、まずですね、ざっくりとお話ししたいと思います。
先ほども申しました通り、かなり複雑な事情があってですね、なかなか整理するのが大変なんですけれども、現在ではスコットランドといえばイギリスでユナイテッドキングダムの一部としてですね、イングランドに並ぶ大きな
キングダムと言いますかね、一つのエリアになっているわけで、そこではスコットランドなまりの英語が話されているという認識はですね、多くの方お持ちかと思うんですが、
このような言語事情に至った経緯、これをですね、まず今回ざっとまとめてみたいと思います。おそらくですね、今回だけのお話では十分に伝えきれないかと思いますので、また後おいでですね、いろいろとスコットランドに関するお話ししていきたいと思いますが、まずは最初のトライアルということでですね、
スコットランドにおける言語事情をお話ししたいと思います。前置きが長くなりました。これから本編いきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。本日の本題なんですけれども、スコットランドにおける英語の歴史、ざっと概観していきたいと思います。
スコットランドの起源とピクト人
まず、このスコットランドという名前なんですけれども、これどこから来たかご存知でしょうかね。スコティアという民族名が起源となっております。ではこのスコティアであるとか、スコッツですね、今で言うところのスコッツとは何者なのか、このあたりも含めてスコットランドにおける英語事情あるいは言語事情の歴史をお伝えしたいと思います。
まずですね、現在スコットランドと呼ばれていますブリテン島の北部ですね、このあたりにはピクト人と呼ばれる人々が住んでいたんですね。
こちら最近、語英語中英語書法のアーリー・ブリテンのくだりを語英語原文で読んでいるわけですが、そこでもピクタスというふうにですね、このピクト人の名前が出てくるんですね。このピクト人何者かというのは必ずしも判明しているわけではなくてですね、なかなか謎の多い民族です。
そもそも引用語系列の民族ではないんではないか、であるとか、いやいやその一部は少なくともケルト系の言語を話していたなど様々な説がありまして、これは民族学歴史学あたりで最新の学説ではどういうことを言われているんでしょうかね。
私も必ずしも追いかけていないわけなんですが、謎とされているこのピクト人という人々が現在のスコットランド、ブリテン島の北部にですね、住んでいたんですよね。
彼らは拝む文字、拝むというこの不思議な文字をですね、使って秘文などを残しているんですけれどもね、このように文字文化も持っていたということなんですが、その正体は何者なのか、このあたりはですね、不明な点が多いです。
紀元前後あたりにはこの地域に居住しておりまして、さらにその前の時代にですね、イギリスには住んでいた人々がいるということは分かっているんですが、その人々との関連なども取り沙汰されていると、色々な説があるわけなんですけれどもね。
スコット人の移住とアルバ王国の成立
さあ、そんなピクト人が住んでいた地にですね、話は紀元5世紀ぐらいの話になりますけれども、先に進めますが、お隣のアイルランドに住んでいたケルト系の、アイルランド系ケルト人ですね、の一派であるスコット人。
これがまさに今回の主役となるわけなんですが、スコット人がいたんですね、スコッティなどと呼ばれた人々なんですけれども、もともとアイルランドにいた一民族なんですね。
この人々が現在のスコットランド、つまりブリテン島北部の方にやってきたということなんですね。
つまりですね、スコットランドの元となっているスコティというこのスコット人というのは、もともとスコットランドにいたわけではないということなんですね。ここ重要です。
もともとアイルランドにいた民族ということで、アイルランドとのコネクションが現在に至るまでですね、実際に非常に近い、強い、そういう民族なんですね。
もともとアイルランド系であるこのスコット人たちが現在のブリテン島北部にやってきたということなんですね。
そしてそこに自らの言語、つまりアイルランド系ケルトの言語ですね、これをゲイリックというふうに呼んでいますが、現在のスコッティシュゲイリックですね、スコットランドゲイル語と訳されますけれども、ルーツとしてはアイルランド系だということがポイントなんですね。
このスコット人たちがやってきまして、ピクト人とですね、うまいことを交渉したりですね、戦略結婚するなどをして、だんだん融合していきました。
その結果ですね、アルバ王国という戦中のピクト人とアイルランドからやってきたスコット人が融合してできた王国ができるんですね。
