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4月20日の木曜日にお届けしたライブ配信、生放送のアーカイブということになります。
今回もですね、ケルフ協賛という形で、4月20日、英語に関する素朴な疑問千本ノック、こちらをheldio生放送でお届けしましたので、
14問の質問に答えたことになりますかね。 大学生より素朴な疑問を募りまして、それに答えるという形で、その大学生も目の前に多数いるという状況での生放送で、緊張感とですね、フレッシュ感みたいなものを感じながら回答していったということになります。
最後の1時間59分のところでですね、ちょっとブチッと切れてしまいましたが、締めに入っていたところで、内容を全体には差し支えないかと思いますので、そのままの形でアーカイブアップさせていただきました。では早速お聞きください。英語に関する素朴な疑問千本ノックです。
はい、こんにちは、リスナーの皆さん。生放送でお届けしています、英語に関する素朴な疑問、ボイシー、heldioのパーソナリティのホッタリウッジです。生放送ということで、予約していた通りですね、今日はシリーズ化していますが、千本ノックということで、英語に関する素朴な疑問に1時間弱ですけれども、どんどん答えていくというような、
答えていくというのは偉そうなんで、回答を試みていくというような企画です。KELFというKO英語誌フォーラムの協賛という形で、この特別イベントを今日も開いています。
今日の千本ノックはですね、出してもらった質問というのは、大学生から出してもらっていまして、ちょうど学期始め年度始めということで、英語子の授業の初回で、たくさん素朴な疑問寄せてくださいというふうにしてもらっているんですね。
とても良問といいますか、回答者にとっては難問が揃っていますので、こちらをですね、このラジオの方でもお届けしようというような企画で、実際今目の前にですね、多くの学生、質問を投げてくれた学生が同席しているというような、そんな環境で生放送を収録しています。
こちら、後日ですね、アーカイブに残して、それで今聞いているという方もいるかと思うんですけれども、1時間弱ですね、お付き合いください。では早速、なるべく数をこなしたいと思いますので、やっていきたいと思います。
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第1問目なんですけれども、マクドナルドですね。これカタカナで言うと、ミックダーナーズのような発音となる。英語で読みするとこれに近くなりますかね。ですが、どうして日本ではマクドナルドと呼ばれているのか。
マのアの部分ですね。これはどこから来たのかというような身近な話題で、日本語ではマクドナルドと言っているわけですが、英語の発音確かにダーナルドみたいなドの部分が大きく聞こえて、マックの部分は非常に小さいので、どういうふうに翻訳しているのかみたいな問題ですかね。
これはですね、そもそもマックって書くときにMCっていうふうに母音が入ってないですよね。ですが、これはバリエーションがあって、ちゃんとAの文字が入っているバージョンもあるんですよ。
同じマクドナルドさんでもMCというふうに最初書くものとMACと書くものがあって、いわばAが省略された形も容認されているということで、このマックって何なのかと言いますと、息子って意味なんですよ。
これはスコットランドのゲール語ですね。ケルト系の言語で英語ではないんですけれども、そこで息子って意味なんですね。
お父さんの名前から引き継いで息子が名前を譲り受けるっていう場合に、お父さんの名前の頭にマックと付けると、誰々の息子って意味になる。
父親の称号の称ね。父親っていう伝統なんですけれども、いわば今の英語でもなんとかジュニアって言ったりしますよね。
同じ名前が多いので、英語とか西洋の場合ですね。その場合になんとかジュニアっていう形で、今の英語では後ろにジュニアを付けたりするんですが、実はいろんな形態がありまして、
これスコットランドの言葉ではマックっていうのは頭に付ける。これドナルドさんの息子。息子に限らず孫だったり、要するに親類ということになります。
他にマックアーサーっていうのもそうなわけですよ。マックアーサーっていうのはアーサーの息子ということだし、他に思いつくのもあると思うんですね。
マック・ミランとかもありますし、マクドナルド、まさにこれもそうですし、マッキー・タワースっていうのもありますね。いろいろあって、これも大体スコットランド系であるっていうことが分かります。
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アメリカ人なんかでもこの名前を持ってる場合は、おそらく由来としてはスコットランド系移民だということが分かったりするんですね。
こういうの不祥って言うんですが、各言語にあります。
例えば本来の英語だとINGを語尾に付けることで何々の息子とか何々の子孫という感じになって、今あまり残ってないんですが、例えばブラウニングなんていう名前がありますよね。
これブラウンさんの息子って意味で、新興系のINGとか全く別語源です。INGで息子っていうのがあります。
それからアイルランド語では頭にオウを付けるんですよ。オウアポストラフィみたいな。
なので、オブライアンっていうのはブライアンさんの息子っていうことだし、オコーナーっていうとコーネルさんの息子とかいうことですね。
だからこの名前を持っていると大体何系かっていうのが分かる仕組みになってます。ゆるくですけどね。
フランス語ではフィッツですかね。フィッツ・ウィリアムとかフィッツ・ジェラルドというものもありますよね。
そしていろいろとあるんですけれども、なんとかさんっていうのが一番分かりやすいですか。ジョンに対してジョンソンとかトムに対してトムソンというような言い方で、
これさんですから英語っぽく感じるかもしれませんが、これ実は北欧語です。
北欧語では例えばデンマク人のアンデルセンのセンがこれにあたるんですけれども、
ドイツ語ではメンデルスゾーンとかのゾーンにあたりますね。メンデルさんの息子とか。
それぞれ国によって言語によって付ける形は違うんですけれども、不祥の伝統そのものはあるということですね。
ロシア語ではなんとかヴィッジっていうのはよく聞くでしょ。
ポーランド語ではなんとかスキーとか、アラビア語でもイブンってありますよね。
イブンシーナとかイブンバトゥータみたいな、かなり広くお父さんの名前にあやかって子供、特に息子ですかね、の名前を付けるっていうのは非常に広く行われていて、
その名前を見ることで何形かということが大よそ推測できるっていうことにもなります。
なので本題に戻りますとマックなんですよね。MACということで、
今の英語の発音としてはこのMACのAの部分が弱音化して、いわば曖昧母音、シュワーの音になるんで、
どうとでも、日本語耳にはどうとでも聞こえちゃうんですよ。
イにも聞こえるかもしれないし、アかもしれませんし、オかもしれないっていう、ムックって感じです。
これを聞き方によってはミックのようにそれは聞こえる人もいるかもしれませんが、
もともとの音科はMACと綴られていたことからわかる通りAだったので、
