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対話 - CATALRADIO SHORTS #082
2026-03-24 18:23

対話 - CATALRADIO SHORTS #082

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今回は「独白」を経ての「対話」の回。対話相手としてのAIの話題から、ヒトとAIの違い、ひいては「人間の条件」を考えることに...!?

やっぱり対話は面白い!思わぬところへ行きたいなら、対話で行こう。遠くへ行きたいなら、対話で行こう。

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📻 カタラジオとは?

ひょんなきっかけで、突如ラジオをやってみたくなってしまった中高時代の同級生の二人。医師と企画者という異色で異職の二人が、新しい「概念」と対峙し、そしてインストールしていく様子をお届けする、概念獲得リアリティ番組です。

⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://beacons.ai/catalradio⁠⁠⁠⁠⁠⁠


🤝 出演者

ヤマガミ:金沢在住の医師、不遜な方、ベシャり担当。

ミント:東京在住の企画者、横柄な方、ゆる進行担当。


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サマリー

今回のカタラジオは、ヤマガミ氏の復帰により、久しぶりの対話形式で進行します。以前の独白パートを経て、ヤマガミ氏はAIの進化と人間との関係性について考察を深めます。特に、過去に自身が「高性能なチャットGPT」と評されたことに対し、現在のAIの進化を踏まえ、その評価がもはや失礼にあたる可能性や、AIが人間の「競合」から「活躍の場を広げる存在」へと変化しているという見解を示します。AIが人間のように「AIには作り出せないもの」を表現することが求められる時代になったと指摘し、AIの進化が逆に人間の独自性を際立たせていると論じます。 さらに、AIが記号の操作に留まるという従来の考えに対し、Anthropic社のClaude AIがPCのファイルシステムにアクセスできるようになった事例を挙げ、AIが「設置」する(現実世界に影響を与える)可能性に言及します。この進化は、AIと人間の違いを規定する「記号設置問題」の概念にも影響を与えうるとしています。議論は、人間の意識や主観的経験、そして「哲学的ゾンビ」の概念へと及び、AIが究極的に哲学的ゾンビを目指す存在である可能性や、人間らしさとは何か、感情とは何かといった根源的な問いへと展開していきます。最終的に、対話こそがラジオの面白さであり、独白には限界があることを再確認し、対話形式のラジオの価値を強調して締めくくります。

