「気が利かない人」の具体的な行動例
戦略的別居妻カブの人生開放チャンネル。このチャンネルは、モラハラ経済的DVクソ夫と約12年間仮面夫婦として同居、パーフェクト昼逃げ、離婚調停成立、離婚裁判敗訴したワーママのカブが、
2029年春に離婚するまで人生を開放して幸せに生きる様子をお届けします。モラハラ,仮面夫婦,仕事,子育てなど同じ悩みを持つ誰かに寄り添う配信をしたいです。
お疲れ様です。カブです。私は会社員をしているんですが、職場で気が利かないなーって、なんでそんなことするんだろうって思う人が数名して、いつもその度にイライラしていたんですが、
ふとですね、なぜこの人たちは気がお利かさずに生きて平気なんだろうね、そういう失礼な疑問なんですが、不思議に思っていろいろ考えてみた、そんなようなお話をしたいと思います。
同じようにね、この職場のなんでこういうことするのかなーって、ちょっとイラッとする、そんなような経験がある方はね、ぜひ聞いていただけたら嬉しいです。
いくつか私がなんでこの人たちこうなのかなーなんて思う、本当にね、ベースとしてはしょうもない、本当に些細なことなんですけれども、これが毎日しょっちゅう続くとちょっとイラッとする、そんなようなことが多いかなと思います。
まずは毎日同じ日に受け取るものや何かがある方のお仕事、例えば2時に業者さんが来るみたいなことですね、それは毎日決まっているのに、そのタイミングでコーヒーを買いに行ったり、
タバコを吸いに行ったりとかいう人がいるということですね、そのタバコやコーヒーを飲むなっていうことは全くないんですけれども、もう2時にその人が業者さんが来るってわかってるんだから、なんでわざわざそのタイミングに行くのかなって気が引かないなって不思議に思うんですよね。
2時って5分か10分遅れるかもしれない、前後するかもしれないけど、この前後10分ぐらいはなんで我慢できないのかなって不思議に思うわけです。その間他の方が対応してくださるわけなんですが、それでありがとうとは言うんですけれども、その方をよく見ているとその時間にしかコーヒーとタバコを買いに行けないわけではなくて、その前後ずっと暇なんですよ。
それなのになんでこの時間にいなくなるのか、私はその不思議だなってその人の代わりに対応するたびにイライラしております。
そして次に私は結構仕事を組合活動とか出張で不在にしがちで、それは皆さんに申し訳ないなと思うんですけれども、すると私の元に依頼がたくさんあるんですよね。
それをもし私だったら、こういう依頼がたぶん10個タスクがやることがあるとすると、1,2,3,4,5って一覧というかこれとこれを置いておきましてよろしくお願いしますみたいな手紙とかを置いたりするのがマナーかなと思っているんですけど、そういうのもなくてボンってなんか置かれているというか、
一覧化しないでよくいられるなって、これはちょっと私は厳しいのかもしれないけど、本当に気が利かないなって私は仕事の合間に組合活動をすることで、確かに皆さんに迷惑かけているわけですけれども、組合活動だってその組合を引いた皆さんのためになることをやっているつもりではあるのに、
なんかそういう不親切な依頼が組合活動から帰ってくる度にあるとなんだかげんなりする気持ちになるんですよね。これを見た人がどう思うかみたいなことがなんで考えられないのかなっていうことがよく思います。
そしてこれに付随してなんですけれども、一覧化されていない上にボンってある中で、一番下に大急ぎの書類というかやることがあるということをですね、もし私だったら先ほど一覧化しないにしても、
これはマジでやばい、帰ってきたらすぐやった方がいいですみたいなものは一番上にしておくとか、ポスト1と付箋を貼っておくとか、それぐらいするんじゃないかなと思うんですけど、このボンってある中で一番下に本当に大急ぎなものは一つ、血の気が引くっていうか、私が大量のものを見ればいいんですけど最初にね。
大量の書類をたくさんの人がボンボコボンボコ置いてるんだったら、その急ぎのものっていう自覚もないかもしれないけど、同じ人なんですよ。この同じ人が私の仕事をまとめて、まとめてというか一旦預かってるんですけど、なんでその分からないのかなっていうのがまた不思議でかつイライラします。
