アメリカ人なんかでもこの名前を持ってる場合は、おそらく由来としてはスコットランド系移民だということが分かったりするんですね。
こういうの不祥って言うんですが、各言語にあります。
例えば本来の英語だとINGを語尾に付けることで何々の息子とか何々の子孫という感じになって、今あまり残ってないんですが、例えばブラウニングなんていう名前がありますよね。
これブラウンさんの息子って意味で、新興系のINGとか全く別語源です。INGで息子っていうのがあります。
それからアイルランド語では頭にオウを付けるんですよ。オウアポストラフィみたいな。
なので、オブライアンっていうのはブライアンさんの息子っていうことだし、オコーナーっていうとコーネルさんの息子とかいうことですね。
だからこの名前を持っていると大体何系かっていうのが分かる仕組みになってます。ゆるくですけどね。
フランス語ではフィッツですかね。フィッツ・ウィリアムとかフィッツ・ジェラルドというものもありますよね。
そしていろいろとあるんですけれども、なんとかさんっていうのが一番分かりやすいですか。ジョンに対してジョンソンとかトムに対してトムソンというような言い方で、
これさんですから英語っぽく感じるかもしれませんが、これ実は北欧語です。
北欧語では例えばデンマク人のアンデルセンのセンがこれにあたるんですけれども、
ドイツ語ではメンデルスゾーンとかのゾーンにあたりますね。メンデルさんの息子とか。
それぞれ国によって言語によって付ける形は違うんですけれども、不祥の伝統そのものはあるということですね。
ロシア語ではなんとかヴィッジっていうのはよく聞くでしょ。
ポーランド語ではなんとかスキーとか、アラビア語でもイブンってありますよね。
イブンシーナとかイブンバトゥータみたいな、かなり広くお父さんの名前にあやかって子供、特に息子ですかね、の名前を付けるっていうのは非常に広く行われていて、
その名前を見ることで何形かということが大よそ推測できるっていうことにもなります。
なので本題に戻りますとマックなんですよね。MACということで、
今の英語の発音としてはこのMACのAの部分が弱音化して、いわば曖昧母音、シュワーの音になるんで、
どうとでも、日本語耳にはどうとでも聞こえちゃうんですよ。
イにも聞こえるかもしれないし、アかもしれませんし、オかもしれないっていう、ムックって感じです。
これを聞き方によってはミックのようにそれは聞こえる人もいるかもしれませんが、
もともとの音科はMACと綴られていたことからわかる通りAだったので、
それに従っておこうぐらいのモチベーションで日本語に音訳するときはAの音で持ってくるという、そんな感じになります。
どうやって日本語に持ってくるのかって結構面白い問題で、結構揺れてるんですね。
これどちらかというと日本語学側の話題かもしれません。
いろいろと例を挙げて語りたいところもあるんですが、次行きましょうかね。
TIONという語尾があって、なんとかションと読むわけですよね。
ステイションとかネイションとか典型ですけれども、あれでなんでションと読ませるのかっていうような質問ですね。
これ非常に多く我々見かける語尾なので、もうTIONだったらションなんだという頭になってますが、
確かによく考えるとTIONとかね、あるいはションとかならわかるんですけど、
なんでションなんだろうかっていうのは考え始めると意外と説明できないんではないかと思うんですね。
ちなみにほとんどの場合ションなんですけど、あるときはチョンになります。
チョンだとちょっとわかるでしょ。TIONだからチョン、チョン、チョン。
こっちのほうがまだ近いので、これはどういうときかっていうと前にSがつく場合です。
例えばクエスチョンっていうふうにSがくる場合はチョンになるんですよ。
クエスチョンにならないんですね。クエスチョンというふうになります。
コンバスチョンとかですね。Sがくる場合はチョンになるんだけど、それ以外の場合はチョンになるっていうことが規則的にあるわけですよね。
これ何でかと言いますと音の変化なんです。やっぱりこれもともとはTIONと書いてあるんですから、TIONって発音してたんですよ。
