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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間におもっとに、英語の歴史の面白さを伝え、 裾野を広げるべく毎朝6時に配信しています。
本日は9月11日月曜日です。新しい週の始まりです。 皆さんいかがお過ごしでしょうか。
本日お届けする話題は、「学び続けるコミュニティでありたい」です。
今日はボイシーのトークテーマですね。
先生について習うか、教わるか、あるいは自学自習ですよね。
独学するかというようなお題。
習うか独学かというトークテーマでお届けします。
よろしくお願いいたします。
今日のお題はボイシーのトークテーマに乗ってお届けするということなんですけれども、
習うか独学かというハッシュタグがついてますね。
皆さんこのお題だったらどのように答えますかね。
皆さんに私から問いかけたいと思うんですけれども、
いろいろ考え方あるんではないかと思うんですけれども、
私はですねどっちでもいいという考え方なんですね。
両方ありでしょっていう。
なので、AかBかみたいな言い方で問題を提起しているっていうことはもちろんよくわかるんですけれども、
これはですねTPOに応じてAとB両方やるっていうことがいいんではないかなというのが私の結論で、
あまり面白くないかもしれないんですが、選ぶ問題ではない。
それより大事なのは、習うにしても独学にしても、
結局ですね勉強する学ぶっていうことなんですけれども、
この学ぶ意欲、モチベーションですよね。
横文字で言うとモチベーション。
これを保つっていうことが第一であって、
その手段として習った方がいいのかとか、
あるいは自分でやった方がいいのかっていうのは、
個人個人の性格、性質というのもありますし、
あるいは学習段階で、
これ明らかに人からですね、
もうすでによくそのことを知っている先生から習った方が早いっていうこともあれば、
ここはじっくり自分で考えて、アイデアを出して、
勉強の仕方そのものからですね、
自分で作り上げなければいけないんだとか、
いろんなステージがあったりするんで、
これ一般論ではですね、
どっちがいいとかいう話にならないんですよ。
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なので、その時々であるとか、
その個人に応じてですね、
どちらの方が良いかっていうのは変わってきたりしますし、
往々にしてバランスの問題で、
やっぱり両方大事なんですよ。
人から教わった方が圧倒的に早いっていうこと多いですし、
一方で自分で考えなきゃこれ以上伸びませんよっていうところもあったりするんで、
というのがですね、
私の今回のお題に対しての結論はですね、
もうはっきりしてるんです。
なので、これ以上言う必要はないと言えばないんですけれども、
このチャンネルですね、
英語の語源が身につくラジオということで、
言葉の語源っていうのを話題にしてるんですね。
トークテーマ自体に、
こちらの配信にですね、やってこられたという、
初めてこのチャンネルを聞きの方々もですね、
いらっしゃるんではないかと思いますので、
これで終わらずにですね、
このチャンネルの趣旨である、語源を考えるんだと。
歴史的、通時的に言葉っていうのを見てみるっていう側面をですね、
ちょっと出しながら話を膨らませて、
今日はお話ししていきたいと思います。
ぜひですね、初めてお越しの方も、
もう少し聞き続けていただければと思います。
今日はですね、この学ぶということ、
その概念、あるいはそれを表す動詞が多いのかな。
動詞その他ですが、
それについて日本語と英語の原義と言いますかね、
語源を探ってみたいと思うんですね。
そういう趣旨のチャンネルなんで、いきたいと思うんですけれども、
まずですね、日本語からいきましょうかね。
習うか独学かという、今日のトークテーマのお題なんですが、
まずですね、習うというのは、これ語源的には慣れるなんですよ。
慣らしていくっていうことですよね。
つまり、とにかく時間をかけて、そのものに触れて、
体に慣れさせる、覚えさせるっていう感じなんですね。
習うっていうのは、教わると言い換えられるかもしれませんが、
ニュアンスがだいぶ違くてですね、
特に語源をたどると、習うっていうのは、とにかく慣れていく過程なんです。
要するに、ひたすらシャワーのように浴びるっていうことですよね。
英語学習だと、いわゆるイマーションってやつですよね。
もうひたすらリスニング、英語が流れている環境に浸るということもそうだと思いますし、
