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チェーン店は故郷になりうるか──ラーメンとノスタルジー
2026-09-23 43:48

チェーン店は故郷になりうるか──ラーメンとノスタルジー

母校の文化祭を訪れた鈴木が、変わっていく学校の隣で、昔とほとんど同じ体験を提供し続ける丸源ラーメンに「帰ってきた」感覚を覚えます。故郷やノスタルジーは、本当に自然や古い街並みに宿るものなのか。東京郊外で育った記憶、標準化されたチェーン店の再現可能性、変わらなさを支える資本主義について考えました。

後半は、母校の軽音楽部との交流から、情報やAIだけでは身につかない実技、教えることのパフォーマンス、人に見てもらうことの力へ広がります。

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『バグキャスト』は、音楽家・鈴木とプログラマー・伊藤が、音楽、プログラミング、カルチャー、映画、最近読んだ本などについて話すポッドキャストです。

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サマリー

鈴木は母校の都立高校の文化祭を訪れ、私服から制服への変更や、手作り感から管理された雰囲気への変化に、昔の場所が失われた寂しさを覚える。一方、隣の丸源ラーメンでは、高校生の頃と同じような肉そばと店の体験に「帰ってきた」感覚を抱く。丸源はファミリーレストランの利用しやすさと、看板商品や出来たて感のあるラーメン店の専門性を両立し、標準化によって同じ体験を再現していると分析される。そこから、自然や古い街並みを故郷とする一般的なイメージに対し、東京郊外で育った人にとっては学校、駅、団地、幹線道路、ショッピングモール、チェーン店こそ生活の風景ではないかという話に広がる。 故郷やノスタルジーは、変わらない固有の場所への感情に見えて、近代化・資本主義・個人主義の中で作られたユートピア的な観念ではないかと議論される。学校のように現在の生徒に合わせて変わる制度と、昨日と同じ商品や安心感を提供するチェーン店を対比し、丸源のような店が場所の持続性と、別店舗でも体験を再現できる形式の持続性を備えると捉える。さらに、長く残る店は経済的に成功したサービスである必要があり、資本主義の最適化された場所が故郷になるという逆説も語られる。後半では、母校の軽音楽部の在校生との交流をきっかけに、AIや検索で正しい情報を得ても音響設営や演奏技術が身につくとは限らず、実技指導や、教える人がその場で示すパフォーマンスが必要だと話す。教えることには正確な説明だけでなく、人から見られ、励まされたり反発したりしながら動き出すための関係性が含まれるという結論に至る。

変わっていた母校と文化祭
はい、こんにちは、バグキャストです。この番組は音楽家の鈴木とプログラマーの伊藤が、社会・文化について気になったことを調べたり、面白がったりしながら話すポッドキャストです。今回は第30回です。いやー、伊藤さん。
何ですか、大河。
えーとですね、今回はちょっと自分語りになっちゃうんですけど。
あーいいですね。
あのー母校の都立高校の文化祭に行ってきたんですよ。
はいはいはい文化祭の時期だね。
そう、そのね話を今日はちょっとしたいんですけど。
あのー前にもちょっと話したんですけど、僕高校時代は軽音楽部に所属してて、そこの在校生と最近交流する機会があって。
行ってましたね。
そうそう。それで久しぶりにね、ちょっと見に行ったんですよ、文化祭の公演を。
うんうんうんうん。
でさぁ、母校っていう言葉には昔の自分がいた場所に帰るような響きがあるじゃないですか。
まああるね。はいはいはい。
っていうワードだよね、母校に帰るってね。
そう、母校イコールふるさと的な。
うん。
でも当然だけど、しかし実際に行ってみると、まあいろんなものが変わってるわけですよね。
ほーだよね。もう20年前とか、もっと前になるのか。
そう、20年近い。
そう、だから僕が通ってた頃を知る人も当然いないし。
はいはい、そうだよね。
学校全体の雰囲気も当然変わってる。
うん。
あとね、当時僕が通ってた頃は私服の高校だったんですけど、今はね制服になってる。
そうなんだ。
そう。だから生徒たちの姿形も、かなり違って見えるっていう感じでしたね。
うんうんうん。
あと文化祭もね、かつての雑然とした手作り感っていうよりかは、なんか管理されてる感じがあって、まあ統制がね、良くなったっていうふうにも言えるのかもしれない。
うーん。
めっちゃ寂しさあるよね、きっと。
うん、そうなんですよね。だからまあ普通、これがね普通なんだって言われたらそれまでなんですけども、昔は知る側からすると、まあ大げさに言うとね、文化祭がこうジェントリフィケーションされてる感じがするんですよ。
なるほどね。
きっちりしちゃったなみたいな。
うん。で、学校はでもそんなこと言っても、卒業生の記憶を保存するための場所じゃないし、今通っている生徒のための場所なんで、まあしょうがないよねーっていうことを思った。
ああ。
母校に帰った経験だったわけですけども、はいはいはい。
丸源ラーメンが提供する店の体験
っていうことだったんですよ。でね、文化祭見た後、学校の近くにある丸源ラーメン入った。
うん。
丸源ラーメンって知ってます?