ヤマガミ氏の復帰と独白の振り返り
ヤマガミくん、お久しぶりです。
ただいま。
お元気ですか?
はい、帰って参りました。
ベシャギ担当のヤマガミでございます。
ショーツでちゃんと自己紹介するのいいですね。
いやいや、前いなかったからね、急遽ね。
失礼いたしました。
開けてしまいまして、この席を。
いやいやいや、独白させられてましたよ、本当に。
はい。
まあでもね、独白と言いつつも、
なんか、俺に語られながら、
語られてる気がして、ちょっとなんか、
ハートウォーミングな気持ちになったというか。
ああ、なんか、
カタラジオってあったかい番組なんだなっていう風に、
感じたね。
わかんない、これは感じ方だけど。
はいはいはい、あ、そうですか。
よかったよかった。
なんか、意外と聞けたね。
聞ける感じでしたね。
そうだね、すごい。
ミンティーのテンションも面白かったし、
あ、ミンティー一人で独白すると、
こんな感じで進んでくんだっていう風に思ったのと、
俺が15分独白やったらどうなるんだろうなっていう興味も湧いたね。
ぜひぜひ、次お願いしますよ。
やってみようかな、一回ね。
過去の自己評価とAIの進化
今回、ミンティーの独白を聞いた後に、
改めてカタラジオっておもろい番組だなって、
手前見せながら思って、
昔のカタラジオを聞いてみたの。
例えば、
俺とミンティーと、
和田沙耶さんがコラボってるみたいな、
1周年くらいの時のやつを聞いたらさ、
すごいおもろいこと言ってて、ミンティーも俺も。
何かというと、ミンティーは、
和田沙耶さんが、お互いにとってお互いを一言で表現すると何?みたいな、
そういう問いを発して。
そんなことやってたっけね。
そう。
懐かしいね。
覚えてる。
やったことは覚えてるけど、
なんて言ったかは全く覚えてない。
ミンティーは、
俺のことを、
高性能なチャットGPTって表現したね。
そう。
俺はミンティーのことを、
異世界案内人っていうふうに表現したね。
なるほど。
おもろいこと言ってますね。
おもろいよね。
おもろい。
なるほどね。
で、
チャットGPTかと思って、
チャットGPTって今さ、
全然俺なんかより早いスピードで、
今進化してるわけだけど、
まだ未だに俺は、
自分の立場をチャッピーに食われたとは思ってないからさ、
全然別の方向に勝手に進化してるけど、
競合だったけど、
今はむしろなんていうの、
思ったのよ。
今までってさ、
いかに、
AI的な文章っていうのをさ、
人間が作れるかっていうのが、
評価される時代だったじゃない。
うん。
より正確な、
その機械がやるようなことを、
人間がやるってことが、
評価されてた時代だったけど、
そうだよね。
正確であるとか、
上手いとか、
論理が通ってるとか、
そういうことだよね。
そうそうそう。
今はさ、
いかにAIが作り出せないものを表現できる人間になるか、
問われてる時代じゃない。
うんうんうん。
確かに確かに。
だからね、
たぶん振り返りした回が、
たぶん2,3年前じゃないですか。
そうそうそう。
もうそんな前か。
あの当時、
高性能なAIのようだということは、
全くなんか違和感がなかったけど、
なんか、
今のこの3年経った、
あれから3年経った今、
AIのようだっていうことは、
なんか半ば失礼にあたる可能性さえあるなと、
ちょっと思って聞いてて、
あの時だからそう言えたけど、
今同じことを言おうと思った時に、
AIだって多分敬仰しないと思う、
僕って思った。
聞いて。
なるほどね。
当時のチャットGPTってどんなんだったかというと、
ちょっと酔っ払いのざれ事みたいな雰囲気あったじゃん。
なんか酔ってるおっちゃんと語ってるみたいなとこあったじゃん。
なんかこいつまた変な言葉繋げて
おもろいこと言ってるわいって感じだったけど、
今って本当にこう正確にさ、
打刻してくるじゃん。
言葉をさ。
それこそ今、チャットGPTのようだ、
みたいな形容をさ、
人間に対してするとさ、
もう片仏だねって言ってるようなものというかさ、
そういうニュアンスさえあるなと思ったから、
もう多分今だったら言わないだろうなと。
すごいね、
そのAIっぽいっていう言葉の変遷、
この短時間で、
この短期間で、
AIっぽさっていうのがどんどんどんどん、
帯びてる意味が変わってるってすごい面白いよね。
いやー、
今一番変化してる領域だもんね。
そうだね、そうだね。
で、ラッキーだなと思って、
昔はさ、
いかにラジオ番組を自分の意図を出すか、
強豪であるAIに負けないかみたいなとこをさ、
チャットGPTって言われて、
意識したことがあったけど、
もう俺今ここで普通に喋ってるだけでさ、
AIが勝手に暴走っていうか、
