【今回のエピソードについて】
哲学者・西研さんの著書『哲学のモノサシ』を取り上げ、全3回でお届けするシリーズの最終回です。
前回に引き続きココメイトのみずふると一緒に、哲学することとCOCOA、そしてフラットコミュニケーションにはどんなつながりがあるのかを探究します。
自分の感情や反応に気づき、自分なりのモノサシを何度でもつくり直していくこと。問いを持ち、誰かとの対話を通して自分が何を信じ、どう選びたいのかを見つけていくこと。『哲学のモノサシ』から始まった対話が、COCOAで大切にしたいあり方へとつながっていきます。
【今回の本編ハイライト】
- 哲学とフラットコミュニケーションに共通する、自分自身をつくり直していくプロセス
- 自分の感情や反応に気づくことで、今まで見えていなかった選択肢が生まれてくる
- 年齢や肩書き、権威ではなく、それぞれの考えを持ち寄って対話する哲学とフラコミの共通点
- 信じるものが分からなくなった時期も、自分のモノサシをつくり直している途中なのかもしれない
- 問いから逃げず、一人で抱え込まず、対話しながら自分の中にあるものを掘り起こしていく
【COCOAトピックス】
- 🍻 コミュニティトーク第4回を開催します!8月25日 〜、MetaLifeに集まってみんなで対話します。今回みんなの真ん中に置く問いは、「今までどうやってキャリアを選んできたの?」これまでのキャリアや人生の選択をシェアしながら、お互いのモノサシに触れていきます。飲みながらゆるく語り合いましょう🍻
- 🎮 8月20日 〜は遊びのシェア活!これまで続けてきた遊びのシェア活も、さらに楽しい時間にしていくためにバージョンアップを模索中。これからどんな遊びの場になっていくのかも、ぜひ一緒に楽しんでください!
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感想
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サマリー
今回のエピソードでは、哲学者の西研氏の著書『哲学のモノサシ』をテーマに、哲学することとフラットコミュニケーションの繋がりを探求します。自分の感情や反応に気づき、自分なりの「モノサシ」を何度でも作り直していくプロセスが、哲学とフラットコミュニケーションに共通する点であることが語られます。問いを持ち、対話を通して自分自身を見つめ直し、より良く生きていくためのヒントが共有されます。
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COCOATALK! シェア活で活力みなぎる人生と社会をつくろう。 この番組では、人生・社会という畑を実り豊かにするために、理想の相棒関係を共に探究していきます。
こんにちは、パーソナリティを務めます、シェア活コミュニティCOCOA主催のナーミンです。 同じく、パーソナリティを務めます旦那のふくみんです。
COCOATALK!第69回目始めていきます。 はい、よろしくお願いします。はい、お願いします。
哲学とフラットコミュニケーションの共通点
今回はですね、哲学の物差しの3回目、最終回となりますが、前回一緒にシェア活をしてくれたミズフルと、
ね、楽しかったね。 今回も一緒に収録してきましたので、そちらを聞いていただけたらなと思っています。
今回3回目は、なんか2回目はさ、そのミズフルにこの本を読んでみてどうだったみたいな感想をもらったんだけど、
3回目はこう、ミズフルにこの本を読んで、なんかこう、テーマを1個持ってきてくださいみたいなお願いをしていて、そのテーマについていろいろと話しているので、ぜひ楽しんで聞いてもらえたらなと思います。
はい、どんなテーマなのかというところもぜひお楽しみください。 それではどうぞ!
はい、ということで今回は哲学の物差しの3話目ですね。
引き続きココメットのミズフルと一緒に撮っていきたいな、話していきたいなと思います。ミズフル今回もお願いします。
はい、お願いします。
はい、ということで前回はミズフルに本を読んでもらってのその感想を中心に聞いていったんですけれども、
今回はちょっとミズフルからの持ち込みテーマということで、私たちもねまだ聞いてないのでドキドキなんですけれども、
まずちょっと最初テーマの発表というか、教えてもらってもいいですか?