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それに従っておこうぐらいのモチベーションで日本語に音訳するときはAの音で持ってくるという、そんな感じになります。
どうやって日本語に持ってくるのかって結構面白い問題で、結構揺れてるんですね。
これどちらかというと日本語学側の話題かもしれません。
いろいろと例を挙げて語りたいところもあるんですが、次行きましょうかね。
TIONという語尾があって、なんとかションと読むわけですよね。
ステイションとかネイションとか典型ですけれども、あれでなんでションと読ませるのかっていうような質問ですね。
これ非常に多く我々見かける語尾なので、もうTIONだったらションなんだという頭になってますが、
確かによく考えるとTIONとかね、あるいはションとかならわかるんですけど、
なんでションなんだろうかっていうのは考え始めると意外と説明できないんではないかと思うんですね。
ちなみにほとんどの場合ションなんですけど、あるときはチョンになります。
チョンだとちょっとわかるでしょ。TIONだからチョン、チョン、チョン。
こっちのほうがまだ近いので、これはどういうときかっていうと前にSがつく場合です。
例えばクエスチョンっていうふうにSがくる場合はチョンになるんですよ。
クエスチョンにならないんですね。クエスチョンというふうになります。
コンバスチョンとかですね。Sがくる場合はチョンになるんだけど、それ以外の場合はチョンになるっていうことが規則的にあるわけですよね。
これ何でかと言いますと音の変化なんです。やっぱりこれもともとはTIONと書いてあるんですから、TIONって発音してたんですよ。
これ全てですね、ラテン語あるいはフランス語からの釈用語ということで、本来の英単語にはない語尾なんですね。
英語の歴史の途中からこうした単語がフランス語あるいはラテン語から入り込んできたんですが、
その時の発音というのはTIONという文字通りの発音だったことが多いんですね。
ですがこれフランス語側でも起こったことなんですけれども、TIONっていうのが少し発音が弱まってCIONになっちゃうんですね。
フランス語だと今CIONですかね。NATIONっていうのはNATIONっていう発音でCIONっていう発音になっていきます。
これ音声学的には摩擦音かっていうことなんですが、ざっくり言えば弱化です。
弱い発音になってTの音がSの音になる。Tの音がSの音になるっていうことですね。
CIONみたいな発音になります。
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さらにこれがSHUNにまで進んだのが英語です。
フランス語ではCIONの段階で弱化が止まってるんですが、英語の場合さらにもう一歩進んでCIONっていうのがSHUNになったので、
大元のラテン語、フランス語の綴りではTIONだったので、綴り以上は古い形が残っていますが、発音のほうはどんどん弱化して英語ではSHUNとなりましたという具合なんです。
ですが前にSが来る場合っていうのは音の環境が変わってただのSHUNにはならないで、
これは音声学的にある程度理屈つくんだと思うんですけどね。
Sの場合になんでTIONっていう音が残ったのかっていうことですね。
だからCIONのほうがオリジナルに近いと。今では例外でCIONというものは例外なんですが、むしろ古い形を保持しているっていう風に考えると良いだろうと思いますね。
ほとんどの場合SHUNになりました。
次です。
HOURやHONORはHを発音しないけれども、これはフランス語の影響を受けているんですかということですね。
頭がHで綴り以上始まる単語で、Hを発音しないっていうものがいくつかあるんですよ。
最もよく使う日常語はHOURですよね。Hで始まるのに決してあれは読まないので。
だから1時間っていうときはANHOURっていうふうにANを付けるわけですよね。
これは次が母音で始まる証拠ですから、Hは読まないってことになります。
他に挙げてもらいましたHONORとかHONORABLEとか、それからHONESTっていうのもそうですね。
それからこれ知ってますかね。AIRっていう単語があって、空気と同じ発音になるんですがHEIR。
これ遺産相続人という意味ですね。HがあるのにAIRと読ませるっていうことですね。
本当に一握りの単語だけです。
他はHと書いてあれば英語では誤答、ちゃんと波行で発音するわけなんですが、
なんでこの限られたいくつかの単語だけ例外的な振る舞いをするんだろうかっていうところが問題になります。
これは第二外国語等でフランス語とかスペイン語とか、いわゆるロマンス系の言語と呼ばれるラテン語から発生した言語なんですよね。
やってる方はわかると思いますがHの発音っていうのがないんですね。
書かれているのにないっていうことは最初に学ぶときに教わると思うんですけれども、
これと関係するのかっていうことですね。
半分はします、半分はわかりませんっていうのが答えで、英語史的にもわかっていないことが多いんですね。
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まずざっくり言いますと、英語は先ほども別の問題で述べたように、たくさんのフランス語を釈用しています。
仮入れています、単語をね。
フランス語でHで書かれるけど、フランス語ではH発音されないんで、という単語が確かに大量に英語に入ってきました。
ですが、その大量に入ってきたH語ですよね。英語に入ってきた以上は英語ではちゃんと発音するんで、みんな発音するようになったんですよ、Hで。
だから、例えばホテルっていうのもHで発音しますよね。これもフランス語から入ってきたんですけれども、フランス語でホテルっていうふうにH発音しない。
ですが、英語ではH発音することになっているので、通り字にある以上、やっぱり発音するのが筋ですよね。
英語ではホテルというふうに、のきなみ英語化しました。つまりHはちゃんと読むっていうことにして、フランス語から持ってきたので。
読まない単語っていうのが、むしろやっぱり例外なんですね。
どうしてこのいくつかの限られた四語語ですよだけが、フランス語ばりにいまだにH発音しないでいるのかというのは、これは非常に難しい問題なんです。
なので、フランス語ではH発音しませんから、それを真似たんだというのは半分正しいんですが、ほとんどのH語はそういう真似をしていないわけですよ、英語では。
なので、なんでこれだけ例外なのっていうのはやっぱり問題として残るということです。
フランス語側の流儀に従ったという意味では、フランス語の影響を受けているという言い方はできるんですが、
ただ、なんでこの単語だけ影響を受けているの、他は影響を背して英語化したのにっていうところは英語史でもしっかりと解けていないっていう、そういう問題なんですね。
なので、これはやはり暗記するしか今のところはない、説明がつけられないというのが今のところの答えです。
次、これ私いい問題だなと思ったんですけど、アルファベットに濁点、半濁点がない理由っていうことですね。
点々とか丸のことですけれども、こういう質問実は欲しかったっていうところがありまして、素朴すぎるというかトリビアルな感じがする。
英語に慣れてるとこういう発想すら普通なかなか出てこないんじゃないかと思うんですね。
