【再】#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生と
2026-08-28 33:18

【再】#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生と

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に #近代英語 #対談
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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間に思っとうに、英語の歴史の面白さを伝え、 裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は7月9日日曜日です。いかがお過ごしでしょうか。
本日お届けする話題は対談会です。
近代英語における文法的・公文的変化。 本の紹介なんですけれども、その本の編著者であります秋元美之先生との対談ということになります。
いやービッグゲストでですね、 このような対談が実現するとはですね、私も夢にも思わなかったんですけれども、それくらい非常に貴重な対談会となっております。
この本について紹介しておきますと、 先月6月に開拓者より出版されたばかりなんですけれども、
秋元先生が編著を務めまして、他に6名の執筆者とともに、 秋元先生も含めまして7名でお書きになったそういう本です。
編著の秋元美之先生は青山学院大学の名誉教授でいらして、 日本の英語学・英語史分野の研究を長く牽引されてきまして、今も現役で研究活動を続けておられます。
実は今回の本とは別にもう一冊、短著という形で、 緊張を出されているというご活躍です。
今回対談という貴重な機会をいただきまして、私も非常に楽しみながら、 そして緊張しながらですね、大いに学ばせていただきました。
今回はこの本の紹介ということになりますけれども、 これまでもですね、私自身がブログやYouTube等ですでにこの本の紹介を行っております。
関連するURLはこのチャプターあるいは次のチャプター以降にですね、 貼り付けておきますので、そちらも併せてご覧になってください。
対談の本体は3チャプターにわたりまして、27分ほどお話ししております。 時間のあるときにどうぞお聞きください。
ではどうぞ。おはようございます。本日は対談の回ということでですね、 秋元美之先生にお越しいただいています。秋元先生よろしくお願い致します。
03:03
よろしくお願いします。
今回はですね、最近出ました、開拓者よりですね、 近代英語における文法的・公文的変化という本が出版されました。
秋元先生はその編者をお務めで、執筆者としてはですね、 他に何名かいらっしゃいまして、
片見昭雄先生、福本弘司先生、 田辺春美先生、山本志穂子先生、中山雅美先生、川端智寛先生、そして秋元先生ご自身も一緒を書いておられるということでですね。
まずこの本なんですけれども、近代英語における文法的・公文的変化。
この章立てを私も見まして、最初にびっくりしましたのは、 15世紀から始まっているんですかね。
近代語は基本は1500年から1900年というふうに言われることが多いんですが、 その前後も含めまして広く15世紀から始めて、16世紀、17世紀というのが各章の、いわばタイトルになっていて、
この世紀別という区切り方って、意外とありそうでないというか、英語史の場合ですね、という気がするんですけれども、
このチャプター分けと言いますか、世紀別というのはどういうモチベーションと言いますか、狙いと言いますか。
あれですね、世紀別って大体文学史なんかはね、大体そういう世紀別なんですね。
なぜか英語史の場合っていうのは、世紀別ではなく、例えばオールドイングリッシュ、ミドルイングリッシュとか、そういう区切りで。
ところが最近、メリエ・キョートとか、レーマンとか、そういう人たちは、19世紀、20世紀とか、やっぱり世紀に特化した本も出ているんですよね。
ありますね。
だからやはり、世紀の特徴がですね、例えばオールドイングリッシュは、1066年にノルマニア人の政府とかがそう言うんですけど、
その間のことって分かるんですけど、もう一度特定的にですね、あるということがちょっと分かりづらいですね、そうなっちゃうと。
だからそうなるとやっぱり、世紀っていうのは結構大事で、その世紀に何が起こったかっていうようなことは、少なくとも歴史的な事実という時は結構大事で、
我々も年号を覚えているくらいですから、それをですね、もうちょっと世紀別な特徴を英語史の中に見ていいんじゃないかというふうなことを。
