【再】#754. 6人で激論,言語学は英語教育に役に立つか? --- 「khel
2026-08-13 26:53

【再】#754. 6人で激論,言語学は英語教育に役に立つか? --- 「khel

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に
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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間におもとに、英語の歴史の面白さを伝え、 裾野を広げるべく毎朝6時に配信しています。
本日は6月24日土曜日です。いかがお過ごしでしょうか。 本日お届けする話題は、「6人で激論!言語学は英語教育に役に立つか?」
ケルフ声の祭典第8弾です。 今日は異色異例の回となります。
ケルフメンバーを中心に6人の論客が集まりました。 私は入っておりません。最初にですね、イエーイと言ったっきり出てきません。
横で聞いていたんですけれども、この激論が本当に面白くて、水を刺しちゃいけないということで、私はもう出ないことにしたんですね。
この話題。みんな6人はですね、
言語学、英語学を専攻している学生あるいは研究者ということなんですけれども、
この6人が集まって専門的に研究している言語学とか英語学というものが、世の中一般に求められている英語教育というものにどう貢献するのか、役に立つのか、立たないのかというようなことをですね、
語り合っています。激論とか論争というようなバチバチっていう感じではないんですけれども、それぞれ内に秘めたものを
開珍していくっていう感じなんですけれども、大変に味わいのある議論になっていると思うんですね。
司会はヘルディオリスナー皆さんお待ちかねのマサニャンこと森田正人さんです。
武蔵野学院大学、忙しくなってですね、ケルフ元会長ということなんですが、なかなかですね、出演していただけなくなったということなんですが、今回は参加していただきました。
司会として仕切っていただきました。非常に面白い会になっています。これを私がもう入り込む隙もなく喋ることもありません。
とにかく面白いので聞いていただければと思います。少しいつもより長い感じですので、時間のあるときにこの週末に聞いていただければと思います。それではどうぞ。
激論、言語学は英語教育に役に立つか? 今回司会を務めます武蔵野学院大学の森田真須です。
今回は豪華な皆さんに集まっていただきました。まずは福島からです。
03:03
福島工業高等専門学校で英語を教えてます。専類と言います。よろしくお願いします。
そして、慶応義塾大学博士3年の尾崎萌子と申します。よろしくお願いします。
同じく博士1年の藤原と申します。よろしくお願いします。
学部3年の梶山です。よろしくお願いします。
今回このテーマですけど、私自身も英語を知る中で、大学時代に学んできた言語学であったり、
英語学であったり英語学であったり、そうしたのが英語教育にどういった点ができるかと、
最近よく一人で考えることがありまして、今回皆さんといろいろと意見を伺いたいと思います。
先鋒先生のご意見を伺いたいと思います。
私が一番英語を教えていて、正直役に立っているなって思う知識は、コーパス言語学の知識です。
日本人が英語を教えるっていうことに、結構今でもコンプレックスを抱えていて、
それが結果としてイングリッシュアザリンガフランカの研究をしたり、中英語の研究をしたり、こういうことにつながっているんですが、
コーパスを使うと、いわゆるネイティブの人が一生で出会うその用例よりも多くの用例を自分が検索することができる。
最近は役に立った例があるので、ちょっと紹介していいですか。
例えばラジオなんでわかりにくいかもしれないですけど、
あ、なんとかバンチオブ。このなんとかには何が入るでしょう。
たくさんある的なことですね。
そうそう、たくさんのとかそういう意味で、あ、なんとかバンチオブ。
あ、鬼原バンチオブ。やばい。
これ実はあれなんですよ。CNNのニュースに出てきて、今私学生に嫌がられながらもCNNのディクテーション毎回やらせてるんですけど、
それで出てきた一説で、実は私も最初は聞き取れなくて、後で調べてみたらここに入るのは8割ぐらいこれってことがわかったんです。
なんか当てたいけど出てくるんだ。
普通はアバンチャブですもんね。
アバンチオブの前になんかが、あ、なんとかバンチオブ。
ちょっと一文字目というかスペリングを教えて。
ダブリュー。
ダブリュー?
ダブリュー?
ディズニーの有名な曲であるかな。
なんとかニューワールド。
ワールドバンチャブ?