普通に考えると日本語を我々知っていると、日本語を先に学んだという人はほとんどここにいるわけなんですけれども、ひだかな、たたかな、学んだときに濁点、半濁点あるわけですよ。
これアルファベットに、例えば空想するとTがあってTに点々を打つとDの働きをするみたいな、なんでそういう状況にならなかったのかっていうことですよね。
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これとっても面白くて、実は16世紀ぐらいに英語の綴りってめちゃくちゃなわけなんですけど、発音とうまくあってないっていうものが多いんですが、やはりこれ昔から気づかれていて、
いろんな形で改革しようであるとか、もっと便利な文字体系で英語を書き表すようにしようというような動き、改革運動みたいなもので、個人レベルであるとかあるいは組織レベルでいろいろと今まで提案されてきたんですよ。
その一つの提案の歴史上のピークの一つが15世紀、16世紀ぐらいですかね。この辺りに改革しようっていう動きがあったんですね。
ほとんど失敗です。今残ってません。そのとき限りの改革案ということで、見向きもされずに捨て去られていったんですが、その意外に多くは発想としては脱点とか反脱点に近いような改革を提案してるんです。
例えばDを表すのにTの文字をいじる、点々をつけたりとか、何らかの形でTと関係づける形でDの音を表すとか、他にKに脱点じゃないとしても点々ではないとしても何らかの採掘を施して限りなく近い形でグの音を表すとか、こういう提案ってやっぱりあったんですよ。
なので、歴史上そういうの全部失敗したんですが、まかり間違ってって言いますかね、成功していたら脱点のようなもの少なくとも、機能的には脱点に相当するようなものが定着していた可能性あるんですよ。
他のヨーロッパ系の言語だと同じアルファベットを使っても、アクサン記号、Eの上に記号を打ったりとか、記号の向きが違うとまた異なる役割を果たすとか、いろいろあるでしょ。英語はそういう記号がない、割とすっきりした言語なんですよ。他の言語に比べてっていうことですけどね。
ですが、英語もそのアクサン記号、アクセント記号も含めていろいろ提案がなされてきたんだけれども、やっぱり歴史上葬り去られてきて、割とストレート、すっきりした形で今の今まで受け継がれたっていう流れなんで、他の国ではアクセント記号を採用したわけですよ。
なので、これも歴史の方向がちょっと違えば、アクセント記号って英語にも現れてたんだろうなと思います。
アクセント記号って基本的に、例えばEで言うと、Eにテギュって言いますかね、フランス語のアクセント記号をつけると、エの中でもちょっと狭めのエ。
それに対して逆向きのアクセント記号をつけると、エって広いエですね。つまり同じエを中心としながらも、広めの口を広く開くエと狭いのを、この記号の向きみたいので制御してたんですよ。
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これまさにTとD、さっきのね、例えばTAと書いたときとDAと書いたときで、これ点々を打つだけで、これ無声から有声にするっていう印が脱点なんですね。
基本は一緒なんだけど、あるパラメータだけ、音声学的パラメータだけ変わったものをするっていう働きなんで、アクセント記号ってまさに脱点のような役割なんです。
見栄えが全く違うだけで結びつかないと思うんですが、文字の原理としては機能はかなり類似してます。
なのでアルファベットに脱点っていうと、全く合わない感じがね、相性が悪そうな気はしますが、機能的に考えると極めてこれ一般的にいろんな言語で起こっているっていうことで、
むしろ関係なさそうなものを組み合わせたときに、実は共通点が出てくるみたいなのって面白いじゃないですか。
これその意味で何気ない問題として投げてくれたのかなとは思うんですけれども、結果的にとっても願蓄のある良い質問ということになります。
英語でもそうなっていた可能性が歴史を探るとあるからっていうことです。
次ですね。
なぜused toは過去との対比を表すのか。
過去との対比というか、過去をよく表しますよね。
例えば、there used to be a big tree in this gardenみたいな、そんな言い方で、かつてここには大きな木があったとか、逆に今はないっていうことを概にしたりするのですね。
特に過去と現在の対比を表すっていうことです。
現在はそうじゃないっていうような含みも持ってるんで、ただの過去形、there was a bigtree in this gardenみたいなのと、ちょっと意味合いが違ったりするわけなんですが、なんでこの意味になるのかということですね。
これは面白い問題で、実はこのused、usedという単語はもちろん皆さん知ってるわけですよ。
使う、使用するっていうことなんですが、本来のusedの意味っていうのは、ただ使うというよりも常用する、常に使う、いつも習慣的に使うっていうことなんです、語源がね。
なので、例えばたまに使うというのは語源の観点からすると結構矛盾したusedの使い方なんですが、今は普通にありますけどね。
もともとは習慣的に使う、常用するっていうことなんです。
ですからその形容詞形がusualとかusuallyっていうことなんですね。
普段、たいていという意味になるのは、もともと習慣的に使うっていう意味だからです。
動詞としてのusedは、この習慣的にっていう部分は取り除かれて、とにかく使うという意味に一般化しましたけれども、本来の意味は習慣なんです。
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なので、例えばbe used toっていうね、今回のものとは別のまたイディオムで、慣れているってあるでしょ、何々することを慣れている、be used to。
あれ結局、習慣的にやるから慣れている、習慣の感ですよね。慣れているっていうことで語源的につながるし、
そして今扱っているこのused toっていうのも、つまり何々することを使うわけではなくて、習慣的に行うぐらいになるわけですよ。
これが過去形だからused toっていうことで、中間的に何々したというような意味合いが出てくるわけですね。
これですから、今ね、現在形ないんですよ。
例えば、普段何々するっていうときにused toっていうのがあったら、これはこれで便利な気がするんですよ。
例えば、I walk to school usuallyみたいな言い方をI used to walkto schoolみたいな言い方ができれば便利そうなんですが、
過去形でしかないんですね。
現在形は実はあったんです。歴史を調べるとused toで何々することを常としている、
習慣的に何々するっていう意味があったんです、used toという現在形がね。
過去形もあったんですが、今生き残っているのは過去形だけ。
現在形の使用っていうのは使われていないっていうこと。
これ標準英語では使われていないっていうことで、どこでしたかね。
シンガポール英語なんかでは、このused toからの過去形からの類推で、
普段何々するっていうのを現在形も使うように、いわばシンガポール英語あたりで復活しているっていうのがあるんですけれども、
いわゆる国際的に使われる、広く使われる標準英語では現在形は使われません。
これ何で現在形もあったら便利なのに使われなくなったかっていうのは、ちらっと調べたことはありまして、
