はい、えー、こんにちは、バグキャストです。 この番組は、音楽家の鈴木と、プログラマーの伊藤が、社会や文化について気になったことを調べたり、
面白がったりしながら話すポッドキャストです。 今回は、第21回です。イヤイヤ伊藤さん。
何でしょう、タイガ君。 はい、えー、今回はですね、
ま、ちょっと僕のエピソードトークから入りたいんですけど。 おー、ふざらしい。 あのね、去年の夏、
僕の高校時代の友達が、結婚しまして。 おー、おめでとうございます。
で、結婚式にね、行ってきたんですよ。 でー、
ま、そういう話があって、で、そこでね、同じ高校に通ってた友人の一人が、数年前に亡くなってたっていうのを知らされまして。 あー、その時知ったんだ。
そう、その時知った。で、ま、数年前に亡くなってたってことを知らされるぐらいだから、
めちゃくちゃ仲良かったっていうわけでもないし、 その卒業後、すごい連絡取り合ってたっていうのもない。
そういうことだね。 そうそう。だからその、高校卒業して15年ぐらい経って、
ま、2、3回、たまたまあったかなぐらいの感じなんですよね。 っていうことがま、
あ、彼は亡くなったんだ、みたいなことをそこで知ったわけなんですよ。 でね、そのね、友人のインスタグラムのアカウントが今も残ってて、
で、時々ね、サジェストで、おすすめで、僕のま、画面に表示されるんですよ。 で、それがね、なんかね、毎回なんか感慨深いというか、違和感があるというか、
っていうのがあって。 もう亡くなってることは知ってるんだもんね。 そうそう。亡くなったことを知る前なら、特に気に留めなかったことなんですけど、
でもなんかもうこの世にいないって知ると、同じアカウントが全く違う風に見えるみたいな。 確かに、そうか。
ま、インスタグラムは生きている人と同じように、この人ともう一度繋がりませんか?みたいな感じで進めてくるっていう。 そうだよね。あなたの友達じゃないですか?みたいなことを言ってきてるわけだよね。
フォローしちゃいませんか?って言ってくるけど、亡くなってるんだよ。 この人死んでるんだよなぁ、みたいな。
で、その表示を見るたびに何とも言えない感じになって。 みたいなね。死者がSNSの中でもまだ生きている人と同じように扱われているアルゴリズムの中で。
っていうことについて、いろいろこう最近考えてて。 そのことについて今日はちょっとね、話してみたいなっていうところですね。
そんなこんなで、今回のテーマはですね、デジタル空間は人の死をどう表彰するのか。
デジタル空間はって今言いましたけど、SNS空間っていう風にして言い換えた方がいいかもしれないですね。
ていう風なところで、ちょっといろいろね、調べてみたという回ですね。
なのでまず、各プラットフォームがアカウント主の死亡後にどのような制度を準備しているのかっていうのをね、調べてみました。
現在では多くのプラットフォームが利用者の死亡後を想定した制度を設けてるんですよ。
ツイートアカウントへの変更、アカウント削除、あとデータの継承などその内容様々なんですけど、
こうした制度は単なるアカウント管理ではなくて、死者をデジタル空間でどのように存在させ続けるのか、みたいな問題に対するそれぞれの企業の考え方が出てるなっていう風にして思ったんですよね。
ツイートアカウントっていうのはもう無くなったアカウントとして存在させ続けるってことなのか。
そうそうそう、そうなんですよ。
でね、まあいくつかのアカウントを例にちょっと具体例を見てみたいんですけど、
あのね、まずFacebook。
Facebookがね、一番ね、死亡後の制度が整っているSNSですね。
まずね、ツイートアカウント化っていうのができる。
で、これどういうことかっていうと、友人、知人、家族が個人のプロフィールをツイートアカウントにするように申請できるんですよ。
申請にはプロフィールURL、氏名、死亡を確認できる資料などが求められる。
で、Facebookは有効な申請を受けた場合、死亡した利用者のアカウントをツイート化する方針です。
まあ、ツイートアカウントっていう風なものになっていくんですよね、アカウントが。
で、ツイートアカウントになると次のようになる。
プロフィールにツイートを示す表示がつきます。
ああ、なるほど。
で、個人の投稿や写真はそれまでの公開範囲で残る。
誰も個人本人としてログインできなくなる。
なくなってるからね。
でね、ここは結構重要なんだけど、知り合いかも。
