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飲み会は今どう変わったのか──『「酔っぱらい」たちの日本近代 酒とアルコールの社会史』を読む
2026-05-09 52:00

飲み会は今どう変わったのか──『「酔っぱらい」たちの日本近代 酒とアルコールの社会史』を読む

あの頃の輝かしかった飲み会について想いを馳せる鈴木が昨今の飲み会事情について調べてみたのと『「酔っぱらい」たちの日本近代 酒とアルコールの社会史 』(角川新書)がとても面白かった話。後半は飲み会幹事マンだった伊藤がなぜ飲み会を開かなくなったのかを聞く。

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感想

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00:01
はい! 第5回のバグキャストになります。
いやいやいや、伊藤さん。 何でしょう、大河君。
はい、この始まり方も定番になりつつある。 嘘でしょ? まだぎこちないけど。 あ、そうですか。
今回の── 定番にしていきたいね。 今回のですね、テーマありまして、前回はかなりヨタ話
だったんですけど、今回はね、もうちょっと現実に向き合ってます。 ああ、なるほど。
そうだよね、寝言を── 寝言を言って終わったかもね。 そうそうそうそう。とにかく叫んで終わるみたいな。
言語化とかやめようよ。 そして俺はポッドキャストの定義を変える。
道が大事とか。 体現相互の会。 そう! なんですけど、もうちょっと現実に向き合ってます。
今回のテーマはですね、前々回あの頃の輝かしかった俺たちの飲み会っていう話をしてるんですよ。
あれ無くなっちゃったよねみたいな。 そんな恥ずかしい話してましたっけ? そう、してるしてる。
そう、輝かしかったっていうフレーズが俺が途中で気に入ってて、何回か出てきてるんだけど。 そう、今回はですね、飲み会の現在について調べてみました。
おー、世の中の。 世の中の。
で、そしてなぜと飲み会を開かなくなったのか。 なるほど。 というテーマですね。
ごめん、これ今回長くなるかもしれないですね。 長くなるかもしれない、余計。
いやちょっとね、前半巻きでいきましょう。 あーはい。
えっとね、まあなんでこんな話してるかっていうと、まあとにかく飲み会無くなっちゃったよねと。
我々のおまわりで? そう、まあとにかく世の中的にも無くなってるわけじゃないですか。
なんで無くなっちゃったんだろうねみたいな。 飲み会良かったじゃんみたいなことを何か言ってるんですよね僕。
で、確かに飲み会俺は好きだった。 みたいな風にして考えてるんですけど。
あのですね、まあちょっと伊藤くんに色々聞く前に飲み会について調べてみました。 うーん。
どうなってるのか。 世の中のね。 そう。
で、ちなみに僕はリサーチャーとして色々動いているわけですが。 そうですね。
基本的にかなりポンコツリサーチャーなので、検索して上位の記事を要約とかです。 あーなるほどね。
そう、それぐらいのあれで聞いてください。 はい。
えっとね、まずまあ飲み会最近無くなってるよねみたいなことを僕たち雑感で喋ってたわけですけど、
03:01
どうなってるのかっていうのをね調べてみました。 実際のところ。
で、日本証拠会の調査っていうのがあって、これにね、2025年の調査があるんですけど、
忘年会、新年会の実施率っていうのが調査結果で57から58%
だったらしいです。2025年の調査によると、忘年会、新年会の実施率は57から58%。
で、コロナ前の78%あったらしいんですけど、ここでは戻ってないみたいなことらしいですね。
まあコロナ以降一度戻りかけたけど、最近また縮小トレンドに入ってるっていうことらしいです。
で飲み会の意識についてGファクトリーという飲食業界向けのメディアがあって、これ初めて知ったんですけど、
まあその調査によると社会人の64.5%がノミニケーション不要と考えている。
で、不要な理由は気を使う。 業務時間外が嫌だ。
なんで集まらなきゃいけないんだと。 そう、あとお金がかかる。
結構ネガティブに捉えられてる。 そう、かなりネガティブに捉えられてる。
で、でもねここで重要なのは単に嫌いじゃなくて合理的に不要って判断してるんですよ。
なんか嫌だっていうことよりも、そうそう無駄じゃねって捉えられてる。
まあそうなのかなって気もしますよね。 あとね企業と個人の間でなんか動機のズレがあって
上のねFNNの調査記事によると飲み会を開く動機として企業側としては親睦とか敷居、
向上のためという動機が8割以上だった。 それに対して従業員側は気の合う人とだけ飲みたいよねと。
あるいは強制みたいな場は嫌だ。 こういうズレがあったら制度としての飲み会は弱体化してきますよねっていうのは
なんとなく見えてくると思います。 でここらへんまでは2つの調査を引用したんですけど
ここから雑感です僕の。なんでこんな風に変わっちゃったのかなと。飲み会がなくなっていったのか。
構造要因の予想ですけど、あくまで僕の予想ですけど、まず時間意識が変わってますよね。
業務外の拘束が嫌われる。 あとハラスメント感覚の変化。
上下関係みたいなことがね。下の人も上が嫌だし、上の人からしたらハラスメントになるかもしれないっていうリスク。
マネジメントが働くしみたいな。 で3、酒そのものの地位というか
酒の種類の消費量というのが長期的に減少傾向ですね。 あとノンワル文化がめっちゃ普及している。
そうだね、最近確かに。 っていうのがある。あとね4つ目大体手段が現れているだろうっていう気がします。
飲み会の。 そうつまりズームで会うとか、あとランチに行くとか。
06:01
みんなが集まる理由が飲み会だけじゃなくなっている。 そうそう個別に飲むとか。
だからある種飲み会の機能が別メディアに分散しちゃってんじゃないの。 みたいな。
2026年の現在のリアルな形整理するとどうなるかっていうと、消えたもの、強制参加の職場飲みみたいなものはかなりない。
上司主導の大人数宴会、こういうのももうほぼないですよね。 残ったのは仲の良い少人数の飲み。
あと任意参加のイベント。 あとシミコミュニティで飲むとか。
あるいは新しく増えたものとして別メディア、ノンワール中心の集まり、
昼カフェでの交流。 例えば読書会とか。
あるいはオンラインみたいなものに代替されていってる感じがあるんじゃないかな。 みたいな。
一言で言うと飲み会っていうのはなんかこうかつて過去社会のインフラで、 現在においては飲み会はある種趣味とか
選択肢の一つになっちゃってるんじゃないのかなっていう見立てですね、僕なりの。 もう少し踏み込むと、この変化について論点があるとすれば、
共同体の形成方法が変わったよねって気がします。 昔だったら職場での仲間意識とかが共同体の株だったんだけど、
今は別に職場とかじゃなくて、市民の仲間とかで集まりたいよねみたいな。 あと他に新体から情報に
変わっていってるんじゃないのかなって人々が重視するメディアが。
あー同じ空間で同じものを食うとかじゃなくて、 オンラインとかでいいよねみたいな。あるいはLINEで雑談とか
モノでいいよねみたいな。儀式みたいなものからネットワークみたいなものを重視するように人々はなってるんじゃないか。
なるほど。 みたいな。まとめとしては、現在の飲み会は数量的には回復しきらず、むしろコロナ以降減少傾向だと
いうことですね。意識的には不要が多数派になっています。 だから構造的には矯正がなくなって選択的な参加?