一つはusedではなくて、実はused toっていうふうに濁らないstになりますよね。
そうすると次のto、前置の部分、不停止のtoの部分のtと被ってused toというふうになるんですよね。
これ過去形の場合も現在形の場合も結局used toになっちゃうわけですよ、発音が。
区別がつかなくなるというような音の都合でどちらかが死ぬことになったと。
結果的に過去形が生き残ったというような音声上の理由を、理屈を立てることはできるかなとは思っています。
ただシンガポール英語であったし、昔は両方あったわけですからね。
何でなくなったのかというのは音声だけで本当に説明できるのかは分かりません。
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一つの提案としてということです。
次、なぜthatには多様な用法があるのにthisにはないのかということで、これも面白い問題ですよね。
thisといえばthat、thatといえばthisというふうに指示代名詞としてこれとあれというふうに対比されるので、
これセットで、ペアで必ず我々考える癖がついてるわけなんですが、
どうもペアといってもthatのほうが活躍の機会が多い。
で、thisはあまり出てこないというかね、いろんな用法では出てこない。
この非対称は何だというような質問かと思います。
これとても面白い問題で、指示代名詞ってね、これっていうのは近いものを指して、
あれっていうのは遠いものを指すということですよね。
日本語はこそはどといって、中間というか相手に近いものを指すのにそれっていうのを使うわけですね。
これ、それ、そして私からもあなたからも遠いものはあれっていうような3段階のシステムなんですが、
英語ではこれが2段階になっていて、this近いもの、thatは自分から遠いもの。
相手の手元にあるものもこれthatで指せるし、
2人から遠いものもthatで指せるということで、
日本語の3段階システムが英語では2段階システムに相当するっていうことなんですけれども、
これ自体も実は育ってきたのは歴史の中で育ってきたといってもいい感じで、
thisはもともとあったんですよ。
thatに相当するものもあったんだけど、
実はthatは座と定関詞の座と根前一体となっていて、
つまり関詞と遠いものを表すthatのものが形が同じだったんですよ。
要するに座の仲間なんです、thatっていうのはね。
座っていうことは後に定関詞に発達していくっていうことから分かるように、
これ文法的な働きをする語なので、
いろいろ手広く使われたんです、当時から。
座とかざっとみたいなものですね。
それがどんどん歴史の過程で手広く広げ過ぎてしまって、
今では支持代名詞、支持形容詞、
それから接続詞、それから関係代名詞とか、
いろんな機能を得るに至ってしまったのは、
元がtheであるっていう、
そもそもが手広く文法機能を表すtheという関心に
遡るっていうところからに起因するっていうことですね。
thisは昔から専属で近いものを表すっていう感じだったので、
それに特化したまま現代まで走り抜けてきたっていう感じですかね。
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歴史の中でかなり多機能化してしまったっていうことではあります。
英文読解のときなんかでもね、
どの意味のthatなんだっていうのは結構、
頭の痛い問題っていうことがあったりしますけれども、
そんなところに由来があります。
thatだけでもいろいろと話せそうなんですが、
次行きたいと思います。
doctorはこれはorで終わる。
なぜorで終わるのかっていうことですね。
っていうのはteacherとかerで終わるものが圧倒的に多いからです。
何やする人っていうね。
teacherのようなerで終わる単語と似ているっていうか、
発音自体は一緒ですよね。
orと書こうがerと書こうが。
orが語末に来るんで弱まってerになるわけですよ。
doctor、teacherというふうに全く同じなのに、
何でわざわざ変えるんですかという問題ですね。
これ確かにerがデフォルトっていうか大半なんですけど、
orになるものもいくつかあるんで、
これ覚えなきゃいけないわけですよ。
発音も一緒なので、やっぱり暗記しかないっていうことになって、
とても不便ですよね、学習上。
いくつかある重要な単語でもあるっていうことです。
これはまずもって語源が違うんです。
確かに何やする人という繋がりはあるんですけれども、
erはこれ細かく言うといろんな説あったりするんですが、
ここでは単純に本来の英語の設備字、
人を表す設備字っていうことです。
本来の英語でerは。
だから数は多いし、圧倒的にこっちがデフォルトなんですが、
それに対してorっていうのはラテン語由来です。
仮文なんです。
発音もやっぱり綴り字違うわけですから、
発音も当初は違ってたんですよ。
teacherはteacher、er、erのように発音していて、
doctorのほうはdoctor、torということで、
はっきりと発音も綴り字も違ってたんですけれども、
語尾っていうのは弱まります、発音が。
その結果er、orというはっきりした違いが中和されちゃって、
結局erと今teacher、doctorってerの音になっちゃうんで、
結果的に重なってしまいました、発音は。
ですが本来違っていたっていうことを反映して、
綴り字上にはそれが違ってたっていうことが反映されている
ということなんですね。
それだけじゃなくて、いろいろとこの二つ違くって、
例えばteacherのようにerで終わるものは、
その後に別の発声語尾みたいなものをつけるってことはできないんです、
絶対に。複数形のsぐらいはつくんですけど、
そこから新たな単語をつくるってことはできないのに対して、
doctorの場合、例えばdoctoral、大学の博士課程なんていうの、
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doctoral programっていいますが、doctoralですね、alをつけることによって、
形容詞化するっていうことができます。
そこに発声語尾がさらにつくことができるのがorなんですね。
他にeditorっていうのもorなんですよ。
一方、編集者の書く記事のことですね、
写説ですがeditorialっていいますよね。
これeditorにialですか、editorialだからialですね。
一つビジをつけることによって発声することができるっていうような違いがあります。
これは元の言語が英語なのかラテン語なのかっていうところにもよります。
しかもeditorの場合、editorialみたいにoの発音がここにアクセントが落ちるんで、
ちゃんと残るんですよ、この場合には。editorialみたいにですね。
なのでorかerか迷ったときの一つの策は、
orの単語はそこからさらに発声した単語があるということで、
それを知っていればorだなと分かるんですが、
大抵難しい単語なので、あまり一般的には使えないかもしれませんけどね。
っていうような発声上の特徴みたいのもあります。
あと、ただ厄介なのは、例えばinterpreterって、
今どっちですか?or?