名前は聞いたことある。有名なラーメン屋さんなんですね。
そういう有名なチェーン店ですね。丸源ラーメンは2001年に愛知県で1号店を開き、現在は全国で240店以上展開するラーメンチェーン。
で、看板商品は豚肉を使った熟成醤油ラーメン肉そばなんですけど、で、これがね、郊外の幹線道路沿いに結構ある、大きい黄色い看板の店として知ってる人が結構多い。
うーん。
丸源ラーメンですね。
で、そこでね、久しぶりに看板商品の肉そばを食べて、改めて、これがよくできたラーメンだなっていうふうに思ったんですよ。
学生時代よく行ってたみたいな。
まあ、そうだね。
うーん。
その美味しさは、なんかね、一口食べて驚くようなものじゃ全然ないっす。
あー、なるほどね。いわゆるもう究極の一杯みたいな、そういう感じじゃないわけだよね。
うん。職人的なこだわりがね、出てるわけでも全然ないっすね。
だからね、800円ほどで食べることができて、学生でも家族でも利用しやすいみたいな。
で、それでいて、まあ普通にそこそこ美味しいよねみたいな食事っていうか外食経験ができるって感じなんですよ。
チェーンのラーメン屋さんって感じだね。
そうそうそうそう。だからまあ、その、そうね、そういう感じ。
だから安定感みたいなとこなんですけど、あのね、この丸源ラーメンの優れている点っていうのはね、今日ちょっとね、頑張って話してみたいんですけど。
ほう。
えー、丸源の優れているところは、ファミリーレストランの良さとラーメン店の良さを両立しているところだと思います。
で、ファミリーレストランの良さって、まあ広いテーブルがあって、駐車場があって、子供連れでも利用しやすくて、
えーと、まあ好みの違う人同士でも食事できるみたいな、メニューがたくさんあるから。
ああ、はい。
で、丸源にもテーブル席や座敷席、子供用の椅子、えー、麺を切るハサミとか、お子様メニューとかがね、ちゃんと用意されてるんですよ。
そうなんだ。
だから家族連れだけでなくて、学生や一人客でも入りやすいみたいな。
はいはいはいはい。
そういう感じになってる。
で、一方ラーメン店には看板商品が明確で、注文してから作られた熱い料理が早く出てきて、
まあ、厨房の音とか動きが店内の活気を作るみたいな良さがあるじゃないですか。
うんうんうん。
で、丸源には様々なラーメンやチャーハン、餃子などがあるんですけど、中心には肉そばっていう明確な中心商品があって、
で、そのため家族で選べる幅を確保しながら、何を食べる店なのかは曖昧になってない。
なるほど。
結構明確な店になってるってことですね。
それを食べに行こうができるってこと。
そうそうそうそう。
でね、厨房がね、客席から見えるっていうのもね、あのー、すごくいいところだと思ってて、
客が調理の過程を確かめられるっていうのはすごく透明性があるじゃないですか
これラーメン店とか中華料理屋にある良さなんだと思うんですよね
だからこのメニューの中にあるあるいは立地的な部分にある
ファミレスの利用しやすさと安心感とラーメン店の専門性と出来立て感
その両方を一つの店舗体験として成立させているっていうのが
すごい
そう丸源ラーメンの優れているところだなっていうのはね
すごいね確かに
まあ本当に十何年ぶりに僕は訪れて、
いや丸源ラーメンってこんなすごかったんだなっていうのを気づいたってことなんですよね
当時は気づかなかったね
気づかなかったね
普通に言ってたけど
そうそうそうそう
改めて行くとってことなんだ
うん
っていうことだったんですよ
チェーン店と故郷の再現性
でね肉そばを食べながらふと高校生の頃にも
この店で同じものを食べたなってことを思い出したんですよ
でね細かな味が本当に一切変わってないかは分からないんだけど
まあ価格もメニューも店の細部も
まあ厳密には変わってるはずだよね
多分ね
まあでもそれでもどう変わってるかは分からないぐらいには
同じなんですよ
この味だって感じがあったんだ
あるある全然ある
これ食ってたなっていう感じがすごいですよ
でここがね俺が今日話したいことなんですけど
つまりさ学校では人も制度も雰囲気も変わってるよね
変わっちゃってたんだもんね
そう
制服もね変わっちゃってね
そう
つまり都立高校って変わっていくはずじゃないですか
確かに
なんだけどすぐ隣の丸源は昔と同じような
まあ空気感が再現されてるんですよ
つまり母校へ帰って、そこである種、
故郷を思い出すはずだったのに
昔の自分が知ってる場所へ帰ってきたって感じたのは
学校じゃなくてその隣にあるチェーン店だったってことに
すごい僕は、なんかね、感慨深かった。
確かにね
あとなんかね考えさせられましたね
でつまりさこれ故郷の問題なんですよ
僕が好きな故郷
故郷好きだよね
そうつまりノスタルジーの問題なんだなっていう風にして思った
でそもそも故郷とは何なのか
はぁはぁ
ってことですよね
それを考えてみようと
そうそうそう
故郷のイメージと近代化
つまり僕たちは故郷を変わらずに残っていて
久しぶりに帰っても昔と同じように自分を迎えてくれる場所みたいな風にして想像するわけじゃない
そうだねお帰りみたいなね
そうそう
元気ね
でも実在する地域とか共同体は生きている以上変化を絶対避けられないよね
で人は入れ替わるし建物も街並みも変わっていくはずですよね
で少なくとも現在広く流通している故郷のイメージって自然があったりとか
共同体がある
知り合い仲間がいるってことですよね
で時間がゆっくり流れてて帰れば昔の自分に戻れるみたいな
でそれは現実の場所そのものっていうより都市化や近代化の中で失われたものを埋めるために作られたある種のユートピア的なイメージなんだよね