面白いですよね。
いわゆる一般の歴史であるとか文学史だと、確かに割と一般的な区切り方のような気がするんですけれども、
多分、伝統的な英語史とか言語史の描き方が、その社会的な事件と連動はしつつも、言語変化って連続的で、どこかで切れるものではないんだっていうような、
ある種、それは本当なんですけれども、それが足枷になって、世紀で切るっていうことが、ちょっとやりにくいぐらいになっていたところを、
06:11
今回、逆転させてじゃないですけれども、世紀別になってみたら、意外と綺麗にまとまると言いますか、見通しが良くなるという言い方ですからね、という独豪感を味わったんですよね。
ですから、ただね、世紀別だとなんとなくその間に切れちゃうような感じがするもので、その後のまとめなんですけど、まとめの意図としては、それを一つの線で繋げるというか、
そういうふうにして、単に世紀別ですけれども、その世紀別で切れないように、それが一つの線で繋がるような、ですから駆動したら、それが15世紀はこうだった、16世紀はこうだった、ちょっとそういう個別的な感じがするんですけれども、
それをまとめては一つの線で、変化というのを一応繋げたというか、そういうふうな、ある程度そういうことをしないと、世紀別で割りは個別的になりがちになっちゃうから、それを防ぐつもりではあったんですけどね。
今駆動詞というお話が出たんですけれども、この本は文法変化、公文の変化ということで、各著者が必ず扱う3点というのを決められていて、今述べられた駆動詞、Phrasal Verbというものと、あと仮定法、一般に仮定法が衰退していく時期と近代法は言われるので、その有様ですよね。
それから動詞の法文という、後ろにざっと説を取るのか、不定詞なのか、同名詞なのかというような問題ですが、この3つは定点観測じゃないですけど、必ず各著者が各世紀についてやるというこの方針ですよね。
この3つというのは、他にも文法いろいろあると思うんですが、とりわけこの3つというのはどういう選び方でしょうか。
それを皆さん、著者の方に聞いたんですね。
例えば、どういうテーマを扱いたいですかと。
これで一応サンプルを出して、いろいろと十幾つですね、この文法項目を出して、この中から選ぶとしたら、どの項目をやりたいですかという人の時に、みんなが一致して扱いたいと言ったのがその3つだったんですね。
なるほど。
じゃあ、先に決めていたというよりは、皆さんでなんとなく合意できてきたという感じですね。
そうです。各執筆者が扱いたいというものですね。
それをまた全部やっちゃうと、自分の意見が述べる機会がなくなっちゃうので、とりあえず3つだけ絞って、
あとプラス、ご自分の特異というか、特徴と思われる、世紀の特徴と思われるものについて、自分の独自の視点から書くと。
面白いですね。各世紀のいわば専門家が集まって、投票みたいな形をやったところ、ある意味それが選ばれたということは、近代英語を代表する文法的・公文的項目というか、見るべきポイントみたいなところで、ベスト3が上がったという。
09:14
これは面白いですね。
ですから、あとそれに近いのは進行形とかね。
そうですね。Doの問題とか。
それもやっぱり扱いたいというか、そういう人は結構いました。ですから個人的には扱っていいですけどね。
そうですよね。複数の方が扱っているかと思いますよね。
そして、そのような3つ、プラスアルファというテーマに即して各世紀ごとに描いていくんですが、もう一つの、最初に先生がお書きになっている統一原理といいますか、全体的に意識しようというところで、電子コーパステキスト等を使って、実証的に記述するという項目があるんですが、これはどういうお考えのものでしょうか。
僕はね、やっぱりこう、特に歴史というか扱うときにはね、やっぱりこうデータベースというか、そういうものだろうと思うんですよね。
ですから、まあ理論も大事ですけども、理論的にね、こうだということで、それの裏付けがないようなね、そういう研究というのはちょっとやっぱりこう少しどうかなという感じがして、
必ずその考え方なり、その変化の裏付けとなるですね、データをいつも出してほしいというね、そういう気持ちなんです。
それが例えばテキストである人によってはテキストはいいという人もいるし、テキストを読んでそこから選ぶ人もいるし、それからまあ電子コーパスのアーチャーとかね、ああいうものを使って、
それが得意な人もいますから、それを各スペシャルに任せて得意な方を使ったり、ただ共通なのは必ずデータの裏付けをしてほしいという、それが共通した概念なんですよね。
それを実証的という言い方でまとめているということですよね。