誕生日通知、広告などに表示されにくくなる。
で、まあプロフィールが乗っ取られる危険性が減るんですけど、だから。
もうログインできなくなる。
そうそうそうそう。
だからツイートアカウントは友人や家族が思い出を共有する場所として残されていくみたいな。
そっか、そこで生きた証があるから、それを取っとこうっていうことで、
誰かと繋がりを増やそうみたいな機能が減っていくって。
そうそうそうそう。
っていうのがこのFacebookが設けているツイートアカウント化ですね。
あとね、レガシーコンタクトっていう制度があって、
生前に死亡後のプロフィールを限定的に管理する人を一人指定できる。
Facebook。
へぇー。
これはでもあり得るよね、確かにね。
うーん。
レガシーコンタクトができる主なことは、
固定投稿を作成する。
プロフィール写真やカバー写真を変更する。
新しい友達申請を承認する。
アカウント削除を申請する。
生前に本人が許可していれば投稿などのコピーを取得する。
といった限定的な管理が、
その死亡後の別の人ができるようになるということですね。
他方、次のことはできない。
個人としてはログインする。
あーそういうことか。
あとメッセンジャーの指針を読む。
ダイレクトメールだね。
過去の投稿を書き換える。
あと友達を削除する。
あーそういうことはできない。
だから引き継ぎなんだけど、
こういうことができること、一方でこういうことができないみたいな。
管理人なんだね。
そうだね、確かにね。
つまりアカウントの相続ではなくて、
ツイートページの管理係になることができるのがレガシーコンタクトってことですね。
個人が生前に死後に削除を選択していた場合、
死亡確認後に削除されると。
生前の指定がない場合も、
謹慎者、相続財産管理者、法的代理権を持つ人などが
必要書類を提出して削除を申請できると。
みたいな。
単なる友人は通常削除までは申請できないっていうのがFacebookですね。
で、Facebookが調べた限り一番こういうのをちゃんといろいろ機能として設けてましたね。
いろんなパターンを想定してるんだ。
そう。
っていうのがFacebookのパターンですね。
あとInstagram。
もうFacebookと同様のツイートアカウント制度がありましたね。
ほぼツイートアカウントっていうのはInstagramもFacebookも同じ感じでしたね。
だから僕のその友人が亡くなったのも、
家族とかがちゃんと申請すればツイート化っていうのができるはずなんだよね。
だから本当は家族に頼むっていうのが一番いいのかもしれないですね。
えーとそういう感じでしたね。
で、Instagramもレガシーコンタクトっていうのがありまして、
Facebookと同様にせいぜいにレガシーコンタクトを指定する仕組みがあるんですね。
削除の方針も申請もほぼ同じですね。
うーん。
っていう感じでしたね。
うーん。そういうのあるんだね。
で、これさFacebookとInstagramって同じメタ社だったと思うので、
基本的には同じ方針なんじゃないか。
なるほど。
っていう気がしますね。
で、スレッズ。
スレッズにもInstagramとほぼ同じツイートアカウント制度があった。
えーと、スレッズはInstagramとアカウントが密接に結びついてるから、
基本的にはInstagramと同じような制度を設けてるっていう感じですね。
っていうところですね。
だからこれがメタ社の基本的な方針。
Facebook、Instagram、スレッズはこんな感じですね。
でね、TikTok。
おー、TikTokか。
で、TikTokの場合はね、メタほど詳細な公式会案内を見つけられなかったですね。
うーん。
えー、だからなんかね、ブログ記事とかを見て知ったことが結構多いから、
そこら辺、過去に入れて聞いてほしいんですけど、
アプリ内の設定とプライバシーから問題を報告、
アカウントとプロフィール、アカウント管理、
亡くなった利用者を報告といった経路から、
まあ、亡くなったってことを報告できるようになってる。
あー、自分がログインして、
このアカウントの人が亡くなってますよっていう報告ができる。
そう、なので、だからアカウントにログインできないといけないんだよね。
うーん。
っていうのがありますね。
まあ、ツイート化されるとプロフィールに
Rememberingなどの表示がつくと。
で、誰もログインできなくなる。
新しいとこやメッセージ送信ができなくなる。