アルバ王国というふうに呼ばれていますが、この王国は南にいたイングランドのアングロサクソン人、つまり英語話者たちからはスコット人の名前を取ってスコティアというふうに呼ばれたことからスコットランドとも呼ばれるようになったんですね。
実際アルバ王国なんですが、この名前は長続きせずにですね、スコットランドなりスコットに由来する名前の方が主要になってきたということで、現在のスコットランドの起源、名前としての起源が確立したと、そんな流れなんですよね。
この段階ではアルバ王国なり、あるいは南のアングロサクソンが呼ぶところのスコットランドなりはですね、まだまだケルト的な地域であり、そして話されている言語もスコティシュゲイリックだったわけですね。
英語とはある意味縁もゆかりもないと言っていいと思います。
もちろん同じインドヨーロッパ祖母から枝分かれしたゲルマン語系の英語と早くから分岐したケルト系の言語ということで、究極の究極で言えばインドヨーロッパ祖母に行き着くという意味では親戚なんですが、語波のレベル、つまりゲルマン語波かケルト語波かというレベルでの違いとなりますと、
現実的にはですね、全くの赤の他人と言っていいですね。一言も通じないという意味では全く異なる言語なんですね。
このアルバ王国なりスコットランドなりでは、まずはスコティシュゲイリックというケルト系の言語が話されていたということなんですね。
イングランドとの接触と英語の影響
そしてすぐ南に国境を接するアングロサクソン、5世紀半ばに大陸からやってきて、ブリテン島の現在でいうイングランド部分を占拠して、そしてここを英語の国に変えたという王国なんですが、
このアングロサクソン王国とアルバ王国あるいはスコットランド、これは言語的に言えば全く異なる、一言も通じないというような言語が接触しつつですね、隣り合いながら分布していたというのがこの頃なんですね。
では少し時代を進めます。11世紀です。ちょうどノルマン征服が1066年の頃なんですが、大体同じ頃ですね、シェイクスピアの儀局で有名なマクベスがスコットランドにおいて活躍する時代となります。
このマクベスを殺害したことで知られるマルコム三世ですね。このマルコム三世が南のイングランドを見つつ、より進んだイングランド、しかもノルマン征服によってどんどんと改革が進んでいるイングランドを見て、非常に先進的な国だというふうに、いわばモデルとして南のイングランドを見ていたところがあるんですね。
そこでスコットランドのこのマルコム三世は王権をイングランド風に改革、近代化しようとしたんですね。
その結果ですね、これ近代化は文化、習慣のみならず言語にも及びまして、南のイングランドで話されている英語という言語、ケルト系の自分たちの母語とは全く異なる外国語なわけなんですけれども、これを高く評価する、そのような時代になっていくわけですね。
南の英語というのは、当時から近代化の象徴と言ってもいいんですかね。このようにマルコム三世、そしてその後の歴代の王たちは認識するようになって、英語の影響力が特にスコットランドの南、イングランドに接するあたりの地域ですね。
これはローランズ、低地と言いますが、スコットランド低地ではイングランドの影響というのがどんどん色濃くなってきます。そして言語的にも英語の影響が色濃くなってきます。一方で北部であるとか西部の、いわゆるハイランズという高地地方では、まだまだケルト系の言語ですね。
スコッティッシュゲイリックの影響力が強い。いまだにある意味強いわけですから、それぐらいなかなか抜けない、いくら英語が南からプレッシャーをかけてきても抜けない伝統というのが、現代に至るまで続いているくらいですから、当然ですね。
中世の頃、11世紀から15、16世紀までは、ハイランズにおいては、いまだケルト系の影響力が強いといえど、南の方ですね。中部から南部にかけて、現在のグラスゴー、エディンバラという二大都市も含めまして、そこから南の地域、ローランズでは英語の影響力がどんどん強くなってきたというのが、この国の低地の歴史なんですね。
それに伴いまして、スコットランド全体の中心地、経済的政治的中心地も、もともとはアルバ王国の北部だったんですけれども、このローランズ、現在のエディンバラ、グラスゴーなどが一致するこのローランドに移ってくることになりました。
そしてこのローランズは、英語地域にだんだんとなっていくわけなんですが、やはり国境をまたいで南側の英語、英語の中でも北部イングランドということなので、ノーサンブリア方言と、古英語の時代から言われたところなんですよね。
