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【お便り回】音楽制作で大切にしている3つのこと──編曲 / 物語 / 現実
2026-07-01 58:06

【お便り回】音楽制作で大切にしている3つのこと──編曲 / 物語 / 現実

今回は、リスナーの方からいただいた「制作時にこだわっているポイントはありますか?」というお便りをきっかけに、鈴木が音楽制作で大切にしていることについて話しました。

少ない音数でアンサンブル全体をどう鳴らすかという編曲の話、音楽を単なるBGMではなくひとつの体験として届けるための物語の話、そしてジャンルのコピーではなく、自分たちが生きている現実や歴史から音楽を作ることについて考えています。

クインシー・ジョーンズと『Off the Wall』、竹林の七賢、Howie Leeなどを手がかりに、鈴木にとって音楽を作るとはどういうことなのかをめぐる回です。

【バグキャストについて】

『バグキャスト』は、音楽家・鈴木とプログラマー・伊藤が、音楽、プログラミング、カルチャー、映画、最近読んだ本などについて話すポッドキャストです。

さまざまな話題がゆるやかにつながっていく、総合誌のような番組を目指しています。

【お便り】

番組への感想・質問はこちら: https://tally.so/r/obKDNV

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【出演】

鈴木: 伊藤:

感想

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00:00
はい、バグキャスト第13回ですね。 いやいや、伊藤さん。
何でしょう、大河君。
今回はですね、前回、焼きそば大臣さんから届いたお便りについて 伊藤くんが答えてくれてるんですけども、
長く喋りすぎて、鈴木が答えられなかったっていうのがありまして、
今回はそのお便りについて鈴木がお答えしていくという内容になっていくんですけども、
一通のお便りについてですね、2週にわたってお答えするという、 そんな番組があるのかどうかっていうことがすごい今僕不安になってるんですけど。
いやもう味わい尽くすっていうことね。どうせなら2本撮ろう。
いやでも、2週にわたって答えられるって送った方としてもさ、
聞かれてるんじゃないかみたいな。
喋りすぎてるなってやっぱね。
そうそうそう。ちょっとね、そういう不安もありますけども。
そうだ、あとあれですね、お便り会について。
今後お便りが届いたらお便り会をやっていこうと。
そのお便り会は週1の配信とは別に設けてやっていこうというふうにして、
ちょっと話したんですけども。
そんな感じでいいですかね?
そうですね。
いただいたときにはありがたく別おまけコーナーみたいな感じで。
そうですね。やっていきたいと思うんですけど、
こう言っちゃったんでやっていくと思うんですけど、
今後その会が行われなかったら、
あ、こいつらお便りが来てないんだなっていうやつですね。
改めて届いたお便りを紹介したいと思います。
ラジオネーム焼きそば大臣さんという方から届いたお便りですね。
鈴木さん伊藤さん配信ありがとうございます。
偶然スポーティファイの新着で見つけて聞き始めましたが、
毎回1時間前後の配信で運転中に長く聞けるので助かっています。
お二人の仲の良さにほっこりしています。
生描きの絵画お気に入りです。
さて質問です。
お二人は音楽、プログラム、それぞれ異なる分野ですが、
創作者とお見受けします。
それぞれ制作時にこだわっているポイントがあれば知りたいです。
これから熱くなりますが、ご自愛されてこれからも配信頑張ってください。
ということですね。
はい、ありがとうございます。
2週にわたってお答えしていくと。
すごいですね。
いっぱい噛ませてもらおう。
はい、ということなんですけども、
あのーこだわりです。
今回タイガ君の作曲に関するこだわりってことでいいのかな?
そうですね。
作曲、音楽制作の時のこだわりみたいな。
03:01
だいたいさ、俺思ったんですけど、
こんなこと僕に聞いちゃまずいんじゃないかっていうのを
すごい思った。
その心は?
いやだから、あのー
気になって聞いてくれてるのに。
ちゃんと考えようと思うじゃないですか。
で、考えていったら、
これちょっと伊藤君の目の前にあるモニターに今日話すことが書かれてるんですけど、
こんなに答えることじゃないんじゃないの?って思っちゃった。
やりながら。
なるほどね。
聞かれたら、いっぱい考えちゃうよと。
そうそう。
そしたらすごいことになっちゃうよって。
オタク仕草だよね。
なんか聞かれたらバーって喋りだすみたいな。
早口になっちゃうんですね。
それがね、起きちゃってるんですけど。
すごいお楽しみいただく。
しょうがないですねって思いました。
僕ね、あのーこだわり、いろいろあるんですけど、
音楽の制作にこだわっていることは主に3つだなって思いました。
1つ目はね、編曲。
はい、編曲。
編曲ってさ、分かります?
