前回の振り返りとラベルの捉え方
人に言えないことが一つもない人なんて、たぶんいません。
好きなこと、欲しいもの、寂しさ、誰にも見せてない自分。
ちゃんと生きようとするほど、僕たちは本当の気持ちをつい後回しにしてしまいます。
この番組は、世界46カ国、数十万人のマイノリティな誰にも言えない好きと向き合ってきた
株式会社ルナ代表の後藤慶士が、恋愛や仕事、人間関係を通して
自分らしく生きるとは何かを考えていく番組です。
ちゃんとしすぎて、疲れたあなたへ。
今日も少しだけ心の仮面を外していきましょう。
さて、こんにちは。こんばんは。
今日も聞いていただきましてありがとうございます。
前回ですね、お話をさせていただいたのは、ラベルのお話をさせていただきました。
今日はそのラベルに続いて、そのラベルをどう使って生きていけばいいのか。
どう自分をコントロールしていけばよいのか。
どうやってラベルというものをきっかけに、人とコミュニケーションをとっていけばいいのか。
そんな前回の続きのお話をさせていただけたらなというふうに思っております。
今日もラジオ感覚で聞いていただけたら嬉しいなと思っております。
ということでね、お話をしていくんですけれども、
前回聞いていない方、何のお話をしたのかというところとかを少しだけ振り返らせていただきますと、
例えばね、私はHSPですとか、ADHDですとか、うつですとか、
例えばMBTI診断で○○ですみたいなこととか、
そういうこととかをね、ラベルみたいな形とかでおっしゃる方とかってね、
結構すごく多いんだと思っています。
うつはちょっとね、一旦イレギュラーなのかもしれないですけれども、
あくまでね、ラベルっていうものは、前回お話しさせていただいたのは入り口の話であって、
その時のあなたを表現しているものであって、嘘でもなんでもないんですよ。
ラベルがね、ラベルというか診断結果というかそういうものに関しては、
あなた自身を今のあなた自身を描いているすごくわかりやすい自己紹介のカードみたいな手札みたいなものだったりするわけなんですね。
でも、じゃあ5年後とかでそれと全く一緒なのかというと、多分違うんじゃないかなっていう話を前回させていただきました。
イメージを言うとね、小学校の頃受けた、仮に同じものを受けたとしたら全く同じ結果が出てますかっていう話だと思っていて、
多分想像をしてもらうとわかると思うんですけれども、
だいぶね、いろんな経験を人によっては数十年積んでおられる方もいらっしゃって、
そうなるとね、小学校の数年から数十年、十数年とか数十年とかっていうのを積んできた自分が、
じゃあ何も変わってないかっていう話で言うと、そんなことも多分ないと思うんです。
実際ね、5週間経った後にね、いわゆるMVTIを、MVTIって実は重力タイプ診断ではなくて、
昔からずっと昔からある海外の診断ツールのものがベースになっていたりするんですけれども、
そこでの研究結果っていうもので言うと、実際に5週間受けた後、数字の取り方とかはいろいろあるけれども、
やっぱり30%から多い70%くらいの方は数字がやっぱり変わるっていう方とかが実際にデータとしては出ていたりとかしておりますと。
なのでね、前回お話しさせていただいた振り返りっていうところで言うと、あくまでラベルはラベルであり、そこは入り口であり、
そこから先ね、じゃあどうするのかみたいなところなんだと思っています。
前回の最後にお話をさせていただいたのは、ラベルを使うときって、
ラベルというか診断結果とかそういうものとか、私は例えば僕はLUNAっていうSMのマッチングサイトをやっておりますけれども、
私はSですとかMですとかサブですとかドミネスとかっていうことを言ったときに、
そこで言われることって、じゃあずっとそれで変わらないのか、本当にそうなのかっていうところの話になってくるわけですよ。
なぜならね、そこには必ず相手がいるからなんですね。
これは別にSMに限らない話だと思っていて、皆さんが診断結果とかそういうものとかを自己紹介のときに使うときって、
必ず誰かしらのそれを紹介する相手が存在していると思っていて、
そうなってくるとね、その相手とどうなりたいのかとか、その相手にどう思ってもらいたいのかっていう背景があってからこその自己紹介なんだと思うんですね。
それがね、例えば彼氏彼女であったりとか旦那さんであるとか奥さんであったりとか友達であったりとかいろいろとあるとかと思うんですけれども、
そういう方たちと一晩限りの関係であれば別にその時の私っていう自己紹介で済むのかもしれないんですけれども、
