という意識が生まれにくくなっちゃってて、同じ場所に集まることとその場所を共に作ることが同じではない
ということのすごくいい例になってますね。これはうまくいかなかったなってことなんだ
いやだからうまくいかなかったなって言い切っちゃいけない。現在進行形の取り組みが起こっているから
うまくいかなかったっていうふうにして言い切れることではないと思うんだよね。いずれにしよう課題としては運営主体とお客さんというのが分離してしまうと
それは地域の共同性というのが生まれづらくなっちゃうんだよね。つまり運営するってことがすごく大変なわけじゃない
それをみんなで担うからある種の仲間意識とかが生まれてくるわけだよね それがちょっと中国人日本人という形で分かれちゃっていると
いうのがこの川口市柴戸の団地におけるちょっと盆踊りの課題として本書では挙げられてました
さらに問題になるのはそこで踊られる盆踊り自体が誰の文化なのかっていう点がある
あの炭鉱物資とか東京温度っていうのがある種の定番として なんかあの馴染み深い盆踊りとしてよく踊られてるんですけど
若い中国人住民にとって同じ意味は持たないですよね当然 わかんないよね
既存の祭りに新しい住民を招き入れるだけでは日本の文化に参加してもらうという 一方向の関係に留まっちゃって
新住民を既存の地域文化へ同化させることにもなり得るよねと 同化問題なんだよねこれ
でダンチニュータウンの事例では盆踊りを繰り返すことで歴史に 歴史のなかった場所にも共有された記憶が生まれ新たなふるさとが形成されていくというのがあった
しかし芝園のダンチの例が示すのは住民の文化的背景そのものが異なる社会では その方法をそのまま適用できないんじゃないか
新しい住民が既存の伝統に合わせるのではなくて 共に祭りを準備し共にその内容を作り変えていくということが必要になってくる
盆踊りには異なる人々を結びつける可能性が確かにあるんだけど しかし私たちという感覚を生むためには単に同じ場の中で踊るだけじゃダメだよねと
伝統そのものを誰とどのように共有して作り直していくかがここでは問われていくんですよね
なるほどね
でここからがまあそんな感じのことが述べられていて非常に興味深かったんですよ
ここから僕が考えたことになるんですけど
以前バグキャスト13回僕の音楽制作におけるこだわりっていうのを話した回があって
ここで僕東アジアのルーツミュージックに向き合うことが重要なんだってことをめっちゃ言ってる回なんですよね
ありましたね
そうでこれこの回で言ってることは極めて抽象的で
なんだけどこの盆踊りの例っていうのが非常に具体例として 僕がその時今イメージしてたことなんですよ実は
どういうことかというと盆踊りが人と人との環境を結び直すことができるのは単に多くの人が同じ場所に集まるからではなくて
音楽のリズムに体を合わせて同じ輪の中で踊ることで
なんというか人と人との間にある境界線をなんか一時的に曖昧にしちゃうからなんですよね
高度経済成長以降の公害ではそれは旧住民と新住民との境界だった
それが盆踊りは両者の違いを消したわけではないんだけど同じリズムの中で体を動かす時間を共有することで
その区分とは別の私たちを一時的に経験する場になっていた
重要なのは境界がなくなるんじゃなくて曖昧になるっていうことだと思うんですけど
その柴園団地の例が示すように日本人住民と中国人住民が同じ盆踊りに参加しただけで
文化的社会的な差異が消えるわけじゃないよね
既存の日本文化への参加だけを求めればむしろ同化を強いるっていうことになっていってしまうじゃないですか
だからここでは中国人住民の人たちが一緒に踊れるような盆踊りの形って
どういう形があるのかどういう形って抽象的に言ってるけど具体的にどういうリズムでどういう音楽なんだろうって僕は音楽家だから考えるんですよ
それが単に単行歌詞で踊ってくださいだと同化になっちゃうよねっていうことなんです
僕が設定した問題意識って
ただここで考えたいのは盆踊りってそもそも決まった伝統だけを守ってきた文化じゃないってことなんですよ
ダンシングヒーローって曲があって
これが盆踊りになってるんですけどこれ小木の美容校だったと思いますけど
80年代の歌謡曲ですね
これはディスコ音楽なんですけどそれが盆踊りに使われてるんですよ
それは知らなかった
地域によってはアニメソング僕アラレちゃん音頭とかっていうのをする
アラレちゃん音頭あるよね
うちの地元では
そうそうそうとかね
その時代の大衆音楽を取り込みながら盆踊りって踊られてきてるもので
そこには異なる質地を持つ音楽であっても
輪の中で踊れるものと変えてしまう
なんていうか盆踊りなりの懐の深さがあるんですよね
だとすればこれから外国にルーツを持つ住民が増えていく社会でも
彼らを既存の盆踊りに迎え入れるんじゃなくて
彼らが持つ音楽文化そのものを盆踊りが受け入れて変化していく可能性があるでしょうと
これは盆踊りに限らず大衆音楽が持つ重要な力なんじゃないのか
あーなるほど
ちなみに盆踊りがいろんなものを取り入れていく経緯っていうか
起きてることがあんまりイメージできてないんだけど
例えば昔ながらの盆踊りじゃあ最近の若い子は乗ってくれないから
アニソンとか入れちゃおうっていうのを
誰かが決めて音楽家の人が作って発表してみたいなことが起きてるってこと?