いやー、言葉はもちろん聞いたことあるけど、
具体的に何をしてるのかなって言われると、
必ず作、編曲、みたいなクレジットに乗ってるイメージはありますけど。
これね、作曲とは分けて考える概念で、
一応辞書的にはある曲、既存の曲を別のアレンジを施すことなんですよ。
分かりやすいのはカバーみたいな。
あー、なるほど。
なんかこうJ-POPがジャズカバーされてたりとか、
壮言なオーケストレーションがついてたりとか。
オーケストラバージョンとか。
あるじゃないですか。
ああいうものが辞書的な意味での編曲ですとされてますね。
なんだけど、現代ではあんまりそういう風にしては捉えられてなくて、
だいたい曲作る時にメロディーとかリズムの断片が出てくるじゃないですか。
あれが作曲の段階で、着想とか作曲って言われる段階で、
それを具体的な曲の形にしていくのが編曲みたいな。
うーん、なるほど。
だから英語だとアレンジ、アレンジメントって言われてますけどね。
だから作曲と編曲って、実際の制作においてはそんなに簡単に分けられないものなんですよね。
っていうのはある。
なるほどね。
なんかこう作曲のイメージは、
作曲家って言われてイメージするのはやっぱ、
アイディアも作るし、それを形にもするしっていう、
それをパッケージして作曲というイメージだったけど、
それを細かく分けて、前半のアイディア出しとかメロディ作りと形にするっていうのを編曲っていうふうに分けて言うことが多い。
そうだね。そういうようなイメージですね。
で、こだわりは編曲に行くんですよ。
多分多くの作曲家がそうなんじゃないかっていう気がする。
っていうのも作曲とかってアイディア出しだから、
あんまり自分でコントロールできないっていうところがあって、
06:03
パッとアイディアが浮かぶことってコントロールできないみたいな。
確かにそうだね。
だから何かをこだわるってなるとやっぱ、
作曲家にとっては編曲をこだわるってことになっていくって気がしますね。
僕は編曲のこだわりがすごい強くて、
すごい厄介なんですけど、
どういうふうにしてこだわるかっていうと、
最小の入力で最大の効果をいかに得るか。
って感じですね。
ちょっと言語化すると。
最小の入力で最大の効果。
多分僕の曲って普通の作家と比べると音数がかなり少ないと思う。
そうなんだ。
だからあれもこれも足して厚くするというよりも、
少ない要素でどれだけ全体を動かせるかみたいな。
例えば作曲家Aだったらギター、ベース、ドラム、ピアノ、
ストリングス、ブラスみたいな感じで楽器の要素がバーっと多くなってくる。
ブラスもトランペット、トロンボーン、サックスみたいな。
振り受けるみたいな感じでどんどん増やしていくタイプの人がいるんですけど、
そういうタイプが多いんですけど、
僕はすごいね、それを切り詰めてやるのが好きなんですよ。
できるだけ少ない要素にしていって、
ギリギリ成り立つみたいなものが好き。
じゃあ構成要素ができるだけ少ない方がいいなっていう感覚がある。
そういう感覚が非常に強くあります。
引き算していってるってことですね。
そうだね。だから引き算していく。
ミニマリズム的な思考が強いんだと思いますね。
単にスカスカになっていくだけだとダメじゃないですか。
まあそうだね。
だからそういう意味で最小の入力でいかに最大の効果を得られるかってことをすごい重視してるっていう感じなんですよね。
でね、アンサンブル全体が一つの楽器として機能する状態を常に目指してる。
だからなんか演奏者にこういう風なイメージを共有してもらう時にはこういうことをよく言うかなっていう。
みんなで一つの楽器を演奏するっていうようなことをイメージしてほしいっていうのがよく言いますね。
大きな楽器の一部分ずつをみんなが担ってるみたいな。
だから例えばピアノだと左手が低い音になってくるじゃないですか。
あれがベースなんですよ。
あーなるほど。
で右側のコードの部分がギターだったりするわけだから。
これイメージで話してるけど。
なんとなくまあでも。
だからピアノっていう楽器を複数人の人が一緒に演奏するっていう。
確かにそう言われればそうだよね。
ピアノも右手と左手で分かれてるんだから。
そうそうそう。
そういう構成された楽器と思えばいけるわけだ。
そうそうそう。
だからなんかそのギターの人に弾いてもらう音の指示とかも俺すごく根深くて。
ちょっと音域をすごい指定するのね。
へー。
それがねすごいうるさいと思う。
それはちょっと珍しいなって感じする自分でも。
09:02
どうなんだろうね。
他の作曲家の人がどれぐらいやってるかわかんないけど。
俺はそれが普通だと思ってるけどね。
なるほど。
全然知らない世界だからその楽器全体を一つの楽器として捉えるっていうのも
言われればああなるほどそういうこともできるのかって気もするし
それがこう音楽知ってる人たちにとってどれぐらい捉えられる感覚なのかがわかんないけどね。
だから例えばCっていうコードがあってこれドミソなんだけど
ドミソって鳴らす時に大体ドミソドソみたいな
ドソドミソドみたいな感じかなっていう感じでCって鳴るんですよ。
でもそれ重複してるじゃん。
ドが2回出てきてるじゃん。ソが2回出てきてるじゃん。
これは俺には邪魔だと思うから省略するとか。
なるほど。
真ん中のソに。
あーそういうことか。
これ5度省略って言うんだけど僕は5度をすごく省略させるし
重複してる音はできるだけ省いて音域を狭める。
一つの楽器ではね。
そう聞くとこだわりって感じがするね。
真ん中のピアノが省いたところのソの音はベースに渡してほしいみたいな。
これアンサンブル全体で一つの楽器みたいなことを構成する。
繋がってるんだ。
そうそうそう。
こういうのがすごいうるさいっていうのがありますね。
なるほど。
じゃあなんか曲を作ろうとしたら
それぞれの楽器音を司っている人が
誰の音と自分がこう重なってるのかとか
みんながちゃんと共有できてないと難しいよね。
そうなんですよ。
僕はそれがね共有できる人が好きっていうのがありますね。
なるほどなるほど。
誰が何の音を出してるのかをちゃんと理解してて共有できる。
っていうのは僕自身が結構演奏するときの大事にしてることですよね。
なるほど。
人の演奏を聞けるみたいな。
はいはいはい。
っていうのはありますよね。
でねこれね、なんかすげーイメージで僕が語ってて
言ってるんですけど、参照してる作曲家っていうか編曲家っていうかプロデューサーがいて