まあ、既存の動画やプロフィールはそのまま残るっていう状態になる。
うーん。
で、申請者と必要な資料について、
友人や知人でも死亡報告することはできますが、
ツイート化削除を実行する際には、
死亡証明や申請者との関係を確認する資料が求められる。
可能性があるっていうふうなことしか言えないんだけど、
つまり、ちゃんとしたヘルプとか公式ガイドっていうのは
ちょっと見つけられなかったから、
なんかあのね、個人のブログというかSNSで
こういうことがになってましたみたいなのを
僕がちょっと見た限りでの
実体験みたいな。
そうそうそう。
言い方になっちゃうって感じですね。
レガシーシティはね、確認できなかった。
TikTokではないかも。
ない。ないっぽい。どうやら。
TikTokでは個人が個人の投稿をそのまま残すツイート化、
遺族とによる個別の削除申請が中心になってますね。
っていう感じでしたね。
うんうんうん。
で、X、次に。
X。
Xにはね、FacebookやInstagramのような
ツイートアカウント制度がなかった。
この人は亡くなってますよっていうのを
教えてくれたりとかっていうのがないんでね。
できるのは原則として削除と無効化。
お、無効化。
個人の禁止者または遺産を管理する法的権限を持つ人が
個人のアカウントの無効化を申請できる。
申請後、Xから案内メールが送られ、
通常は次のような資料を提出するということですね。
申請者の身分証明書と個人の死亡証明書、
個人のアカウント情報、
申請者と個人との関係を示す書類、
遺産管理者であることを示す資料などを
提出しろということですね。
で、Xは個人のパスワードやログイン情報を
遺族に開示しない。
あ、そういうことはしないんだ。
そうそう。
あとは申請を通してってことなんだね。
そうなんですよね。
でね、友人からの申請っていうのがね、
原則として削除申請の正式な権限者には
なれないってことですね。
だから申請フォームでも家族、法的保護者、
権限を持つ代理人であることが
前提とされているってことですね。
で、投稿は残せないのかっていうところで見ると、
Xには公式な追悼化して保存するっていう制度が
ないんですよね。
だから遺族が削除を申請しなければ
アカウントはそのまま残る。
っていう感じになっちゃってる。
だから追悼化っていう機能はないから
この人はもう亡くなったってことを
見せられないってことだね。
アカウントのあれ、その
機能として。
機能上はってことだね。
だから追悼化とかっていうのはなくて
削除するかそのまま残すかみたいな
感じになっちゃってるっていうのがXですね。
なるほど。
みたいな。
たまにあるね、Xでこのアカウントの主は
亡くなりましたみたいな家族の人が投稿して
固定にして置いておくみたいな。
そうね。
そうそうそう。
そういう形で
知り合いが勝手にやる分にはできるけど
ぐらいしかやり方がないってことか。
そうだね。
次にね、Googleアカウント。
Googleアカウントか。
あとYouTubeがここに入ってくるんだけど。
そうだね、一緒だもんね。
Googleにはツイートアカウント制度ないです。
YouTubeも単独のツイートチャンネル制度ではなく
Googleアカウント全体として扱われちゃう
っていうことですね。
死亡後の申請は禁止者や個人の正式な代理人と協力し
状況に応じて次の申請を受け付ける
ということみたいです。
個人のGoogleアカウントを閉鎖
アカウント内の資金について請求する
そういうの絡んでくるんだよな。
特定のデータの提供を求める。
ただデータ提供が必ず認められるわけではなくて
Googleは個人のパスワードやログイン情報を開示しない
って明記してますね。
だからパスワードとかログイン情報がわからなかったら
申請してももらえるかどうかは
わかんないって感じですね。
そんな感じになっている。
YouTubeチャンネル、Gmail、Googleフォト、ドライブ
このGoogleアカウントの手続きに含まれてくるという感じですね。
Googleの大きな特徴は
整然に設定できるアカウント無効化管理ツール
一定期間Googleを利用しなかった場合に
指定した人に通知する
指定したデータを共有する
アカウントを自動削除する
などを設定できる。
えーそうなんだ。
そう。
共有対象として選べるものは
Gmail、Googleフォト、ドライブ、カレンダー
YouTubeのデータなどが含まれる。