みたいなものに転換していっているということですね。 だから僕らがまあ飲み会とかなくなっちゃっていってるわけじゃないですか
みたいなことを雑に語ってたのも全然間違いじゃなく、ある、そういう世の中的にもそうなってるっていう感じがしますね。
どう?これこらへんさ、自分で体感できる?意図的には。 なくなってるなって感じする?飲み会。
まあなんか世の中で減ってるってよく言ってるなぁとは思うけど、個人的にはどうだろうね。昔からなんか強制参加の飲み会とかに出会ったことがあまりないから
あーなるほどね。 それこそ効くところではあるらしいぐらいの感じだね。 まあね。
まあでも昔だってさ、強制って言ってたわけじゃないでしょ。なんとなく強制になってただけで。 確かにね。
いやだから僕がさ、今回のテーマで重要な第二のテーマは、伊藤はなぜ飲み会を開かなくなったのかってところがあるんですよ。
09:07
つまりあなたは基本的に飲み会を開く人だったわけじゃないですか。 企画することが多かったね。
そうそう飲み会といえば伊藤がなんかやる。 それがもうここ数年の手たらくぶり。
もう一切やらなくなり、そして今年の新年会は俺がやるというよりも奇妙な事態が起きたわけですけど、
やっぱり今回考えたのはそこが一個ありますね。 なぜ伊藤は飲み会を開かなくなったのか。
なるほど。 っていうこともちょっと考えていきながら、そこから広げていきながら。
実際に伊藤だけじゃなく世の中のマクロの現象として飲み会っていうのはなくなっていってる現状があるんじゃないかなっていう気はしますね。
ここでですね唐突に最近読んだ本のコーナー。 唐突だね。
唐突に出てきます。最近読んだ本のコーナー。 本当に脈絡なく。 脈絡なく出てきます。
最近こういう本を読みました。 三木田雄貴さんという人が書いた「酔っ払い達の日本近代 酒とアルコールの社会史」
これ門川宣称から2025年に出た本なんですけど、これが今回のテーマをさらっていくのに読んだんですけど、面白かったんですよ。
非常に面白い本で、ちょっとこう紹介したいんですけども。 これ本書、三木田さんが書いた「酔っ払い達の日本近代」一言で予約すると、
そもそも飲酒文化が近代の生産論理にどう飼い慣らされていったかという本なんですよ。
整理するとね、本書の大きな流れはこんな感じです。 まず1、近世、過去江戸時代の酒飲み会は無駄遣いだった。
その時代、酒を飲むというのは無駄遣いのことだと。 そう、無駄遣いをするってことに主眼があった。どういうことかというと、
特に孫楽共同体における飲酒は労働のためのものではなく、むしろ労働できなくなるためのものだった。
というのは、酒を飲むことは栄養補給でもストレス解消でもなく、余剰を精進する行為だった。
米や穀物という生産物をあえて飲み干し、酔い潰れ、労働不能になる。
つまり酒は日常的な生産性の世界から離脱するための装置だったんだと。
あえて労働できない状態にしている。 そう、していくということにある種の甲斐があったんだよね。
だから、近世の飲酒においては祝祭であるとか、儀礼とか、あるいはお祭りにおける神社で飲み潰れるとか、
みたいなものと結びついていて、酒は役に立つものじゃなくて、役に立たないことによって価値を持つものだったと。
なるほど。 いうふうにしていうことができる。まあ、羽目を外す楽しさってでもこういうもののはずですよね。
これってでもストレス解消ではなくて、あえて仕事をしない状態になることに意味があるっていうことだよね。
12:09
そうね。生産っていう、まあめっちゃ生産に縛られてるわけじゃん。
でもそこから解放されるっていう時空間が人間には必要なわけじゃん。
その時のある種のきっかけとして酒を飲んで酔い潰れる。
訳のわからんことをする。ここら辺の引用がすごくたくさん細かくあって、この本面白いんだけど、
近世社会における若い奴らが結構羽目外した時に、役場とかからめっちゃ怒られたりするわけ。
それについて、うちの方で叱っておくんで、マジですいませんみたいなことを名主とか、あと神社の元主さんとかが書いたりしてるわけ。
署名したりするわけ。そういうのもすごく面白い。うちの若い衆が、すいません昼間から盆踊りして、女物の着物着ちゃってマジすいませんみたいなこととか書いてあるのが、すげえ面白い。
そういうことが結構あったわけね。
とにかく江戸時代における、近世社会においては無駄遣いとか、当然、生産から解放されるってことが非常に人々の飲酒行為の動機として格他のものだったと。
2、近代においては酒を労働の外に追い出した。追い出したって言ってるけど、正確には囲い込みが行われていくんですよ。
近代において酒っていうもの、飲み会っていうものが、産業社会の中に、近代化工業化が進むと、そういった酒の持つ解放的なエネルギーみたいなものは厄介なものになりますよね。
近代社会では人間が労働力として時間管理されるものだから。工場、会社、学校、軍隊、交通機関、都市生活、決められた時間に正常な身体で現れることが求められる。
その時酔っ払いは危険な存在になりますよね。酒は異常心理を引き起こすもの。労働を妨げるもの。事故や非効率の原因になるものとして労働の場から排除されていく。
昼酒が消え、仕事後に飲むものになり、終電で帰るという規律が生まれていくんですよ。ここらへんすごく面白いのは、近世社会においては昼から結構人々は酒を飲んでる。
田植え仕事の合間とかに飲んで、その後仕事ができなくなるみたいなこととかっていうのが記録されてるんですよ。
でまぁそういう昼酒みたいなものは今だったらもうかなりナンセンスなものになってるわけじゃん。つまり仕事の休憩中に酒飲んでる奴がいたらクレイジーなわけじゃん。