クイーンシー・ジョーンズっていうプロデューサーがいるんですよ。
これあんまり一般の人に知られてる人じゃないけど
マイケル・ジャクソンのプロデューサーをしてた人ですね。
じゃあ有名な人ですね。
めちゃくちゃ有名です。
マイケル・ジャクソンのオフ・ザ・ウォールってアルバムがあって
僕はねこのアルバムの編曲とかアレンジメントにすごいめっちゃ影響を受けてる。
マイケル・ジャクソンなんて別に20世紀の最大のポップミュージックじゃないですか。
だからなんかすごいこだわりみたいな風にして言ってるけど
これに普通に影響を受けてるので。
すごいアーティストの関わってたすごい編曲家の人に影響を受けてると。
12:04
そういう意味じゃ分かりやすいのか。
そうすごい分かりやすいと思う。
でもねこれねスポーティファイで聴いてる人が多いと思うので
オフ・ザ・ウォールってアルバムを聴いてみてほしい。
普通にマイケル・ジャクソンのダンサブルで踊れるポップな音楽なんだけど
僕が今言ったような観点で聴いてみてほしいんだけど
すごい音数少ないんですよ。
普段聴く音楽と比較してみてほしいんだけど
普通に聴いたら楽しい踊れる音楽なんだよ。
リズム&ブルースなんだけど
よく聴くとね実はすごい音数少ないんですよ。
かなりギリギリまで切ってる。
あとすごいのが冒頭1曲目に関しては
マイケル・ジャクソンのボーカルの音量が小さいのね。
これはすごいんですよ。
マイケル・ジャクソンのアルバムをみんな聴きたいじゃないですか。
1曲目大事じゃないですか。
マイケル・ジャクソンのボーカルが小さいの。
すごいんですよこのプロデュースが。
すごいなってなるんだ。
すごいって俺は思う。
でもねみんなそんな意識しないくらい自然に聴こえちゃうと思うんだけど
なるほど。
言われて聴いてみたら面白いかもよ。
確かに普通の曲とちょっと違うマイケル・ジャクソンのボーカルが小さいなってなるはず。
Don't Stop Till You Get Enoughって曲ね。
非常にアレンジメントがかっこいいんですよっていうところですね。
マイケル・ジャクソンのボーカルがすごい小さいんだと。
要するに他のギターとかベースとかドラムと同じくらいの音量バランスにされているの。
なるほど。
マイケル・ジャクソンの声を聴ければいいんでしょうみたいな感じじゃなくて
固まりになっている。
普通のポップミュージックって当然ボーカルが一番大きいじゃん。
そうだね。
このアルバムも他の曲はそうなんだよ。
でも1曲目は違うの。
他の楽器と同じくらいの対等の関係性の中にあるから
いろんな楽器のいろんな音がめちゃくちゃよく聞こえるっていう。
それは聴いてみないと。
なおかつすごいのがその中でマイケル・ジャクソンの声がめっちゃ目立ってるってことなんですよ。
なるほど。
つまりミックスの中ですごい特権的な地位を与えられなくても
彼の声は突き抜けてくる。
あらゆる楽器を。
っていうことが分かってるからそうしてるんで多分。
なるほどね。
あえてそうしても輝くって分かってる。
輝くって分かってる。
だからこそ同時にいろんな楽器の音が聞こえてきて
なるほど。
っていうようなアレンジ。
すごいね。
そういう目線で聴いてみたくなるね。確かに。
なんか俺初めて音楽について喋ってますね。
15:01
そうだね。音楽そのものについて語るのはそうだったね。
実はこれが僕の本業だから一番これについてちゃんと喋れるはずなんですけど。
言ってみると要するにオフザウォールの編曲とミックスって民主的なアンサンブルなんですよ。
民主的なアンサンブル。
だから絶対的な中心があるんじゃなくて。
なるほど。
いろんなものがそれぞれの場所で自分の役割を持って主張してるって感じだね。
でそれがしかも同時にアンサンブルとしてすごくうまく機能してる。
なるほど。
だから20世紀アメリカ的な医療ロギーとか価値観みたいなものを体現するアルバムなんだみたいなことを実はこれ言える。
面白いね。
面白いでしょ。
でもさそう言われるとやっぱ歌ってボーカルが絶対的でそのボーカルの歌うリズムを楽器たちがやってるみたいなイメージがあるけど
民主的なアンサンブルっていう感覚のものっていうのも割とあるにはあるってことなのかな。
絶対的なものばかりってわけじゃなくて。
そうね。それはあると思う。
例えばジャズとかがわかりやすくそうだと思う。
つまりなんか絶対的な中心があるんじゃなくてなんか例えばソロを回していくスタイルとか。
そう言われてみればそうだね。
モダンジャズにはあったりするよね。
なるほどなるほど。
でそれはやっぱりあのモダンジャズっていうのはアメリカの音楽なんだよね。
でそれ以前の大衆音楽って例えばさ19世紀とかのロマン派の音楽ってあるじゃん。
あれって絶対的な中心があるんですよ。
つまり指揮者をみんなが見てて。
なるほど。
でその指揮によって一つのテーマに向かって全員が進んでいくみたいな。
これすごく全体主義的な音楽だね。
あー言われてみればそうだね。
面白いね。
まあこれあの僕がなんかすごくいい感じに言ってるけど普通の音楽費用でよく言われてる。
へー。
議論ですね。
だからまあねそのオフザウォールって僕はすごい好きなアルバムなんですよねみたいな。
いうのもありますね。
まあねあのスポティファイで聞いてる人が多いと思うからこれね聞いてみてほしいこの観点からっていうところですね。
それがまあ一つ目の編曲のこだわりですね。
少ない最小の能力で最大の効果がある。
かつなんかすごく民主的な。
それぞれの生きてるってことだよね。
そうそうそうそう。
なるほどこれが一つ目。
で二つ目がねまあ音楽をいかに体験として提供するかみたいなことをすごいよく考えてますね。
でまあなんかこう抽象的なこと言ってるんだけど今の音楽ってどうしてもBGMとして流されやすいっていう問題点がある。
18:01
まあ作業中に流すとか移動中に流すとかプレイリストをなんとなくかけるとか。
もちろんそれもいいんだけど僕としてはもう音楽に向き合ってもらう時間をいかに作るかっていうのがちょっと課題としていつも考えてるんですよ。
なんとなく聞くBGMじゃなくてこのアルバムをもうとにかく聞きたいと思ってそれと向き合う時間をいかに作れるかみたいな。
でそのためのなんというかやり方としてまあナラティブの力を導入していくと。
語りですよね物語の力を作っていく。
でこれがさこれから先あの変なこと言い出しますよ僕は。
ああいいんじゃないですか。叫び?叫びの時間?
