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人に言えないことが一つもない人なんて多分いません。
好きなこと、欲しいもの、寂しさ、誰にも見せていない自分。
ちゃんと生きようとするほど、僕たちは本当の気持ちをつい後回しにしてしまいます。
この番組は、世界46カ国、数十万人のマイノリティな誰にも言えない好きと向き合ってきた
株式会社ルナ代表の後藤慶士が、恋愛や仕事、人間関係を通して
自分らしく生きるとは何かを考えていく番組です。
ちゃんとしすぎて、疲れたあなたへ。
今日も少しだけ心の仮面を外していきましょう。
こんにちは。
ちゃんとしすぎて疲れたあなたへ。
何もしなくても疲れてないですか?
今日、何もしてないのに何か疲れたなぁとか、
おかしいなぁ、今日そんなにお手つ持ってなかったのになぁとか、
それなのに疲れてるようなことってないですか?
もしかしたら、今日はそんな答えをちょっとだけお話ができるのかもしれません。
よかったら少しお付き合いください。
僕たちは結構いろんな顔を使い分けて生きていると思います。
仕事だとか家庭だとか、友人関係とか、
会社の前では責任感のある自分を描いていたりとか、
部下の前では頼れる上司になっていたりだとか、
上司の前では期待に応える部下になっていたりだとか、
家ではいい夫とかいい妻、いい親にならないといけないみたいな感じでやっていたりとか、
友達の前では楽しくて余裕のある自分を演じていたりとか、
一方でSNSでは人生めちゃくちゃハッピーですみたいな感じで、
キラキラな自分を描いていたりとか、
どれもね、全然嘘じゃないと思うんですよ。
多分どれもこれも皆さんのうちの一つであって、
それは全部自分のうちの一つだと思います。
でも多分もしかしたら会話をしながら、
頭の中ではずっとここは笑った方がいいかなとか、
これ行ったら雪降らないかなとか、
これはこれ行くのは正解だろうとか、
もしかしたら弱音を吐きたいんだけども、
弱音を吐いたら頼れないと思われないかなとか、
親としてこう振る舞うべきだろうとか、
そんなこととかを判断し続けているんですよね。
今日一日疲れた理由、
もし疲れていらっしゃる方がいらっしゃったとしたら、
それはもしかしたら一日中そんな感じで
接客をし続けてきたからかもしれないですね。
ちゃんとしなきゃっていうところが、
多分心のどっかにあるんじゃないかなという風に思っています。
ちゃんと働かなきゃ、ちゃんと稼がなきゃ、
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ちゃんと親を安心させなきゃ、
ちゃんと結婚しなきゃ、
人に迷惑をかけてはいけない、
弱いところを見せちゃいけない、
男性なら、女性なら、親なら、大人なら、
こうであるべき、そんな感じで社会のレールに乗って、
社会のルールに沿って生きているのが僕たちだったりします。
でもそれって、自分の考えってどこに行っちゃったんですかね。
多分なりたい自分とかあったはずなんですよ。
小学校の頃思い出してみてくださいよ。
お花屋さんになりたいとか、サッカー選手になりたいとか、
いろいろとね、多分夢、すごいあったと思うんですよ。
訳わかんない人だったらカメラライダーになりたいとかさ、
飛行機になりたいとか、意味のわかんないこと言ってたと思うんですよ。
いやすごくいいじゃないですか、そういう、
いわゆる常識にとらわれないというか、
自分らしくいられるのってすごくいいなっていう風に思ってて。
でもどっかしらのタイミングで、僕らは多分社会っていうものにまみれて、
どんどんどんどん社会に順応していっちゃうんですよね。
これはね、人が社会に生きる、社会的生き物だから仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないです。
でもそれによって疲れてしまったら、多分元の子もないんじゃないかなという風に思います。
ちゃんとしなきゃっていう声って、もともと自分の声ではなかったのかもしれない。
でも多分長く聞きすぎてしまって、自分の声と区別がつかなくなっちゃってるんだと思うんですよね。
大事なのは、聞いているリスナーさんたち、もし当てはまるのであれば、
それはあなたが弱いからではないです。
仮面なんてみんなかぶってます。
僕だって経営者っていう仮面をかぶってますし、
家庭の、家の仮面もありますし、
家に帰れば、実家に帰れば、子供、親の子供であるっていう仮面もありますし、
友達の前の仮面もあったりする。
それは全員そうだと思います。
だから別はね、別にね、僕は強い人間だという風に言ってるわけではないんですけれども、
誰でも仮面なんてかぶって生きてるものだし、
社会で生きているほぼ全員に配られているというね、
制服みたいなものだと思うんですよ。
でも大事なことってね、たぶんそれってね、
自分の声なのか、それとも社会の声なのか。
社会がこうすべきだから、結婚すべき。
そろそろ20代後半、30代になってきたから結婚すべき。
彼氏を作るべき。
子供を産むべき。
育てるべき。
親孝行すべき。
幸せな家庭を作るべき。
そんな感じでね、ずっとべきべき論みたいな感じで、
こうならないといけないみたいな感じに、
漢字がるみになっちゃってたりとかしません?
