そこではクソ夫というのは顔だけはいいけど結構変わっているし、モラハラの片鱗だったりとかヤバいなというところがあったんですけど、
妄心的に結婚を私は結局してしまって、この選択のおかげで娘①と2を授かったわけなので、トータルで見て幸せではあるんですが、
しかしこんな男を選んでしまって、そして私がなぜ24歳というわりかし早い年齢にもかかわらず焦って結婚してしまったの、なぜだという自分自身の分析をですね、
このKindleでしています。われながら面白いKindleなのかなと思っているので、そちらもぜひお読みいただければ嬉しいです。
そしてこのKindleでなんで私が誤った選択をしてしまったかというのは散々分析をしているんですけど、
今日お話したいことはそれとは少し違って、こんな女、女性はこのモラハラ夫の餌食、男の餌食になりやすいのかもなーって気づいたのでそのお話をするんですけれども、
これから話す2つが当てはまる女性は要注意かなと思っています。
まず1つ目はしっかりしている女性、そして自分でしっかりしているって自覚はないんだけど、しっかりしてるよねーとか、
同性からも〇〇ちゃんカブさんがしっかりしてて助かるみたいに結構周りからも言われるっていう女性は結構モラハラ夫の餌食になりやすいのかなと思っています。
自分で何でもできちゃう、これって裏を返せばすごいことだし、一人で自立してるって本当にすごいことなんですけど、
このモラハラをしてくる人っていうのは本当に自分が上位でいたいような人なので、しっかりしてるとそれに対処できちゃうんですよね、ある程度。
あと我慢をしてしまったりとかですね、これが多分しっかりしてないというか、最初から男頼みにしているような女性だったら、
え、この人やばい、こんな人私無理ってさじを投げられると思うんですけど、しっかりしてる女性っていうのは、私が悪いからこの人はこういうふうになっちゃってるんじゃないかなとか、
無駄に頑張りすぎてしまったりとか、あとこれから話す私がしっかりしているって言われているせいで、いろいろこじれていくわけなんですけど、
そういったところにもつながっていくので、しっかりしていると思う、そして言われるっていう人は結構要注意かなと思っています。
そしてここ二つ目が特に私、モラハラに引っかかりやすい要素なのかなと思っているんですけど、
他の女性と比較された経験がある人は、モラハラに引っかかりやすいのかなと思っています。
私は本当に選ばれないっていうよりも、今言って気づいたんですけど、他の人と比べられる人生ばっかりだったんですよね、振り返りますけれども。
その積み重ねによって、私の方が下になるパターンばっかりなので、そんな価値のない私でも愛してくれるこの人、
モラハラ夫ですよね、を捨ててしまったら、もう私は誰からも愛されない、そして形式的ではありますが夫婦という形は取れないのかもしれないので、
そこ知れない恐怖みたいなものも私はかつて抱いたりしていたので、
他と比較されることで自分の価値を感じられなくなっていると、そのモラハラ夫と共依存みたいな形ではないですが、
モラハラ夫が自分の価値、飾りでも感じてしまうというところもある気がして、
結構他の女性と比較されたことがある女性っていうのもモラハラ夫に引っかかりやすいのかななんて思っています。
ここからは前半パートとして誰得っていう感じなんですけど、暗い話ですが、
どういうふうに私が選ばれなかったり、人と比べられたりして、
私、今ではありがたいことに明るいそうだねとか悩みなさそうだねとか、
あと可愛いねって言ってもらうことも時々あってそれはありがたいんですけど、
やっぱり根底には昔から選ばれない人生っていうのがもうこびりついているような感じがするので、
結構それが私の人格形成に影響を及ぼしているような気がするので、その話をしたいと思います。
前半のこの選ばれない反省、そんな暗い話聞きたくないという方はタイムスタンプあるので飛ばしてもらえたら嬉しいです。
まず一つ最初に思い出されることは幼少期ですね。
年で言うと3,4歳も物心がついた時からずっとですね、
周囲に気を使って作り笑いができるようになるまで、小学校後半ぐらいまでかなずっとですが、
私は不愛想だなぁとか母にずっと言われ続けていきました。
あとは親戚内でもデブデブス、これがデブスって言いますねって呼ばわりでしたね。
私は3つ上にいとこがいるんですけど、その女の子のいとこなんですが、それとずっと比べられる人生でした。