いや叫びの時間というかやっぱりあのね話それるけど。
俺あの気をつけてることがあってあのさミュージシャンのインタビューってあるじゃん。
よくあるよね。
ミュージシャンってなんかさわけのわからないことを感覚的に喋ってさえつに言ってるじゃん。
ロックは愛なんだよねみたいな。
だからヤツの演技的な感じだよね。
まあパッションだよね。
言語化できないんだっていうそういうもの。
俺ねそれがねでもね一方でめっちゃ嫌いなの。
もうちょっとちゃんと喋れよお前って。
これ見てる人もいるんだからさみたいなのすごい思うのよ。
えーそれってさそのなんかいちいち綺麗な言葉にするんじゃねーよっていう
ポッドキャストやるときに出たあれとはまた逆だよね。
逆のように聞こえるよね。
これねあの正直に話すとかっていうのが大事だみたいなこと言うじゃん。
でその時になんかこういきなりわめき散らしたりするの意味わかんないじゃん。
それただの幼稚さじゃん。
なるほど。
つまり一生懸命自分の言いたいことについて突き詰めて考えて
でできるだけ言語化してって
それでも最後言語化できないところっていうのが大事だと思う。
なるほどなるほど。
だからさ僕のさあのポッドキャストスタイルはめっちゃ文章書いておくんですよ。
とんでもないもんね。
喋りっていうか情報量が。
そうそうそうそう。
で最後叫ぶんだ。
最後それでもなんかうまく説明できなくなって
なんかこう叫んじゃうっていうのが俺いいと思うんですよ。
初っ端から愛だよとか言われたら
それなんか馬鹿にしてんのかなみたいな。
放棄してる感じしちゃうね。
そうそうそうそう。
悪い言い方をするから。
そうそう。俺それは嫌なんだよね。
だからそういう風にしてならないようにしようならないようにしようと思ってんだけど
やっぱ音楽について語るとねどうしてもその部分が出てきちゃうっていうのがあって
それが今から俺が喋ることなんだけど
僕ね今自分で普段やってる仕事とは別に自分の作品ちゃんと作ろうと思って作ってるのがあって
そこのアルバム7曲入りのアルバム作ってるんですけど
21:01
そこでねやってるのがねすげー多分意味わかんないことやってると思うんですよ。
聞きましょう。
要はね架空の劇、架空のドラマ、架空の映画のサウンドトラックを作ってるんですよ。
はいはいはいはい。
どういうことかっていうとね
僕は中国の古代の民間伝承とかっていうのがすごい好きで
そういうのをいろいろ買って読んでるんですよ。
はいはいはい。
でね中国の紀新時代っていうのがあってさ
これ3世紀なんですけども
竹林の七賢っていう
竹林の七賢?
そう。
7つの賢い人たちがいたっていう伝承があって
であの3世紀の中国の政治的動乱と権力闘争の時代に来た7人の知識人のことなんだけど
後世の伝承では彼ら竹林に集まって学問を語る音楽を奏で酒を組み交わしながら
自由な精神の懲りを楽しんだとされてるんですよ。
伝説みたいなことだよね。
実際にいた人なんだけど
この人がこういうことを喋ったみたいなことが小話として後世にすごい伝わってるのがある。
一休さんみたいな
まあそうだね確かにそれすごい近いイメージだと思う。
でこの伝承がすごい俺すごい好きで
寝る前とかにいつも読み返すんですよ。
だいぶハマってきてるんだ。
まあなんかね完全に現実から切り離された陰者みたいな
千人みたいな感じじゃなくて
多くは官僚なんですよ。
現実の社会とすごく関わり続けてる人たちだったと。
理想郷に逃げた人たちじゃないんですよ。
でまあ具体的にはね
一人はね政治闘争に巻き込まれて処刑されたりしてる。
そういう極めて血なまぐさい現実の中に生きてた人なんだけども
でもたまに竹林に集まって
音楽を奏でたり酒飲んだりしてみんなで自由に議論したりしてたっていう話なんです。
切り離された場所でみんな交流があるわけだ。
で俺これがすごい好きだよね。
だからなんかこう
属性から完全には逃れられないんだけども
一時の間は竹林の中で音楽を奏でて酒を飲むみたいなことを大切にして
そこで哲学とかについて語ってるわけ。
それがね僕この民間伝承がすごい好きで
この中国の伝承をもとにしたサウンドトラックを作ろうと思ってる。
サウンドトラックを作ってるのね。
でもサウンドトラックって言ってるんだけど
でもそんな劇とかはないの。
俺の頭の中にあるの。
7人の人にそれぞれテーマとかモチーフを与えて
曲をしていくっていうのをやってるわけ。
とりあえず7曲だって。
っていうのをやってるんですよ。
24:00
これがあるでしょ。音楽の中に物語の力を入れていくみたいなことをやってる。
で俺ねこれをなんかね
これをしないと力が湧いてこないんですよ。
これをしないとっていうのは
だからなんか変な物語化を頭の中でしないと
力が湧いてこない。
曲に物語性を感じなきゃいけない。
なんかね設定を作らないといけない。
なるほどなるほど。
だからバグキャストのオープニングのBGMとか
あれ作ってすごく短いやつだけど
あれとかを作るのもなんか考えてたはず。
なんかロボットが
電子音っぽい感じのね。
喋り出したらとかね。
そんな変なことを確か考えてた。
こんな感じかなみたいな。
それはさ、例えば映画のBGMとかサウンドトラックみたいな
そういうシーンにこの曲が流れたらっていうことよりも
その物語そのものが曲になるってイメージなの?