AIが勝手に、
俺の強豪じゃなくなってくれてるからさ。
むしろ、
自分の活躍の場を広げてくれてるな、
AIさんっていうふうに思ったわけよ。
確かに確かに。
だから、いかにアホなこと言ってるかとかね、
突拍子もないかとかね、
そっちの方が面白いじゃんってなってきちゃうよね。
だし、その人の経験に即しているのかとか、
なんかこう、
AIに言ってることに対して違うっていうみたいなことが、
なんかすごい意味があるみたいな。
そう、そう、そう。
なってきますよね。
だから、
AIの「設置」能力と記号設置問題
要はさ、
以前コンサルウンヌみたいな話をさ、
カタカナ語の時にちょっとしたじゃない。
あったね、あったね。
なんかそう、
あの時にもさ、
通り一遍のことを言ってくるみたいな、
コンサル的な存在に対して、
なんか、
ある種のさ、
いやそれ違うんじゃないみたいな話を
お投じしてたかなっていう、
みたいなイメージがありましたけど、
なんかそれがまさに現実になってるというかさ、
通り一遍のことはわかったけど、
そんなことはどうでもいいんだよみたいな。
そうなんだよ。
そういう世界観がより色濃くなってきてるというかね、
そんな感じはあるよね。
そうなんだよ。
結局どこまでいっても、
AIは記号のメリーゴーランドなんだよね。
その記号設置問題よく話すけど、
設置が全くないから結局、
なんかすげー複雑な記号を扱ってるだけで、
結局は記号なんだなってことを、
思う昨今ですね。
まあね、
それも最近ちょっと変わりつつあるからね。
僕はちょっとなんか、
その辺りはあんまりなんか、
そんなもんだよねって思わない方がいいなっていうのは、
僕も最近の認識ですけどね。
それこそ最近ね、
ちょっと前にすごい話題になったのはさ、
クロードっていう、
アントロピックっていう会社というか、
クロードって最近話題のAIじゃん。
そうそうそう、
ちょうどトランプさんがチャットGPTと、
どうのこうのみたいな話とか、
それこそね、
ある種戦争的な文脈で、
AIの判断を使えるようにするしないみたいな話題で、
AIの倫理がどうのこうのみたいなところで、
盛り上がったと思うんですけど、
そこでちょっと名前があったのが、
クロードっていうやつですけど、
その文脈で盛り上がる、
ちょっと前に、
別で盛り上がったところがあって、
それ何かっていうと、
クロードって、
いわゆるブラウザ上、
オンラインの中で、
インターネットを介して使うっていう使い方もできるし、
あとアプリがあるんだよね。
パソコンとかにダウンロードして使うと、
パソコンの、
いわゆるコマンド、
ターミナルって分かる?
文字を直接打っていったら、
いろいろパソコンの裏側に仕込まれている、
各種ファイルとかに触れるっていう、
エンジニアとかが使うようなツールがあるんですけど、
なんかあれか、
時々間違えて、
デスクトップ上に変な文字が打ち込まれていくあれ?
そうそうそう、それとかね。
ちょっと違うかもしれないけど、
要はコマンドラインっていって、
もともとコンピューターが、
ユーザーインターフェースを備えてなかった時代に、
文字を打ち込んで、
コンピューターに指示をするっていうことができる、
っていう機能が今も備わってるんですけど、
それをやると、
本来ユーザーがね、
表で触れることができないような、
ファイルとかを操作することができるんだよね。
実は直近、
クロードのアプリの中に、
コワークっていう機能が追加されて、
そのコワークでは、
そういった、
要はコマンドラインでやれるような処理っていうのを、
そのアプリを介して、
権限解放することで、
自由にPC上のファイルにアクセスすることができる、
っていう状態まで持っていけるんですよ。
そうすると、
つまり、
少なくともね、
記号設置問題における設置とは、
ちょっと質的には違うんだけれど、
コンピューター上にある、
ファイルを直接触ったりとか、
調べたりとか、
それを改変したりとか、
することができるようになってるんですよ。
つまり、
対話だけじゃなくて、
実際にファイルを処理できるところまで、
権限が解放されてるっていう状態。
つまり、
コンピューターの中の情報に対しての設置は、
もう解放されちゃったんだよね。
それはもう、
コンピューター側が勝手に設置できるようになってるってこと?
俺らが一々許可しなくても、
クロードに、
パソコン上のファイルを
こういうふうに編集して、
大量のファイル名を書き換えるようにやって、
フォルダの回数構造を整理して、
そういうようなタスクを
クロードに投げ込むと、
そこまで触ってくれるということで、
それはつまり、
対話の中でコミュニケーションするだけじゃなくて、