クレイジーに思うよね。日本だったらね。
かつ仕事後に飲むものに固定され、でも終電で絶対帰るという規律がコントロールされるようになるらしいんですよ。
規律ですよね。ここで酒は完全に消えるのではなく、よかえと囲い込まれていくんだと。
15:02
つまり近代社会は酒をこう位置づける。飲んでもいいけど、労働に支障がない範囲でという形になっていく。
この時点で酒は既に生産の論理に従属していくんですね。
産業とか生産の論理から解放される一つのトリガーとして酒はあったのが近代社会。
それが徐々に近代化するにつれて生産の論理に従属されていくということが起きるというのが明治大正の酒文化、飲み会文化なんですよ。
そこから一歩踏み込んでいくと、さらに酒は労働を支えるものにと変わっていく。
これは戦中にかけてそうなっていくんですけども。
酒は単に労働から排除されるだけではなくて、20世紀半ば特に総力戦体制の前後契機に、今度は逆に労働を補完する液体として再解釈されていくんですよ。
酒は疲労回復、栄養補給、気分転換、労働者同士の連帯、明日への活力のような意味をまとっていく。
これね面白いエピソードがあって、戦後間もなくの時期に酒をガソリンっていう風にして例える日は人口で広く解釈される。
なんか聞いたことはあるね。
ガソリン入れないとみたいな。
燃料補給弾みたいな。
言うじゃないですか。これがすごく面白いのが、これねマジでガソリンだったっていう話があって。
ガソリンを飲んでたってこと?
じゃないんだけど、その由来に、ガソリンっていう例える比喩の由来に、戦中にガソリンの代替燃料としてアルコールが群で使われてたらしいんですよ。
それが戦後の混乱期に横流しされたものが広く飲まれた。
聞いたことはありますね。
当時の人たちが感じたのがこのガソリン臭さ。
これはベンゼンに由来するものだったらしいんですけど、つまり燃料に使うガソリンだからベンゼンが含まれてると。
それを取り除いて飲めるものにするらしいんだけど、このベンゼン臭さみたいなのが月に残ってて、これがガソリン臭いっていう例えに。
本当にガソリンみたいなものを飲んでた。
確かにガソリン臭いらしいんですけど、ガソリン酒とか爆弾酒とかって言われてたものらしいですね。
つまり、近世の酒は生産から離脱するものだった。
近代後半の酒は生産へ戻るためのものになってくる。
酒を使って回復して、また明日から頑張ろうよみたいな感じになってくるんですよ。
酔い潰れて労働不良になる酒から、仕事帰りに飲んで翌日また働くための酒。
つまり飲酒そのものが労働社会のリズムに組み込まれていくと。
戦後に入っていくと、もっとこれが進んでて、つまり取引先の人と飲むみたいな。
マジで飲みの場が、仕事と一体化していくんですよ。
っていうことが起きてくる。
でですね、ここら辺の見立ての本書の5章がすごく面白い対比をしてて。
18:02
米と麦、日本酒とビールの対比っていうのが最終章にあって、これすごい面白いんですけど。
日本の飲酒文化の中心にずっと米の酒っていうのがあった。
つまり江戸時代にはビール飲んでないじゃないですか。米の酒とかをドブロックみたいなのを自分たちで作って飲んでるわけですよね。
ずっと日本の飲酒文化っていうのはつまり米の酒精酒であり続けた。
で、それは酒を生産的な液体として見るには限界があったんですよ。
つまりなぜなら米が主食だから。
つまり米を無駄遣いにするってことが生産から解放されるってことの象徴的な意味をまとってた。
本当は米に大事なわけじゃん。米を作るためにやってるわけじゃん。
でもそれを無駄に使うってことが生産活動から解放されるんだってことと密接に結びついてたと。
米を酒にして飲み干すことにはどうしても食べ物を残して浪費しているという感覚が残ると。
そこには金星的な精進性、精彩性、贅沢性がまとわりついている。
しかしビールって違いますよね。
ビールは麦の酒であり日本人にとって主食の米を浪費している感覚が薄い。
だからより軽く、より日常的で、より実用的な飲み物として受け入れやすかった。
飲みやすさは感じますよね。
だからこれが酒っていうものが労働の権利に囲い込まれていく近代にあって。
なるほど。
まあわかるかも。
そう。金星までは米の酒が、近代はビールになっていくわけじゃないですか。
ビールになると同時に米の酒が持っていく粛済性、精進性みたいなものがなくなり、
レクリエーションになっていく。
労働とか生産にまた戻るための回復剤みたいな形になっていくと。
っていうところの見立てがすごい面白いんですよ。
ビールは麦の酒であり、日本人にとって主食の米を浪費している感覚が薄い。
だからより日常的で、より実用的な飲み物として受け入れられやすかった。
ここで米の酒イコール粛済、浪費、非日常っていう図式。
また麦の酒、ビールは労働後に補給するものによって日常的なものっていう図式が生まれるんじゃないか。
対比が生まれるんじゃないか。
もちろんこんな単純ではないんだろうけど、本書の大きな見取り図としてかなり面白い点だったですね。
20世紀日本のとりあえずビールっていうこの感覚。
とりあえずビールっていう感覚が単なる思考の変化じゃなくて、
飲酒文化が労働者社会に適応していった結果なんだと。
いうふうにして記述してて、これが面白かったですね。
この日本酒とビールの対比からアルコールの役割の転換を象徴的に見出すみたいな。
そこら辺で基本的にこの本終わっていくんだけど、
21:03
現代についてはちょっと軽く触れられてるだけなんですね。
アルコールバナナでは労働化された酒の執行なんじゃないかということですね。
つまり、近世の酒が持っていた半生産的な価値。