うーん、いやなんかね
人にテーマソングがつくみたいな。
ロッキーが走り出したらロッキーのテーマソングが流れるみたいな。
なるほどなるほど。
感じに近いかな。
じゃあこの七賢の七人の賢人たちが
例えば登場シーンがあったら
その時に流れるにはこの曲だろうっていう感じなんだ。
そうそうそうそう。
面白いね。
だからさ、僕なんかの回で
最近中国のニコっていう楽器
伝統音楽で使われる楽器にハマっててみたいな話をしてるんだけど
ブーキャストのどっかで。
それはね、これを作ってるっていうのがあるんですよ。
中国の伝統楽器のソフトみたいなものを集めてて
なかなかさ、これをやろうと思うと中国の伝統楽器弾けないといけないじゃん。
でも楽器を入手できない。
かなり難しいよね。
それはどうやって表現しようかっていうのを結構考えてますね。
最近ね。
だからこれはちょっとなんていうか僕のキモい音楽家のところですね。
それが体験ってことなんだ。
そう、だから物語家っていうのを導入していくことで
BGMじゃなくて体験としての音楽っていうのができるんじゃないかって思ってるんですよ。
なるほどね。
で、ちょっと後の話ともつながってくるけど
僕はアジアっていうのがすごい大事だと思ってる。
あー。
もういよいよ死みたいなこと言ってるんだけど
でも俺はそれが大事だと思ってるんですよ。
ちょっとじゃあ先言っていいですか。
確かに、それを聞いた方がいいのかもね。
これが最初1、編曲にこだわってますよと。
2は物語みたいなものにするってことによって
27:00
なんかこういいんじゃないのみたいな。
いい感じになるんじゃないのっていうのと。
もう一つね、これ多分本体なんだけど
僕はやっぱり現実といかに向き合うかっていうのをすごくテーマにしてて
それをずっとバグキャストでも実は言い方変えてずっと繰り返していってるんですよ。
なるほど。
で、その現実と向き合うってどういうことかっていうとさ
僕たちの世代の音楽家ってどうしても
それぞれのジャンルの中に引きこもりがちなところがあると思うんです。
例えばリズム&ブルースならリズム&ブルースとか
J-POPならJ-POP、ロックならロック、ジャズならジャズっていう風にして
それぞれのジャンル内部での技法が極めて洗練されてて
でもその一方でその洗練が上の世代のコピーになってるっていう問題意識が
僕の中にすごいある。
で、これなんか僕前にもノスタルジーの回とかで言ってるんだけど
もちろん過去の音楽に学ぶことすごい大事じゃないですか。
僕自身もめっちゃさっき言った通りクイシンジョーズとかすごい好きだし
過去の音楽めっちゃ好き。
なんだけどただ単に彼らがやってきたことのジャンルの手癖をなぞるだけだと
それ自分の音楽にならないよねって思うわけ。
自分の音楽ね。
なんかオリジナリティないよねって話、簡単に言うと。
で、ロックとかリズム&ブルースとか作った人たちって
リズム&ブルースがないところからブルースを作ってるからすごいわけじゃないですか。
じゃあどうしてたかっていうと、例えばさっき言ったみたいな
労働の中の生活の中からなんか口ずさむところに
想像力の着火点があったりするわけですよね。
つまり労働と向き合う中で音楽に表現を消化してってるわけじゃん。
つまりこれが僕が思う現実と向き合うってこと。
っていうことなんです。
現実と向き合って生まれる音楽。
そうそうそうそう。
で、じゃあ我々にとって、僕にとって現実と向き合うって何と向き合うことなのかって考えた時に
いわゆるジャズとかリズム&ブルースとかの影響を僕すごい強く受けてるんだけど
それは彼らのアメリカ人、20世紀後半のアメリカ人たちが直面した現実で
僕にとっての現実じゃないんだよね。
そういうことだね。
で、そのことをよく考えないとダメだっていうのを僕はすごい言ってるんですよ。
言ってるんだね。
言ってるんですよ。誰も聞かれてないところで。
主に飲み会のみんながもうぐだってる時とかにすごい熱弁したりとかしてるんだけど
じゃないとダメだと思ってるんですよ。
で、僕らにとって音楽的な想像力が湧いてくる着火点として
やっぱりアジアってもの、つまり日本の伝統音楽とか
アジアの伝統音楽ってこれはもうほとんど切り離せないものなんだけど
っていうところをもう一度向き合っていかないと
僕たちはいつまでたってもアメリカの大衆音楽のコピーばっかりやることになるじゃん
ことを思ってるんですよ。
30:00
っていう。
で、だからやっぱりアジア的なものとか日本人の感性、東洋人の感性って何だったのかっていうのを
探っていくことじゃない。探っていくことでしか
なんていうか、オリジナリティのある表現ってできないよねって思ってる。
っていうのがあって、中国だけじゃなく東南アジアの伝統音楽とかっていうのをすごいこう
僕、集めて調べてる。自分なりに分析してるっていうのがあるんですよね。
で、その中でこれ面白いな、こういう表現って今までの大衆音楽にないなっていうのが
ポイントポイントで自分でこれ使えるなっていう材料がいくつかあるわけですよ。
で、これを一つの作品にしていくときにどういう形式を取ったらいいのかっていうので
さっき言った竹林の試験だったわけ。
っていうのがあるんですよ。
で、この伝承をサウンドトラック化するっていうところをすることによって
なんていうか、アジア的な音楽っていうものを作れるんじゃないのか。
しかも大衆音楽としてって考えてるんですよ。
それはその竹林の試験の伝承っていうのが
タイガーの感じたアジア的ならしさみたいなものと
結構つながることが多いから
これをテーマにしようっていう感じになってるのかな。
そうだね。だからアジア人におけるなんていうかな
感性っていうか
例えば政治との距離感とか
あと酒を飲んで語り合うときってこうだよねって感じがあるわけ。
それがそうか。確かに文化とは違う。
例えばジャズとかブルースとかで弾き語りしてるの見てると
教会だったりとかさ
あるいはホームパーティーだったりするじゃん。
みんなが集まってね。
でも俺らあんなことやってないじゃん。
なのになんでそこで鳴ってる音楽を
俺らの生活に持ってくるわけ。おかしくないって思うわけ。
そうじゃなくて俺らにとっての音楽が流れて
喧騒があって楽しい時ってさ
仕事帰りに居酒屋にみんなに行くとかじゃん。
あの感じとかの
心のダイナミズみたいなものって
ジャズとかブルースじゃないと思うんですよ。
って思ってる。
じゃあどういうものなのかって言われたら
それが具現化されてないからさ。
それは俺が具現化していくしかないんだけど。
自体が中には
さっき今聞いてて
さっき民主的なアンサムル
っていうのがあったじゃないですか。
それはやっぱりあの時のアメリカとか
民主化みたいなものが影響されてたり
じゃあ指揮者一挙のやつが
絶対王政的な文化の流れ組んでたり
なるほどねっていう。
で、アジアには
33:00
そういうものがすでにあるよねって感じではないんだ。
つまりこの文化を引き継いでて
アジアで生まれる曲だから
こういう要素を含まれてるんだねっていうような
アジア的な曲?構成?
いや、あると思うよ。
もうすでにたくさんいろんなところにあると思うよ。
実は。
実はそれいろんなところにあると思うんだけど
うまく
なんというか
表現できてないんだと思う。
なるほど。
例えばね、アニソン的なものの中に
ちょっとあったりするんだと思う。
アニソンとかボーカロイド的なものはね。
ああいうのをきちんと
ちゃんと分析して
その大衆音楽として
なんというか
コンセプトを取り出すってことはできてないんだと思う。
なるほど。
それを特化というか。
例えばアニソン的なものと演歌って実は微妙に
通定するところがあったりとかするわけよ。
だから演歌って分かりやすいものを取り上げちゃってるけど
まあそういう感じ?