このいとこのまるまるちゃんはスラッとしてて可愛いしいつもニコニコしてるのに、
あんたはデブでニコニコもしないで、お母さんは恥ずかしいみたいなことを散々言われ続けていきました。
そこで私もニコってすればいいんですけど、やっぱりそんな風に言われてなんだろうな。
ニコって何かでできない。そこで私も泡の弱だったところもあるんですけど、
そういう風に比べられることでなおさらいこじになってしまって笑わずで、
あ、あんた不愛想なんだからっていう風なループで、
いとこと比べられてニコニコ可愛いいとこが選ばれるみたいなことが多かったですね。
そこでも子供の頃矛盾というか、いとこはスラッとしてるっていうのもあって、
脂っこいものとかこってりしたものが苦手で、
私は昔からデブっていうことはすなわち食べるのが好きで、子供だからしょうがないと思うんですけど、
デブデブって言われながらも、食べることを我慢ってできないわけですよ。
私がスラッと可愛いいとこが残した肉の脂身みたいなものを食べていいなんて言ったら、
あんたデブだからいっぱい食べるよねみたいなことを周りから言われたりとかして、
ショックを受けたりとか、じゃあ食べるなよってツッコミたくなるところです。
そこは子供だし食欲がかかってしまったんでしょうね。
あとは親戚内でデブ呼ばわりっていうのは私本当に嫌だったことが思い出されるんですけれども、
母に親戚のおじさんに体重をばらされてしまったっていうのがすごく嫌だったんですよね。
あれは確か小学1年生ぐらいだったと思うんですが、この子は体重が31キロか2キロぐらいあるんですよねっていうのを親戚のおじさんに言っていて、
多分母の感覚としては、自分の子供であろうと家族に気遣う必要はないって言い放ったこともあるので、
子供であろうとプライバシーという概念がないっていうのもそうなんですけど、
発達的に確かに小1で30キロって肥満ではありますよね、確かに。事実ではあるんですけど、
それを私は自分のいる目の前で男性に言われたっていうのはすごく嫌だったんですよね。
そこで親戚のおじさんは悪気はないのかもしれないけど、それはデブだねって。
そこでまたいとこのまるまるちゃんはあんなに細いのにね、同じ親戚なのにねって言われたりとかして本当に悲しかったんですよね。
これを皮切りに誰かと比べられたりとか、そういう人生が始まっていきます。
まず小学校の低学年ですけれども、こんなデブ数な私ですので、
小学校って明るいとか運動ができるとかそういうのがヒエラルキーというかスクールカーストの仕組みを占めてしまうような感じがするんですけど、
そんな私は漏れなく最下層ですよね。そうするともはや空気になります。
こんなデブ数な私でもやっぱりあの頃はリボンとか仲良しとか少女漫画とかがすごく流行っていた時期でもあったので、
この少女漫画を見ては憧れるわけなんですよね、恋愛みたいなものに。
だけどそれに縁があるのはスクールカーストの上位であるような子たちだなっていうのは、
小学校、低学年に肌で感じていて、そこでやっぱり私は具体的に選ばれない。
その時からデブデブって言われていたので、選ばれない、具体的に振られたとかそういうことではないんですけど、
デブって言われることでやっぱり少女漫画には今でこそデブな主人公が幸せになる漫画って、
今ネット漫画とかである気がするんですけど、昔リボンとかにそんな漫画ないから、
やっぱり私はダメなんだなっていう価値観が根付いていったように思います。
そんなスクールカースト最下層の私ですが、天気が訪れて、それは親の仕事の都合で転校したということです。
この転校がありがたいことに日本国外を飛び出して、私はシンガポールに何年か住んでいたことがあるんです。
とはいっても英語は全然しゃべれないんですけど、向こうは治安もいいし、
小学生とかが手首プラプラ、指でメニューを指して、
This one pleaseって言えば、はいって出してくれるようなレベルでは全然生きていけたっていうのもあって、
全然英語はしゃべれないんですけれども、そんな感じで、
日本とかと同じ市とかの内の転校とかだと結構自分のスクールカースト界のイメージは難しいと思うんですけど、
私は一気に環境や周りが変わったことで、いつの間にか海外の日本人学校あるあるかもしれないんですけど、
転校とかが本当に激しいので、スクールカーストを入れ替わるっていうんですかね。