だから故郷っていうイメージ自体がある種近代以降に作られた
捏造されたイメージみたいなところがあるんだと思うんですよ
つまりこれあの魯迅の故郷のテーマと同じですよね
つまりあの久しぶりに魯迅が故郷に帰ったら街並みが変わってて人間も変わっちゃってて
ああ、俺が勝手に描いた故郷はないんだなって思う。
と同時にあれそもそも俺が思ってた故郷なんて本当にあったっけっていうのがあの小説の主題テーマなんですよ
っていうことなんですよ
故郷って実はそもそもあのなんか都会に出た人たちが作ったユートピア
想像上のユートピアでしかないんじゃないのみたいなことがあるわけですよ
で東京郊外で育った人の生活風景っていうのは
まあそもそもそういう故郷じゃない
あの自然とか古い家並みじゃなくて
学校駅団地幹線道路ショッピングモールファミレスラーメンチェーンが含まれてますよね
にも関わらずそうした場所は本当の故郷の風景からは基本的に外されがちになっちゃってるわけ
一般的な故郷の風景には出てこないってことか
そうそうそうそう
しかし変わらずに残り久しぶりに入っても同じように迎えてくれることを故郷の条件とするなら
その条件を最も意識的に実現しようとしてるのはチェーン店なんじゃないのかと思ったわけ
チェーン店ってさ看板メニュー味接客店内の配置など基本的には標準化されてて
同じ体験を繰り返し提供しようとするじゃん
それがある種のこうフランチャイズチェーン店のこうなんていうかサービスだよね
安定したサービスってこと
そうそうそうそう
で他方学校って現在の生徒に合わせて変わらなきゃいけないんですよね
制度も仕組みもみたいな
だからチェーン店は、昨日と同じ商品と安心感を今日も提供することを事業の目的にしている。
一方学校は常に変わらなきゃいけないものなんだよね
そうだね
そうだから母校よりも実はチェーン店の方が
ふるさととか故郷としての強度は強いんじゃないのかっていうのが僕のテーマ設定なんですよ
でここにはこの2種類の変わらなさがあって
一つは母校の隣にある同じ店舗が残っているっていう場所の持続性
でもう一つは仮にその店舗がなくなっても
別の丸源でよく似た体験が再現され得るっていう形式の持続性
でこの2つつまりイメージをずっと再現してくれるっていうところ
普通、故郷は他では代替できない固有の場所だって考えられてるんだけど、
ところが故郷に求められる変わらなさとか
帰れば迎えてくれることってある種の抽象性を伴ってるじゃん
で抽象性ってつまり再現可能性なんだよね
どこにでもあり交換可能なチェーン店が実は最もこれをよく満たしてくれるんですよ
丸源が自分にとっての思い出から個人的な故郷になったっていう話ではなくて
なんか故郷という観念そのものが求めてきた条件を
現代ではチェーン店が最も忠実に実装してるんじゃないかっていう
なるほどなんですよね
だからこれってねつまり丸源が俺の故郷で最高みたいな話じゃなくて
実は故郷とか故郷っていうものが持ってるある種の欺瞞性っていうものを
相対化するための装置としても実はチェーン店ってあるんじゃないかって気がするんですよ
それって実際にあるとしたら実はファミレスみたいなとこのはずになっちゃうよねっていう
みたいな
じゃあこれはいわゆるチェーン店ファミレスみたいなものが
どこにでもあるファミレスみたいなものって
故郷の風景としてはふさわしくないとされてきたけど
むしろ故郷の懐かしさとか思い出せるリフレインできるっていう点で言うと
逆にチェーン店なんじゃないのっていう視点で
見ていくのがいいのかな。
そうなんですよチェーン店こそが故郷だったんだっていうことで気づいたんですよ
っていうのがこの間ね丸源ラーメンでラーメンをすすりながらちょっとね
思い浮かんだ
久しぶりの文化祭行って変わるのしょうがないなからの丸源っていうのがでかいわね
そうそうそうそう
えっ丸源は全然変わってねえじゃんみたいな
むしろここが俺の故郷だったのではみたいな
でさ文化祭行くじゃん
そしたらさ来年この高校受験しようかなみたいなことを考えている
中学生たちが結構いっぱいいるの親子連れで
でその人たちが各教室を回って焼きそばとかさ食べたりしてるわけ
でも俺は違うよ
君がやらなきゃいけないのは焼きそばを食べることじゃない
丸源に行けって思って。丸源こそがこの高校なんだっていう。
ずっと続いてきたね
そうそうそうそう
焼きそばはもう食えなくなるよ
で焼きそばを提供している人も君が入る頃には変わってるよ
いないかもしれない
でも丸源は絶対にあるんだよ
なるほどね
来年もこれをねすごい思って
すごい言いたくなったんですよね
なるほどね
それはじゃあ、我々が今体験している何が今後故郷になっていくのか、みたいなものも感じたんだ。
そうねだからさこれさもうちょっと話を一歩進めると
別にさファミレスも入れ替わったりとかするじゃないですか
資本主義が作る故郷
で残ってるファミレスって優れたサービスを提供できるシステムを備えたところなんだよね
いい立地とかみたいな
だから実はさ、いいサービスだけが故郷になり得るっていう、
この資本主義社会の
変わらずに残るという点では
そうそうそう、郊外。
つまり変わらずに残るためにはいいサービスが提供される店舗じゃないといけないわけじゃん
っていうさだからいいサービスを持っている
提供できる店が故郷にふさわしいみたいな
つまり資本主義の問題と関わってんだよね
そうだね
つまり資本主義的な最適化がなされたところこそが我々の故郷だみたいなさ
まあ経済的に成功しないとずっと残ることは無理だから
そこは割とイコールになってくる感じなんだね
これもね実は深いんですよ