つまりなんというかさ
日本人的な感性から出発して出てくる音楽って
やっぱりちゃんとあるんだよね本当は。
そういうものにちゃんと向き直したい。
なるほど。
向き直っていきたい俺は。
そしてアジアのルーツミュージックっていうのは
日本だけで完結するものではない。
確かにそうだね。
東南アジアから東アジアにまたがって
広く分布してるんですよ。
東アジア的な音楽っていうのが明らかにある。
俺の見たてでは。
それはアフリカ音楽って西アフリカの音楽とか
あるいは中東の音楽っていう形で
一つの国ではなくてまたがって常にルーツ音楽ってあるんですよ。
なるほどそうだね。
っていうのがあるから
俺は日本の伝統音楽って何かっていう考えるのは
すごく射程が狭い議論してる。
なるほど。
なんで日本で区切ったんだと。
そうそうそうそう。
似たような伝統楽器。
伝統楽器って似たようなものがあるんだよね地域の中に。
尺八に似たような笛っていうのが中国にもあったりとか
あと琴とか。
すごい中国に似たようなものがある。
確かにそう言われそうだね。
それはね東南アジアに行っても似たようなものがあるわけ。
だからここら辺の音楽って何かあるんですよ。
だからそれをね救いたいんですよ僕は。
そういうことをやってないじゃないか誰も。
なるほど。
誰もやってなくはないんだけど
ちゃんきちんとできてないじゃないか。
なんで他の国の文化のコピーをやってんの。
そういう仕事を誰かやらないといけないじゃんって思ってるんです。
なるほどね。
っていうことなんですよ。
でね僕が今言ったようなコンセプトってね
わけわかんないなって思われると思うんですけど
やってる人はいるんです。
でね今日紹介したのはね
北京にHowie Leeっていう人がいて
この人の音楽
僕が今喋ったわけわかんないことにちょっとでも興味を持ってくれたら
36:03
このHowie Leeっていう人をね調べてみてほしい。
Howie Leeさん。
H-O-W-I-E-L-E-Eで。
はいはい。
ですけど
でこれねこの人非常に重要ですね。
でどういう人かっていうとね
北京を拠点にしている音楽家で
中国やアジアの伝統的な音
歴史的な参照
クラブミュージック、ベースミュージック、電子音楽を
かなり独自の形で接続している人ですね。
で普通にはクラブミュージックとかっていう風にして
分類されるんだけど
でもそのクラブミュージックの中に
伝統楽器とかをすごいいろいろ使ったりするんですよ。
変な形で。
だからねなんかね違和感は最初すごいあると思う。
聴いた時になんだこれっていう風にして。
でえっとね
あのーで彼はね
この人すごいなって思うのはね
伝統音楽を単なるエキゾチックな素材として使ってないんですよ。
伝統音楽と向き合うっていうと
人はね尺八とかを
ぶわーっと吹かせたりとか
あとなんかコットとかで
春の海とかを奏でたり
昔っぽい感じ出した方がいいみたいなね。
そういうことじゃねえんだよって俺は思うわけ。
つまり現代的な大正音楽として
それを使えないと意味がないんですよ。
なるほど。
なるほど。
で例えばねセブンウェポンシリーズっていうアルバムがあって
これねチベットのちゃんと掛け声みたいなもの
とズルナっていうトルコの民族音楽で使われる
ダブルリード型の木管楽器
がフューチャーされてるんだけど
えっとねこれがねなんかね
ジャズっぽいコード進行の中で
すごく混ざり合わせるんですよ。
チベットとトルコ。
素晴らしい。
大正音楽と伝統音楽が
現代的な編集感覚の下で
融合してるんですよね。
なるほど。
でなんかね
ズルナとかね
あるいはその
チベットのちゃんと掛け声みたいなものが
音楽に使われてるってすごい
なんていうか実験みたいなことやってるのかなって思うかもしれないんだけど
普通に聞くとちゃんとクラブミュージックなんですよ。
ちょっと聞いてみてって感じなんだね。
それはそうだね。
でもね興味持ったら聞いてみてほしい。
スポーティファイにあるんで
聞けるはずですね。
あとねバーディアイランドっていうアルバムがあって
この2つのアルバムがすごくいいので聞いてほしいですね。
架空の浮遊する島というコンセプトで
中国的な歴史とか精神性自然
自然主義以降の社会への想像力が
電子音楽の中に組み込まれてるんですよ。
これ僕がさっき言ったみたいな想像
ナラティブの力を入れてるんだよね。
ピッチウォークという音楽メディアがあって
この作品をね伝統的な中国音楽や
歴史的参照と電子音楽の実験が結びついた作品として
すごく高く評価されている。
39:00
つまり彼の音楽は単に中国風の伝統音楽の音を使った
クラブミュージックじゃなくて
伝統歴史都市テクノロジー資本主義
スピリチュアリティ
あと新体制みたいなものが全部一つの音楽世界の中で
ぶつかってるんですよ。
これがね素晴らしい。
素晴らしいです。
僕は彼がやってることの先に
東アジアの音楽の未来があると思ってますね。
だから欧米のジャンルを上手にコピーするんじゃなくて
自分たちが生きてる歴史とか場所や社会から
現代的な音楽を作る。
それは保守的に伝統に変えるみたいなことじゃなくて
むしろ電子音楽とかクラブミュージックのような
現代的な形式の中で
もう一度自分たちの社会とか歴史とか伝統を
発見し直すみたいな。
僕のこれからの仕事は多分こういうことをやっていくんだと思う。
なるほど。
これはね
先々週の話題に引き付けて言うと
AIじゃできないんですよ。
いい感じのAIは
いい感じのBGMとか
みんなが既に知ってるいい感じの曲は
これからどんどんAIがやってくれると思います。
ほとんどの音楽家はそれでいなくなっていく。
って俺は見てる。
だからこれから残ってくるのは真に優れた音楽家だけが残ってきますね。
なるほどね。
真に優れた音楽家だけが残ってくる。
そして俺はそれに乗れないかもしれない。
でも
ある時に思ったんですよ。
BGMとかちまちま作っててもしょうがないなって思ったんですよ。
これは本当に自分がやるべきことなんだろう。
それはこれじゃねえじゃんって思ったの。
俺は東アジアから
で育って
昔から中国の伝書とか好きだったな。
三国志とか読んで育ったじゃん。
日本の文学とかが好きじゃん。
なんでこの感覚から出発してちゃんと大衆音楽作ってないの?