我々、もうひたすら音読をしたり、あるいはドリルですよね。
慣れるってドリルのことですよ。
算数でもいいですよね。
それから漢字の書き取りでもいいんですけれども、
とにかく同じものをひたすらやって慣れていく。
これ勉強なのかどうかわからないんですが、
とにかくですね、慣らしていくっていうことが大事なんだという発想が、
日本の教育にはずっとありますよね。
これ、習うなんですよ。慣れるですから。
習うより慣れよって言ってますけど、
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これ、習うも慣れるもですね、
結局同じ語源なんで、
なんだこのことわざはっていう話になるんですよね。
とにかく経験を積んで、習う、慣れる、これなんですよね。
日本の伝統的な学習観ってこれなんだと思うんですよ。
もうひとつですね、学ぶっていうのがありますよね。
これも、まねぶから来ているというふうに言われますね。
つまり、まねるなんですよ。
まねるんですよ。
モノマネですよね。
先生が言っていることをリピートするっていうことです。
あるいは教科書、本に書いてあることをそっくりそのまま写すみたいなものに発想を近いですね。
これをひたすら先ほどの習うですけれども、
慣れるですけども、ドリルのように何回も何十回も繰り返すっていうのが、
日本の学習観なんだと思います。
伝統的な。
習う、学ぶということですよね。
これを2つ漢字合わせて学習ですから、
もうこれ逃げられないんですよね、日本の場合。
これただですね、一理あるんですよ。
ものすごく一理あって、
特に私、英語の教員ということで英語を教えるわけなんですが、
外国語というのはですね、特に単語などはやっぱりこれ暗記するしかないんですね。
さらに語法なんかもですね、コロケーション、狂気表現っていうのを覚えてなんぼなんですよ。
なので、学ぶ、習う、それから覚えるっていうのもそうなんですけれども、
これから離れられないっていうのが語学ですし、
他の教科でも日本ではこれが基本の考え方だったんですね。
これ、良い面ものすごくあります。
最近ね、暗記だけじゃないんだということがとりわけ言われるので、
暗記、完全な丸暗記というのはちょっと部が悪い方向にですね、
世論が触れてると思うんですけれども、
私、この真似、繰り返し、ドリル、暗記、これはですね、とっても重要だと思っているものなんですね。
これだけじゃないっていうのはもちろんわかっていながら、
学ぶ、習う、これはめちゃくちゃ大事だと思っています。
私はこの学ぶとか習うという方向性自体には賛同しているものだということなんですね。
もう一つ日本語で教えるという関係する単語がありますので、
こちらも言っておきたいと思うんですが、
これはですね、古語のおし、形容詞です。
おし、漢字を当てると愛するの愛です。
にし、ということですね。
おし、これは可愛いとか失いたくない、英語で言うとI miss youという発想ですよね。
これが今のおしという形容詞につながっているわけなんですが、おしなんですね。
和行の和音のをですけどね、おしということです。
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これが動詞化したのが教えるということです。
つまり、その教える相手、私が先生だったら生徒ですよね。
生徒にこの情報を失いたくないな、本当に失ったら惜しいな、とても取っておきたいなと思わせるということなんですよ。
教えている間にこの情報なり、あるいは技なりっていうのはぜひとも学び取りたい。
そしてそれを獲得したらですね、絶対に失いたくないと思わせるということなんですよ。
なので教えるっていうと、現代の教授的な視点からするとちょっとそれこそ押しつけがましいというか、
上位のものが下位のものにこれを学ぶんだよっていうふうに模範を示してあげるっていう雰囲気が強いかと思うんですけれども、
語源を探ると相手にもっと得たいなという気持ちにさせる。
つまり相手の生徒のモチベーションをどちらかというと高める方向の働きかけという感じがあるんですよね。
これとってもいいことだと思うんですよ。
上から目線で押しつける感じで教えるっていうのではなくて、相手にもっと知りたいなと思わせる。
相手にもっと得られないとこれ惜しい話だなっていうふうに思わせるというような語源だと考えると、これとってもいい語源ですよ。
ですので英語の先ほどの学ぶ、習うっていうのは私としては割とフィット感がある。とてもいい学習感だと思うんですね。