これ全てですね、ラテン語あるいはフランス語からの釈用語ということで、本来の英単語にはない語尾なんですね。
英語の歴史の途中からこうした単語がフランス語あるいはラテン語から入り込んできたんですが、
その時の発音というのはTIONという文字通りの発音だったことが多いんですね。
ですがこれフランス語側でも起こったことなんですけれども、TIONっていうのが少し発音が弱まってCIONになっちゃうんですね。
フランス語だと今CIONですかね。NATIONっていうのはNATIONっていう発音でCIONっていう発音になっていきます。
これ音声学的には摩擦音かっていうことなんですが、ざっくり言えば弱化です。
弱い発音になってTの音がSの音になる。Tの音がSの音になるっていうことですね。
CIONみたいな発音になります。
なので、例えばbe used toっていうね、今回のものとは別のまたイディオムで、慣れているってあるでしょ、何々することを慣れている、be used to。
あれ結局、習慣的にやるから慣れている、習慣の感ですよね。慣れているっていうことで語源的につながるし、
そして今扱っているこのused toっていうのも、つまり何々することを使うわけではなくて、習慣的に行うぐらいになるわけですよ。
これが過去形だからused toっていうことで、中間的に何々したというような意味合いが出てくるわけですね。
これですから、今ね、現在形ないんですよ。
例えば、普段何々するっていうときにused toっていうのがあったら、これはこれで便利な気がするんですよ。
例えば、I walk to school usuallyみたいな言い方をI used to walkto schoolみたいな言い方ができれば便利そうなんですが、
過去形でしかないんですね。
現在形は実はあったんです。歴史を調べるとused toで何々することを常としている、
習慣的に何々するっていう意味があったんです、used toという現在形がね。
過去形もあったんですが、今生き残っているのは過去形だけ。
現在形の使用っていうのは使われていないっていうこと。
これ標準英語では使われていないっていうことで、どこでしたかね。
シンガポール英語なんかでは、このused toからの過去形からの類推で、
普段何々するっていうのを現在形も使うように、いわばシンガポール英語あたりで復活しているっていうのがあるんですけれども、
いわゆる国際的に使われる、広く使われる標準英語では現在形は使われません。
これ何で現在形もあったら便利なのに使われなくなったかっていうのは、ちらっと調べたことはありまして、
一つはusedではなくて、実はused toっていうふうに濁らないstになりますよね。
そうすると次のto、前置の部分、不停止のtoの部分のtと被ってused toというふうになるんですよね。
これ過去形の場合も現在形の場合も結局used toになっちゃうわけですよ、発音が。
区別がつかなくなるというような音の都合でどちらかが死ぬことになったと。
結果的に過去形が生き残ったというような音声上の理由を、理屈を立てることはできるかなとは思っています。
ただシンガポール英語であったし、昔は両方あったわけですからね。
何でなくなったのかというのは音声だけで本当に説明できるのかは分かりません。
これは間違いないんだけれども、
もう一つoldには役割があって、
程度を意識しない、つまりyoungとoldの年齢ですよね。
年齢というどちらかに偏っていない中立的な意味を表し得るっていうのがoldのほうなんですね。
なので、how old is the babyっていうときのoldは、
年を取ったつまりyoungの反対語としてのoldではなく、
youngとoldの反対性を中和した形の意味。
そういう意味も担ってるっていうことになります。
How long is the trainってのも一緒ですよね。
How short is the trainって普通言わない。
もし、how short is the trainっていうことがあったとしたら、
これ、先にすごく短いってことを知ってる。
I know this train is very short, but how short isthis?