そこと神話性が、もちろんスコットランドの南部、低地の英語は関連が非常に強いわけなんですが、それでもやはり国が違う、統治機構、文化が違うということもあって、徐々に南の英語、特にノーサンブリア方言から由来するとはいえ、少しずつ異なっていきます。
そこで独特の英語方言というのが生まれまして、これがいわゆるスコッティッシュとかスコッツと呼ばれる、日本語ではスコット語と訳していいと思うんですけれども、これが芽生えてきたんですね。
あくまでベースは英語であるという点では間違いないんですけれども、南のアングロサクソン人たちがしゃべる英語。
とりわけその北部のノーサンブリアの方言とも異なってきた独自のスコットランド領土内での英語というのが芽生えてきまして、これが独特なので一つ名前を与えようということになって、これをスコッツ、スコット語というふうに呼んでいるわけですね。
スコット語の発展と衰退
そして15世紀などには文学の黄金期を迎えることになります。
スコッツ語で書かれたあくまで南のロンドンベースのイングリッシュではなく、スコッツという名前の英語の仲間ですよね。
これで文学も書かれるほどに発展してきたということなんですね。
ところが16世紀、17世紀以降にこのスコット語というのが最終的にはスコットランドの標準語として根付くことはありませんでした。
その理由はいくつかあるんですけれども、最も大きいのは南のイングランドの影響力があまりに大きくて、
スコットランドに南の英語がどんどんと流入してきたことによって、いわば英語の一つの方言であったスコット語というのが書き消されていくということになったんですね。
ここにはスコットランドとイングランドの戦争において、スコットランドが負けてしまったという事実であるとか、あるいは宗教改革の波が南から来た、江戸を流れてきたというところがあって、イングランドの文化的影響力が非常に強まったということなんですね。
さらに逆方向といえば逆方向で、スコットランドのジェームズ6世が1603年にイングランドのジェームズ1世として即位するという権縁の中であったこの二つの国が一つの王冠の下にまとめ上げられるという歴史的な事件が起こった。
つまりエジンバラに宮廷を構えていたジェームズがロンドンに降りていくことになったということになりまして、この二か国の関係は親密になるとともに、一方で言語的には南のイングランドの方言の影響力がスコットランドにも大きく影響を与えると言いますかね。
スコットランド方言がいわば格下げされるような形になったということなんですね。スコットランド人の目線から言いますと、自分たちの王がイングランドの王にもなった。そして統合されたグレートブリテンの王にもなったという点では格上げなんですが、文化的言語的に言いますと自分たちの言語スコッツですね。
スコット語が相対的には格下げになるという、こうした皮肉なことが起こってしまったということなんですよね。
そして1707年にはアクトブユニオンによってまさにですね、スコットランドとイングランドが法的にも統合される、いわゆるグレートブリテンができるわけで、公的な場でのスコット語、スコッツの地位はますます低下して、実際にはですね、だんだんと使われなくなっていったということなんですね。
スコット語のリバイバルとスコットランド英語の成立
それでもこのスコット語はですね、完全に消えたわけではないんですね。人々の親密な会話の中であるとか、逆にですね、詩のような文芸の言語としては生き続けました。
18世紀から19世紀にかけて、再びこのスコッツ、スコット語のリバイバルが起こりました。その盾役者は、かのロバート・バーンズという詩人ですね。それからサー・ウォルター・スコットなどの文人も排出したことによって、このスコット語がですね、文学においては格強を呈した。
復活せんとばかりにですね、勢いを得たというところがありますが、人々の一般的な言語生活の中では影響力が弱まっていった。そして南のいわゆる英語ですね、そして近代になりますと標準英語というものが出来上がります。
標準英語のスコッティッシュなまりではありますが、そうしたものが人々の口から自然に流れているようになったというのが、近代中期から後期、そして現代に至るまでということなんですよね。これをスコッティッシュイングリッジ、スコットランド英語というふうに呼んでいます。
つまり南のイングランドで話されている英語、ロンドンの標準英語あたりがベースとなりつつ、これをスコットランドなまりにさせた変種ぐらいの意味で言っているわけですね。
先ほどから歴史的に述べてきたスコッツ、スコット語というものと標準英語のスコットランドなまりぐらいの意味のスコッティッシュイングリッジ、スコットランド英語、この境目はもちろん微妙なんですけれどもね、ただこの2つは別変種というふうに歴史的には見た方が良いと思うんですよね。