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僕はね、ルナっていう、いわゆる人に言いづらい好きっていうものを、
持つ人たちが集まるコミュニティを応援してます。
そこはね、SMとかフェディッシュっていう、
特殊性癖とか、特殊なものを好きな、
一般的にはアブノーマルと言われるような人たちが、
集まっているような人たちだったりします。
全然特殊な人たちとかでは、
そう聞くとね、特殊な人なのかなって思うのかもしれないんですけど、
全然そんなことはなくて、
僕、多くみんな普通の人たちだったりします。
ただ、例えばラバーが好きだったりとか、
着ぐるみが好きっていう話だったりとか、
SもMもそうですね、
Sがいい、Mがいい、こうなりたい、こういう欲望がある、
そういう人たちが集まっているようなところだったりします。
でもここで聞くことってね、一番多く聞くことって、
SMしたいというよりはどちらかというと、
自分は何が求めているのか分からないとか、
本当のことを言ったら嫌われそうとか、
誰にも本当の目、自分を見せられない、今まで見せられなかったとか、
ずっとちゃんとしたい、自分を見せないといけないから疲れちゃったとか、
一度でいいからもう自分の人生、自分を全部誰かに委ねたいとか、
誰かにもう頑張らなくていいと言ってほしいとか、
なんかね、そういう言葉がすごく多いんですよね。
これって別にSM関係なくないですか?
すごいSMっていうと特殊な世界に見えるかもしれないんですけれども、
実は全然特殊な人たちじゃなくて、
ただただその仮面を外した自分の言葉に素直な人たちだ、
なんじゃないかなって僕は思ってたりするんです。
SMの人たちはね、僕はね、性のオタクっていう言い方をよくしてたりするんですけれども、
本当に自分の欲に対して真正面に向き合ったりすると、
自分は何をしたいんだろう、何を求めてるんだろう、
極論何で生きてるんだろう、そんなことを考え始めたりするんですね。
これはね、SMの人っていう話をしたいわけではなくて、
誰でも特定の世界の話ではなく、
僕たち、今これを聞いてる皆さんも含めた全員に当てはまる話なんじゃないかなっていう風に思ってます。
今日話したいのは、その仮面を外して剥がして生きようっていうような話じゃないです。
別に仮面剥がして生きることで生きやすくなるわけじゃないわけですよ。
だって本当の自分で全部ね、社会に飛び出していったら大変なことになっちゃいます。
多分社会が崩壊しちゃいますよ。
なので、ある程度仕事では当然役割を演じる必要がありますし、
初対面で最初から全部自分をさらけ出したら、
なんだこいつっていう風になっちゃうわけですよ。
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感情をそのまま相手にぶつければいいっていうわけでもないんですよ。
ちゃんとした自分がいるから、
だから人間関係や信頼、そして人との関係性っていうものが成り立つんだと思います。
なので僕が言いたいのは、仮面は持つべきなんだけれども、
でも仮面と本当の自分の心の距離っていうのが広がりすぎること。
これは結構大きなポイントかなっていう風に思ってます。
そして、仮面を外す場所っていうのがなくなってしまうこと。
これも一つポイントかなっていう風に思っています。
仮面を外す場所がなくなってしまうと、
家に帰っても一人になっても、
頭の中で人からの評価を検出し続けてしまって、
そのうち自分が何がしたいのか分かんないとか、
何が好きか分かんない、何食べたいから、何食べたくないからすら分からないとか、
休みの日に何したらいいか分からない、仕事以外分からないとか、
誰かに何かを認められたいとか、それ以外の喜びが分からないとか、
そんな風になってっちゃったりするんですよね。
これってね、自分の中身は空っぽなわけじゃないんですよ。
自分が何が好きか分からなくなってるわけじゃないんですよ。
ただ、社会から求められる声が大きすぎちゃって、
自分の声が聞こえなくなっちゃってるんですね。
これが結構大きなポイント、問題なのかなっていう風に思っていたりします。
自分の心と仮面、この距離が広がりすぎないようにすること。
これがすごく大事であることということと、仮面を外せる場所を作れること。
これができると、すごく自分が生きやすくなるんじゃないかなっていう風に思ったりします。
じゃあ改めてちょっとお聞きするんですけれども、外せてますか?というお話で、
ちょっと考えてみてください。
家に帰っても完全に気が抜けないとか、
何が好きって聞かれると言葉に詰まるとか、
親しい人にも話してない本音がある、
人に言えないことがある、
頼られるのが嬉しいんだけれども頼るのは結構苦手、
褒められても次に失敗するのが怖い、
休んでるとなんか罪悪感があるとか、
誰に褒められてないのにちゃんとしてしまうとか、
そんなことって思ったことないですか?