へー。
これは死亡を直接確認する制度ではなく
一定期間の非活動をきっかけに
動作する仕組みになっています。
仕組みとしてもね。
そうそう。だからそのために入院、アカウント放置、
短髪、紛失などでも
発動する可能性がある。
あ、そっかそっか。
うん。
そっか、無くしちゃって
もうログインできなくなっちゃったっていった時用の
事前の保険みたいに使うことも全然できる。
できる。
事前に指定した連絡先への
通知確認などが行われると。
うーん。
えー、ということですね。
2年間の非アクティブポリシーというのがあって
少なくとも2年間利用していない個人アカウントと
そのデータを削除する権利を
Googleは持ってるんだって。
うーん。
ただし全てのアカウントが必ず2年で消える
というわけではないから
ここら辺どういう風にして
Googleが運用してるかは
ちょっと分かんなかったんだけど
まあ、活動の判定や削除条件が結構複雑だなー
という感じですね。
なるほど。
だから個人のYouTubeアカウントとかを
どう保存するのかっていうのは
まあ、遺族がGoogleに正式な手続きを行う
でも、その手続きって何が求められるのかなぞう。
うん。
だから、生前にブランドアカウントを
複数の管理者の仕組みに変えておくっていうのが大事みたいな。
うーん。
YouTubeチャンネルだとブランドアカウント化できる
みたいなのがあるから
例えばYouTubeスタジオにさ
バグキャストのYouTubeチャンネルの運営に
伊藤もこう入れるようになってるじゃん。
そうだね。
ああいう風にして
まあなんかやるっていうのが
現実的なのかなって気がしますね。
なるほど。
誰か1人が亡くなったら
もうどうにもなんないよっていう風に
なんないようにしとくってこと。
うん。
で、ディスコード。
うん。
ディスコードにはツイートアカウント制度がなかった。
うん。
死亡した利用者のアカウントについては
基本的に削除の申請っていう方向ですね。
うーん。
で、削除申請の仕方が
個人のアカウントに登録されているメールアドレスを
利用できる場合はそのメールアドレスから
削除の意思を明記して問い合わせてくれと
ということですね。
で、別のメールアドレスから申請する場合は
次の資料が必要。
個人のディスコードのユーザーネーム
個人の登録メールアドレス
死亡証明書または検事官の報告書
申請者と個人との関係を示す書類
申請者の身分証明書
削除を希望することを明記した文書
だからここら辺さ
結局申請者と個人との関係を示す書類ってなると
基本的には家族っていうことになるよね。
そうだね。
法的な繋がりをちゃんと持ってる人たちってことだよね。
そうそう。っていう感じですね。
で、ディスコード上のデータやメッセージの相続
原則として遺族に個人のログイン権限を
渡す制度を求めていないから
当然追悼表示もできないということですね。
みたいな。
サーバー所有者が死亡した場合
サーバー所有権移転が別途問題になりますが
これはアカウント削除とは別の手続きが必要らしいですね。
サーバー規模管理状況
他の管理者の運務などによって対応が異なるため
ディスコードサポートへの個別相談になると。
これディスコードってサーバーができるのか?
そうだね。
建てた部屋の中で結構千人規模で交流とかが
起きてる可能性があるから。
そっかそっか。なるほど。
それは確かに個人のプロフィールの扱いとはまた別ってことなのか。
そうだね。確かに。
まあそんな感じですね。
その他にスナップチャットとかも調べたんですが
でもLINEは一応見ておきましょうか。
LINEは使ってる人多いと思うんで
LINEにはFacebookやInstagramのような
公開されたツイートアカウント制度や
レガシーコンタクト制度は確認できない。
です。
LINEアカウントは電話番号や端末認証に
強く結びついているので
別の端末で同じ電話番号を
新しいLINEアカウントに登録すると
元のアカウントが削除されるんですよね。
だからまたアカウント以降正しく行わない場合
友達グループ購入履歴などを失う可能性があります。
確かに。
購入履歴っていうのはあれか。
スタンプとかだよね。
まあ死亡した利用者のアカウントについては
遺族が追悼化する、友人が死亡報告する、
個人のトーク履歴を遺族に移す、
アカウントを相続するといった制度は
確認できないっていう言い方になるかな。
現状ね。