あとこれは違う方なんですけれども、私は社員で働いているんですが、派遣さんというかルーティンワークとか電話一時受けをして社員に取り継ぐみたいな方がいらっしゃって、それはありがたいんですけど、そういった方々にちょっとちらふら見えるのが、同じ署内にいるのに私と誰かが話し中の時にわざわざ割り込んできて、これお願いしますってポンって、
しかもそれを私と誰かが話している間ですよ、割って入ってお行きに来たりして、しかもそれは急ぎじゃないとか、あとはわざわざ不在の時に、私がコピー機とかに一瞬立って戻ってくるとその不在の間に何か置いてあると、私それがちょっとイラッとしちゃって、なんでその隙を狙ってくるの、狙ってきてるわけじゃないのかもしれないけど、それが気が引かないということになるのかもしれないけど、
わざわざ話すのを拒否してるじゃないけど、逆にその不在じゃない、誰かが話している時に割って入るのだって、その話がすごい長くしてるんだったらわかるけれども、そんな数秒の話をしている間ですよ、なのに割って入ってくる、その神経が理解できないなっていうのが不思議なんですよね。
そしてこれは会社ではないんですけれども、私は電車通勤をしているんですが、電車って一人当たりの座席になんとなく線が入ってて、一人分の面積これぐらいだよって決まってるとか見えますよね。それをわざわざ無視して足を開いたりとか、肩幅をダラーンとして座ったり、線をはみ出して座っている人もすごくイライラするんですよね。
体格的にその線に収まりきらないっていうなら私もそうではないのに、わざわざはみ出してくるっていう人も結構私理解ができなくて、なんだか気が引かないなあなんて思います。
こういった方って私すごく嫌なんですけど、これはAIに聞いたら注意するでもなく、あなたは何をするでもなく、カブさんは自分の線のところを超えられたとしても、それを機前と座っていいですっていうふうに言って、またなるほどと思ってそうしてみたら、
気づいて自分の線の中に収まってくれる人とくれない人は半々ぐらいかなって感じなんですけど、そういった気が引かない人がいたとしても私のスペースは守っていいみたいな、そんな話はあったりしましたね。アドバイスとして参考にしてもらえればと思います。
イライラと「なぜ平気なんだろう?」という疑問
言葉にしてみればどのエピソードもしょうがないんですけれども、あと私だけ考えていることも多いと思うんですけど、毎日なんで地味にイライラするんですよね。
そしてとある日不思議に思いました。なぜこの人たちはこういうことを毎日繰り返して平気なんだろうなあっていうことですね。
私が何故2時にわざわざタイミングでコーヒー買いに行っちゃう人とかだったら、ある日気づくと思うんです。
あ、やばい毎日毎日みんなにお願いしちゃってる私の仕事なのにとか思わないのかなあって、それ以外の時間暇なのに不思議だなあとかですね、なんでこの人たちはそういうことに気づかないんですかね。
なんで気がつかないのかなあってぼやーと思って、はっと気がついたんですが、そもそもこういう人たちは何も考えていないのかもしれないし、何も考えていないからこそ気がつかないのかもって、超当たり前なんですけど、なんかそんなようなことを思ったんです。
なんかそうすると、何も考えていない人にこんなにイライラしてもしょうがないのに、なんで私はこんなにイライラしちゃうんだろうなあっていうふうに、今度は自分の心の中を内省してみました。
自身の内面への問いかけと気づき
そもそも私の考える普通っていうのは周りの普通ではないのかなあということが頭に浮かびました。
私は日ごろ夫婦関係の配信とかをする中でも普通っていう言葉は嫌いですって、普通は夫婦が仲良いとか、普通はパパママが揃って育児をしているとか、普通はパパはイクメンであるとか、そういうの大嫌いだって言っているくせに、ことその人間関係の気を利かすとか気を利かさないとかって普通こんぐらいやるよねっていうのがなんかあった気がして、
その普通にできてないというか、私の中でしてない人にイライラしてるのかもなあなんて思って、まだまだ私はその普通にとらわれていたなあと反省をしました。
あとは私自身が先ほどの例の方たちにめちゃくちゃイライラしてるってお話をしましたが、逆に私だって気が利かないなあと思われていることあるかもなあっていうことにも気がつきました。