酔い潰れる、余剰を精進する、聖なる非日常に入るという価値は、
20世紀の勤労者にはだんだん疎遠になっていた。
でも今度は20世紀の勤労者が先に見出した生産的な価値、
つまり仕事帰りに飲んで回復する、職場の人間関係を作る、明日の労働に備えるという価値も、
21世紀の勤労者には疎遠になりつつあると。
ということを短くして本書は終わるんですけど、
本書の議論を僕なりに延長すると、
昨今の飲み会記事の風潮は、
単に若者が酒を飲まなくなったという話じゃないっていう気がしますね。
ここまで見ていくと、この本を延長していくと。
むしろ酒が労働社会の中で担っていた役割そのものが古くなってきたんじゃないか。
つまり現代では労働の在り方が20世紀の産業社会とは大きく変わった。
ってことは酒の在り方も変わらざるを得ない。
会社協働体が弱くなったとか、
あるいはノンアルカフェ、サウナ、ジム、スマホ娯楽などの大体物、酒の大体物が増えたことなどによって、
酒の社会的機能が宙に浮いた現象なんじゃないかっていう気がします。
さらに言えば現代人は酒を辞めたっていうより、別の仕方で生産性から降りる時間を探してるんじゃないの。
うーん。
まあさっき言った趣味とか。
はい。
これがつまり、無駄遣いを酒ではなくて他の方法でしている。
それは無駄遣いなのか、あるいは20世紀的な労働の生産性から降りるんじゃないか。
生産性の、産業社会の在り方はそのままが変わってるから。
取り込まれてることは変わらずに。
変わらずに、回復の仕方が変わってるってことなのかもしれない。
あるいは、金星社会に戻ってるのかもしれない。
この辺は分かんないんだけど。
酒が担った役割が他のものに置き換わっているのかなという。
そう。だから俺としてはね、やっぱりビールじゃないんじゃないか。
日本酒に戻る。
飲むべきは。
そう。つまり、日本酒に戻る。
そう。
労働から降りる。
ビールを飲むと、労働にまた向かうための何かっていう雰囲気が出ちゃう。
そうじゃなくて、徹底的に労働から降りる。
非生産的な場所を作るみたいな。
っていうことを考えるのなら、日本酒に俺たちは戻るべきなんじゃないか。
っていう話ですね。
ここまでね、三木太さんの議論を広げてるんだけど、
24:01
これって結構酒の文化を労働との関係性の中から読み解いてるじゃないですか。
でも実際にはさ、例えば観光総裁で飲まされるとかさ。
まあありますよね。
あるじゃん。あるいは大学生の新刊で飲まされるとか。
ああいうものって多分労働とは関係してないから。
あと儀式的な。
そうそうそう。酒の文化ももうちょっといろんな面が見えてるんだと。
あるはずなんだと思うけど。
まあこの方はでも面白かったです。というところですね。
で、
ですね。
ここから先第2部ですね。
ああ第2部が。第1部間。
はい。第1部間。
でちなみに今何時になってるんですかね。何分経ってるんですかね。
22分。ちょうどいいですね。目標の前半が。
もう第2部。ここから先はね、雑談の彼方に行くと思うんですけど。
はいはい。
僕が聞きたかったのは、今以上の議論を踏まえた上で、
伊藤君はなぜ飲み会を開かなくなったのか。
それを聞きたい。
あなたはあれだけ酒を、飲み会をやってたじゃないですか。
まあよくやってた時期ありますね。
あれあるじゃないですか。何でやらなくなったの。
なるほどね。それにお答えするには、
なぜやっていたのか。
っていうところから話を始めなきゃいけないと。
なるほどね。
思いますね。
なるほどね。犯罪の心理学の本があってさ、
それがさ、すごい面白いのがさ、
人はなぜ犯罪をするのかじゃなくて、
なぜしないのかを考えないといけないって言っててさ、
はあ確かにだと思ったんだけど、そっちだね。
なぜしてた。つまりさ、する方が異常じゃんって考え方でしょ。
する方が異常だけどね。
というのも、企画とかしますよね。
連絡してみんな集めて、いついつやろう。
どこで集まろう。何持ち寄ろう。
これね、めちゃくちゃめんどくさいんですよ。
なるほどね。
まあコストで考えれば高い。
あと、これは僕の個人的な性格もあるけど、
もうね、みんなが本当は来たくなかったらどうしようっていう、
不安に駆られながら、いつも企画してるわけですよ。
つまりさ、強制性が伴ってたらどうしようって思っちゃうと思うんですよ。
そう。すごいストレスなんだよね。
すごいストレスなんだ。
そうなんです。だから、基本的にはやりたくないかな。
イベントを開催するというところにおいてはね。
だけどそれでもなぜやっていたのかっていうところだけど、
それは酒の席でみんなで喋ると仲良くなれるよねって感覚があった。
コミュニケーションとして持ってましたね。
それはね、今の話聞いてると儀式性が高いと思います。
一緒に風呂入るとか同じ釜の飯食うみたいな。
みんなで酒飲んで乱れて、その時間を共有することで仲良くなれるよねっていう感覚があったんだけど、
27:05
で、じゃあそれをひるがえって何で今やらないかっていうと、
もう別に人と仲良くなりたくないからなんですよ。
つまり、今話聞いてる中では一貫して自分の中におけるアルコールっていうのは
生産性からの離脱っていうのがずっとあると思う。
金星的な感覚ね。
今でも家で一人で酒を飲んだりしますけど、
それは今日もう何もしないと決めるっていう行為なんですよ。
だから言われてみればビールとかも飲むけど、
日本酒とかウイスキーとか酒精の強いものを飲んで、
今日はもう何もできないんだぞってするみたいな意識は結構強くて。
そういう何もしない場所にみんなで集まって仲良くなろうみたいなことをしてたんだけど、
それがもう必要なくなったなっていうことですね。
何で必要ないと思ってるの?