って思うわけ。
と思ったの。
なんでこの人の真似事ばっかやってんの?
俺しょうがないじゃんって思うの。
だから俺は俺がやるべきことをやる。
じゃねえって感じだったの。
じゃ。
っていうのが最近僕がずっと考えてることですね。
このお便りを受けて
改めて言語化したらこういう形になった。
それは
現実と向き合わなければいけないよねってところから
対外にとっての現実って
なんだったんだろうってなって
俺ってこうやって生きてきたな。俺の中にはこれが息づいてるな。
っていうのを形にしようっていうことなんだ。
そのプロセスそのものが物語だってことなのかな。
42:00
どうかね。
音楽っていうのを
どうしても作品とか
商品みたいな
個別の存在としてイメージしちゃってて
だから
アルバムに物語性がありますと言ったら
このアルバムの物語性はこうなんですって
メディアミックスみたいなイメージにふわっとなっちゃうんだけど
でも例えば
Howie Leeさんがやってるのは
音楽家としてどう生きてるか
みたいなところが
詰まっているわけでしょ。
この人がどんな世界観を持ってるかとか
どういう風に捉えたのかみたいなのを
そっから知るみたいな。
それってさ
メディアミックスっていう観点が
すごいいいと思うんだよね。
極めてメディアミックス的だよね。
それにこだえるのにね
最近ね
あるユーチューバーが話題になってて
音楽について語るユーチューバーの人がいて
非常に有名な人がいるんですよ。
その人がね
こういう名前は出さないけど
多分
音楽批評とかジャンルに詳しい人は分かると思う。
今の言い方で。
そこで彼が問題提起してるのはね
最近のJ-POPは
要はタイアップとかアニメのタイアップとか
そういうものばっかりになっちゃって
それ自体での存在価値があるってことを示せてないんじゃないか
みたいなことを言ってるんですよ。
つまりアニメに付随する音楽がそういうものになっちゃってる。
単体ではなくね。
言いたいことは分かるし、俺もなんかそんな感じのこと言ってるじゃん。
そうなのかなって思った。
それ自体に価値がある。
BGMとかじゃなくてってことだよね。
でもね、それはね
なんとかさん
ナイブな議論をしてるなと思った。
音楽の歴史を見ていった時に
例えばね
モーツァルトとかが分かりやすいけど
モーツァルトって多分本当
本当の天才ですよ。
マジでヤバい天才なんだけど
彼はずっとね
パドルみたいな人についてもらって音楽作ってるのね。
彼がやってる仕事の多くは
宮廷で貴族たちが踊る時に流すための音楽とか
あるいは劇。
本当に劇で。
フィガロの結婚とかっていうのが有名なやつがあるけど
それとかは
劇につけるサントラなんですよ。
45:00
フィガロの結婚ってすごくて
なんかすごくこう
登場人物が何人も出てくるんだけど
詳しいストーリー省くけど何人もたくさん登場人物が出てくるんですよ。
その一人一人にメロディーをつけていくわけ。
その劇の最後で全員が出てくるの。
大団円みたいな。
そこで今までのメロディーを全部くっつけるってことをやるわけ。
それを
しかも破綻なくやってみせる。
一つの音楽として。
これマジでヤバいんですよ。
マジでヤバい。
かつその音楽自体がそんなに自己主張してないわけ。
つまり劇につくものとして
適切なものをちゃんと作ってるわけ。
そこで変なすごい音楽とか作ったら
劇の邪魔になるわけじゃん。
それがダメだってことはわかってるわけよ。
つまり彼がやってるのは常に
何かの付随したものなんですよ。
パトランがいて依頼されて
やってるの。
でも
これ以上ない
唯一無二のものになってるわけ。
ここら辺が面白いところなんですよ。
なるほど。
フィギャラの結婚って
劇なんかって言っちゃいけないけど
音楽として成立してますよ。明らかに。
すごいよ本当に。
だけど作られた経緯からしてみると
それはBGMなんですよ。
その当時のみんながめっちゃ見てた劇とかに
曲つけてよみたいな感じで
今のアニメのオープニングソングみたいなことをやってるわけ。
でもそこにむしろ彼の想像力の着火点というか
力が発揮できる何かがあるんだよね。
だからここら辺ってね
僕ももちろん音楽に向き合う時間
大事だと思う。そういう音楽って尊いなと思うんだけど
それはBGMとして作ったからそうなるか
そうならないかとか
あるいは音楽にだけ向き合ってもらうために作ったからといって
そうなるかっていうのは別なんですよ。
これある種の作品論とか
多分美学的な観点の議論に行くと思うんですけど
そこら辺がね実はね
分かってないと
アニメのタイアップのJ-POPはダメなんじゃないっていう
かなりナイーブな議論に行くんですよ。
そんな簡単な話じゃないですよってことなんですよ。
なるほどね。そうか。
僕はどこに想像力が湧き出す着火点があるかなって
自分で思うとやっぱり
東アジアのっぽい伝承とか
東アジア人っぽい感性
なんかこう
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見ていくときに感じるときに湧くんですよ。
僕の中でやっぱり。
そういうアイディアがね。
僕が好きなのはみんなで飲み会とかだよね。
みんなで飲み会したりするのが好きです。
楽しいと思うのね。
その時に流れるのってジャズとかじゃないと思う。
リズム&ブルースじゃないと思う。
そういう時に
僕たちの世代の日本人が
話すリズムってあるじゃん。
なるほどね。
つまり今僕が言ってることって
まだこの世にちゃんと生まれてないものについて作るんだみたいなことを言って
それは俺たちの心の中に
何かヒントがあるとか言ってるから
分かりづらいと思うんだけど
それが分かりづらいと思うから紹介したんですよ。
ハウイリーっていう人がやってる音楽を聞いてみてもらうと
これはすごく分かると思う。
確かにクラブミュージックなのにすごく変な音が
鳴ってるなってなるはず。
その感覚を
音楽にあんまり疎いから
その感覚を
すごい捉えたくて
現実と向き合うって物語性があって
AIが作れるような何でもない繰り返しのような
音楽ではないものを作りたいんだけど
それは
山に籠って一生懸命作るみたいなことではなくて
大衆の傍らに
あるべきようなものを
いうことだよね。
今思ってるのは
例えばそれが何かのBGMとして
映像とともに聞いた時に
AIが作るような
今までの繰り返しのような
何でもない曲と
物語性をしっかり
この映像にはこの曲が必要だろう
っていう曲を聞いた時に
ちゃんと気づけるのかなって
自分が気づきたいと思ったんだよね。
その話を聞いてしっかり物語性があるとか
伝統とか自分の中に流れるものを感じれた方がいいと
思うんだけど
でも聞き馴染みの良い繰り返しの方を
好きになってしまいそうな気もする。
それに関して
聞く側の何かってことでしょ?
