こんにちは、BIBLIO JAM始まりました。プレゼンターのナイト・ジュンです。
今日は、10minReview、一冊の本を約10分、一人で紹介していきます。
本日紹介するのがですね、河合太郎さんの『ヤバい日本の住所』 原刀写真書から出ている一冊になります。
皆さん、日本の住所がヤバいと思ったことはあるでしょうか?
ヤバいと言ってもですね、珍しい読み方の知名があるとかいった、 そのバラエティ的な面白さの話ではありません。
本書の結論を僕なりに一言でまとめるとこうなります。
日本の住所はデジタル化やコンピューターによる 自動処理ととことん相性が悪い、カオスに満ちた仕組みである。
はためから見ると住所なんてただの記号ですし、 今のテクノロジーなら簡単に整理できそうに思いますよね。
僕も最初はそう思ってました。
でも実際にはですね、日本のIT業界や郵便流通の裏側で 住所の処理は何十年もカオスのまま取り残されてきた、 究極の未解決問題なんです。
その厄介さの正体は何なのか。
それは人間が紡いできた土地の歴史や愛着と コンピューターが求める効率性。
この2つの間で攻めき合い続けてきた摩擦の歴史。
本書は住所システムの深淵に引きつけ込まれた エンジニアの手による戦いの記録です。
その引きずり込まれた著者、 河合太郎さんの経歴がなかなか面白いんです。
大学を出て最初に入ったのが地図の会社。
その会社がヤフーに買収されて、 ネットの地図サービスの世界へと足を踏み入れます。
そんな頃AppleがiPhone用の地図を出しました。
ところがこれが非常に突っ込みどころが多くて、 存在しない名前の駅が出てくるのは白者でした。
これを見て河合さんたちは正直留院を避けたそうです。
ほら見ろ、素人が片手間でどうにかできる仕事じゃないんだよ、 というわけです。
ただ河合さんは心の中で思うだけで終わりにしなかった。
SNSやネット記事でも思いの丈をぶちまけ、 しかもその方言がAppleに見つかってしまうんです。
じゃあ君なら何とかできるんだなと言わんばかりに Appleに引き抜かれてカルフォルニアに飛んでいくことに。
つまり本書の著者は土地というリアル空間、 システムというデジタル空間、
その境目に30年立ち続けてきた方というわけです。
では日本の住所はどこがやばいのか。
根っこにあるのは日本の住所が全く違う2つのシステムからなる キメラ構造だということです。
1つ目の仕組みが地盤。
明治時代に不動産統計のために土地に割り振った番号です。
それを便利だからと住所にも流用した。
2つ目が住居表示。
1962年、住所をわかりやすくするために作られた建物を基準にした仕組みです。
土地に割り振る番号と建物に割り振る番号、 全く別のロジックが1つの仕組みの中で動いている。
合理的なのはどう見ても住居表示の方です。
だから全国全て切り替えてしまえばよかったんですね。
だけど国も地方の自主性というのを理由に 自治体任せの導入になってしまった。
法律のかきっぷりとか見てもやってもいいしやらなくてもいいぐらいの かなり器用な押し方なんですね。
ここ町区符号に渡辺というものがあるんですね。
1番、2番、3番、渡辺。
ここは全国の渡辺さんの名前のルーツとなった場所ということなんですが、
かつて周辺地域と統合されて別の名前になりそうだった時に、
神社の偶事さんが働きかけて残したというものらしいんですね。
さらに大阪のあるマンションでは1階の電気店が平方市、
でも真上の2階の廃車さんは値上がわ市みたいに、
同じ建物の1階と2階で市が違うというケースもあるそうです。
番号が入るはずのところに苗字が入り、1つの建物に2つの市があると。
システムが住所とはこういうものだと決めたわけに、
現実が収まりきっていないという、これがデータ化の罠です。
じゃあ完璧なマスターデータを作ればいいのか。
それでもまだラスボスは残っています。
人間は正しく住所を入力してくれるとは限らないんですね。
茨城県に竜ヶ崎式という市があります。
市の正式な表記は旧字体の竜、でも常用漢字の竜で書いても法令上全く問題ありません。
この家も大きい家でも小さい家でもいいと。
つまり竜ヶ崎、竜ヶ崎、竜ヶ崎、竜ヶ崎、これ全部正しいんですね。
実際どうなってるか、ここで聞いてくるのが県と市町村の温度差なんですね。
市は旧字体の竜を押すと決めていると。
一方茨城県には公文書に常用漢字を使うという決まりがあるんですね。
だから市立の小学校は竜ヶ崎小学校で旧字体に大きい家。