はい、私がこの本を読んで最後に出てきた問いなんですけど、哲学することとココアもしくはフラットコミュニケーションの繋がりみたいなところがちょっと涙話したいなと思いました。
おーうれしい。
なんかここの経緯から言うと、さっきなんかコミュニケーション力上がりそうみたいなこともちらっと言ってたんだけど前回の回で、
最後の方を読むにつれて結構なんだろう、自分の心だったりとか、物差しは感受性だよみたいな表現が結構されてたんだよね。
それがなんかすごく面白くて、内製のツールじゃないけど、なんかそういうふうにも取れるなっていうふうに思って、
なんかこれってコミュニケーションとかフラットコミュニケーションみたいなところに繋がるところがなんかちょっとあるんじゃないのかな、みたいな。
でもなんか自分の中ではあんまりそこをちょっとなんか言語化できないところなので、ちょっとなんか話しながら見つけたいなっていう気持ちです。
ありがとうございます。私もこの本を読んだきっかけは、そこまでそのフラットコミュニケーションがみたいなのはあんまりもともと考えずに、
ちょっと紹介されてたから読んでみようかなみたいな、結構軽い気持ちで買ったんですけど、
なんかミズフルにシェアする中で、私も最後まで読もうと思って読み進めていくうちに、
なんかこれフラットコミュニケーションと同じこと言ってるくない?みたいなふうに思ってきて、ミズフルにシェアしたけどこれはフラットコミュニケーションの話かもしれないっていうふうに私としても結構思ってたから、
なんかそのあたりは一緒にぜひ話していけたらなっていうふうに思いました。
なんだろうな、その感受性みたいな話も、なんか一番最後の方にね、本の最後の方に、まずは自分の感受性を受け入れていこうとか、
でも自分の感受性を受け入れるのって実は結構難しいだよみたいな話もあって、だからこそ受け入れていくことによって自分っていう人間であったり自分が持っている物差しを何度も何度もこう作り替えていくことができるんだよっていう話をしてた中で、
私がすごいこれフラコミだ、フラットコミュニケーションだと思ったのが、後書きで結構この哲学っていうのは自分を作り直す作業なんだみたいなことを著書の方が書いていて、
なんかそれを読んだ時にハッてなって、同時になんかその方、この本結構古くて結構昔に出されてて、でこの方が何回かアップデートというか再販、再販されていく中で、今の私の関心はなんかその上で社会との繋がり、人がその社会とどう繋がっていくかとか、
なんかその共同体としてどう生きていくかみたいなことを私は今その人生の進んでいくにつれてそっちに興味が移ってきたけれども、この本で書いたことはその自分自身を作り直していくっていうプロセスだと思っているみたいな話があって、だからなんかココアの話もしてるし、フラットコミュニケーションの話もしてると思って
なんかフラットコミュニケーションってミズフルとはゼロ期、今年の3月4月で一緒に受講したと思うんだけれども、その中で一緒に体験してきたことだったりとか、なんかその後のフラットコミュニケーションって何なんだろうねみたいなことをいろんなところで私たちも考えたり話したりしている中で、
フラットコミュニケーションってすごく目の前の相手のためにするコミュニケーションでもあるけど、そのためにも自分自身のためにすることだなっていうふうに思っているのね、そのフラットコミュニケーションっていうものが何なのかってなったときに。
キーワードとしては自然体な自分みたいなものをその定義として入れてたりするんだけれども、なんかこの自然体な自分っていうものをこの違う言葉かもしれないけれども、なんか自分が自分らしいと思える自分だったりとか、自分が痛いと思う自分だったりとか、
どんな自分でありたいのか、生きていきたいのか、みたいなことをフラットコミュニケーションを通じて形にしていくだったり、言葉にしていくだったり、体現していくっていうことをできるものだなと思っていて。
それってこの哲学っていうものとすごく近しい考え方だなって、この哲学のものさしで書いてあることとすごく近しいものだなと思っているから、コミュニケーションっていうと相手を喜ばせるためとか、上手くやるためとか、
そういう他者がいて、そのためにやるものみたいなニュアンスがあると思うんだけど、フラットコミュニケーションは自分のためにもやることだなと思っているから、そういう意味ではその観点とこの本で言ってることっていうのはすごく重なるところがあるなって、まず思ってるっていうのが一旦ちょっと止まらなくなるから、一旦ここで止めてみる。
自己認識と選択のプロセス
聞いてみてどうですか?