先ほどの話の方たちがきっと何も考えてないんだろうなあって気づいてないんだろうなあっていうのと同じで、私が何も考えていないことに対しても周りの人はもしかしたらカブさん気が引かないなあってなんだこれと思っていることってきっとあるはずなんですよね。
なんかそしたら自分だけがこの気が引かない人にイライラしてるなんかすごく傲慢だなあというふうに思いました。
そしてこのように私の普通って周りの普通ではないんだなあとか私も気が引かないかもってぐるぐる思っているうちに、
あ、ということは私が日頃気が利かないなあって思っている人に対してイライラする時間がそもそも無駄かもっていうふうに思いました。
この人たちはそういうもんだなあって割り切るっていうことですね。
そして時間の無駄だなあと思ったのと同時に私は一つトライをしてみたことがあります。
それはこの人たちが許されて私が許されないことはないんだから私もこの気の利かないことをやってみてもいいんじゃないかなあっていうことですね。
例えば電車の線をはみ出すのは嫌っていうかマナー違反かなあと思うんですけれども、
このタイミングでコーヒー買いに行くっていうのも毎日だと良くないけど、
もし私だったらそういう仕事があったらトイレにちょっと行きたいなあっていう時も我慢してたりしてたんですよ。
だって2時に来るって分かってるんだから。
そうではなくてどうしてもちょっと我慢できないなあっていうことだったら行っちゃうとかいうことですね。
あとは依頼の仕方、大量の依頼に一覧化私はするけれども、
昔は期限とかやることとかそういうのを細かく伝達をしていたんですけれども、
そうではなくてこれだけ急ぎですっていう付箋だけペッて貼っておくだけでもいいのかなあとか、
その気が利かない人の真似をしてみたっていうことですね。
自分の心が許す範囲で。
そしたら超楽ですね、その気を利かさないってっていうのも新たな気づきでした。
イライラの根源:母親の影響と自己価値の誤認
そもそもなんで私はこんなに気が利かない人にイライラしていたのかなあっていう、
自分の人生を振り返るとやっぱり母の影響が大きいのかなあと思いました。
母はそれくらい普通だよねとか、なんでこんなことできないのとか、気が利かないねっていう風に私に言ってくることがあって、
逆に何をやってもめっちゃ助かるとか気が利くとか言われたことはないんですけど、
なので何だろうな、何もしなかったら気が利かないねって言われるし、
何か気を利かしたところで何も言われないっていう最低ラインを乱すので、
それくらい普通でしょうとか言われるのは嫌で常に予防線を張る人生だったのかなあって、
だから気を利かすのが当たり前なのかなあなんて思っていたんです。
急ぎのものが下にあるとかだったら、もし母だったら、
なんで急ぎのものがわかるようにしておかないの、気が利かないわねみたいなことを絶対言ってくるなとか、
そういうような考え方ですね。
ちなみにこの母の話はハッシュタグでまとめておりまして、
ハッシュタグカブの毒親というもので、興味がある方は検索してみてください。
毒親っていうほど毒親ではないのかもしれないんですけど、
当時はそれぐらいしかいい言葉が思い浮かばなかったんですが、
しかしながら、概要欄に貼っておこうと思うんですが、
第170回アウトプットで精神的に未熟な親に育てられていた私という配信でお話をしたんですが、
母はちょっと精神的に未熟なところがあるんですよね。
ちょっと親とかの関係がしんどいなという方は、ぜひこちらの配信を覗いてみてください。
母に何か言われるのが嫌で、母の目を気にして気が引く素振りをしていると、
良いんだか悪いんだか副次的効果がありました。
それはですね、周りにも気が引くねとか、ありがとねえらいねというふうにも褒めてもらえることが増えて、
これはありがたいことなんですけど、これを私は存在価値だと誤認していたんですよね。
この気が利いている私だからこの場にいるのが許されている。
これぐらいしてからこの場にいるべきみたいな、そういうようなところですね。
つまり気の利かない私は存在する価値がないみたいな、そんな考え方ですね。