既にあるもの、存在するものに対して、
情報を書き換えたりすること。
話が長くなっちゃったけど、
何が言いたいかというと、
設置できないのがAIだよねみたいな話が、
仮にあるとすると、
そこが思いもよらないところから、
設置しちゃう可能性あるかもなっていうのは、
ちょっと思った。
意識、主観的経験、そして哲学的ゾンビ
今聞いたら、パソコンの中のデータを触るっていうのは、
パソコンの中のデータも、もはやそれも記号じゃないかっていう、
考えもありそうだけど、
確かに設置っぽいことをしてるね。
今我々が読んでいるフローの本の中でさ、
意識に昇ってくる情報と、
昇ってこない情報みたいな話が出てくるけどさ、
結局我々もその意識っていう、
ある種のユーザーインターフェースみたいなものを
介してしか世界のことを認知できないわけじゃない。
なるほど。
つまり手で触った情報っていうのがさ、
手で触れているということはすごく、
フィジカルな出来事のように見えているけど、
手から入ってくる信号っていうものが、
脳によって処理されて、
それが意識に昇ったり、昇ってこなかったりする。
ある意味では、我々も、
私というものの所在地をね、
どこに置くかによってちょっと変わると思うけど、
仮にこの脳みたいなところの中に、
ある種この私の自己認知の核みたいなものが、
あるのだとしたら、
我々も実はこの、
手とかさ、目とかさ、
っていうのも、
私の外部だっていうことができるんじゃないかっていう、
結構SFチックな発想ができると思ったのよ。
だから芯の設置は得られないってことね、
いつまでたっても。
そうそうそう。だから僕らも実は、
シナプスの発火しか設置してないっていう言い方もできると思う。
だから面白いね。
だから記号と設置っていうのは、
もうスペクトラムだって話か。
そうそう。その通りその通り。
記号と設置は明確なとこはないと。
素晴らしい言語か。
なるほどなるほど。
そうそう。
ヒラリーパトナムの水槽の中の脳みたいなさ、
マトリックスのさ、
元になった脳だけ切り取ってさ、
脳がさ、いろんな電極で持って、
バーチャルリアリティに繋がれてるみたいな状態で、
人間が世界を体験してるってなった時に、
それと実際の我々の経験と何が違うの?
みたいな試行実験があったの。
それを考えるとさ、
つまりマトリックスみたいに、
人間の体をどっかさ、
生理食物の中につけられてて、
脳にプラグを刺してさ、ある世界を経験してますと、
なった時に、
その人の脳が、
意識の中に登ってきてる体験というのは、
実際に経験したことと、
より二つなわけだよね。
その時とほぼ同じようなさ、
脳派の状態になっていれば、
同じことを経験してるように感じるかもしれない。
脳派だけ。
昔の特集で扱った夏目漱石の脳が、
もしかしたら、
まだ文章考えてるかもしれないって話。
そうそうそう。
そうなってくると、
仮に脳が、
私という自我の座だとすると、
その脳だけを取り出して、
脳とそれ以外の間の
インターフェースみたいなことを考えていくと、
やっぱり設置してるかどうかみたいなことが、
実は本質的な業務じゃないんじゃないかみたいな。
そういう話になってくると、
僕はむしろエキサイティングだなと思って。
起動設置問題が根本から覆された。
そうそうそう。
別にいらなくないその問題っていう。
全部同じだったから。
そうそう。
設置するって言ってるもののさ、
経験の領域みたいなやつが、
結構ドラスティックに変わる可能性があるんじゃないかなと思うと、
なるほどね。
僕は結構ワクワクしていて、
なんか意外と、
すげえことになるんじゃないかなみたいなことを
ちょっと思ったりをしましたね。
別に人間の存在を脅かすとは全く思ってなくて、
まずは起動設置問題が、
AIと人間を分けて減らせているものだと思っていたけれど、
実はそれは本質じゃなかったってなるかもしれないよねみたいな。
そこに対するなんか面白みがあるなっていうことをちょっと思っちゃいましたね。
人間にできることは、
設置したって思うことじゃない?
コンピューターは設置したってことをさ、
それこそ理解できないわけじゃん。
そうね。
だからなんかもしかしたら、
起動設置問題で結構我々は盛り上がってたけど、
むしろこの、
今回の不老体験の本とかを読むにつけても、
なんかその、
自己言及というか、
自己意識に対するなんか、
統制感みたいなやつあるじゃん。
なんか出てくるじゃん。
なんかそっちの方が結構、
人間らしさ作ってるくない?みたいな。
そうなんだよね。
あるかもしれない。
だからつまりその自分に対して、
なんかこっち行けって、
自分自身で命令するみたいな、