これは私、各世紀ごと各チャプターごとを眺めて、その後ろにですね、各正末に使っているコーパスとか参考文献が書かれているんですが、これを見ることで、コーパスって今たくさんあるじゃないですか。
時代をまたぐものもあれば、ある分野のある世紀に特化したものっていういっぱいあって、どうも整理つかないぐらいですよね。
なので、これ各世紀ごとに正末のコーパスを見ると、この世紀をやりたい場合にはこんなコーパスがあるんだという形で、すごくコーパスの使い方っていうこととケーススタディみたいなことにもなっているので、とても近代語を研究したりする際に便利だなっていうのがまず印象だったんですよね。
どれだけテキストを中心にやられている、例えば中山さんの章なんかもあったりしますが、全体的には非常に実証的に例文を出して、数を出してということでやられているなという印象を受けました。
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私の読み方は各章を読み終わった後に、その定点観測の先ほどの3つ、句動詞、補文、仮定法、これをこの部分だけを各チャプターを読んでいくと縦に繋がるっていう感じですよね。
実際最後の章でまとめのセクションで秋元先生がそれをやられているかと思うんですけれども、今回の様々な発見っていろいろあると思うんですけれども、とりわけ偏者の秋元先生の立場からこの辺りが意外と面白かったなということがあれば、次のチャプターでお聞かせいただければと思います。
はい、チャプターを継ぎましたけれども、秋元先生まとめとして、この本で明らかになったことと面白かったこと。
例えば、よく言われる仮定法だったら、ある程度衰退の仮定だということが実証的にもわかる。つまり昔だったら、最初の頃は福祉施設で仮定法がとても多かったけれど、それは直接法になっていくという。
それがそこだけじゃなくて全体的な意味で、この直接法の方が有意になっているとか、それから補文に関してはいろいろと面白いことがあって、
まあ、一般的な説はね、例えばザットクローズがトゥーステイシーに変わっていって、それがジェランドイングに変わっていって、取って変わっていくという、そういう流れがあるわけですけれども、
ただ当然、反例が当然出るわけですよ。で、我々って興味あるのは、そういう流れではない、そういう反例があったときにそれをどう説明するかっていうね、そういうことがとても面白いんですね。
例を挙げますとね、例えばディクラインという動詞があるわけですけれども、あれ今ディクラインはトゥーステイシーから取らないんですけれども、かつてはイング系のが多かったんですね。
それがだんだん逆転するわけで、これはさっき言ったトゥーステイシーからジェランドイング系に行くというのは反例になるわけですよね。
なぜ、他にフォーベアなんかもそうなんですが、特にディクラインなんかがね、僕ら県中だと思うんですよ。
その説明というのはね、何かあったとか、そういうことはとても疑問に扱うわけですね。
だから、例えば一つの考え方ですね、これは僕勝手に、あるいは田辺さんなんかもどっかに書いてるかもしれませんけど、例えばディクラインの意味が変わったというふうに言って、
昔は例えばディクラインというのはイング系を取っていて、例えば普通は衰退する意味とかですね、断るとかっていう意味ですね、あると思うんですけれども、
多分、例えば一つの考え方でディクラインは断るという意味がだんだん強くなって、
例えばリフユーズとかですね、そういうルイン語というか、そういう動詞が不定詞を取ってきているというふうなことがあった場合ですね、
その影響を受けてですね、ディクラインもイングから例えばトゥ形に変わっていったりとかですね、
15:00
例えばそういうふうな説明も可能かもしれなくて、そうなると動詞の意味とその補分の関係というのがね、変わってくるわけですよね。
そういうふうなことをね、どうしたいかという反例をどっちかというと、別に積極的に探す必要はないんですけれども、
それを見て、それをどう説明して、英語史の中で本当に反例なのか、あるいは違った説明があったときに、
それでやっぱり歴史の中でやっぱり反例じゃなくて、この大きな流れの中でやっぱり沿った現象なんだというふうに言えるかどうかですよね。
そこは大変面白いですよね。
いわゆる英語史の通説であるとか、理論的な通説である一つの方向があるみたいなことってよく指摘されると思うんですが、
だいたい反例一つ二つ上がりますよね。
そのときにその通説なりとどう折り合いをつけるかという問題は、
だいたいのところ研究者はそこが好きですよね。
特にピロロジーの場合、細かく掘ると必ず反例というか、いわば逆流みたいなものが見えるわけですよね。
だからこれは例えば文法家なんかでも、いわゆる反例というか、いわゆる雑文法家とかそういう例とかというので挙げたりしますけど、