あ、そうだね。でもなんかそう、一番面白いなと思ったのが、作り直せる、なんだろうな、最後の方だったと思うんだけど、その工程するとか受け入れてからそこから解いて作り直すみたいな表現がされていて、
その自分の中の物差しって、ある経験だったりとか出来事で固定化されるものなんじゃなくて、哲学をすることで作り直せるものだったりとか、なんか違う言い方をすれば自分で選択していくみたいなものになっていくんじゃないかなって思って、そこがなんか読んでて面白いなって思ったし、
作り直したいなって思ったっていう感じかな。直し続けていきたいなっていう。
変わりたいと思って変わるというよりは、自己自覚していくと当たり前のように変わっていくものが起きるなと思っていて、
それって特別な時間をとって、特別な場所に行ってとかじゃなくて、日常でいつも顔合わせる人との会話とか、いつも行く場所においての自分がどう感じているかとか、
そういうもの一つ一つ日常の中で自分自身がどんなものを感じているのか、今この言葉を言われて今自分はどう感じたのかとか、それに対してどういう反応を自分はしているんだろうとか、どういうことを言いたくなっているんだろうとか、
そういうこと一つ一つを観察していく中で観察して自分の中から生まれたものを受け止める。そこに対して良い悪いっていうものをなるべくなく受け取るっていうことができれば、
なんかその自己知覚っていう中で選んでいく。さっき言ってくれた一つ一つを選択していくっていう選択の仕方に意思が宿るなというふうに感じていて、そのプロセスを自分の中で握りしめるように、私はもっと意思を持つんだみたいな感じだったり、
なんか私はもっと優しい優しくなるんだみたいな、というか意思を固く持って諦めないみたいなふうにやるよりも、なんか純粋に自分が日常で暮らしている中で何を感じて何を思って、今どんな反応が自分から出てるんだろうっていうことに意識を向けていくことで、なんかその自己知覚ができるなと思っていて、
それってなんかやっぱその話している時とかに顕著に出ると思ってて、なんか例えば今3人でオンラインでつないでポッドキャストを撮ってるっていう中で、ミズフルも最初収録する前に緊張してますって言ってたんだけれども、緊張している自分がいるわけで、
それっていつものリラックスしてる時々の自分とはきっと違う自分で、で緊張している自分がいいとか緊張してない自分がいいとかそういうものは別になくて、ただ今ミズフルはこのポッドキャストを収録するっていう場面において、これが流れるわけだから、
うまくしゃべれるかなとか、ちゃんとできるかなみたいなことを感じて、そう思うとちゃんとやりたいっていう気持ちもあるからこそ、その緊張っていう体の反応として出てるんだなっていうことを自分で自分に気づいてあげるみたいな、
ってことができれば、私緊張している、大丈夫か、みたいになることもあれば、緊張しているからちょっと深呼吸しようとか、緊張しているっていうことを場に出しておこうとか、知っておいてもらおうとか、
そうやって、それも選択だと思ってて、そうそうそう、一つ一つちゃんと自分の状態がわかれば、その上でどうするかっていうことも、選択肢が本当は一つじゃないはずっていうことに気づいていくと、選べるっていうことが生まれるのかなと思ってて、
それが日常でやっていくってなると無限にあるなと思ってて、そういう瞬間、そこを流してしまうんじゃなくて、一つ一つ、もちろん流してもいいんだけど、しんどいときはね、でもなるべく流さずに丁寧に見ていくと、
特別なことをしなくても普通に暮らしている中で、自分のことってどんどん見えてくるものがあるだろうし、そうやって、私ってこういうときこうなるんだ、みたいな、自分なりのパターンみたいなものもきっと一つじゃなくて無限にあるから、そういうものにたくさん出会っていくと、いかようにでも自分って変われるんだな、みたいな感覚が養われたりとか、
それは相手に対しても同じだよな、みたいな、人っていかようにでも変わるんだな、みたいなことを私は結構感じていて、それをみんなで面白がれるというか、それもシェアしながら面白がれたらいいな、みたいなことを思ってるんだけど、ふくみんはどんなことを今思いながら聞いてるんですか?