多分今挙げた人たちって一晩限りの関係の話ではないわけだと思うんですよ。
そうなってくると長期的に数年間みたいなところで、その自分のラベルをどう使って、
どうその人たちとコミュニケーションをとっていったりであるとか、関係を作っていくのかっていうところとかがとても重要な話になってくるんですね。
天気予報に学ぶラベルの活用法
例えばね、ラベルっていう話をちょっとわかりやすく、天気予報みたいなところで例を挙げてお話をさせてもらおうかなというふうに思うんですけれども、
天気予報はね、降水確率は30%ですっていうふうに言うんですけど、絶対にね、今日は雨が降りますっていうふうには言わなかったりするわけですよ。
言い切ることはないんですね。今日は雨が降るでしょうとかだったりするわけですよ。
なので、天気予報でね、当たったか外れたかっていう話ではなくて、受け取った人がどう動くかっていう話、
具体的に言うと傘を持つか持たないかみたいなところとか、濡れるコストと損失の釣り合いみたいなところとかの話になってくるんですよね。
つまり、天気予報の価値って予報の意味ってね、当てることよりその人の行動を変えることっていうことに意味があったりするわけですよ。
なので何が言いたいかという話で言うと、ちょっとね今天気予報っていうものを例に挙げさせてもらったんですけれども、
それってね、テレビからね、今日は雨でしょう、40%の確率で雨が降るかもしれませんみたいな、そういうものとかがね、言われるわけですね。
そこのメッセージの裏にあるものって、あなたが傘を持っていくか持っていかないか、それはあなたのご判断次第ですよ。
40%であれば多分降るでしょうから持っていった方がいいと思いますけど、30%だったらわかんないんでかけるっていうのも一つの手ですよね。
でもそれは、傘を持っていく面倒くささと濡れちゃうみたいなところとかのコストとのバランスでご自信で考えてくださいっていうようなお話だったりするわけですよ。
これはね、さっきのラベルであたはめてちょっと考えていきますと、例えばね、私はHSPですとかADHDですとかっていうような話があると思います。
もちろんね、ちなみに僕もその気があったりするので、そういう人たちをどうこういう気は全くないですし、僕もそういう気はあったりするので、すごく気持ちはよくわかったりするところもあるんですけれども、
一旦それは置いておきまして、私はADHDですっていうことに対して、じゃあそこから先のメッセージって何っていう話なんだと思うんですね。
私は雨ですっていうことを言うのではなくて、そこから先のメッセージで、じゃあどうして欲しいとか、どういうことをするのかとか、もしくは自分が動くのか、それとも相手に動いてもらいたいのか、どうして欲しいのかみたいなこととかをラベルを持つのであれば、
そこから名詞ではなくて、ただのラベルっていう名詞ではなくて、それを使って人とどうコミュニケーションをとっていくかっていうところとかが結局ラベルの入り口のきっかけになったりするわけなんですね。
私は何々だからっていうような文法っていうのは、結構内的というか無力感を作ってしまうっていうこととかがとても多くて、
心理学的なところの話で言うと、悪い出来事を内的、つまり自分のせい、そして安定的、ずっと、そして全体的に何においてもっていうものを全部3つを満たしてしまうと、人ってすごく無力感に落ちやすいっていう傾向があったりします。
この内的、安定的、全体的に帰属するほど欲打つ傾向になりやすいっていう理論があったりするんですね。
例えばね、私はHSPだからみたいなものって、自分のせいとかずっととか何においてもみたいな、この3条件をきれいに全部踏んでる言い方だったりするわけですよ。
なので、考え方としてはね、私はダメな人間だからうまくいかないとかではなくて、この資料が時間がなくて詰めきれなかったからとかね、私はコミュ障だから人間関係が全部ダメではなくて、
初対面の雑談は苦手なんだけど、1対1で負荷が話すのは得意とかっていう形で、特化的にここでは大丈夫とかね、
例えば時間が足りなかったっていうところとかは、時間があればできたっていう話だったりする。コミュ障だから人間関係が全部ダメではなくて、1対1だったら大丈夫とかっていう形で、
何か特にこういう時にこれだったら大丈夫みたいなこととか、内的に考えないとかね、ずっとではないとかね、さっき言ったように人って変わっていくものだったりするので、そういうところとかを意思決定をしていくと、そこの無力感っていうところとかが大きく変わっていくのではないのかなと思ってたりします。