みたいなことが可能です。
ですが、そういう前提を外にしない場合ですね、
純粋に長さを聞いてる場合は、
how long is the trainって言い方するでしょ。
すると、ネガティブ、ポジティブって言い方すると、
ポジティブなほうを中立に実は使うことができるのが、
形容詞の対立ペアなんですよ。
How old is the babyっていうのはそのためです。
なので、反対語の問題っていろいろ意味論的に面白いんですけれども、
きれいな逆向きを向いた反対語という側面もある一方、
そのポジティブなほうは、実は中立の意味も持っているっていう点で、
なんていうのかな、きれいな反対だけではない、
もう一方、複雑な意味内容を有しているっていうことですね。
反対語の問題、またいろいろ出てくるかと思いますが、こんな感じです。
次、whomですね。
このmって何なの?ということで、
これは英語の歴史を勉強すると立ちどころに答えられます。
これはhe, his, himのhimのmと一緒であり、
they, their, themのmと一緒で、
主格ではありませんよ、目的格ですよという印のmです。
これは代名詞一般に言えることで、
このwhomも疑問代名詞っていう語類ですね。
先ほどのhimとかthemっていうのは認証代名詞っていうもので、
同じ代名詞なんですよ。
代名詞類は大体同じ語尾変化を小英語の頃からしてきたので、
mっていうのは目的格の象徴ということなんですね。
実はこれは本当は代名詞だけじゃなくて、
他に形容詞とかいろいろ語尾変化あったんですよ、昔英語。
そこでは大体目的格に相当するものでmが出てくることが多いので、
やっぱり目的格を表す象徴としてのmだというふうに理解しておけば良いと思います。
himとかthemのあのmと同じという捉え方でいけると思いますね。
次です。なぜ小文字と大文字に形の差があるのかっていう。
これみんな思いますよね。
私も最初にアルファベットを勉強したときに思いましたね。
同じ形もあるわけじゃないですか。
それをそのまま小さくしたのが小文字になるっていうのもそこそこありますよね。
Oとかがまさにそうですし、Vとかもそうですか、Wもそうですよね。
大体そのまま大文字を小さく縮小をコピーして小文字になるっていうのが分かりやすいのに、
だいぶ違うものってありますよね。
Aからしてちょっと違うし、Bも原型は何らかの留めてるっていうのは確かですが、
Cはいいのか、だからDはループの向きも逆だしとか、これ結構厄介ですよね。
今となってもう慣れてしまってますが、なんでそのまま縮小コピーしてくれないのかっていう話ですね。
これなかなか面白い良い問題で、呼び方が小文字と大文字になってるじゃないですか。
なので同じものを小さく書いたのと大きく書いたのがそれぞれ小文字と大文字なんだという基本的な発想を促すっていうか、
そう思い込ませる用語遣いになってるんですよ、小文字と大文字。
だけど起源が結構違ったりするんですね。
セットであんまり考えてはいけないと言い方はしません。やっぱり似てるのもあるんで。
だけど一応別の発達として捉えておくと、むしろ違う経路を辿ってるんで、
違う形になるほうがデフォルトだと思っておいたほうがいいぐらいです。
たまたま縮小コピーしたものは小文字に相当してるものもいくつかあるので、
そこは注意を要するんですが、むしろ違う発展を辿ってるんで、
大きいものをちっちゃくしたわけではないんです。あるいはちっちゃいものを大きくしたわけではないっていうことね。
大雑把に言いますと最初大文字しかありませんでした。大文字に相当するやつしかありませんでした。
それを走り書き、早書きしたいときに、いわば草書体ですよね。
草書体が生まれます。漢字でも解書から草書とか行書みたいなの生まれてますよね。
同じことで早書きしたい場合には、やっぱりちっちゃく丸みを帯びた字形になることが多くて、
走り書き、早書きから小文字っていうのが発生します。
一旦小文字の体系っていうのが出来上がると、それはそれで独自の発展を遂げます。
今は我々フォントっていう形でいろんな字体があるでしょ。
手書きでも丸文字とかいろんな字体があるように、歴史の中で様々な書体が生まれては消えっていうことを繰り返してきました。
それからEATなんかもそうですね。
EAでEと読ませる単語はすぐに思い浮かぶと思うんですよ。
一方、じゃあEAと書いたら絶対Eかっていうとそんなことはなくて、
Eというのもどうですか、皆さん思い浮かべられます?