でもそれを表現する方としては
分かってねえなとはならないんだ。
自分が表現できればいいって感じ?
なんで分かってくれないんだろうなって思う。
でもそれはみんなには分からないでしょ。
例えば
すごいいい感じの曲を作るとするじゃん。
それを真似してくる奴らが沢山出てくるはずだ。
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それが宣伝されていくと
いろんな人に届くって形になってくると思う。
ブルースとかがそうでさ。
本当のブルースのオリジネーターたちの表現って
ほとんどの人は聞いてないと思うよ。
でもそれはさ、いろんな白人の人たちが
真似していく中で宣伝されていって
ポップミュージックになっていくわけじゃん。
曲がね
生活と共にあるっていうのはすごく感じるところじゃないですか。
その生活って
文化と共にあるから
文化の影響を受けたり
こういう文化だからこういう曲が生まれたんだっていう気付きがあったら
めっちゃ音楽楽しいなって思う。
日本の文化
みたいなことをね
文化・国単位で考えた時に
日本の文化ってアジアの文化だよね。
そこを語らずして日本の文化を語れないよねって感覚もすごくわかる。
だからこそ
タイガーの言ってる東アジアっていう括り自体に
共感をしたんだけど
別に東アジアっていうのは
タイガーが感じてるだけで
みんなそれぞれの向き合い・現実から
曲を作れたら
まずそこだってことなのかな。
そういう風に曲って作られていった方がいいよねっていう。
だと思うよ。
人がやってることの真似じゃダメでしょって思う。
それだと
進んでいかないじゃん。
真似することで
洗練されていくって効果もあるわけじゃん。
それは二流の音楽家がやっていくことですよ。
ジャズとかを一番最初に作った
オリジネーターたちがいて
それを真似して
どんどん洗練されていって
みんなが聴くジャズってこれだよね。名曲だよね。
っていうのがあって
別にそうなって欲しいってわけでもないんだ。
自分の作った
音楽とか
タイガーが表現した
方法
みたいなものを
あんまり思わないね。
音楽家に対しては思わないかな。
色んな人に聞いて分かってもらいたいっていうのはあると思うよ。
音楽家がどうこうっていうのは別に
どうでもいいっちゃどうでもいい話じゃんって思っちゃうかな。
そうなんだね。
上の世代の人たちとか
上の世代とかって言うとちょっと
ごちゃっとするから
同世代
同世代とか俺より下の音楽家の人って
ほぼ無だなって気がするんですよ。
特に日本のミュージシャンとかって
基本的に
一部の例外を入れてね。
ほぼ無ですね。
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つまりコピーやってるなって思う。
これは何をされてる方なの?
そういうことなんだね。
それ俺も含めてね。だから俺はこんなことやってる。
ダメだって思ってるんだけど
なんでちゃんと向き合ってないなっていう気がするね。
そうなんだね。
J-POPとかが自明のものとしてあって
それをやるんだってなっちゃってるんだよね。
そうじゃないでしょ。
もっと色々あるはずだよ音楽って。見てるところが狭いよみたいな。
そうなるのか。
っていう風にして思う。
っていう感じの。
そうだね。
長くなっちゃうな。
どっかで終わらせないといけないね。
もう1時間くらい喋ってるもんね。
これはバグキャストでも屈指の謎解だったんじゃない?
だと思うよ。
ちょっと編集して出すと思うけど。
どっかはね。
そうか。
面白かったけどね。
どうですか?
話を閉じていく方向に向かっていくとして
今回話してみて伊藤の感想としては?
やっぱ音楽っていうものは
そんなに詳しくないなって思う。
自分でね。
もっと詳しい人いっぱいいるじゃない?って思ってるから。
軽々に語るとね。
それは分かってないよみたいになりそうだなっていうジャンルの1つではあって。
それを一生懸命
音楽と関わっている人から聞くと
やっぱ面白いなって思うね。
これは他の人から聞いたら
ちゃんとこだわってる人から聞いたら
全く別の世界観の
すげえ面白い話を聞けそうだなと思った。
今みたいに文化とか自分との向き合い
から音楽っていうのが
生まれていくっていうのはめっちゃ面白いし
音楽聞くときに
それは何から生まれたんだろうって思ったら面白そうだなって思ったから
他の人の話聞いたり
もしくはこれ聞いた人がね
分かりますとか違うと思いますとか
あったらやっぱ面白いんだろうなって
思ったね。
確かにね。だからこれ僕が
こだわり何ですかっていう質問に対してストレートに答えてるから
謎解にはなっちゃってるんだけど
多分もうちょっとちゃんと音楽批評における美学との
接点とかっていうのを提示しながら
議論していくともうちょっと
ちゃんときれいに議論ができるはず
っていう気がする。だからそんなに別に俺が言ってることって
オリジナリティがあることを言ってるわけではないと思う。
作品を作っていくときに何を参照するかみたいな論点
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だよね。人が何を作品と感じるか
それはメディアミックスの中で
どこからどこまで作品と感じるかみたいな話とかね
そういうのとちゃんと繋げたら
ちゃんと議論になるんだと思う。
そんなとこですかね。
もうそろそろね。
じゃあ伊藤くん締めを担当してください。
これで読んでくれる?
今回はタイガーのお便りを受けて
音楽制作に関する
こだわりのところを
語ってもらって
マイケイ・ジャクソンのアルバムとか
音楽プロデューサーさん?
ハウイーディーさんとかね。
そういうのを聴いて
感じることがあれば面白いなと思うので
ぜひ皆さんも聴いてみてください。
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それではまた次回。
58:06

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