ホール。
06:00
ホールバンチャブだ。
ホールバンチョブ。
ホールニューワールドのワールドバンチョブ。
もしかしたら自分の勉強不足かもしれないですけど、
意外とパッと出てこないじゃないですか。
ホールバンチョブって。
ただコーパスで調べてみると、ここにはほぼほぼホールだから、
じゃあこれそのまま覚えてテストにも出そうかなみたいな。
そんな風に使ってます。
生きたい用語ですね。
面白い。
僕も先日、
いわゆるアイプレイザピアノとかプレイザギター、
本当にこれザー付くのかと思って、
僕もコーパスで検索したんですけど、
ザーを付いてないプレイピアノ、プレイギター、
この用例もかなりの量があって、
実際は学校に習った時はザーは絶対マストだみたいな印象でしたけど、
必ずしもそうじゃないなって。
こういうことも大量のデータの中でしっかりとデータとして量的に示すことができるので、
本当に授業をする上でも悩んだら、
下手に悩んだら同僚のネイティブに聞くより、
むしろコーパスに聞いた方がいいんじゃないかって。
僕も感じは確かにコーパスに聞いてる。
しかも辞書だと具体的な数値まで出てこないじゃないですか。
頻度。
どのくらい多いのかなとか。
でもコーパスだと一応客観的な数値は出るので、
特に日本人英語教員の大きな見方かなっていつも思って、
すごい活用してます。
自分で作ったりもして。
自分で作ったりしてるんですか?
はい。
コーパスをですか?
コーパスは自作するものなのでって思ってるしもあるので。
おーすごい。
今さすがに僕もうーんって言ったら、
自分で今、すごいわと思って。
スケッチエンジンとかいっぱい検索できるものがあるから。
でも確かにコカとか使うだけでも比較的簡単に使えますよね。
コカとかね。
コーパスオブコンテンポラリーアメリカン。
イングリッシュですね。
逆に学部の梶山君に伺いたいですけども、
英語教育を中高で受けた立場とか、もしくは大学で今も受けてる立場って、
こういう英語学、言語学が英語教育に行けるかどうか、
ここら辺はどう思いますか?
えーもう本当に、僕個人的な意見としては、
テスト、英語を学ぶのって、
高校とか中学とかだと受験が先にあると思うんですけど、
特に高校受験とか大学受験もそうだと思うんですけど、
そういうのに関して言うと、
今現在の英語っていうのを聞かれてるんじゃなくて、
やっぱり日本の英語教育に歴史的に根付いてるような、
09:03
固定化されたものっていうのを聞かれてるのが多い気がしてて、
そういう意味だと生きた英語っていうのをあんまり無理に覚えても、
確かに将来的に実用的ではあると思うんですけど、
受験を目的としている英語を勉強している人たちにとっては、
そこはちょっとあんまり意味がないっていう考え方もできるんじゃないかなと思います。
確かに、例えばカデフォのIf it were not forって正しくは言いますけど、
If it was not for…
すみません、いわゆるわじゃなくてわずを使う、
こういうのをコーパス的には実際こういう例がたくさんあります。
示されたところで実際にニュースで書いたらバズる可能性もありますしね。
必ずしもそういう、今の最近の英語ではこうなってるって、
最新の変化を現場で習ったところで、むしろマイナスされちゃ困りますしね。
これもあれじゃないですかね。
最近、文法の四択問題ってちょっと廃れてるじゃないですか。
だから、多少は大学入試とかそういうのも、
いわゆるこの一つの正解に固執するんじゃなくて、
もうちょっとこう、いわゆる正解か不正解かの基準が、
よければ緩くなってるのかなと。
昔はもうセンター試験とかも四択問題ありましたけども、
共通テストになってからもないですしね。
そうですね。文法も消えましたよね。
いわゆるディスカスアバウトとかディスカスカとか、
ルックアウトとか、不正しかドメシカとか。
本当そうですよね。ディスカスアバウトとかも。
実際ね、ワールディングリストが見たらディスカスアバウトもたくさん予例あるわけですからね。
こういうのを四択問題と思うのは確かに今後難しくなってるかもしれないですね。
でも貴重な意見ですね。確かに。
藤原くんはこれどうですか。
これまで塾とかでいろいろ申し上げてきた方で。
そうですね。やっぱり最新の知見を教育に輸入するっていうのはやっぱり大事なことだと思うんですけど。
でもさっきの家庭法のワーズみたいな例だと、
多分ネイティブでも意見分かれるポイントだと思うんですよ。
全然ワーズでもいいよっていう人もいれば、
多分厳しい人だとそんなの絶対ダメだよっていう人もいると思うんですよ。
それを試験でやったときに。
試験官によってワーズでもいいよっていう試験官と、
ワーズじゃなきゃダメだよっていう試験官がいたときに、
採点基準がすごい複雑になるっていうのを考えると、
20万人とか受ける試験でそれをやるとかなり効率が悪いから仕方がないのかなっていう面もちょっと思いました。
12:03
確かに今話にあったように、こういう学校文法と規範文法、
学校文法といったものは採点する立場からすると、
こういった決まりっていうのがあるってことはありがたい。
一方でワールドイングリッシュ、世界英語っていうのも目を向けていかないと、
なかなかいろいろと考えさせられました。
では次のチャプターに移ります。
続いて大崎さんいかがですか?