ある種のなんていうの、
事故の中でのループみたいなものが発生するね。
なんだっけ、
自分と意識の間がさ、
自分と注意が円環状になってるみたいな。
注意が自分を作るんだけど、
その自分がまた注意の方向先を決めるみたいな。
どっちが始め、
ニワタマ状態だよみたいな。
そういう言及があったと思うけど、
結構なんかそのサイクルを持っているということの方が、
もしかしたら人間とAIを隔てているものに近いかもしれない。
そうだね。
結局AIはフローには入れませんってことだね。
一言で言うと。
まあそうだね。
入れないでしょ。
フローは入れないでしょ。
いやわかんないよ。
だから今のAIが定時のAIだとすると、
後時のAIにおいてはさ、
フロー状態に入れなくて、
こっちがいいかな、あっちがいいかなって悩むAIとか出てくるかもしれない。
ああ、なるほど。
むしろ今のAIの方がフローしてるんだよ多分。
命令がシンプルだから。
ああ、なるほど。
っていう言い方もできるかもしれない。
コマンドが、プロンプトがあれば、
プロンプトがあるし目指すべき目標で、
そこに対して進捗の際、
自分で自己フィードバックしながら前に進んでいるとすると、
めっちゃフローしてるじゃんAIみたいな。
なるほどね。
まあただその経験をするっていうんですよ。
最適経験を積むっていうのがフローだとしたらさ。
そうだね。
AIが経験っていうものができない、
まあそれもわからないけど。
それを何を主体とするかみたいな話もあるかもしれない。
哲学的ゾンビじゃん、AIってある意味。
そうだね。
哲学的ゾンビ、あの人が哲学的ゾンビではない証明をするって結構むずいじゃんみたいな話題が出てきてると思うけど、
その問題に我々はどっかでぶち当たる気がするよね。
まあ確かに。
そっかだからAIは最終的にもう、
哲学的ゾンビを目指してるというか、
AIの行き着く先が哲学的ゾンビじゃない?
そうだね。究極的な哲学的ゾンビであることが最も価値が高い状態なんだよね、AIにとっては多分。
まあ哲学的ゾンビ知らない人のためにこう説明しとくと、
ミンティは今俺と喋ってるけど、
俺と喋れる高精度なAIで何も考えてない可能性があるっていう状態ね。
だからミンティが、自分以外の人間は全員哲学的ゾンビの可能性がありますよっていうことをね。
そうそう。主観的経験が全くない機械かもしれないって思考実験だよね。
そこで私は主観的経験がみんなにとって自明なものでしょうみたいなことを、
なんとなくみんな心の中で信じてるけどそれって本当なの?っていう疑いを持ったときに、
意外とどうだろうってなっちゃうみたいな、そういう主観的経験が哲学的ゾンビだよね。
そうなってくるとだからAIと自分って何が違うんだって話になってくるわけね。
そうだよね。AIはなんとなく人間が作ったし、人間がその中のメカニズムを調整できるから、
まあまあ別にゾンビでもよくねってゾンビだよねって思ってるけど、
人間が作ろうが何だろうがアーティフィシャルだろうがそうじゃなかろうが、
ゾンビじゃなくなる可能性だって全然あり得るじゃんってこともできるかもしれないと。
AIが哲学的ゾンビと化したときそこに感情は芽生えるかみたいなところを実験してみたいね。
感情って何なんだろうねって話だよね。
人間らしさ、感情、そして対話の価値
僕らにとってさえ感情が何なのかよくわかんないじゃん。
そうだね。感情は電気信号であるっていう人もいるしね。
ってなってくるとAIで再現できないわけがないから。
なる意味このAIを頑張って作る。
人間の振る舞いに近づける。もしくは人間にとって便利なように発展させていくという行為自体が、
人間を写し鏡のように写しとる営みのようにも思えてくるよね。
僕らのことを理解しないとAIは人間っぽくできないみたいな。
そこのフィードバックさえからめっちゃ効いてるよね多分ね。
そうだね確かに確かに。
で、全然AIを開発したことがない文外科が勝手に想像しているという妄想感ですね。
なんか久しぶりに対話するって盛り上がりますね。
いやいいねやっぱ対話ですよ。独白じゃないよラジオは。我々これ対話型ラジオですので。
いやもう独白には限界がありますよ本当に。
そうだね。独白まだ聞かせてもらったけどやっぱミンティの言葉のノリとかスピード感も全然違うね対話型だと。
いや刺激が全然違いますからね。電気信号がすごいスピードでシナプスの間を駆け巡ってますからね。
仮に俺が哲学的ゾンビであったとしてもね。
ということで久しぶりの対話会ありがとうございました。
ありがとうございました。
18:23

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