なんかもっとですね、こういうことを、スクールとか開いて教えていくわけですから、
私、直接本木さんに何回か言ったことあるかもしれないけど、こういうのってね、本木さんのことを崇拝する人たちっていうのが集まってきて、
宗教チックになる時もあると思うんですけど、それが全くないのがすごいなと思ってですね、
同じ目線に立ってくれて教えてくれるから、すごい、この人好きだなと思ってついて行っちゃうんですよ。
それがスタッフさんにも同じような、なんかこの空気感で、本木さんだけがそうじゃなくて、
優位さんにしろ、私も知ってるのは野井さんと優位さんぐらいなんですけど、
なんかね、みんなそういうので、歩調が合ってるんですよね、自衛隊じゃないけど。
すごい、いや嬉しいですね。
改めて、先日のイベントを作ってくださったCAMの皆さん一人一人も、いつも私たちCAMの周年パーティーでは特にいつも言ってるのが、
CAMはこの組織でも団体でもなくて、皆さん一人一人がCAMを作っています。
CAMはどんどん変化していくし、カラーが変わっていくし、みたいなところで、皆さんとがCAMのCAMそのものであって、私たちが。
なので、この間の時間を通じて太鼓さんがすごくホッとする時間を感じていただけたっていうのもCAMの皆さんの、
もともと持っていらっしゃる柔らかさや豊かさや人との向き合い方とか、その場合の参加の仕方みたいなところもあって、
すごくそれも嬉しいなというふうに思いつつ、感じておりますが、改めてですね、
今日ちょっとメンタルダウンってそもそも何?みたいなところからちょっと一緒に考えていきたいなというふうに思うんですけれども、
いろんな表現があるのかなとか、例えば何ですかね、
病みたいな表現でいうとうつ病っていう診断名みたいなところがありつつ、そこの間でもいろいろグラデーションがあるのかなとか、
メンタルダウンって短いにありつつ、いろんな状態や兆候やまた深刻度みたいなのがあるのかなとか、
またそもそもどんな構造でどうしてそうなるんだっけみたいな、
そんなところからメンタルダウンって何?みたいなことからちょっと考えていきたいなと思うんですけれども、
ゆいさんは何ですかね、ざっくり自分のイメージというか、
こんな感じみたいな感じで言ってみると、どんなイメージ持ってます?
メンタルダウンのイメージ、
そう、えー、
なんかあの、メンタルダウンって言葉もね、メンタルってついているので、
あんまり体の不調じゃないのかなっていう感覚を、その言葉からは連想するなっていうのを思ってたんですけど、
でもなんかよくよく考えてみたら、この前のワークショップも経ってよくよく考えてみたら、
なんかこう気持ちだけの問題じゃなかったりとか、体も何か連動してたりとか、
っていうのが実はあるのに、なんかこうちょっと落ち込んでるだけみたいな感覚で受け取っちゃってたり、
なんか他別に体調が悪いとかじゃなくって、ちょっとメンタルが落ちてるだけみたいな言い方しちゃったりとか、
することあるなーっていうイメージですかね。
確かにね。
なんか自分ちょっと、本当に元気ないのかなとか、やる気ないのかなとか、
気持ち乗らないのかなとか、なんかその怠惰の部類に入っていくものとの違いじゃないけれども、
そこで本当はメンタルダウンなのに、そのなんか怠け者的な方に、
自分で思っちゃうと自分が苦しいとか、でも本当に怠け者もいるかもしれないけどとか思いながら、
なんかその辺むずいなって今確かに聞きながら思いつつ。
なんか太子さん、このメンタルダウンみたいなところでいくと、どんな風にイメージとして持ってたり、
そもそも何?みたいなことで言うとどうです?