まあしたがってLINEでは遺族が
個人の端末を保管し
端末内に残っている写真やトーク履歴を扱う問題と
LINE社にアカウント削除を依頼する問題を
分けて考える必要が出てくるかなということですね。
まあだから一応端末を持ってさえいれば
でもそうかバスワードがわかんないとね
あれではあるけどね。
そうだね、中見たりはできないよね。
だからまあそんな感じのがLINEって感じですね。
LINEはだから基本的にはそういう制度を
もろもろ用意してないですね。
まあXみたいなもんか。
そうだね、それに近いですね。
まとめとして友人が申請できる範囲。
友人が追悼化を申請できるのは
Facebook、Instagram、Threads、LinkedIn、TikTok。
資料があれば申請できますよと。
友人には申請するのが原則難しいのがX。
Google、YouTube、Discord。
InstagramやFacebookの完全削除。
あとLinkedInの完全削除。
ここら辺は禁止弁者、遺言執行者、
相続財産管理者などが対象になっている。
削除ってのはかなり重いってことですね。
そうそうそう、ですね。
要するに友人が書類を持ってで申請できるのって
どういう場合かというと
これね、例えばヨーロッパとかだと
新聞に死亡記事を載せるっていう文化があるじゃん。
あるんですよ。
あれをURLを付けて送ると
亡くなったってことを報告できるんだって。
そうなんだ、公的なものなんだ。
そうそうそう、メディアに載るやつが。
で、日本ないじゃん。
不法記事の部分が。
そうだよね。
例えば俺が死んでもさ
朝日新聞とかに載らないじゃん。
だからこれさ、結局ヨーロッパとかアメリカってさ
新聞が地域メディアなんだよね。
で、日本だと朝日新聞、毎日新聞みたいな感じで
基本的には大きい全国紙があるけど
東京新聞とかみたいなやつだよね。
だからあんまり不法記事を載せるっていう文化がないんだよね。
だから友人が申請するっていうのは
想定されているFacebookとかであっても
するのはかなり難しい。
日本では無理なんじゃないかってことか。
だから基本的には家族がやるしかないと思う。
つまり死亡証明書とかを用意できる
ってことだね。
でね、なんか調べたら
葬儀場の案内とかでもできたりするっていう話が
見つかったんだけど
ここら辺定かじゃないです。
葬儀場ってどんな案内を出してるのか全然分かんないから
亡くなったから葬儀しませんかみたいなのが来てたら
それは状況証拠みたいに使えるみたいな話なのか。
かもねみたいな。
っていうことらしいんだけどね。
葬儀会社が不法ページっていうのを出してるらしくて
でもこれもね、あんまりちゃんと僕確認できなかったから
ヨーロッパとかアメリカの
葬儀会社とかを想定してるのかなっていうふうにして思ったって感じですね。
ただ学校・会社・団体からの公式な告知とかっていうのは使えるかも。
とかとか。
いろいろあるんだけど
友人が申請でこれならできるんじゃないのかっていうのは
可能性としてはいくつかあるんだけど
基本的には日本においては
家族が死亡証明書とかを
提出するっていう運用になってると思った方がいいって感じですね。
そういう印象でもあるね確かに。
そう。っていう感じですね。
ここら辺が各プラットフォームというかSNSがどう対応して
どう制度を準備してるのかっていうところですね。
で、いくつかこういった事例ってあったはずじゃないですか。
有名な記事とか事例とかってないですかっていうのを
AIに聞いてみたら
2つぐらいこれが結構有名ですよっていうのを挙げてきたので
それをちょっと見てみるといいと思います。
これまず最初に参照すべき事例として挙げたいのが
エリック・マイヤ事件っていうのがあって
これ2014年のウェブデザイナーのエリック・マイヤさんが
Facebookのイヤーイン・レビューによって
その年の振り返りみたいな機能だよね。
その年に亡くなった6歳の娘レベッカの写真を突然表示された。
年の思い出。思い出の写真だよみたいな感じで出てきちゃった。
しかもそれは1年を祝福的に振り返るデザインの中に組み込まれていたと。
だからマイヤーはこれを意図せずあるアルゴリズムの残酷さと言って
Facebookはその後本人に謝罪してるんですよっていうことがあった。
重要なのはアルゴリズムが間違った写真を選んだわけじゃなくて
エンギジメントの多さから見れば写真の選択はシステム上正しかったんだけど