interpreter?
orですか?
これ、近代語記ぐらいまではerとorで揺れてたんですよ。
やっぱり発音も近いんで、揺れを示す単語もいっぱいあって、
最終的にどっちかに定まったみたいなのがあって、
語源だけでは100%説明することができないっていう混乱の極みなんです。
英語史やってると古い英語を読むことが多いので、
揺れを知ってるわけですよ、interpreterって。
だから現在どっちだったっけ正しいのはっていうのが、
常に分からなくなりますね。
現代英語の通りとかに弱くなります、英語史やると。
じゃあこの問題はこれで。
次ですね、なぜdoの3人称が3単元の形ですね。
これがdosで、これはdoesという読みになるわけですよね。
doなのにdoesにはならない。
そのままsを付ければ分かりやすいのにesを付けて、
発音はだいぶ変わるわけですよね。
doesになるっていうのはなぜかと。
他に関係するのは過去分詞もそうですね。
d-o-n-eでdoだからdo-nとか、
nが付くのはあったりするんで過去分詞ですね。
そのままn付ければよさそうなんですが、
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実際にはneでしかも発音はdaの音が出ると。
これも音の変化で説明できるんですが、
これもともとのdoの発音は読んで字のごとくdoだったんですよ。
do、doでもなくね。
読んで字のごとくです。
それが長い時間をかけてoの発音ってのきなみうになるんですよ。
これ規則的な発達で、
doの音がるになって今に至るんですね。
ただ綴り字は昔の綴り字のままで残ってしまってるので、
doと書くっていうこんな感じなんです。
ここにesっていうか3単元のsが付いたり、
あるいは過去分詞のnみたいのが付く場合に何が起こったかと言いますと、
つまり順当にくればdo、fになってたはずなんですよ。
do、doseだったんですよ、もともとは。
だけどoはのきなみうになるんで、
do、fとかdo、mになってたはずなんです。
ですがこの単語の最大の特徴は何かっていうと、
めちゃくちゃ頻度が高い単語っていうことです。
haveとかdoとか、あとbe動詞もそうですが、
5本の指に入る頻度の高さっていうか、
一般的な使い道の多い単語ですよね。
こうした頻度の高い極めて品質する単語っていうのは、
イレギュラーなことを起こしやすいです。
というのはなるべく頻度が高くいっぱい出てくる分、
楽に短く発音したいっていう欲求が強くなるからです。
頻度が高ければ高いほどよく使うので、
手軽に発音したいっていうことです。
で、do、sだったものが、
もともとdo、sだったのがdo、sになります。
だからdo、sで今まで伝わっていても全然おかしくないんですが、
ここで単母音化が起こります。
do、sだったのがdo、s、do、sになります。
do、sだったのがdo、s、do、sなんですね。
で、danも一緒で、もともとdonだったのがdoになって
do、nっていう風に母音が短くなるんですよ。
これやっぱりよく現れる単語だから、
短くしたいっていう欲求があるんだと思うんですが、
そうするとdo、s、donになるわけですね。
さらにその後もうひとひねり加わって、
近代以降にこのuって音が、
あ、あ、あ、という少し後ろ寄りというか、
下寄りか、uから見ると下寄りの単語になって、
don、donとかdo、s、do、sっていうのが
dan、dazみたいな音に分けてきました。
これいろんな単語に起こっていて、
例えば太陽のsunでもいいんですけど、
sunって書くでしょ。
sunと書いてあるんだから、
これもともとsunだったんですよ。
これがuという単語が、
だんだんと下の位置が下がるって言い方をするんですが、
sun、sun、sun、sun、sunが、
39:00
sun、sun、sun、sun、sunっていう形になって、
日本語耳にはaと聞こえるあの音になるわけです。
runもそうですね。
runなんでrunだったわけなんですが、
runになっている。
これaです。
つまりdoはそこそこ順当にきたんだけども、
do、sとdo、nというふうに、
後ろに語尾がつくものは、
その語尾がついた分、
ほんのちょっとだけ長くなるわけですよ。
この長くなっちゃった分をもう一度短く戻すために、
uという長い母音ですね。
これを短くしたと。
で、do、s、do、nなり、
もうひとひねり加わって、
does、doneとなったと。
そんな形で、
音の変化ってこれぐらいですね、
いろいろ起こるもんなんですね。
特に後品土語では。
それが数百年かけて起こると、
結果的にスペリングとだいぶ離れた発音に
たどり着いてしまうっていうことです。
この音の変化は今でもですね、
どんどん続いていますし、
ますますね、
発音と通りのギャップって開いていくということは、
運命づけられているんですね。
発音どんどん変わるんで。
はい、じゃあ次です。
なぜ英語は縦書きしないのかということで、
これ難しい問題でですね、
横書きの英語に慣れてるので、
縦書きってそんなバカなっていうふうに、
慣れた目には思うんですが、
なんでならなかったのかというのは、
結構難しい問題なんですね。
世界の文字、範例いっぱいあるわけですよ。
日本語、中国語から習って、
ものを書くときは縦に書くっていうのが、
日本語でも伝統です。
行移りは右から左へと移っていくっていうのは、
中国語から借りた一つの伝統なんですが、
日本語でもね、だから横に書くなんてそんなバカな
っていう時代が長く続いたのが、
明治以降に、
西洋の横書きする言語の影響で、
横にも書いてみようかということになって、
今に至るわけですよ。
なのでほとんどの長い間、
日本語の歴史の長い間、
基本は縦書きということで、
横はありえないということだったのが、
西洋からの影響で横書きもかというふうに、
今ではむしろそちらのほうが、
多く目にする機会も多いんじゃないかと思うんですが、
なのでこれどんな言語でも両方あり得るんですよ。
理屈としては。
習慣の問題で。
英語はなぜ縦書きしないのか、
あるいは西洋の言語というかね、
ローマ字を使う言語はしないわけなんですけれども、
これも一つの習慣の問題といえば習慣なので、
理屈上なんでだめかっていうのは、