だからその無条件に気がを利かせなくてもぼんやりするだけで、
存在ができていた経験があんまりないっていうか、
私は弟が2人いるんですけれども、弟2人がわーわーしてたら私がその間に入って世話をするのが当たり前でしたし、
なんかそんなような感じで、ぼーっとしてる人生じゃなかったってそんなような感じですかね。
気が利いてこそ当たり前、そんなような感じでした。
それが当たり前になっているので、こんな当たり前のことができない人にイライラする、
冒頭の話に戻るんですけど、そんなような考え方になっていたのかななんて思います。
母親の「普通」と「感想」という視点
この考え方が自分にも周りにも良い効果がないのは皆さんもお分かりかと思うんですが、
一つ私がこの中で偉いなと思ったのは、母みたいにそれくらい普通でしょうとか、
なんで気が引かないのっていうことは口にはしなかったんですよ。
それは我ながら偉いなと思いました。
内心気が引かないなと思っても、子どもにもそう思うことありますけれども、
そういうふうに言われたがってすごく傷つくんですよね。
私はそのためそういう言葉は言わないようにしていて、
最低限というか、牛乳出しっぱなしで傷んじゃうから牛乳はしまってよ、
それくらいはしてねというような言い方をするかもしれないけど、
プラスアルファの気を利かせろみたいなことは言わないようにということですね。
気が効く、効かないってなんだろうなって母の言葉を思い返すと、
世間的なものとは結構かけ離れていたように思いますね。
結構母が独断、母がこうだろうと思っている決めつけから来たりとか、
あとは気分ですね。
同じようなことでもしたら気が効かない、逆だな、して気が引くって言われたこともあったし、
同じことをしても今はダメみたいなことがあったりとかして結構母の気分であったし、
結構母の意にそぐわない、世間的に見たら全然問題ないんだけど、
母の意にそぐわないとなんでこんなこともできないなっていうことも結構ありますね。
そして世間と、先ほどなんだろうな、母の中で描く世間と違うっていうことも結構、
それを私はいつ脱すると気が引かないって言われたことも多かったですよね。
しかしながらこれって全部母の感想でしかないんですよね。
これが親から言われると、そうしないとダメなのかもって無意識に思ってしまいがちなんですけど、
そうではなくて、ひろゆきさんがそれってあなたの感想ですよねっていうふうに一頭両談する言葉があるかなと思うんですけど、
そんなような感じの考え方でよかったのかななんて思います。
それぐらい普通でしょってあなた気が引かないわねって言われても、
あなたはそう思うんですよねって、私はそうは思いませんでしたって、
そういう考え方でいいのかなと思いました。
これは最初に話した気が引かない人のエピソードにも通ずるのかななんて思いました。
気が引かないなーって私はイライラしていましたが、
それは私の感想であって、相手はそうは思っていないかもしれないんですよね。
この事実に気づいていればもっと早くね、人生違ったのかもなーなんて思いました。
内省を経て心が楽になったこと
今はもう正直気の引かない人、大量のものがボーンってあるとイラッとしますし、
人の話に割って入って物を置かれる度にもイライラはしますけれども、
だけど今日の内省を思い出して自分の中でコントロールが昔よりはできるようになってきました。
これに気づいていればなーってちょっと後悔もあります。
以上で私のイライラする人の話や内省の話、
なんでこういう風な思考になったのかなっていうお話を終わります。
最後の方は少し私の老いたちみたいなところによるところも大きいかと思うんですけれども、
中盤の話ですね、なんでこんなに気が引かないんだろうって思うこと自体の基準が、
その周りとは違うかもしれないっていうことだったりとか、
そもそもそういう人たちはそういうことに気がついていないのかもしれないと思うと、
少し心が楽になるのかなーなんて思っています。
自分の気の合う人とだけ付き合えていれば楽だし、それがいいかなーって思うんですけど、
なかなか社会で生きていく以上そうはいかないと思うので、
もし日頃イライラするようなことがありましたら、ぜひこのお話参考になったら嬉しいです。
それでは失礼します。