実はさ普通さ文学とかが想定する故郷って
資本主義の外側に出るものなんですよ
そうだよね
そうだよね
そうイメージあるわ
資本主義こそが実は理想的な故郷を提供してくれるという、この逆説。
だからこれね実は深いんですよ
それはさやっぱさ山とかさ道みたいなさ
公共性とか変わりづらいものにさ結構こうイメージが向くじゃないですか
田舎とかねその変わらないものとか故郷っていうとそういうイメージあって
僕は学校の近く高校の近くに神社があって
そこに行くと感じる気がしたの今話を聞いてて
あそこは変わってないだろうなと思って
そうだね
でもそういうさちょっとこう経済から外れた場所にあるものにイメージしがちだけど
世の中で一般的に溢れてる変わらないものってやっぱチェーン店とか
そうねだからこれ東京郊外に生まれ育つっていうことから出てくる故郷の問題でもあるんだと思うんだけど
実はこれすごく深い問題だと思うんですよ
なるほど
つまり僕ねここで考えなきゃいけないのはね
いや僕最近考えてたのは
あのね東京論みたいなのをちょっとねうまく喋りたいなと思ってて
それの一端なんですよね
つまり東京とは何かっていう問題を僕結構最近考えてるんですよ
東京
特別な場所としての
それはまあなんというか特別な場所としての東京っていうことも考えられるし
自分の故郷としての東京って何を意味するのかってことなんだよね俺にとって
なるほど
それは例えばノスタルジーみたいなものっていうのをちゃんと突き詰めて考えるとか
ユートピアを突き詰めて考えると
実は資本主義なんじゃないのかって問題ね
うん
とか
つまりさユートピア思想とかノスタルジーって資本主義の外部を想定するんだけど
うん
でも実はそうじゃなくて資本主義が実は
ユートピアなんだみたいなものが必ず来るんですよね
うん
だからそれこそどれくらい昔って言えばよくわかんないけどさ
すごく古い時代とかにまた江戸時代とかでもいいけどさ
資本主義みたいなものじゃなかった時にはまた別の
そのノスタルジーを担う持続性のあるものがあったんじゃないの
いやいやいや多分ねノスタルジーっていうのはその時代とかに中世とかに行ったらないはずで
あーなるほど
かなりなくなっちゃうと思うもっと別の観念だと思う
ノスタルジー自体はかなり近代以降に出てきてる
つまり近代文学と一緒に出てきてるから
近代文学の歴史ってほとんど近代の歴史と重なってくるから明治以降だよね日本においては
だからそれ以前にノスタルジーみたいなものじゃないよね
例えば物の哀れとかっていうことがそれに近い概念かもしれないけど
でもそれってなんかユートピアとかと別だよね
じゃあさ我々みたいな我々みたいなって言うとあるかもしれないけどさ
そもそもこの資本主義の世界で生まれ育って
共同体というものを意識せずに生きてきたような人たち
っていうのはまた違った感覚になる
いやそんなことないと思うよ僕たちは基本的に共同体を求めてるんだと思うよ
常に
なるほど
でその様々なバリエーションが形を変えて社会問題を引き起こしてるんだと思うよ
SNS炎上問題とか
あるいはなんか、誰かに対して他責的に攻撃するとかも、
実際のところ最終的には俺共同体問題に帰着すると思うよ
なるほど
これはねコミュニタリアンっていうさ
まあ一つの政治的な立場って俺はどっちかというとコミュニタリアン的なんですよ
様々な問題は共同体がなくなったことによって出てきてるっていうタイプの考え方ね
そうだから僕のちょっとある種考えっていうか極端なところはこのセットだよね
つまり何かが懐かしいと思うとかノスタルジーっていうことが近代以降に出てきたものなんだっていう風にして僕は捉えてんだよね
でその元をたどっていくとやっぱり近代化資本主義個人主義合理主義みたいなものと共に現れているものがある種のノスタルジーだと思うんですよ
っていうことだね
それで近代化されてたんだけどそれでもなんか人々の心の中には近代化とか合理化個人主義的な感性みたいなものに適合できないところが人々には残ってて
それがある種の文学を生んだんだっていうのがなんかこう普通の話だよね
小説とか物語を作ることで何かそれを表現しようとしたんだっていうことね
だけど僕がちょっと今日ここで言ってるのはもうちょっと一歩進んでるよね
つまりある種そのノスタルジーを求める心そのものが資本主義によって生み出されているものだから
資本主義によってしか解決されなくてそれって
っていう
はいはいはい
そうだよねそこの視点がおもろいんだよね
華屋与兵衛の味と変わらなさ
だから故郷は、丸源ラーメンとか華屋与兵衛とかガストこそが、俺たちの故郷なんだっていうことで。
でもそれは同時にガスト最高みたいな話じゃなくて
故郷とか何か懐かしいと思うっていう考え方そのものを相対化したいっていう僕のここでの試みなんです
それで言うと、話ずれちゃうかもしれないけど、
うちの近くに華屋与兵衛があって、華屋与兵衛のざるうどん大好きだったの。
でほんとゴムみたいなもうなんかもう美味しくはないのでも大好きだったわけ
それをずっと食べてて美味しい美味しいって言ったんだけどある時美味しくなっちゃったのよ
多分そのいろいろ裏のねフローとかもしかしたら経営が変わったかなんかあったかもしれないけど
普通に美味しいうどんになっちゃってあの味なくなっちゃったんだよね
なるほど
変わっちゃったせいでだから俺はそれ高校生ぐらいの時にまでは多分そうだったの
その頃は華屋与兵衛でそれを食べると、うわ、俺、子供の頃からこれ食ってるわっていう気持ちになれたんだけど、
それが終わってチェーン店でも守れなかった美味しくなっちゃった
それはあるかもしれないねブラッシュアップされちゃうってもんだよね