哲学とフラットコミュニケーションにおける対話
聞きたい、聞きたい。
なんかそれこそ、古代ギリシャでアリストテレスとプラトンが二人でワーワー言い合ってるみたいな勝手なイメージを持ってるわけよね。なんか絶対相手がいるっていうイメージを持ってるのよ。哲学をするとか、哲学を学んでいくみたいなときには絶対相手がいるっていうふうに思っていて、
ふらこみも同じだなって思うんだよね。なんかそのふらこみも、なんか自分一人でやるっていうよりかは、なんか例えば誰かともっとこういい関係性を築きたいから、その人とふらこみをやるみたいなものだと思っているので、なんかそういうところがまず似てるなっていうふうに思うのと、
あとやっぱりさ、その哲学ってさ、問いから生まれると思ってるから、なんかその問いをかわし合うみたいなところもすごくふらこみと似てるなって思うし、なんかそんなことを思いながら今ちょっとナーミンの話を聞いてたりしました。
なんかすごいニヤニヤしてたよね。なんかふくみ。なんか言いたいぜっていう顔をすごいしてるなって。私はキャッチしました。
ありがとうございます。ありがとうございます。
そうね、私ちょっと今喋ったら止まらへんなと思いながらずっと喋ってたんだけどさ。
みずふるはどうですか?今のふくみの聞いてみてもそうだし。
でもなんか哲学確かにこう1人っていうよりかは複数人みたいなイメージ持ってて、なんかこの本の中にもね、なんか起源みたいなものが書いてあったんだけど、横になりながら何か食べながらこう始まったみたいな感じのこと書いてあって、コミュニティトークじゃんみたいな。
コミュニティトークじゃん。ってことはみんなコミュニティトークしてたってことかな。
そうそう、みんなコミュニティトークしてた。
いいね、なんかそのこの本の中でも言われてたのが、なんか哲学の特徴の一つにその理論で勝負するみたいなことが書かれてて、でまぁこの理論って言うとすごくなんか難しそうにも聞こえるけど、
どういうことかで言うと、その立場とか、その権力とか、なんかその年齢差とか、なんかそういったもので決まらないっていうことを言いたい。その理論で勝負っていうのは。
だからなんかその理屈か、そうそう、なんかその年上の人が言っているからこれは正しいとか、その権威がある人だからこれが正しいじゃなくて、この人が言っていることは確かになんか納得感があるなってなるから正しいよねっていうものの受け取り方をするのがその哲学の対話の場のある種なんかルールというかみんなで大事にしたいことだから、
なんかすごくみんなに開けてるものだよっていう民主的なものなんだよみたいなこともなんか言われてて、でやっぱなんかフラコミの中でもやっぱその自己自覚をしていく中でやっぱ自分たちが抱えている固定概念、なんかこれはこういうものとかこの人が言ってるからなんかそれらしいぞみたいな、
なんかそういうもちろん影響力っていうのは絶対出ちゃうと思うんだけど、でもなんかあくまでもやっぱりその人が伝えたいこととか、なんか主張したいことっていうことをなんかちゃんと聞きに行くというか、なんかそれ表層的なもので判断せずに、なんかこの人が何を言いたいのかなということをちゃんと受け取りに行くっていうこともなんかフラコミはできるポテンシャルがあるんじゃないかなっていう、なんかそんな気持ちもあったりします。
で、そう思うとなんか昔の哲学者って、なんかなんだ言い悪いとか正しい正しくないとかじゃなく、めっちゃフラットに対話せたんだなって。みんなフラットコミュニケーションじゃん。でもめっちゃなんかいいな、そういう対話いいなっていうふうに思ったかな。
なんかミスフルはそれで言うとどうなんだろう?なんかこう日常的に、自分結構哲学的でもいいしフラットコミュニケーション的でもいいけど、なんかそういうことがやってることが多いのか、なんかちょっと自分は難しいなと思うことが多いのかで言うとなんかどう?