さらにこの教える側、教育感の方も語源からたどると相手のやる気、モチベーションを盛り立てるという方向性を持った語源だということで、
語源的には日本語のこの3つの単語、学ぶ、習う、教えるって結構いけてるんではないかっていうのが私の考えなんですね。
皆さんはいかがでしょうか。
次に英単語を考えてみたいと思うのですね。主に英単語です。他の西洋語も入ってくるかもしれませんが、議論の中に英単語に注目してですね、お話ししたいと思うんですけれども。
まずですね、学ぶ、習う方ですね。これ基本的にはlearnという単語を使いますね。
もちろんstudyという言い方もありますし、あるいは一般的にworkって言い方もありますが、学ぶ専門ということで言うと伝統のある単語はやはりlearnなんですね。
studyっていうのはこれもよく使いますね。今一般的に使いますが、これ自体はラテンフランス系の釈用語ということで本来の英単語ではないんですね。
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learnっていうのが本来のゲルマン系の英単語ということなんですが、これ面白いことにですね、学ぶだけではなく教えるという意味が本来あったんです。
小英語ではありました。少なくとも両方の意味がありました。これについては実はですね、このヘルディオでも245回、
このチャンネルにリンクを貼っておきますが、そこでですね、learnは学ぶではなく教えると題して、今日の話題に非常に関係の深いお話をしています。
ですので、今回のこの配信会聞き終わった後ですね、ぜひ聞いていただきたいと思うんですね。一度聞いた方も改めて聞いていただきたいんですが、245回
learnは学ぶではなく教えるということで、小英語ではこれ両方の意味があったんですよ。学ぶと教える。これ反対方向じゃないかと思うかもしれませんが、そのあたりがその245回では問題になっています。問題と
していろいろ議論してますので、ぜひですね聞いてください。
よく考えれば、教えることは学ぶことだ、みたいな言い方であるとか発想って我々にもありますよね。教員という職業に就いている方はですね、私も含めなんですけれども、もう幾同にいますよね。
教えてみて初めて自分がそれについてよく分かっていなかったってことが分かった。なので教えることって本当に学ぶことなんですよ、というような言い方ありますよね。それから職業として教員でなくても、教えることが
実は一番学びになるっていう経験はほとんどの皆さん持ってるんではないかと思うんですね。
教えるといかに分からなかったかっていうことがよく分かる。どこまでは分かっていたんだけれども、どこからは分からなかったっていうポイントがはっきりするみたいな形で本当に学びになるんですよ。教えるって。
なのでこの2つがですね、同じ単語で表現されるというのは割とよくある話なんですね。
フランス語でもapprendreっていうのがやはり学ぶという意味と教えるって意味、これが2つ同居してますよね。ですので語源的にはlearnっていうのは学ぶと教える両方あったんですよ。それが今では学ぶの
方に特化して教えるという意味は減退しました。
その結果ですね、teachっていう別の教えるに特化した単語、動詞が現れて、今ではlearn、teachという2つの対比的なですね、単語ペアが揃っているっていうことになるんですが、本来的には小英語
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ではlearnで学ぶであり教えるだったんですよ。
そしてこのlearnの教えるっていう意味、今では方言なんかでは今残ってるんですけれども、一般的な標準語でも消えてますよね。ただ痕跡はいろいろありまして、245回の配信回で述べてますので聞いていただき
たいんですが、一つだけ挙げるとlearned man、学識のある人、男という場合ですね。
learned manっていうふうにlearnの過去分詞ですね。これが形容詞化して、ちゃんとedの部分もaddっていうふうに読むんですけれども、learned manっていうのはなぜこれで学識のある
人という意味になるか、博識のある人という意味になるかというと、このlearnが文字通り元の教えるっていう意味を残してるからですね。
その過去分詞ですから、教えられたってことです。つまり教育を受けた、教養あるって意味になるんですよ。
learned manというこのlearnedに元々の小英語時代にあった教えるの原理がギリギリ生き残っている、化石的に生き残っている表現だということになります。
それ以外今はあまりありませんけれどもね。