説明するのはかなり難しいと思うんですね。
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英語の本のタイトルなんかでは、
右に90度寝かせた状態でタイトルを書きますよね。
英語の本を図書館の中で棚で探すとき、
首を傾けながらここを見ていくっていうのが伝統になるわけなんですが、
あれも結局横が縦なんだから、
縦でそのまま書けばいいじゃんって言ったら、
例えばT、H、Eとか縦に並んでるね。
それ日本人的発想だとあるんですが、
そうはせずにあくまで横書きに持っていくと。
90度回転させて。
これも習慣のなせる技で、
なぜ縦に書いちゃいけないかは結構説明するの難しいんですね。
この書き順の問題って、
古くはローマ字も横の場合左から右で、
右から左っていうこともあり得たし、
さらに行によって1行目は左から右だけど、
下に降りた2行目は右から左って、
牛公式って言うんですけどね。
牛が耕すって書いて牛公式なんかもあったりするし、
エジプトのヒエログリフなんかは柱に縦に書いたりするんで、
昔から両方はどんな文字でも有るんですけど、
何で縦書きしないのかは結構難しい習慣です以外に、
何らかの決定的な要因があるかっていうのは、
なかなかの難問だと思います。
ここで即答できないぐらいの難問です。
考えてみたいと思いますけどね。
はい、次です。
これも読んで面白いなと思ったんですけど、
なぜニュー、新しい意味するニューをもじった、
日本語のお乳という言葉はしょっちゅう使われているのに、
対極に位置するはずのoldをもじった、
oldは全く使われないということで、
お乳があるんであれば反対もあってしかるべきじゃないか、
というようなことですね。
これなかなか面白い質問だと思うんですよ。
一つはoldって母音が続く感じで、
語呂が悪そうだなっていうのは一つ、
簡単に思いつくんですが、
語呂って確かに重要なんですが、
慣れてしまえば問題にならなくなるので、
今old慣れてないから変に見えるだけで、
お乳だって最初なんじゃこりゃと思ったはずなんですよ。
使われて慣れるから普通になって、
普通に受け取れる感覚になるんで、
なんでoldがないのかっていうのは、
これ面白いし難しい問題ですね。
一つは、いろんな答え方できるんですけど、
語呂が悪いっていうのも一つのちょっとした理由かもしれませんし、
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もう一つは日本語でofferっていう言葉があって、
別にお乳の綺麗な反対語としてoffer使われるかっていうと、
そんなわけでもないと思うんですが、
先に相当する単語が既存のものがあったりすると、
新しいものは参入絶対できないわけではないんだけれども、
参入しにくいっていうような原理はあったりします。
これレクシカルブロッキングとか言うんですけど、
語彙的にブロックされる。
既にあるから新しいの入ってくるなっていうような形で、
受け入れの抵抗度が高くなるっていうことです。
それでも入ってくるときはあるんですよ。
なので絶対的な原理原則ではないんですが、
先にあると新しく派生して、
同じ意味のものを作りにくくなるっていう原理があります。
例えば形容詞なんかでunを頭につけると、
反対になりますよね、否定っていうか。
happy、unhappyみたいなものですね。
そうするとgoodは良いっていうことだけど、
悪いっていう反対語はungoodでいいじゃないかという形になるんですが、
既にbadが先に重要な単語としてあるので、
ungoodは参入しにくいっていうような、
例えばそんな説明をするときに使われるのがレクシカルブロッキングというようなことです。
たださっき言ったようにofferという既存の日本語が
お乳に対抗する反対語の地位を占めているかっていうのがよく分からないし、
なんとも難しい問題ですね。
もう一つ関連してなんですけど、
大義語ってあるじゃないですか。
形容詞っていうのは非常に分かりやすくてnewに対してoldですよね。
oldは古いって意味だけじゃなくて、
年の場合年を取ったっていうことになるんで、
その反対語としてはyoungになるわけですが、
oldとyoungのほうが分かりやすいかな。
これね、一対の大義語とか反対語っていうように皆さん捉えてると思うんですね、
oldとyoung。
すごくストレートな関係で、
同じweightで、ただ向いてる方向が反対って意味での
典型的な形容詞の反義語、ペアというふうに考えてると思うんですけれども、
実は重みっていうのかな、違うんですよ。
何かというと、反対語で大体黄金にしてこういうことがあるんですが、
how old are youって言うでしょ。
例えば、生まれたばかりの赤ん坊さして、
how old is the babyっていうふうに言うわけですが、
決してこのbabyはoldではないですよね。
生まれたばかりなんで、1ヶ月ということもあるわけで、
だけれども、how young is the babyって言わないでしょ。
やっぱりhow oldなんですよ。
どういうことかっていうと、
oldは確かにyoungの反対語です。
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これは間違いないんだけれども、
もう一つoldには役割があって、
程度を意識しない、つまりyoungとoldの年齢ですよね。
年齢というどちらかに偏っていない中立的な意味を表し得るっていうのがoldのほうなんですね。
なので、how old is the babyっていうときのoldは、
年を取ったつまりyoungの反対語としてのoldではなく、
youngとoldの反対性を中和した形の意味。
そういう意味も担ってるっていうことになります。
How long is the trainってのも一緒ですよね。
How short is the trainって普通言わない。
もし、how short is the trainっていうことがあったとしたら、
これ、先にすごく短いってことを知ってる。
I know this train is very short, but how short isthis?