僕がね、特にお話ししたいところの話、SMOっていうものをずっと12、3万人ぐらいユーザーさんがいらっしゃっていて、毎月3万人ぐらいマッチングしてたりするわけですね。
そうなってくるとね、すごい量のマッチングの情報であるとか、出会いの情報みたいなところとかが集まってきたりするんですけれども、やっぱりその中にね、続く人と続かない人っていうところとかがすごく顕著に出てくるわけですよ。
それって何かっていうと、そのSとかMとかっていうところとかのラベルに固執をしすぎてしまっている人たちっていうのは、やっぱりなかなか続かなかったりするっていうところとかがあったりします。
実際にね、自分はSだから何々だとか、Mだからこうだみたいな感じで自分の型を決めてしまうと、それってね、人間関係って結局相手ありきのものなんだと思うんです。
相手ありきだからこそ、どうその相手と関係性を作っていくのかであるとか、そこの人との間にあるコミュニケーションっていうものが絶対的に発生するものなのと思うんですね。
さっき言った内的・安定的・全体的みたいな感じで全てダメですみたいな形になってしまうと、もう全体的にシャットダウンっていう形になってしまいまして、そうするとコミュニケーションの主要がなくなってしまうわけですよ。
そうなってくると、自分はこうだから仕方がないっていう形で、自分の殻に堂食を持ってしまって、せっかく大好きな人とかパートナーとか、自分を大事にしてくれる可能性がある人とかっていうのを見つけられたんだとしても、そこから先の進展がなくなってしまうっていう形であったりとかっていうようなものになったりするんですね。
よく勘違いしがちというか言われがちというか言うんですかね、すごいちょっと言葉を選ぶんですけれども、あるがまもの自分を好きでいてもらいたいっていう願望ってやっぱり人ってすごくあると思うんです。
それ自体はすごく否定するものではないですし、気持ちとしてはとてもよくわかるし、これが自分だっていうところとかも好きになってもらいたいっていうのは人間の根底であり、譲れないものであり変わらないものであるんだというふうには思うんです。
ただそれが完全に殻にこもってしまっている状態っていうようなものだったりであるとか、ちょっと話それるんですけど、そもそも生理的に無理みたいな、例えば極端な話、めちゃくちゃ不潔な状態でお風呂に1年ぐらい入ってませんみたいな人の状態で、
でもこれが私だから好きになってくださいみたいなことを言われても生理的に清潔感が、私病気になりそうみたいな感じになるわけじゃないですか。
それはちょっと極端な例だとしても、何が言いたいかっていう話で言うと、自分のこれが私だっていうところとかに形を作ってしまって殻にこもってしまったりすると、
殻にこもっているつもりは本人はないのかもしれないんですけれども、これだから仕方がないとか、さっき言ったように内的安定的全体的っていうところとかが全部三つ揃っちゃったりすると基本的に人って動かなくなっちゃうわけですよ。
そうするとせっかく自分のことを好きになってくれる人っていうのがいたときに、興味を持ってくれる人っていうのがいたときに、その人との関係性をどう作っていくかっていう努力をしたいと、
結局、この人は自分と関係性を作っていこうとする努力をしない人なんだな。自分は変わらずに自分だけ、相手だけ変えようっていうふうにしようとする人なんだなっていうふうに思われてしまって、そうすると人ってやっぱり離れていってしまうんですね。
基本的に人との関係性というかコミュニケーションで、どっちが変わるかっていう話ではなくて、2人とも少しずつ少しずつ変わっていくっていう話なんだと思うんです。
ラベルの話から少しずつ変化をしてきたりはするんですけれども、ラベルってそこの一番初めの入り口座っていう話をさせてもらったんですが、入り口からそこから先、私は今こうだけれども、こういう特性を持ってるけれども、
でもあなたとこういう関係性になりたいからこうしたいみたいなこととか、そこから先をどう考えるのかっていうところ、つまり入り口っていうような考え方をしていくことによって、ゴールではなくて入り口っていう考え方をすることによって、そこから先、変化進化みたいな言い方をするとかっこいいんですけれども、
というよりはどっちかで言うと、好きな人であるとか大事な人っていうところとかとの関係性を作っていくため、長くその人と一緒に生きていくため、その人に好きでいてもらうためには、そのためには会話っていうのがめちゃくちゃ重要だと思うんです。