でも注目度の高いFacebookの記事とか記憶が
本人が見たいかっていうのは別問題だよね。
今回のインスタグラムサジェッション、僕が目撃している
亡くなったかつての友達がサジェストに上がってくるみたいな同じ構造ではあるんだけど
プラットフォームは共通の友人、過去の接触、連絡先、閲覧履歴などから
関連性が高いと判断しているだけで
その関係が死によってどのように変化したかを当然理解してないんですよね。
ここから出てくる論点はSNSには死亡したアカウントを処理する制度だけでなく
残された人に個人をいつどのように再提示するのかを制御する仕組みが
必要なんじゃないの?みたいなことですね。
だからツイートアカウント化されると
サジェストとかに上げないようにしてるっていうFacebookの機能は
多分ここから来てんじゃないかなっていう気がしますね。
これFacebookで起きたことなんだね。
そうそうそうそう。ちゃんと謝罪してるっていうのもすごいんだけどなこれね。
すごいね。良かれと思ってやったことが
それで傷つく人がいたよっていう話なんだよね。
でね、もう一つ。これもFacebookなんだけど
ドイツのFacebook相続訴訟っていうのがあって
デジタル遺産っていうものをめぐる
最重要犯例の一つとされてるんですけど
2012年ベルリンで15歳の少女が列車に跳ねられて亡くなったと。
両親は事故か自殺かを確かめるために
娘のFacebookアカウントへのアクセスを求めた。
しかしFacebookアカウントをツイート化し
両親による閲覧を認めなかった。
2018年ドイツ連邦通常裁判所は
Facebookの利用契約も通常の契約と同様に相続されるとして
両親にアカウントへのアクセス権があると判断してる。
裁判所はSNS上の通信を相続される
手紙や日記と大きく異なるものではないと考えました。
自分で大切にしてた手紙とか日記が
亡くなったら家族が読んじゃうのは当たり前のことだよね。
その一つじゃないって言ってるわけだ。
2020年には単なるPDFの提供ではなくて
実質的に元のアカウントと同等の通覧手段を
与える必要があると判断されている。
ただし個人に成り代わって投稿することは
認められてないのは当たり前なんですけど。
でもそれはアカウントのアクセス権を
フルに与えるってところまでは認めてないけど
読むことはできていいよねっていう判断だよね。
これがさっきの上のレガシー機能っていうのが
多分ここから来てるんだよね。
少なくとも2012年2018年の段階では
レガシー機能ってなかったから
こういう裁判事例が起きてるわけだから。
この判決が突きつけたのは次の対立。
相続について。
まずSNSアカウント、日記、手紙、写真アルバムの
現代版であり、財産契約上の知事として
相続人が引き継げるっていうことね。
人格説。SNSには個人の人格秘密対人関係が
残っており、通常の財産のように
相続させるべきではない。
この2つの考え方が対立してる。
つまりSNSアカウントって
写真とか手紙みたいな相続できるものなのか
それとも人格そのものだから
相続させるべきでないと考えるのかっていうね。
難しいのはDMが個人1人のものではない
っていうのがあると思いますね。
両親が娘のDMを読むとき
そこには娘と会話していた友人たちの
秘密も含まれてしまうっていうのがあるから。
したがって問題は
遺族の権利対プラットフォームだけではなくて
個人の意思、遺族の知る権利、
そして相手のプライバシーという
3者関係が入り混じってると思うんですけどね。
っていうのがありますね。
いろいろ調べていくと
求人アカウント削除騒動とか
これツイッターの事例ですけどね。
とかいろいろあるんですけどね。
でもこれも一応振り返っておきましょうか。
2019年当時のツイッターは
長期間ログインしてないアカウントを
削除する方針を発表したんですよ。
しかし亡くなった人のアカウントまで
消える可能性があるとして
遺族や友人から強い反発が起こり
ツイート制度を整備するまで削除を延期しました。
この事例が示したのは
アカウントが本人の所有物ではなくなっているということですね。
本人が亡くなった後そのページは
友人が過去の投稿を読み返す場所
誕生日は毎日に言葉を書き込む場所
個人を知らない次世代が人物像を知る資料
災害や事件の記録になることがあるだろうということですね。
ただこれさXになってから
ツイートアカウント制度っていうのが
これ現状見えてないから