例えばHEADがそうだよね。
HEADと書いておきながらHEEDではなくHEADって読ませるでしょ。
というふうに、実はEAは両方の発音に対応し得るっていう、
そもそもの英語の通り事情のバグがあります。
バグがあるんであれば、導くのはREEDのように
うまくREED、RED、REDで分かりやすくしてほしいのに、
バグがREED読む場合には残っちゃってるっていうことなんですね。
なぜ導くではうまくいったのに読むではうまくいってないんですかっていうところは
なかなか解けないんですが、いや何とも言えませんね。
頻度の問題っていうのはあるかもしれません。
先ほど言った頻度の高い、読むほうが高そうですか。
導くも頻度高いですけど、の関係があるかもしれません。
頻度が高いものっていうのは、イレギュラーなまま残っていきやすいっていう、
変な形が残っていきやすいっていう一般論はありますが、
これもうまくはちょっと説明できない感じです。
英語詞でもうまくいかないところは結構多いです。
次くらいが最後かな。
なぜ定関詞theは次に来る単語が母音から始まるときだけtheという発音になるんでしょうか。
ということでthe appleですよね。
the penに対してthe appleという風に発音が変わるっていうことですね。
これ文法っていうか英語で必ず習うことなんですけれども、
実はネイティブの発音とかネイティブのアンケートを使うと、
特に使い分けでないっていうようなこともあるんですよ。
基本的正しい文法ではthe appleっていうことになってますよっていうのが建前なんですが、
実態としてはthe appleというのもあるし、
もともと弱い単語なんですね。
the appleみたいな言い方になったりもするし、
the penみたいにシーンで始まってもtheっていうのは起こったりするんで、
教科書的、文法書的にはtheですよとならんですが、
実態はそんなわけでもないっていうのが一つあります。
ただ傾向としてはやはりこのルールっていうか、
間違いなく母音の前でtheっていうのは傾向としてはあるので、
これなぜかっていうことですね。
これもいろいろ歴史的には説明できるんですが、
近代以前はそんな区別なかったんですね。
近代以降に割とこの区別がルール化されてきたっていう事情があります。
割と人為的だと私は読んでるんですけれども、
不定関詞あと暗の区別というものとパラレルに定関詞のほうも音を変えてみようかみたいな、
割と意識的なところもあったかもしれませんし、
これ私結構注目していて、自然発生というより割と人為的な匂いのする使い分けじゃないかなというふうに睨んでいます。
調査中みたいなところですね。
だからこそ実態を見ると割と今だって揺れてると、
こんなルール通りになってないっていうところをリンクするんじゃないかなっていうふうに思っています。
十数問ですかね、と答えたんですが、いろいろなタイプがあったと思います。
きれいに英語字で説明できるものもあれば、やっぱりわからないっていうものも含めて、
何らかの考察はできるっていうところがポイントかと思いますね。
これからもたくさん素朴な疑問、素朴すぎるほうが面白いので、
こういった質問をリスナーの皆さんも含めて募集して取り上げていきたいと思います。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
60分の長丁場でしたけれども、生放送の収録した様子をアーカイブに載せてみました。
いかがでしたでしょうか。
今回はあっと驚くようないい質問が多かったですね。
まさかこんな質問が出ると思わなかったっていうタイプも出たりしてですね、
これがやはり面白いですね。
英語字的にはこういった問題を考えていく、あるいは考え続けていくっていうことが
一つ魅力なわけなんですけれども、皆さんどんなふうにお聞きになりましたでしょうか。
この英語の語源が身につくラジオヘルディオでは、
皆さんからの素朴な疑問というのも受け付けています。
普段の放送会への意見、コメントということもいただいていますが、
新たに素朴な疑問も随時投げていただければと思います。
もちろんこれ全てに答えられるわけではないというのは、
物理的、時間的にないということ以上に、やっぱり難問の場合ですね、
考える時間が欲しかったり、あるいは考えたり調べたりしてもですね、
やっぱりということで取り上げられないといいますかね、
こともしばしばあったりするんですけれども、
皆さんからいただいた疑問、必ずストックしてるんですね。
すぐには反応できないかもしれませんけれども、
何らかの形で取り上げたいなというのは日々思っています。
その中でも難しすぎるものがあったりとか、いろいろあるんですが、
まずは投げてみていただければ幸いです。
そしてコメント欄は皆さん見ますので、そこで関連する議論であるとか、