歴史的なスコット語というのは文芸の中で残るばかりとなって下火だったわけなんですが、20世紀になりますと辞書の変算、つまりスコッツ語の辞書を歴史的に変算するなどして、いわば復権の動きというのが見られるんですね。
しかもですね、1999年スコットランド議会が復活いたしました。それによって国家的アイデンティティ、スコットランドのナショナリズムというのが高まりまして、改めてこのスコッツ語の復権とか復活みたいなものが探られているというのが20世紀、本当に最後の段階から21世紀にかけて何度目かのスコッツ語の復活あるいは復権に向けた動きというのが出てきています。
ということでですね、下火になってもそのまま消えていくわけではなく、何百年に一回ですね、このように復活の兆しがあるっていうのを繰り返してきたのがこのスコッツ語だったりするんですよね。
現代スコットランドの言語状況とまとめ
このようになかなか複雑な歴史を背負っているのがスコットランドということなんですね。
そして現代でもハイランド、特に西の方の東諸部ではまだですね、スコッティシュゲイリックという紀元前後から5世紀ぐらい以降ですね、もたらされた言語が今でもですね、細々とではあるんですけれども話されているということを考えると、ブリテン島の言語史というのは本当に複雑だなと思いますね。
英語のおひざ元イングランドなわけですが、そこから世界語になったといえどですね、実はその足元の一角であるスコットランドであるとかですね、そのハイランドも含めてなんですけれども、そこではまだ英語が浸透していない地域という一つの言い方ですけれどもね、があるというのはなかなか皮肉でもあり面白い事実なんではないかなというふうに思います。
ということで、今回はスコットランドの英語あるいは引いては言語の事情の歴史についてお話ししました。
ポイントは歴史的なスコッツと呼ばれるスコット語と現在話されている英語スコッティッシュイングリッシュ、これは南のロンドンベースの英語をスコットランド風に生らせたものということなんですが、このスコッティッシュイングリッシュと歴史的なスコッツというのは一応別の編集として捉えておきたいということなんですね。
この2つの関係は複雑でお互いに影響を与えているというところもあるので、きれいには切れないとはいえど、歴史的にはまずスコッツ語というのがあり、これが数百年に一変復元、復活していくという兆しがあるということですね。
この一方でスコットランドなまりの英語という点で、つまりアメリカなまりの英語とかオーストラリアなまりの英語というのと同じ軸でスコットランドなまりの英語というのもある。これは歴史的なスコッツとは一応別物と考えておきたいということなんですよね。
1回でフルに語るのはなかなか複雑な話題ということでしたが、まずはファーストトライアルということでお許しいただければと思います。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
スコットランドにおける英語の歴史について解説してみました。なかなかうまくお話しできたかどうかわからないんですけれども、
スコットランド英語の歴史も古いということはお分かりいただけたのではないでしょうか。
実際に現代世界ではまさにワールドイングリッシーズの21世紀の時代ですので、さまざまな英語が話されているわけなんですが、
多くがイギリス英語に由来しているということなんですね。イングランドの英語ということですね。
ただですね、一つだけこのスコッツに関してはイングランド以外の場で生じて、しかも最も古い歴史を有しているという点では極めて顕著な英語編集なんですね。
ルーツは古英語、オールドイングリッシュのノーサンブリア方言にあります。ここから直接に発した一つの編集はスコッツということで、
いわばイングランドの英語、一般には正統な英語とか標準的な英語とか最も優秀正しい英語と考えられているわけなんですが、
これと同じくらい古い種を持つ編集ということでは、世界で話されているさまざまな英語編集の中では他に例がないという歴史の長い英語、それがスコッツということなんですね。
今後もスコットランド英語周りの話、いろいろとしていきたいと思います。そのためのスターターとして、今日はなかなか込み入った話だったんですけれども、何とかまとめようとしてみました。
関連する私のブログ記事等もリンクに貼っておきますので、そちらもお読みいただければと思います。
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