信じるものを見失った時の向き合い方
それで言うと、なんか結構それって本当にどうなんだろう?みたいな感じで、こうなんか疑うというか、信じきれなくなった?自分がいるのね。なんかね。
そう、あんまりこうなんだろう、良くないこととしてこう捉えてたんだよね。それこそなんだろうな、相手の言っていることだったりとか意見に対して、それこそフラットになれてないというか、なんかそういうふうに思ってたから、私はフラットコミュニケーション苦手だって思いながら、
なんかこのフラットコミュニケーションっていう行動やるよって言った時も、ちょっとなんかそういうのが和らげればいいなみたいな気持ちもあって受けたっていうところがあるんだけれども、ここまでこの本を読んだりとか今までの話を聞くと、なんかそれ自体が悪いことなんじゃなくて、
なんかその先に自分が何をするかだったりとか、それを選択していくかだったりとかっていうのができるんじゃないかなっていうところでいうふうに思って、それでなんかできているかできてないかっていう、なんか問いに関してはまだわからないっていう感じなんだけども、なんか希望みたいなのは見えたみたいな感じかな。
なんか問いが信じきれなくなるみたいなのって、なんかそれこそ自分の中で信じるものみたいなのを作り直している最中なのかなっていうのもなんか聞いてて感じたけどね。
自分自身で言うと、なんだろうね、自分軸がこう見えなくなってきてるだったりとか、自分が本当になんか信じているものがわからなくなっている、そのこと自体があんまり良くないみたいな風に捉えていたんだけれども、なんかそういう最中なんだなっていう風になんか思いたいなって思ったかな。
いや、そう思うよ。なんかやっぱり、信じるものがないと人って生きていけないと思ってて、在前提ね。
その中で、やっぱこう、例えばバブル成長期とか、それこそその宗教がすごく多々栽になってた時代とか、やっぱそういう信じるものが外にあるからこそ精神的に安定していられるみたいなことって歴史とかを辿っていくとあったんじゃないかなって私は思っていて、
でも今ってそのいろんなものが外側のものが、なんか信じるに足りなくなってきているみたいな、なんかその世界情勢とか、なんか変化、AIの進化とかも含めて、なんかあるなと思った時に、なんか自分の中にその信じるものを作り上げていくっていうことが、人がその精神的に健康に生きていくために必要なことだと思ってて、
でもなんかそれって教えてもらってないからさ、私たち。
難しい。
自分の中に信じるものを作り上げていくプロセスってさ、教わってなくね?ゲーム教育でして。
とこがあるからこそ、なんかそれをどうやってやっていこうかもそうだし、私はこんなことをやっているよ、みたいなものもなんかシェアしていけると、なんか一人で頑張らなくていいなと思ってて、
なんかすごく大変なことでもあるからさ、だからなんかみんなでやっていけばいいんじゃない?みたいな、なんかそんな風に私は思いながら、
今日も私は哲学を楽しむみたいな、プラコミを楽しむみたいな、なんかそんな感じかなって聞いてて思ったかな。
シェア活の振り返りと今後の展望
ということで、ちょっとあっという間にね、20分過ぎてきたので、
閉じていきたいなと思うんですけど、なんかせっかくなのでちょっとみんなぐるっとやってみて、前回のところから含めて、この哲学の物差しミズフルとシェア活してみて、
どうだったかみたいなのを一人ずつちょっと話していけたらなと思うので、福民、私、ミズフルの順番でいきたいなと思います。
はい、じゃあ福民からまずお願いします。
はい、改めてミズフルありがとうございました。
なんか結構そのミズフルはさ、すごくココアを愛してくれていて、ココメイトの中でもイベント参加率ナンバーワンの女性だから、
なんかすごく愛を感じてくれている中で、なんだろうな、なんでここまでそのココアを好きでいてくれるのかみたいなところとかって、
なんか純粋に今のミズフルのテーマにすごくココアが沿ってるからなのかなっていう風なのを感じたときに、
なんかやっぱりこのココアでは結構そのコミュニケーション、フラットコミュニケーションだったりとか、
あとは問いをちゃんと持つことだったりとか、なんかシェア活だったりとか伝えることだったりとか、
なんかそういうのを結構やってるからこそミズフルもなんかそれがしたいっていう風に思ってるのかなっていう風にちょっと思ってて、
なんかだからこそ今回その哲学っていったところがそのフラットコミュニケーションと重なるよねみたいなところがあったので、
読んでみてもらって感じてくれたところがあったらすごいなんか嬉しいなって思ってたけど、
なんか今日話してくれて、なんかそこに対してなんかちょっとピンが立ったのかなっていう感じがあったので、
ぜひこれからね一緒に、僕もまだまだなので、一緒にココアでフラコミやっていけたらなと改めて思いました。
嬉しい。
ありがとうございます。
じゃあ私もなんかやってみての感想としては、なんかこうテーマにも挙げてくれた、
この哲学の物差しっていう本とフラットコミュニケーションの重なりって結構大きいよねっていうのをミズフルからもこう言ってくれたのもすごく嬉しかったし、
なんかやっぱりミズフルってなんだろうな、エネルギッシュだからさ、すごいこういろんな可能性がありますっていう顔をしてる感じ?