さて、teachっていうのが教えるを専門的に担当する、そんな単語になってlearnの教えるという意味を押しのけたという形になります。
実際には小英語からteachもあったんですけれどもね、だんだんとこれ後に伸びてきたわけです。
そしてこのteachの語源は何かっていうと、どうもですね、ゲルマン語に遡ってshow、示すっていうことなんです。
そうしますと先ほどのね、日本語の話しました、教えるというのは惜しい気持ちにさせるというような成り立ちでしたよね。
いわば生徒のモチベーションを高めるというほどの意味なんですが、英語のこのteachは割と最初から示すなんですよ。
示してあげる、教えてあげるっていう上下という関係ですね。
上位にいる先生が下位にいる生徒に教えてあげるという元々の意味からして、実は英語の方がこの上下関係を最初から意識した、教えてあげる、情報を持っているものが持っていないものに示してあげるという意味合いが、
色彩が強いんですね、日本語と比べればということなんですけれども。
このように日英語の単語の語源を比べると、私個人としてはですよ、私個人としては日本語の方が語源ということですけどね、今そういう教授的な感覚が学ぶ、習う、教えるにあるかどうかは別として、もともとの
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発想、語源としては日本語の方が割と好きだなっていう感じがするんです。
ただですね、一つだけ、英語の言い方としてですね、私こっち好きだなという、日本語のものよりも好きだなっていうのが一点ありまして、今日のトークテーマ、習うか独学かということで、独学っていう言い方ですね、
これ一人で学ぶということでですね、物理的に一人である、aloneである、study aloneとかlearn aloneなんていう言い方ですね。
そういう言い方になるんですかね。直訳すると、そんな感じに英語ではなるんだと思うんですが、実際英語でよく使われる表現はですね、私は独学なんだと、独学で身を立てたんだみたいな時に、I'm self-ta
ughtって言い方するんですね。
self-taughtって言うのはティーチの過去文字です。つまり、自分自身によって教えられたっていう言い方をするんですよ。この発想、私大好きで、日本語の漢語ですけどね、独学っていう言い方とか、一人で学
ぶという和語の言い方ですけれども、これに比べるとすごく優れているというか、私としては好きだなっていう表現がself-taughtっていう言い方をするんです。
self-taughtっていう言い方ですね。自分自身によって教えられる。つまり、taught byoneselfみたいにパラフレーズできると思うんですけれども、これ好きなんですよ。a self-ta
ught scholarとか、a self-taught pianistみたいな言い方ですよね。
これ何が好きかというとですね、日本語あるいは漢語の独学ってやっぱり一人の学っていうことで、一人という物理的にですね、本当に一人なんだっていう感覚がとっても強い。そんな意味合いが強い言い方だと思うん
ですね。
英語のself-taughtっていうのもself、自己ということなんで、他に人がいないっていうことは暗示しますので、似たような意味合いはですね、読み取ることができるかもしれないんですが、あくまでte
achを使ってるんですよ。taught、過去分詞ですが。
teachっていうのはやはりですね、ティーチャーとスチューデント、教える側と教わる側がいるっていう2人を概義するんですね。少なくとも前提とするんですよ。
self-taughtっていうのはその意味では自己矛盾。一人しかいないのにteachっていう単語は前提としてですね、2人を想定するということですよね。
ちょっと表面的には矛盾するっていうことなんですが、見方を変えればね、自分が生徒でもあり先生でもあると。自分一人の中に2人の役割をした、つまり教師と生徒っていうのが共存しているんだと。
その2人が語り合ってるんだと、問答してるんだと、インタラクティブに対話してるんだというイメージがですね、湧き立つんですよ。self-taughtっていうと。teachを使うとそうなるんですね。独学
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だとこの雰囲気出ないんですよね。
長くなりましたけれどももう少し続けますね。独学っていうのは本で学んだりして先生がつかずに人がつかずに自分だけで学ぶという意味合いが強いんですが、実際には自分の中に先生と生徒役の2人がいるんですよ。