みたいなことが可能です。
ですが、そういう前提を外にしない場合ですね、
純粋に長さを聞いてる場合は、
how long is the trainって言い方するでしょ。
すると、ネガティブ、ポジティブって言い方すると、
ポジティブなほうを中立に実は使うことができるのが、
形容詞の対立ペアなんですよ。
How old is the babyっていうのはそのためです。
なので、反対語の問題っていろいろ意味論的に面白いんですけれども、
きれいな逆向きを向いた反対語という側面もある一方、
そのポジティブなほうは、実は中立の意味も持っているっていう点で、
なんていうのかな、きれいな反対だけではない、
もう一方、複雑な意味内容を有しているっていうことですね。
反対語の問題、またいろいろ出てくるかと思いますが、こんな感じです。
次、whomですね。
このmって何なの?ということで、
これは英語の歴史を勉強すると立ちどころに答えられます。
これはhe, his, himのhimのmと一緒であり、
they, their, themのmと一緒で、
主格ではありませんよ、目的格ですよという印のmです。
これは代名詞一般に言えることで、
このwhomも疑問代名詞っていう語類ですね。
先ほどのhimとかthemっていうのは認証代名詞っていうもので、
同じ代名詞なんですよ。
代名詞類は大体同じ語尾変化を小英語の頃からしてきたので、
mっていうのは目的格の象徴ということなんですね。
実はこれは本当は代名詞だけじゃなくて、
他に形容詞とかいろいろ語尾変化あったんですよ、昔英語。
そこでは大体目的格に相当するものでmが出てくることが多いので、
やっぱり目的格を表す象徴としてのmだというふうに理解しておけば良いと思います。
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himとかthemのあのmと同じという捉え方でいけると思いますね。
次です。なぜ小文字と大文字に形の差があるのかっていう。
これみんな思いますよね。
私も最初にアルファベットを勉強したときに思いましたね。
同じ形もあるわけじゃないですか。
それをそのまま小さくしたのが小文字になるっていうのもそこそこありますよね。
Oとかがまさにそうですし、Vとかもそうですか、Wもそうですよね。
大体そのまま大文字を小さく縮小をコピーして小文字になるっていうのが分かりやすいのに、
だいぶ違うものってありますよね。
Aからしてちょっと違うし、Bも原型は何らかの留めてるっていうのは確かですが、
Cはいいのか、だからDはループの向きも逆だしとか、これ結構厄介ですよね。
今となってもう慣れてしまってますが、なんでそのまま縮小コピーしてくれないのかっていう話ですね。
これなかなか面白い良い問題で、呼び方が小文字と大文字になってるじゃないですか。
なので同じものを小さく書いたのと大きく書いたのがそれぞれ小文字と大文字なんだという基本的な発想を促すっていうか、
そう思い込ませる用語遣いになってるんですよ、小文字と大文字。
だけど起源が結構違ったりするんですね。
セットであんまり考えてはいけないと言い方はしません。やっぱり似てるのもあるんで。
だけど一応別の発達として捉えておくと、むしろ違う経路を辿ってるんで、
違う形になるほうがデフォルトだと思っておいたほうがいいぐらいです。
たまたま縮小コピーしたものは小文字に相当してるものもいくつかあるので、
そこは注意を要するんですが、むしろ違う発展を辿ってるんで、
大きいものをちっちゃくしたわけではないんです。あるいはちっちゃいものを大きくしたわけではないっていうことね。
大雑把に言いますと最初大文字しかありませんでした。大文字に相当するやつしかありませんでした。
それを走り書き、早書きしたいときに、いわば草書体ですよね。
草書体が生まれます。漢字でも解書から草書とか行書みたいなの生まれてますよね。
同じことで早書きしたい場合には、やっぱりちっちゃく丸みを帯びた字形になることが多くて、
走り書き、早書きから小文字っていうのが発生します。
一旦小文字の体系っていうのが出来上がると、それはそれで独自の発展を遂げます。
今は我々フォントっていう形でいろんな字体があるでしょ。
手書きでも丸文字とかいろんな字体があるように、歴史の中で様々な書体が生まれては消えっていうことを繰り返してきました。
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その書体がいろんな書体を比べてみると、同じ絵でもだいぶ違ったりするんですよ。
例えば活字体の小文字の絵と、あと皆さんが多分手書きするときに多いんじゃないかといわれるブロック体の絵ってだいぶ違うでしょ。
あれなんかも書体の違いっていうことで、絵なんかは分かりやすいと思うんですが、割と違うんですね。
今の小文字の標準的な活字体とかあるいはブロック体というのは、複数の系列がごちゃ混ぜになったりしながら辿り着いたのが今の小文字群であり、大文字もそうか大文字群ということで、
むしろ大文字と小文字を比べてみたときに割とそっくり縮小コピーというものの方が、そうなる確率の方が複雑な歴史を経てきたら当然だろうなというふうに逆に思われるわけですね。
たまたま一致したものもありますけど。
なのでこれ発想が逆で違って当然、合ってたものはおめでとうというような感じに歴史を見るとなってきます。
はい、次もう少し行きますか。
なぜREAD、読むのREADですね。
READのように過去形や過去分詞になっても現在形と通りが変わらない単語があるんでしょうかということで、これも厄介ですよね。
同じ書き方をしながら現在形でREAD、過去形過去分詞形ではREADと読ませるというわけですから、これはかなり重症ですよね。
英語の持っている重症な部分がよく出てると思うんですけれども、これね、RをLに変えてみてください。
導くという単語の場合はうまくいってるんです。
READ、READ、READだよね。
まさにLをRに変えただけで、発音上は完全にパラレルなんですが、綴り辞書はREAD、READ、READのREADのほうはLEDで書いてくれてる。
なので違いが分かりやすいと。
なんでこういうふうに読むのREADのほうもなってくれなかったのっていう突っ込みは非常に容易にできると思うんですね。
これなかなか難しくて、いろいろなスペリングあったんです。
実はREDも普通にあったし、過去形の場合、過去分詞。
なんでそっちが残らなかったのかなっていうのは、これまた英語史上も難しい問題です。
Lのほうね、導くのほうではうまくいったのに、ということですね。
一つはこのEという発音ね、READのREADっていう発音と、
REDっていう発音、RED。
EとREDって両方ともEAで書き表せちゃうんですよ。
つまりそういう単語いっぱいあるんですよ。
例えばREED、LEEDみたいなものもありますね。
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それからEATなんかもそうですね。
EAでEと読ませる単語はすぐに思い浮かぶと思うんですよ。
一方、じゃあEAと書いたら絶対Eかっていうとそんなことはなくて、
Eというのもどうですか、皆さん思い浮かべられます?