ただそれは研究を将来していろいろと原書を見たりして調べればいいわけですけども、
そういったとにかく反例があったときにそれを嫌がらずに積極的にそういうものを扱ってみるというのも面白いかもしれないですよね。
そうですよね。最後のところで秋元先生が、これ動詞の補文ではないんですが、広く補文の問題として、
in order ぽにゃららっていうときに、これも一種の逆流を示しているっていうところが大変印象的で、
これはまずin order to 動名詞だったんですよね。
その後にin order to doという不定詞の形が出て、どうも最後になって、本当に逆流のような感じですけどin order that が出てくるっていう。
これなんかもう本当に綺麗に反対なんですよね。
そうなったときにそれはどういうふうな説明の仕方があるかという。
今回は時間がなくて問題提起だけだったんですけども、将来的には考えてみたいなという気がするんですよね。
だからある表現なり物に対して取って変わる理由ですよね。
そういう理由はやっぱり何かなっていうのが興味ありますよね。
補文に何を取るかっていうところでも、やっぱり従来の専攻研究なども、
結局のところ個々の動詞によるというようなことが出たり、大きい流れはあるにせよ、
いつその文の変化が始まるかという。
18:01
始まりのポイントとか、あるいは始まった後の間鉄するスピードとか、
こういったものが本当に個々の動詞とか、あるいは統合的な環境によっても色々と違うという。
だからパラメーターをたくさん設定して細かく見るっていうのが割と最近はトレンドなんでしょうかね、統合研究も。
だからあれですね、今回我々の本でもコーパスで結構詳しくですね、
例えば各動詞ごとに補文を取るのって詳しくやってますけどね、
いつ頃からイング・ケガ・ツーになっていても論文として書かれてるんですけどね。
だからそれをもうちょっと考えてくれるというか。
もう一つの句動詞については、
イデオマティックな表現ということで先生も長らくご研究されてきたことかと思うんですが、
今回のこの本における結論というか発見と言いますか、何か句動詞に関してはありましたでしょうか。
そうですね、今回はやっぱり句動詞はですね、色んな動詞があるのでそれを勝手に書いちゃうとまとまりがつかないので、
一応頻度の高いものが5つだけいるので、それを元にね、
それからもう一つは2つの攻め方があって、一つは動詞から、もう一つはいわゆる普遍歌詞ですね。
どれが多いか、アップが一緒に起きそうな時があってね、
両方のやり方があるわけですけどね、それは各執筆者の方にどちらか好きな方の攻め方でいいということで書いてるわけなんですけどね。
だからその結びつきが、特にアメリカ英語なんかと、例えば最近、僕はちょっと書いたんですが、
例えばオーバーというのは増えてきてるとかね、かつてはオーバーというのはそんなになかったんですね。
ですからその本の中でも、たぶん現代、例えばターンオーバーというような言い方、
アンバイン、例えばギブオーバーなんかもね、そういう点はあんまりそんなに多くなかった。
ところがアメリカ英語かどうかは特にわかりませんからね。
最近とってもオーバーというのは増えてきてるとかね。
トレンドがあるってことなんですね、普遍歌詞の方に。
そうなんです。動詞よりどっちかというと、普遍歌詞の方がだんだん意味を持つようになったというか、そういうようなことなんですね。
それはすごく面白いですね。
それはなんてなんですかね。
もともと普遍歌詞の方は、場所を表す全地と同型だったりするものが多いっていうことと、
アスペクチュアルな意味を持ちやすいっていうところで、
このアスペクトってやはり一言語の中でも歴史で変わることが割と多いのかなっていう気がするんですけれども、
日本語のアスペクトの助動詞なんかも。
そんなトレンドというか、新しいものを出したいっていうようなオーバーがどんどん来ているっていうのはあまり知らなかったんですけれども、
これも原因があるとしたらどういうところに原因っていうか要因って言いますかね。
何なんでしょうかね。
オーバーっていうのは論文もあるくらいですから、それでそれなりの面白い普遍歌詞なんですね。
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ただそれをどうして増えるようになったとか、そういうのって難しいですね。理由としてね。
トレンドっていうか流行っていうか。
ただ昔から多いのはアップとかジャワイとかなんですね。
だからあるときからそれに対して他の普遍歌詞がある程度増えてくるっていうのは、
その時に社会現象で出てくるっていうこともあるんでしょうかね。