もうこれ以上友達いらない。
今あるコミュニティで満足しているから。
今あるコミュニティの飲み会をやればいいんじゃないの?
まあそうだね。たまにやってもいいけど、
でもなんかそうかな。別に仲良いじゃん。
だから昔はもっと仲良い人を増やそうって思ってたけど、
これ以上儀式を開催する意味が薄れてるってことかな。
仲良くなろうぜの会が必要ないから、
そうするとみんなのを寄って聞いて、
本当は来たくないけど来てるんでしょ?とか思いながら、
集めるそのリスク、コストの方がでかくなっちゃってる。
なるほどね。
って感じかな。呼ばれたら行くじゃないですか僕。
そうだね。確かに。
そのリスクコストがなければいくらでも行きます。楽しいんだから。
なるほどね。なるほどね。
じゃあもう伊藤が飲み会を開くってことはもうないの?
寂しくなったりしたらまた開きますよ。
新しく友達が欲しくなったり。
友達がもっと欲しいな寂しいなとか思ったら開くかな。
なるほどね。そんなことでいいのかね。
そんなもの、だからなんかいわゆる今こう
ノミュニケーションが減ってるとか会社の中で
飲み会、文化みたいなものが減ってるみたいな文脈とは
多分全然違う感覚で自分がしなくなったのかなって
今聞いてると思ったかな。
生産性に取り込まれた飲み会をしてたつもりはないから
なるほど。
儀式的な文脈でやってて
それが個人的に必要性が薄まったから今やってない。
なるほどね。
ただ一個あるのは
30:00
今若い人たちってノミュニケーションとかウザいんでしょ?って感覚はある。
なるほどね。
だからコストとリスクの方が上がってるかも。
なるほどね。
それでいうと。
なるほど。
でも伊藤は飲み会を開かないという悲しい結末。
そうだね。
分かんないけど。
今は自分が開かない。
伊藤がかつて飲み会をやってたわけじゃん。
それを代わりになってるものはないわけ。
つまり会に参加してるとか。
そういうのもないの?
そうですね。
そういう人間関係を構築するフローが終了して
今はそんなことしてない。
あ、そうなんだ。
っていう感じかな。
なるほどね。
まあね、でも俺も本当に飲み会行かないけどさ。
飲み会っていうかもうないよね。
そもそもかなり。
これって年齢的なものもあるのかもしれないけど。
どうなんですかね。
どうなんすかね。
でも確かに俺結構同僚の人。
仕事場を共有する人と飲みたいって思うことが多いんだよね、俺は。
あー。
それはさ、かなりレクリエーションじゃん。
つまり一体感を高めようみたいな。
そういう気持ちが俺は結構強いタイプだから。
意図とは違うんだと思うけど。
はいはい、飲み会に対してはね。
あとね、俺ね、最近気づいたのはね。
飲み会行くじゃん。
はい。
で、俺飲み会って無礼講だと思ってたの。
あー。
だって無礼講だって言うから。
ね。
そう。
でも無礼講じゃないんだっていうのを聞いてびっくりしたんだよね。
あー。
飲み会は無礼講だからっていうのは無礼講じゃないよっていうコミュニケーションが働いてるらしいじゃん。
うーん。
つまりなんかさ、俺結構上司の人とかに飲み会やりましょうよって言うと最初みんな、
お、なんか珍しいね、いいね鈴木くんみたいな感じで言うんですよ。
はいはいはい。
上司って上司がいるわけじゃないんだけど、年上の場所に長く勤めてる人とかに言うと。
最初はその心よく開いてくれるわけ。
うん。
でも第2回とかはなんかあんまりきたがらなくなかった。
つまり。
それはなんか良くない印象を持たれたのか。
俺は多分言いたいことを言っていい回だっていう風にして思ってて。
すごい言うんだけど、批判とか。
はいはいはい。
それこそ。
でもね、それ良くないらしいね。
あー。
そういうの最近思った。最近気づいた。
それはその、なんかこう、生産性の向上みたいなのが見込めないのかな。
周りの人から。
いや俺は、なんかみんなの風通しを良くしてる感じじゃないんだよ。
なるほど。
つまりこの人に対するみんな思ってる微妙な嫌なこととかを、俺が優先して言うとかをした結果、
みんなの一体感が高まると思ってるんだけど、どうもそうじゃないらしい。
あー。
っていうのに気づいた。
それは悲しいね。
それ辛いよね。
33:00
うん。辛い話だね。
でもさ、なんか俺らがやってた飲み会ってそういう回だったじゃん。
いやそうだね。
つまり、嫌なこと言い合おうよみたいな。
うん。お互いの嫌なとこ言って。
で、仲良くなるよねみたいな。
仲良くなると思ってたんだけど、みたいな。
それはちょっと儀式性があるのかな。
本当は悪い点を出して改善していくとか、みんなで意見出し合うみたいなのがいいけど、
それって結構難しくて。
でも我々がやってたのって、それを改善しようとかじゃなくて。
そうね。だからそいつについての嫌なこと言うと、面白いっていうのがあったわけじゃん。
で、みんなで笑って、酒の席で仲良くなるみたいなのは、どっちかというと儀式性の方が高いのかな。
そうだね。だからほらなんかさ、芸人さん同士の会話とかでさ、相手の弱点とか嫌なこと、コンプレックスを言って笑うっていうのはあるじゃん。
なんかあんな感じの俺の中でのイメージだったの。
飲み会でね。
飲み会で。
嫌なことを言って、この人こういうとこありますよねみたいな。
ポンってついて、それが面白いみたいな。
それさ、職場でやった時みんな笑ってんの?