そこでこれは素直に先生の言うことを聞いておいた方がいいな、であるとか、いやこれは先生と言えどやっぱり反論した方がいいなと、ちょっと違うでしょうと突っ込んだ方がいいな、みたいなそのあたりも含めて思考って
そういうことだと思うんですよね。
学び始めの初級段階では基本的に本で学ぶにしても従った方がいいですよね。そのまま受け入れるっていう形でそういうもんだなと受け取っておくのが基地です。
ですが、ある程度の段階になったら本をも疑う、教科書をも疑うというような読み方、本への対し方みたいなことが重要になって、この場合ですね、先生に対してもやっぱり突っ込みを入れるということが必要だと思うん
ですよ。
すべて自分の中なんですけどね。自分が生徒でもあり教師でもあるっていうような関係でやってますので、これ学術的な例えば論文を読んだりあるいは自分が論文を書いたりするときに絶対に必要な視点なんですね。
2人いなきゃいけないんですよ。ものすごく甘い自分とものすごく厳しい自分、この2人で対話させるということが必要なんです。これはやっぱりですね本当に人が相手がいてですね、その2人なり3人なり
ということで対話したり議論したりする中でスキルを磨いていくんですが、最終的にはある程度自分の中でできるようにならなきゃいけないんですよ。
これができるようになったら本当の学びなんですよね。自分の中であることある説を主張したい自分がいると。それに対して最も厳しい批判者であり最も意地悪な批評家というのがいると。これもまた自分の中にいる
っていう状態を作らなきゃいけないんですよ。両方戦わせる。これこそが本当の学びだと思うんですね。これ独学ですよ。
独学が成立するためには最も甘い自分と最も厳しい意地悪な自分っていうのが1人の個人の中に同居していないと独学成り立たないんですよね。この自分の中の2人に対話させるっていうか、対話じゃないですね。議論、討
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論、喧嘩させるっていうことが多分学びなんだと思うんですよ。
ただこれは簡単に身につけられませんよね。ですので本当に生身の人間を相手にして2人なり3人なりで実地訓練をして自分1人でもできるだけそれに禁止したことを自分の中で再現できるようにしていくっていうこと
なんだろうと思うんですけれども。
この意味で独学っていうのはこの意味だと考えると英語のself-taughtという言い方はやっぱりピタッとくるんですよ。日本語の独学よりも。ということで今日は私の学習感みたいなものをトークテーマに引っ掛
けてお話ししたということになるんですけれども。
語源的に考えるとですね。日本語の学ぶ、習う、教えるは私結構好きです。一方英語の方もいろいろありますがself-taught独学に相当するself-taughtという言い方は日本語よりもこの英語の表現の
方が好きですね。
さてまとめにもならないんですけれどもいろいろと散らかったお話をしてきましたが今回のですねボイシーのトークテーマ。習うか独学かということなんですがそもそもAかBか選ぶような話ではないっていうことですね。
最初に言った通りです。結論はもう述べてしまいましたが習うのがいい時もあります。明らかに習った方が学習効率がいいという段階であるとかあるいはそういうタイプの方っていうのはいますよね。一方で独学タイプの方
もいますしあるいは普段習うっていうことの方が効率がいいけれどもやはりここは考えないといけないでしょっていうタイミングはあったりするわけです。
私自身はタイプとしては完全に独学派っていうことで習うというよりはですね自分でどんどんやってしまった方が好き楽楽しいというふうに思うわけなんですがただですねもちろん小学校中学校みたいな義務教育でさんざん
習ってきたからこそ自分で考える力もついたというのも本当ですしあるいは独学とか自分でいろいろものを考えたりするのが好きだ。
といっても行き詰まった時はですね先輩とか先生とかに聞いてアドバイスを受けていわゆる習うってやった方がやっぱり解決が早いっていうことも多いっていうのも経験的に知っています。
ですのでこれはいろいろとバランスの問題でどちらかということではなくですね両方をうまいバランスで使っていくという当然の結論にですね結局なってしまうわけなんですけれども一番大事なのは何かと言いますと習うか
独学かっていうのは方法論の違いでしかないんですよ。
これはどっちでもいいんです。どっちでもあり得るしタイミングによってっていうのは先ほど述べた通りで重要なのは自分が学ぶことによって一歩上の段階に行く一歩高いところに行ってより広い世界を見渡すことができる