エネルギッシュだけど、でもめっちゃ迷ってる印象もあって、いろんなところで。
それはきっと問いが立ってるから迷うんだろうなと思ってて、なんか問いがなければ別に迷う必要もないっていうか迷う余地がなかったりするけど、
問いがあるからこそよく迷ってて、どうしようってよく言ってる印象があって。
それをやっぱその対話をしながら、自分の中でなるほどねって導き出していくっていうことももちろん尊いし、
そうやってどういうふうに考えていったり、どういうふうに自分の湧いてきてるものを扱っていけばいいのかっていうのを、
自分自身で身につけていくことによって、別に対話しなくてもいいって言うとあれなんだけど、
自分の中でこうなったから私はこうだ、みたいな自分軸っていう言い方もできるかもしれないけど、
そういうものって確立できるよなと思っていて、それをお互いにね、別に水振るだけがないという話ではなくて、
私も福美も他の人たちも軸があるものもあればないものもあったりするから、
そういうものをみんなでお互いに今そっちの物差しどんな感じ?みたいな感じで、
ポップにやれると大変な作業だけど楽しくやれるのかなっていうのを改めて今日思ったので、
引き続きやっていけるのが楽しみかなと思いました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
最後水振る。
まずはポッドキャスト一緒にやろうって言ってくれてありがとうございます。
すごくいい機会をもらって、もしかしたら有名人になれるかもっていう。
もしかしたらね。
もしかしたらね。
本当に貴重な機会ありがとうございますっていうのと、
あとは、問いから逃げないっていう風にすごく思ったかな。
問いは生まれるんだけど、考え切るみたいなところがすごく苦手というか、
途中で放棄したくなっちゃうみたいなところがあって、
本の中にすごく私素敵だなっていう表現があったんだけど、
自分の美しいものを掘り直していく作業みたいな、
そういう表現だったかちょっとわからなかった。
そういうものがあって、
それが奈美が話しているときに出てきたんだよね。
すごく自分にあるものを見つけ出していくみたいなことにもなると思うから、
問いから逃げないっていうのと、
あとは自分一人でってやるより、
いろんな人からの問いをもらうことでそれが深まる。
自分の場合はよっけいそんな感じがするので、
ココメイトとコミュニティトークじゃないけど、
対話していきたいなって、
ふらこみしていきたいなってより思いました。
やりましょう、やりましょう。
ということで、今回はミズフルと哲学の物差しという本を真ん中に置きつつ、
本のシェアカツをさせていただきました。
改めてミズフルありがとうございます。
ありがとうございます。
ということで今回はこんな感じで終えていきたいと思います。
ありがとうございました。
COCOAトピックス:コミュニティトークと遊びのシェア活
ここからはココアトピックスの時間です。
今週のトピックスはコミュニティトークの第4回目開催しますというお知らせです。
よろしくお願いします。
ということで、8月25日の20時からコミュニティトークを引き続きメタライフで
取り行うというとなんかそう固いんですけど、やりたいと思っていて、
今回のシリーズで扱っている哲学の物差しをミズフルとシェアカツをするという形で
ポッドキャストで配信をしてきたんですけれども、
それをやってみて、いつも通り前回と同じようにちょっと語り尽くせないねっていうところだったり、
もう少しちょっと深めていきたいねっていう話をミズフルとした中でですね、
こんなテーマでみんなで話してみたら面白いんじゃないかっていうのが出たんですけれども、
それが今までみんなはどうやってキャリアを選んできたの?っていう問いですね。
問いをみんなの真ん中に置いて、それでみんなで話していくっていうそんなことをやりたいなと思っているんですけれども、
このテーマになった経緯としては、この哲学の物差しの本の中ではやっぱりこの哲学って
自分で選んでいくことだったり選択していくことっていうのが大事なんだなみたいな、
そういうメッセージがミズフルが受け取ってくれた中で、