今から思えばそんなに笑ってないんだろうね。
あとね、誰かだけが笑ってるっていうのはすごいあった気がする。
なるほどね。
一部の人はめっちゃわかるみたいな感じで笑ってたかもしれない。
ちょっと怖い話だね。
怖いよね。
でも俺の基準では本当に言っちゃいけないみたいなのもあって、そこは言ってないんだけどなーって思ってたんだけど。
なるほどね。
そういう弱いところとか傷を見せ合うとかぶつけ合って笑うみたいのが、そもそもちょっと今風じゃないのかな。
あーなるほどね。お互い褒め合って。
だからさ、俺もさ、今さ、思い出したけどさ、とある打ち上げで、僕と伊藤くんがいたんですよ。
とある打ち上げ。
で、僕より若い子たち、僕とか伊藤くんより若い子たちも何人かいて、
若い世代の人たちが当然、話、同士の話にあるわけじゃないですか。
で、その時に、同じ場所を共有してるから一応その会話に加わって聞いてるじゃん。
その時に、いやなんでこいつらこんなお互い褒め合ってぬるたいコミュニケーションしてんだよって思ったのね。
で、あーなんかおかしいなーと思った時に、パッて話がこっちに来たから、
俺は伊藤の嫌なところを、2、3個ババババって言うっていうのをやったんですよ。
で、それをしたらあんまり盛り上がらなかったよね。
それは反省した。
あ、反省した。
反省した。あ、これはもう違うんだ、俺はもうずれてんだっていうのをその時すごい思った。覚えてる?
覚えてる。俺は笑ってもらったような気がするけどね。
あ、そうかな。笑ってたかな。
まあほら、我々だとさ、掛け合いができるから、それで俺がごめんとか言ったら、悲しい感じになるけど、
まあ、解説解説とかってことが起きるわけじゃん。
だから、もちろんそれがあるから、
36:03
あと気質の笑いだったはず。
新ネタを下ろしてないかもね。
だからこの話をしていいだろうと思って言ったんだけど、
思ったほどじゃなかったんだ。
なんかね、俺の中であ、違うんだって思った。
もう飲み会はこういうことを言って、
ハードコミュニケーション。
ハードコミュニケーション。
ハードコミュニケーションで楽しむんじゃないんだ、もっとソフトなものになってんだなって思ったんだよね。
お互いをぬるく褒め合って。
そうだね。
でもさあ、それってなんか、
もともとそういうハードコミュニケーションってハードなわけだから、
結構場所を選ぶけど、
酒入ってりゃ何とかなるかなって感覚があるんだよね、個人的には。
そうだよね。
だから、もしあの場でみんなアルコール飲んでて、
ちょっと命定状態だったら、もっと面白かったかもしれない。
許されたかもしれない。
かもしれない。
それを求めたり、強制したりは、
時代的には違うよねってことだよね。
だから別にさ、その時もさ、話の流れで楽しい感じでいったんじゃなくて、
俺の中としてはさ、
こいつらぬるたいコミュニケーションしてんな、
いっちゅう俺がやってやるわ、みたいな風に思ってるわけじゃん。
つまりそいつらへのなんか批判があるわけだよ。
お得意の批判。
だからそれがあったから、なんか変な空気になったかもしれない。
あれ?なんか違うぞ、みたいな。
笑いを取ろうというよりも、
いきなりプロレスが始まったみたいな。
はいはいはい。
っていう風にしてなっちゃったんだなっていう印象を持ったんだよね。
なるほど。
だから俺最近すごい思うのは、
なんかそういうなんかこう、変な皮肉とか、
持って回ったパフォーマンスじゃなくて、
ストレートに言うべきなのかなと思うんだよね。
うんうんうん。
つまりさ、なんかあれ?なにこれ?なにしてんの?っていう変な雰囲気になっちゃうわけじゃん。
急に伊藤に仕掛けても。
だからいや、お前らさ、そんなことじゃなくて、
もっと本音言えよ!みたいな風にして、
もっと分かりやすい記号としての老害を演じていくみたいな。
その方が面白いかもね。
だよね。
っていうのは思った。
マジ老害だねとか言いながら。
そうそうそうそう。
つまり老害っていうことをさ、
ある種自己演出していくことで、
安全権に置くみたいな。
いやそうだね。
なんかそれって、
その時にタイガーがやったプロレスが始まるっていうのはさ、
やっぱ期待をしてるわけじゃないですか。
これ見てどう?みたいな。
こういうやり取りがこの場に必要でしょって気づいてくれるよねみたいな。
そうそうそうそう。
でもそれはやっぱこっち側からのさ、勝手な期待っていうか、
感じちゃってるから、
こう、もう言ってくしかないよね。
全部。
あー言ってく。
なるほどね。
めっちゃぬるいことしてるから、
今から伊藤の嫌なところを3つぐらいババッと言って、
どうなるか見てみ。
って言ってから始めるとか。
39:00
そうね。
そうするとこう、真の感情が出てくるわけだよね。
言い返すとかだよね。
で、すっごい嫌なこと言われて、
俺がもうすごい傷つくとか。
でも人が傷つく場を見るとかさ。
そうだね。それはかなりのこう、
勉強になるよね。
学びだよね。
確かにね。
ぐらいのことが、なんか面白さ。
今あえて飲み会的なことをやるんだとしたら、
そういうことがないと、もはや面白くないのかな。
って思うわ。
でももうさ、
俺たちも面白いっていう感覚がないんじゃない?
自分たちの中に。
はちゃめちゃになんか変なことやって、
面白いって思えなくなってんじゃない?