そうですね。
英語学って実際、ぶっちゃけあんまりメリットないと思うんですよ、学生にとっては。
余計に勉強するものが増えるだけで、
あんまり英語能力の向上そのものにはつながない気がするんですけど、
でも一つ言えるのは、大学でいろんな英単語、医学英語を教えてるんですけど、
いろんな医学英語の単語を教えてると、
みんなもなんでこんなことをやらなきゃいけないの?みたいな、
きつい視線を送られることがあるんですけど、
そういう時にそもそもちょっと高みに立って、
みなさんがこんなにわけわかんないスペリングを覚えなきゃいけないのは、
こういう経緯があるんだよって言ったら、小ネタに使えるっていう意味では、
ちょっと自分の武器にはなるかなとは思います。
自分の武器というね、そこもなんかありますよね。
どちっと構える感は、教えるときにはありますよね。
ちょっとはちょっとじゃ、ビビランスかかって、
ちょっと言葉悪いですけどね、
どちっと構える感はありますね。
やっぱり英語学、言語学をやったんだぞっていう、ある程度の自信というのがあるから、
立って授業する際にも。
こんなに変なスペリングを覚えなきゃいけないのは、私のせいじゃないぞっていう。
そうですね。
歴史的背景を知っていないと、そういう発言もできないですからね、そういう冗談もね。
そう思いますね。
この辺り、改めて千鋭さん、何か関連していかがでしょうか。
最近、いわゆる尾崎さんが話してくださった、
医学英語みたいな難しさ。
もしかすると、いわゆる語源。
あれをちょっとでも意識すると、覚えやすくなったりするのかなと。
特にそういう単語って書けるようになる必要はないんですよ。
だから需要語彙にする必要はなくて、
端語彙にする必要はなくて、需要語彙になってればいい。
そうすると、最近ジーニアスのお会い時点が改善されましたけど、
ここで宣伝すると、ほた先生の御手下感すごいですけど。
第6版から語源欄が増えたので、
そういうところとかも使えるのかななんて。
まさに英語学の一部の語源と、
あと全然ちょっとかけ離れてるけど、
15:02
医学部の学生にも役に立つ語源。
ちなみに後ろからひっそりと、
和英じゃなくて英和だよという。
ごめんなさい。
英和時点でそうです。
確かに私はアメリカ育ちで、幼少期ずっとアメリカだったんですけど、
アメリカって単語を覚える前にまず語源やるんですよ。
語源をカードに書くんですね。
Greek and Latinって言って、
Greekの方は周りを赤い線でカードを囲って語源を書いて、
Latinは全部緑で囲うっていう。
どこのカードもやってるんですけど、
それをカードを自分で組み合わせて新しい単語を作ってみようとか、
じゃあこの単語はどのカードを使ってるかなみたいなのを、
かなり小さいうちからやるんですね。
そういう意味である意味英語学の知識を活かしてるので、
日本よりもアメリカの方がそれを活かしてるかもしれないですね。
びっくりですね。
それは小学校とか?
小学校低学年から。
入学したらやりますよみたいな。
その単語がラテン語語源かとか、
それ意識する?