あれが良かったのにみたいなさ
いやだからそれは伊藤はやっぱりあれでしょ
あの署名運動とかするべきだよ
あーゴムに戻せ
っていうこと
つまり俺はでもそれを思ったのよ
つまりさ学校変わってくじゃん
で様々なさ僕たちが大切にしてた学校の理念みたいなものは
新しい校長先生とかがやってきて、書き換えられてっちゃうよね。
でその時になんかさ反対運動とかが起きるわけ
でも俺はなんかあんまりそれに乗れないの
学校ってまでもそういうもんだよなっていう風にしてなんか思っちゃうわけよ
変わってくものじゃない
でも丸源が味を変えますって言ったら
肉そば肉やめます豚肉やめて牛肉にしますとか言ったら
俺はもう署名運動とかするべきなのかもしれない
って思った
自分のノスタルジーを守るために。
そうこれだけは
故郷を守らなきゃいけない
そう変えちゃいけないんじゃないの
であとさやっぱりさ
もう50年とか60年とか続きそうな勢いが出てきてるわけよ
つまり僕がいた時でさえもうすでに10年以上やってたから
そこから20年ぐらい経ってるわけじゃん
でいまだにあの価格を守って存在してるってことはさ
そうそう動かないんですよ
で毎回行くとそこそこ人がいるみたいなことを保ってるわけ
なるほど
でこれさもう20年いきそうな勢いあるわけよ
でさ50年続いちゃったらさ
だいぶだね
もうそれさ文化財とかにした方がいいじゃん
市の。
50年続いているお店
お店
それなりの格があるよね
そうそうそうそうで人々に現に今も利用されている
もうすごい力なわけじゃん
でしかもさ人々の生活のクオリティを守ってるじゃん
でなんか変なさなんかこう食品衛生上悪いものを提供して問題になったりもしてないわけ
で子供も食ってる
これすごくないって思っちゃうわけ
すごいね
これ本当に人々の暮らしをちゃんと守ってるなっていう
うん確かに
で今行ったらさ店員の人とかさ結構外国人の人とか多いわけ
で丸源ラーメンやっぱり店員の数が結構多いのよ
で俺はそことかも結構尊敬できるなと思った
ちゃんと見てくれる店員がいる感がすごいあるわけ
俺さ分かった
もう丸源にスポンサーについてもらえばいいんだ
それ良くない?
いやいいけど丸源のスポンサーになろうっていうのかと思った
丸源支えてくんじゃないの
ついてもらうんだ
俺たちさウィンウィンが望ましいわけじゃん
あーいやこっちはウィンだけど
いやいや丸源さんは俺らが毎週こう宣伝するわけ
ほらバグキャストのさオープニングテーマ
一社提供のポッドキャストやばいね
オープニングテーマがあるじゃん
実はあれさ提供とか読めるようなスペースになってるわけよ
あーはいそういうことね
実は
だからあそこでこの番組は丸源ラーメンの提供により
提供ですみたいなさ
制作されてます。
そうそうそうそう
っていう
っていうことね
そうそうで大体さ40分の番組だったら間に1回CMが
はいはいはい
丸源おいしいとか
そうそうそうそう
旬のさメニューとか出るわけじゃん
あーそうだよね
それだったら、それもちゃんと言うし。
でもそれさ別の俺言うことに対して何のさあれもないよ
つまり俺は丸源ラーメンが故郷なんだもん俺の
でもさ俺が山岡屋とかにハマった時にさ
うん
やっぱ言いづらいよね
あー競合
競合他者
いや、だからそれはもう諦めてもらうしかない。
伊藤はもう山岡家行けない。
あー俺が諦める
そうそうそう
あーそういうことか
そうそうそうそう
まあまあだからその辺は
こんな話してもしょうがないけど
うん
やっぱスポンサーしてもらう時には
いろいろ考えなきゃいけないよね
そうそうそうそう
だからでももうしょうがないでしょ
それはごめんなさい、もう丸源さんから言われてるから。
山岡屋にはいかないでくださいとか
うん
あとフリートークで山岡屋の名前を出さないでくれ
うん
あと天下一品とかさ
うん
そういうあの何
ラーメンチェーン店
ラーメンチェーン店の名前が出せない
話はしないでください
まあ、それは呑もうよ。
うん
それはいいでしょ
それは合意できない。
それは表現の
そうだね
いやラーメンチェーン店だけなのかな
いわゆる即席麺とかまで入ってくると、もう結構厳しい。
いやそれはないんじゃない
どうなんだろうね
そのスポンサーとのさ兼ね合いってさ
テレビ局とかってどうしてんだろうね
いろんな
まあその時に話し合うのか
どこまで
そうそうそうなんだろうね
でもあるよね
その清涼飲料水だと他社メーカーのやつを
見せられないみたいな
そう見せないとかあるよね
まあじゃあ丸源さんからお話し来た時には
うん
じゃあしょうがないねそれは
まあいいでしょ俺は別に
うんありでしょ
ラーメンチェーン店行かねえし別に
あじゃあいいよね
うん
俺の故郷を
そうだね
そう俺はもう故郷だから
うん
いいわけよ
故郷がスポンサーについて
そうそう
なんならもっと作ってほしい丸源ラーメンを
あー
各ね
240あるんだっけ今
そう全国にね
はい
もっと作ってほしいみたいな
俺の家の近くに作ってくれれば
行くのになみたいなぐらい
思うね
でもね、丸源ってさ、行ったことある? まず。
多分ないと思う
だからねまあ行って食ってみて
そしたら納得すると思う
有名だよね有名なのは知ってる
なるほど、うまいなって思う。
うーん
はいというわけで雑談導入
母校に帰ったりしてますか
あー母校に帰ったりしてないっすね
久しぶりに行って変わってるとこがあったなみたいな
もうそれこそ10年15年ぐらい
いわゆる高校とか中学校とか
うんうん
え中学小学校
小学校中学校も含めて全くないってこと
小学校はそのほら地域のさ
例えば投票所とかになったりするから
それで入って