でもやりたいこととか考えたいこととかありすぎて選べないっていうお悩みというか切実な思いをですね、
場に出してくれて、逆に言うとみんなどうやって一つ一つ意思決定というか選択してきたんだろうかっていう話になり、
なんかそれをみんなに聞き合えるといいかもねみたいな。
その中から自分が取り入れたい考えに出会えるかもしれないし、
この人はこうなんだっていうふうに知れるかもしれないねっていうところから、
今までどうやってみんなさんキャリアを選んできたんですかっていう、
そんなことをシェアするような時間をコミュニティトークとして取りたいなと思っています。
なんかまずさ、いろんなやりたいことだったりとか選択肢があって選べないって俺すごい状況だと思って。
すごいよね。
なんかそれがまずさ、うらやましいなって俺はちょっと思っちゃったんだよね。
だからなんかこう悔いがないように選んでもらいたいなみたいなさ、
ふうに思うんだけど、なんかその中でやっぱその自分がどう選んできたかみたいなところってさ、
やっぱ結構こう人の過去のエピソードだったりとかでさ、
結構語れるものってやっぱ人それぞれ多いんじゃないかなみたいなところがあるから、
なんかこの問いはさ、なんか俺からさこういうのどうみたいなふうに出させてもらったと思うんだけど、
なんかココメイトの人たちってさ、なんか今こんなことやってますみたいな話って結構聞いてはいるんだけど、
なんか昔どうだったかって話はあんまり聞いてないなと思って、
なんか純粋にそういうのをね、なんか知れるって言ったところもすごい楽しみだなと思って、
ぜひね、ご都合合う方はご参加いただければなと思います。
ぜひぜひお願いします。
一体は8月の25日の20時からです。
飲みながらやりましょう。
また今週のココアイベントのお知らせです。
8月20日の21時からはあそびのシェア活を開催します。
はい、開催します。
なんとですね、あそびのシェア活前回はですね、ちょっと開催を中止にさせていただきまして、
なんでかって言うとあんまり人が集まらなかったっていうのと、
悲しい。
あと準備してたさ、あそびがさ、なんかやっぱちょっと少し人数がいた方が盛り上がる遊びだったかな、
これは試練というかさ、なんか俺がちゃんとあそびのシェア活に向き合う時が来たなと思って、
一旦ちょっと中止にして、なんかちょっとバージョンアップをしようかなっていう風に企んでたりします。
遊びとは思えないこの質量、質感というかね、あそびのシェア活に向き合う時が来たかって、
なんかすごいヘビーな感じですけども。
いや本当に思うよ。
そうなんだ。
なんかなあみんもさ、やっぱこのシェア活を毎週続けてきたのに、やっぱ並々ならぬ向き合い方をしてきたわけじゃない。
そうだね。
で、俺もやっぱその時が来たかと思って、なのでちょっと今回はね、盛り上げていきたいなと思ってます。
またいろいろね、シェア活っていう形はできてるんですけど、
なんかこの中身ってどんどん入れ替わったりとかバージョンアップしたりしているので、
ぜひなんかあそびのシェア活がどんな風に変わっていくのかということもぜひ楽しみにしていただけたらなと思います。
もしかしたらあそびのシェア活がなくなって、スーパーあそびのシェア活になるかもしれない。
あのね、ドラゴンボールみたいな、スーパーサイヤ人的な、そういう感じですね。
その後ゴッドになるかもしれない。
これ分からない人、分かる人にしか。
分かる人にしか分からない感じなので、一旦引き続き何もまだついてないあそびのシェア活だと思うので。
こういうあそび心を持ってやっていきたいなと思います。
そういうことね。8月20日の夜はぜひお越しください。
番組情報とエンディング
ということで、この番組は毎週月曜朝7時に配信しています。
番組へのお便りどしどし募集中です。
概要欄のお便りフォームから質問・感想をお寄せください。
またココアがどんなコミュニティなのかを知りたい方は、
ココアの公式LINEで友達になっていただき、ワンワン説明会でお話ししましょう。
一緒にシェア活を楽しんでいきましょう。
それじゃあ、またねー。
34:02
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