陽気だったらなんとか君が来月急に本帰国、本当に帰っちゃうことが決まりましたって急にいなくなっちゃうみたいなことがあるんで、
海外ってあんまりスクールカーストという概念はちったあるけど、あんまなかったんですよね。
そういうのもあって、私はそこで今の人格にちょっと近くなっていきます。
しかしながらそこでもですね、また選ばれないっていうのを突きつけられるという事件がありました。
私は当時好きだなって男の子がいて、中1ぐらいの話かな。
私は本帰国、日本に帰ることが決まっていたのですが、この思いを伝えたいなっていうことで、
ちょっとお友達と言いたい言えないみたいな、わやわやみたいなあるあるですよね。
結局思いは伝えられず、でもお友達にありがとう協力してくれてみたいなチャンチャンで私は日本に帰ってきたんですよね。
当時はスマホとかまだなくて、お友達やり取りをするにはエアメール、
手紙を海外からやり取りするっていうのは主流だったんですけど、それをまだ定期的にやってはいました。
そしたらその友達だと思っていた子から衝撃のエアメールが来るんです。
カブちゃん元気?今のこっちの生活は何とかで何とかでても絶えのない話やら、
実は○○ちゃんが好きって言ってた○○君と私付き合うことになったのって。
実はカブちゃんが好きって言った時から気になっていたんだけど、告白したらなんとOKしてくれたのっていう風なのが来て、
衝撃って私今でもこの話許さないと呆れちゃうんですけど、
中学1年生でいくらお花畑だからって、わざわざ○○キロ離れた海外からこんなマウント取ってくる日で女がいるのかっていうのがめちゃくちゃ衝撃で、
今考えても腹立たしいんです。あいつどうしてるのかなって思うんですけど、
その時は私が告白をしたかっていうとしてないので、選ばれないとは違うのかもしれないんですけど、
ここでも私はエセポジティブであってるのかな?
恋愛ごっこをしたつもりではいたけど、結局選ばれない。これはちょっと行動したいから違うけれども、
こういう風に海を越えても選ばれないを突きつけられるっていう悲しいこともありました。
そして日本に帰ってきて中学2年生とか3年生ですね。
この時に私が5日の配信でお話をしたハルカちゃんと出会うことになります。
ハルカちゃんは仮名ですが、SnowManのライブに一緒に行ったりとかする昔からの仲のいい子で、仲は良くても結構かわいい。
あやせはハルカにすごくかわいくて、すごくモテてたんでなんだろうな。
羨ましかったですって言ってそのハルカちゃんですね。
このハルカちゃんと出会うことで私はやっぱり選ばれないんだなって思う人生が加速していくことになります。
ハルカちゃんは見た目も可愛いし、天然なのかな?なんか無意識にあざといというか、
概要欄に貼っておく私が愛されない理由っていう風に気づいた配信の中でも、
ハルカちゃんは本当に周りに甘えるのがうまいんですよね。
そんな中私は結構苦手というか、甘えるのがハルカちゃんいいなと思っている中なんですけれども、
私が男の子から話しかけられて、私に気があるのかなと思ったら、
ハルカちゃんと仲良くなりたいんだけどとか場を取り持ってくれないみたいなことが、
中学校生活の中で2年間、転校があったから2年間の中で5回ぐらいありましたね。
そんな中でもハルカちゃんだけが選ばれるの連続で、
私はデブでブスだししょうがないなと思っていたんですけど、
この頃から固まった悪い価値観なんですけど、
可愛くて甘えられる子が男には選ばれるんだなっていうのが本当に根付き始めました。
そんな私ですが、高校生になったら初めての彼氏ができます。
でもこれも初めての彼氏って言ってもどうなのかなって感じなんですけど、
酔った勢いでやっちゃって、それは彼氏なのかなみたいな感じで、
それも何か自分をないがしゅんしちゃってる感じであるんですけど、
ちなみにこれは高校生の話なんですけど、飲んでやっちゃったっていうのは、
そこは時効ということで未成年だけどスルーしてもらいたいんですけど、
そんな感じでずるずると、いいように、おなほじゃないけど、
身体を目当てで使われてただけかもしれないんですけど、
そんな彼にもこんなセリフで振られてしまいます。
俺、元カノが忘れられないんだよね、というセリフです。
ここでもやっと初めてできたと思った彼氏なのに選ばれないという理由で振られるんですよね。
ここから彼氏ができたということで、私はデブでブスじゃないのかもしれないって取り戻しかけた自信をまた失うことになります。