今回出た結果からもまた謎と言いますか、面白い現象が出て次なる研究に結びつくっていうことかと思いますけれども、
この2章にわたって全体的な今回の本の編集原理と言いますか、
どういう趣旨で編まれたのか、研究されたのかっていうことをお話ししたんですが、
もう一つチャプターを継がせていただいて、裏話っていうのはあれですけれども、
どんな形でこの本が出来上がったのかっていうところも含めてお話しいただければと思います。
去年の9月に一応締め切って、それで僕が一応皆さんのを読んで、
チェックというか気がついたところを言って、それで12月に最終的な原稿だったわけですね。
そして今は6月、それから後は後世って、その時その過程において3回ほどZoomミーティングで、
コロナで来られないこともあって、Zoomミーティングをして、その時自由に意見を出しちゃって、
自由に言ってくださいって言うんで、例えばこういう項目でいいですかとかね、
それ以外にどういうのが面白いですか、自分で扱いたいものはどういうのがありますかとかね、
そういうふうなことを自由に聞いて、それをある程度含んで大雑把な方針っていうんですかね、
それを決めて、後は自分の書きたいところとかね、そういうものを書いてくださいっていうことを約束元として決めたんですね。
なるほど。7名の方で、おおよそそれぞれの趣味範囲と言いますか、正規ということで割り当てが決まり、
先ほどのように必ず触れるべきテーマっていうのをポイントに置き、実証的にということで、
私、何名かの著者の方に直接お話、先日する機会があったんですけれども、
皆さん口々に言うのは、コロナもあって、やっぱりなかなかZoomだけでは完全な意思疎通っていうのは難しい中で、
それぞれに木本先生から任されて、いわば一斉の性じゃないんですけど、
出した原稿の形で揃えてみたら、とてもうまくまとまってきたっていう話を皆さんしていられて、
24:02
これはそれぞれの正規の専門家と言いますか、時代の専門家が集まって独自に書いたものを、
木本先生の旗振りの下で趣旨を理解されて、パッと合わせてうまくいったっていう、皆さんおっしゃってましたね。
そう簡単に普通、編集っていかないと思うんですけど。
編集って結構めんどくさいんでね、例えば用語の統一とか、でもそれも割合ね、
満開で隕石ですけどね、うまくいった方っていうんでね、
それで皆さんがあれですよ、割合こう、頑張ってね、趣旨をよく理解習ってね、
いいものが、何言うておかしいけど、できたなっていう感じがしますね。
本当にこのリスナーの皆さんのこの本はですね、各章で面白みがあるっていうことは当然なんですけれども、
先ほど言った、例えば補文なら補文っていうところで、その部分だけ各チャプターの部分を読みつないでいくと流れができていて、
すごく細かいし、一方で全体も分かるような仕組みになっているっていう、
面白い作り、正規別っていうのがやはりうまく機能したっていうようなことなのかなっていうふうに思うんですけどね。
そうですね。ですからやっぱり、正規別な話もね、完全にいいかどうか分かりませんけど、
一つの切り口としてですね、考えてみてもいいんじゃないかっていうことをですね、思ったんですね。
あと各著者が各チャプターで扱っている正規の社会的背景であるとか、そこも読みつないでいくと、
一つのイギリス誌じゃないですけども、文化史的なところになっていって、それぞれに独特な特有の社会的背景があって、
18世紀の山本さんのご担当のところでは、当然規範文法っていうところが非常に重要になってくるわけですしね、
そのような社会背景も含みで統合変化を見るっていうのも、それほどない試みだったのかなっていう。
そうですね。特にそういう社会史的なこともね、ちょっとある程度含みながらですね、やってみるともうちょっと面白くもなるし、
あんまり言語事実ばっかり詰め合わせると、ちょっとつまんなくなっちゃうというか、そういうことがなるだけないような形でもね、
社会的な観点からの歴史記述、言語の歴史、英語史記述っていうのも非常に流行ってきていますけれども、
大体の場合、伝統的には語彙っていうのはやはりその社会背景を非常に映し出すので、ノルマン征服とかルネサンスのラテン語とかいうことなんですが、
それを比較すると統合現象っていうのは、そんなに社会に直接は直結しないっていうようなイメージがあったりするわけですよね。
27:08
ただあれですね、例えば男女の違いというか、そういうのに例えばですね、女性がジェランドを好むとかですね、
そういう、そこにも書いたんですけど、中山さんのことの関係するんですけども、男と女って男の方が革新的な気がするんですけど、実際そうじゃなくて、女性の方が革新的なんですね、実は。