例えばHEADがそうだよね。
HEADと書いておきながらHEEDではなくHEADって読ませるでしょ。
というふうに、実はEAは両方の発音に対応し得るっていう、
そもそもの英語の通り事情のバグがあります。
バグがあるんであれば、導くのはREEDのように
うまくREED、RED、REDで分かりやすくしてほしいのに、
バグがREED読む場合には残っちゃってるっていうことなんですね。
なぜ導くではうまくいったのに読むではうまくいってないんですかっていうところは
なかなか解けないんですが、いや何とも言えませんね。
頻度の問題っていうのはあるかもしれません。
先ほど言った頻度の高い、読むほうが高そうですか。
導くも頻度高いですけど、の関係があるかもしれません。
頻度が高いものっていうのは、イレギュラーなまま残っていきやすいっていう、
変な形が残っていきやすいっていう一般論はありますが、
これもうまくはちょっと説明できない感じです。
英語詞でもうまくいかないところは結構多いです。
次くらいが最後かな。
なぜ定関詞theは次に来る単語が母音から始まるときだけtheという発音になるんでしょうか。
ということでthe appleですよね。
the penに対してthe appleという風に発音が変わるっていうことですね。
これ文法っていうか英語で必ず習うことなんですけれども、
実はネイティブの発音とかネイティブのアンケートを使うと、
特に使い分けでないっていうようなこともあるんですよ。
基本的正しい文法ではthe appleっていうことになってますよっていうのが建前なんですが、
実態としてはthe appleというのもあるし、
もともと弱い単語なんですね。
the appleみたいな言い方になったりもするし、
the penみたいにシーンで始まってもtheっていうのは起こったりするんで、
教科書的、文法書的にはtheですよとならんですが、
実態はそんなわけでもないっていうのが一つあります。
ただ傾向としてはやはりこのルールっていうか、
間違いなく母音の前でtheっていうのは傾向としてはあるので、
これなぜかっていうことですね。
これもいろいろ歴史的には説明できるんですが、
近代以前はそんな区別なかったんですね。
近代以降に割とこの区別がルール化されてきたっていう事情があります。
割と人為的だと私は読んでるんですけれども、
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不定関詞あと暗の区別というものとパラレルに定関詞のほうも音を変えてみようかみたいな、
割と意識的なところもあったかもしれませんし、
これ私結構注目していて、自然発生というより割と人為的な匂いのする使い分けじゃないかなというふうに睨んでいます。
調査中みたいなところですね。
だからこそ実態を見ると割と今だって揺れてると、
こんなルール通りになってないっていうところをリンクするんじゃないかなっていうふうに思っています。
十数問ですかね、と答えたんですが、いろいろなタイプがあったと思います。
きれいに英語字で説明できるものもあれば、やっぱりわからないっていうものも含めて、
何らかの考察はできるっていうところがポイントかと思いますね。
これからもたくさん素朴な疑問、素朴すぎるほうが面白いので、
こういった質問をリスナーの皆さんも含めて募集して取り上げていきたいと思います。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
60分の長丁場でしたけれども、生放送の収録した様子をアーカイブに載せてみました。
いかがでしたでしょうか。
今回はあっと驚くようないい質問が多かったですね。
まさかこんな質問が出ると思わなかったっていうタイプも出たりしてですね、
これがやはり面白いですね。
英語字的にはこういった問題を考えていく、あるいは考え続けていくっていうことが
一つ魅力なわけなんですけれども、皆さんどんなふうにお聞きになりましたでしょうか。
この英語の語源が身につくラジオヘルディオでは、
皆さんからの素朴な疑問というのも受け付けています。
普段の放送会への意見、コメントということもいただいていますが、
新たに素朴な疑問も随時投げていただければと思います。
もちろんこれ全てに答えられるわけではないというのは、
物理的、時間的にないということ以上に、やっぱり難問の場合ですね、
考える時間が欲しかったり、あるいは考えたり調べたりしてもですね、
やっぱりということで取り上げられないといいますかね、
こともしばしばあったりするんですけれども、
皆さんからいただいた疑問、必ずストックしてるんですね。
すぐには反応できないかもしれませんけれども、
何らかの形で取り上げたいなというのは日々思っています。
その中でも難しすぎるものがあったりとか、いろいろあるんですが、
まずは投げてみていただければ幸いです。
そしてコメント欄は皆さん見ますので、そこで関連する議論であるとか、
1:03:02
問題の焼き直しであるとか、問い直しみたいのが起こってくるとですね、
私自身も勉強になるし、皆さんも勉強になるというような
効果が出てくるかもしれません。
ということでコメント欄を盛り上げていただくためにも、
皆さんのご意見、ご感想、そして新たな素朴な疑問、
気がつきましたらぜひ投げていただければと思います。
それでは今日も皆さんにとって良い1日になりますように、
ほったりうちがお届けしました。また明日。