そして高校生時代もなんだかなって選ばれないっていう経験が続きます。
それはバイト先で女たらしで有名な人がいたんですよね。
でも本当に女の子が入ってくると誰かで構わずくどくんだよねっていうような人なんですけど、
そんな人に私だけくどかれないっていうことがありましたね。
別にその人のことがタイプではないのに期待してないし、
誰からもカブちゃんだけくどかれてないねって嫌味を言われたわけじゃないんですけど、
バイト先を確か半年ぐらいで辞めちゃったんですけど、
半年何もなかったなってハタと気づいた時にすごく惨めな気持ちになったっていう感じですね。
誰かで構わず手を出す人にすら私は選ばれないんだなということです。
そんな私ですが、唯一数年間付き合った人も実はいました。
この人については過去にかなり初期の頃かな。
第115回のただ一人で本気で好きになった人っていうところで有料の配信なんですけどしておりまして、
これも2年近く前かな。
この時にただ一人好きだったなっていうのはそれで変わらなくてこの人のことはとてもいい人だなと思っているんですけど、
振り返ればこの人についても私を選んでくれたっていうよりも、
選んでもらったっていう感覚なんですよね。
いわゆる私が告白して付き合ったっていうことです。
それも私は告白してOKもらったなら選ばれてるじゃんって思うんですけど、
過去の少女漫画への憧れとか、相手から選んでもらう経験に飢えている私とすると、
なんだか結局向こうから選んでもらったわけではないんだなっていうのはちょっと王を引いている気もします。
そして振り返るとこの人と付き合った経験はとても幸せではあったんですけれども、
与えてくれる人ではなかったし、私も求めるっていうことはしなかったなと思います。
どういうことかというと、
普通であれば男の人から与えてもらうもの、
例えば食事をご馳走してもらうとか、
どこかに迎えに来てもらうとか、
今私が欲しいなって思うものと同じなんですけど、
そういったものを向こうから与えてくれる人ではなかったんです。
それは向こうがニートではないけど、
フリーターのようなお金がない人っていうのも大きかったんですけど、
そんな方だったので、私も求めもしなかったんですよね。
そもそもデブ数の私と付き合ってくれるだけでもありがたいし、
身体の相性がいいなら楽しければ十分じゃないと、
他のお友達はご馳走してもらったりとか、
どこか遊びに来たら迎えに来てくれたなんていうのをちょっと羨ましく思ったりもしましたけど、
それは私に許されてない権利なのかななんて勝手に思っていました。
そして時は流れ、私は女子短大に入ります。
女子短大生ってすごいキラキラしてる感じがしませんか?
私はその時田舎から少し都会に出たので、
ここでなら誰かが選んでもらえるというか、
他の女の子と同じようにチヤホヤしてもらえるのかなと思ったら、
ダメだったんですよ。
またデブスポジから抜けられないっていうんですかね。
ここからデブスポジプラスしっかりが根付いちゃって、
しっかりしてるねって言われることが私のアイデンティティというか、
褒め言葉のように錯覚もしていたっていう部分もあるので、
デブスでしっかりしてるって最悪なパターン、
男性から選ばれるという視点では最悪な状態でいたので、
女子短大生でも選ばれなかったですね。
具体的にはこの頃ってもう20年ぐらい前に、
恐ろしいな月日がなると思うんですけど、
合コンとか他の学校と飲むみたいなっていうのは、
よくあることだと思ったんですよ。
そんな中でも私だけ連絡先の交換を声かけてもらえなかったとか、
そういったことをですね。
花の女子短大生というブランドを持ってしてもダメって、
私も永遠にダメじゃんって思ったのも今でもよく覚えてますね。
そしてちょっと話はずれて、やらなくてよかったなと思うんですけど、
デブスポジだからキャバクラとか、
学生の女の子が高級取りでできるバイトにも手を出せなかったなっていうのも心残りっていうか、
今考えれば無理に手を出す必要もなかったんですけど、
そういったところにも自分の自信の無さみたいなのが現れてるなと思います。
そして短大に入ってまた違うバイトをアルバイトをするんですけど、
ここでも私だけくどかれない事件が発生します。
その時は特定の一人がめっちゃ誰かで構わずくどくというわけではなかったんですけど、