そうだねそもそも盆踊り東京音頭とかの時代に行くと
東京音頭自体が歌謡曲としてヒットしてるんですよ
あーなるほどラジオで流れたりして
そうそうそうそうだから普通にヒットソングとして盆踊りっていうのはまず
音楽の中には実はある
でそういった流れの中でアニソンを盆踊りにしようっていうのがあるわけですね
だからそれは必ずしも社会運動とか地域起こしのイベントから出発して
音楽が作られるっていうものではない
もっと純粋な大使音楽として盆踊りっていうのは使われて作られてる
っていうのがある
これに合わせてみんな踊ろうよみたいのを
いろんな人が単純に曲として出してエンタメとして出して
それがいいねってなって取り入れられていくみたいなことが起きてるわけだ地域
あのそうねそこら辺の関係はすごく複雑で
あのねそういう例えばお披露目横のダンシングヒーローとかが使われていった背景には
あのねえっとフォークソングっていうのがあるでしょ
でフォークダンスっていうのがあるんですよ
でフォークダンスっていうものがあのレクリエーションダンスっていう形で
その戦後のアメリカのあの郊外で
青少年の健全育成のためにこう用いられていくんですけど
でそこで使われてた踊りっていうのが1970年代に日本に輸入されてくる
でいわゆる僕たちが知ってるようなタイプのフォークダンスだね
うんフォークダンスって聞いたことある
キャンプとかで焚火の周りでみんなで踊るやつですよ
あれがレクリエーションダンスなんだけど
そのレクリエーションダンスはそれまではフォークダンスみたいなもの
まあ民族の舞踊みたいなものをやってたのが
えっとレクリエーションダンス化していく過程で
あのヒット曲っていうのをどんどん取り入れるようになった
でそれが盆踊りとなんか結びついてるんですよ
レクリエーションダンスのあのヒット曲を取り入れていくっていうやつが
だからもう単純にそのあられちゃん音頭みたいな
あのアニソンと盆踊りがガッチャンコしましょうみたいな企画じゃなくて
もっと純粋にヒット曲っていうのが入っちゃってるんだよね
ディスコ音楽みたいなものが盆踊りの中には
なるほどなるほど
っていうのがある
あなるほどです面白いね
そうねだから戻ると
まあえっと大使音楽っていうのはすごく重要な力を持ってて
それはまあ境界を曖昧にしてくれることだよねと
でだからこの盆踊りが持ってるこの部分っていうのは
つまり境界人々の境界性を曖昧にしていくっていうのは
すごく大使音楽における重要な機能がすごく現れてるなって思うんです
っていうところが僕が言いたかったことなんですよね
で音楽は民族や国家の境界を消すことはまあできないんだけど
それでも異なる音楽を混ぜ合わせ同じリズムを
まあ身体で共有することでその境界を一時的に超える経験を作る
みたいなことができると
で東アジアのルーツミュージックを掘り起こすことも伝統への回帰じゃなくて
近代国家によって分けられてきた音楽を再び交差させる試みとして捉えられるんじゃないのか
盆踊りはそのための意外なほどまあ柔軟な器なのかもしれないなっていう風にして
思ったということですね
だからあのバグキャストの第13回で僕なんかあの
僕と同じぐらいの世代の人がちゃんと現実を見てその生活から出発して
あの生活感覚から出発して音楽を作るってことをやってないんじゃないの
外国のなんかルーツミュージックばっかりまあそれはとりわけロックとか
ヒップホップとかがそうだけどっていうことになっちゃってないかっていうことを指摘してるんだよね
で生活から出発する音楽ってなんだよってことになるわけだよね
そうしたらそれはすごく盆踊りって具体的な例だと思う
誰もが知ってる そしてルーツミュージックであり
現にヒットソングも出しているようなもの っていう考えるともうかなり盆踊りが近いんですよね
僕のイメージとしてはでそこで今生じている課題っていうのはあの高度経済成長期の時のような
新住民・旧住民のある種の対立とか緊張関係じゃなくて
今の社会はグローバル化によって生じている対立とか分断とか緊張関係なわけじゃないですか
でそこそれは主に日本社会においては中国系の人とかあるいは東南アジア系の人とかが
来てるって問題なんだよね
でそこからそういうような現実から出発した時に
東アジアのルーツミュージックっていうのがそういうものを加強する
すごく重要なアイテムになるんじゃないか技術になるんじゃないのかってことですね
でじゃあそれを受け入れるなんていうか器っていうのは盆踊りだってことです
うつわとしてのね
っていうことなんです
こういうふうにしてみてこれが僕における現実を見ろってことなんですよね
なるほど
うん
僕が言うところの我々の今身の回りに起きてることに対応するなら
ルーツミュージック
つまりだからさっき言ったことだけど中国人の人からしたら炭鉱物資とかっていうのがよくわかんないんだよね
っていう問題があるじゃないそれに合わせられる
無理矢理合わせてくれっていうのは同化政策みたいなものになっちゃうわけだよね
日本文化になっていく彼らを完全な日本人にしていっちゃうみたいな
格好好きの日本人にしていっちゃうみたいなじゃなくてもっと東アジアっていう枠組みで捉えた時に出てくるルーツミュージックがあるだろうと
それは例えば第13回でハウイリーとかっていう人
あのまあ ミュージシャンがいてこれがすごくこう
あの中国の伝統音楽とクラブミュージックみたいなものを融合させて作ってるんですよ こういうことができるはずだと思う
日本のある種のルーツミュージックと中国のルーツミュージックのあの 抽象的な構造ってみたいなものをしっかり取り出して