そうですね、今お二人が言ってくださってたことって、
なんかまあこの、ちょっと調子悪いだけ、メンタル的に。
でも、っていう表現しちゃうけど、実はそうじゃなくて全部繋がってるよなとか、
本木さん今言ってくださったように、
サボってんのかな?怠けてんのかな?ってこの平らの方に思っちゃうとかって、
全てなんかそれって外から見えたりとか、自分もそう思っちゃうとかっていう中の、
それも症状の一つなのかなと思って、
要するに私はメンタルダウンっていうのは、
いつものパフォーマンスが発揮できないようなエネルギーの低下が、
なんかこの自分の中で一番大きくって、
その中でいつもだったらもうちょっと震え立って頑張ろうと思うんだけど、頑張れないだとか、
あと、どっか調子悪いんだけど認めたくないから、
なんかちょっと気持ちが元気ないけど、体は問題ないんだとかっていうのを言っちゃったりとか、
なんかそれも一つの過程なのかなっていうふうに思って、
とにかくエネルギーがいつもよりないとか、発生しないとかそんな状態なのかなっていうのを思います。
面白いですね。
なので自分がもしかしたら怠け者かもみたいなふうにサボっちゃってるのかなと思ってる状態、
それも一個自分の状態を客観視している状態をもう一個客観視すると、
その状態が生まれている状態こそがみたいな、
ある意味そのメンタルダウンの状態に片足入っていっている兆候として客観視というか見ることができる、
それも一部なのかなみたいなそんなイメージでもあるってことですかね。
先ほどもちょっと話してたんですけど、
そのエネルギーの低下みたいな表現の中で私が聞いたことある一つの表現、
なのでこれは新しいってことではなくて、
一つの表現の中ではセロトニンなのでよく言われる幸せの要素みたいなところですね、
結構腸とかで生成されてみたいなのがあると思うんですけど、
セロトニン自体がうまく生成されない、生成を妨げるというか、
生成の低下の状態がメンタルダウンに近づいていっている一つの状態みたいなことが聞いたことがあって、
メンタルダウンっていうものが出てる、分泌されてとかメンタルダウンっていうのがあるというよりは、
先ほど太鼓さんがおっしゃってくださったように正常な、正常っていう言い方あるかもしれないですけども、
普段もともとある機能みたいなところがちょっと低下していて、
エネルギー自体も低下している状態が、ああそういう状態なんだ。
例えば先ほどのやる気がちょっと出ないみたいなところ、
やる気を出すためにはちょっといつも自分をエンジンだったら吹かして立ち上がらせてみたいな。
でもいつも以上に頑張って吹かさないとちょっと立ち上がれないかもとか、
ベッドから起きるのしんどいかもとか、仕事に向き合うモチベーションが上がらないかもみたいな。
その吹かす度合い、これから吹かさないと今乗れないんだよねみたいな。
でももっと吹かさなきゃ、もっと吹かさなきゃみたいな風にするというよりは、
もともとその状態も客観視しながら、エネルギー低下してるなみたいなことを、
これくらい吹かしても乗れない自分はちょっと一回、もう一回客観視して、
なんかおかしいかもって見てみる必要がある。
私はそんな印象を今聞いてて思ったんですけど。
そうですね、私は今本木さんが言ってくれたのがまさにそうじゃないかなと思ってて、
何ですかね、私がよく表現するのは、一生懸命漕いでるんだけど、
本当にしんどい時って空回りしてチェーンの外れた自転車漕いでるようなもので、
自分は汗かいてすごい前に進もうと思うんだけど、気づいたら全然進んでない。
何なんだこれはと思って、自分の能力がないんだろうかとか、
時には周りのせいにしたりしてね、誰かチェーン外したなとか、
全てがそこに結びつくわけじゃないけど、
やっぱりずっと慢性的な痛みを抱えていて、
それを理由にやっぱりできないことっていうのを自分で作っていってしまったりっていうので、
空にはまって入っていってしまうっていうこともあると思うんですよね。
実際にその要因が明らかにヘルニアが出てたりとかですね、
どっか神経触るような状態になっている場合もあれば、
本当に特に何もないのにそうなっている人もいると思うし、
逆に言ったら腰痛をうまくストレッチとかでコントロールしながら動ける体を作っていくっていうのも、
この整形学的には必要だと思うんですよね。
だからそのあたりのバランスなんだろうなっていうのは思うけど、
とってもリンクする場面だと思います、そこも。
ありますよね。
結衣さん、聞きつつ今どんなことを巡ってます?
そうですね。
なんか、なんというか、
でも体はちゃんと自分のことを大事にしようとしてくれるというか、
思ってくれるっているんだよねっていうのをここまでの話で感じて、
それでエネルギーが減っちゃうっていう状態も、
それだけ大丈夫って疲れてるんだよ、あなた疲れてるんだよっていうのを体が自分自身に教えてくれてるし、
腰痛も、そんなに動き回ったらもっと大変なことになっちゃうんだよっていうメッセージなのかなって思いましたかね。
なんかそう思うと、
ちょっとこうコーチングとつなげて考えてみると、
コーチングって結構自分の声を聞くっていう機会がすごく多かったりとか、
なんかそもそも聞いてみようっていう時間や場を作れるものであるなと思うと、
なんかそのちょっとでも自分の声聞いてみようっていう感覚を持てていると、
なんかその腰痛い、何とかしなきゃ、もうこれやだ早く治ってって思うだけじゃなくて、