居酒屋でバイトしてたんですけど、居酒屋って結構お店によるけど恋愛模様があるんですよ。
若い男女がいるから。
そんな中でもこのやれ好き嫌いのもつれみたいなものに、
私だけ特にお声もなくカヤの外みたいな、
私も声かけたかっていうと、
その時仲良く付き合ってた人が同時進行だったのですが、
遠距離恋愛だったので別に声かけてくれてもいいのにって思っていたっていう節もあるんですけど、
バイト先でも選ばれないっていう経験が続きました。
そして選ばれないという経験がまた続くんですが、
就職先でも私だけくどかれないっていうことが本当に何回もありましたね。
この頃になると仕事をしているっていうことはさらにしっかりしなきゃいけないというか、
しっかりして当たり前みたいなところもしっかりの私はガチガチになっていた。
今でもしっかりしている自覚がないというか、
なんでみんなあんなヘラヘラしてるんだろうって今でも思うんですけど、
そんなわけもあってくどかれないですね。
怖いなっていうふうに思ってしまうんです。
私が前半の真ん中の方で話した、
唯一好きだった人は選んでもらって私が告白して付き合ったというのは、
これは行動はしてるんですけど、
これも焦りから来るものだったのかななんて思っています。
私はそのろくでもない初恋としかちゃんと、
あれもちゃんとって疑問なんですけど、
この人を逃すとちゃんと恋愛をした体が残せない。
ここも他人事句であるんですけど、
なので不一念発起みたいな感じというか、
その行動を除けば、やっぱり私って選ばれる行動する土台にも立ててないって当時は思っていて、
もうちょっと考え方を変えれば、
本当に選ばれたいんだったら、男の人が好むようなダイエットをするとか、
メイクをもうちょっと頑張ってみるとか、
あとあざとい行動をやってみるとかすればよかったのかもしれないんですけど、
そんな権利そもそもないし、もし失敗したら笑われたら怖いっていう気持ちもありましたね。
てなわけで、見た目も悪いしっかりしちゃってる、
選ばれる行動をあざとくもできない私たちは何をすればいいのかなっていうと、
選ばれないならば自分から尽くさないといけないなっていう行動になっていくわけです。
これがそのモラハラにつかまってしまう大きな要因ではあるんですけど、
そのため私は尽くし尽くし尽くそうと尽くし、いつか彼が変わってくれるはずだと思い続け、
結局ダメーでボガンになったわけですが、
そもそも選ばれないのが当たり前だから、自分が身をこにして働かなければ、
その人は私と一緒にいてくれないんだろうみたいなね、今考えると間違ってはいるんですけど、
当時、いや、別居するまでかな?本当にそう思っていましたね。
だって私はこんなに選ばれない人生でしたから。
あと最後にこれぼやっとした話なんですけど、
なんかそもそも選ばれる権利がないというのに付随するんですけど、
私が選んでもらった経験がないから、
選んでもらえるかもしれない、選んでもらえるだろうという発想すらわからないですね。
そのため私が356回で気づいて、
あ、私は選ばれないを自分で選択してたんだっていうふうに気づいたのは本当にすごいことで、
だって選ばれるって思ってないんですよ、選ばれないから。
例えばスーパーマーケットとかに行って、お店にもよるけどスーパーマーケットはお洋服を売ってないですよね。
そうするとスーパーマーケットに行った時にお洋服が欲しいって発想、買おうって発想ならないじゃないですか。
なんかそんなような感覚っていうか、私のスーパーマーケット、カブ、スーパーには選んでもらえるっていう商品はそもそも置いてないから、
選んでもらえるのははるかちゃんとか、あとは短大の頃とか、
あとエアメールもらったクソ女みたいな、あれは本当に恨みだけど、
そういうふうにちょっといい立ち回りができて見た目がかわいい子のお店にあるものっていうふうに思っていたから、
選ばれないを選んでいたのかなと思います。
以上、私が選ばれ続けなかった、あとしっかりしてるで振られ続けた残念な人生と、
あとなんで私が選ばれないっていう自分で振る舞いをしてしまったかを内省しました。
まとめとなりますが、この流れでいくと、カブさんどういうふうにすれば選ばれるってたどり着いたんだ、どうするんだろうって思われる方もしかしたらいるかもしれない。
残念ながら全く逆で、私はですね、選ばれる必要はないんだなっていうことに気がつきました。