県立高校は竜ヶ崎第一高校で常用漢字の竜に小さい家。
消防署は市町村側の管轄なんで旧字体に大きい家。
警察署は県警の管轄なんで常用漢字の竜。
だけどなんか知らないけど家は大きい方みたいに。
あと地元の常用銀行の視点に至っては旧字体に毛がないパターンっていうね。
銀行自身も理由はよくわからないということなんですね。
耳で聞けば全部竜ヶ崎。
だから人間には同じもの。
だけどコンピューターには全部別の文字列と。
これがシステム化の罠というわけです。
こういう話聞くと、これまでこれでよく日本回ってきたなと思いませんか。
ただ昔はやばくなかったんですね。
郵便制度が始まったのが1871年。
日本中の郵便物は年間57万件でした。
これくらいなら紙の台帳と人間の頭の中の記憶でことたれると。
ああそこの古い地名だなとか。
表記の揺らぎっていうのは人間が温かみを持って吸収できていた。
でも今はAmazonのセールだけでも、例えば2日間で1億8千万点と。
1秒に1千点です。
だから人の手が介在する余地っていうのはもはやないと。
住所システムが崩壊したわけではないんですが、
間をつなげる土地をよく知っている人みたいなのがいなくなって、
そこに融通の効かないコンピューターというものが居座ったと。
つまりこれはリアル空間とデジタル空間がうまく噛み合わず、
摩擦だけが生じているという状態なんですね。
じゃあリアルの側の整理して合わせればいいじゃないかということなんですが、
それも簡単にはできないと。
どんなに変わった住所であっても、そこで暮らす人にとっては当たり前の日常だからなんですね。
著者の言葉を借りると、住所というのは驚くほど自分事なんですと。
住所はその人がそこで生きているという名乗りなんですね。
だから宮司さんは渡辺っていう地名を残したし、銀座のお店を名乗る街を自分で選んだと。
住所の仕組みを全国で一律に揃えるというのは、
その人たちに名前を捨てさせるということになる。
ここがこの問題をややこしている最大の理由です。
じゃあ全てを捨てて、一から作り直すことはできるのか。
これを本当にやってしまった国があります。
サウジアラビアです。
サウジには元々はっきりとした住所表記の仕組みが整っていませんでした。
届けようにも道路名や住居番号がはっきりしない。
だから最後は配達先に電話するか、
WhatsAppで場所を聞くしかないと。
要するに基本的には家に荷物が届かないというのがデフォルトだったんですね。
そこでサウジ郵便が主導して、2013年にナショナルアドレスというものを始めます。
国内全ての建物に番号を振って、登録を法的な義務にしたので一気に普及しました。
今はそれをたった8文字に圧縮したショートアドレスも動いています。
これを著者は正直なところ羨ましいと述べております。
ただサウジにできたのは壊すほどの仕組みがまだなかったからなんですね。
もし日本で同じことをやるなら、消えるのは番号だけではありません。
グージさんが守った渡辺、有楽町0番地、1階の電気店が手放さなかった平方市、
ああいったものがすべて効率化のため、ただの8文字の記号に上書きされてしまうということなんです。
日本でもこの状況を変えるための取り組みが始まっています。
アドレスベースレジストリーです。
目指しているのはバラバラに見える住所を裏側で同じ場所に繋ぎ直すこと。
例えば東京のお茶飲み図。
おがひらがなで、のもひらがなのお茶飲み図。
おが漢字で、のがカタカナのお茶飲み図。
声に出すと同じなのに、文字にすると機械には全くの別物です。
こういったものを書き方は違うまま、同じ場所として扱えるようにする。
そのための基盤作りが動き始めていると。
さらに著者はAIにも期待を寄せています。
本書の最後の方でこんな実験をしているんですね。
千葉県の香取市役所。
ここの住所がサハラカタカナのロ2127番地というロ。
漢字の口にしか見えないんですよね。
地元の方以外はまず読めないと。
そこで著者はわざとカタカナのロを漢字の口に変えてAIに入力してみたと。
するとAIは地図の情報と照らし合わせて、正しくはカタカナのロだろうというふうに答えたんですね。
AIは正しい文字の読み方を当てただけじゃなくて、地図という別の情報を使って入力した人がどこを指したかったのかを推測したと。
書かれた文字ではなくその住所が指している場所を読んだんですね。
だからかつて地元をよく知る人が勝手に頭の中でやったことですよね。