これってどういうことなんだろうって、なんか私の体がメッセージを言ってるのかもみたいに受け取れるだけでも、
なんかその先が変わってくるのかなとか、そんなことも思いました。
その通りだと思います。
最初、何のコースを教えてくださる時も、
コーチングのセッションでチェックインするじゃないですか。
その時にこんな状態だなっていうのを振り返るところまではみんな知ってるから、
そのもう一歩先に、そのチェックインの時間だけじゃなくて、
なんか自分って今大丈夫っていう、そういう視点を持つっていうのが、
一番なんていうのかな、そのセロトニンがっていう話もあるし、
腰痛がリンクするっていう話とか、
週末にいっぺんに寝るんだ、寝だめして、
サウナ入って水風呂入ってシャキッとしてビーフ飲んだ時のあの爽快感、
これで俺は持ってるんだよ、どれも間違いじゃないんだけど、
なんか今大丈夫かなって思える自分へのちょっと優しさって、
なんか全てにおいて大事なのかなっていうふうに思います。
そうですね。
なんかコーチングでっていう風なところで改めて思っていくと、
自己認知と自己需要とみたいなところで、
今の自分の状態の認知で上げていきながら、
なんか一つ太鼓さんに聞きたいなというふうに思うのが、
コーチングは改めてメンタルが健全というか健常な状態の人が前に進んでいくためにサポートして、
目標があってそこに推進していく、それを上げましていくみたいなところがベースとしてありつつ、
同時にカウンセリングとかメンタルダウンみたいなところでは、
どちらかというと自己需要、自己理解、内省みたいな、
そこに重心を置きながら対応をよりしていく形かなというふうには思うんですけれども、
前に推進するというよりは。
なんかその辺のところで、
この間のワークショップでもちょっと言葉にしてくださったときに境界線という表現であると思うんですけど、
改めてコーチングで前に推進をしていく対応をしつつ、
改めてもうちょっとその自己需要や自己内省、セルフケアの方に話を振ったほうがいいのかもなとか、
ちょっとそこにイエローフラッグじゃないけれども立てて対話をしていきつつ、
それを相手ともある意味オープンに、もしかしたら必要であれば、
なんか今こういう印象を受けてるんですけども、
なんかどうですかねとか、
実際ちょっともう少し前に前にというよりもこっちにした方がいいというふうな、
もしかしたら体のサインとか心のサインとかもあるのかなと思うんですけど、
そんなことを言葉にする必要がある。
境界線やサインやどんな状態を見たらそういうふうなところ、
イエローフラッグ立てたほうがいいのかみたいな、どんなふうなことがあったりしますかね。
そうですね、前提としてはやっぱり精神が健全な状態、
自分自身でここを目標にするんだという負荷をかけても、
それで日常生活プラスの面で頑張れる状態が、
コーチングには頑張れる状態、いい状態なんだろうなと思うんですけど、
このお話ししていく中でですね、
普段と違ってネガティブな表現が多かったりとか、
あと表情がやっぱり対話で、対面であってもオンラインであっても、
相手の目を見るというところからちょっと避けてうつむきがちで話してたりとか、
そのあたりに、あとちょっと顔色が悪かったりとか、
そのあたりにいつもと違うよなっていうのをコーチも感じたりするんじゃないかなと思うんですけど、
そういうところを見たときに、
どうですかって、いつもより元気なくないですかとか、
何かありましたって、少し元気がない表情が暗いようなもんですけどとか、
そこが切り口で話していけるこの気づきかなっていうのを思うんですけど。
大事ですね。ついついやっぱりコーチとして、
じゃあ今日も目標に向かって一緒に考えていきましょうみたいなところで、
今の目の前のその人の今日の状態に100%一回意識を向けるってことを
しなする癖を持ってないこともあるかなっていうふうに思う中で、
そこはもちろん警長の中でその人の心とかそういうことを、
今のその後ろの思いとか聞いていく練習とか訓練はしているものの、
改めて今日のこの人の今の状態どんな感じかみたいなところにちゃんと意識を一度ぐっと向ける。
そこにしっかりとアンテナを立てる。
そのレベルで警長や人との対峙をするみたいな。
昨日のこの人と今日のこの人は同じ度は限らないみたいな。
その心の持ちようというか人との向き合い方みたいなのが改めて大事だなっていうふうに
今聞きつつ思いましたかね。
あっという間に結構時間が過ぎてきていて、
もう一つちょっと考えたい。
また最後に一言コメントぐらいな感じで、
もともと考えたいなというか皆さんにもコメント欲しいなと思ってた内容があるので、
それだけ触れて閉じていければと思うんですけれども、
個人的に先日のワークショップもそうですし、
こういった太子さんとまたユイさんとお話しさせてもらう中でも改めて思うのが、
コーチングももともと本当にコーチという人との関わり方もそうですけれども、
そのように目の前の人の思いや状態と向き合いながら、
その人の本質的な願いや目標を励まし、向き合い、和装する、
そういう人の存在として、
すごくこの社会やまた身近な人間関係の中でもすごく大事であって、
豊かな豊かさを生み出す起点というか、
源泉になっていくなというふうに思うんですけど、
同時にカウンセリング、メンタルダウンに向き合う、
そういう心理の知識であったり関わり方ができる人、
なるべく目の前の人のそのままの状態を授与しながら、
そのようにちょっと心が疲れてきている人たちと対峙できるような、