会話をしなければ、よく日本人はハイコンテキスト文化みたいな言い方とかされますけれども、言わずに気づいてほしいとか、見ているだけでなんとなく俺がこれやってるんだから気づけよみたいな話とかっていうのがあったりしますけれども、そんなんは気づかないです。
仕事でも当たり前ですし、よりプライベートだったらよりわかんないです。
それが全部、日常のすべての会話であり、行動であり、やりとりであり、すべてをさらけ出しているのであれば、また理解できる度合いっていうのが違うのかもしれないんですけれども、そこまでをやっているわけではないのであれば、
それをせずに、自分の一面とか自分のちょっとを見て、自分の考えを気づけとか、自分の思っていることとかを気づいてほしいとか、これ別に男性だから女性だからっていう話じゃないんですよ。
気づいてほしいとか、感じ取ってほしいとか、言わずに私のことをわかってほしいとか、俺のことをわかってほしいとかっていうところって、私はHSPって言ったじゃんみたいな話とかそういう話じゃないんですよ。
あくまでさっき言ったようにラベルっていうのはただの入り口であって、そこから先のだからどうしたいのか、そこから先の言ったからどうしてほしいのかっていうさっきの天気予報の話じゃないですけれども、そこを言わない限りは基本的に行動に移らないわけですね。
ラベルに固執することの弊害と会話の重要性
行動に移らなければコミュニケーションというか関係性で作っていくことができないわけで、例えば自分はHSPですで終わってしまうと、相手としてはほうっていうのがあるわけですよ。
どうしようみたいな感じになってしまって、だからどうしてほしいのとか、いろいろネットで検索とかはするかもしれないんですけれども、それって一番初めに言ったようにあくまでタグというかラベルのうちの一つであって、ネットに当てはまっているものがすべてその相手に自分に当てはまるのかっていうと、
そうではないはずだと思うんですよ。そういうものも含めて、ちゃんと自分の言葉にして自分で会話をするっていう努力をするっていうのがとても大事だと思っていて、ラベルはそのきっかけとしてはとても便利なんだと思うんです。
自分は何々だから、だからこういうようなことをしてほしいとか、こういうふうに関わってほしいとかっていう形で、そういう形で相手とどうコミュニケーションをとっていくのかっていうためのきっかけであり入り口であるっていうのがラベルなんだと思います。
これはすごく難しいことだと思っていて、慣れれば慣れるほど、人は関係性に慣れれば慣れるほど気づけようとか、一緒にいるんだから空気読めようみたいな感じとかっていうのが特に日本人ってすごく強かったりするわけですね。
でも当たり前なんですけど、他人は他人なので、言葉にしないとどんなに一緒にいようが、旦那さんであれ奥さんであれ、安穏の呼吸で空気を読むみたいなこととかで多少はできるかもしれないですけれども、全てを読み切るっていうのは聴能力士じゃない限りは無理だなと思います。
そこの言語化であったりであるとか、ラベルって結局自分ってこういう人間なんですっていうのを言語化するのって、人って特に内面のことを言語化するのってすごく難しいわけですね。
よくね、人の相談に乗るのが得意な人とかがいたりはするんですけれども、そういう人たちとかはね、じゃあ自分の内面は?ってなった時に、自分の内面を言語化する能力と人の相談に乗って人の気持ちであり、考え方でありっていうのを言語化する能力って全然別物なんですよね。
ベクトルがね、自分の中に向いているのが外に向いているのかっていうような違いであって、いわゆるわかりやすく言うと、自分も知ってる自分とかね、しかも相手しか知らない自分がいたりとかっていうようなジョハリノマドみたいな話とかがあったりしますけれども、
相手からはね、自分が知らない自分が見れてたりとかするわけですよ。相手も知ってる自分が見れてたりするわけですよ。
相手の方が手札が多いわけですね。なぜなら、自分が知ってる自分っていうのは会話をする中で引き出すことができて、しかも相手は相手が知ってる自分と相手しか知らない自分みたいなところも知ってるので、ジョハリノマドを知ってる方だと四小言を思い浮かべていただけると説明しやすいんですけれども、四小言のうち三小言をカバーできるわけですよ。
そりゃ強いですよねっていう話。でも一方で自分のことにベクトルを向けて考えたりすると、今度はね、自分のことを知ってる自分の一小言しか見れないわけですね。自分のことを知らない自分は見れないわけですよ。