いや、そうかもね。
だからもう、やっぱ見せるみたいなさ、
感じになるよね。
来てくれた人たちに。
そうね。
披露するみたいな。
そうね。
だから伊藤くんももうさ、
そういう打ち上げの場とかで、
あんまり本音を語らなくなっちゃってるじゃん。
いやいや、タイガーがずっと喋ってるからだよ。
10時間ぐらい喋ってるから。
いやいやいや、それはさ、
それはあの、話してるときだって。
じゃなくて、
もっと普通の打ち上げの場で、
最近の打ち上げの場とかで、
もう話さなくなってるじゃん。
なんかイベントの後とかね、
みんなで飲んだりとか、
そういうときにってこと?
そこだね。
もう話さないじゃん。
もういいかなってなってるから。
なってるよね。
だからそれ、
もうそうじゃなかったわけじゃん、前は。
そうだね。
もうちょっとハードコミュニケーションを
しないといけないっていう気持ちもあったわけじゃん。
あった。
っていう。
だからやっぱ、
だから多分年齢だと思うんだけどね。
もういいかな感が出ちゃってるね。
なるほどね。
そのわざわざ何かアクション起こして、
相手のアクションを引き出すとか、
自分がどう見られるかについて考えて、
行動するみたいな、
そういうのが、
もういっかな感?
もういっかな感ってことね。
うん。
出ちゃってる。
なるほどね。
これぬるいかもね。
まあね、そうね。
どうなんだろうね。
ぬるいっちゃぬるいかもしんないよね。
うーん。
やっぱそのコミュニティにおける興味とか、
自分がどれくらいそこにコミットしたいかみたいな、
そういうモチベーションが
移されちゃってるってことだと思う。
そもそも別にそんなにもう、
飲み会を共にする人たちに対しての興味とかが、
なくなってるっていうことだよね。
うーん。
それはそれがあるよね。
つまり昔は俺たちはもっとなんかさ、
傷つけあってでもお互い知り合いたいみたいな、
変な感触があったわけでしょ。
だからみんなでこう、
ふざけたりできたわけじゃん。
羽目を外したり。
もうそれがないっていう。
そう。
これが飲み会に求める意味ってやっぱそれなんだよね。
お互いを傷つけ合おうの会。
で、この傷お前につけられた傷なんだぜ。
へへへっていう。
そういうのが最高にいいんじゃないみたいな、
感覚があったんだけど。
なるほどね。
今はもうそれも終わって、
今の人たちっていうとあれだけど、
42:00
自分がそれをしてたぐらいの年代の人たちが、
特にそれをしたいと思わないのかな。
もしくは他のことでやってるのかな。
その辺が分かんないけどね。
なるほどね。
なるほどね。
じゃあもうかつてあった、
あの輝かしい飲み会っていうのは、
もうないんだと。
そうだね。
そして、もう飲み会は
井戸が開かないんだっていう。
まあなんか誰かが、
悲しんでたら、
開くよ。
どういうこと?
あの時集まってた仲間たちの誰かが、
悲しんでて、
なんか落ち込んでたら、
もう一回みんなで傷つけ合おうか。
って言って、
集まる。
もう傷つきたくないでしょみんな。
いや、というか多分、
普通にライフステージが変わってると思う。
結婚したりとか。
そうそう。
それで集まれなくなってるってこともあると思う。
時間的な?
時間的とか。
住む場所が、
違うってことね。
みんな地元で飲んでたわけじゃん。
地元の仲間で。
でもそれも違う、
バラバラな場所にいるわけじゃん。
うん。
とか、
っていうのもあるよね。
誰が悲しんでたら、
みんなに声かけて、
あいつのところに集まろうぜって言って、
そこで、
狂乱の夜を過ごしても、
いいかなって思うけど。
あ、そう。
それにもう乗れる?
乗れる乗れる。
あ、そう。
うん。
平時では、
なかなか難しいよね。
なるほどね。
なるほどね。
だからなんかわかった。
伊藤はもう別に、
若い人たちと分かり合おうとなんて、
基本的には思ってないってことだよね。
俺は心のどっかでは、
思っちゃってるのかもね。
うーん。
っていう話で、
なんか分かり合いたいな。
タイガーはしっかり分かり合おうとするもんね。
まあそうだね。
俺はしてないかもね。
もういいんだ。
うーん。
なんかもういいのかな。
だからこの話、
ちょっとそろそろループし始めてるけど、
伊藤はもういいのだとか、
もうやらないんだとか。
そんな感じの。
そういうことのリフレインになってるけどね。
まあでもしょうがないのか。
でもちょっと前向きにさ、
終わっていきたいところもあるじゃないですか。
だから年齢の話にしないんだったら、
さっきの話の中に出てきた、
少人数のコミュニティで、
満足しているんじゃない?
っていうことね。
飲み方減った理由としても。
それに当てはまってると思う。
自分は。
なるほどね。
だしそれはやっぱり、
例えばLINEで簡単に繋がれるとか、
なんかあったらすぐ連絡取れるよね。
みたいな状況が、
そうさせてるっていうのはあるだろうな。
なるほどね。
飲むってね。
そうそうそう。
わざわざ集まるっていうことが、
そんなに必要じゃなくなってる感。
なるほど。
あとさ、YouTuberとかでさ、
飲むことをパフォーマンスにしてる人っていんの?
45:03
飲むこと?
YouTuber多分飲酒ができないんじゃない?
あっそうなの?
だったような気がする。
どうだろう?
なんか、
もしかしたら、
成人向けコンテンツとかにすればできるのかもしれないけど、
基本的には、
あんまり飲酒を、
見たことないよね。
でも飲酒しながら配信してますみたいな人いるから、
いるよね。
アルコールを直接飲むシーンがダメなのかな?