意識します。
カードも色で囲った。
これは赤が先とか、緑がこっちとか。
それをそういう語形の意識することでやると、
単語が覚えやすくなるからそういうのを使ってるとか。
そうですね。
あと思わぬメリットとして、
ハリーポッターの呪文の内容が説明される前に分かるっていう。
なるほど。
確かにハリーポッターの呪文も、
ラテン語、ギリシャ語とかに由来することがわれてるわけですよね。
ぽーって光つけるやつもルモスとかですからね。
びっくりしました。
まさかネイティブがそういう勉強をやってるっていうね。
ってことであれば、
我々の日本の英語教育とかにも何らかの形でね、
確かにそういう語源なり応用できることはありそうなのかな。
それびっくりしました。
あとね、スペリングビーっていうのがあるんですよ。
スペリングビー?
言われた単語の綴りを当てながら言うっていう。
例えば、ボックって言われたら
B-O-O-K、ボックって言うっていう。
それが何ラウンド目まで勝ち抜けるかっていうのを
トーナメント制であるゲームがあるんです。
試合なんですよ、もはや。
それも語源が、ギリシャ語かラテン語かは聞く権利はあるんですね。
え?
何ですかっていうのを、単語までは聞けないんですけど、
語源まではヒントもらえるっていうのがあったりして。
え、すごい。語源ってヒントになるんですか?
ギリシャ語って言われたら、あ、じゃあC-H入る。
クだったらC-H入るみたいな感じなんですかね。
語源と文章で使った文章でくれっていうのと、
もう一回言ってくださいっていうのができるんですね。
すごい。面白い。
ちょっとこのゲームやってみたい。
私たんも全然ダメ。
18:03
英語話すネイティブの方って、
英語っていうのがラテン語から発生したとかって
ある種勘違いしてる方もいますかね。
どうなんですかね。
それは日本人だけなのかな、どうなんですかね。
つまりラテン語から英語が生まれたみたいな風に思ってる人
何人か僕が日本人で出会ったことあるんですけど、
海外の人はどうなのかなと思って。
むしろそういうラテン語、ギリシャ語っていう語源を共通されると、
あれ、英語ってラテン語やギリシャ語と
そこから生まれた言葉なのかって勘違いする人もいるのかなと
思ったりはしたんですよね。
ちょっとずれましたけど、ふと気になりまして。
日本人でもギリシャ語やラテン語から英語が生まれたみたいな
勘違いしてる人は中には。
そうなんですね。
フジラ君そういう人いらっしゃいますよね。
英語は英語みたいなものだと思ってる人多いのかなと。
そもそもそこか。
でもちょっと英語史の話を聞いたことがあります。
たまにそういう人はいます。
確かにそういうネイティブでそういうのをやってると
英語とラテン語、ギリシャ語の結びつきっていうのを
みんなが意識してるわけですね。
すごい面白いですね。
しかも私行ってたのは普通の公立校だったので。
特段校、ハイクラフォームとか。
南部のアメリカの東海岸南部の普通の公立校でやってました。
ちなみにラテン語の授業はありましたか。
授業はないです。
授業はちょっと忘れちゃったんですけど
確か高校になると選べるんです。
ほとんどの人たちがスペイン語を選びます。
なるほど。
本当に面白い話。
これね、面白かったよな。
ちょっと寺田さんに次伺いたいんですけど
寺田さんは中学校で先生として教えてもらった経験があるということで
そこらへんと関連してどう思いますか。
英語学、言語学が生きるのか、もしくは生きたのかとか
恥ずかしいですけどね。
そうですね。今まで皆さんがお話しされてきたこととも内容は被るんですけど
現実的な問題としては授業時間が足りないっていうのは
なるほど、授業時間足りない。
小学校で英語は勉強してきて中学校に来るんですけど
やっぱり基本の基から教えていくので
文法の基本事項ですとか
単語はこういう意味なんだよとか
発音はこうでとか
私たちが勝手に一方的に喋ってもつまらないでしょうから
生徒たちが練習したり何か活動したりってことも踏まえると
なかなか英語誌の話とか語源の話まで
詳しく長々話すわけにもいかないっていうのもあるし
あとはテストの問題もありますよね。
正解がないだと困ってしまうので
何かしら三角なのか両方丸にしてしまうなのか
茶髪にするのかとか
そこがとても難しいっていう現実的な問題はあるんですけど
ただ、なんでここにそんな文字が入るのとか
21:04
なんで三単元のSとか複数形のSで
ESとか変なのあるのとか
そういう素朴な疑問に対する答えの引き出しを持っているっていうのは
強いのかな、いやいやこういうことなんだよって聞くと