他人から見られてる自分も他人に説明してもらわないとわからないわけですよ。そうすると自分のことを理解するってすごく難易度高いんですね。だからこそラベルって便利で、私ってこういう性格なんだみたいなこととかを言えてしまうっていうのはすごく便利だったりするんですけれども、さっき言ったようにそこってねあくまで入り口なんですっていう話。
そのラベルをベースに私は目の前の相手とどういう関係性を結んでいきたいのか、どういう関係性を作っていきたいのかっていう、そこが全てなんだと思うんです。
そこでね、どういう関係性を作っていきたいのかっていうこととかを考えた上で、じゃあどうやってそれを言語化して、今あるラベルは今の自分を表現している一つの自分の一面であったりするわけなんですけれども、
そこから先の言語化っていうのはやっぱりすごく難しい、さっき話したようにすごく難しい話だったりするわけですね。
なので、そこは自分の中に本当に向き合うしかないところだと思うんですけれども、そこを向き合って少しでも少しでも相手とより良い関係性を作っていくために、自分のラベルを自分の言葉で説明するために、相手にどうしてほしいのかっていうこととかをきちんと伝えていく必要があるんではないのかなというふうに思います。
まとめと今後のメッセージ
今日はラベルのお話をさせていただいた後編ではあるんですけれども、ラベルっていうものってあくまで入り口であって、そこから先の社会であり、彼氏、彼女、旦那さん、奥さん、そういう人たちとどういうふうに関係性を作っていきたいのかっていうところ。
ここがすごく重要なポイントになるかと思うので、これを意識しながら今日のお話を振り返って、もしよければ行動に移していただけるというふうに思っております。
ということで、別にちょっと長くなりましたけれども、2回にわたってお話をしておりましたけれども、ラベルを捨てて自分に戻ろうとか自由にしようみたいなそういう話とかではないんです。
ラベルはとても便利なものだったりするので、つけていいものだとは思うんですけれども、そこから先は名前がついてそれで終了ではなくてあくまでそれは入り口であって、入り口なのでそこから先の診断っていうのは頑張って自分で自分のことを言語化して相手に伝えるっていうことをしないといけない。
天気予報のお話でしましたけど、結局は相手に傘を持って行ってほしいのか持って行ってほしくないのかっていう話なわけですよ。
なので結局そこから相手にどう行動してほしいのか、それは相手とコミュニケーションをしていかないとか会話をしていかないとなかなか形になっていかない部分だと思うので、
それは自分の話じゃなくて相手の話も当然の話で2人が、2人の話だけじゃない場合もあるかもしれないんですけれども、人と人とっていうところの話で言えばお互いが話し合ってコミュニケーションを取りながらたくさん会話をして、
そして相手のことを理解していく、そして具体的にこうしてほしいとかっていうところとかをちゃんと伝えていく、ちゃんと会話をしていく。
すごく会話をするのって怖いし逃げがちだったりすると思うんですけれども、そこを頑張って頑張って会話をしていけばしていくほどより強固な関係性になっていくんだと思うんです。
だからこそね、上手くラベルっていうものをきっかけとして、そこをきっかけとしてから自分のことの理解っていうところにつなげていって、そして大好きな人と良い関係性をつないでいくっていうところにつないでいっていってもらえるかなっていうふうに思っております。
ということでね、後半もちょっとお話を長くさせていただいてしまいましたけれども、聞いていただきましてありがとうございます。
また次回お会いできることを楽しみにしております。
それでは。
今日の話がすぐに何かの答えを出すためだけではなく、自分の中のある気持ちに少しだけ気づくきっかけになれば嬉しいです。
僕たちはちゃんと生きようとすればするほど自分の本音を後回しにしがちです。
でも言葉にならない違和感や誰にも言えない好きも、全部あなたの大切な一部です。
この番組ではこれからも恋愛や仕事、人間関係を通して自分らしく生きるとは何かを一緒に考えていきます。
今日の話が心に残った方は、ぜひ番組のフォローをお願いいたします。
感想や取り上げてほしいテーマもお待ちしております。
それでは今日はこのあたりで。
今日も一日、ちゃんと生きてきた自分を少しだけねぎらってあげてください。
ちゃんとしすぎて疲れたあなたへ。
お相手は株式会社ルナ代表の後藤圭一でした。
また次回お会いしましょう。