つまり新しい表現を使いたがるんですね、女性の方が。
そうすると例えば、トゥーステイとイングゲンがあったときに、イングゲンがあった場合って当然新しいわけですから、そうすると新しい形を使う女性の方が多いわけですね。
男性の方より多いとかね、そういうようなことがですね、いわゆる社会言語学的なアプローチですかね、そういうことが時々現れるという。
例えば三人称のTHという同意書ですね、あれもSにとって変わるわけですけども、そういうときも女性の方が新しい形をですね、使うっていうね、そういう点では将来的には例えば女性のですね、
もっとこう書いたものとですね、やっぱりこう男性のというか、そういうものとの比較的な違いとかですね、それによってやっぱり文法現象がですね、違ってくるってこともあるかもしれませんね。
そうですね、最近はまあそれが一つトレンドというのは社会言語学的というか、語用論的な観点を含めた文法変化みたいなことで、
実際あの著者の皆さんもですね、そのあたりに関心が強い方が多いですよね。
名前をね。なので文法みたいな極めて言語学的、理論的な匂いのね、一見するものですら社会的なパラメーターが関わってきているっていうのは、最近の発見でありトレンドになってきているのかなと。
そのあたりも抑えられている本と読ませていただきました。
はい、こちら近代英語における文法的、公文的変化ということで秋元実先生編で開拓したより6月に出たばかりということですね。
ぜひですね、今日の今回の放送を聞いてですね、関心が持ったという方は、これ近代英語の話なんですけど、現代にかなり直結するんですよね。
特に最後の章は川端さんが扱っているのは20世紀ということで、ほぼ現代ということですね。
ほぶんの問題なんかも、例えばアボイドなんかも、今必ずING取るんだよと英語教育でやりますけれども、かつてはTOOもあったとかですね。
ディクラインの話とか、話題にことを書きませんので、関心がある方はぜひ手に取っていただければと思います。
今回は長い時間にわたりまして、偏者の秋元先生と対談させていただきました。ありがとうございました。
30:04
ありがとうございました。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
今回はビッグゲスト、秋元美之先生をお招きしまして、近代英語における文法的・公文的変化について対談いたしました。
私自身も長らく秋元先生にはですね、いろいろとお世話になっておるんですけれども、こういう形で改めて面と向かってですね、お話しして、しかもじっくりと研究のことをですね、語ったり議論したりということはおそらく初めてということでですね、
なんて貴重な贅沢な時間を過ごしているんだろうと思いながら収録していた次第です。
そしてこの収録が終わった後にですね、非常に印象的なエピソードというか一つ伺いまして、この本の表紙なんですけれどもね、ビッグベンです。ロンドンの国会議事堂ですね。
ビッグベンの時計台の写真があるんですね。
これがアップになった画像というか写真なんですけれども、ここにですね、人が何人かいるんです。
これクリーニングベンといってビッグベンをですね、掃除している人たちなんですね。
これどういう意味があるか、これなぜこの写真を選んだのかということをお話しされていたんですけれども、時計というのは時間ですね。
言語変化の本ですので、今回その言語変化の時間ということを意味した。
ただそこに人が関わっているんだということを込めたくてですね、つまり人間がいて言葉の変化が起こっているんであって、ただの時計の絵だけではなくですね、そこに正装人なんですけれども、人が何名か写り込んだですね、このビッグベンの写真を使いたかったんだというお話でした。
私も常々思うんですけれども、言葉の変化っていうのは言葉が変化するという発想で捉えますよね。
言語学、英語詞では普通そのような言い方をするんですが、本当言うと言葉が変化するのではなくて、人が、話者が言葉を変化させる、あるいは話者が言葉遣いを変化させるということであって、必ず主体を持った人間がいるんだっていうことです。
このことを忘れてはいけないということをですね、この写真を選ぶことで秋元先生は伝えたかった、そういうことなんですね。
大変印象的なエピソードをいただきました。秋元先生もお聞きになっていらっしゃると思います。
33:02
対談収録に応じていただきまして、本当にありがとうございました。感謝しております。
それでは、今日日曜日ですね、皆さんにとって良い1日になりますように、ほったりうちがお届けしました。また明日!
33:18

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