この詳細については、私のメルマガで発信をしようと、もしかしたらした後かな、私収録をためどりしているので、
この収録をしている頃、今は配信してないんだけど、いつかメルマガ発信した後にこれがオンエアっていうか電波に乗るかもしれない。
時系列はちょっとふわふわしてるんですけど、細かくはメルマガで書くとして、
私はそもそも選ばれたいなって、選ばれない経験を重ねていたから、選んでもらいたいなって思っていたんですけれども、
はて私は選ばれたその先に何があるのかなって思うと、選ばれたいのではなかったんです。
それはですね、私が本当に欲しいものは利益なんです。選ばれたい、甘えたいではないんです。
その昔、小学生時代とかに少女漫画に憧れていた時は、選ばれたい、甘えたいに執着していた時期はあったと思います。
だけど今思い返せば、唯一の好きだった人も、あとクソオトモもですけど、
私が心からこの人に選ばれて幸せ、キャピ、甘えてるっていう感覚というよりかは、
少女漫画のように恋愛をしている自分に酔っていたというか、私が真にこうしたいと思っていなかったように思うんです。
事実、唯一長く続いた元彼が遠距離恋愛の時に、私の住んでいるところに遊びに来てくれて何日か泊まったことがあったんです。
それ時代に行くとめっちゃ楽しい話なんですけど、今思えばあの時3泊、遠距離してくれたんですけど、
1泊でこいつ早く帰んねえかなって思ったんです。
自分の生活スペースを荒らされるわけですよ。
シンクがびちゃびちゃとか、排水溝の髪の毛とか、細かいこととか、物の位置が違うとか、
そういうのも本当にイライラして、多分その時の私の感覚が本当に全てなんだよなって思いました。
実際その後にちゃんと結婚というかお付き合いをしたのは、その中一好きになった人がクソ夫婦までいなくても、
クソ夫婦とちゃんと暮らしてからも、あの時は恋愛と結婚ができたという事実によっていたんですけど、
それを抜きにしたら誰かと一緒に生活をするというのは、私は本当に苦行でしかないんですよね。
だから誰かとパートナーといたい、選ばれたい、甘えたいのはないんです。
一人でいれたらそれでいいんです。
事実、今は一回結婚もしたし、結婚しろしろととやかく言う人はいない。
母はちょっとあれだけど、なりましたし、若かりし頃は彼氏がいる、恋愛をしている、結婚しているというのは一種のステータスだった。
それがステータスだった、私はそう思ってたかなという時期もあったり、
そういう時は彼氏がいなければならないというマインドだったんですけど、
今から彼氏を作っていいですよ、結婚していいですよ、誰かを家にお招きくださいと言ってもまじいらないと思うんですよ。
その代わりというか、何が欲しいのかなというと、
何かおいしいディナーをご馳走してくれる人とか、
お出かけしたけど疲れた、歩きじゃなくてタクシーで借りたいという時にタクシー代をポンって出してくれる人か、
太いパパ、パパカツ、パパカツも嫌だけどパパみたいな人、
そしてそれを自由に使える時間だったり、
アッシー、メッシー、ちょっと言い方が古いけど、
みたいな人があわよくばいればいいなというのが私が本当に求める姿だったのかなと思います。
私が愛されない理由というところや、メルマガでグダグダ悩んでいた時期があったんですけど、
その時は選ばれない私が、半人前じゃないけど、
だけど何したらいいんだろうなみたいなぐるぐるバクバクってしていたんですけど、
それは錯覚であって、私の周りで、私の思う利益ですね、
何か買ってもらえる、ご馳走してもらえる、連れてってもらえる、
あといつでも迎えに来てもらえるっていう人が、
その人たちはたまたまパートナーからその利益を享受していただけで、
私はそのパートナーが欲しいんではないんですよね。
でもそれがたまたまパートナーから享受されている人が多かったから、
あ、私はパートナーがいないからそういう利益がないんだ、いいな、
選ばれたいパートナーが欲しい、私も迎えに来て欲しい、
美味しいご飯をして、ご馳走して欲しいって思っていたんですけど、
実際は違うんですよね。
だから私は選ばれないとか、デブだブスだっていろいろ詐欺すまれ、
しっかりしてるから大丈夫でしょって言われた人生ではありますが、
今のところは誰かにとやかく選んでもらわなくてもいいなって、
今一人で超楽だなっていうことに気づいたんです。
しかし私が欲しいものは一人で気ままに過ごしながら、
お金、時間、そして移動手段みたいな利益みたいなものが