だからこれは
その方針じゃなくなったのかな
また運営主体が変わっちゃってるからね。
変わっちゃってるんだってことなんだと思うけどね。
現状がXにないってことはね。
っていう感じですね。
だから今まで言ってきたことっていうのを
一言でまとめると
デジタル化というか
SNSは死者との関係をどう再編するのかってことなんだと思うんですよね。
っていうことだと思いました。
ここには古くからある問題と
情報技術による変化っていうのは
ごちゃっとあるので
これを切り分けて考えるのは結構難しいんだけど
SNSには亡くなった人の写真や投稿
こういう関係が残り続けるんですよね。
時には個人のアカウントが知り合いかもや
お勧めと表示され
生前と同じように再接続を促されることもある。
こうした現象を見ると
デジタル化によって死者との関係が
全く新しいものになったように感じられるじゃないですか。
なんかすごいじゃん。
アナログの世界ではありえないよね。
しかしそこで起きている問題の
全てが新しいわけではなくて
人は以前から墓参りや仏壇
法要とかを通して
死者との関係を維持してきているじゃないですか。
遺品や写真を残し
個人に語りかけることもあった。
また個人の記憶を誰が管理するのか
家族と友人のどちらが
個人の意思をよく理解しているのか
日記や手紙をいずくが読んでいいのか
といった問題もデジタル化以前から存在していた。
だからSNSが作り出したのは
死者との関係そのものではなくて
従来からあった関係を情報システムの中に
組み込んだものなんだと思うんですよね。
上で見たような問題も
別に物体がSNS空間に映っている
デジタル空間に映っているというだけ
というふうにして見ることもできるじゃないですか。
ということですね。
記憶の保存から表示の選択というところ
墓、家、アルバムなどは
基本的に一定の場所に置かれている。
生者がそこを訪れたり
手に取ったりすることで
死者との接触ができると。
もちろん不意に個人を思い出すこととかね
偶然遺品を見つけるとか
記憶が呼び起こされることもあるので
死者が突然思い出されること自体は
デジタル時代のこういうの現象ではない。
だけどSNSで特徴的なのは
個人との関係を示すデータに基づいて
システムが表示する相手時期
文脈を選ぶことなんですよね。
アルゴリズムがそれを決めちゃうってことだね。
いつ思い出すのかを
向こうが決めてくる。
個人の写真が残っているかどうかではなくて
この人をフォローしているかどうか
この思い出を振り返ってはどうかと提案して
アルゴリズムが
これの記憶を思い出したらどうですか?
みたいなものをやってくるってことだよね。
死者との接触が偶然や疑礼だけでなくて
推薦システムによって
組織されるようになっちゃっている問題
ってことですね。
あとね、遺品について
物理的な写真や手紙は
手として保存され読まれるものですよね。
一方SNS上の投稿や交友関係は
保存されるだけでなくて
検索推薦通知などを決めるための
データになっちゃってる。
つまりデジタル遺品は
そこに存在しているだけではなくて
システム内部で処理され
別の利用者の画面に何を表示するかを
左右しちゃうんですよね。
だから個人は新しい投稿をしていなくても
その人のアカウントと
生者との過去の関係が
現在の推薦結果に影響を与えることがある。
この点でデジタルな痕跡は
従来の遺品とは異なるだろうと。
記録であると同時に
情報関係の中で作動するデータでもある。
つまり個人のデータが
他の人に影響を及ぼすってことだよね。
なるほど。
つまり俺とその亡くなった友人が
友達であるから
この俺にはこの人も
あなたの持つじゃないですかっていうことを
推薦してくる可能性が
Instagramもあるじゃん。
友達の友達みたいなやつね。
だから個人のデータものが
アルゴリズムに利用されちゃうってことだよね。
なるほど。
っていう問題っていうことですね。
あと管理する人が増えちゃう。
デジタル化以前にも
その死者の記憶を管理するのは
家族だけではなかったはず。
親族、友人、宗教施設、地域共同体、出版社、
国家など様々な主体が
死者の記録に関わっている。
SNS時代には
そこへプラットフォーム企業が加わってきてる。
個人のアカウントを残すか
追悼化するか
削除するか
どこに表示するかは
遺族の希望だけでは決まらずに
利用規約、本人の生前決定、
申請者の法的権限、
企業の審査制度などによって
左右されてくると。