そうなんだって思う生徒もいれば
聞き流す生徒もいるかもしれないですけど
でも答えの一つとして持っているっていうのは
一つ意義があるのかなとは思いますね。
今聞いてて思ったんですけど
やっぱり英語教育を受けている側からして
そういう疑問に答えてくれるのっていうのは
すごいありがたいなと思ったんですけど
例えば1年生、中学1年生ですね
英語の学び始めとかで
例えば
そういうところで
そういう本当に諸誤的なところで
結構つまずいて英語が嫌になってしまう生徒っていうのも
多分いると思うので
そういうところを説明してもらうと
英語の教育っていう意味では
もっと英語知識的な話が有意義になってくるんじゃないかなと思いました。
3年間教員をやらせていただいてて
中学1、2、3年生って順番に教える経験があったんですけど
中学1年生の方が
そういう素朴な疑問ってすごく出やすいなっていうのは感じていて
すごく基本的だからこそ
複数形ってSだけじゃないの?とか
なんで代名詞ってちょっと同じのがあったり
ちょっと変な感じなの?とか
私たちはもうだいぶ英語になりきってしまっていて
よくも悪くも気づかないことを初めて英語に触れる人たちが
そこに見つけてくれるっていうのはすごく
教員としては楽しかったです
そういう素朴さって一瞬にして失われていきますよね
そういう素朴な疑問をぶつけられた時に
そんなのもう知らないよ、覚えとけ
性格の気持ちを無駄にしちゃう感じがするので
確かにこういう学んだ知識を
授業でひけらかす必要は必ずしもないんだけれども
そういったタイミングが来た時に
そういう時に真摯にというか
ちゃんとそこの質問に向き合え
ルース先生でありたいなと僕は思います
だからそういう意味で寺澤さんのさっきの
そういう引き出しを持っておくみたいな
確かにそうなと思いながら
教え方もちょっと変わった気がします
語学やってから
私は社会言語学をメインにやってるんですけど
前までは教科書通りに基本をやったりとかしてたのが
やっぱりそれだとアメリカ人っぽい話し方とか
イギリス人っぽい話し方にはならなくて
日本人の内容すらすら英語で言ってるだけっていう
印象を受けるものが結構あったので
24:00
最近は自分の意見を自発的に言わせて
I thinkとかをすごいいっぱい使うようにするとか
必ずしも日本人が海外志向になる必要はないと思うんですけど
対応できるようにするのって結構大事なことじゃないかなと思って
そういうのを取り入れるようになった気がします
ここまで英語主的な視点からの意見と思うかったんですが
社会言語学的なこういう知識って
かなり現場で生きたりとかしますかね
大平 そうですね
やっぱり使える英語を教えたいなと思うから
彼らが将来社会人になった時に
国際的な舞台で戦える人材になるようにって考えると
自分の意見をちゃんと
なんとなくこう思いますとかじゃなくて
I thinkとかI believeとか
あんまり日本人は使いづらいような感じを教えてくれる
自分が自分がしてる感じがあるんだよね
大平 そう
今までの話を聞いてて
教える側として知っておくべきみたいな話が何回か出たと
それで聞いて思い出したのは
内田義彦っていう経済学者がいるんですけど
その人の本で
学問とはパリコレであるっていうことが書いてある
おしゃれ
大平 パリコレっていっぱい奇抜な服が出てくる
で あのパリコレの服を着て
街を歩いてる人っていない
パリコレで出た服を薄めたデザインが
服飾として流通していく
それと一緒で学問も
それそのものが大衆に受け入れられるんじゃなくて
それをさらに薄めて薄めていった要素が
その人に与えられるみたいな
大平 言語学はパリコレ
いい響きですね
そうかそうか
我々は大学でパリコレの
それをいかに
あとは現場でどうするの
パリコレのあれを薄めていく
それはそれぞれの先生の薄め方があったりとか
確かにパリコレ
一体これパリコレをね
あれしとかないと薄めることもできないというかね
一番濃いところをやってからじゃないと薄めることはできない
急に普段やってることが
おしゃれな感じな気がして
かなり
学問とはパリコレである
貴重な
ここまでのいろいろな話を
まとめて
すごい締めのいい言葉をいただいております
学問とはパリコレであるということで
リピートアフターミー
リピートアフターミー
学問とはパリコレである
はい
学問とはパリコレである
本日は以上ですありがとうございました
26:53

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