うわここに教室あったなとか
うわ意外と今見ると
1年生の教室ってちっちゃうとか
そういう思いはあったりするけど
なんかそういわゆる文化祭に行ってみるとか
そういうのはないですね
伊藤はさなんかこうOB感が本当にないよね
うん
何かのOBっていう雰囲気が全然ないよね
懐かしい友達と会うとかそういうのもないし
だからほらなんか後輩の面倒を見るとかっていうのもさ
限りなくしてなさそうじゃん
そうだね限りなくしてない
そうだよね
いやだから俺は割とそういうのをすごいするタイプじゃないですか
っていう
そういう、そうだね。
面倒見てもらったし面倒見るし
そうそうそう
で傷つけ合ったりしながらこう生きていくタイプの人間じゃん
ちょうどね俺この間その話したけど
多分生きてて学生時代も含めて
誰かを先輩って呼んだり
誰かに先輩って呼ばれたことがない
そもそもそういう環境を築いてなかったんだろうなっていうふうには思った。
なるほどね
学生時代からね
なるほど
何なのじゃあ普通に
友達ってこと
友達になるか関わらないからね
なるほどね
多学年のやつと関わるとめんどくさいじゃん
1年しか違わないのにさ
先輩とか後輩とかになるのが
やっぱりめんどくさいと思っちゃった
なるほどね
そうね
で、それは何、こう、アメリカナイズされてるんじゃないかな。
そうなんだろうね
西洋化されてるんだろうね
西洋化された
まあでも、それはそれで、いいっちゃいいんだけどね。
確かにね
でもタイガーはやっぱ学生時代からさ
ちゃんと後輩がいて
だから後輩の後輩とかもいて
みたいなそういう繋がりがあるわけ
そうだね
後輩の後輩の後輩に紹介されて後輩から
そうだそうだ
とかね
そういうことが起きる
で俺は先輩を紹介するとか
連れて行くとかっていう
いやそう繋がりだね
脈々って感じだね
まあそうね
確かにね
そういうものってあるよね
学生時代に限らず
いろんな場所でね
いやなんかね
ちょっと話したけど
軽音楽部で考える情報と実技
軽音楽部の公演を見に行ったんですよ
それはなんかこう
ちょっとコンタクトを受けて
最近こういうことをやって
こういう取り組みをやってるんですけど
これどうしたらいいですか
みたいなこと聞かれて
じゃあこうしたらいいんじゃないですか
みたいなことをちょっとやり取りしてた
っていうのがあって
じゃあ文化祭行けるなと思って
行って見てきた
その人は学生ってことだよね
そうそうそう
現在の在校生。
なんかこう巡り巡って
先輩のタイガさんに
たどり着いてるってこと
まあそうだね
それがすごいよね
どうにかしてたどり着いたんだろうね
っていう
で、見に行って思ったのはね、
やっぱりね
こう若い子たちも
若い子たちなりにもがいてるね
ああそうなんだ
もがいてんなーって思ったね
それはさ
ノスタルジーとはまた違うのか
いやそうね
歯がゆいみたいなことでしょ。
そうだからつまりさ
俺が思ったのは
今の時代だったら
情報とかがすごいあるはずだから
例えばさ
軽音楽部だと、
音響設備のセッティング
運営設営ってどうやったらいいのか
とかっていうことで悩むわけだよね
彼らは今
それについて
別に俺に聞かなくても
それこそAIとかに聞きゃ
いろいろもっと正しいことも
言ってくれるだろうに
って思いつつ
まあやり取りしてたんだけど
なんかね思った
おそらくなんか正しい情報があれば
できるってもんでもねーんだなー
っていうのは確かに思ったんだよね
なるほど
はいはいはい
あのね
そう
あのいろんなことを
いろいろ工夫しようとしたりしてるんですよ
取り組みはね
すごくいいの
うん
こういう工夫をしようとしてんだなー
それが一つ一つ
あんまりうまくいってないんだよね
なるほど
うん
っていうのがね
思ったんだよね
へー
あなるほどこういう風に設営して
こういう工夫を彼らなりに考えて
まあどっかからか情報を持ってきたんだよね
はい
やってんだけど
でもそういうことじゃないんだなー
っていうのを
あー
見ながら感じて
一つ見ながら
あーもがいてるなーって思って
いやでもその正しい情報があればできるってもんじゃねーなっていうのは
確かにそうだよね
そうだから
まあなんでなんだろうなーって思うけど
一個は情報ありすぎて
どれを選んだらいいか分かんない問題かなーとか
はいはいはい
そう
でもっと普通
なんかさこう設営の話になっちゃうとかなりテクニカルだけど
普通に楽器の演奏技術とかも
今だったら全然いろんな情報があって
YouTubeに教則動画とかめっちゃ上がってるはずなのに
うーん
あんまり良くないなーって正直思ったところはあるんだよね
うーん
でそれって
なんでなんだろう
教えること、人に見られること
やっぱりなんか実技指導とかがね
なかなかしてもらえないっていうのが大きいかなーとか
うん
思ったね
つまり情報があれば
なんかこう改善されるってもんじゃねーんだなっていうのは
すごく思った
うーん
という
確かにね
それはそれで面白いよね
うん
いやなんかあるよ
身の回りでもめっちゃ聞く
そのそんなん調べりゃいいじゃんみたいなことを
聞かれて困ってるみたいなことをよく聞いて
うん
でもなんか
なんか聞いちゃう感じ
絶対調べた方が早いし
うん
一瞬で終わるのに調べたら
うん
でもなんか知ってる人に聞いちゃうとか
うん
そういうことがなんかあるよね
いやそれさなんなんだろう
つまりさそれ俺今聞かれるわけよ
うん
でもそれじゃあAIにChatGPTに聞きゃいいじゃん
っていうのが
うん
俺がその時言っちゃうことだよね
もしかしたら
でもそう言わないけど
ふと思う
そう
つまりだから俺はそれ聞かれた時に
うん