いくつ当てはまりました。
別にたくさん当てはまっても、それがおかしいわけでも壊れてるわけでもないんですよ。
ただそれだけ頑張ってたんです。
頑張って周りの人に答えようとしてきただけだと思います。
もう一回言いますね。
家に帰っても完全に気が抜けない、
何が好きって聞かれると言葉に詰まる、
親しい人にも話してない本音がある、
頼られるのは嬉しいけれども頼るのが苦手、
褒められても次に失敗するのが怖い、
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休んでると罪悪感がある、
誰にも褒められてないのにちゃんとしようとしてしまう、
最後どうしたいって言うよりどうすべきで決めることの方が多かったりする、
これらを全部当てはまったとしたら結構頑張ってる人かもしれないです。
でもちょっと頑張りすぎちゃってるかもしれないです。
もうちょっと、もうちょっとだけでいいから、
自分の心に向き合ってもいいんじゃないかなって思ったりします。
いきなり自分の人生を変えるっていう、
つまり仮面の下を覗くってめちゃくちゃ怖い話なんですよね。
だから今日は仮面の話、そして本音の自分っていう話をしてますけれども、
そこの本音の自分に最初から向き合いっていうわけはさらさらないです。
最初から仮面を外して人と話しましょうっていうのも言うつもりはないです。
これより仮面を外す先がないからそうなっちゃってるんだと思うんですよ、まず。
なので一番初めにやらないといけないのは、
仮面を外す場所を作るところだと思うんです。
仮面を外す場所がないから、
自分は今まで仮面を外せなくなっちゃってるんだと思うんです。
それはね、誰かの前じゃなくてももしかしたらいいかもしれない。
一人の時間だけでもいいかもしれない。
一人の時間だけ、自分の前だけでも、
ちょっとだけ仮面を外してみる。
そんな勇気を持った行動をしてもらってみると、
ちょっと人生が変わるかもしれないです。
正しい答えじゃなくて、ちっちゃな本音でいいんですよ、自分の。
社会がこうするべきとかじゃないんです。
自分が何をしたいか。
本当は今日何食べたいの。
本当は誰と会いたくないのか。
本当はどんな仕事をやりたくないのか。
本当はどんなに誰にどんな言葉をかけてもらいたいのか。
褒められたいのか、慰められたいのか。
頑張りたいのか、休みたいのか。
そんなことをね、ちょっと自分に尋ねてみてください。
そうすると、少し自分の心の奥の底にある答えが見えるかもしれないです。
おすすめの問いとしては、
誰にも見えられず、誰にも評価されないとしたら、
今日はどう過ごしたいですか?
もう一つ、自分が大切にしたいものではなくて、
人から大切にしていると思われたいものを選んでませんか?