そのためデジタル化によって
管理主体が企業へ完全に移ったというより
死者を巡る権限が
本人、遺族、友人、法律、企業の間に分散していっている。
そしてそれぞれの希望が一致するとは限らない。
家族は削除を望み
友人は記録を残したいと考えるかもしれない。
個人の指針を知りたい遺族と
通信内容を知られたくない相手が
対立することもあり得る。
みたいな。
っていうのはここら辺はちょっと
現状、SNSが出てきたことによって
生じている問題なんですけど
ここら辺、状況によっては
変わってくるかもしれないですよね、今後ね。
なんか裁判によって
その個人が通信していた相手とのやり取りを
遺族が知れるっていうのに対して
遺族と通信相手とが裁判
戦う可能性がなくもないので
反例が生まれれば
それに従っていくんだと思うんですけど
でもね、上に見てきたね
あの反例っていうのが結構強いと思うので現状
だからFacebookの方針に各プラットフォーム
事業者が基本的には従っていくんじゃないかな
っていう風にしては思いますけどね
うーん
っていう風にして思いますね
なるほど
個人としてのアカウント活動はできないけど
その時にやり取りしてた情報は
全て閲覧可能になるべきなんじゃないかと
そう、申請して結果
基本的にはツイートをアカウントみたいな風にして残す
あとレガシー機能みたいなものもちゃんと用意する
みたいなことに基本的にはなっていくんじゃないか
まあこの辺もわかんないですけどね
今後も動くかなという気もしますけど
はい、新しさ
デジタル化によって初めて人が死者を記憶するようになったわけではないので
まあなんというか死者を美化したりとか語りかけたり
遺品を管理する記憶を巡ってたりすることは
かつてからずっと人間は行ってきたことですよね
変化したのは
これらの行為が次のような特徴を持つようになったこと
じゃないか
大量の記憶記録が残るようになった
かつてだったらやっぱり有名人とかじゃないと
その大量の記録って公開されてなかったけど
それがSNS時代では
その一般の方もたくさんその写真を上げてたりするようになるじゃないか
だからこの大量の記録をどうするのかっていうのは
そのやっぱりSNS時代に特有の現象なんじゃないか
ということですね
でそこで残されている記録を複製されちゃう問題
これデジタルタトゥー問題とかなり等しいと思うけど
個人の残した記録を
いろんな人が複製できちゃうって問題ですよね
遠く離れた人も同時に閲覧できるとか
検索によって過去の発言が見つけられてしまう問題
これもなかなかね
そうだね
あとシステムが個人ごとに表示を選ぶ
これデータとして利用されてしまう問題ですね
企業のサービスが終了すると記録がいきなりなくなる可能性みたいな
これら一つ一つに類似する問題っていうのは以前からあったけど
個別か大量か自動か企業による管理が組み合わされたことで
死者との関係の規模と速度がかなり変わってるなというところですね
デジタル時代の死者をどうするか問題は
残すか消すかみたいな委託だけで考えることできなくて
記録を保存していても自動的なお勧めには表示しないみたいな
中間の選択
検索すれば訪れることはできるけど
誕生日や過去の思い出として突然通知しないようにするみたいな
ここら辺をうまくできるようにしてほしいなってところで
必要なのは死者を完全に残すか完全に消すかではなくて
生者が個人との距離を調整できる仕組みがあってほしいなみたいな
そこら辺考えるとやっぱりお墓参りシステムって かなりいいんだと思うな
うーん我々がやってきたね
つまり行こうと思わないといけないしみたいな
行こうと思えば行けるし
行けるしみたいな
まあそうね家の結構地方だと家のね
裏にお墓を持ち寄りすることがあるから
ちょっと違うパターンもあるかもしれないけど
うーんでも距離感だよね
リビングにお墓はないしね
物談があったりみたいな距離感は選べたってことだね
そうね
まあそんな感じだね
デジタル化は死者との関係を新しく発明したんじゃなくて
それまで家族友人宗教地域個人の記憶によって保たれてきた関係を
情報システムの中に組み込んでる点にあるんじゃないのかなというところですね
えーはい
だからまあ死者がいつどこでどのような文脈で現れるのかっていうのを
誰が決めてどういうふうにして運用していくのかっていうのが
ここで問われている問題かなっていうのが
まあ今日の写説
あー本日の写説
バグキャストの写説だったわけでございますね