わかんないけど。
いや、思ってるか。
すごい思ったのは、
俺最近ね、
無垢エナチックっていうチャンネルがあって、
女性2人のYouTubeのコンビなんだけど、
これがね、すごいね、
面白いんですよね。
あっそうなんだ。
女性2人の雑談なんだけど、
あのね、一つ気づいたことがあって、
女性YouTuberの、
コンテンツの提携の一つに、
食べながら話すっていうのがあるんですよ。
やたらとなんか食べながら話してる。
ファストフードとかでも何でも。
じゃあ今日はこれを食べながらしゃべりまーすみたいな。
食べながらしゃべってるんですよ。
でもさ、食べることとしゃべることって相性悪いはずじゃん。
口使ってるから。
そうそう、だからそれはさ、
いい感じで編集して作ってんだけど、
これ食べながらしゃべるっていろんな、
女性YouTuberがやってるのね。
これ何なんだろうなって思って、
それ自体が面白いんだけど、
会話を立ち上げる、
会話の場所を立ち上げるための一つの装置として、
食事っていうのをやってんだよね。
でもさ、伊藤とラジオをやるっていうので、
食べながらしゃべるってありえないじゃん。
まあそうだね。
めんどくさいじゃん。
なんでそれしたいのかあんまりよくわかんないじゃん。
いやあ、そうだね。
コーヒーを飲むのに気を使ってるから。
なんだけど、
でも多分男性同士だと飲酒、
酒飲みながらだと会話が弾むっていうのがあるんだよね。
ありそうな気がするね。
だからもう、その時思ったのはやっぱり、
男性における飲酒して話す、雑談するっていうのと、
女性同士がある種ランチで食べながら話すっていうのが、
相似関係にあるんじゃないのかっていう、
なるほど。
俺なりの見立てがあるんだよね。
ちょっとさ、注目してみてほしい。
女性YouTuberが食べながら話してる。
めっちゃ見るし、
でも男性YouTuberはあんまり見ないんだよね。
ここに本当に明確なジェンダー差があるかは、
全然調査したわけじゃないから、
わかんない印象なんだけど、
これはね、なんかちょっと、
俺なりに最近気づいた深いテーマなんですよ。
何故食べるのか、彼女たちは。
絵的な何かがあんのかな。
でもさ、食べるところって見にくいところでもあるわけじゃん。
食べるシーンって好きだよね。
好き好き、そう好き。
この好きを見せることに意味があるのか。
48:01
そうね、だからそれを見る人もそれを見て、
癒されるのかもしれないね。
食べてるところを見て。
男性における好きって何なんだろうね。
そうね。
なんかあるかもね、それは。
それはね、最近ちょっと思ってる。
そして俺は最近ムクエナに注目してるんだ。
ムクエナチャンネル?
ムクエナチック。
ムクエナチックっていう、
130万人ぐらいいる。
しっかりしたYouTuberさん。
色々ね、見てるんですよ。
つまり、ちょっと前回の放送でポロって言ったけど、
俺たちが目指すべき番組は、
例えばなんかこう、
男性2人の会話のコンテンツってめっちゃあるわけ。
でも前回言ったみたいに、
結構社会階層高い人たちが、
言語化能力とかを誇示するための、
舞台になってるんですよ。
ポッドキャストとかYouTubeって。
それじゃないんだと思ったんですよ、俺は。
俺はこれじゃない。
俺たちが目指すべき番組はムクエナだっていうのが、
俺の結論なんだけど。
つまりなんかね、
ロジンかムクエナかって。
そう、あのね、ロジンにすごい近い。
ムクエナは俺の中で。
つまりなんかね、
言語化できないことを、
はいはいはい、明確に言語化するとかじゃない。
明確に言語化不能なことを、
でも話してる会話はいつも同じようなことなんだよ。
脈張りだと感じた瞬間の話とかっていうのを、
永遠とずっと同じようなコンテンツを回してるわけ。
彼氏に幻滅した瞬間とか、
そんな感じの話をずっとやってるわけ。
でもなんか言語化されてるようでされてないんだけど、
なんかずっと音を出してるんだよね、ムクエナは。
ここが俺は的にはなんか深いと思った。
そして俺はこっち。
音を出したいんだもんね。
つまりなんかね、情念なんだよね。
情念。
つまり、ソウルみたいな。
魂の話。
つまり言語化、整理された情報じゃなくて、
むき出しの人間性みたいなものがあるんですよ。
女性YouTuberの会話。
食べる。
食べて会話っていうのは。
つまり食べるってすごく人間性なわけじゃん。
そうだね。
それを見せながら。
見せながら、
もう情報はほぼないんだけど、
音を出してて、
なんかこう、情念だけがあるのよ。
男性に対する思いとか。
将来についての不安みたいなものがある。
それがね、俺はね、
俺はこっちなんだって思ってる。
だから、師匠だと思ってるんだよね。
それで言ったら、この30過ぎたおじさんたちが、
伊藤はもうやらないんだね飲み会。
とか言って、
言ってる感じが、
まさに、情念。
そうなのかもしれないね。
そうなのかもしれない。
うわ、ちょうどこんぐらいの時、
こんぐらいの寂しさあるよなってさ、
そうそうそう。
やっぱありそうじゃない。
そうだね。
友達が飲み会開かなくなっていく、
結婚するやつもいる、
51:00
子供できるやつもいる。
それはそうだね。
それは確かに。
そこはかとない悲しみ。
そうそうそう。
故郷だよね。
悲しみではね、でもさ、
あ、そうね、悲哀。
我々が出せるさ、
情念ってそっちになりがちじゃん。
そうね。
もっとポップな明るい情念はないのかな。
30代男性。
なるほどね。
確かにね。
でも俺もやっぱり怨念の人だからさ。
あー、そうだね。
これは伊藤じゃない。
そうだね。
伊藤の方が楽天的じゃん。
そうだね。
じゃあ俺は海王。
伊藤は基本的には、
お気楽な、
そうですね。
楽天性かじゃん。
楽天性か。
俺はどっちかというと、
ほらあの、
怨念。
そうだね。
とかの塊にして駆動してるから。
ガソリンがね。
そうそうガソリン。
怨念で動いてる。
そうそうそう。
まあそういうところですかね。
まあいずれこの女性YouTuber
テーマは深いので、
また話したいと思ってますけど。
まあそんなところじゃないでしょうか。
わかりました。
というところで、
今回はここまでにしたいと思います。
じゃあまた次回。
ばいばい。
52:00

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