あるべきじゃなくて、社会からそうあるべきじゃなくて、
本当の自分の心と向き合ってみてください。
すごい怖いと思います。めちゃくちゃ怖いと思います。
自分の心に向き合って、自分に素直になるのって、すごいエネルギーがいるんですよね。
今まで自分の心と向き合ってこなかったら余計そうです。
慣れてないんで、最初からできるなんて思わないでください。
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最初から立派な言葉なんて絶対出てこないです。
もうなんか分かんないとか、しんどいとか、つらいとか、そんなんでいいんですよ。
もうそれが今出てきている答えであれば、それが正解です。
今はそれでいいんです。
でも、その答えにちゃんと向き合ってあげるっていうのがとても大事だと思います。
もうつらい、だったらもうつらいでいいんですよ。
もうつらいっていう自分を認めてあげるっていうのがとても大事だと思います。
自分の、本当の自分のところに向き合ってくると、
そうすると、少しだけ誰かと話す時の会話の仕方とかも変わってくるかもしれないです。
結構ね、もし自分のことを誰かに話すんだとしたら、言われたくないこととかってありますよね。
いや、それ違うよ、とか。
いや、それはないわ、みたいな話とか。
すごく自分の本音を頑張って話すのにもかかわらず、
否定されてしまうと、自分も否定されたような感じになってしまって、
すごいつらい気持ちになっちゃいますよね。
なので、誰かがもし本音を話してくれた時、
少しでも、あ、これもしかしたら本音かもしれない。
自分にほんの少し気を許してくれて、本音をさらけ出してくれたのかもしれないっていう風に感じたら、
それは、それは違うよ、とか。
考えすぎだよ、とか。
普通はこうするよ、とか。
そんなの前だよ。
もっと頑張れよ、とか。
もっと自分を大切にしなよ、とか。
社会のあるべき論の話とか、正解の話なんだって誰だってできるんですよ。
そんなのみんな知ってますし、今だったらインターネットで検索すればとか、
AIで検索すれば死ぬほど答え出てきます。
どうすればいいかなんて誰だってわかるんですよ。
そんなの欲しがってるわけじゃないんですよ。
その代わり、そうなんだ、もうちょっと聞かせてっていう形で、
頑張って本音を出してくれた友達、友人、彼氏、彼女、旦那さん、奥さん、
そんな人の答えを少しだけオープンに聞いてあげる。
それがとても大事なのかなというふうに思います。
これはね、自分に切り替えても一緒の話です。
自分の本音を話すには、安全基地って言われる安全な場所がとても必要です。
安全な場所は別に建物やサービスの話ではなくて、
その話をしても関係性が壊れないっていう感覚、そういうことです。
なので、人は正しい答えを教えられた時より否定されずに話を聞いてくれた時の方が
本音を見つけられやすくなったりします。
それが安全基地が果たす役割だったりします。
頑張って自分のこと、自分があれば、その時は、
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そうなんだ、もうちょっと聞かせてって自分にも言ってみてあげてください。
さて、最初の何もしてないのに疲れました?っていうところに戻りますね。
今日もし、そんなに体が動かしてないのに疲れている、
夢もなかったのにな、でもなんかめっちゃ疲れたなっていう感じなのであれば、
それはもしかしたら、周りに合わせて期待を読み取って、
相手を傷つけないように言葉を選んで、
一日中、ちゃんとした自分を維持してきたその心の残響台みたいなものなのか、
今の疲れなのかもしれないです。
残響台なんですけれども、残響台を残念ながら支払っても大事なのかなというふうに思います。
一日疲れているのは、頑張ってお家に帰ってきているのは、
あなたが怠けているからではなくて、
もしかしたら、社会におけて、ちゃんとした自分を頑張ろう、
自分はこうならないといけない、
親にはこういうふうに言われたから、周りはこうしてるから、
友達も頑張ってるから、だから頑張ろうというふうに頑張りすぎちゃってるだけなのかもしれないです。
頑張ることは当然いいことです。
すごくいいことなんですけど、
頑張ることと自分の心を見ないこと、
それは分けて考えるべきです。
頑張りすぎて自分の心が見えなくなってしまうと、
そうするとさっき話したように仮面と本音の部分が分からなくなってしまいます。
大事なのは自分がどれくらいのキャパがあるのか、
どれくらい頑張っているのか、どれくらい頑張れるのか、
それを知ることだと思います。
もし本当にめちゃくちゃ頑張りたいのであれば、
だからこそ自分がどれくらい頑張っているのかというところをしっかり見てあげるということ。
もし今日トークやったと、
そして本当の少しだけ、本当はどうしたい?というふうに聞いてみてください。
全部捨てなくてもいいです。
捨てる時間を人生のどこかに持っていってほしいなと思います。
今日の話がすぐに何かの答えを出すためだけではなく、
自分の中のある気持ちに少しだけ気づくきっかけになれば嬉しいです。
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僕たちはちゃんと生きようとすればするほど、
自分の本音を後回しにしがちです。
でも言葉にならない違和感や誰にも言えない好きも、
全部あなたの大切な一部です。
この番組ではこれからも恋愛や仕事、人間関係を通して、
自分らしく生きるとは何かを一緒に考えていきます。
今日の話が心に残った方は、ぜひ番組のフォローをお願いいたします。
感想や取り上げてほしいテーマもお待ちしております。
それでは今日はこのあたりで、
今日も一日、ちゃんと生きてきた自分を少しだけねぎらってあげてください。
ちゃんとしすぎて疲れたあなたへ。
お相手は株式会社ルナ代表の後藤圭一でした。
また次回お会いしましょう。