本当は
そいつが聞いてることじゃないことを
返さないといけないってことじゃん
うん
つまり俺が返す
情報じゃないってこと
情報はChatGPTとか
うん
じゃなくても普通に検索すれば分かること
うん
だから
俺はなんか別のことを返さないといけないんだよね
うん
で本当は聞いてきてる人たちも
それを求めてるはずじゃん
うん
例えばなんかこう聞かれ
これどうしたらいいですか
お前らな
そういうことじゃないんだよ
なってないんだよ
一から
あー
とかって言うとか
ひっくり返すよ
そうそう
いやこれもう変な
ハラスメントみたいな話になっちゃうけど
でもなんか違うことを返さないといけない
ってことだと思うんだよ
うん
うん
つまりいやそんなことを
ChatGPTに聞くよ。
AIが教えてくれるよ。
じゃなくて
うん
パフォーマンスのレベルで
何かしないといけないってことじゃん
でもさ
教えるって実は
本当はパフォーマンスじゃん
本質は
うん
うん
って気がするの
はいはいはい
つまりさ
例えばさ
自転車の乗り方を教えるじゃん
うん
でもさ
自転車の乗り方ってさ
スタティックに教えると
本当は自転車乗れなくなるじゃん
うん
つまり
右足を押して
その勢いがね
その勢いのね
自転車の勢いのまま
左足を押して
ってやるんだよって言って
できないはずだよね
この時バランスを取り
みたいな
そうそうそう
それじゃあ絶対できないじゃん
うん
つまり
なんかさ
この
俺さ
本当常に思うんだけど
世の中について
なんかさ
この世の中を構成している
嘘の論理ってあるじゃん
うん
でそれ今言ったようなさ
自転車の漕ぎ方みたいなものって
嘘の論理なんだと思うんだよ
はいはいはい
わかるでしょ
言ってること
チャリは特にあるかも。
チャリが分かりやすいと思うけど、
でも嘘の論理で説明してった時に
なんとなくわかってくもんじゃん
うん
でそれはなんかこう
感覚でわかってくじゃん
本当は言葉じゃなくて
でもその感覚を
あーなるほど
これが右足を押した時に
左足を押してみたいな
リズムなんだなっていう風にして
なんかこう
すり替えるんだよね
うん
っていうさ
あー
あれこれなんで
こんな話してたんだっけ
だからつまり
なんかさ
教えるってつまり
これがいつも発生してると思うわけ
あー
人に何か教えようとした時に
そう教えようとした時には
本当のこと
ってかその
じゃなくて
そうだよね
嘘っていうのは
つまりパフォーマンスなんだと思うんですよ
うん
こう言ってみせる
これでわかれみたいな
うん
正しくはないけど
伝わるみたいなこと
そうそう
これでわかった気になってくれ
うん
これでわかったことにしてくれ
ってことだと思うんですよ
うん
なんかわかんないけど
うん
それを求められてるんじゃないか
そうそうそうそう
そういうパフォーマンスが
本当は求められてて
うん
本当のことなんか言ってもしょうがないんだと思うんだよね
うん
つまりなんかこう
セッティングする時に
こうやってスピーカーの向きは
この角度でやって
うん
ここの頂点のところに
ここの頂点のところにPAシステムを置いて、みたいなことをさ。
うん
そんなことを言うんじゃなくて
俺は
うん
なんかこう
魂みたいな話
心の耳で
音楽は心の耳で聞きなさいみたいなことを
言うことが大事なのかなみたいな
それってさ
その
今思ったんだけどさ
角度を
うん
ここで
ここにスピーカーを置くのが正しいですよ
うん
ってタイガーが言うことと
うん
タイガーがさ
スマホを片手にさ
うん
今ChatGPTに聞いたんだけど、
ここに置くのがいいって言ってるわ
うーん
って言うのでさ
なんか印象変わりそうじゃない?
うん
そうね確かにね
それって何なんだろう
だからそれ
例えば権威の問題でしょ
うーん
ChatGPTで聞くよりも、
俺が言ってるんだっていうところに
かけられるってことじゃん
あー
なるほど
うん
つまり自動運転の車の方が
いくら安全だって言われても
うん
不安になったりするのがあるじゃん
うん
それはほらなんか権威の問題だから
うん
それはすり替わる可能性あるよね
うん
むしろ人間が運転してるのなんて
信じられないから
うん
機械がやってほしいともなりうるから
はい
はい
いやなんか前にさ
AIの話をした時にさ
うん
その
AIでは
こう
なんていうの
責任が取り切れない範囲
うん
みたいな
うん
AIがどんなに優秀になってても
ここから先は人間じゃないと
うん
意味がない
うん
範囲みたいなのがさ
あったじゃないですか
うん
正確には覚えてないんだけど
でもなんか
多分先生みたいなものとかも
そうそうそう
そこに出てきてた気がするの
うん
それをちょっと今思い出して
うん
なんかその
なぜ聞くのか
確かに今は
何でも調べる
俺も何でも調べちゃうからさ
うん
AIが出てくんだよね
検索すると
勝手に一番上にAIが出てきて
うん
で話し言葉で聞けば
うん
割と正確な情報がくれて
うん
なんだけど
でも思わず人に聞いてしまうとか
そういうことって
なんで起きるんだろうなって
え、だから先生の話を言うとさ
だから例えば見ててほしいっていうのがあるわけじゃん
人間って
人から見られてるってことに対しても
ものすごく異常な
こう感性を働かせるじゃん
人は
なるほど
見られてるからやろうとか
見られ…見てるんじゃねえよ
俺のことはほっといてくれみたいな
見られてるってことに対して
なんか過剰にモチベーション発揮する
発動するんだよね人間って
うん
っていうのがあるよね
なるほどね
うん
じゃあ見ててくださいよも含まれてるのかな
じゃない?