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というこの状態にいかになりたいか。
一言で言うと学習意欲とかモチベーションっていうことになるんですけれどもこれこそが一番大事ですよね。習うか独学かというのはそのための方法手段に過ぎないので最も重要なのはもう一歩上に行ってもっと広い世界を
見たいっていうこの意欲だと思うんですね。
先生っていうのはこの意欲を生徒の中に見出しそれを高めていくっていうようなことだと思うので日本語の教えるですね。つまり推しです。
可愛い失いたくないという感じにさせるというこの語源は好きですし英語のself-taughtの中に内在している自分で自分自身のことを教えて高めるんだというポジティブな意味合いですね。
これを感じることが私はできるんですけどもだからself-taughtという表現いいなというふうに思うわけなんですがここなんですよね意欲これを湧き立てられるかということなんです。
そして最後にですねこれ一言言わせてください。この英語の語源が身につくラジオヘルディオに集まって来られているリスナーの皆さんはですね最初からこの意欲があるんですよ。
ですので習うか独学かというこれ本当に手段の問題なんで大して大きい問題ではなくて最も重要なところですね皆さんすでに持たれているとこれも皆さんから寄せていただいているコメント見れば明らかです。
皆さん学んでるんですよ学ばれていてそのことがとてもよくわかるコメントが送られてきているので私もですね本当に身が引き締まるんですね。
そして本当に大変嬉しいことに私自身もパーソナリティを務めておりましてコメントでいつも面白い話ありがとうございます学ぶ気になりましたというような趣旨でですねそのずばりのコメントではないとしてもコ
メントの中からそういった感情を感じられるというところを受けて私もさらに新たに学びたいという気持ちになるわけですよ。
皆さんが学んでいるから私も学びたくなるしでその私が学んだことをですねお話しして皆さんが面白いとか学びになったというふうに感じていただけるということでこの相乗効果ぐるぐるぐるぐるポジティブな電感がですね
回ってるんですよ。
これはなかなか得がたいコミュニティなんですね。ネガティブに行くのって本当に簡単なんでこのポジティブになっているところというのは保持しないといけないんですよ。保持してどんどん高めていく必要があってこれ
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ストップしちゃいけないんですね。
というところが実はモチベーションになってこのヘルディオもやめられないしやめてはいけない。これ回して続ける必要があるなというところで続けられているという側面があります。これは本当です。これで大体今日お話
ししたいことをすべて述べられたかなという感じです。
今日のタイトル思い出してください。学び続けるコミュニティでありたいってこの結論に持っていくためにですね。話し始めたら3チャプター使ってしまったということなんですいません。すっかり長くなってしま
いましたけれども。
今日のボイシーのトークテーマ習うか独学かこの選択肢はどっちでも構いません。そんな大きい問題ではありません。その上にある学び続けることこそが尊いんだ大事なんだというそこを強調したいと思います。
そしてそんなコミュニティであり続けたいという希望ですね。今日はお話ししました。皆さんもぜひご賛同いただいてこのコミュニティグルグルグルグルポジティブに回していければと思います。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
週始めの月曜日の配信ということなんですけれどもすっかりと長くなってしまいました。ちょっと熱くなってしまった感がありますね。
皆さんもこの話題ですね学習論教育論ということだと思うんですけれどもいかがお考えでしょうか。ぜひですねご意見お寄せいただければと思います。
このチャンネル英語の語源が身につくラジオヘルディオではあなたからのご質問ご意見ご感想をお待ちしています。
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過去の回についてもですね私のに通知が入るような設定にしてありましてすべて目を通しております。
なるべくそれにですねリアクションをしたいと思っておりますのでぜひですねどんどんコメントやいいねをお寄せいただければと思います。
それでは今日も皆さんにとって良い1日になりますようにほったり打ちがお届けしました。また明日。