でも小さい子とかのコミュニケーション
ほぼそれじゃん
まあ確かにね
それなんでそんなこと言ってくんの?
みたいなことって言って
確かに確かに
それはもうどうでもいいんだよね
内容なんて
うん
とにかく見ててほしい
今から
とにかくなんかこう
やりとりがしたい
アカウンタビリティが欲しいみたいなさ
いう
うん
ことでしょ
なるほどね
うん
だからまあ何なんだろうね
じゃあ見ててあげるからやってごらん
みたいなこと言えばいいのかな
うん
いいんじゃない?
うん
いい気がしたけど今
でも俺がそんなこと言われたら
マジでイライラするけどね
でもそのイライラもまたさ
でもそのイライラもまたさ、一つのエネルギーなわけですけどね。
確かにね
なんだよみたいな
そうだね
バカにしてるのか
じゃあやってやるよみたいな
になるかもしれないっていう
そのぶつかり合いは
うん
その人にしかできないこと
みたいな話なのかな
そうなのかね
どうなんだろうね
まあだからでも優秀なやつは
結局ChatGPTとかに聞いて
どんどんできるようになってくって話になっちゃうから
情報
正確な情報をいっぱい手に入れてね
うん
やれることはやれちゃうよと
そう
っていう話になってきちゃう
うん
だから多分なんか
自走できないってことなんだと思うんだよね
ほうほう
要するに
うん
つまりなんか自分がやったことの履歴を
誰かにアウトプットしないと
なんかこう
回せないってことだと思うんだよね
うん
動きを
うんうんうん
っていう
アクションをもらって
そうそうそうそう
まあそれはさ
まあ分からなくはないわけじゃん
そうだね
うん
なるほど
うん
いやそうなんかその
場所ではなく出来事のリズムを懐かしむ
懐かしむためにさ
うん
母校に帰ってみるとかを
うん
する経緯がないからね俺は
うん
だからなんかそういうのを
なんつーの
まあ
なんで
なの
いやでも
全く何の
あの考え
なんか楽し
なんかそういう気持ちにならないってこと
いや
なんか
あー
どうなんだろうね
言ったら言ったで起きるのかな
あー
なんかやっぱり伊藤なんかの感性が
欠落した。
欠落人間なんじゃないの。
懐かしい、
懐かしいっていうアプリを、
インストールし忘れてるのかもね。
ああ。
懐かしい、
そうだね。
っていうソフトを、
プラグインを入れてないんじゃない。
いや、なんか、
それで個人の感覚で言ったら、
それで個人の感覚で言ったら
なんか
場所とか
よりも
なんかその
リズム感
これ分かりづらくなっちゃうね
なんかその
学校
昔行ってた学校に行ったら
懐かしい感じになるかな
っていうよりかは
自分としては
このタイミングで
えーと
友達と喋りながら
歩いてたら
急に雨が降ってきて
うわーって言って
雨宿りした店
で食べたご飯が
美味しかった
みたいなこのリズム
が全く別の場所で起きても
うわそういえば
前にもこんなことあったなー
っていう
エピソードのリズム感で
懐かしいと思うこと結構あるの
なるほどね
だから
あんま場所に特定されてないのかもしれないけど
でもまあ
そうなんか
同じことが起きると
思うみたいな感覚は
一応あるはず
俺にも
なるほどね
なるほどね
だからそれは
あるかもね
確かにね
なるほどね
いやそれは
あるかもしれないですね
まあどうなんでしょう
なんかこの
この回は
かなり取り留めもない回になっちゃったんですけど
まあとにかく
僕はちょっとね
さっき言った東京論みたいなものは
はい
まあこのバグキャストでも
いろいろやっていこうかなと思ってて
東京とは何か
うん
みたいな
他の例えばアジアの大都市とどう違うかとか
まあそんな感じの話とかはちょっとしていきたいっていう感じ
野望がありますけどね
僕には
なるほどね
そこはちょっと聞きたいというか
東京から出てないもんでね
そうだね
僕もそうなんだけどね
確かにね
まあでもなんかうちの兄が
うん
数年間地方に
うん
出張に行ってて
三重県だったんだけど
で帰ってきて
一回は東京から出た方が
あのいいよって言われたの
うん
学生時代にね
うん
でそうなんだって思いながら
出てないんだけど
出ると見えるものがあるらしいみたいのは
よく聞くけどね
確かにね
外から見てみるみたいな
はい
というわけで
じゃあ伊藤くん、
今日の締めをお願いします
はい
今回は大河がね
懐かしい学校に行ってみたら
えっと
まあそれはそれでね
いい話だったけど
でもあの
やっぱり学校って変わっちゃうよね
って思ったら
隣のラーメン屋は故郷だった
っていう話ですね
で故郷ってなんだっけとか
ノスタルジーを感じるってなんだっけとか
それってその実は
なんつーの
みんなが思ってる
故郷のイメージと
違うところに
あるんじゃないの
っていう
まあ気づきというか
視点みたいな
話をしてて
確かに自分も
俺って何を懐かしいと思ってんだ
っていうのをちょっと
思う回ではありましたね
だからぜひ
あのこれ聞いてる人も
いろんな懐かしいが多分あると思って
地方から出てる人もいれば
地方に行った人もいるだろうから
なんか
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それではまた次回
はいまた次回
43:48

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